不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごす   作:無性主人公広めたい

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34話 刈り入れ

 刈り入れの日は、村長のギレスと年寄りたちが、穂を歯で潰して決める。まだ早い、いや明日でいい、と言い合って、どちらかが折れるまで畑のふちにしゃがんでいる。オレも真似て噛んでみたことがあるが、いつ噛んでも同じ硬さに思えた。九年いても、こういうものは分からないままだ。

 

 その明日が来て、村じゅうの手が畑へ出た。

 畑は家ごとの細長い持ち分が、草を残した細い帯で仕切られて、ひとつづきに広がっている。持ち分はあちこちに散っているから、どの家も自分の分を刈って回る。村が決めるのは、日と順番だけだ。

 

「東の低いとこからやれ。あそこは水を持つからな。乾いたとこは、あとでも遅くねえ」

 

 ギレスの声で、家ごとに畑へ散っていく。オレは鎌を借りて、ハーロの持ち分に入った。テオが出ていってから、この家は刈る手がひとつ足りない。

 

 穂の下へ刃を入れて、握った束を手前へ引く。それだけのことなのに、隣で刈っているマレナは同じあいだにオレの倍を進んでいる。腰の落とし方も、束の掴み方も、こっちより無駄がない。力ならたぶんオレのほうがあるはずで、それでも手は遅い。力と腕は、どうやら別のものらしい。

 

「あんた、その握り方じゃ、日が暮れるまでに腰をやるよ。柄はもっと短く持ちな」

 

 顔も上げずにマレナが言った。言われたとおりに柄を短く持ち替えると、たしかに引きが軽くなる。

 九年かけて、まだこんなことを教わっている。

 

 朝のうちは、みんな黙って刈っていた。西のほうに薄い雲が出ていたからだ。刈り倒した麦を濡らせば、乾くまでのあいだに芽が出たり黴が来たりする。降られる前に、というのが今日の村の考えていることのぜんぶだった。

 

 刈ったそばから束にして紐をかけ、幾つかずつ穂を上にして立てかけていく。境の草には年寄りたちが座って、藁を縒って紐をこしらえている。腰は立たなくても、手だけは止まらない。子どもらは刈る者のうしろについて、落ちた穂を拾ってまわる。

 

 フェナが、腰にさげた袋を膨らませて通りかかった。

 

「ユウ。そこ、いちばん落ちてる」

 

「……悪かったな」

 

「べつに。ないと、拾えない」

 

 返す言葉を探しているうちに、もう次の持ち分へ行ってしまった。

 

 日がいちばん高くなったころ、いったん草の帯に腰を下ろして水を回した。首筋が汗と麦の埃でざらついて、腕の内側が痒い。ハーロが布で顔を拭きながら、まだ刈り残っている先のほうを見ている。

 

「おい。今年は、畑を空けたやつが少なかったな」

 

「……そうですね」

 

「例年なら、ひとりふたりは寝こんでる。……暑さがましだったんだろ」

 

 オレは、そうですね、ともう一度言った。それから水を飲んで、鎌を持って立ち上がった。

 

 雲は、けっきょく西の山の上を通り過ぎていった。

 

 最後の一枚を刈り終えたのは、日がだいぶ傾いてからだ。刈り株ばかりになった畑は、遠くの端まで見通せるくらい平らになって、そのぶん村が広く見えた。立てかけた束が、そこらじゅうで細い影を長く倒している。乾いたのを荷車へ積むのは明日からで、刈り株に家畜を入れるのは、どの家も運び出してからだ。

 

   *

 

 戸口に人が立ったのは、暗くなりかけてからだった。境の草で紐を縒っていた年寄りのひとりで、腰を片手で押さえている。刈り入れのあとは、たいていこれだ。

 温めて当てる草を袋に分けて、火にかける長さをもう一度言った。年寄りは「毎年、世話をかけるな」と言って帰っていった。毎年、というのは、オレの前にここで薬をあつかっていた爺さん——薬師の師匠の代からの話だろう。オレはその手仕事を継いだだけだ。

 

 納屋へ入って、燭台に火を移す。

 壁ぎわの六匹のスライムは、朝と同じ格好で沈んでいる。刈り入れのあいだも、朝と夕の草やりだけは欠かせなかった。一匹ずつ食わせる草が違うから、まとめてというわけにいかない。腕が張っていても、皿の順に一つまみずつ落として回る。

 渡したぶんは、どれもきれいに無くなっている。世話をしてやっても、礼のひとつ返るでもない。腹だけは、こっちの都合にかまわず減るらしい。

 

 戸を開けたままにしておくと、村のあちこちから麦を打つ音が聞こえてくる。刈り株の畑に次の種が下りるまで、しばらくはこの音がつづく。

 

