無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
リカリスの街での一件で、まとまった路銀と水聖級魔術師としての信用を得られたおかげで、その後の旅路は概ね順調と言えるものだった。
私たちは魔大陸を南下しながら、寄る先々の街のギルドで依頼をこなし、着実に資金を積み上げていった。金さえあれば馬車に乗れる。夜に移動する商隊に乗せてもらえれば、寝てる間も移動できる。とにかく、早く移動することに注力した。
気づけば、パーティ『デッドエンド』のランクは、Aへと到達していた。
Fランクの頃とは比較にならない高額報酬が得られる。その分、遭遇する魔物の脅威度も跳ね上がったが、ルイジェルドと、日々凄まじい成長を見せるエリスがいれば、後れを取ることはなかった。
『デッドエンド』の噂は、私の予想を遥かに上回る速度で大陸中に広まっていった。
かつてスペルド族を指して「出会えば死ぬ」と恐れられた異名は、今や「弱きを助ける三人組」という英雄的な名声へと書き換えられつつある。
もっとも、メンバー個別の二つ名は、私の意図した方向とは少しズレて定着してしまったようだが。
まずは『デッドエンドの狂犬』エリス。魔神語こそ上達したが、理不尽な事態に遭遇した際の爆発的な怒りは健在で、文字通り手が付けられない。
次に『デッドエンドの番犬』ルイジェルド。子供たちを守るために槍を振るう彼の姿には、これ以上なく相応しい名だろう。
そして私。巷では『デッドエンドの飼い主』ルージェルドと呼ばれているらしい。……ルイジェルドの名と響きが似ているせいか、よく名前を間違えられる。まあ、気にすることではない。
一方で、焦燥感は常に私の胸を焼いていた。
ロアの街はどうなったのか。パウロやゼニス、リーリャは無事なのか。
中央大陸の情報は、この魔大陸の最果てまでは届かない。ミリス大陸へ渡れば、少しは状況が見えるだろうか。
一度、風魔術を応用した「高速移動ユニット」の試作を行ったことがある。土魔術で軽量化した馬車を作り、空気抵抗を計算した翼を取り付け、風魔術で飛行させるというものだ。
一人でのテスト飛行には成功したが、複数人を乗せての安定性は極めて低かった。
「着地の際の衝撃が制御しきれん。子供を乗せるには危険すぎる」
「あんなのダメよ!ルーデウス!ぐらぐら揺れすぎて、吐き気が止まらなくなっちゃうわ!」
ルイジェルドとエリスから猛反対を受け、私の空中移動計画は一時凍結となった。……もっと研究してから再挑戦することにしよう。
そんなこんなで二ヶ月の旅を続け、私たちはついに魔大陸の港町、ウェンポートへと辿り着いた。
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どこまでも続く青い海。潮の匂いを嗅いではしゃぐエリスを横目に、私はまず情報収集に奔走した。
しかし、期待に反してウェンポートでも中央大陸の具体的な情報は得られなかった。ロアの街を襲った異変は、少なくとも周知の事実としてはこの地まで流れてきていないようだった。フィリップやサウロスが無事なら、大規模な捜索が行われていてもおかしくないのだが……。
「……海を越えていないだけだ。向こう岸へ渡れば、きっと何かが分かる」
自分に言い聞かせる。
幸い、金はある。早々に渡航の手続きを済ませようと関所へ向かった。
だが、そこで突きつけられた現実は、あまりに理不尽なものだった。
「……スペルド族の渡航費が、人族の四百倍……?なぜそんな、異常な価格設定になるのですか」
「申し訳ございません、こればかりは。現在、周辺諸国との情勢が不安定でして……。スペルド族を乗せていることが発覚すれば、船主は外交問題に巻き込まれるリスクを負います。そのための保険料だとお考えください」
関所の職員は事務的に答えた。スペルド族に対する根深い偏見が壁として立ちはだかったのだ。
エリスが顔を真っ赤にして職員に食ってかかったが、ルイジェルドがそれを静かに制した。
