無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
我が家での日々は、母ゼニスの居場所を特定するための膨大な逆演算に費やされていた。
パートナーは妹のアイシャ。彼女はやはり、私の想像を超える天才だった。最初は魔術具の測定結果を座標に変換する計算手法やその量に戸惑いを見せていたが、今や立派なメイン計算機として機能している。
さらに、彼女は家事全般も完璧にこなしていた。
「アイシャ。計算を手伝わせた上に掃除や炊事まで……。十歳の子に労働を強いてしまって、兄として申し訳ない」
「何言ってるのお兄ちゃん。家事に関しては私の方が効率がいいんだから、お兄ちゃんは研究に集中しててよ!」
私一人では後回しにしていた生活インフラの維持。今はアイシャと共に家事を分担し、彼女の負担を減らすよう努めている。
昼食後、私は皿洗いを担当した。
魔術を使えば、あっという間に終えられる。
数秒で洗浄から乾燥まで終える私の手際に、アイシャが羨ましそうな声を上げた。
「いいなぁ、お兄ちゃん。水仕事って、どうしても手が荒れちゃうし、冬は辛いんだもん」
「……無詠唱が使えないと、この魔力制御を教えるのは難しいな。時間ができたら、『自動食器洗浄』の魔術具を作ってあげよう。リーリャさんにも好評だったんだ」
私の約束に、アイシャは「楽しみにしてるね!」と花が咲くような笑顔を見せた。
午後の計算作業に入ろうとした時、重厚なドアノッカーの音が響いた。
アイシャが迎えようとするのを手で制し、私が直接玄関へ向かう。この情勢下、不審者や
扉を開けると、そこにはザノバ、ジュリ、クリフ、エリナリーゼさんの四人が並んでいた。
「師匠!不意の訪問、お許しください!不在の間に妹君たちを守るため、事前の顔合わせに参りました!」
有難い申し出だ。中に招き入れると、アイシャはすでに来客用のお茶の準備を整えていた。
「……初めまして。ルーデウスの妹、アイシャ・グレイラットと申します。皆様、お兄様がお世話になっております」
幼いながらも隙のない、気品に満ちたアイシャの挨拶。
ザノバたちは「なんと、素晴らしい所作だ」と感銘を受け、ジュリなどはアイシャのメイド服姿とその優雅な仕草に、憧れの眼差しを向けていた。
「ルーデウス。妹さんがメイド服で家事をしているのは、教育の一環か?」
クリフの率直な問いに、私は苦笑して答えた。
「母の一人であるリーリャが、一流の侍女として彼女を育てたんだ。私としても、彼女の才覚には驚かされるばかりだ」
納得したクリフが、アイシャに向き直り自己紹介をする。
「ミリス教皇の孫であり、ルーデウスの学友、クリフ・グリモルだ。……天才と呼ばれているが、君の兄を見ていると自信を失いそうになるよ」
「そんなことありませんわ!ルーデウスが規格外なだけで、クリフも間違いなく天才ですわよ」
エリナリーゼが微笑んでフォローを入れる。
「ありがとう、リーゼ。……ルーデウスには、リーゼを紹介してもらった恩も、彼女の呪いを解く研究に協力してもらっている恩もある。彼が不在の間は、僕がこの家を定期的に巡回しよう」
続けてザノバが進み出る。
「シーローン王国第三王子、そして師匠の筆頭弟子、ザノバ・シーローンである!アイシャ殿、師匠の妹君とあれば余も全力で助力いたそう。ジュリ、お前もアイシャ殿の所作を見習うのだぞ」
ジュリがおずおずと礼をすると、アイシャはにこやかに応えた。
「ザノバ王子殿下。お兄様が作った人形を愛されていると伺いました。お兄様、練習で作った試作品をその辺に放置する悪い癖があるのです」
「なんと!!そんなもったいないことが!!」
「……作るプロセスでの技術修練が大事なのであって、完成品はただの出力結果だからね。確かに場所を取るようになってきたが」
「では余にお任せを!アイシャ殿と協力して、余がすべて適切に管理、あるいは買い取らせていただきますぞ!」
ザノバとアイシャの間で、瞬く間に「人形の在庫管理ビジネス」が成立してしまったようだった。
