無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~   作:haru-ha

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【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)

以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。

【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。


第26節 広域殲滅魔術:王女の救出と亡命支援

 

Side: アリエル・アネモイ・アスラ

 

豪雨が叩きつける漆黒の夜。私たちはガタガタと激しく揺れる馬車の中で、ラノア魔法大学へと向かっていました。

鬱蒼とした森を抜ける街道。車内には、張り詰めた糸のような、あるいは断頭台を待つ罪人のような、重苦しい沈黙と緊張感が支配していました。

 

(……詰み、ですわね)

 

ピレモン・ノトス・グレイラットの裏切り。ルークにはまだ話していませんが、裏切られたことは確実でしょう。

その決定打によって、ただでさえ劣勢だった我が派閥の情勢は完全に崩壊しました。

もはや、白昼堂々と暗殺者が送り込まれる異常事態。私を守ろうとする忠義の士たちが、一人、また一人と無惨な屍となっていく。

 

残された数少ない騎士ルーク、そして三人のメイドと共に、私はラノア魔法大学への亡命という、事実上の敗走を決断するほかありませんでした。

 

敵の目を欺くため、偽の旅程を噂として流し、この嵐の夜に秘密裏に出立したはず。

しかし、その祈りにも似た願いは、絶望へと塗り潰されます。

 

「――ッ!後方より追跡する影ありッ!!」

 

メイドの一人が悲鳴に近い声を上げました。

耳を澄ませば、激しい雨音に混じって、複数の馬の蹄の音が急速に近づいてくるのが分かります。重い馬車が、身軽な追跡者の馬を振り切れるはずがありません。

 

「御者!もっと速度を上げろ!!」

 

ルークの叫びも虚しく、最高速度に達していた馬車は、次の瞬間、凄まじい衝撃と共に大きく傾きました。

 

ヒヒヒィィィィン!!

 

断末魔のような馬の悲鳴。そして御者の絶叫。

窓ガラスが鮮血で汚れ、制御を失った馬車が急停止します。

私たちは床に投げ出され、その眼前には、鋭い曲剣を構えた暗殺者たちが現れました。

一人のメイドが、盾になるべく私の前に飛び出しました。

暗殺者の刃が彼女の喉元を切り裂こうとした――その刹那。

 

ドォォォォォン!!

 

金の閃光が馬車の後方を、緑の疾風が前方から迫る暗殺者を、吹き飛ばしたのです。

理解が追いつかぬまま顔を上げると、そこには冒険者風の装備に身を包んだ、二人の長耳族の女性が立っていました。

 

「ご無事ですか!?アリエル王女殿下!」

 

こちらを案じる必死の問いかけ。味方、だと直感します。

緑色の髪を持つ少女が、馬車の屋根に向かって鋭い声を飛ばしました。

 

「ルディ!!状況はどう!?」

「……良くないな。まだかなりの数が森に潜んでいる。包囲網が完成する寸前だ」

 

返ってきたのは、大人になり切っていない、けれど背筋が凍るほど冷静な少年の声でした。

 

「索敵はできないのですか!?」

 

金髪の女性が叫ぶと、屋根の上の少年は平然と答えました。

 

「数が分かる程度です。私は視力が悪くて詳細な座標までは確定できません。……広域殲滅で更地にするしかないな。エリナリーゼさん、シルフィ、全員で防御を固めてください。衝撃が来ます」

 

少年の指示に従い、女性二人が私たちを囲むように身構えます。

屋根から降りてきたのは、年端も行かぬ少年でした。

彼はその小さな腕に、重傷を負って意識を失った御者を抱えていました。御者の服は切り裂かれ血に塗れていましたが、その傷口は既に魔術によって塞がれ、治癒しているのが見て取れました。

 

「なるべく中心に固まって、伏せていてください」

 