その夜、宿で私たちは沈痛な面持ちでテーブルを囲んだ。
「すまない、二人とも。……俺がスペルド族であるせいで、足止めを食わせてしまった」
「謝らないでください、ルイジェルドさん。必ず、良い解決策を見つけます」
私は腕を組み、脳内でシミュレーションを繰り返した。
「……案は三つあります。一つは正攻法。依頼をこなして金を貯める。……ですが、このペースだと一年は足止めされます。迷宮に潜ってお宝を狙う手もありますが、不確定要素が多すぎます」
「迷宮!?」
エリスが目を輝かせる。
「却下だ。迷宮には俺でも見切れぬ罠がある。今の我々にはリスクが大きすぎる」
ルイジェルドが厳しく断じた。
「二つ目は、私の風魔術で海を飛び越え――」
「「ダメ!!」だ!!」
即座に二人の声が重なった。どうやら前回の飛行実験のトラウマは相当深いらしい。個人的には最良の案だと思ったが......金もかからず、私の魔術の練習にもなる。何より空を飛ぶのは気持ちが良い。着地で怪我をするかもしれないが、手足がもげなければ治癒できる。
「……三つ目は、密輸ルートの利用です。これだけの規模の港町なら、表沙汰にできない荷物を運ぶ連中がいるはずです。リスクはありますが、最も早い」
しかし、それはスペルド族の名誉挽回というルイジェルドの目的とは相反する悪事への加担だ。せっかく積み上げてきた『デッドエンド』のクリーンな評判を、ここで汚したくはない。
結局、その夜は答えを出せぬまま就寝となった。
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翌日。私たちは手分けして街の調査を行うことにした。
実は、昨夜二人には言えなかった第四の案がある。
現在、私の肉体に
貴族の家宝級であるこの杖を換金すれば、四百倍の渡航費など一瞬で解決できる。
だが……これはエリスの家族から、私の誕生日に贈られた、何物にも代えがたい宝物だ。
二人も猛反対するだろうし、何より私自身、この杖を失いたくはなかった。
「……だが、背に腹は代えられない、か」
重い思考を引きずりながら、夕暮れの街を宿に向けて歩く。
ふと、香ばしい匂いが鼻を突いた。露店で肉の串焼きを売っている。そういえば昼食を抜いていた。空腹は判断力を鈍らせ、悲観的な思考を助長する。
多めに買って帰り、ルイジェルドとエリスにも振る舞おう。
串焼きの包みを抱えて宿へ急ぐ途中、路地裏から下卑た男の声が聞こえてきた。
「へへっ、観念しな。ガキ一人でこんな所をうろつくのが悪いんだぜ」
見れば、薄汚れたごろつきが、年端も行かぬ幼い少女の腕を掴んでいた。
私は無言で、対象を限定した『
「ぎゃあぁぁっ!?」
男は一瞬で硬直して崩れ落ちる。少女を助けた……つもりだったのだが、予想外なことに、その少女が私に向かって怒鳴り声を上げた。
「貴様ぁぁーッ!!何をしてくれるんじゃい!?この男は、腹を空かせた妾に飯を奢ってくれるはずだったのにーッ!!」
少女はそのまま、力尽きたようにその場で行き倒れた。
「……復活してはや三百年、よもや空腹で倒れることになろうとは……。この失態、ラプラスに知られてはならん……」
虚空に向かって訳の分からないことを呟いている。
不憫に思い、私は持っていた串焼きの一本を、彼女の口に放り込んだ。
少女は弾かれたように起き上がると、驚異的な速度でそれを完食し、もっと寄こせと言わんばかりに口を開けた。結局、三人分買っていた串焼きはすべて彼女の胃袋へ消えた。……まあ、また買えばいい。
「うんまい!!一年ぶりの飯は五臓六腑に染み渡るのう!!」
豪快に笑う少女に、私は踵を返そうとした。だが、その袖を小さな手に掴まれる。
少女の瞳は綺麗なオッドアイだった。不意に、その瞳がぐるりと回転し、瞳孔が入れ替わる。
「ん?んんん~~?なんじゃおぬし。……すっげぇ気持ち悪いのぅ!!」
「……初対面で気持ち悪いとは、随分な挨拶だな」
「いや、褒め言葉じゃぞ!こんな魔力量、初めて見た!ラプラスより上ではないか!?おぬし、名は?」