挨拶が一段落し、私たちは研究の話に移った。
机に広げられた、複雑な座標計算の数式の山。クリフは「……これは、凄まじいな」と熟読し、ザノバも理解しようと試みるが、その難解さに目眩を覚えたようだった。
エリナリーゼとジュリは、早々に理解を放棄してアイシャの淹れたお茶を楽しんでいる。
「アイシャ。この第十六区画の干渉波の減衰率は?」
「積算値で零コンマ四、ほぼ誤差の範囲です!」
クリフの専門的な質問に、アイシャが即座に応答する。
「その『誤差の範囲』というのは、単純に他の区画の誤差と足し合わせているのか?」
クリフの追及に、アイシャは一瞬言葉に詰まった。
「……足し算、じゃまずいんですか?」
「独立した測定誤差同士は、単純に足すと過大評価になる。……それぞれの誤差を二乗し、足し合わせてから平方根を取る――そうすることで、より正しい合成誤差が求まるはずだ」
私の補足に、アイシャは目を輝かせた。
「なるほど……!ばらつきが独立してるなら、悪い方向にだけ重なる保証はないから、単純な足し算だと過剰に厳しく見積もっちゃうんですね!」
「その通りだ。第十六区画の値も、この方法で計算し直してくれ」
アイシャは早速紙面に向き直り、数式を書き換え始めた。
「……恐ろしいな。この歳でこれほどの理解力とは、グレイラットの血とは恐ろしいな」
クリフとザノバも協力してくれ、計算は飛躍的に加速した。ゼニスの反応を示す座標が、確実に絞り込まれていく。
数日後。私はラノア魔法大学の生徒会室を訪ねた。
ノルンの様子を確認するためだ。彼女はアリエル王女にとても気に入られているらしく、最近はよくここに顔を出しているという。
道中、シルフィと合流し、共に歩きながら近況を聞く。
「ノルンちゃん、学校にはすっかり馴染めたみたいだよ」
シルフィの説明によれば、ノルンは「グレイラット」の姓こそ伏せているが、「憧れの先輩であるシルフィを慕ってブエナ村からやってきた、アリエル王女も目をかける少女」という絶妙なポジションを確立したらしい。
私とは違い、周囲に恐怖を振りまかないシルフィとの繋がりは、ノルンにとって学園生活を円滑にする強力な盾となっていた。
アリエル王女も「可愛い妹分ができた」と、彼女を猫可愛がりしているようだ。
「意外なことに、ルークとも仲が良いんだよね。……この間なんて、二人で『ルーデウス・グレイラット被害者の会』なんて言って意気投合してたよ」
「被害者の会……。私が何かしたか?」
「ルークにしてみれば、自分が女の子をナンパしても『ルーデウスじゃない方のグレイラット』なんて比較されるのがコンプレックスだったみたい。……まあ、ルディが目立ちすぎた弊害だね。ルディったら、モテモテみたいだよ?」
シルフィがからかう様ににやにや笑いながらこちらを見る。
「……興味がなく、理解もできないな。見目ならルークの方が優れているだろう。こんな傷だらけの男のどこが良いんだか…」
私は首の傷跡をなぞりながら、複雑な心境でため息をついた。
「はぁ……。ルディって、たまにものすごく分かってないよねぇ」
シルフィが呆れたように、けれどどこか楽しそうに肩をすくめた。
Side: シルフィエット
「……興味がなく、理解もできないな。見目ならルークの方が優れているだろう。こんな傷だらけの男のどこが良いんだか…」
そう呟きながら首の傷跡をなぞるルディを見る。
ルディは本当に、自己評価に関してはなんにも分かってない。
透き通るような白髪。
リーリャさん仕込みの上品な所作。
ゼニスさん似の、可愛くて柔らかな顔立ち。
S級冒険者としての堂々とした立ち振る舞い。
それに、首にある大きな傷跡。よく見れば身体のあちこちに傷跡が残っていることも分かる。まだ大人になりきっていないのに、一目で歴戦の強者であることが分かる。
これらの要素が絶妙なギャップになって、とても魅力的な存在として映っていた。
夢中になる女の子たちの気持ちが、痛いほど分かった。