少年が虚空から、巨大な魔石の付いた杖を取り出しました。

杖を天に掲げた瞬間、視界を埋め尽くすほどの幾多もの複雑な魔方陣が展開し、金色の光を放ちながら回転を始めます。

 

ふと、馬車の周囲だけ、雨音が消失しました。

見れば、馬車を囲む半径数メートルの円内だけ雨が止み、その境界線の外側――豪雨の雫たちが、異常なまでの青白い光を帯びて空中に静止し始めたのです。

 

属性書換(タイプキャスト)――『狂雷嵐(フロール・テンペスト)』」

 

パチパチ、という静電気の音が爆音へと変わった瞬間。

 

外の世界は、直視不可能なほどの純白の光に呑み込まれました。

雷が至近距離で何千、何万と落ち続けているような、天が崩れ落ちるほどの轟音。

 

十秒ほどの地獄のような音の奔流が止み、私たちが恐る恐る顔を上げた時。

そこにあったのは、先ほどまでの鬱蒼とした森ではなく、煙が燻り、土が剥き出しになった、完全な焼け野原でした。

 


Side: ルーデウス

 

エリナリーゼとの合流は、私たちにとって極めて有益な転換点となった。

 

彼女を臨時のパーティメンバーに加え、ギルドの依頼をこなしながら親交を深めていく中で、私は彼女が持つ独自の「夜のネットワーク」から、通常の冒険者では決して辿り着けない情報を得ることができた。

 

彼女がなぜそれほど執拗に男の精を求めるのか。

それは『定期的に男の精を受けなければ死ぬ』という、放置すれば死に至る悍ましい呪いゆえであった。だが、彼女自身に悲壮感はなく、むしろその特性を楽しんでいるようだった。

 

ただ、私に対して見せる親切心は、単なる知人の息子に対するものにしては過剰だった。

 

「エリナリーゼさん。……隠し事は無しにしましょう。あなたは、シルフィに対して何を思っているのですか?」

 

そう問い詰めた際、彼女は静かに白状した。

エリナリーゼ・ドラゴンロードは、シルフィの父ロールズの実の母親――すなわち、シルフィの祖母だったのだ。

彼女は自分のせいで息子を大森林から追放してしまった負い目から、血縁であることを隠していたらしい。

だが、共通する何かを感じ取っていたシルフィとエリナリーゼは、涙ながらの告白を経て、今では仲が良すぎるほど仲の良い祖母孫となっていた。

 

アリエル王女に関する情報も、エリナリーゼの網にかかっていた。

王都での凄惨な派閥争い、そして命懸けのラノア亡命計画。

私はサウロスを救い出すための政治的カードとしてアリエル王女を確保したいと考えていたため、救援に向かう時機を計っていた。

 

 

 

豪雨の夜。エリナリーゼとシルフィを左右に抱え、私は空を飛んだ。

二人の細い腰を支えるが、私自身の非力な膂力では持ちきれない。

風魔術による浮力を使って、高速で森の上空を滑走する。

 

「馬車を発見しましたわ!!」

 

エリナリーゼの叫びに合わせ、私は急降下を開始した。

合図と共に二人を戦場へ射出し、私は投げ出された御者を空中で回収して治療、馬車の屋根に着地した。

 

周囲を疑似魔力眼(マナ・サイト)で確認する。

ぼやけた視界の端々で蠢く、暗殺者たちの汚れた魔力反応。十人、二十人……。

 

「……派手にやるしかないか」

 

私は傲慢なる水竜王(アクア・ハーティア)を抜き放ち、属性書換(タイプキャスト)を行った。

この降り注ぐ豪雨、その雨粒一つ一つを、雷を纏う水として現象を書き換える。

回避は不可能。全ての雨粒を避けろと言っているようなものだ。

そして、空間内のエネルギーが飽和し、全てを破壊する雷光となる。

 

「『狂雷嵐(フロール・テンペスト)』」

 

……ふむ。思ったより地形を変えてしまったが、敵の殲滅は完了だ。

 