「……ルーデウス・グレイラット」
「ほう、ルーデウスか。しかもおぬし、既に魔眼を持って……いや、違うな。それは妾が授けた物ではない……」
少女は私の顔を鷲掴みにし、至近距離で私の右目を覗き込んできた。
「……機能としては妾の『魔力眼』に近い。だが……何じゃこれは。魔法陣を網膜に直接焼き付けておるのか?無茶を通り越して狂気の沙汰じゃ。……それに、ずいぶん酷使しておるようじゃのぅ」
私の心臓が大きく跳ねた。ただの空腹少女ではない。
彼女は離れ、おもむろに奇妙なポーズを取った。
「よし、ルーデウスよ、よく聞け!妾は悠久なる眠りから目覚めし者!人呼んで――魔界大帝キシリカ・キシリスその人であーる!!」
高笑いしながら自己紹介をする少女。……キシリカ・キシリス。
かつての人魔大戦で人族を滅亡寸前まで追い込んだ伝説の魔帝。そんな存在が、今、目の前で笑いすぎて咽せている。
「貴様は妾の命を救ってくれた恩人じゃ!特別な褒美を授けてやろう!」
私は辞退しようと後ずさったが、彼女は少女らしからぬ速度で、私の左目に指を突き刺した。
「ぐ、がぁぁっ!!?」
「ほら、暴れるな。右目は既に別の術式で埋まっておるからな、左目に授けてやろう」
「な、何を……っ!」
「魔界大帝が下賜するものと言えば、魔眼に決まっておろう。お主に相応しいのは……これじゃ!」
キシリカの指が引き抜かれる。
激痛に悶えながら、私は自分の眼球を確認した。潰されたはずの眼は存在し、視界も失われていない。
「うむ、馴染んだようじゃな。お主に与えたのは『予見眼』。数瞬先の未来が見える眼じゃ」
「未来、を……」
「今と未来、二つのピントが同時に重なるゆえ、魔力での調整は骨が折れる。……まあ、精進するんじゃな。さらばだ、ルーデウス!」
嵐のような言葉と共に、魔界大帝は風のように走り去っていった。
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キシリカが去った後、私は激しい目眩に襲われていた。
左目からは、数瞬先の未来の像が絶え間なく流れ込んでくる。現在の視界と重なり、焦点が全く合わない。
吐き気を催すような違和感。私は壁を伝い、ふらふらと幽霊のような足取りで宿を目指した。
「……あら?ねえルイジェルド、あれってルーデウスじゃない?」
聞き覚えのある声。
ルイジェルドが即座に駆け寄り、倒れそうになった私の体を支えてくれた。
「ルーデウス!!左目から血が出ているぞ、誰にやられた!?」
「……魔界大帝……キシリカ・キシリスに、会いました……」
「魔界大帝だと!?復活していたのか!?」
「……視界が、二重にずれて……まともに歩け、ません……」
「喋るな!エリス、宿へ急ぐぞ!!」
ルイジェルドにかかえられ、宿へ担ぎ込まれた。
結局、予見眼の制御をモノにするのに三日間を費やした。
魔力を高精度に調整し、必要な時だけ「未来の像」を透過させる。そのコツを掴み、ようやく私は外へ出られるようになった。
エリスとルイジェルドは、気分転換も兼ねて砂浜で剣術の訓練をしているという。
私は予見眼のテストを兼ねて、海風の吹く砂浜へと向かった。
「ルーデウス!もう大丈夫なの!?」
エリスが心配そうに駆け寄ってくる。
「はい、お騒がせしました。ようやく調整が終わりました」
二人は木の枝を剣に見立てて特訓していたらしい。ルイジェルドによれば、エリスは猛特訓の末、彼から一本を取るまでになったそうだ。
「凄まじい上達ですね、エリス。そのうちギレーヌに追いつくのでは?」
「当然よ!……ねぇルーデウス、その魔眼の実力、私に試させてよ!」
ルイジェルドも、実戦で予見眼がどこまで使えるか試すのは良い機会だと頷く。
砂浜でエリスと対峙する。
エリスの踏み込み。予見眼が、彼女が左へフェイントを入れ、右拳を繰り出す未来を映し出す。
私はそれを、少し大げさな動きで回避する。
エリスの連撃を、私は必死に躱し続けた。
「なっ、なんで当たんないのよ!!」
