不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごす   作:無性主人公広めたい

23 / 23
23話 寝かせる

 ガレンは、次の日から寝床を離れなくなった。

 オレは村の仕事を早めに切り上げ、昼をすぎると納屋へ通った。刻みも練りも、言われたとおり一人でやる。手を動かしながら、ときどき奥の暗がりへ目をやった。藁を積んだ寝床で、爺さんは背を丸めて横になっている。息をするたび、薄い肩がわずかに上下していた。

 火は絶やさないようにした。冷えると咳がひどくなる。この納屋で覚えたことのひとつだ。湯を沸かし、咳に効く草を煎じて口もとへ運ぶ。粗く挽いた麦を水に入れ、とろみがつくまで煮て、匙で少しずつ口へ入れてやる。

 根を刻み、乳鉢で練り、甕の様子を見て、また刻む。ひとりでやると、一日はいくらでも足りなかった。爺さんは寝床からときどき薄目を開けて、オレの手元を見る。刻みが粗いと、寝たまま「……細けえ」とだけ言う。それでも、もう起き上がって直そうとはしない。

 咳のひどい晩は、納屋に泊まった。胸の詰まりを散らす手当ても、痛む節を温める薬も、爺さんに教わったことはひととおり試した。そのあいだだけは、咳もいくらか鎮まる。けれど夜が明けるころには、また同じだった。

 

「爺さん。すこしでいいから、食べてください」

 

 爺さんは目だけをこちらへ向け、鼻を鳴らした。

 

「……水っぽい。もうすこし、煮ろ」

 

 小言が返るうちは、まだ大丈夫だ。オレは自分にそう言い聞かせた。

 けれど日に日に、返ってくる声は細くなった。匙をつける量も減っていく。オレの煎じる草では、老いは止められなかった。

 オレは歳を取らない。それでも、この手で爺さんの歳を止めてやることはできなかった。

 

   *

 

 幾日か過ぎた、ある夕方だった。

 ガレンが暗がりから、かすれた声でオレを呼んだ。

 

「おい」

 

 枕もとへ寄ると、くぼんだ目が、じっとこちらを見上げた。

 

「お前……変わらねえなあ」

 

 え、と手が止まる。

 

「通いはじめの、はなたれ小僧のころと、おんなじ顔だ。……そういう、長生きの家系か」

 

 半分は、独りごとのようだった。くぼんだ目は、老いた自分と変わらないオレを、ただぼんやりと見上げている。

 適当に、はぐらかすこともできた。長生きの家系、で済ませておけばいい。でも、なぜだか、この人にだけは嘘をつきたくなかった。

 

 オレは、ゆっくり口を開いた。

 

「……たぶん、家系とかじゃ、ないんです」

 

 ガレンは、黙って続きを待っている。

 

「オレ、歳を取らないんです」

 

 ガレンのくぼんだ目が、めずらしく大きく開いた。しばらく、オレの顔をまじまじと見ている。

 

「……どういうことだ」

 

「『不老』っていう力があるんです。歳を取らない、って。だからたぶん、この先もずっと、こんな見た目のままです」

 

 ガレンはしばらく目を見開いていた。やがて、ようやく腑に落ちたように、ふ、と息を漏らす。それが笑いだと、遅れて気づいた。

 

「……たまげた。ほんとに、化けもんだな、お前は」

 

 悪態のはずなのに、声にとげはなかった。それきり天井へ目を戻して、ガレンはしばらく黙りこむ。何かを考えているようだった。

 やがて骨ばった指が、納屋のいちばん奥を示した。ずっと縄で封をされ、「触るな。寝かせてる」としか言われてこなかった、大きな甕の並びだ。

 爺さんに示されたひとつへ近づき、縄をほどいて重い蓋を開ける。干した草とも土ともつかない、深くこもった匂いが立った。ふだんこの納屋で嗅ぐ、どの薬とも違う。奥のほうに、かすかな甘さがある。嗅いでいると、知らず息を詰めていた。中には乾いた薬材が、幾層にも分けて詰められていた。色の濃いもの、浅いもの、粉になりかけたもの。いちばん底の層だけが、光の差し込む加減か、うっすらと青みがかって見えた。甕の腹には、細い刻み目が縦に並んでいる。

