不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごす   作:無性主人公広めたい

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31話 積もったもの

 まぶたを一度つよく閉じて、もう一度開けた。

 消えない。

 

『デイリーリワード』

『本日の贈り物——スキル 【養殖】』

 

 ……養殖。

 読み違いかと思って、もう一度見た。変わらない。

 前の世界で、その言葉を聞くのはたいてい魚か貝の話だった。勇者を呼びつけるような世界で配られるものの名前とは、到底思えない。

 

 隣の窓へ目を戻した。さらに桁が増えているのに気づいたのは、こっちのほうだ。

 

白瀬ユウ Lv.10

体力 10 力 10 速さ 10 魔力 12

スキル:デイリーリワード/不老/養殖(下級)

 

 ……十。

 六に上がったのは、四年とすこし前だ。それきり、オレはこれをろくに見ていない。毎晩ひとつずつ勝手に載って、勝手に消えていくものだと思っていた。

 見ていないあいだも、載りつづけていたらしい。

 不思議はない。不思議がないのに、目が離せなかった。

 

 下の段を目でなぞる。

 体力、十。力、十。速さ、十。ずっと一の位だけで足りていたのが、横にひとつ伸びている。

 魔力、十二。

 ……ひとつだけ、はみ出している。

 これまでこの窓は、どれかが飛び抜けるということがなかった。才能も偏りもない、いかにもオレらしい四つ並び。そのはずだった。

 

 いちばん下の段には、さっき手に入ったばかりのスキルがちゃんと端に収まっている。

 その名前に目を留めると、窓がもう一段、下へ開いた。

 

【養殖(下級)】

下級の魔物のみテイムして養殖可能

はじめに養殖した種族に固定

以後、ほかの種族は養殖不可

養殖可能数 制限なし

 

 ……下級のみ。

 久しぶりに経験値以外が載ったと思えば、一行目からこれだ。

 そのぶん、下の行が妙だった。

 制限なし。何匹でも、という意味だろうか。そんなものを集めて、どうしろというんだ。

 魔物を増やす、で真っ先に浮かんだのは、当然マロだった。あいつだって、もとはこのデイリーリワードがくれたものだ。ある朝ひとつだけ載っていた卵が、勝手に孵って、名前をつけたらそのまま懐いた。育てたつもりも、増やしたつもりも、一度もない。

 まあ、マロが魔物に該当するかどうかはオレには見当もつかないけど。

 ……そんなオレの相棒は、いま村にいない。

 

   *

 

 水路の手入れがあったのは、それから幾日かあとだ。

 

 初夏の水は、雪解けのころほど荒くない。荒くないうちに、去年の雨で崩れた土手を直して、堰の板を入れ替えておく。毎年この時期の決まりごとで、畑の合間に村の男たちが出る。オレも桶と石籠を運ぶ側にまざった。

 石を詰めた籠を担いで土手を上がり、下ろして、また戻る。三つめを担いだあたりで、肩が痛くないことに気がついた。息も上がっていない。

 

 堰の板は、いつも二人がかりで据えるものだ。分厚い樫で、水を吸ったぶんだけ重い。両端を持って、掛け声で溝の口へ落としこむのが毎年の絵だった。

 その日はハーロが畑のほうへ呼ばれていて、片方が足りなかった。仕方なく、オレが端を持って待っていた。支えているだけのつもりで少し力を入れたら、板はそのまま上がってしまった。

 

「……あ」

 

 落ちた板が、かちりと溝へ収まる。

 振り返ると、土手のうえで三人ばかりがこっちを見ていた。誰も何も言わない。毎年その端を持たされている連中だ。あれの重さなら、オレよりよほどよく知っている。

 

「お前、いま、ひとりで」

 

「……入っちゃいました」

 

 ひとりが短く息を吐いて、それが笑いに変わって、あとは笑い声になった。腹を抱えるやつまでいる。

 

