無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
眼を覚ますと、見慣れた寮の天井が視界に飛び込んできた。
どうやら私は、パウロからの手紙を読んだ直後、あまりの衝撃と怒りに脳の処理能力が追いつかず、ドアの前で気絶していたらしい。
頭が割れるように痛む。
だがそれ以上に、はらわたが煮えくり返るほどの怒りが、私の胸を支配していた。奴の耳障りな声が、反響してまだ脳に残っているようだった。
(……母さんを。あいつは、私のロアでの行動を利用して転移させたのか)
長く重い息を吐き出し、私は乱れた精神を整えようと試みる。
「し、師匠!お目覚めになられましたか!」
扉が荒々しく開け放たれ、ザノバが転がり込むように駆け込んできた。
彼は倒れていた私を発見し、ベッドまで運んでくれたのだという。心を一旦落ち着けて、ザノバに礼を言う。
「師匠、一体何があったのですか?これほど取り乱すなど、尋常ではありませんぞ」
私は寝台の上で頭を抱え、掠れた声で答えた。
「……母が、強制転移させられた。
あの日、ロアで私が地下へ逃がした魔力エネルギー。奴はそれを何らかの手段で回収させ、ゼニスにその歪みを渡したのだろう。
「奴が私を、そして私の周囲を狙い撃ちにする以上、状況を周知しなければならない。……ザノバ、アリエル王女へ連絡を。至急、会議の場を設けてほしい」
アリエル王女の采配により、即座に生徒会室が貸し切りとなった。
そこには、魔法大学の中核を担う面々が揃っていた。
アリエル王女、シルフィ、ルーク、ナナホシ、ザノバ、ジュリ、クリフ、エリナリーゼ、そしてリニアとプルセナ。
「ルーデウス様、皆を集めての話とは一体何でしょうか?」
アリエル王女が凛とした声で問いかける。隣に立つルークが、私の表情を見て眉を寄せた。
「ルーデウス、顔が怖いぞ。……ただ事ではないな?」
「……
その名を口にした瞬間、アリエル、ルーク、シルフィの顔色が同時に変わった。つい先日、オルステッドの警告を受けていたからだ。一方で、事情を知らない特別生たちは首を傾げた。
「ヒトガミ……? 古代神話の
クリフの問いに、私は答えた。
「……まず、これから話す存在は『神』というほど尊い存在ではない。
私はパウロからの手紙をテーブルに置いた。
「私の母、ゼニスが、転移によって消え去った。……奴は、かつて私がロアで地下へ逸らした転移の歪みを再利用し、母に強制的な空間転移を押し付けた。……龍神オルステッドに協力する私への、『
「なっ……! なぜわざわざ師匠の母君を狙うような卑劣な真似を……ッ!」
ザノバが拳を震わせる。静まり返った室内で、アリエル王女が毅然と告げた。
「ルーデウスの関係者が狙われた。となれば、龍神と繋がった私も、そしてここにいる皆さんも無関係ではありませんわ。……今後、同様の『
「防ぐ方法は?」
ルークの問いに、私は「……今のところはない」と首を振った。
「唯一できることは、夢の中に出てくる神を名乗る人物を、いかなる場合も信じないことだ。あいつの助言はすべて、破滅への罠だと思ってほしい」
「……それでルディ。これからどうするつもりなの?」
シルフィの不安げな問いに、私は次なるタスクを提示した。
「私は、一刻も早く母を探しに行きたい。だが……父からの手紙によれば、妹のノルンとアイシャがこちらに向かっているらしい。父ともう一人の母であるリーリャは、人脈を駆使して世界中を足で探すつもりだ。その間、まだ幼い二人の妹を私に預けたいと」
「ボスの妹たちか。そいつらも大学に入るのかニャ?」
リニアの言葉に、私は「本人の意思を確認してから判断する」と答えた。
