不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごす 作:無性主人公広めたい
まぶたを一度つよく閉じて、もう一度開けた。
消えない。
『デイリーリワード』
『本日の贈り物——スキル 【養殖】』
……養殖。
読み違いかと思って、もう一度見た。変わらない。
前の世界で、その言葉を聞くのはたいてい魚か貝の話だった。勇者を呼びつけるような世界で配られるものの名前とは、到底思えない。
隣の窓へ目を戻した。さらに桁が増えているのに気づいたのは、こっちのほうだ。
白瀬ユウ Lv.10
体力 10 力 10 速さ 10 魔力 12
スキル:デイリーリワード/不老/養殖(下級)
……十。
六に上がったのは、四年とすこし前だ。それきり、オレはこれをろくに見ていない。毎晩ひとつずつ勝手に載って、勝手に消えていくものだと思っていた。
見ていないあいだも、載りつづけていたらしい。
不思議はない。不思議がないのに、目が離せなかった。
下の段を目でなぞる。
体力、十。力、十。速さ、十。ずっと一の位だけで足りていたのが、横にひとつ伸びている。
魔力、十二。
……ひとつだけ、はみ出している。
これまでこの窓は、どれかが飛び抜けるということがなかった。才能も偏りもない、いかにもオレらしい四つ並び。そのはずだった。
いちばん下の段には、さっき手に入ったばかりのスキルがちゃんと端に収まっている。
その名前に目を留めると、窓がもう一段、下へ開いた。
【養殖(下級)】
下級の魔物のみテイムして養殖可能
はじめに養殖した種族に固定
以後、ほかの種族は養殖不可
養殖可能数 制限なし
……下級のみ。
久しぶりに経験値以外が載ったと思えば、一行目からこれだ。
そのぶん、下の行が妙だった。
制限なし。何匹でも、という意味だろうか。そんなものを集めて、どうしろというんだ。
魔物を増やす、で真っ先に浮かんだのは、当然マロだった。あいつだって、もとはこのデイリーリワードがくれたものだ。ある朝ひとつだけ載っていた卵が、勝手に孵って、名前をつけたらそのまま懐いた。育てたつもりも、増やしたつもりも、一度もない。
まあ、マロが魔物に該当するかどうかはオレには見当もつかないけど。
……そんなオレの相棒は、いま村にいない。
*
水路の手入れがあったのは、それから幾日かあとだ。
初夏の水は、雪解けのころほど荒くない。荒くないうちに、去年の雨で崩れた土手を直して、堰の板を入れ替えておく。毎年この時期の決まりごとで、畑の合間に村の男たちが出る。オレも桶と石籠を運ぶ側にまざった。
石を詰めた籠を担いで土手を上がり、下ろして、また戻る。三つめを担いだあたりで、肩が痛くないことに気がついた。息も上がっていない。
堰の板は、いつも二人がかりで据えるものだ。分厚い樫で、水を吸ったぶんだけ重い。両端を持って、掛け声で溝の口へ落としこむのが毎年の絵だった。
その日はハーロが畑のほうへ呼ばれていて、片方が足りなかった。仕方なく、オレが端を持って待っていた。支えているだけのつもりで少し力を入れたら、板はそのまま上がってしまった。
「……あ」
落ちた板が、かちりと溝へ収まる。
振り返ると、土手のうえで三人ばかりがこっちを見ていた。誰も何も言わない。毎年その端を持たされている連中だ。あれの重さなら、オレよりよほどよく知っている。
「お前、いま、ひとりで」
「……入っちゃいました」
ひとりが短く息を吐いて、それが笑いに変わって、あとは笑い声になった。腹を抱えるやつまでいる。
「薬ばっかり刻んでるくせに、どういう腕してんだ」
別のひとりが、思い出したように口をはさむ。
「去年、隊商について来た冒険者が寄ったろ。剣で食ってるってやつだ。あれだって、板はふたりがかりだったぞ」
「毎日、根を刻んでますからね」
適当なことを言って、ごまかした。笑いのついでに出た話だ。真に受けるようなことでもない。
年寄りのひとりが、板のうえを踏んで具合をたしかめながら、思い出したように言う。
「そういやお前、来たばっかりのころは、水桶ひとつで膝が笑ってたな」
「……そんなでしたか」
「そんなだったとも。この水路を掘ったときも、お前がいちばん先にへばってた」
覚えている。掘るのはオレの案だったのに、いちばん役に立たなかったのがオレだった。あのころは、担いだ桶の水が揺れるだけで足がもつれた。
「人ってのは、変わるもんだな」
年寄りはそう言って、それきりの話にして土手を降りていった。
変わったというより、毎晩ひとつずつ勝手に足されていっただけだ。そう言ったところで、誰にも通じない。通じないから、オレは笑って板の泥を落とした。
*
肝心の【養殖】のほうは、それから何日もかけて、ひととおり恥をかいた。
ステータスの説明には魔物と言っている。人の地を一歩出れば魔物の領分、と王も言っていた。裏を返せば、この村にはいない。かといって、剣も握れないのに魔物のいるところへわざわざ足を向けるなんて、そんな危険なことはしたくない。
だったら、残る筋はひとつきりだ。オレが思っている『魔物』と、あのステータス画面に書いていた『魔物』が、そもそも同じものを指していない。そっちに賭ける。マロのことさえ分かっていないんだから、あり得ない話でもないだろう。
効くか効かないか、それだけでも分かればいい。そう言い訳をして、オレは村じゅうの生き物に手をかざして回った。
最初は、村はずれの家で日向に寝ている犬だった。しゃがんで手をかざして、養殖しろ、と念じた。自分でも何を言っているのか分からない。犬は片目を開けて、しばらくオレを見てから、また閉じた。
やり方が悪いのだろうと思って、何日か、思いつくかぎりを変えて通った。
犬は毎回おなじように片目を開けて、おなじように閉じた。
納屋の裏では、鶏に向かって指を鳴らしているところを、テオの妹――フェナに見られた。
「ユウ。なにしてるの」
「……鶏の、機嫌をとってる」
「なんで」
「なんでだろうな」
我ながら、ひどい返事だった。
フェナはオレと鶏を見比べてから、つかつかと歩いていって、あっさり抱きあげた。鶏はおとなしく抱かれている。
スキルなんてないはずなのに、彼女のほうが生き物の扱いによっぽど長けている。
それに、いくらなんでも犬や鶏を魔物と言い張るのは無理があったようだ。
*
夕方、納屋へ寄った。
いつものように根を刻んで、いつもの匂いのなかで、奥の甕の前に座る。爺さんが仕込んで、オレが手ごと継いだやつだ。
手を動かしながら、またスキルのことを考えていた。
賭けは外れた。魔物は魔物、というだけの話だった。
つまり、この村で暮らしているかぎり、オレに養殖できるものは何ひとつない。
乳鉢のなかで、根がすっかり細かくなっていた。手だけが勝手に動いていたらしい。
……いや。
ひとつだけ、心当たりがある。
水路のいちばん下、直したばかりの堰から先の、水がよどんで日の当たらないあたり。石の陰に、いつも何かがいる。
誰もあれを魔物とは呼ばない。呼ばないだけで、魔物には違いない。
乳棒を置いた。
……もしかして、あれなら。