不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごす 作:無性主人公広めたい
あの冬から、三年が過ぎた。
畑の雪が解けて、麦が伸びて、刈られて、また白いものが積もる。そのくり返しを指を折って数えるでもなく、ただ体で通り抜けているうちに、気づけば年月が積もっていた。城を追い出されたあの日からもうずいぶん遠くまで来た。
暮らしぶりは相変わらずだ。朝は鶏を放し、水路を見てまわり、畑に出る。昼を過ぎれば、薬作りを手伝いに村はずれのガレンの爺さんの納屋へ足が向く。誰に決められたでもないのに、手も足もすっかりこの一日の道すじを覚えてしまった。
村そのものも、遠目に見れば、オレが流れついたころと大して変わらない。低い家々の屋根から朝の煙が上がり、井戸の縄はきいきい鳴る。畑では誰かが鍬を振り、鶏は人の足もとを勝手に走りまわる。春になれば水路の泥をかき、夏は草を抜き、秋に刈って、冬は家々で身を寄せる。その順番も同じだ。
けれど、近くで暮らしていれば、小さな違いは嫌でも目につく。寄り合いの真ん中で声を張るのは、もうオルドではなくギレスだ。最初の年にさらった水路の曲がりには崩れるたびに石が足され、村の入口の粗末な柵にも、あの賊どもを追い返したあと打ち直した杭が混じっている。街道から知らない人影が近づけば、畑の誰かがいちど手を止めて見るようにもなった。
もっとも、あれ以来、同じような野盗騒ぎは起きなかった。魔物が畑まで下りてくることも、大きな凶作に見舞われることもなく、腹いっぱいとはいかなくても、飢えて冬を越せない者はいなかった。遠くの戦は、行商人の噂や、ときどき街道を通る疲れた顔になって村のそばまで来た。それでも、朝の鶏や畑仕事までひっくり返すことはなかった。貧しくて、忙しくて、けれど穏やかだった。
そんな日々のあいだに、人も変わった。
テオは背がぐんと伸びた。前は畑でオレを見あげていたのが、いまは目の高さがそう変わらない。声も時々おかしな具合にひっくり返る。マロを追いかけて転んでばかりいた子が、このごろは大人にまじって、割り当ての畑仕事を一人前にこなす。
あの初冬に生まれたテオの妹はもう自分の足で畑を駆けまわっている。しわくちゃの赤い塊だったのが、兄のあとをついて歩くようになるまで、そう長くはかからなかった。
逆に、ガレンの爺さんはひとまわり小さくなった。背中の丸みが増して、根を刻む手つきはいよいよ危なっかしい。それでも納屋の主の座はてこでも譲らず、今日もオレの粗い刻みに小言を飛ばしている。
オレはといえば、あいかわらず昼を過ぎれば爺さんの納屋にいる。刻んだ根の匂いも、乾かす棚の並びも、この三年ですっかり手に馴染んだ。手さばきは師にまだ遠く及ばないし、練り加減もあやしいけれど、去年の自分より今年の自分のほうがほんの少しましになっている。刻んだ分だけ、覚えた分だけ、たしかに手に返ってくる。その『少し』だけはオレにも信じられた。
*
その夜のことだ。
寝床でマロを腹にのせて、うとうとしかけたとき、まぶたの裏にいつもの光る窓が浮かんだ。毎晩のちいさな贈り物。もう見慣れて、なんとも思わなくなっていた一行——のはずだった。
『デイリーリワード――経験値 +500』
……五百?
いつもここに載るのは、『+1』か、良くて『+2』のそっけない数字だ。それが今夜はけたがふたつも、みっつも跳ねあがっている。ふだんなら何百日もかけて、やっと積もるぶんの経験値がたった一日で届いていた。
寝ぼけまなこをこすって、もういちど見なおす。見まちがいじゃない。
なんだこれ、と身を起こす。その隣でずっと動きの鈍かった窓がかちりと切り替わった。
白瀬ユウ Lv.6
体力 6 力 6 速さ 6 魔力 6
スキル:デイリーリワード/不老
……六。
この数年、窓の数字は一年にひとつずつ律儀に上がってきた。2が3になり、3が4になり、4が5になり――5になったのは、去年のことだ。次の6はまだしばらく先だと思っていた。それが、今夜の大当たりひとつでいっぺんに6まで来ている。下の段の体力も、力も、速さも、魔力も、律儀に5から6へ繰りあがっていた。どれかが飛び抜けるでもなく、四つとも同じ数字で並んでいる。才能も偏りもない、いかにもオレらしい並びだ。
まさか、と思って、床に片手をついて、体を持ちあげてみる。
……お。
2に上がったあの夜はすぐに震えた腕が、今夜は震えない。体がすっと持ちあがる。腕にも前より芯が通っている気がした。ぐっと拳を握ってみる。前よりずっと力が入る。
窓の数字がまだ1だったころは、水桶ひとつで膝が笑った。畑の男たちが担ぐ荷など、持ちあがるとも思えなかった。それがいまなら、同じ荷を担いでもそう大きくは引けを取らない。ひとつずつ数字が上がるあいだに、気づかないくらいずつ体も強くなっていたらしい。
もっとも、剣を生業にする冒険者なら、きっとこれよりずっと強いのだろう。腕は相変わらず痩せたままだ。
一年かけて、やっと1が2になった何年か前のあの夜を思い出す。あのときは、こつこつ積もらせた果てのぽっちりひとつだった。それを思えば、今夜のはずいぶん気前がいい。まるで、天が何百日ぶんもの贈り物をまとめて寄こしたみたいだった。
こんな大当たりの日もあるのか。
毎日ひとつ、欠かさずもらいつづけていれば、それがときどきこんなふうに跳ねることもあるらしい。……ふうん。
この数字がいつか何になるのか、どうせオレにはうまく像が結べない。まあ、いい。急ぐ旅でもないんだ。
腹の上のマロがもぞりと動いた。窓のあった宙のあたりを黒いつぶらな目でひとしきり見あげてから、興味をなくしたように、また丸くなる。
「お前は、動じないなあ」
オレが笑うと、マロは尻尾の先だけぱたりと振ってみせた。
窓が消えて、納屋のなかはまた藁と土のにおいだけになった。
六に上がった数字の余韻で、なかなか寝つけない。天井の闇を見あげているうちに、昼間のテオの顔が浮かんできた。
三年でずいぶん背が伸びた。あの晩は赤ん坊だった妹も、もう畑を駆けている。薬づくりの師匠、ガレンの背中は丸くなった。
それに比べて、水路に映るオレの顔は、この村に流れついたころとほとんど変わっていない。
理由は分かっている。『不老』。あの札には、歳を取らないとはっきり書いてあった。
この力があれば、毎日の贈り物をずっと積み上げていける。それはとっくに分かっていた。
でも、テオはいずれ大人になる。あの子も背を伸ばし、爺さんの背中はもっと丸くなる。そのあいだも、オレはこの顔のままなのだ。そう並べて考えたのは、はじめてだった。
オレは寝返りを打った。腹の上でマロの寝息が規則正しく上下している。
その晩は、目を閉じるたび、丸くなった爺さんの背中が浮かんだ。
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