「学校に通わない選択肢も考慮すれば、寮ではなく、独立した拠点が必要だ。……正直、私は今、ひどく焦っている。彼女たちが来る前にすべてを整えなければ」
「……ルーデウスは、ゼニスを探しに行くのですか?」
エリナリーゼの問いに、私は皆を見回した。
「行きます。ですが、私がいなくなった後、妹たちを狙われるのが一番怖い。……だから、皆にお願いがあります」
皆に向かって、深く頭を下げる。
「私が母を捜索している間、どうか、私の妹たちを守ってほしい」
ザノバとクリフは即座に頷いた。
「師匠の家族は、余の家族も同然!」
「当然だ。僕だって、君には恩があるからね」
リニアとプルセナも「しょうがないニャ、妹分として可愛がってやるニャ」、「報酬はお肉を希望するの」と続いた。
シルフィは王女の護衛任務との兼ね合いで迷っていたが、アリエル王女が力強く彼女の背を押した。
「私を見くびらないで。入学してすぐの頃とは違います。生徒会を通じ、魔法大学の権益はすでに私の掌握下にあります。今の状況であれば、護衛ならルーク一人で十分。……シルフィエット、あなたはルーデウスの家族を守りなさい」
エリナリーゼはしばらく考え込み、決然と告げた。
「……わたくしも、ゼニスを探しに行きたいですわ。パーティを組んでいた頃から、あの子はわたくしにとって妹のような存在でしたもの。……クリフ、行ってもいいかしら?」
クリフは寂しげながらも、優しく彼女の手を握った。
「君がやりたいことを、僕が応援しないはずがないだろう。……ルーデウス。ならば、呪い抑制装置の小型化を急ごう。彼女が自由に動けるように」
妹たちが到着する前に、彼女たちを迎える家を準備しなければならない。
パウロの手紙によれば、同行する護衛は「最も信頼できる人物」だという。一体誰だろうか。
私は不動産屋を回り、居住区の端にある広大な一軒家を購入した。
幸い、冒険者として活動していた頃の路銀は潤沢に残っていた。
購入したのは二階建てで、庭と広大な地下室を備えた石造りの邸宅だ。
築年数は古いが、価格が相場の半値以下だったのには理由があった。
「……ここは、幽霊が出る呪われた屋敷、か」
不動産屋の説明を、私は鼻で笑った。神撃魔術を上級まで修めた私にとって問題にすらならない。何なら、中々実践の機会がない魔術の実験を行いたいとも思っていた。
実際に調査したところ、正体は幽霊ではなく、前の主が残した「自律稼働型の魔法人形」の駆動音だった。
高度な並列処理を行う魔法人形。非常に興味深かったが、今の私には時間が足りない。
後ろ髪を引かれつつ、翌日、私はその人形をザノバの研究室へ持ち込んだ。
「師匠!これは……失われた技術の結晶ですッ!」
大喜びのザノバに人形を預け、私は本来の目的へ戻った。ナナホシの研究室で転移の空間座標に関する資料を借り、図書館で「魔力の波形」に関する古書を読み込む。
今日は家のリフォームだ。
私は土魔術を使い、建物の劣化した構造を補強・修復していった。
魔法都市の冬は過酷だ。暖炉の熱を床下の石材に効率よく循環させる床暖房を構築した。
以前大森林で開発した「洋式水洗トイレ」を常設化し、地脈から魔力を吸い上げる自律型の浄水・排水システムを導入した。
さらに、冬季の乾燥と粉塵対策として、室内を常に陽圧に保つ送風システムを組んだ。外気を取り込む際に土魔術で編んだ濾過層を通すことで、虫や塵の侵入を最小限に抑える仕組みだ。……そして万一の魔力切れに備え、地下室の隅に大型の魔石を据え付け、余剰魔力を蓄えておく予備魔源も用意した。稼働中の魔道具が、肝心な場面で不意に停止する事態だけは、何としても避けねばならない。
特に地下室は古びていた。虫やネズミが入ってきても仕方ないほど老朽化していたので、ほぼ全て作り替えた。