ボクも、その気持ちを抑えるのにとっても苦労しているから。
エリスさんという婚約者がいることももちろん知ってるし、ルディはミリス教徒ではないけれど浮気をするような性格じゃないことも知ってる。
ボクがルディに同行することを決めたのは、恩返しのためだけじゃなく、自分の気持ちに整理をつけるためでもあった。
……でも、難しいなぁ…。隣を歩くだけでも、まだドキドキが抑えられない。自分の恋心を捨てることなんてできずに、寧ろ育ってしまっているようにも感じていた。
「はぁ……。ルディって、たまにものすごく分かってないよねぇ」
そう言って笑って、自分の心を誤魔化す。
……今度アリエル様にも相談してみよう。こういう相談なら、きっと身を乗り出して話を聞いてくれるはずだ。
他愛のないやり取りを交わしながら、私とシルフィは生徒会室へと向かった。
生徒会室に入ると、ノルンがアリエル王女と優雅にお茶をしていた。
「あ、兄さん……?」
ノルンが立ち上がった拍子に、頬についていた生クリームが私の目に留まる。
私が自分の頬を指差すと、彼女は赤くなって慌ててナプキンで口元を拭った。
以前、家で泣いていた時よりも表情が豊かになり、穏やかな顔をしている。アリエル王女の対話能力には敬服せざるを得ない。
アリエル王女へ、改めてノルンへの保護に対して深く感謝を述べた。
「礼には及びません。こんなことでルーデウス様への恩が少しでも返せるのなら、安いものですわ」
「恩……?」
ノルンの問いに、ルークが肩をすくめて答えた。
「ああ。実は我々は、ラノア魔法大学に来る途中でルーデウスとシルフィに命を救われているんだ。……特にルーデウスは、森に潜む暗殺者集団を『森ごと』消し飛ばしてくれたからな」
「森ごと!?兄さん、やりすぎじゃないの?」
「私は視力が悪くてピンポイントの狙撃が難しかったんだ。……森を壊すのは気が引けたが、背に腹は代えられなかったからね」
私の妥協による破壊規模に、ノルンは呆気にとられていた。
「そういえば、ルディとシルフィの特別生試験も凄まじい勝負でしたわね。……シルフィ、『六魔連』のボスの座が代わる可能性もあるのではないかしら?」
アリエル王女が茶化すと、シルフィが慌てて手を振った。
「……真剣勝負だったら、ボクはルディの『雷魔術』の一撃で終わってると思います。あれは避けようも防ぎようもないので」
「雷……。ルーデウス、シルフィにもその魔術を教えないのか?」
ルークの問いに対し、私の代わりにシルフィが苦笑して答える。
「ルディ曰く、水聖級魔術の応用なんです。まず水聖級を完璧にマスターしないと、理論の入り口にすら立てないそうで……」
「入門で聖級だと……?」
ルークが絶句する。
「コツと原理さえ掴めば、洗濯の混合魔術の出力を上げたようなものだ。シルフィなら、習得はそんなに難しくないと思うよ」
私の発言に、室内の全員が同時にため息をついた。
「兄さんが名字を伏せさせた理由、ようやく分かりました。……みんな、兄さんのこと、『不死の魔王すら殺しかけた化け物』だって、怖がりながらも噂してるもん……」
「……まあ、バーディガーディを殺しかけたことは、事実ではあるからな」
ノルンとルークの視線が重なり、再び深いため息が漏れた。
アリエル王女が話題を戻す。
「それで、母君の場所は特定できそうですか?」
「はい。クリフ、ザノバ、そしてアイシャの演算協力のおかげで、想定より早く目星が付きました」
アイシャの名前が出た瞬間、ノルンの表情が微かに曇るのを私は見逃さなかった。
「来週末には、ベガリット大陸へ向けて出立する予定です」
その言葉を聞き、ノルンが意を決したように身を乗り出した。
「兄さん……。私にも、お手伝いできることはない?私はアイシャみたいに天才じゃないけど……お母さんを助けるために、何か力になりたいの」
私は少し考えた。冒険譚を愛し、人の感情に敏感なノルンにこそ相応しい依頼があった。