 

馬車の中で腰を抜かしている人々へ、私は振り向いて告げた。

 

「追加の追手が来る可能性があります。一刻も早くここを離れましょう」

 

治療したばかりの御者が、青い顔で首を振る。

 

「……む、無理です。馬が……馬がすべて殺されてしまった。このぬかるんだ道を徒歩で逃げるなど……」

「合理的ではありませんね。では、別の方法で行きましょう」

「別の方法……?」

 

私は馬車に手を当てた。

 

「馬車ごと魔術で飛ばします」

 

侍従たちは何を言われたのか理解できないようだったが、アリエル王女だけは今の状況を読み取ったのか、静かに頷いた。

 

かつて魔大陸でルイジェルドとエリスから「二度とやるな」と酷評された、強引な空中輸送技術。そのリベンジだ。

私はエリナリーゼとシルフィに、車内で全員をホールドしておくよう頼み、風の噴射を全開にした。

 


 

襲撃地点から十キロメートルほどだろうか。追跡を完全に断ち切れる断崖の麓に、馬車を静かに着地させた。

 

さすがにこの強行輸送は体に堪えたのか、馬車からは惨烈な物音が漏れていた。

冒険者である女性陣二人は顔色が悪いくらいで平気なようだったが、王女、騎士、そして御者とメイドたちは、嘔吐と失禁の洗礼を受けていた。

 

……さすがに、王女殿下の粗相の処理を異性の私がやるわけにはいかない。

 

私はエリナリーゼたちに馬車内を任せ、追い出される形で野営地の設営に入った。

楽しい拠点づくりの始まりだ。

 

まずは崖の硬い土壁に手を当てる。

土魔術で岩盤を補強しつつ、二十畳程度の空間を精密に削り取っていく。

 

壁、床、天井が土のままでは衛生上良くない。私は補強ついでに表面を圧縮・加工し、全面を端正なレンガ調の意匠へと変質させた。

これで一気に洞窟臭さが消える。

 

次に空調だ。

暖炉と煙突を作る。一酸化炭素中毒を回避するため、気圧差を利用した強制換気システムを構築した。放射熱を利用して部屋全体を温めるように埋め込んだ。

煙で居場所が露見せぬよう、外部の排気口には複数の分散スリットを設け、煙を薄めて放出する隠蔽加工を施す。

吸気も重要だ。大げさな吸気口では見目も悪い。室内から見えない位置に小型の吸気口を配置していく。あまり室内の湿度が高すぎても不快だろう。適度に乾燥させたセラミック多孔体を吸気口に設置する。吸気量を減らしすぎないように注意しなければ。

 

「次は家具だな」

 

多めに持ってきた木材を乾燥させ、寝台を組み立てる。

アリエル王女用には、ボレアス家で見た最高級の装飾を記憶から呼び起こし、アレンジを加えた豪勢な天蓋付きの囲いを作った。天蓋はセルロースナノファイバーを編み上げた薄布だ。中が蒸さないよう、通気性は特に良くしている。馬車に載っていた荷物の量を思い出す。簡易的な寝具しか準備されていないだろう。細かく砕いた木材を固めてコイルを作り、寝台の底に敷き詰める。木材の繊維を極限まで分解し、綿毛のように柔らかい極細繊維の塊を大量生成。セルロースナノファイバーの薄布で包んで布団にする。敷布団と枕は少し硬めにして、掛布団は柔らかめにしておこう。全て木で作っていて、木の匂いが強すぎる。水魔術でしっかりと洗って、ほのかに木の香りがするレベルまで調整する。

 