徹底的な防音・防振・魔力遮蔽を施し、プライベート・ラボとした。大学の研究室が手狭になっていた私にとってちょうど良かった。
三時間の突貫工事でリフォームを終えた私は、新設したラボの机に向かった。
さて……ゼニスを探知する魔術具の開発を行おう。
私は多層構造の魔術具を抱え、空を飛んでいた。
幼少期に開発した
魔力には指紋のような固有の波動があり、血縁者間には高い親和性がある。
私の『
「……一箇所でのデータでは不十分だ。誤差が大きすぎる」
急ぎ開発したせいで、精度がそこまで高められていないのだ。
実際に測定してみると、ノイズのような信号しか得られない。
……精度を上げている暇はない。泥臭くスマートではないが、試行回数を百回、千回と重ねて測定を行い、積算を行うことでシグナルノイズ比を高めよう。
(数打ちゃ当たる、とはよく言ったものだ。だが、これは単なる根性論ではない。個々の観測に紛れ込む誤差が、真の値を中心にランダムに分布しているならば、観測回数を増やすほど、その積算値は着実に真の値へと収束していく――そういう法則を、私は知っている。母集団が大きくなるほど、偶然のブレは互いに打ち消し合い、必然だけが残る)
この装置で検知されるのはゼニスだけではない。少なくともパウロ、ノルンも検知されるはずだ。あとは、たまたま私の魔力波長と似た人物がいれば、それも検出される。……それらを全て細かに分析するしかない。
私は街から数キロ、数十キロと離れた複数の地点で探知機を起動し、反応のあったベクトルを記録し続けた。
紙の束にびっしりと書き込まれた数値。風魔術で場所を変え、さらに計測を繰り返した。
(単一地点での観測角度だけでは、反応源は「その方向のどこかにある」としか分からない。直線上のどこか、という曖昧な情報に過ぎない。だが、離れた複数の地点から同じ反応を観測し、それぞれのベクトルを地図上に描けば、線と線が交わる一点が見えてくるはずだ。……測量士が山の頂の位置を求める際に使う、三角測量の原理と同じだ。観測点を増やせば増やすほど、交点の誤差は小さくなり、真の位置へと収束していく)
非合理的なやり方に見えるかもしれない。だが、世界中を足で探すよりも、この多点測量による確率計算の方が、効率が良いと考えている。
数日間不眠でのデータ収集を終え、本一冊分に届くほどのログを抱えて、私は我が家へと帰還した。
すると、門の前に、見覚えのある巨躯と二つの小さな影が見えた。
「――ルイジェルドさん!!」
空から降下しながら叫んだ。
最強の護衛とは、彼のことだったのか。確かに、ルイジェルド以上の適任はいない。
「ルーデウス、久しぶりだな」
地に降り立った私に、ルイジェルドが静かに歩み寄ってきた。以前と変わらぬ、岩のような佇まい。だが、その顔には旅の疲労が色濃く滲んでいた。
「ルイジェルドさん……。まさか、あなたが護衛だったとは。父からの手紙には名前が書かれていなかったので、驚きました」
「パウロには、俺の名を出すと大袈裟になりすぎると止められてな。……まあ、驚かせるのも一興だと思ったのだろう」
彼は苦笑しながら、そう答えた。
アイシャが「お兄ちゃん!」と真っ先に駆け寄り、私に抱きついてくる。ノルンは遠慮がちに一歩引いていたが、私が近づいて頭を撫でると、少しだけ表情を和らげた。
「積もる話もあるだろうが、まずは中へ。二人とも、随分と長旅で疲れているはずだ」
私はそう言って、三人を家の中へと案内した。
三人をリビングに案内し、暖炉に火を入れた。
「身体が冷えているでしょう。今お茶を淹れます」
熱いお茶を出すと、二人の妹は「あつっ」と苦笑いしながらも、美味しそうに啜っていた。
「ルイジェルドさん。……妹たちを守ってくださり、感謝の言葉もありません」
