無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
胸の奥底から、温かな魔力の波動が広がるのを感じて、私は意識を取り戻した。
瞼を持ち上げると、視界に入ってきたのは先ほどまで死闘を繰り広げていた怪物――龍神オルステッドだった。彼は私の胸に手を当て、精密な治癒魔術を施していた。
心臓が動いている。肺が空気を吸い込んでいる。切り飛ばされた左手も感覚があった。
反射的に飛び起きようとしたが、全身を走る稲妻のような激痛に阻まれ、私は再び荒野の地面に沈み込んだ。
枯渇状態にもかかわらず魔力を強引に過循環させた代償だ。神経系が焼き切れる寸前だったのだと、自身の肉体が悲鳴を上げて教えてくれる。自分の髪の毛は見えないが、きっと真っ白になっていることだろう。
オルステッドは私が目を開けたのを確認すると、静かに手を引いた。仮面の女性が驚きの声を上げる。
「……本当に生き返ったの?文字通り首の皮一枚だったのに……」
「息絶える前なら治せる」
どうやら、首をほとんど落とされていたらしい。
見たことが無いレベルの治癒魔術だ。あれだけの戦闘能力をもっているにも関わらず、治癒魔術もそれほどのレベルで使えるのか。
「……私は、負けたのですね。……なぜ、生かすのですか。貴方は、私を殺すつもりだったはずだ」
起き上がることもできない敗者の惨めさを噛み締めながら、私は掠れた声で問うた。
私は、初めて感じるほどの悔しさを感じていた。初めて全力で戦えたのに、全く相手にならなかった。
オルステッドは瞳を僅かに細め、冷徹な響きを含んだ声で答えた。
「……お前には、聞かねばならぬことができた。嘘をつけば、命は無いと思え」
「……なんなりと」
今の私はまな板の上の鯉だ。生存を許されたのなら、その対価を払うのが合理的だろう。
「
私は、魔大陸で目覚める前に見たあの白い世界の記憶を紐解いた。
「転移の直後、精神体のようになった私は『夢の世界』としか言いようがない場所にいました。そこに現れた全裸の不審者が、
「……
「……逆になぜ信用できると思うのですか?普通に考えて、初対面で全裸の男が語る利益など、十中八九詐欺でしょう。奴は自らを神だと自称していましたが、その行動はあまりに俗物的でした」
オルステッドの表情に、微かな驚きが走った。
「……
「私と同じ、ということね」
あの仮面の女性がこちらを見下ろしながら話す。
「……お前。俺に対しても、恐怖を抱いていない。そうだな?」
「……確かに、その圧倒的な魔力量には威圧感を感じますが。ルイジェルドさんたちが見せていた、生物学的な根源からの拒絶反応……本能のような恐怖は、私には感じられません」
「……やはりか。ルイジェルドを怖がらずに旅ができたのも、奴の呪いを中和していたわけではなく、初めから感知していなかったからか。道理だ」
「ルイジェルドさんのあの性質も、その『呪い』という一種の精神干渉魔術なのですか? まあ、既に条件付けを破壊して、解いてはありますが」
「……解いただと?お前が、あのラプラスの呪いを解いたというのか?」
オルステッドが眉を跳ね上げ、長考に入った。
「ねぇ。私も、あなたに聞かなきゃいけないことがあるの」
女性が仮面を外した。現れたのは、少女と言ってもいい年齢の顔。だがその顔は、私の『記憶』の最後――男が命を懸けて突き飛ばしたはずの、あの女子高生のものだった。
「……見覚えがある。そういう反応ね。いつ、どこで私を見たのか、教えなさい」
少女の瞳に、執念に近い色が宿る。
私は正直に、生まれる前に一人の男の一生分の『記憶』を見ていること、その男の最期の瞬間に目の前の彼女がいたことを白状した。
「……あの時の……!でも姿が全く違う……。記憶だけの転移?そんなことが、あり得るの……?」
「異世界への転移例は極めて少ない。お前とこいつ、どちらがイレギュラーかは現時点では断定できん」
