不老なのをいいことに、移りゆく世代を眺めながら辺境で気ままに過ごしていたら、知らないうちにレベルが限界を振り切っていた   作:無性主人公広めたい

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4話 人の灯りへ

 翌朝、オレは、ねぐらにしていた岩陰を出て、森を抜けることにした。

 

 理由は、単純だ。ここじゃ、長くはもたない。

 

 木の実と沢の水で、飢えはしのげる。岩の隙間で、夜もなんとか越せる。でもそれは、『生きている』というより、『まだ死んでいない』に近い。

 

 冬が来たら? 熱を出したら? 一人きりのこの森で、そんなものは、たぶん、静かな終わりに直結する。

 

 生き延びる、と決めたなら――人のいるところへ、行くしかない。

 

 懐の卵は、今朝も、ほんのり、あたたかかった。「……行くぞ」と声をかけても、返事なんて、あるわけもない。それでも、なんとなく、心強い。

 

 それから、何日、歩いただろう。――正直、数えるのは、途中でやめた。

 

 やることは、ずっと同じだった。日が高いうちに歩き、暗くなる前に隠れる。魔物らしき影を見たら、戦うなんて論外だから、息を殺して遠回りする。腹が減ったら、小動物が食べている実を見つけて、同じものをかじる。水は、澄んだ流れを選んで飲む。

 

 顔や手を、その冷たい水ですすぐくらいはできても、まともに湯を浴びたのは、この世界に来てから、一度もない。汗と土埃で髪はごわつき、自分でも、饐えたような匂いがするのが分かる。そして夜、隠れ家で膝を抱えると、決まって、あの光る窓が、ぽうっと浮かんだ。

 

『デイリーリワード――経験値 +1』

 

 ……1。昨日は、2だった。その前は、また1。日によって、ちょっとだけ違うらしい。たまに、しなびた木の実がひとつ、おまけで付いてくることもあった。

 

 毎晩、眠る前に、それだけが、ぽん、と増える。手元の経験値は、いつのまにか、二十を、少し超えていた。

 

 でも――レベルは、あいかわらず、1のままだ。

 

 一度、次のレベルまでにどれだけ要るのか、確かめてみたことがある。……見なきゃよかった。まだ、ずいぶん、遠かった。この、一日1や2の積み立てで、そこへ届くのは、だいぶ、先の話に、なりそうだ。

 

 まあ、いい。時間だけは、腐るほど、あるんだから。

 

 それでも、歩いた日も、休んだ日も、たった1ずつ、ちゃんと積もってはいた。それだけは、確かだった。

 

 地味だ。とにかく、地味だった。

 

 ……つい、笑ってしまう。オレは一応、『異世界に召喚された勇者』の、はずだったんだよな。魔王を倒してくれ、と、あの豪華な広間で、王様に頭を下げられた側の。

 

 それが今や、実のなる木を探して、獣の食べ残しをありがたがって、こそこそ茂みに隠れる、ただの薄汚れた放浪者だ。

 

 ――まあ、悪くはない、けど。

 

 派手に持ち上げられて最前線へ送られた連中より、たぶん、ずっと、命の心配は少ない。

 

 何日目かの、昼下がり。いつものように沢で水を飲もうと、水面に顔を寄せて――ふと、手が止まった。

 

 水に映った自分の顔が、なんだか、少し、違う。

 

 頬の線が、前より細い。目元も、やわらかい。ひげが伸びる気配は、まるでない。……これじゃあ、まるで、女の子みたいだ。冴えない男子だったはずの面影は、いつのまにか、ずいぶん薄れていた。

 

 自分の頬を、つまんでみる。すべすべだ。

 

 ちぐはぐなのは、身なりのほうが、男のまんまだからだろう。よれて薄汚れた、男物の学生服。この世界の誰も着ていない、妙な仕立ての一着だ。顔だけが、それとちぐはぐに、変わっていく。

 

 ……歳を取らない、というのは、こういうことも含むんだろうか。時間から外れた体は、少しずつ、元の造りから、ずれていくのかもしれない。

 

 ……まあ、いいか。顔がどうなろうと、腹はふくれないし、追われもしない。深く考えるのはやめて、オレは水をすくって飲んだ。

 

 転機は、その日の夕方に来た。

 

 なだらかな丘を越えると――視界が、開けた。

 

 眼下に、四角く区切られた畑が、いくつも広がっている。その真ん中に、寄り集まった、小さな家々。屋根のいくつかから、細い煙が、まっすぐ立ちのぼっていた。夕餉の、煙だ。

 

 人が、いる。

 

 その、なんてことのない風景が、やけに、まぶしく見えた。人の暮らしの灯りを目にするのは、いったい、何日ぶりだろう。

 

 オレは、転がるように丘を下って、村へ近づいた。近づいてから、少し、足がすくむ。……余所者が、いきなり訪ねて、追い払われないだろうか。丸腰で、みすぼらしくて、この世界じゃ見かけない妙な服を着て、おまけに――男か女かも分からない、変な奴だ。

 

 村のはずれ、畑の脇で、迷っていたときだった。

 

「――ねえ。おにいちゃん? おねえちゃん?」

 

 足元から、声がした。

 

 見ると、五つか六つくらいの子供が、泥だらけの手で、オレの服の裾を、ちょんと引っぱっている。まんまるな目で、まじまじと、オレの顔を見上げていた。

 

「どっち?」

 

 ……どっち、か。子供は、正直だ。

 

「……さあ。オレにも、よく分からないんだ」

 

 そう答えると、子供は、けらけら笑った。警戒なんて、これっぽっちもない。むしろ、珍しいおもちゃでも見つけたみたいな、きらきらした目だ。

 

 その屈託のなさに、なんだか、つられて、ちょっと笑ってしまった。

 

「ねえ、どこから来たの? おなか、すいてる?」

 

 すいてる。死ぬほど。

 

「かあちゃん! かあちゃーん! へんな人来た! きれいな人!」

 

 子供が、畑の向こうへ、元気よく駆けていく。「へんな人」で「きれいな人」か。……なかなか、的確だ。

 

 やがて、手を布で拭きながら、母親らしき女の人が、怪訝そうな顔で、こちらへ歩いてくる。その目には、余所者への警戒が、確かにあった。――でも、その後ろから、さっきの子供が、オレを指さして、何か一生懸命、訴えている。

 

 さて。どう、転ぶか。

 

 オレは、できるだけあやしくないように、へたくそな笑みを浮かべて、深く、頭を下げた。

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