「礼はいらん。……ルーデウス。お前こそ、元気そうで何よりだ。……エリスはどうした?」
私は、エリスが「私を守れるほど強くなる」と誓い、剣の聖地で修行中であることを、私たちの婚約の話と共に伝えた。
ルイジェルドはいつもの無表情だったが、その瞳には温かな色が宿った。
「……戦士の罹る病気だが、あいつらしいな。心配するな、ルーデウス。あいつは必ず、お前に並び立つ戦士となって戻ってくる」
ノルンだけが、婚約の話を聞いて少し複雑そうな顔をしていた。……ノルンは特にシルフィに懐いていたからな。
ルイジェルドはこの一年、生き残ったスペルド族の仲間を求めて森を虱潰しに捜索していたが、収穫はなかったという。ギルドでパウロの依頼を目にし、ブエナ村まで駆けつけてくれたのだ。
「移動中は、アイシャの才覚に驚かされた。彼女が隊商のルートを計算し、俺を護衛として貸し出すことで資金を稼ぎ、夜間すら止まらぬ強行軍でここへ辿り着いたのだ」
ルイジェルドは「久々にこき使われた」と愉快そうに笑っていた。
彼は、森の奥で「悪魔」を見たという不穏な情報を追うため、明日には発ってしまうという。
「……さぞ疲れているでしょう。明日と言わず、しばらくここに滞在してください」
「有難い申し出だが、苦しむ同族のことを考えれば、休んではいられん」
話しているうちに、ノルンとアイシャは旅の疲れからか、船を漕ぎ始めた。
ルイジェルドは二人を綺麗に整えた寝室へと運んでくれた。本人は自由な場所で寝るだろう。
自分は地下のラボへと移動した。
私の分のベッドはまだないが、構わない。
データの山を机に置き、私は長椅子に身を横たえて眠りについた。
翌朝。私は保存食を温め、三人に朝食として出した。
「時間がなくて料理ができていないんだ」
ルイジェルドは平気そうだったが、アイシャとノルンは味気無さに愕然としていた。
私たちは街の出口まで、ルイジェルドを見送りに行った。
「では、元気でな。ルーデウス。アイシャにあまり振り回されるなよ」
「お世話になりましたー!おじさんも元気でね!」
アイシャが明るく振る舞う横で、ノルンはすでに涙腺が崩壊し、声を上げて泣いていた。ルイジェルドは彼女の頭を優しく撫で、朝日の中を堂々と去っていった。
ルイジェルドを見送った後、私はリビングで改めて二人と向き合った。
アイシャが淹れてくれたお茶の温かな湯気が、少しばかり緊張の残る部屋に広がっている。
「改めてようこそ、二人とも。……兄妹ではあるけれど、こうして腰を落ち着けて一緒に過ごすのは、事実上これが初めてになるな。……戸惑うこともあるだろうが、ここはもう君たちの家だ。不自由な思いはさせない。お互い分からないこともあるだろうけれど、仲良くやっていこう」
アイシャは「はいっ!お任せください、お兄ちゃん!」と弾けるような笑顔で元気よく返事をした。対してノルンは、私の顔とアイシャの横顔を交互に見ながら、何かを飲み込むように複雑な表情で小さく頷いた。
「さて……。父さんから、君たちがラノア魔法大学に通えるだけの十分な資金を預かっている。そこで、君たちの意思を確認したい。……これから、どうしたい?」
「選んで、いいのですか?」
アイシャが小首を傾げて尋ねてくる。
「ああ。父さんは学校に通わせたいと考えているようだが、私は君たちの個別の資質と意見を最大限尊重したいと思っている」
「なら、私は学校なんて行きません!私はお兄ちゃんのお世話をしたいんです!それに、学校で教わるようなことは、もうお母さんから全部教わりました。無駄な時間は使いたくないです!」
自信満々に胸を張るアイシャ。十歳にしてはあまりに完成された彼女の能力値を考えれば、その言葉に嘘はないだろう。
「……ふむ。そこまで言うなら、無理強いはしない。ただし、客観的な実力を測るために、学力試験として魔法大学の入学試験だけは受けてもらうよ」
