不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごしていたら、知らないうちにレベルが限界を振り切っていた   作:無性主人公広めたい

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12話 手に職を

 薬師の納屋へ、オレは、通うようになった。

 

 誰に、頼まれたわけでもない。爺さんが「弟子にする」と言ったわけでも、もちろん、ない。

 

 ただ、村の仕事が一段落つく昼下がりになると、足が、自然と、村はずれのあの納屋へ、向いてしまう。

 

 ――手に、職があれば。

 

 その考えが、このごろ、頭を離れない。オレは、全部が1の、戦えない余所者だ。城では、数字だけを見られて、役立たずと放り出された。

 

 この村だって、「使えなきゃ外す」と言われて、置いてもらっている身だ。あの魔物の夜も、水路の泥さらいも、いまはまだ、勘定に入れてもらえている。……けれど、それが、いつまで続くかは、分からない。

 

 でも、腕は、違う。刻んだ薬が効くという腕は、数字とちがって、誰にも取り上げられない。この世界のどこへ流れても、たぶん、食っていける。

 

 ……才能でも、力でもなく、ただ、積み上げた分だけ、返ってくる。それは、全部が1のオレにも、開かれている、数少ない道の、ひとつに思えた。だから、覚えたかった。

 

 もっとも、覚える、というのは、思っていたより、ずっと、遠い。

 

「……粗い。そんな刻みじゃ、効きが、半分だ」

 

 爺さんの刻んだ根は、粟粒みたいに、均されて、揃っている。オレのは、大きさもばらばらで、ひしゃげて、汁ばかりが、刻み板に滲む。同じ小刀で、同じ根を刻んでいるはずなのに、出来上がりが、まるで、違った。

 

 棚には、名も知らない草が、束になって、ずらりと吊るされている。血止めに使う『陽草』は、乾かして粉にするほど、よく効くらしい。

 

 傷口の膿を防ぐ『銀苔』は、林の湿った岩にしか生えず、暗い納屋の隅で、乾いてもなお、ぼう、と青白く、かすかに光っていた。……前世の草には、こんな光り方をするものは、なかった。ここは、やっぱり、別の世界なんだな、と、そんなときに、ふと思う。

 

 棚のいちばん奥には、乾いてなお、青く冴えたままの一束が、布をかけて、しまわれている。何の草か、訊いても、爺さんは、答えない。「まだ、お前にゃ、早い」。それきりだ。

 

 ……よそ者に、家の一切を、見せる気は、ないらしい。まあ、いい。急ぐ話でも、ないんだ。

 

 ――力だけじゃ、ないのか。

 

 この世界は、たいてい、数字で決まる。強い札を取った奴が、二桁、三桁と伸ばして、上へ行く。オレみたいな、全部1は、いちばん下で、こぼれるだけだ。……そう、思ってきた。

 

 でも、ここには、その物差しだけでは、届かない場所がある。爺さんの、長い年月が覚えこんだ手つき。どの草を、どれだけ、どの順で。

 

 数字にも、ステータスの窓にも、載らない、生半可な手では届かない腕が、たしかに、ここにあった。それが、なんだか、オレには、救いのように、感じられた。

 

「……もっと、細けえ」

 

「はい」

 

 叱られながら、落ちてくる前髪を手の甲で払い、擦り切れた制服の袖をまくり直して、また、小刀を握りなおす。粟粒には、まだ、遠い。それでも、昨日より、少しは、揃ってきた気が、する。

 

   *

 

 納屋へ向かう小道で、テオが、待ち伏せていた。

 

「ユウ! マロは? きょうは、いる?」

 

 このあいだ会ったときより、背が、指の幅ぶんくらい、伸びた気がする。子供は、ほんとうに、あっという間だ。

 

 肩のマロを下ろしてやると、テオは、両手で、そっと包んで、頬ずりする。マロは、迷惑そうに、耳を、ひくつかせた。

 

「ユウ、さいきん、じいのとこ、行ってるって、ほんと? こわく、ない?」

 

「こわく、ないよ。ちょっと、無口なだけだ」

 

 テオは、ふうん、と、分かったような顔で、マロを撫でつづけた。……この子が、大きくなる頃、オレは、どうしているんだろう。ふと、そんなことを、思った。

 

   *

 

 オレの手で作った薬が、人の傷に効いたのは、それが、初めてだった。

 

 麦が伸びるころだった。村総出の用水路の普請で、村の男が、鎌で手の甲を、深く切った。血が、止まらない。

 

 オレは、とっさに、爺さんに習って練った陽草の傷薬を、腰の袋から、取り出していた。傷を洗って、そっと、押しあてる。……効くのか。自分で作っておいて、半分、祈るような、気持ちだった。

 

 翌朝、その男——テオの父親の、ハーロが、畑まで、オレを訪ねてきた。畑を継いで村に残っている、働き盛りの、ひとりだ。

 

「おい。……あれ、効いたぞ。腫れも、引いた」

 

 ぶっきらぼうに、それだけ言って、行ってしまう。けれど、去り際、ちらりと、オレを見た目には、これまでの遠巻きの値踏みとは、少し、違う色が、あった。

 

 『余所者が、薬師の手伝いを』。その日から、村で、そんな声を、ちらほら、聞くように、なった。

 

 その晩、納屋の隅で、そのことを話すと、爺さんは、乳鉢の手も止めずに、

 

「……その練り加減なら、まあ、及第だ」

 

 と、ぼそりと、言った。それきり、また、黙りこむ。……たぶん、これが、この人なりの、精いっぱいの、褒め言葉なんだと思う。オレは、なんだか、くすぐったくて、俯いて、笑いを、こらえた。

 

   *

 

 その夜、藁の寝床で、まぶたの裏に、いつもの窓が、浮かんだ。

 

『デイリーリワード――経験値 +1』

 

 ……今日は、1か。城を追い出された、あの日から、いくつの夜を、越えてきたか。毎晩、忘れずに、ひとつ、ふたつ。積みあがった数字は、もう、追放の日の窓が、うんと小さく見えるくらいには、増えている。

 

 ――なのに、レベルは、あいかわらず、1のまま。次の一段は、まだ、はるか先だ。

 

 働いても、眠っていても、勝手に、ひとつずつ。この数字が、いつか、何かに、なるのかは――やっぱり、分からない。

 

 でも、今日は、それより。オレの刻んだ薬が、人の傷に、効いた。

 

 数字みたいに、寝ていても勝手に増えるんじゃない。覚えた分だけ、手が、応えてくれる。……こっちの手ごたえのほうが、今のオレには、よっぽど、確かだった。








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