無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~   作:haru-ha

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【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)

以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。

【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。


第27節 ラノア魔法大学入学:シルフィ、獣族の姫たちとの戦闘

 

Side: ルーデウス

 

臨時の拠点で一夜を過ごした翌日。私たちは午前中のうちに、魔法都市シャリーアに聳え立つラノア魔法大学へと到着した。

 

ちなみに、死んでしまった馬の補充はできなかったため、移動手段は昨日と同じく「馬車ごと風魔術で飛行させる」方法だった。

 

「またあれをやるのですか……」

 

御者が青ざめた顔で呟いたが、他に選択肢がないことは彼自身も理解しているようだった。

 

二度目ともなれば王女一行も慣れてきたのか、嘔吐や失禁にまで至る者はいなかった。

事前に用を足し、胃の中を空っぽにしておくという対策が功を奏したようだ。提案したのはエリナリーゼだ。さすがに私からこのような提案はできない。

それでも、着地の瞬間には全員が申し合わせたように白目を剥いていたのだが。

 

私たちはアリエル王女の侍者という建前で、大学の校長と教頭に面会した。

この大学の懐は驚くほど深い。試験を受けずとも、アスラ金貨三枚程度の入学金を支払えば、種族や年齢、身分を問わず入学が許される。一方で、試験で優秀な成績を収めれば学費免除や卒業後払いが認められるなど、優秀な人材を確保するための極めて合理的なシステムが構築されていた。

 

アリエル王女一行とエリナリーゼは自費での入学を選んだが、私とシルフィは別の道を選択した。

 

「私とシルフィエットは、特別生としての入学を希望します」

 

特別生。在籍するだけで大学の宣伝となるような有名人や、将来的に大成しそうな逸材に与えられる枠だ。学費免除はもちろん、授業への出席義務すら免除される自由度の高い待遇である。

教頭のジーナス先生は、私の申し出を快く受け入れてくれた。

 

「『雷鳴のルーデウス』に『疾風のシルフィエット』……。その名はすでにこの魔法都市にも届いております。噂通りの実力があるのなら、拒む理由はありません」

 

噂が広まる速度は、情報の真空地帯である魔大陸よりも遥かに速い。厨二くさい異名がここまで広まるとは……冒険者たちに口止めをしておくべきだった。

 

実力を証明するため、私たちはジーナス先生の案内で、体育館のような巨大な屋内修練場へと向かった。求められているのは私とシルフィの模擬戦だ。

アリエル王女たちも見学を希望し、同行することになった。

修練場では、四年生の授業が行われていた。

私が真っ先に捉えたのは、床に整然と描かれた十五メートルほどの巨大な魔法陣だった。

 

(……見たことのない構成だ。複雑な術式が多層的に組み込まれている。……これは、貴重な資料だ)

 

私は即座に、その魔法陣の構造を脳内へ転写した。

ジーナス先生によれば、これは聖級治癒魔術の魔法陣であり、起動中は範囲内の対象の損傷を瞬時に自己修復する機能を持つという。

 

(聖級治癒魔術……。資料がミリスに独占されていたせいで、中級までしか習得できていなかったが。この魔法陣を紐解けば、聖級の理屈が解明できるはずだ)

 

知的好奇心で胸が高鳴る中、私はシルフィと対峙した。

 

「シルフィ。二人での魔術訓練は数え切れないほどやったが、こういう模擬戦は初めてではないか?」

「そうだね。……全力で、胸を借りさせてもらうよ、ルディ!」

 

彼女はやる気満々だ。

ジーナス先生が腕を振り下ろすと同時に、私たちは同時に魔力を爆発させた。

 


Side: エリナリーゼ・ドラゴンロード

 

ルーデウスとシルフィが向き合う姿を、わたくしはハラハラしながら見守っていました。

可愛い孫娘が、あの「規格外」を相手にするのです。心配にならないはずがありませんわ。

 

いつの間にか隣にいたアリエル王女が、少し緊張した面持ちでわたくしに声をかけてきました。

 

「エリナリーゼ様。私は魔術には詳しくないのです。……解説をお願いしてもよろしいかしら?」

「わたくしは剣士ですし、彼らと組んでまだ日が浅いですが……。わかる範囲でお答えしますわ」

 

ジーナス先生の合図と共に、戦場は一瞬で常識を置き去りにしました。

まず、シルフィが地面を蹴り、無詠唱の風魔術で垂直に跳躍しました。

 