   *

 

 乾いた束を荷車で運びこんで、打ち場で叩くのは、刈ってから幾日かあとになる。オレはハーロの家の打ち場を手伝っていた。

 

 棒の先で束を叩くと、穂から粒が落ちて布に散る。落ちきったら束をひっくり返して、また叩く。単純な仕事だが、力任せに振ると粒が飛んで散らばるから、加減がいる。

 

 布のふちでは、フェナがしゃがんで散った粒を拾っていた。落ちた粒のありかを、こっちが見落とすさきに見つけている。手を止めず、口も利かず、ただ拾っていた。

 

「そこ、まだ落ちていませんよ」

 

 打ち場の入り口から、ミラが布の隅を指した。村長ギレスの娘で、出ていったテオと同い年の十五になる。このごろ背が伸びて、大人にまじって村のことを取りしきりたがる。この村ではそろそろ年ごろということらしいが、オレの目には、まだ子供にしか見えない。ことばつきだけが、いつのまにか背伸びした丁寧なものになっている。

 

「端から順にやってくださいね。飛ばすと、あとで拾うのが増えますから。あたしが見ておきますので」

 

「……ああ」

 

 ミラは布のまわりを一周して、オレの手もとをのぞきこんだ。

 

「ユウさんって、結婚とか、考えてないんですか」

 

「……特に」

 

「あら。だったら、あたしがもらってあげてもいいんですよ。父さんも、あんたのことは気に入ってますし」

 

 冗談めかしてはいるが、オレの手もとの働きぶりを値踏みするみたいに見ている。半分は、本気で言っているらしかった。

 

「……いや。それは、さすがに」

 

「なにが『さすがに』ですか。歳だって、そんなに離れて——」

 

「オレ、もう三十近いよ。この村に来て九年、その前を足せば」

 

 ミラの口が、開いたまま止まった。

 

「……え」

 

「えっ、三十? 待ってください、そんな……ぜんぜん、見えないのに。ほんとに?」

 

「ほんとに」

 

「……あれ。い、言われてみれば、あたしが小さいころのユウさんって、そういえば……」

 

 言いかけて、ミラは口をつぐんだ。眉を寄せて宙を見ていたが、じきに、どうでもよくなったように首を振った。

 布の粒をひとつつまんで、ぽいと放る。

 

「……い、今の、やっぱりなしで。あたし、なんにも言ってませんから」

 

 フェナが、粒を拾う手を止めずに言った。

 

「ユウは、もらわないよ」

 

「どうして」

 

「スライムがいるから」

 

 オレは黙って束をひっくり返した。気の利いた返しは、浮かんでこない。

 

 ミラが手を打った。

 

「あ、そうだ。言い忘れていました。神官さまが、来るんですよ。この村に」

 

 あちこちで、棒を振る手が止まった。

 

「神官さま?」

 

「父さんが、そう言っていました。子供を、ひとり残らず集めろって。……洗礼の儀、だそうです」

 

   *

 

 神官が村のとば口に立ったのは、それから三日あとだ。

 

 麦を打つ音がやんで、村じゅうが街道のほうを見ていた。馬に乗った神官がひとりと、供が三人だった。供はみな埃をかぶり、ひとりは足を引きずっている。

 

 神官は馬を下りると、ギレスに向かって用件だけを言った。

 

「洗礼の儀にございます。この村の子らを、ひとり残らず集めていただきたい。……手間は取らせません。日の高いうちに、次の村へ発ちますので」

 

 丁重な物言いだったが、こちらの返事を待つ気配はなかった。

 

 村の年寄りが、隣の者に小声でこぼしている。神官さまなんて、いつ以来だ、と。

 辺境に、教団の手はついぞ届かない。オレがこの村へ来てから、神官を見るのは初めてだ。その、来ないはずの相手が、疲れた足で、こんなところまで来ている。

 

 子供らが、親に押されて前へ出されていく。フェナも、マレナに背を押されて列のうしろに並んだ。並びながら、フェナは神官から目を離さなかった。愛想も、怖がりもせず、ただじっと、上から下まで見ている。相手が神官でも、この子は変わらない。

 

 戦は、遠いところの話だと思っていた。それが辺境から人手も護りも順に吸い上げて、とうとう子供の中身まで検めに来た。

 あの儀で、子供は初めて力を授かるという。授けるのは神で、神官は場を取り仕切るだけだと供のひとりが言った。どの子に何が出るかは、その神官にも分からないらしい。

 オレは呼ばれもしないし、列に並ぶ子供でもない。

 ただ、この村の子に何が出るかが、この村の外から降りてくる。それだけのことが、腹の底を冷たくした。

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