「はい!満点を取れば文句ないですよね?」
「もちろんだ」
私は視線をノルンへ移した。
「ノルン、君はどうする?」
「……私は、学校に通いたい。……でも、私、兄さんやアイシャみたいに天才じゃないから。試験に落ちちゃうかもしれないけど……」
俯き、指先を弄ぶノルン。私は彼女の目線に合わせるように身を乗り出した。
(闇雲に教科書を頭から読み直すよりも、過去の出題傾向を分析し、頻出分野に絞って反復する方が効率的だ。限られた時間で最大の成果を出すには、努力の量よりも配分こそが重要になる)
「大丈夫だ。私は特殊な入学の仕方をしたから一般入試は受けていないけれど、友人を通じて難易度や出題傾向をリサーチしておこう。……しっかり対策を立てれば、合格の確率は高まるだろう」
「……うん。頑張る」
ノルンが、決意を秘めた目で頷いた。
「ここからは、私の個人的な考えを話しておく。……君たちが魔法大学に行ってくれた方が、私としてはリスク管理の面で非常に安心できるんだ。なぜなら、私も近いうちに母さんを探しに旅立つつもりだからね」
「そうなの!?」
アイシャが驚きの声を上げる。
「ああ。学園の友人たち――特に強力な権力を持つ有力者たちには、君たちを守るよう根回しをしてある。魔法大学という閉鎖環境の中にいれば、不審者の侵入も検知しやすい。ああ、大学に行かない選択をすることも見越して、彼らが定期的にこの家を見回ってくれると約束してくれている」
ノルンが、縋るような目で見つめながら問いかけてきた。
「でも……当てはあるのですか? 世界中を探すなんて……砂漠で針を探すようなものでしょう?」
「そうだね。通常の探索方法では非効率だ。だから、私は『血縁を見つけ出すための魔術具』を開発したんだ」
私は地下室から持ってきた探知機のプロトタイプを見せ、その理論を語った。ミグルド族の波長通信と獣族の共鳴現象を組み合わせた、血縁者専用のレーダーである。
ノルンは難解な用語にきょとんとしていたが、アイシャは「魔力をセンサーとして使うんですね!」と目をキラキラさせていた。
「理論的には、これで母さんの座標は計算で弾き出せる。……ただ、これには膨大な逆演算が必要なんだ。実験データからノイズを除去し、母さんの反応だけを抽出する作業がね」
(単に、突出して強い反応が出た地点を「発見」と判断するのは早計だ。それは、単なる偶然のノイズの峰が、たまたま高く出ているだけかもしれない。……まず、雑音そのものの性質――その平均的なばらつきの幅――を把握し、それを明確に上回る反応だけを「意味のある信号」として扱う必要がある。幸い、この装置には、居場所がおおよそ推測できるパウロや、ここにいるノルンの反応も紛れ込んでいる。彼らの信号が、どの程度の強さで、どの程度のばらつきの中に現れるか――それを基準として使えば、母さんの信号が単なる偶然の産物なのか、それとも確かな手がかりなのかを、統計的に判別できるはずだ。具体的には、雑音の中からたまたま強い反応が偶然出現してしまう確率を見積もり、それが十分に小さいと言い切れるまでは、判断を保留するつもりだった)
私が分厚い紙の束を示すと、アイシャが身を乗り出した。
「つまり、大体の居場所や移動速度が推測できるお父さんやここにいるノルン姉の反応を『物差し』にして、お母さんの反応が本物かどうかを確かめるってことだね!」
アイシャの言葉に、私は僅かに目を見張った。
「……その通りだ。位置の分かっている問題を先に解かせて、装置がどの程度正しく答えられるかを検証する。いわば、答え合わせのできる設問で正答率を測るようなものだ。それができて初めて、答えの分からない設問――母さんの位置――に、どこまで確信を持って臨めるかが見えてくる」