「……空を飛んで戦うのですか?」

 

王女殿下が驚愕の声を上げます。確かに、地面に足をつけて呪文を唱えるのが魔術師の定石。ですが、彼らは違います。

 

「床をご覧くださいな。魔法陣は維持されていますが、開始の合図と同時にルーデウスが足元を泥沼に変えましたのよ。あそこはすでに底なしの沼ですわ」

 

これはルーデウスの得意技の一つ。剣士の視点からすれば、悪夢そのものです。

 

「足を取られた瞬間、無詠唱で高火力の魔術が飛んでくる。逃げようとしても、泥の中で足ごと切断される。……並みの剣士ではこれに対応できる者はいないでしょう」

 

わたくしの言葉に、護衛騎士の青年は顔を真っ青にして沈黙しました。

 

シルフィは上空から、真空の刃――『風刃(ウインドカッター)』を雨あられと降らせます。

ルーデウスもまた風を纏って飛び立ち、物理法則を無視した機動でそれらを回避し始めました。

 

「……魔術師とは、あんなに軽やかに舞うものなのですか?」

「いいえ。あんな風に飛ぶのは、わたくしが長く冒険者をやってきていても、あの二人くらいですわ。……正直、剣士としてはやってられません。届かない場所から一方的に魔術を叩き込まれるのですもの。飛ばれた時点で、剣士の負けは確定します」

 

空中での高速戦闘。ジーナス先生が「ルーデウス殿は、あの雷の魔術を使わないのですか?」と尋ねてきました。

 

「ルーデウス曰く、雷は出力調整が極めて難しく、逼迫した状況では手加減が難しいらしいんですの。聖級の治癒魔法陣があったとしても、即死までは防げないでしょう? ……死人を出すわけにはいきませんもの」

 

わたくしの説明に、周囲の教師たちの顔が引き攣ります。

 

攻防に動きがありました。

ルーデウスの反撃です。

泥沼化した地面から、数センチほどの無数の氷の刃が猛烈な勢いで吹き上がりました。

修練場の中が一瞬で真っ白な霧に包まれます。

 

「これは……吹雪ですか!?」

「わかりませんわ。ルーデウスは独学でオリジナル魔術を量産しますから。わたくしも見たことがない技ですわね」

 

霧の向こう、シルフィが風の盾で必死に防御している気配がします。ですが、あの物量です。猛吹雪の中で雪の一片にすら当たるなと言っているようなもの。

吹き上げられた氷の刃は天井付近で一点に収束し、巨大な氷の剣を形作りました。

視界が晴れるよりも早く、その巨刃が垂直に落下します。

 

ドォォォォォン!!

 

全身を切り傷で赤く染めたシルフィの、わずか数センチ背後に。

身の丈を超える氷の剣が、床の魔法陣ごと、石畳に深々と突き刺さりました。

 

「勝負あり……ですわね」

 

ルーデウスは尻もちをついたシルフィへ歩み寄り、その手を優しく握りました。その瞬間に彼女の傷がすべて癒えていくのが見えます。

彼は魔法陣を壊してしまったことを丁寧に謝罪し、巨大な氷の剣を一瞬で霧散させると――驚くべきことに、その場で壊れた聖級魔法陣を完璧に修復してしまいました。

ジーナス先生も、生徒たちも、もはや二の句が継げないようでしたわ。

 


Side: ルーデウス

 

少しばかり、デモンストレーションが過ぎたかもしれない。

だが、その甲斐あってか、私とシルフィは特別生としてのパスを無事に手に入れることができた。

 

一人の若手教師に案内され、私たちは特別生専用の教室へと向かった。

先生は先ほどの模擬戦の興奮が冷めやらないようで、「あんな高度な魔術、一体どうやっているのですか!?」と熱っぽく語っていたが、私たちは苦笑いで聞き流した。

 

「ここが特別生の教室です」

 

案内された部屋の扉を開けた瞬間、一人の男が椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

 

「し、し、し、――師匠ォォォォォォォォッ!!!」

 

見覚えのある、巨躯と眼鏡。ザノバ王子だ。

 

「お会いしたかったですぞ!我が魂の師よ!!」

 

彼は猛烈な勢いで接近すると、私の肩をガシッと掴み――そのままの勢いで私を天井に向かって全力で投げ飛ばした。

 

天井に激突すれば、人族の強度の骨など粉々に砕ける。

 

