無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~   作:haru-ha

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【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)

以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。

【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。


第33節 魔石多頭竜(マナタイト・ヒュドラ):生体再生の阻害と死線での約束

 

Side: ルーデウス

 

ロキシーを魔物の群れから間一髪で救出した後、私たちは直ちに迷宮を脱出し、拠点であるラパンへと帰還した。

 

救出直後のロキシーは、極度の衰弱と混乱の中にいた。成長し、顔つきも髪色も体格も変わった私をすぐには『元教え子のルディ』だと認識できず、別人を見るような目を向けられた時は流石に胸が痛んだが、尊敬する師の命を繋ぎ止めたことに比べれば、そんなショックは些細なことだ。

 

リーリャたちの献身的な介護、そして私の治癒魔術による回復もあり、一晩泥のように眠ったロキシーは、翌朝には凛とした、けれどどこか抜けたところのある姿を見せてくれた。

 

「えっと、ルーデウス……さん。その、改めてありがとうございました。危ないところでした」

「気にしないでください。弟子が師匠を助けるのは当然です。それに先生、その他人行儀な呼び方はやめてください。昔みたいに『ルディ』でいいんですよ」

「そ、そんな、これほど立派になられた方を呼び捨てになど……。馴れ馴れしくはないですか?」

「全然!先生に敬語を使われる方が、私の精神衛生上良くありません。何年経とうと、ロキシー・ミグルディアは私の尊敬する師なのですから」

 

私の断固とした態度に、ロキシーは少しだけ頬を染めて微笑んだ。

 

「――はい、そうですね。ありがとう、ルディ。それにしても、本当に大きくなりましたね。魔術のキレも、私が家庭教師をしていた頃とは比較になりません。……あの時、私を救った一撃は『帝級』ですか?構築の速度、指向性、そして威力。どれをとっても芸術的でした」

「あれは中級魔術を多重化したものです。私は王級以上の公式な術式を知る機会が少なかったので……。既存の術式を独自の理論で強化したり、理論をアレンジすることに注力してきました」

「……独自の、アレンジ?中級魔術をベースにそこまでの火力を……」

 

ロキシーが絶句する。

 

「……多重詠唱、というより、術式そのものの『位相』を意図的にずらして重ね合わせているんです。単純に威力を足し合わせるのではなく、山と山を意図的に重ねることで、相乗的に出力を底上げする……そんなイメージです」

「位相を重ねる……。そんな発想、聞いたことがありません……」

 

ロキシーが呆然と呟いた。この分野において、彼女ほどの実力者ですら未知の領域に踏み込んでいるという事実に、私は少しだけ気恥ずかしさを覚えた。

隣で話を聞いていたエリナリーゼが、誇らしげに胸を張った。

 

「まあ、勘違いしてしまうのも分かりますわ。ルーデウスの魔術はもはや既存の階級制度では測れない『異端』ですもの」

「そうじゃな。儂もあの『雷』には肝を潰したわい。圧倒的な速度と防御不可の威力と貫通力。既に帝級の域に片足を突っ込んでおるじゃろうて」

 

タルハンドも髭を揺らして笑う。

 

「エリナリーゼさん、タルハンドさん。お二人とも、私を救ってくださって、本当にありがとうございました」

 

ロキシーが深々と頭を下げる。

 

「ルーデウスの師匠と聞いて、どんな傑物かと思っていましたけれど。……ふふ、可愛らしい方で安心しましたわ。これからよろしくお願いいたしますわね」

「こちらこそ!……その、私はルディと比べれば全然未熟で、傑物だなんて……!」

「謙遜しないでください、先生。先生がいなければ、今の私は存在しませんから」

「……ルディはいつも私のことを過大評価しすぎです。……ヘマをして迷宮に閉じ込められた情けない師匠だというのに……」

 

ロキシーはそう言って、机に突っ伏してしまった。その姿は、合流直後のパウロと重なって見えた。

 

「へっ、師匠が立派で、弟子も立派。それでいいじゃねえか。最高の師弟だぜ」

 

パウロが豪快に笑いながらエールを酒で満たす。ゼニスの救出という本命はまだ先だが、今日はロキシーの生還という奇跡を祝う日だった。

 

「ロキシー。あんたがいなけりゃ、俺たちはここまで辿り着けなかった。自分を信じてくれ」

「……はい」

 

ロキシーが顔を上げる。その瞳に、再び戦士としての光が戻ったのを確認し、ギースが声を上げた。

 

