不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごす   作:無性主人公広めたい

30 / 30
30話 持たせるもの

 あれから、四年が過ぎた。

 

 テオは十五になった。畑でオレを見あげていた子が、いまはオレの頭ひとつぶん上から見おろしてくる。鍬を担ぐ肩には、父親のハーロに似た厚みがついた。

 

 この四年、あいつは本気だった。

 春から秋は畑に出る。雪が来て畑が閉じるあいだは、町へ出た。剣を教えている人がいると、どこかで聞きつけてきたらしい。発つのは初雪の前で、帰ってくるのは雪が解けるころ。ひと冬まるごと、向こうで寝起きしていたことになる。

 帰ってくるたび、あいつの手の皮は厚くなっていた。豆がつぶれて、固まって、その上にまた豆ができて。

 オレに剣の良し悪しは分からない。分からないなりに、その手に四年ぶんが積もっていることだけは分かった。

 

   *

 

 オレのほうは、あいかわらずだ。

 爺さんの遺した納屋へ通い、根を刻み、奥の甕を寝かせる。水路に映る顔は、この村へ流れついたころとほとんど変わっていない。この村に来てから九年ぶんの季節が過ぎたけど、変わらなかったのはオレだけだ。……まあ、そのことは、今さらどうこう言っても仕方がない。

 

 ただ、ひとつだけ、来たころとはっきり違うことがある。

 薬が、売れるのだ。

 

 このあたりに癒し手がいないのは、昔からだ。辺境のこの村に聖癒は届かない。爺さんが生きていたころだって、熱を出せば煎じた草、腕を折れば添え木と塗り薬。それがここらの当たり前だった。

 変わったのは、その『ここら』の広さのほうだ。

 四年前、南へ下っていった流民たちが言っていたとおりになった。聖癒を授かった者は残らず前線へ持っていかれて、いまでは町にも、街道沿いの大きな村にも、癒せる人がいないらしい。

 行商人は来るたびに買い付けを増やした。爺さんのころは年に何度かだった包みが、いまでは月ごとに納屋を出ていく。

 

 おかげで、オレの腰の袋はやたらと重い。使い道がないぶん、重くなる一方だった。

 

   *

 

 テオが村を出ると言いだしたのは、その年の初夏だ。納屋裏で冒険者になると決めた、あの日からちょうど四年めになる。

 

 発つ前の日の昼過ぎ、オレはあいつを納屋の裏へ呼んだ。

 

 地面に置いた細長い布包みを、あごで示す。テオは膝をついて、それを開いた。

 出てきたのは、一振りの剣だった。木の枝じゃない。町の鍛冶屋で見立ててもらった、本物の剣だ。

 

「……これ」

 

 テオの声が、途中で掠れた。

 

「ユウ。これ、いいのかよ。こんな、高いもんだろ」

 

「高いよ」

 

 オレは正直に言った。安いのも並べてもらったけれど、やめた。鉄が薄いと、受けたときに折れることがあるのだと、鍛冶屋の男が教えてくれた。

 

「折れたら、そこで終わりだろ。……だったら、けちるところじゃないと思う」

 

「けど、そんな金、どこから」

 

「薬が売れるんだ」

 

 テオはまだ疑うような顔をしている。

 

「売れるって、どのくらい」

 

「……行商人が、月に一度、買いに来る」

 

 テオは黙って、地面の剣をもう一度見た。それから、指を折りかけて、やめた。月に一度の包みがどれだけになるのか、こいつには見当がついていない。

 オレは肩をすくめた。金の話は、どうも慣れない。

 

 剣のほかにも、渡すものがあった。革を三枚重ねてもらった胸当てと、底の厚い靴。それから、腰に下げる小さな袋をふたつ。

 

「胸当ては、重いと思う。慣れてくれ。靴は……いちばん高いのにした。足がだめになったら、そこから先はどこへも行けない」

 

 オレは、ふたつの袋を順に指さした。

 