私は空中で瞬時に手を上げて、衝突部位の天井材を土魔術で柔らかな砂へと変質させた。

ザシュッ、と頭から砂の天井に突き刺さる私の姿を、シルフィがドン引きの表情で見上げている。

 

「あああああ!!余としたことが、興奮のあまり師匠を!!」

 

私は風魔術で砂から抜け出し、砂が落ちる前に即座に修復、床へ着地した。

 

「……ご無沙汰しております、ザノバ王子」

 

処理落ちしていた案内人の先生が、震える声で私たちを教壇へと招いた。どうやら特別生の担任というのは、心臓に悪い激務らしい。

 

「……ええと、もう一人、編入生が来ますので。あ、来ましたね」

 

扉が開き、小柄な少年が入ってきた。

順番に自己紹介するように言われる。

 

「……クリフ・グリモル。天才魔術師だ」

 

少年は不遜に鼻で笑い、自信満々に自己紹介をした。

攻撃魔術は全属性上級、治癒・解毒・神撃も上級、結界は初級。

確かに、この若さでそのスペックは天才と自称するに足る。

 

「次はルーデウス殿、お願いします」

「……ルーデウス・グレイラット。S級パーティ『デッドエンド』に所属している。攻撃魔術は水が聖級、それ以外は上級。治癒は中級、結界は初級だ」

「無詠唱魔術も使えますよね!?あと雷!『雷鳴のルーデウス』殿ですから!!」

 

先生の余計な補足に、私は「……まあ、嗜む程度には」と無難に流した。

次はシルフィだ。

 

「シルフィエットです。ルーデウスと一緒に『デッドエンド』をやっていました。攻撃魔術は全属性上級、特に風が得意です。無詠唱も少しだけ」

「二つ名は?『疾風』のシルフィエットについても触れなくていいのか?」

「もうっ、ルディ!余計なこと言わないで!」

「はい、『疾風』のシルフィエット殿ですね! 存じ上げております!」

 

先生が食い気味に被せ、シルフィは耳を真っ赤にして俯いた。

こうして、私たちの奇妙な学園生活が幕を開けた。

 

獣族の少女が「……気に入らないニャ」と不機嫌そうに呟いていたが、私はあえて聞こえないふりをした。

 


 

先生が教室を去り、完全な自由時間となった。

真っ先に詰め寄ってきたのはザノバだった。

 

「師匠!私をザノバとお呼びください!この学園では身分は無意味ですぞ!」

 

聞けば彼は、私が贈った彫像に熱中しすぎて公務をすべて放り出し、業を煮やした王宮から事実上の国外追放(留学)を言い渡されたらしい。

我々よりは早めに入学していたようだが、同学年としての扱いらしい。

 

「人形で追放……。ある意味、王族らしいエピソードですね」

「師匠!私に人形作りの奥義を教えてください!」

「……時間が空いた時なら、構いませんよ」

 

隣でそのやり取りを見ていたクリフが、所在なげに話しかけてきた。

 

「水が聖級なのは認めるが……。神撃や解毒を習得していないのは何故だ?才能がないのか?」

「単純に、資料や機会に恵まれなかっただけだ」

「ふん。僕はミリス教皇の孫だ。機会ならいくらでもあった。……気が向けば、僕が教えてやってもいいぞ」

 

不器用なマウントだが、悪意はないのだろう。

教皇の孫という情報の源泉は非常に魅力的だ。私は快く教えを請う姿勢を見せ、クリフを上機嫌にさせた。

そんな私たちの空気を壊したのは、獣族の少女だった。

 

「おいザノバ。お前、なんで新人とばっかりくっちゃべってるニャ?」

 

リニアーナ・デドルディア。四年生。戦士長ギュエスの娘。

そして、プルセナ・アドルディア。一族の長の血縁。

 

「いずれあちしたちが族長になる。今のうちにかしずいておくニャ」

「族長になるのは私なの。……お肉食べたいの」

 

私は、彼女たちの傲慢な態度を懐かしく思った。

 

「戦士長ギュエス殿には、大森林で世話になった。雨期の三ヶ月、彼らと共に魔物の巣を殲滅して回ったのは良い思い出だ」

「……っ!?とーちゃんの知り合いかニャ!?」

 

リニアの勢いが削がれる。父の名を出せば威張れると思っていたのだろうが、その父と戦友であったという事実は、彼女たちにとって計算外だったようだ。

プルセナは「ふぁっくなの」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 


 

昼休みを知らせる鐘が鳴り、私たちは食堂へと移動した。

 