「……実は、私には解決できていないのに後回しにしてしまっている深刻な問題がある。ノルン、君にしか頼めないことだ」
「何ですか?私、頑張ります!」
「スペルド族の、風評被害の払拭だ」
意外そうな顔をする面々に、私は懐から一冊の冊子を取り出した。
「ナナホシの協力で、スペルド族の誤解を解くための本を書いてみたんだが……」
皆がそれを手に取るが、中ほどの数ページ読んだところで顔が引き攣り始めた。
「……ルディ、これ、ちょっと……」
「市井の人間を眠らせるための呪文か何かか?」
「専門用語が多すぎます。学術論文としてなら評価できますが、普及を目的とした読み物としては、零点ですわ」
「……クリフは、『魔法大学の先生方なら泣いて喜ぶだろう』、と言っていたのですが……」
アリエル王女が切り捨てる。ノルンも「……難しすぎて、頭に入ってきません」と申し訳なさそうに言った。
私は少なからずショックを受けた。極力分かりやすく書いたつもりだったのだ。序章から第2章まではスペルド族が誤解を受けるに至った歴史を子細に示し、第3章から第6章までは呪いとは何か?どのような駆動力を持って発動するか?呪いが定着している状態とは?という項目を図解まで入れて示している。少し専門用語が多くなったので、索引をつけて専門用語解説の章まで作ったのだ。オルステッドに渡した資料のような、呪いの解消については魔術に関するレジストの技術の記載が多くなり、市井の者たちには難しいと思って泣く泣く省略したのに。
「ルディにも、できないことがあるんだねぇ……」
シルフィの感慨深い言葉を胸に、私はノルンへ頼んだ。
「……ルイジェルドさんに懐いていた君なら、彼の高潔さを、人々の心に届く『物語』として書き直せるはずだ。……私にはできない、感情を動かす言葉を、君に託したい」
「……私にできるかは分かりませんが。……はい、やらせてください!」
ノルンは力強く頷いた。アリエル王女やルークも、出版の流通や校正で協力してくれるという。
「情けない兄で申し訳ないが……。頼んだ、ノルン」
私の言葉に、ノルンは初めて、自信に満ちた笑顔を見せてくれた。
後日、生徒会室に新たに加えられたノルンの机には、真新しい紙の束と、几帳面に整理された付箋が並んでいた。「呪いとは何か」「駆動力」「定着とは」――難解な専門用語の一つ一つに、彼女なりの平易な言い換えが書き加えられている。物語の構成を練るための簡単な相関図まで描かれていた。
飾らないその真剣な横顔に、私は妹の成長を感じずにはいられなかった。
膨大な計算データの集計が完了した。
母ゼニスの固有魔力反応は、ベガリット大陸の都市ラパン付近で、極めて強い不揮発性の定着を示している。間違いない。あそこに、母はいる。
旅立ちの準備は整った。
家を守るアイシャのために、シルフィが私の不在期間、同居を申し出てくれた。クリフとザノバも、防犯のために定期的に家を訪ねてくれるという。
「アイシャ。父さんから手紙が来たら、私の調査結果と移動経路を最短で返信してくれ」
「わかった! お兄ちゃんも、無理しすぎないでね」
ナナホシからは、探索の助けとなる魔術スクロールと、そして極めて重要な情報と何冊かの書籍を譲り受けた。
彼女がオルステッドと旅をしていた際、世界各地に点在する『古代の転移魔法陣』の座標をメモしていたのだ。
この情報を使えば、数ヶ月かかるミリスからベガリットへの航路を大きく短縮できる。
エリナリーゼとクリフは大喜びだった。
「呪いを抑制する魔術具」は小型化に成功したが、長期間の運用試験が不足していた。移動時間が短縮されるなら、リスクは最小限に抑えられる。最終的にベルト型にまで小型化した装置をエリナリーゼに装着させた。
見送りには、学園の仲間たちが勢揃いした。
「必ず、父さんと母さん、リーリャさんを家に帰す」
私はノルンとアイシャにそう約束し、エリナリーゼと共に馬で転移魔法陣の眠る遺跡へと向かった。
エリナリーゼは驚くほど旅慣れており、彼女の優れた方向感覚とサバイバル能力に私は何度も助けられた。彼女のナビゲートにより、私たちは迷いなく地下の転移室へと辿り着いた。
