不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごす 作:無性主人公広めたい
追放とは言っても、その場で城壁の外へ放り出されるというわけではなかった。もっとひどい。
兵士に両脇を固められて、オレは長い石段を下り、城の門をくぐって——そのまま城壁の内側の目抜き通りを引ったてられるように歩かされた。
立派な石畳の通りだった。両脇には瓦屋根の店が軒を連ね、朝市なのかそこそこの人出がある。パン屋の香ばしい匂いに、井戸端で洗濯物を広げる女の人、荷車を引く老人——どこにでもありそうな、平和な朝の風景だった。
その真ん中を、兵士に挟まれたみすぼらしい余所者が一人引かれていく。通りの人たちがちらちらとこっちを見た。——この辺の服とはまるで違う制服の生地が、余計に目を引くのだろう。あの目は知っている。厄介事には関わりたくない、というごく真っ当な目だ。誰も助けようとはしない。まあ、当然だ。
目抜き通りを抜けると、家並みはだんだんまばらになっていった。石畳が土の道に変わる。畑が広がり、その向こうにぐるりと町を囲う外壁と、いちばん外の門が見えてくる。
その大きな木の門扉が重たげに開いて——兵士はそこでようやく足を止めた。
「ここから先は、もう、王都の外だ。二度と戻ってくるなよ」
そうして、オレは——文字どおり町の外へ放り出された。背中で門が、ぎいい、と閉じていく。錠の下りる鈍い音。それきりだった。
……行っちゃった。
振り返れば、閉ざされた門と高い外壁があった。この壁一枚を隔てた向こうには、まだ朝市の匂いと人の暮らしがあるはずなのに、それが急にひどく遠く思えた。
目の前に広がっていたのは、打ち捨てられた外れの野だった。耕す者もなく、崩れた畝に枯れ草が伸び放題になっている。人影はひとつもない。細い街道だけが頼りなく、ずっと先の——黒々とした森の方へと続いていた。
ここが、王都の外。魔物が出る、と王の言っていた場所。そこへ、ステータスがオール1の——何もかもが最低値のオレがたった一人、丸腰で立っていた。
……うん、控えめに言っても、詰んでいる。
とりあえず歩き出す。あてなんてない。ただ、壁から離れる方へと、ひたすら足を動かした。枯れ草をかき分けて進むと、道の先の窪みで、何かがもぞりと動いた。犬くらいの黒い、ずんぐりした獣。ぎょろりとした赤い目がゆっくりとこっちを向く。
魔物、だろうか。
——戦うなんて選択肢は、はなから無い。なにせこっちは、何もかもが1だ。腕っぷしも素早さも全部。石ころ一つまともに投げられる気がしない。オレはそうっと身を低くして、来た道を引き返した。息を殺し、大きく回り込んで獣の視界から静かに外れる。
心臓はうるさいくらいに鳴っていたけれど——うん、逃げるのだけは、昔から妙に得意だった。やり過ごして、木陰でほっと息をつく。……戦わない。目立たない。ただ生き延びる。それを続けていけばいいんだ。
とはいえ——その「生き延びる」が、さっそくなかなかの難題だった。日が傾いていく。夜になれば冷える。それに——暗がりは、ああいう獣が動き出す頃だろう。たぶん。何か手を打たないと、朝は迎えられそうにない。
幸い、頭を使うぶんにはステータスは関係ない。
まず、水。かすかな流れの音を頼りに斜面を下り、細い沢を見つけた。淀んでいない上の方の澄んだところを選んで、手ですくって飲む。……生き返る。
次に、食べ物。目についたのは、赤い木の実と地面のキノコ。……でも、手は出さなかった。見覚えのないものを腹に入れる勇気は無い。当たったら、それこそ一巻の終わりだ。今夜は水でごまかす。
そして、寝床。枯れ葉に寝転がるなんてのは論外だ。風は防げないし、何より丸見えになる。
オレは岩が折り重なった崖のへりに、人ひとりようやく潜り込める細い隙間を見つけた。奥に体を押し込めば、背中と両脇は岩に守られて、正面だけ気にすればいい。入り口は手近な枝と葉でそれらしく塞ぐ。——よし。これで、風も獣の目もいくらかはましだ。
火が熾せれば、と切実に思う。でも——マッチもライターもない。映画で見た、枝を擦り合わせるやつを、かじかんだ指でしばらく試してみて……結局、煙ひとつ上がらなかった。火なんてものは、現代っ子のオレにはそう都合よくは生まれてくれないらしい。
それでも、薄い制服一枚では、夜の冷えはじわじわと容赦なく染みてきた。歯の根が合わない。腹も背中にくっつきそうだ。……正直、快適とは死んでも言えない。膝を抱えて、岩の隙間に身を縮める。
そうしていると、耳が痛いくらいの静けさに気づいた。虫の音も、葉ずれも、遠くを走る車の音も——何ひとつない。聞こえるのは自分の浅い息だけだ。
……独りなら慣れている。教室でも家でも、オレはいつだって、その他大勢の外側にいた。でも、あれは周りに人がいて、そのうえで数に入れられていない、というだけの話だった。
ここは、違う。どれだけ見回したって、灯りひとつ、人の気配ひとつない。もし今夜、オレがこの岩の隙間で動かなくなったって——それに気づくやつは、この世界にたぶん一人もいない。……その事実だけは、この寒さよりもこたえた。
でも、不思議と絶望はしていなかった。今日をなんとか越せそうだ。それでじゅうぶんだ。もともと、多くを望まない性分なんだ。
震えながらうとうとしかけた、そのときだった。
まぶたの裏に、ぽうっと、あの光る窓が浮かんだ。
『デイリーリワード』
『本日の贈り物——経験値 +2』
……に、か。経験値が、プラス2。
思わず笑いそうになった。2。たった、2だ。……まあ、そりゃ誰も選ばないよなあ。
でも、と、かじかむ指を擦り合わせながら思う。これが毎日、何もしなくても来る。オレがこの先どれだけ長く生きたって——歳を取らないんだから、ずっと、ずっと届き続ける。
その考えは、うまく飲み込めなかった。その先に何があるのか、いくら考えても像が結ばない。——けど、それより。
窓には、まだ続きがあった。
『はじめての方へ——初回特典をお贈りします』
気づくと膝の上に、ころん、と何かが乗っていた。両手にすっぽり収まる、白っぽいまだらの——卵、だろうか。
『【???の卵】を、手に入れました』
……卵? なんで、卵。
首をひねって、そっと両手で包んでみる。すると――
——あたたかい。
じんわりと、芯から、あたたかい。この凍えそうな夜に、そこだけがまるで小さな火みたいにぬくもっていた。割れる気配はない。つついても、振っても——さすがに、すぐやめたけど——ただ静かに、あたたかいだけ。中に何が入っているのかも分からない。
……なんだ、お前。
分からないことだらけだ。でも——この頼りない大きさのあたたかさを両手に抱えていたら。追い出されてから、ずっと奥歯を噛みしめていたことに、そこで初めて気づいた。ふう、と、細く長い息がひとりでに漏れた。オレはその卵を、いちばん冷えない懐の奥に、そっとしまい込む。
その夜。名も知らぬあたたかい卵と、ちいさな『+2』を抱えて、オレは泥みたいな眠りに落ちていった。