一人で浮いていたクリフも誘うと、「……まあ、ついてやっていっても良い」とツンデレ気味についてきた。

 

食堂の喧騒の中、四人でテーブルを囲む。ザノバの付き添いで王族や貴族が使用する席を使わせてもらっている。トレイに盛られた料理は、ブエナ村の食卓とも、ボレアス家の晩餐とも違う、大学食堂らしい素朴さがあった。

 

「師匠!先ほどの模擬戦で見せていただいた氷の巨剣、あれはどのような理論で構築されたのですか!?」

 

パンを頬張る間もなく、ザノバが身を乗り出してくる。王子であることを考えるとつい敬語で話してしまいそうになるが、先ほど敬語は使わなくて良いと言われたばかりだ。

 

「単純だ。無数の氷片を、収束と密度操作で一点に集約させただけ。元々泥沼で作り出しておいた水の再活用だな……造形として見るなら、あの瞬間の結晶構造の方が面白かったんじゃないか?」

「おお……!確かに、あの氷の断面、光の屈折が実に美しかった……!今度、氷を素材にした彫刻にも挑戦してみたいですぞ!」

 

ザノバは目を輝かせ、ナプキンに何やら殴り書きを始めた。彫刻の設計図らしい。

 

「ルディってば、昔はもっと凄かったんだよ?」

 

隣でスープを飲んでいたシルフィが、悪戯っぽい笑みを浮かべて口を挟んだ。

 

「シルフィ、それは今、言う必要が……」

「二歳の頃から自在に魔術を操ってたらしいし、三歳になる頃には、家の水回りを全部魔術で改造しちゃって、パウロさんが『生活が便利すぎて逆に怖い』って言ってたんだから」

「……そんなに変わった子供だったのか?」

 

クリフが胡散臭そうな目で私を見た。

 

「今もあまり変わっていませんよ、ルディは」

「シルフィ」

 

私が咎めるように名前を呼ぶと、彼女は肩をすくめて笑うだけだった。

 

話題が変わり、私はクリフに、先ほど脳内へ転写した聖級治癒魔法陣について尋ねた。

 

「クリフ、あの魔法陣の構造だが……範囲内の自己修復を担う中核の回路、あれは対象の魔力波長を読み取って個別最適化しているように見えたのだが」

「……ほう。よく分かったな。あれは『共鳴補正』と呼ばれる技術だ。対象ごとに異なる魔力波長の揺らぎを、術式の側が自動で吸収・調整する」

「なるほど。私が見た限りでは似た理論を、生体への術式定着でも扱ったことがある。……混合(コンタミネーション)と名付けた技術だが」

「聞いたこともない術式名だな。……名付けたと言ったか?お前、独自に開発したのか?」

「ああ。自作した魔術具で実験していた際にな」

 

クリフは驚いたように眉を上げ、それから少し悔しそうに鼻を鳴らした。

 

「……君、思ったよりも魔術の理論について話せるな?」

「いや、ただ物理現象として捉えているだけだ」

 

クリフは癖の強い性格だが、魔術の設計図を理解できる数少ない知性を持っていた。

良き友人になれそうだ。

 

問題が起きたのは、食堂を出た直後だった。

廊下の角を曲がった瞬間、行く手を塞ぐように、リニアとプルセナが、二十名近い獣族の学生を率いて立ちはだかっていた。獣特有の唸り声にも似た威嚇の気配が、廊下全体に満ちている。

 

「とーちゃんの知り合いだか何だか知らニャいが、新入りの分際で目立ちすぎニャ。……ちょっと裏で締めてやるニャ」

「ここのボスはあたしたちなの」

 

「師匠お下がりください。私が相手をいたしましょう」

 

ザノバが前に出ようとするが、私はそれを手で制した。

 

「下がっていろ、ザノバ。……リニア、プルセナ。私たちは、あなたたちに危害を加えるつもりはない。この場を通してくれるか?」

「はっ、上等な口を利くじゃニャいか。舐められたまま引き下がったら、あちしたちの立場がないニャ」

「そうなの。今からでも、土下座して謝るなら見逃してあげるの」

 

プルセナが挑発的に鼻を鳴らす。周囲を囲む獣族の学生たちが、じわじわと包囲を狭めてきた。

 

緊迫するザノバ、慌てるクリフ。だがシルフィは、冒険者としての経験から迷いなく杖を構えた。

私は仲間に冷静に告げる。

 

「獣族は上下関係に敏感な種族だ。……言葉よりも、事実で教えるのが最も合理的だろう」

 

プルセナが指を口に当てる予備動作をするのを、予見眼で見切った。

 

「『放電(ヴァーリー)』」

――バチッ!!