オルステッドが彼女を宥める。少女は少しの間私を観察し、ある賭けに出た。
「"本当に、貴方は日本人の記憶を持っているのかしら?"」
少女の口から発せられたのは、この世界のどの言語でもない。私の『記憶』にある、故郷の言葉だった。
「……"理解し、返答できること自体が、何よりの証拠になると思うが?"」
私もまた、『記憶』の世界の言葉で答えた。少女は驚愕に目を見開いた。
「……"本当に……信じられない。あの世界の言葉が通じるなんて……少し発音がおかしいけれど"」
「……"この言語を話したのが、生まれて初めてなのでしかたないだろう"」
彼女の興奮を余所に、私は龍神オルステッドへ問いを投げた。
「……さて。私の処遇はどうしますか? 今は指一本動かせず、魔力回路も過負荷で焼き切れる寸前です。煮るなり焼くなり、ご自由に」
「……生かしておいた方が良いでしょう。少なくとも、私の目的のためには、これの存在は役に立つわ」
少女が横から助け舟を出した。
「……ナナホシの言うことにも一理ある。その様子なら
「
「……そうだ」
「承知しました。敗者として、勝者の言葉に従うのは当然です」
私の返答に、オルステッドはルイジェルドによく似た「意外そうな」表情を浮かべた。
「……では、ラノア魔法大学へ行き、呪いについて研究しろ。後は、魔力の回復方法もだ」
「……呪いについて、だけではなく魔力の回復についてもですか?」
「そうだ……難しいか?」
オルステッドは真剣な表情だ。どうやら何か事情があるらしい。
魔大陸に転移した直後のことを思い出す。エリスから受けた、願いにも似た魔力の譲渡。あれの原理が分かれば、魔力の回復に繋がるかもしれない。その私の表情をオルステッドは見たのだろう。
「……心当たりがありそうだな」
「その大学には私も行く予定よ。私の研究にも協力してもらうわ」
「……研究自体に異論はありませんが。私にも優先すべき仕事があります。まずはエリスをボレアス家へ送り届けること。そして、不当に投獄されているサウロス様を救い出すことです」
「……前者は構わん。後者は時間がかかるだろうから並行して行え」
「早く大学へ来なさい。なるべくね」
それだけ言い残し、二人は去っていった。
極度の疲労と、死線を潜り抜けた安堵感。
私は再び、深い意識の闇へと落ちていった。
「ルーデウス……!ルーデウス!ルーデウス!!」
耳元で響く、泣き叫ぶような声。
目を開けると、大粒の涙を流して私を覗き込むエリスの顔があった。
「……エ、リス……?」
「ルーデウス!!起きたのね!よかった、本当によかった……!!」
彼女は私の返答も待たず、力一杯抱きついてきた。全身に稲妻のような痛みが走るが、必死に耐える。彼女にどれほどの恐怖を味合わせたか、その代償だ。
「……っ!?」
不意に、唇に柔らかく湿った感触が下りてきた。
「ルーデウスが死んじゃったかと思って、すっごく……すっごく心配したんだから……っ!」
顔を真っ赤にして、涙を拭いながらそう言ったエリスの顔を、私は一生忘れないだろう。
すぐにパウロとルイジェルドも目を覚まし、私に駆け寄ってきた。
「ルディ……!お前、無事……」
安堵の言葉を口にしかけたパウロの顔が、途中で凍りついた。
エリスが着崩れた私の襟元を直そうと、破れて血まみれの服をそっと開いた瞬間だった。
胸の中央、心臓のあった位置に、皮膚がひきつれた大きな刺し傷が黒々と残っていた。放射状に走る細かい亀裂のような傷跡が、まるでそこに何かが「突き刺さり、抉じ開けられた」ことを物語っている。
そして、まるで『記憶』にある封筒や小包の「切り取り線」のように、首をぐるりと一周する醜い傷跡が走っていた。少し力を込めれば、そのまま外れてしまいそうな、あまりにも不吉な証だった。
「な……」
パウロの喉から、掠れた声が漏れた。彼はゆっくりと膝から崩れ、震える指先で私の首の傷にそっと触れた。指先が、まるで熱いものに触れたかのように何度も引っ込む。