「よし、全員の意識が揃ったところで、作戦会議を始めようぜ。――次の目標、ゼニス救出。その作戦を共有する」

 


 

ロキシーが前線に復帰してわずか三日後、私たちは再び『転移の迷宮』への攻略を開始した。

ロキシーはまだ体調が戻りきっていないため、移動の合間に頻繁に休憩を挟む必要があった。

 

「迷宮で死にかけた奴は、恐怖が呪いとして定着する前に再アタックするのがセオリーだ。二度と入れなくなる前にな」

 

ギースの言葉は、前世の心理学における「脱感作療法」に似ていた。恐怖の対象から距離を置くほど、記憶の中でそれは肥大化する。むしろ、安全が確保された状態で段階的に向き合う方が、長期的な克服には近道なのだ。休憩中、私は無言でロキシーに背中を貸し、彼女の不安を物理的に支えた。

 

私たちはすでに、かつての到達点を越え、第五階層へと足を踏み入れていた。

第四階層は、本と私の魔術具の併用により、最短経路を選択することで驚くほどあっさりとクリアできた。針は依然として、さらに下の階層を示している。

 

第五階層からは、魔物のランクが一段階上がった。

マッドスカルやアーマードウォリアー、さらには壁や天井を自在に這うイートデビル。

イートデビルの機動力は驚異的だが、雷魔術を躱せるほどではない。視認した瞬間に『追従雷銃(ホーミング・レイ)』を放ち、一撃で無力化する。

重装戦士に対しては、より効率的に対処した。奴らは水神流の剣技を使い、こちらの攻撃を受け流そうとする。ならば、流しようのない状況を作ればいい。

 

「『泥沼(マッドドロップ)』」

 

足元を沼に変えて下半身を固定し、そのまま土の鋸で引きちぎって上下を分解する。とどめに身動きの取れなくなった頭部へ、氷の槍を叩き込む。

 

「……ルディ、やっぱり容赦ないですね」

「ルーデウスが味方で、心底良かったと思いますわ……」

 

ロキシーやエリナリーゼたちが、その作業的な殲滅の光景に少し引いているのが分かったが、安全を確保するためにはこれが最適解なのだ。

 

第六階層。

ここにはイートデビルの巨大な巣が存在していた。部屋の隅には無数の卵が脈動し、夥しい数の成体がうごめいていたが、私は迷いなく杖を向けた。

 

「『放電(ヴァーリー)』」

 

一発の広域高電圧攻撃。魔物もその卵も、何が起きたか理解する間もなく炭化し、静寂が戻る。

 

そして。私たちはついに、階層の最奥――守護者(ガーディアン)が待ち構える巨大な石造りの部屋へと辿り着いた。

 


 

広い、正方形に見える石造りの部屋。

入り口以外の三方の壁に、それぞれ一つずつ、不気味な光を放つ魔法陣が描かれている。

余計な装飾も、魔物の気配もない。そこにあるのは、選別を待つ魔方陣だけだ。

 

守護者(ガーディアン)の前座、といったところですわね」

「……ああ、間違いねぇだろう」

「気を引き締めましょう。ここからが本番です」

 

エリナリーゼ、パウロ、ロキシーがそれぞれの獲物を強く握りしめる。

 

「さて……。どれが『当たり』なのかねぇ」

 

ギースが本を片手に、魔法陣を一つずつ検分し始めた。私はロキシーと共に、彼の背後に付く。

 

「手伝おう。魔法陣の構成なら多少の心得はある」

「おう、頼むぜセンパイ」

 

資料には、かつてここを訪れた探索者の末路が記されていた。

 

『魔法陣は三つ。二つはランダム転移の罠。我々は正解と信じて目印の石を置いた陣に乗ったが……そこはイートデビルの巣だった』

 

目印の石はすぐに見つかった。表面に『6』と刻まれた、不吉なほど綺麗に磨かれた石。

 

「……嫌な予感がする。作為的な何かを感じるな」

「ジンクスか、センパイ?」

「いや、もっと合理的な……。例えば、侵入者を『効率よく処理するための誘導』とかな」

 

迷宮は、冒険者を価値ある宝で誘い込み、罠を仕掛け、死んだ冒険者やその他の生物の魔力を吸収して生長しその魔力により内部の魔物は飢えを軽減されるらしい。守護者(ガーディアン)が近いのであれば、より一層の注意が必要だろう。

 