従者たち用には、もう少し簡易的な構造にして、壁際に機能的な二段ベッドを人数分用意する。そこで思い至る。騎士の一人は男性だったな。外聞を鑑みて、距離を離した方が良いだろう。入口側、守りやすい位置に一台の寝台を用意する。視線を遮るように、衝立も準備しよう。衝立は視界に大きく入る面積を持っている、見目を良くした方が良い。アスラ王国で良く見る文様を丁寧に施し、視界に入っていても不快でない程度の華美さを出す。王女の寝台の近くに小さな机を作り、ガラスで作った水差しを置く。ただのガラスでは味が無い。……アスラ王国の文様は既に使ってしまった。繊細な花の文様を施し、土魔術で花弁の部分だけ色を付けた。騎士の近くには机の代わりに剣立てを用意してやろう。

 

お腹も空いているだろう。

食事ができる大きめのテーブルと椅子を用意する。少し意匠を変化球にするか。シーローン王国で見た優雅な曲線の意匠を、アスラ王国の文様と喧嘩しない程度に控えめに仕上げた。この世界の椅子は、座り心地が悪いものが多い。寝台で使った技術を転用し、クッションを付与して座り心地を良くする。

 

衣服を乾かす場所も必要か。魔術で乾かすことはできるが、繊維を痛めるのでリーリャやシルフィに怒られる。暖炉のほど近くに目立たぬように配置する。『記憶』で見た、ずり落ちにくい、型崩れしづらいハンガーを作る。王女の繊細な衣装も傷めずに乾かすことができるだろう。

 

最後に、出入り口。

両開きの重厚な扉を設置するが、外側のテクスチャは完全に崖の岩肌と一致するように偽装を施した。

扉を閉じれば、外からはただの崖。開ければそこは豪華なプライベートルーム。

完璧な秘密基地の完成だ。

 

そこまでやり終えたところで、ようやく王女たちが移動できるようになったらしい。

扉を開けて出迎えると、憔悴していたアリエル王女、従者たち、そしてエリナリーゼまでもが、その異様な光景に目を見開いた。

シルフィだけが、「ルディのこういう、変なところで凝り性なところ……本当に変わってないね」と呆れたように笑っていた。

 


 

急ごしらえの拠点の中、アリエル王女が私の作った椅子に座っている。

暖炉の火に照らされた彼女の横顔は、先ほど泣き叫びながら失禁していた人物とは同一人物とは思えないほど、気高く、美しい。

私はシルフィ、エリナリーゼと共に跪き、正式に名乗った。

 

「S級パーティ『デッドエンド』のルーデウス・グレイラットと申します」

「同じく、シルフィエットと申します」

「臨時のメンバーで、エリナリーゼ・ドラゴンロードと申しますわ」

「『デッドエンド』……」

 

王女の傍らに立つ騎士ルークが、驚きと共に呟いた。

 

「……最近、王都で囁かれていた異端の冒険者ですね。『雷鳴のルーデウス』に『疾風のシルフィエット』。二人で赤竜を屠るという、魔術師のみの最強パーティ……」

 

……その中二病染みた二つ名は、たぶんゾルダートが広めたな。間違いない。シルフィが耳を真っ赤にして俯いている。

 

「……さて。出会えば死ぬと恐れられる『デッドエンド』に救われるとは、運命とは皮肉なものですね」

 

アリエル王女が、透き通るような声で問う。

 

「なぜ、あなた方は命を懸けて私たちを救ったのですか?その動機を伺いたいです」

「一言で言えば、恩返しです。王女殿下は、不当な責任を問われたサウロス・ボレアス・グレイラット様を議会で庇ってくださった。そのおかげで、彼は処刑を免れ、今も生きておられる」

 

王女は納得したように目を細めた。

 

「サウロス様の縁者でしたか。……ですが、それだけではないのでしょう?」

「はい。私の目的は、サウロス様の完全なる解放。そしてボレアス家の再興です。そのためには、アリエル王女――あなたが王座に就くことが、最も合理的で確実なルートであると判断しました」

 

私はアリエル王女を真っ直ぐに見据えた。

 