「こっちは傷薬と、傷を洗う水を清める薬。……これは、覚えのあるやつだろ。もうひとつは粉だ。灰と、砕いた白い石を混ぜてある。まずいと思ったら、相手の目にぶちまけろ。目をやられたら、獣でも人でも一瞬は止まる。その隙に、逃げるんだ」

 

 テオは粉の袋を手のひらでひっくり返して、口の端をゆがめて笑った。

 

「ユウは、ほんとに逃げろばっかりだ」

 

「……ほかに言えることがないんだ、オレには」

 

 仕方ないだろう。この世界へ放り出されてから今日まで、オレがまともに考えてきたのは、どうやって逃げるか、どうやって死なずに済ませるか、その二つきりなんだから。

 

   *

 

 それから、オレは袖に手を入れた。

 

 まるい毛の塊が、もぞもぞと出てくる。マロは寝起きの顔のまま、テオの手のひらのうえへ、ころんと転がった。

 

「こいつも、連れていけ」

 

 テオが目を丸くした。

 

「……は?」

 

「マロだ。お前と一緒に行かせる」

 

「いや、待てよ。マロは、ユウの——」

 

「聞け」

 

 オレは、テオの手のなかの毛玉を指さした。

 

「こいつはな、鼻と耳が、おかしいくらい利くんだ。夜道でも、獣でも人でも、こっちの目に見えるよりずっと前にこいつが先に気づく。……で、そういうときだけ鳴き方が変わる。ふだんは『きゅう』とか、間の抜けた声しか出さないくせに、そのときだけは低く、押し殺したみたいに唸るんだ」

 

「……唸る」

 

「そう。その声が聞こえたら、なにも見えてなくても、いるってことだ。引き返せ。それだけ守ってくれれば、こいつはお前の目より先に働く」

 

 テオは、手のひらのうえのマロをまじまじと見おろした。それから、ゆっくり息を吐いた。

 

「……そっか。おれ、目はふたつしかないもんな」

 

「そういうことだ」

 

「けど、ユウはどうすんだよ。マロがいなくなったら」

 

「オレはずっと村にいるつもりだ」

 

 危ないところへ行くのは、オレじゃない。

 

 マロはテオの手のうえで一度ぐるりと回ってから、テオの袖口へ自分から潜りこんだ。

 まあ、そうだろうな。こいつは孵ったころからテオに追いかけまわされて、揉みくちゃにされて、それでも一度だって逃げたことがない。名前を呼ばれれば懐から顔を出すし、テオの手のなかにいるときも、うちの寝床にいるときと同じとぼけた顔をしている。

 この一匹がついていくなら。……オレは、ずいぶん安心して、テオを見送ることができる。

 

   *

 

 発つ朝は、よく晴れた。

 

 テオの家の前に、村の連中が集まっていた。村長ギレスの娘のミラが腕を組んで仁王立ちしている。コルは荷の紐を引っぱって、結び目が緩いだのなんだのと騒いでいる。ふたりとも、昔から変わらない。

 

 父親のハーロが、荷袋をひょいと持ち上げた。でかい図体をかがめて、テオの肩に掛けてやる。

 

「重いか」

 

「重くない」

 

「そうか」

 

 それきり、ハーロは何も言わなかった。言わないかわりに、掛けた紐を二度、三度と引いて位置を直している。もう直すところなんてないのに、何度も。

 

 母親のマレナは、布に包んだパンをテオの胸へ押しつけた。

 

「持ってきな」

 

「そんなに食えねえよ」

 

「食えなかったら、捨てな」

 

 そう言って、マレナは背を向けた。背を向けたまま袖口で目のあたりを一度こすったのを、オレは見なかったことにした。

 

 テオの妹のフェナが、兄の上着の裾を握って離さない。テオは困った顔でしゃがみこんで、耳もとに短くなにか言った。フェナは首を横に振って、それでも、指を離した。

 

 最後に、テオがオレのところへ来た。

 

「ユウ」

 