 

「本来は、むやみに開けるもんじゃねえ。だが、いっぺん中を見せておかにゃ、話も入るめえ。……奥の甕は、全部お前にやる。師から弟子へ、代々受け継いできた、うちの秘伝だ。おれも、師匠から預かった。始めたのが誰かも、もう分からねえ」

 

 声は細いのに、言葉は途切れなかった。

 

「日々の傷薬や毒消しは、ただの薬だ。薬草を刻んで、練るだけ。魔力なんぞ、いらねえ。お前にもできる」

 

 くぼんだ目が、奥の甕へ向いた。

 

「だが、霊薬は別もんだ。薬草の力を、魔力で錬り固めて、ただの薬じゃ届かねえところまで効かせる。作るにゃ、魔力が要る。……もっとも、並の霊薬なら、ちっと魔力を注いで、少し寝かせりゃいい」

 

 骨ばった指が、縄をかけた甕の群れを示した。

 

「だが、そいつは違う。……飛び切りの、最上のやつだ。本来なら、常人には注ぎ込めねえほどの、途方もない魔力が要る。おれたち辺境の薬師に、そんな魔力はねえ。だから、魔力の代わりに、時間を注ぐ。……三百年だ。魔力が一息にやることを、それだけの歳月をかけて、じわじわとやらせる」

 

 三百年。オレは、思わず縄のかかった甕を見つめた。

 

「こんなものは、そうそう仕込めるもんじゃねえ。甕の腹の刻みが、寝かせた年数だ。……あと百五十年で、三百年になる」

 

 あと百五十年。爺さんは、明日の天気でも言うように、それを口にした。

 

「手を抜けば、すぐ駄目になる。月が満ちるたびに、封の縄を締めなおせ。甕は、夏は日の差さねえ奥へ、冬は火のぬくもりが届くきわへ、季節ごとに動かすんだ」

 

 節くれだった指先が、甕の腹を、ひとつ、ふたつと数えるように叩く。

 

「雪が解けるころに、一度だけ蓋を開けて、中を返す。上と下を、そっくり入れ替えるんだ。……手つきひとつで、百年が無駄になる。息を止めて、ゆっくりやれ。そうやって幾年も待って、色の違う層が全部崩れて、薬草ごとの色の違いも、草の匂いも消える。甕の底に、黒い粉だけが残る。……それが、仕上がりの合図だ。それまでは、混ぜるな。使うな。仕上がる前は、霊薬じゃねえ」

 

 爺さんは、ふ、と乾いた息を吐いた。

 

「おれも、師匠も、そのまた師匠も、預かっちゃ、次へ渡すだけだ。三百年だぞ。……人ひとりの一生にゃ、とても足りねえ」

 

 しわがれた声が、そこだけ、少し遠くなった。

 

「……仕上がったら、どんなものになるのか。それは、おれにも分からねえ。誰も見ちゃいねえんだからな。ただ、これだけのものを三百年も寝かせるんだ。……その値打ちだけは、口で言っても、信じられめえよ」

 

 骨ばった手が、奥の甕の列を、ぐるりと示す。

 

 爺さんはそこで息を継ぎ、目を閉じた。

 

「おれじゃ、見届けられん」

 

 それきり少し黙って、爺さんは、こちらを見ずにぼそりと続けた。

 

「……お前なら、仕上がる日を見られるだろう」

 

 それから震える指で、棚の布をめくった。ずっと「まだ、お前にゃ、早い」と言われてきた、あの青い一束だ。乾いてもなお、うっすらと青白い。名も、使いどきも、ぼそぼそと教えてくれた。オレは一言も聞き逃すまいと、耳を近づけた。