エリスがご立腹だ。だが、私の方にも問題があった。避けることはできても、反撃ができない。
数分間、一方的に避け続けていたところで、ルイジェルドから「待った」がかかった。
「ルーデウス。お前は水神流をある程度修めているはずだ。なぜ一度も反撃の起点を作らない?」
「……距離感が、掴みづらいんです」
私はそう言い訳をした。あのことに、気づかれないように。
だが、歴戦の戦士であるルイジェルドの観察眼は、見逃さなかった。
彼はふむ、と考え込んだ後、何かに気づいたように目を見開いた。
そして、ずかずかと私の目の前まで歩み寄ってきた。
ルイジェルドは、私の顔の目の前で、左右に大きく手を振って見せた。
反射的に私の左目はその動きを追ったが――。
右目は、虚空を見つめたまま、僅かにピントが合わずに微動だにしなかった。
「……ルーデウス。お前……右目が見えていないのか?」
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最悪の形で、気づかれてしまった。一番知られたくなかった相手に。
私は唇を噛み、沈黙を守った。
「はぁ!?ちょっと、どういうことよ!?」
エリスが私の顔を覗き込み、悲鳴に近い声を上げる。
「ルーデウス。黙っていては分からん。正直に話してくれ」
二人に詰め寄られ、私は観念して吐き出した。
「……完全に見えないわけではありません。明暗や、大まかな色の判別くらいはできます」
「……どれくらい前からだ?」
ルイジェルドの声が、痛切に響く。
「…………」
「……俺の中にある魔術の見た後、お前は必ず目を冷やしていたな。あれが原因か?」
「それだけではありません。もともと人族の身体は、これほど高密度の魔力を処理できるようにはできていない。いずれこうなることは分かっていました」
私の言葉に、ルイジェルドの体がびくりと反応した。
「……ッ!俺が……俺たちが、お前の視力と引き換えに、スペルド族の名誉挽回を望んだとでも思っているのか!?」
「......そんなわけ、ないじゃないですか。ルイジェルドさんは優しくて、責任感が強すぎるから……だから、知られたくなかったんです」
「……お前というやつは!なぜそうやって、自分ばかりを代償にする……っ!」
ルイジェルドは拳を握りしめ、顔を伏せてしまった。その肩が震えているのが分かった。
エリスも、吊り上げた目に涙を溜めて私を睨んでいた。
「……距離感が測れないなら、ルーデウスの剣はどうなっちゃうのよ!?」
「……水神流は相手の動きに『合わせる』流派だ。片目の視力を失い、空間把握が鈍るのは……致命的だろう」
ルイジェルドが掠れた声で補足する。
「……構いませんよ。どうせ私は闘気を纏えない。剣士としての才覚は、端から無かったんです」
私が無理に笑ってみせると、エリスは「バカ!」と叫んでうつむいてしまった。
砂浜に、重苦しい沈黙が下りる。
「……今度からは、必ず教えてくれ。お前が独りで犠牲になる必要など、どこにもないんだ。もっと、俺たちを頼ってくれ……ルーデウス」
そう言って、ルイジェルドはエリスと砂浜に残った。私は一人、沈む夕陽を背にして宿へと戻った。
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Side: ルイジェルド
ルーデウスの背中が波打ち際の向こうに消えていくのを、俺はただ黙って見送った。
小さな体だ。まだ両手ですっぽりと抱え上げられるほどの、頼りない背中。だというのに、あいつはいつも、自分より遥かに大きな荷物を、誰にも気づかれぬよう黙って背負おうとする。今日もそうだ。右目の視力を失いながら、それを何日も隠し通し、俺たちの前では笑ってさえ見せた。
隣では、エリスがうつむいたまま立ち尽くしていた。膝の脇に垂らされた小さな拳は、指の関節が白くなるほど強く握りしめられている。夕陽に赤く染まったその横顔には、悔しさと戸惑いが混ざり合い、今にも泣き出しそうに歪んでいた。