「これは……お前……これは、いったい……」
「……父様、傷自体は痛くありませんから」
「痛くないとか、そういう話じゃねぇだろうがッ!!」
普段の飄々とした様子が嘘のように、パウロは声を荒げた。だがその声は、怒りよりも、抑えきれない恐怖と後悔に震えていた。
「首が……もう少しで、お前の首が、完全に……。髪の毛も真っ白になっちまって……!俺は、俺は何もできずに気絶していただけだったんだぞ……!」
パウロの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。彼は私の頭を両腕で包み込むように抱きしめ、まるで壊れ物を扱うように、けれど決して離すまいとするかのように、強く強く力を込めた。
ルイジェルドは、無言のまま私の傷を凝視していた。歴戦の戦士として、その傷が意味するものを誰よりも正確に理解しているのだろう。
「……この傷は」
彼はそう呟いたきり、しばらく言葉を発せなかった。指先が私の首の傷に触れる寸前で、静かに止まる。
「……手刀による、頸部の切断創。それも、ほぼ完全に切断されている。……これほどの傷をつけ、それでもお前を『生かした』というのか」
ルイジェルドの声には、畏怖と、そしてどこか自責の念が滲んでいた。
「俺が……俺がもっと早く動けていれば」
「ルイジェルドさん、それは違います。あの一撃は、貴方が動けていたとしても防げるものではありませんでした」
私が首を横に振ると、ルイジェルドは唇を固く結び、それ以上は何も言わなかった。ただ、その大きな掌が、私の頭をこれまでで一番長く、そして優しく撫で続けていた。
エリスは、その傷跡をじっと見つめたまま、しばらく凍りついたように動かなかった。
やがて、彼女はゆっくりと手を伸ばし、首の傷の上に、壊れ物に触れるようにそっと指を這わせた。
「……こんな傷、私、見たことない」
震える声。彼女の瞳から、再び涙が溢れ出す。
「……ルーデウス、本当に死んでたのよね……」
「ええ。生き返りはしましたが。運が良かったんです」
「運が良かった、で済ませないでよ……!」
エリスは私の胸に額を押し付け、しばらくの間、声を殺して泣き続けた。
私は身体が動かないことを伝え、ルイジェルドに抱き抱えられて馬車まで運んでもらった。
馬車の中で、私はようやく三人に事の顛末を詳しく説明した。
「……あの男は、龍神オルステッドでした」
「龍神だと!?七大列強の序列二位じゃねぇか……!?」
パウロが震える声で尋ねる。ルイジェルドさんも険しい表情だ。
本人はそう名乗っていた。パウロも聞いていたはずだが、あの様子では言葉など耳に入らなかったのだろう。
「殺されるまで私は全力で抗ったのですが……龍神には微かな火傷と、頬に切り傷を残す程度で敗北しました」
「傷をつけたのか!?あの龍神に!?」
ルイジェルドが大きな声を上げる。
「龍神は、龍聖闘気によってあらゆる攻撃を無効化すると聞く。……ルーデウス、お前の魔術は、帝級以上に届いていたということか……」
「すごいことだが……素直に喜べねぇ……なんて無茶をしたんだ……!」
私は苦笑するしかなかった。
「でも、負けは負けです。それに、魔術を使う神経回路がボロボロで、今は治癒魔術すら使えません。……しばらくは、ただの重荷になりますよ」
私は
「話してみると、龍神は意外と話のわかる方でしたよ。……ラノア魔法大学へ行き、研究に協力するという条件で、命を見逃してもらいました」
三人は絶句していたが、エリスだけがポツリと呟いた。
「……ねぇ、ルーデウス。あなたは、なんでそんなに強いの?」
その問いの答えは、私には分からなかった。
Side: エリス
(……情けない)
馬車の隅で膝を抱え、規則正しい寝息を立てるルーデウスの顔を、私はずっと見つめていた。
あの時、私は何もできなかった。