 書きとめる紙も、字も、オレは持たない。頭と手に刻みつけるしかなかった。

 あの声にこもったものだけが、それが尋常な薬ではないと告げていた。その途中の仕込みと、青い草の扱いを、この人はオレに託した。オレが歳を取らないと知って、そのうえで。

 まだ練りひとつ、爺さんが仕上げにかけるあの三度の練りさえ真似られないくせに。それでも――時間なら、オレにはある。

 

   *

 

 その夜から、ガレンはほとんど口をきかなくなった。

 

 明け方近く、ガレンの呼吸が一度、喉の奥で大きくつかえた。

 オレは火の前から立ち上がり、すぐに枕もとへ膝をついた。

 

「爺さん」

 

 薄いまぶたが、わずかに開いた。焦点の定まらない目がしばらく宙をさまよい、それからオレの顔を見つけた。

 掛けた布から出ていた手を握る。乾いた指が、ほんの少しだけ握り返してきた。

 

「ここにいます」

 

 ガレンの胸が、ゆっくりと一度だけ持ち上がった。細い息が、長く、喉から抜けていく。

 オレは次の息を待った。

 けれど、胸はもう動かなかった。

 

「……爺さん?」

 

 呼んでも返事はない。手はまだあたたかいのに、握り返してくる力だけが消えていた。

 

 死んだ。

 目の前で、ガレンの爺さんが死んだ。

 

 何日も前から、こうなると分かっていたはずだった。それでも最初に頭へ浮かんだのは、まだ、だった。

 まだ三度の手直しの差を教わっていない。青い草の扱いだって、一度聞いただけだ。明日もここへ来て、また「粗い」と叱られるつもりでいた。

 

「爺さん。まだ、教わってないことがあるんです」

 

 もう一度握っても、返事はなかった。

 オレなら百五十年を待てると、たったさっき言われた。その爺さんには、次の息ひとつぶんの時間も、もう残っていなかった。

 喉の奥が詰まって、息がうまく吸えなくなった。

 

 棚の上でマロが身を起こした。乾燥籠の脇から下りてきて、オレの膝でまるくなる。それから一度だけ、低くはない、いつもの声で鳴いた。

 

「きゅう」

 

 オレは爺さんの手を握ったまま、しばらく動けなかった。助けたかった。煎じた草も、やわらかく煮た麦も、間に合わなかった。

 片方の手でマロの背を撫でる。爺さんの手に残るぬくもりと、マロのあたたかさを、どちらも離せなかった。

 

   *

 

 知らせは、朝のうちに村じゅうへ伝わった。

 日が高くなるまえから、人が納屋へやってきた。マレナと年かさの女たちがガレンの身体を清め、持ち寄った麻布で包んだ。ギレスとハーロは鍬を持って林の際へ向かった。ハーロが土を掘る手は止まらなかった。あの手も、昔、爺さんから教わった傷薬に救われている。

 

 ガレンを埋めたのは、村のとば口の礼拝所ではなく、この人が一生を過ごした薬くさい納屋のすぐ横だ。林のふちには、爺さんが世話をしていた薬草の床がある。銀苔の生えた湿った岩も、その先だ。ここなら、この人も、いやとは言うまい。

 

 春の土はやわらかかった。それでも穴を掘り終えるころには、納屋の前が人でいっぱいになっていた。

 村のほとんどの家から、ひとりは来ていた。鎌で切った傷に薬を塗ってもらった者。子供の熱に煎じ薬をもらった親。冬の咳を何度も診てもらった老人。親しかったわけではない。顔を合わせれば小言を食らい、煙たがっていた者のほうが多い。それでも、世話にならなかった家は、ほとんどなかった。

 

「……口は悪かったが、薬は効いた」

 

 ハーロが掘り終えた鍬を土へ突き立て、ぼそりと言った。それだけだった。

 

 礼拝所の鐘も、古い祈りの言葉もなかった。皆が順にひと握りずつ土を落としていく。テオは林で摘んだ花を置いた。マレナは何も言わず、麻布の端へついた土を最後に一度だけ払った。