「薬ばっかり刻んでるくせに、どういう腕してんだ」

 

 別のひとりが、思い出したように口をはさむ。

 

「去年、隊商について来た冒険者が寄ったろ。剣で食ってるってやつだ。あれだって、板はふたりがかりだったぞ」

 

「毎日、根を刻んでますからね」

 

 適当なことを言って、ごまかした。笑いのついでに出た話だ。真に受けるようなことでもない。

 年寄りのひとりが、板のうえを踏んで具合をたしかめながら、思い出したように言う。

 

「そういやお前、来たばっかりのころは、水桶ひとつで膝が笑ってたな」

 

「……そんなでしたか」

 

「そんなだったとも。この水路を掘ったときも、お前がいちばん先にへばってた」

 

 覚えている。掘るのはオレの案だったのに、いちばん役に立たなかったのがオレだった。あのころは、担いだ桶の水が揺れるだけで足がもつれた。

 

「人ってのは、変わるもんだな」

 

 年寄りはそう言って、それきりの話にして土手を降りていった。

 変わったというより、毎晩ひとつずつ勝手に足されていっただけだ。そう言ったところで、誰にも通じない。通じないから、オレは笑って板の泥を落とした。

 

   *

 

 肝心の【養殖】のほうは、それから何日もかけて、ひととおり恥をかいた。

 ステータスの説明には魔物と言っている。人の地を一歩出れば魔物の領分、と王も言っていた。裏を返せば、この村にはいない。かといって、剣も握れないのに魔物のいるところへわざわざ足を向けるなんて、そんな危険なことはしたくない。

 だったら、残る筋はひとつきりだ。オレが思っている『魔物』と、あのステータス画面に書いていた『魔物』が、そもそも同じものを指していない。そっちに賭ける。マロのことさえ分かっていないんだから、あり得ない話でもないだろう。

 効くか効かないか、それだけでも分かればいい。そう言い訳をして、オレは村じゅうの生き物に手をかざして回った。

 

 最初は、村はずれの家で日向に寝ている犬だった。しゃがんで手をかざして、養殖しろ、と念じた。自分でも何を言っているのか分からない。犬は片目を開けて、しばらくオレを見てから、また閉じた。

 やり方が悪いのだろうと思って、何日か、思いつくかぎりを変えて通った。

 犬は毎回おなじように片目を開けて、おなじように閉じた。

 

 納屋の裏では、鶏に向かって指を鳴らしているところを、テオの妹――フェナに見られた。

 

「ユウ。なにしてるの」

 

「……鶏の、機嫌をとってる」

 

「なんで」

 

「なんでだろうな」

 

 我ながら、ひどい返事だった。

 フェナはオレと鶏を見比べてから、つかつかと歩いていって、あっさり抱きあげた。鶏はおとなしく抱かれている。

 スキルなんてないはずなのに、彼女のほうが生き物の扱いによっぽど長けている。

 

 それに、いくらなんでも犬や鶏を魔物と言い張るのは無理があったようだ。

 

   *

 

 夕方、納屋へ寄った。

 いつものように根を刻んで、いつもの匂いのなかで、奥の甕の前に座る。爺さんが仕込んで、オレが手ごと継いだやつだ。

 手を動かしながら、またスキルのことを考えていた。

 賭けは外れた。魔物は魔物、というだけの話だった。

 つまり、この村で暮らしているかぎり、オレに養殖できるものは何ひとつない。

 

 乳鉢のなかで、根がすっかり細かくなっていた。手だけが勝手に動いていたらしい。

 

 ……いや。

 ひとつだけ、心当たりがある。

 水路のいちばん下、直したばかりの堰から先の、水がよどんで日の当たらないあたり。石の陰に、いつも何かがいる。

 誰もあれを魔物とは呼ばない。呼ばないだけで、魔物には違いない。

 

 乳棒を置いた。

 ……もしかして、あれなら。

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