「私がやるよ、お兄ちゃん!学校には行かずに、その計算を私が手伝う!」
「……まあ、試験の結果次第だね」
私は二人の妹の異なる反応に、家族というシステムの複雑さと面白さを感じていた。
数日後、入学試験の結果が通知された。
結果は、アイシャが全科目満点という成績。ノルンは平均をやや下回ったものの、及第点はしっかりとクリアしていた。
リビングで二人と向き合い、合格を祝う。
「二人とも、合格おめでとう。……さて、アイシャ。約束通り、君は家で私の研究サポートと家事を頼むよ」
「やったぁ!お任せくださいお兄ちゃん!料理も洗濯も、お兄ちゃんの健康管理も完璧にこなしてみせます!」
アイシャがガッツポーズを作る。
「ノルン。君はどうする? 問題なければ、入学の手続きを進めるけれど」
「……私は、学校に行く。……兄さん。一つお願いがある……私、寮に住んでもいい?」
「せっかくお兄ちゃんが、ノルン姉の部屋も準備してくれたのに!」
アイシャが憤慨するが、私は冷静に頷いた。
「合理的だと思う。寮の方が物理的な警備も厚いし、同年代の味方も作りやすい。……ただ、一つだけ、君の安全のために注意してほしいことがある。試験の際、名字を『グレイラット』とは伝えなかった。当面の間、君は名字を伏せて通うことになる」
その瞬間、ノルンの顔からスッと色が抜け落ちた。
「……それって、どういう意味?私は、『グレイラット』として、ふさわしくないってこと……?」
「いや、そうじゃなくて――」
「ひどい!!私だって、お父さんの娘なのに!!」
ノルンは泣きながら立ち上がり、私の説明を待たずに自室へ駆け込んでしまった。
バタンッ!!と重い扉の音が響く。
「……何か、致命的な言い間違いをしただろうか?」
「仕方ないなぁ、ノルン姉は。でも、お兄ちゃんは言葉が足りなさすぎるよ!意味が分からなきゃ、疎外されてるって思うに決まってるでしょ!」
アイシャの叱責に、私は深く反省した。自分の脳内では完結している「理由」を、共有することを怠っていた。
私はノルンの部屋の前に立ち、ノックを一度した。
「ノルン。……中に入ってもいいかな?」
返事はない。代わりに、小さくすすり泣く声が漏れ聞こえてくる。
私は「失礼するよ」と断りを入れて、ドアを開けた。
ベッドの上で膝を抱え、体育座りで泣くノルンの横に、私はゆっくりと腰を下ろした。視線を合わせるように、少し屈んで。
「すまない、ノルン。私の言葉が足りなかった。私が名字を伏せさせたのは、君を恥じているからじゃない。むしろ、君を平穏な生活から遠ざけたくなかったんだ。……話すと長いけれど、聞いてくれるかい?」
返事はなかったが、彼女の肩の震えが少しだけ収まった。
「……最近、この魔法大学には『六魔連』という非公式な集団があるんだ」
ノルンが僅かに顔を上げた。彼女は、物語や英雄譚が好きな傾向にある。エリスが話す冒険譚も目を輝かせて聞いていた。
「メンバーはシルフィ、怪力の神子であるザノバ、ミリス教皇の孫で天才のクリフ、獣族の姫君であるリニアとプルセナ、そして不死の魔王バーディガーディ。……彼ら六人をすべて倒すと、『学園の影の支配者』と戦う権利が得られる……なんて噂をリニアたちが面白がって広めていてね」
「影の、支配者……?」
「…………なぜか、その『支配者』が私だということになっているんだ。私にその気はまったくないんだが」
ノルンが驚愕の表情でこちらを向いた。
「支配などしていないし、自称もしていない。ただ、生徒たちは私の顔を見るだけで恐れ、血気盛んな者は売名を求めて挑んでくる。……もし君がグレイラットだと公言すれば、間違いなく君までその『支配者の一族』として、色眼鏡で見られる。私は、君をそんな無意味な争いに巻き込みたくなかったんだ」