 土の落ちる音は、なかなか途切れなかった。

 

 身寄りのない爺さんだった。血を分けた身内は、ついにひとりも来なかった。ひとりで納屋にこもって生きた人だ。

 オレは最後に土をひと握り落とし、爺さんを村の土へ返した。

 

 次の日から、オレはまた納屋へ通った。

 刻んで、練って、甕を寝かせる。爺さんのいない納屋は、がらんとして広い。それでも、やることは変わらなかった。刻みひとつ、練りひとつ、手が迷うたびに、爺さんなら、きっと「甘え」と言うだろうと思った。それを確かめる声は、もうない。

 効きの半分だと言われた刻みを、いつかあの粟粒みたいに揃えられるように。時間なら、ある。急ぐ旅でもないんだ。

 

 その帰り道だった。

 村の外れの、街道のほうがいつになく騒がしかった。土埃が高く上がっている。荷車の列と、その脇をぞろぞろ歩く人影。どれも、この村では見ない顔だった。それがいくつもいくつも、街道の向こうから村へと続いていた。

 水路の水を汲んでいた村長のギレスが、手を止めて街道のほうをじっと見ていた。

 

「……なんだ、ありゃ。ずいぶんな、人の数だ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

畜生から妖狐、そこから神目指す(作者:インテリアタマツヨスギキツネ)(オリジナルファンタジー/日常)

▼ 目が覚めたら狐畜生に転生してた件。


総合評価:2684/評価:8.22/完結:20話/更新日時:2026年07月23日(木) 20:19 小説情報

フィンレーベン 千年図書館の魔法使い(作者:魔宮ことな)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

転生したらランクアップする度に寿命が延びる魔法使いの世界で、今日も図書館に引きこもってる話。


総合評価:3101/評価:8.86/連載:3話/更新日時:2026年07月25日(土) 23:50 小説情報

転生したら異世界の宇宙最強の龍でした!〜0から星と生命を作り出して一大文明の支配者になったので現代日本へ帰還します。自分は日本が一番暮らしやすい。〜(作者:電動ガン)(オリジナル現代/コメディ)

目覚めたら無だった。何も無い。宇宙さえも。自分の身体を見る。銀色の甲殻、長い尻尾これモンスターだ!?よく見ると俺の他にも二頭のモンスターが。ドラゴンだこれ!!▼俺たち三頭の女神龍は宇宙創成の前の世界にいる。俺たちを生み出した主神の指示で世界を作り生命を繁栄させることとなったけど・・・・・・それ何年掛かるの?▼何億年も掛けて生命が宿れる星を何個も作り、失敗し、…


総合評価:2372/評価:7.58/連載:120話/更新日時:2026年07月30日(木) 09:15 小説情報

女の子の魂を封印したカードって凄い高値付きそう(作者:好みのタイプはエルフェンノーツ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

カードゲーム販促アニメっぽい世界に異世界転生!でも主人公ポジじゃなくて悪の組織の一員っぽい?なんか人の魂を封印とかできるし。▼…美少女をカードに封印すれば、世界に一枚だけのアイドルカードを手に入れられる?コレクター魂がうずいちゃって困っちゃうな。▼男?要らな~い。邪神復活の生贄にでもなっててください。


総合評価:2187/評価:8.23/連載:8話/更新日時:2026年07月22日(水) 07:03 小説情報

セックスが淘汰された世界で、唯一の『クソオス魔装鍛冶師』(作者:北川ニキタ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

「この世界の女は、おっぱいに対する羞恥心がなさすぎる!」▼魔素のおかげで単為生殖が可能なので、セックスとか恋愛とかが概念ごと淘汰された世界▼だけど、前世で童貞のまま死んだ男――ディートは諦めきれず、今度こそ脱童貞を目指して魔装鍛冶師になるのだった。


総合評価:3082/評価:8.32/連載:13話/更新日時:2026年03月26日(木) 19:09 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>