私は三つの魔法陣をしっかりと検分した。

……どれも双方向の回路に見えるが、術式の細部が微妙にズレている。よく見れば、一番装飾が丁寧で「正解らしく」見える陣ほど、外周の紋様の対称性が僅かに崩れていた。接続部の魔力経路も、他の二つとは逆向きに編まれている。……それは、正規の座標へ繋がる回路ではなく、探索者の目を引きつけるためだけに、あえて手を込めて作られた「見せかけ」の証だった。

 

「……分かった。これらは、三つとも『外れ』だ。二つはランダム転移、そして正解に見せかけたこの一つは、本に書いてある通りにイートデビルの巣へ繋がる罠だ」

「なんだと!?正解がないってのかよ!?」

 

パウロが声を荒らげる。

 

「……いや、ここまで厭らしい罠があるということは、隠された何らかの仕掛けがあるはずです」

 

私は視力を失いかけた右目の疑似魔力眼(マナ・サイト)の感度を、痛みを堪えて最大まで引き上げた。

ぼやけた視界。けれど、地面の特定の場所から、明らかに周囲とは異なる密度の魔力漏出を観測した。

 

「……ギース、下だ。この石畳の『下』に、なにかの魔力反応がある。隠し階段を探せるか?」

「はぁ!?下……?まさか。……いや、あり得るな。この迷宮を作った奴は、とことん性格が悪いってわけだ」

 

ギースは四つん這いになり、床の音を確かめる。短剣の柄でコンコンと叩いた直後、彼はニヤリと笑った。

 

「……ビンゴだぜ。空洞がある。だが、スイッチが見当たらねえな。物理的にこじ開けるしかなさそうだ」

「壊していいか?構造維持に支障がない範囲でやろう」

 

私は指定された場所に手を触れ、魔力を流し込んだ。

重厚な石の蓋が、一瞬にしてサラサラとした砂へと変質していく。現れたのは、暗闇の中、さらに下層へと続く冷たい石の階段だった。

 

「すげぇ……。さすがはセンパイだ。よし、皆!隠しルート発見だ。気を引き締めて降りるぞ!」

 

ギースの声に、重苦しかった空気が一変した。

 

「……ああ、そうだな」

 

――この隠しルートは、暴かれた形跡がない。一度暴いていた場合、元に戻る兆候もない。つまり、この先には誰も足を踏み入れていない。

――しかし、私の『血縁を探す魔術具』は更に下層を示している。ゼニスはここにいる可能性が極めて高い。

――ギースはなぜ、『ゼニスは転移の迷宮にいる』という情報を掴めた?目撃例などあるはずもない。隠しルートが暴かれていない以上、ここは誰も通っていないはずなのに……。

 

疑問を反芻しながらギースの背中を見つめていると、

 

「……ガハハハ!お主の目には何が見えておるんじゃ、ルーデウス!」

 

タルハンドが笑いながら私の背中を叩く。

 

「さすがは俺の息子だ!!」

「本当に、あなたは規格外ですわね!」

 

パウロとエリナリーゼも、信頼を込めた手で私の背を叩き、階段へと進む。

最後。背後でロキシーが小さな手を振り上げているのが見えた。

目が合うと、彼女は上目遣いに私を見上げ、照れくさそうに、けれど優しく私の背中に掌を添えた。

 

「お疲れ様です、ルディ。……行きましょうか」

 

……まずは、ゼニスを救出してからか。

階段を降りた先。そこには、これまで見たどの魔法陣よりも荘厳な、巨大な転移陣が静かに拍動していた。

直感が告げている。この先が、地獄の最深部だと。

 


 

「この先。……いるな」

 

パウロがポツリと呟いた。その声には、武人としての高揚と、夫としての悲痛な覚悟が混ざり合っていた。私も、探知機の針がこの先を示しているのを確認した。

 

「パウロ。準備はいいか?一度戻って物資を整える手もあるが」

「……いや。今すぐ行く」

 

パウロの決意を受け、私たちは最終点検を開始した。

 

「ルーデウス、ロキシー」

 

エリナリーゼが、私たちにビー玉ほどの大きさの輝く石を投げ渡してきた。

 

「魔力が底を突きそうになったら、躊躇わずに使いなさいな。……貸しにしておきますわよ」

「助かります」

 

高濃度の魔力結晶。これがあれば、魔力切れでも逃げ切ることくらいはできる。

 

「ルディ」

 