オルステッドという男が現れた瞬間、体が石になったみたいに動かなくなった。剣を握る手が震えて、足の裏が地面に縫い付けられたようだった。逃げることも、叫ぶことも、まして立ち向かうことも――何一つできなかった。
ルーデウスがピンチになって、ルイジェルドが動いてから、ようやく体が動かせた。でも気づけば私は一瞬で、パウロと一緒に壁に叩きつけられて、意識を手放していた。
不思議だった。私は、これまでだって窮地だったことは何度もある。
誘拐された時も、赤竜と対峙した時も、恐怖はあった。でも、あんな風に、体の芯から凍りつくような恐怖は初めてだった。ルイジェルドも初めは怖かったけど、ここまでじゃなかった。
まるで、自分という存在そのものが、その男の前では意味を持たない塵のように思えた。
なのに。
なのに、ルーデウスは違った。
目を覚ましてからの彼は、まるで何事もなかったかのように、あの死闘のことを語った。
「……龍神には微かな火傷と、頬に切り傷を残す程度で敗北しました」
「話してみると、龍神は意外と話のわかる方でしたよ」
そんな風に、まるで昨日食べた料理の感想でも言うみたいに。
ううん、それどころか――目を輝かせて、楽しそうにすら見えた。
オルステッドが見せた「
首には、あと数ミリで完全に落とされていたはずの、恐ろしい傷が刻まれているのに。髪の毛は、見事なまでに真っ白になっているのに。
その傷跡と、彼の楽しそうな表情との落差が、私にはどうしても埋まらなかった。
ルーデウスはまるで、身体はここにあるのに、心の一部だけが、まだあの戦いの続きを見ているみたいだった。
「強かった」
――たったそれだけの言葉で、あの絶望的な死闘を片付けてしまう。
悔しさも、恐怖も、そこにはまるで残っていないみたいに。代わりにあるのは、次はどう戦えばいいか、次は何を学べばいいか、という、真っ直ぐ前だけを見る眼差しだった。
私は、そんな彼が、少し――ううん、正直に言えば、かなり怖い。
強い、というのとも少し違う気がする。ギレーヌが強い、というのとも。ルイジェルドが強い、というのとも。
ルーデウスの在り方は、もっと違う場所から来ている気がした。まるで、恐怖という感情そのものが、彼の中の別の何か――知りたい、確かめたい、強くなりたい、という衝動に、いつも上書きされてしまうような。
まるで、人の形をした何か別のもの。理解の及ばない怪物。
それなのに。
それなのに私は、その彼から目が離せない。恐れながらも、憧れてしまっている自分がいる。あんな絶望の中でも折れない心を、あんな風に前だけを向いていられる強さを、私も欲しいと、心の底から思ってしまう。
でも、同時に別の恐怖も感じる。
このままだと、ルーデウスはどんどん先に行ってしまう。今この瞬間も、もう既に私の手が届かないくらい遠くを歩いているんじゃないか。隣にいるつもりでも、いつの間にか、置いていかれてしまうんじゃないか――そんな予感が、胸の奥でずっと燻っている。
私は、ルーデウスの白くなった前髪をそっと指で払った。彼が起きる気配はない。安心しきったその寝顔を見ていると、また涙が出そうになる。
強くなりたい。
今度こそ、恐怖に体を凍らせるんじゃなくて、震える足でもいいから、彼の隣に立てるように。守られるだけの荷物じゃなくて、隣で剣を振れる存在に。
彼が、遠くに行ってしまう前に。
私はルーデウスの手を、そっと握った。
壊れ物みたいに冷たかったその手が、少しずつ体温を取り戻していくのを、ただ黙って見守っていた。
Side: ルーデウス
ロアを目指す旅路の途中、私の故郷、ブエナ村に立ち寄ることになった。
身体の調子は徐々に回復し、今は馬車の中でオルステッドが見せた
あの日以来、エリスが常に私にべったりと密着して離れなくなった。
ルイジェルドは微笑ましそうに眺め、パウロは茶化したいのを必死に堪えている。