「うん」

 

「……行ってくる」

 

「ああ。……無理に前へ出るな」

 

「かっこよく勝とうとするな、まず生きて帰ってこい、だろ」

 

 テオはオレの声色を真似て、それからけらけら笑った。

 

「耳にたこができてるよ」

 

 テオは剣を吊り、胸当ての紐を締めなおして、村のとば口へ歩いていった。袖口から白いまるいのがひとつ顔を出して、こっちを見ている。

 

「頼んだぞ」

 

 オレが言うと、それは尻尾の先を一度だけ振ってみせた。

 

 街道へ続く脇道は、途中で林に入って見えなくなる。テオの背中がそこへ吸い込まれるまで、村の連中はずっと立っていた。ハーロは腕を組んだまま動かず、マレナはいつのまにか鍬を担いで畑のほうへ歩きだしている。

 

 林の口は、もう静かだ。

 オレが持たせてやれたのは、どれも、あいつのかわりに戦ってはくれないものばかりだった。それだけのことに、四年かかった。

 あいつは、いつか帰ってくる。帰ってきたとき、この村があって、オレがいる。……たぶん、それがオレの仕事なんだと思う。

 

   *

 

 その夜、寝床はいやに広かった。腹の上にも、袖の中にも、あのあたたかいまるいのがいない。

 ……まあ、いい。貸しただけだ。

 

 うとうとしかけたころ、まぶたの裏でいつもの窓が光った。毎日ひとつの、ちいさな贈り物。いつもどおり、ろくに読まずに目を逸らそうとして——逸らせなかった。

 窓のいちばん上、レベルの数字の桁がひとつ増えている。その下に並ぶ数字も、どれも見た覚えのない並びだ。

 そして今夜の贈り物は、『経験値』ですらなかった。読んだことのない一行が、そこに載っている。

 

 ……なんだ、これ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

畜生から妖狐、そこから神目指す(作者:インテリアタマツヨスギキツネ)(オリジナルファンタジー/日常)

▼ 目が覚めたら狐畜生に転生してた件。


総合評価:2749/評価:8.17/完結:20話/更新日時:2026年07月23日(木) 20:19 小説情報

フィンレーベン 千年図書館の魔法使い(作者:魔宮ことな)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

転生したらランクアップする度に寿命が延びる魔法使いの世界で、今日も図書館に引きこもってる話。


総合評価:9549/評価:8.86/連載:4話/更新日時:2026年08月01日(土) 01:49 小説情報

いや、死神とか聞いてないし(作者:わお)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

死神少女にTS転生してしまった一般人。▼本人はただの下っ端役職だと思っている。▼だがそんなはずもなく。


総合評価:3584/評価:7.78/連載:11話/更新日時:2026年06月21日(日) 20:03 小説情報

TSして魔法少女になったら頭が可笑しい奴しかいないんだが(作者:つる植物)(オリジナル現代/戦記)

 TS転生した先は魔法少女が異形の魔物と戦う世界だった。▼ 孤児だった俺に魔法少女の適正があったので魔法少女になった。▼ しかもなんか魔物を適当に斬っていたらSクラスの1位になっちゃった。▼ 同期の2位は俺を殺しに掛かってくるし、他のSランク頭の可笑しい奴らばかり。▼ 一般人の俺は今日も魔物をたたっ斬るのであった。▼ 


総合評価:4698/評価:8.32/連載:20話/更新日時:2026年07月14日(火) 15:00 小説情報

うわぁぁ!!! エルフだ!!??!(作者:葛城)(オリジナルファンタジー/日常)

例によって例のごとく、神様のミスで異世界TS転生しただけでなくエルフになった人の話▼なお、異世界ではエルフはお伽噺の住人扱いされるぐらいで、本当にエルフっていたんだって超驚かれる存在である▼※セルフレイティングは、いちおう念のため


総合評価:3388/評価:8.31/連載:10話/更新日時:2026年07月04日(土) 23:35 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>