「王女殿下が王座を勝ち取るため、私の魔術と知識を提供しましょう。その見返りに、戴冠の暁にはサウロス様の特赦をお願いしたい」

「……なぜ貴方がただの親類でしかない彼に対して尽力するのでしょう?」

「幼少のころ世話になったのもございますが……私の婚約者であるエリス・ボレアス・グレイラットが祖父であるサウロス様を大変慕っているためでもあります」

「……実にグレイラット家らしい、情熱的な理由ですわね」

 

アリエル王女はくすくすと上品に笑い、ようやく緊張の糸を解いた。

その瞬間。

ぐうぅ、と、彼女の腹部から可愛らしい音が響いた。

 

「失礼。……お腹が、空きましたね」

 

真っ赤になる王女を、騎士が不器用に庇う。

私は笑みをこらえ、立ち上がった。

 

「メイドの方々、調理器具を。暖炉をコンロ代わりに使えるよう改造します。……食料が足りないようですね。シルフィ、エリナリーゼさん、王女の守護をお願いします。私は少し狩りをしてきます」

 

私は隠し扉を抜け、土砂降りの雨の中へと、弾丸のように飛び出した。

 


Side: アリエル・アネモイ・アスラ

 

暖炉の柔らかな熱が、凍えていた心身をゆっくりと溶かしていく。

メイドたちが手際よく食事の準備を進める中、私はこの異常な一夜を振り返っていました。

 

森を消失させたあの雷嵐。

到底野宿とは思えない、この洗練された居住空間。

そして、あまりに若く、あまりに強大な魔術師――ルーデウス・グレイラット。

 

(……底が知れませんわね、あの方は)

 

政治とは、常に力の掛け算です。どれほど正しい大義を掲げようと、それを実現するだけの実力が伴わなければ、ただの絵空事に終わる。

ピレモンの裏切りによって、私は駒の大半を失いました。残されたのはルーク一人と、忠実な数名の侍女のみ。第一王子派の圧倒的な数の前では、もはや風前の灯火であったはずです。

 

そこに、たった一人で戦況をひっくり返しかねない戦力が現れた。

しかも、その戦力は、こちらから望んだわけでもないのに、自ら望んで手を差し伸べてきているのです。

 

(この幸運を、疑わなければならない立場が、少し悲しいですわね)

 

「……デッドエンドというパーティは、皆あの方のような規格外なのですか?」

 

私の問いに、残された二人の女性は苦笑いを浮かべました。

 

「いえ、わたくしは臨時メンバー。ルーデウスの魔術には、今でも心臓が止まるほど驚かされておりますわ」

「……私も、幼馴染として彼を知っていますが。……あそこまで魔術を使いこなせるのは、ルディ……ルーデウスだけだと思います」

 

優雅なエリナリーゼ。そして少し気恥ずかしそうにする、愛らしいシルフィエット。

私はさらに踏み込んで尋ねました。

 

「失礼を承知でお伺いしますが……あの、首の傷は。あれほどの傷を負ってなお、あのような魔術を振るえるものなのですか?」

 

二人の表情が、一瞬だけ翳りました。

 

「……あれは、龍神オルステッド様との戦いで負った傷ですわ」

「龍神……。七大列強、序列二位の……?」

 

信じられない言葉に、私は思わず息を呑みました。世界最強格の存在と刃を交えて、なお生きている人間がいるとは。

 

「一度、殺されたそうです。でも、また戻ってきた」

 

シルフィエットは、そう静かに言い添えました。その声には、恐れと、それ以上の誇らしさが滲んでいました。

 

(……一度死んで、なお立ち上がる。そして、それを恩人のために当然のように差し出す)

 

背筋に、寒気にも似た感覚が走ります。恐怖ではありません。もっと別の、名状しがたい感情。

この方を味方にできるなら、私はどれほどの対価を払っても惜しくないでしょう。同時に、この方を敵に回すことだけは、絶対に避けなければならない。そう本能が告げていました。

 