 

勝負はコンマ数秒。

戦闘態勢に入っていたリニアと約二十名の学生たちは、悲鳴を上げる間もなく全身を硬直させ、無様に床へと転がった。雷魔術は、筋肉の電気信号を強制的に上書きする。避けられるはずもなく、受けられるはずもない。話している間にシルフィたちを守るための結界魔術を構築しておいたので、味方に被害はない。

 

「さて、シルフィ。どう躾ようか?」

 

私は泥沼を発生させ、リニアとプルセナを肩まで沈めた。

 

「獣族は拘束されることを何よりも嫌う。……こうして、顔だけ出した『さらし首』の状態で放置するのが、精神的なダメージとして最大効率だ」

 

目を覚ました二人が、罵詈雑言を叫び始める。

 

「うるさいな。ああ、シルフィ。獣族には一つだけ注意しなければいけない技がある……手本を見せよう」

 

私は指を輪にし、内側に指向性増幅の即席魔法陣(アドリブ・サーキット)を展開。

大森林で学んだ『声の魔術』に魔力を乗せ、地に埋まる二人に向かって放った。

 

『――ウオオオオン!!』

 

重低音の衝撃波が二人の脳を揺らし、彼女たちは一瞬で白目を剥いて気絶した。

 

「詠唱はないが、必ず喉と魔力を繋ぐ溜めが必要な技だ。そこを潰せば怖くない」

「……うん。ルディ、やっぱり容赦ないね」

 

呆然とするクリフとザノバを背後に残し、私たちは午後の講義へと向かった。

 


Side: とある旅商人

 

ロアの裏通りで仕入れた荷を検めながら、私は内心でため息をついていた。

 

商売柄、表沙汰にできない品を扱うことは珍しくない。密輸品、出所の怪しい魔道具、そして今回のような「いわくつき」の魔力鉱石。どれも扱いさえ間違えなければ、堅気の商いよりよほど実入りが良い。

 

だが、この魔力鉱石だけは勝手が違った。

 

かのロアの大穴から採れたという代物。あの大穴が、街を丸ごと呑み込みかけた魔力災害の爪痕であることは、この辺りでは誰もが知っている。つまりこれは、災厄そのものの欠片だ。

正体を知れば知るほど、手元に置いておきたくない。だが、それを知る者が売り手側にどれほどいるかは分からない。もし噂が広まれば、領主のお膝元では即座に目を付けられるだろう。私のような小商人が、貴族のお歴々に睨まれてただで済むはずがない。

 

品物としての魅力は分かっているつもりだ。これほど魔力の詰まった鉱石なら、事情を知らぬ地方の魔術師や工房になら、法外な値で買い取らせることもできるだろう。だからこそ余計に、この荷を懐に抱えている今この瞬間が落ち着かない。まるで火薬樽を積んだまま街道を歩いているような気分だった。

 

(早く、遠くで、静かに売り払ってしまいたい……)

 

小心な自分に苦笑しながら、私は当てもなく西へ荷馬車を進めていた。

 

その夜、奇妙な夢を見た。

 

顔の見えない、けれど途方もなく大きな何かが、優しく、けれど有無を言わせぬ声で囁いたのだ。

「西の外れ、フィットア領のブエナ村へ行け。そこでこそ、お前の荷は正しい持ち主に届く」と。

 

目覚めた瞬間、全身が痺れるような感覚に包まれていた。これはただの夢ではない。神託だ。長年の商売勘が、そう告げていた。

 

とはいえ、正直なところ首を傾げる部分もある。

ブエナ村など、地図で見てもただの田舎の村に過ぎない。あんな場所に、これほどの魔力鉱石を捌けるだけの買い手がいるとは、到底思えなかった。

 

(……だが、神のお告げに逆らって良いことなどあるまい)

 

損得より、畏れが勝った。

私は荷馬車の向きを変え、フィットア領を目指すことにした。




ここまでお読みいただきありがとうございます。
魔大陸編では原作より早く移動したので、クリフとエリスは出会いませんでした。入学も早まっています。クリフとは良き友人になれそうですね。
リニプルは相変わらずですが、このルーデウスは初めから下手に出るつもりはないので、早めに躾けました。
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