遺跡の結界を解除し、光を放つ魔法陣を検分する。非常に興味深い。転移というのは、とにかく魔力の消費が大きいはずなのだ。それを地脈から吸い取る魔力だけで稼働させるとは……。水洗トイレは地脈の魔力から稼働できたが、魔力使用量の桁が違う。それを実現しているのは、地脈魔力の波長を変換して最適化するコンバータ部分か。これは、オルステッドからの宿題である『魔力回復』に応用できるかもしれない。幸い、オルステッドの魔力波長は痛いほど覚えている。
それに、単純に『転移』という技術も興味深い。どこか、ナナホシが作った魔法陣と似ている。一度この世界から脱出して、別の異相に飛び、そこで高速移動するというものか。異相では肉体強度を超えた移動が可能となるのか?更に面白いのが、それを安定して元の世界に帰還させる仕組みである。
(……空間の位相を繋ぐゲート。いつか、自分の魔力だけで再現したいものだ。
(……ただし、単一の経路だけに依存する仕組みは、些か危うい。もしこの魔法陣が何らかの理由で損傷し、片道分の機能しか果たせなくなった場合、帰還する術を失うことになる。……いつか自分で同種の術式を組む機会があれば、必ず複数の代替経路――冗長性を持たせた設計にしよう。必ず駆動するほどの信頼性のあるセーブポイントの準備が必要だ。一つの手段が絶たれても、他の道が生き残るように)
これが双方向に機能するものであることをしっかりと確認し、エリナリーゼと共に光の中へ足を踏み入れた。
転移は無事に完了した。転移中の光景は、どこかで見たことがあるような景色だった。一瞬過ぎて分からなかったが、帰りには思い出せるかもしれない。
遺跡を一歩出ると、そこは見渡す限りの赤熱した砂漠だった。
事前に得ていた情報を元に、私たちは即座に砂漠仕様の装備へと切り替える。
「エリナリーゼさん、これを使ってください」
体温調節と日光遮断の術式を刻んだ魔術具を彼女に渡す。私自身は水魔術を常時展開できるため、熱中症のリスクは低い。
移動は、私の風魔術による高速滑走だ。
エリナリーゼを抱え、空を駆ける。魔物に遭遇するリスクも軽減される。
「……探知機の針は、あちらを向いていますね」
『血縁を探す魔術具』の小型化バージョンだ。出力は低く、世界を対象とした場合には役に立たないが、近距離であれば高い精度が出せ、持ち運びも問題ない。壊れないように、耐衝撃性の高い筐体で包んである。
魔術具の指し示す先はやはり、巨大な生物の死骸のような奇観を擁する都市――ラパンだ。
歩けば一ヶ月はかかる灼熱の砂海を、私たちは三日で踏破した。やはり飛行というのは便利だ。目的地まで直線的に移動できるし、道中のトラブルもない。
ラパンの街に入り、まずは情報を集めるべく冒険者ギルドへ向かった。
異郷の街並みを眺めながら扉を開けると、そこから聞き覚えのある、けれど切羽詰まった声が響いてきた。
「……お前も、あいつには恩があるだろ!!報酬ならいくらでも出す、だから救出に手を貸してくれ!!」
「……無茶を言うな。もう一ヶ月だぜ?転移の迷宮に一人で取り残されて、生きてるはずがねえ。俺はまだ死にたくないんだ、他を当たれよ!」
「……っ、臆病者が!!それでよく冒険者なんて名乗ってられるなッ!!」
激昂し、酒瓶を叩きつけようとしているその背中。
私は目を丸くした。
「……ギース?なぜ、こんな所に」
「――ッ!?……センパイ!?それに、エリナリーゼか!?」
そこには、ミリシオンで別れたはずの猿顔の冒険者が、信じられないものを見たという顔で立ち尽くしていた。
物語の歯車が、急速に音を立てて回り始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
統計学は全く専門でないので、ざっくりとお読みいただければ幸いです。この世界でどれだけ数学が発達しているかは分かりません。一つだけ言えるのは、クリフはやっぱり天才です。