俺はしばらく、声をかけられずにいた。かけるべき言葉が、うまく見つからなかったからだ。
……脳裏に蘇るのは、遠い記憶だった。かつて俺の魔槍を打ち砕くために、命を懸けて俺を止めた息子の顔。あいつも、最後の瞬間まで多くを語らなかった。ただ、俺を正気に戻すために、黙って己のすべてを差し出した。
波の音の向こうに霞むルーデウスの背中と、あの日焼き付いた息子の姿が、俺の中で静かに重なった。同じだ。誰かのために、自分を勘定に入れずに差し出してしまう、あの危うい優しさが。
「ねぇ、ルイジェルド……」
エリスの声が震えていた。俺は視線を彼女に戻す。
「私はどうすればいいの?どうすれば、ルーデウスの力になれる……?ルーデウスは、いつもそうよ。全部一人で抱えて、平気な顔して、笑って……気づいたら、もう手遅れになってるまで、絶対に言わないのよ」
彼女の声は、途中から涙で掠れていった。膝を抱えるようにその場にしゃがみ込んだエリスの、細い肩が小さく震えている。
こみ上げてくる口惜しさに、俺は奥歯を強く噛みしめた。剣を極めても、槍を振るっても、俺はあの子の右目一つ、守ってやることができなかった。守られているのは、俺たちの方だったのだ。自分の無力さがこれほど骨身に染みたのは、正気を取り戻したあの日以来、久しぶりのことだった。
俺はエリスの隣に膝をつき、その小さな肩にそっと手を置いた。潮風が二人の間を吹き抜け、遠くで波の砕ける音だけが響いていた。
「……強くなるしかない」
俺は、半ば自分自身に言い聞かせるように、言葉を一つ一つ選んで紡いだ。
「あいつが計算を誤り、あいつの眼に映らぬ死角から敵が迫った時。……そのすべてを、お前が、俺が、斬り伏せる。それだけだ。あいつに、守られる隙すら与えなければいい」
「……それだけ?」
エリスが顔を上げる。涙に濡れた瞳が、まっすぐに俺を射抜いた。その強さに、俺は思わず息を呑んだ。
「それだけじゃ、足りないわ。私は……ただ守られているだけの荷物になりたくない。ルーデウスの隣に立つ資格が欲しいの。安心して背中を預けてもらえるくらい、強くなりたい」
その言葉に、俺は目を見開いた。まだあどけなさの残るこの小さな体のどこに、これほどの覚悟が眠っていたのか。
「……そうか」
俺は静かに立ち上がり、傍らに落ちていた太い流木を手に取った。
「ならば、俺の知る全てをお前に叩き込もう。この槍の技術も、剣士に対する崩し方も、俺が三百年かけて拾い集めてきた戦い方の、すべてを」
「……本当に?手加減なんて、しないでよ」
「スペルドの戦士に、二言はない。……ただし、音を上げても知らんぞ」
エリスの瞳に浮かんでいた涙が、いつの間にか乾き、代わりに鋭く気高い決意の炎へと変わっていた。
「……私、強くなる。もっと、もっと強くなるわ。ルーデウスの『右目』の分まで、私が見てあげる。……あいつに、指一本触れさせないくらいに!」
彼女はそう叫ぶと、涙を乱暴に拭い、砂浜に転がっていた木の枝を拾い上げて構えを取った。
「今すぐ、稽古をつけて!ルイジェルド!」
「……良い覚悟だ。だが、覚悟だけでは剣は届かん」
俺は自分の得物代わりに、もう一本の流木を握り直した。
「今のお前の踏み込みは浅い。腰が高く、重心が上ずっている。まずはそこから直すぞ」
「上等よ!何度でもかかってきなさい!」
彼女は歯を食いしばり、勢いよく地面を蹴った。かつての粗削りな突撃ではない。恐怖も、悲しみも、すべてを一本の切っ先に込めたような、澄んだ踏み込みだった。
その夕暮れ、波の音をかき消すほどの、これまでで最も激しく、最も凄まじい剣戟の音が、いつまでも砂浜に響き続けた。
汗と涙に濡れた顔で何度も地に転がりながら、それでもエリスは立ち上がり続けた。
遠くの空に瞬き始めた最初の星が、小さな、けれど確かな決意を、静かに見下ろしていた。
お読みいただきありがとうございます。
風魔術での飛行推しなルーデウスです。車酔いと同様で、制御しているルーデウスは酔うことはないですが、同乗者はそうもいかないようです。