二人との会話で少しばかり心が安らいだ頃、ルーデウスが戻ってきました。

担いでいたのは、巨大なイノシシ。豪勢な夜食になりました。

 

食事の間、彼は多くを語りませんでした。淡々と、けれど誰よりも手際よく解体し、下拵えをし、給仕をする。その姿には気負いも驕りもなく、ただ目の前のことを合理的にこなしているだけのように見えました。

 

 

それが、かえって恐ろしい。

 

 

これほどの力を持ちながら、それを誇示することに何の興味も持たない。彼が本当に欲しているのは、権力でも名声でもなく、もっと別の――もしかしたら、この世界の理そのものなのかもしれない、と私は密かに思いました。

 

(……この方を敵に回した第一王子派は、自分たちが何を刺激したのか、まだ気づいていないのでしょうね)

 

食後、久方ぶりに満たされた空腹と、暖かな寝台の心地よさに、私の瞼は自然と重くなっていきました。

明日からは、また過酷な逃走の日々が待っているでしょう。けれど今夜だけは、この奇妙で頼もしい魔術師が作り上げた「秘密基地」の中で、心の底から安堵していいのだと、そう自分に許しました。

 

その夜、私たちは豪華な装飾が施された寝台で、久しぶりに安らかな眠りにつくことができたのでした。

 


Side: とある善良な商人

 

ボロボロな服を着た小汚い男が、怒りながら、ドアを乱暴に閉めて出ていく。その様子をため息をつきながら見送った。

 

その男は、魔力鉱石を売りたいと言ってうちの店に来たのだ。最近はそんな奴らが多い。禁止令を破って、あの大穴を降って、魔力鉱石を採掘してきたのだろう。

 

一生遊んで暮らしていけるほどの大金が得られると期待していたのだろう。その者たちは大抵、目論見が外れて、怒りを抑えられずに出ていくのだ。そろそろドアの修理が必要かもしれない。

 

確かに、これだけ魔力が詰まった大きい魔力鉱石は、破格の値が付くのが普通だ。貧困層で一攫千金の噂が流れるのも無理はない。

だが、彼らには幾つか思い違いがある。まずは需要と供給だ。貴重だからこそ、高い値が付くのだ。最近は魔力鉱石の持ち込みが多すぎて、このロアでは完全に値崩れしている。

 

もう一つは、彼らが禁止令を破っていることだ。この魔力鉱石をロアで売ることが出来ないということを、彼らは想像できない。下手すれば我が商会がお上に目を付けられてしまう。精々、こっそり旅商人に引き渡すことしかできないのだ。旅商人もこちらの事情を掴んで、散々に足元を見てくる。運送経費だけではなく、口止め料まで損することになるのだ。結果として、どんなに良質な魔力鉱石でもほとんど利益が出ず、リスクだけが残る取引となる。

 

商会仲間の内では、買取り拒否するところも少なくない。商人としては当然の判断だ。先ほど出て行った男も、さんざん買取り拒否されて、ようやく見つけた商会でも安値で買い叩かれたと思っているのだろう。

 

うちも買取り拒否することを考えたが、それはできなかった。貧困層の彼らの生活の苦しさは知っているつもりだ。彼らが文字通り命を懸けて採掘していたものが、一切の商人が買い取らない『いわくつき』だと知ったら、その絶望は計り知れない。せめて、多少なりの金銭が掴めなければ、可哀想すぎるだろう。我ながら、損な役回りであることは理解している。ため息が出てしまうのもしかたないだろう。

 

これは明日、旅商人に引き渡すか。利益が出ないことは覚悟しているが、赤字にならないといいが……。

 

そういって、怪しげな輝きを放つ魔力鉱石を木箱にしまった。




ここまでお読みいただきありがとうございます。
原作より早めの介入となりました。『フィッツ』がいないせいで、逃走の時期が変わった影響もあります。
そして、劇的ビフォーアフター再び。書いていて楽しいです。
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