私はパウロほど色を好むわけではないが……美少女であり、抜群のスタイルを持つエリスに寄り添われるのは、男として生唾を呑む状況ではある。……しかし、彼女の精神が不安定になっているのは明白だった。
(私の存在が彼女の安定剤になるなら、いくらでも肩を貸そう)
やがて、見慣れた丘と、懐かしい風が吹く草原が見えてきた。
ブエナ村だ。
パウロと私の顔に、ようやく本物の安堵の色が宿る。
村の入り口に差し掛かった時、御者台にいたルイジェルドが突然、足を止めた。
「俺は、ここで別れる」
「「えっ!?」」
私とエリスの声が重なった。
「何を言ってるんですか!せっかく故郷に着いたのに……!」
「そうだわ!ルイジェルドも一緒に……!」
「必要ない。ここには戦士しかいない。お守りは必要あるまい」
「そんな水臭いこと言うなよ、ルイジェルドの旦那!」
遮ったのは、パウロだった。
「せめて一晩!一晩だけでも、この村で最高の酒を振る舞わせてくれ!ここで恩人を帰したとありゃあ、俺は女房二人から家を追い出されちまうんだ!」
パウロの強引な誘いに、ルイジェルドは困ったように眉を下げたが、最後には観念したように頷いた。
「ルディッ!!」
家の前で待っていた母ゼニスが、私を見つけるなり駆け寄ってきた。
「ただいま戻りました、母様」
抱きしめられる母様の温もりに、ようやく長い旅が終わったのだと実感する。
だが、腕を解いて私の顔を覗き込んだ瞬間、ゼニスの表情が凍りついた。
「……ルディ、あなた、その髪……それに……」
震える指先が、真っ白になった前髪にそっと触れ、それから、開いた襟元から覗く首の傷跡へと吸い寄せられていく。
「――っ、なに……なにがあったの……ッ!」
声を詰まらせ、大きな瞳からみるみる涙が溢れ出す。
「母様、大丈夫です。もう痛みはありませんから」
「大丈夫なわけ、ないでしょう……!こんな……こんな傷……っ!」
ゼニスは私を再びきつく抱きしめ、声を殺して泣き続けた。まるで、少しでも力を緩めれば、私がどこかへ消えてしまうとでも思っているかのようだった。
「おかえりなさい。……あなたも、よくルディを見つけてくれたわ」
涙を拭いながら、ゼニスはようやくそう言って、隣に立つパウロへと向き直った。
パウロも、ゼニスに抱擁され、安堵しながら鼻の下を伸ばしていた。
「おかえりなさいませ、ルーデウス坊ちゃま。……よくぞ、よくぞご無事で」
歩み寄ってきたリーリャもまた、私の首の傷跡に気づくと、大きく目を見開いて言葉を失った。堪えきれなかった涙が、一筋、頬を伝う。
私は自ら歩み寄り、彼女の細い肩を抱きしめた。腕の中で、リーリャの体がわずかに震えているのが分かった。
パウロが恩人としてルイジェルドを紹介すると、ゼニスとリーリャは深々と頭を下げ、最大の敬意を持って彼を迎えた。
ルイジェルドはいつものように「戦士として当然だ」と返したが、その耳たぶが僅かに赤くなっているのを私は見逃さなかった。
家の中に入ると、二人の小さな少女が私たちを待っていた。
「ノ……ノルン・グレイラットですっ!」
「アイシャ・グレイラットと申します」
ノルンは緊張で身体を強張らせ、アイシャはリーリャのように優雅に、けれど好奇心に満ちた瞳で私を見ていた。
私は膝をつき、目線を合わせて自己紹介をした。
「初めまして。ルーデウス・グレイラット、君たちの兄だ。……これから、よろしくね」
ノルンが震えながらも小さく頷き、アイシャが「兄様!」と花が咲くような笑顔を見せた。
「ルディ」
奥の部屋から呼ばれる。
そこにいたのは、鮮やかな緑の髪を揺らす、見違えるほど成長した少女だった。
「シルフィ。……大きくなったね。見違えたよ」
「それはこっちのセリフだよ……っ!おかえり、ルディ。……本当に、本当によかった……!」
彼女に抱きしめられる。
背後にいるエリスの表情は、私からは見えなかった。
シルフィが帰宅し、久しぶりの我が家での夕食を終えた。
食卓ではパウロが自慢の古酒を取り出し、ルイジェルドと男の語らいに耽っている。