「……兄さんは、本当に……言葉が足りなさすぎます」
涙を溜めた瞳で、ノルンは私を睨んだ。
「よく言われる……改善に努めよう。……グレイラットであることは、私が母さんを救って帰ってくるまで、表向きは伏せておこう。それまでは生徒会長のアリエル王女にも、君を特別に保護するよう頼んである。……皆には、『大切な存在だ』とだけ紹介させてもらってもいいかな?」
ノルンは戸惑いながらも、最後には静かに、一回だけ頷いてくれた。
ノルンを宥め終え、私は地下室の長椅子で休息をとっていた。
すると、静かに階段を降りてくる足音がした。アイシャだ。
「お兄ちゃん。……ノルン姉、大丈夫だった?」
「ああ。なんとか和解できた。……自分のコミュニケーション能力の低さを、痛感したよ」
アイシャは私の横に座ると、少しだけ不安そうな声を漏らした。
「ねぇ、お兄ちゃん。……お兄ちゃんは、ノルン姉と私、どっちが好き?」
「…………」
究極の二択だ。私は計算を捨て、即座に答えた。
「どちらも私にとって大切な妹だ。そこに優劣はない。……比べること自体が不可能だよ」
「……私のお母さんが、妾でも? ……ノルン姉は正妻のお子さんなのに」
アイシャの瞳が、不安げに揺れていた。
私は彼女を真っ直ぐに見据えた。
「アイシャ。私はリーリャさんのことを妾だと思ったことは一度もない。彼女は我が家を支える必要不可欠な家族であり、私の尊敬する母の一人だ。……そして君は、彼女の才覚を受け継いだ、私の自慢の妹だ。……自分を卑下する必要なんて、どこにもないんだよ」
アイシャが勢いよく抱きついてきた。私は彼女の小さな背中を、優しく、けれどしっかりと抱きしめ返した。
「お兄ちゃん……。私、ここまで頑張りました……!」
「ああ。本当は君にも学校に行って欲しかったが、これほどの結果を出されては、君の要望を呑まざるを得ないな。……君がいてくれると助かる。計算も、家事もね」
私はアイシャの、最近の水仕事で少し荒れ始めていた手に、治癒魔術をかけた。温かな光が彼女の指先を癒していく。
「……何か、褒美が必要だな。何か欲しいものはあるか?」
「……じゃあ、お小遣いをください!お父さんが用意してくれたお金は、私が管理してもいい?」
「ああ、好きに使いなさい。……あとは、この家を君の好きなように飾り付けていいよ。私がやると機能性重視で、どうにも殺風景になってしまうようだ。人のために作る拠点であれば、意匠を凝る気力も湧くのだが……」
アイシャは、私の部屋の隅に雑然と置かれていた、試作の人形たちに目を留めた。
「これ、もらってもいい?大学にいるザノバっていう王子様に売れば、高く売れるんでしょ?」
「……ああ。彼なら、君の言い値で買うだろうね」
ニヤリと笑うアイシャ。
どうやら彼女は、商売っ気まで完璧なようだ。
新しく、騒がしく、けれどどこか温かな夜が、静かに更けていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
前の話ではここが乗っ取られていたので、前節の解説を入れます。
ブエナ村に持ち込まれた魔力結晶は、転移の歪みとルーデウスの結界魔術の影響を受けています。結界魔術が効いているので、通常は触った程度では機能しないです。
ただ、本作の設定では魔力に『波長』があります。ルーデウスの結界魔術は、自身や血縁には効果が薄いのです。触るだけで起動できるのは、パウロ、ゼニス、ノルンの3人です。
ヒトガミは、パウロがいない時を狙って持ち込まれるように調整しました。だから、狙いはゼニス若しくはノルンです。ヒトガミがルーデウスの家族の中でも弱い存在を狙ったのは、『その方が面白いから』です。