私はその隣で、二人の武勇伝を聞き流しながらお茶を啜っていた。
居間では、エリスがノルンとアイシャを膝に乗せんばかりの勢いで冒険譚を語っていた。
「それでね!ルーデウスがドォォォォンって雷を落としたら、赤竜が真っ黒焦げになっちゃったのよ!」
目を輝かせるノルン。アイシャは「そんなことが人間にできるのですか?」と疑いの目を向けていたが、エリスが「ルーデウスにできないことなんてないわ!」と言い切るのを聞いて、複雑な表情を浮かべていた。
アイシャはリーリャから「ルーデウス様は完璧な人間である」と英才教育を受けていたらしい。
「リーリャさんは私を買い被りすぎですよ。私はただ、少し魔術が得意なだけの男です」
私が苦笑いして答えると、パウロが杯を置いて割って入った。
「ルディ、お前はどうしてそう自己評価が低いんだ?俺も一時期はS級冒険者として名を馳せたが、お前ほどのバケモノ魔術師は見たことがないぞ」
「同意だ。四百年以上戦い続けた俺の目から見ても、ルーデウス……お前ほどの才は、かつての魔神ラプラスに匹敵する」
戦士たちにそう太鼓判を押され、私は流石に顔が火照るのを感じた。
その夜、私はノルンとアイシャと一緒に寝ることになった。ベッドの数が足りなかったからだ。
緊張した様子のノルンだったが、旅の話を聞かせているうちに、私の腕を枕にして深い眠りに落ちていった。
アイシャは対照的に、深夜まで私の魔術について質問を浴びせてきた。彼女は恐ろしいほどの知的好奇心と知能の持ち主だった。その日はアイシャが眠るまで喋り倒した。
まだ陽も昇らぬ未明。
何らかの予感に打たれ、私は目を覚ました。
ノルンとアイシャを慎重にベッドに残し、寝巻きのまま外へ出る。
そこには、すでに旅の支度を完璧に整えたルイジェルドが立っていた。
「……やはり、行くのですね」
「ああ」
そういって、短く答えるルイジェルド。
背後で足音がした。エリスだ。
彼女もまた、この瞬間が来ることを予見していたのだろう。彼女の涙腺は、ルイジェルドの姿を捉えた瞬間に崩壊した。
「……最後に、一度だけ子供扱いをさせてもらうぞ。いいか、エリス」
ルイジェルドは泣きじゃくるエリスの頭を、大きな掌で優しく撫でた。
「お前には才能がある。俺などよりも遥かに高みへ手が届く才能だ」
「嘘よ……っ、私、あの男に何もできなかったのに……っ!」
「お前は神の名を冠する者の技を、正面から受けた。そこで掴んだ感覚……それが、お前の進むべき道標だ」
エリスはハッとしたように顔を上げた。
「申し分ない。胸を張って戦士を名乗れ。……さらばだ、エリス」
「……わかったわ!私、絶対に強くなる!!」
ルイジェルドは満足げに頷き、私に向き直った。
「……ルイジェルドさん。貴方がいなければ、私たちは間違いなく魔大陸の荒野で命を落としていた。……ありがとうございました」
「……ルーデウス。お前は魔術師として完成の域にありながら、なお龍神に立ち向かう勇気を持っていた。お前は自分を卑下しすぎるが、お前の成し遂げたことは、間違いなく偉業だ。もっと自分に誇りを持て」
ルイジェルドは、朝焼けに照らされた顔で優しく微笑んだ。
「四百年の孤独の中で、何もできなかった俺が一歩を踏み出せたのはお前のおかげだ。……感謝している、ルーデウス」
「……これからも、『デッドエンド』の名を使い続けても良いですか? その名に恥じぬ誇り高き歩みを誓います」
「もちろんだ。……また会おう。同志よ」
ルイジェルドは一度だけ大きく手を振り、朝日の中を堂々と、中央大陸の広野へと歩み去っていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
この話も、pixivから、大きく加筆しました。
このルーデウスの狂ったところが露見しました。
原作と違ってパウロがいたので、ルイジェルドを強引に誘うことが出来ました。