パウロが、魔法陣に乗る直前に私を呼んだ。

 

「なんでしょう」

「こんな時に、こんな事を言うのは……」

「なら、言わないでください。……そういうのは、母さんを助け出した後の祝宴で、嫌というほど聞きますから」

「……ハッ。そうだな。分かったよ」

 

パウロは苦笑し、剣に手をかける。

私たちは互いに頷き合い、同時に光の中へと飛び込んだ。

 

魔法陣を抜けた先。そこは、これまでの迷宮の閉塞感を打ち破る、圧倒的な広さを持つ空間だった。

『記憶』にある野球場が優に収まるほどの広大な宮殿の広間。

高く聳える柱は古代の巨人を思わせ、地面を埋め尽くすタイルには、複雑怪奇なレリーフが刻まれている。

だが、その荘厳な建築美さえも、奥に鎮座する『異形』の存在感によって塗り潰されていた。

 

「おぉ……ッ!」

 

そこにいたのは、赤竜の倍近い体躯を誇る、エメラルドグリーンの鱗を纏った巨大なドラゴン。

ずんぐりとした胴体から、九本の長く、凶悪な鎌首が伸びている。

 

「『多頭竜(ヒュドラ)』かよ……。実物を見るのは初めてだぜ」

 

ギースの声が震える。

しかし、パウロの視線はその先――多頭竜(ヒュドラ)が守護する部屋の最奥へと釘付けになっていた。

そこに、一つの巨大な、そして不気味な光を放つ緑色の魔力結晶があった。

高さ二メートル。水晶のように透き通ったその中。

……彼女がいた。ゼニスが閉じ込められていたのだ。

 

「ゼニス!!」

 

パウロが叫んだ。

同時に、私の脳内では『記憶』が警鐘を鳴らしていた。

なぜ、あんな「保存状態」にあるのか。迷宮が母さんを動力源として利用しているのか。――なぜギースは目撃例があったという嘘をついていたのか。

 

思考を巡らせる暇はなかった。パウロが、激情に任せて二本の剣を抜き放ち、走り出していた。

 

「馬鹿野郎!早まるな!!」

「パウロ!!」

 

ギースの制止を振り切り、エリナリーゼとタルハンドがカバーのために駆け出す。

私は我に返り、傲慢なる水竜王(アクア・ハーティア)多頭竜(ヒュドラ)へと向けた。

 

(まずは敵の排除が最優先……一撃で屠る!)

魔力過循環状態(オーバードライブ)……」

 

私は八層の魔法陣を展開し、最大火力を一点に集中させた。

 

「『収束荷電粒子砲(ガンマ・パーティクル・キャノン)』」

 

不死の魔王を貫いた、あの光の奔流が、多頭竜(ヒュドラ)の胴体中央へと着弾する。

私は勝利を確信した。しかし――。

 

――ヒィィィィン!!

 

着弾の瞬間。

空間が、硬いガラスで引っ掻かれたような不快な共鳴音に満たされた。

 

「……なっ!?」

 

土煙が晴れた先。多頭竜(ヒュドラ)は、傷一つなく平然と鎌首を揺らしていた。

私の放った最大出力の魔術が、着弾の瞬間に「中和」され、霧散していたのだ。

 

(一度きりの結果で結論を出すのは早計だ。……偶々あの一撃だけが弾かれた可能性も、ゼロではない)

 

続いてロキシーの術式が着弾するが、やはり同じ音が鳴り、魔術が掻き消される。

さらに、エリナリーゼが放った風の刃、タルハンドの土の礫。属性も出力も異なる三種の攻撃が、ことごとく同じ不快な音と共に霧散していく。

 

(……これで確信できた。特定の一撃だけが弾かれたのではない。属性を問わず、術式そのものが着弾と同時に無効化されている。何らかの「共通した処理」が働いている証拠だ)

 

「……『乱魔(ディスタブ・マジック)』? いや、魔力を直接無効化しているのか?」

 

パウロの剣が届く。彼は予見眼でも追いきれない速度で、多頭竜(ヒュドラ)の二本の首を一瞬で切り落とした。

 

「シャアアァァァァッ!!」

 

緑の血が吹き出す。……物理攻撃は通用する!

 

「パウロ、下がれ!!」

 

エリナリーゼが加勢し、盾から衝撃波を放つ。だがそれも不快な音と共に消えた。

 

「せせらぎの濁流よ――『水流』!」

 

ロキシーがパウロを押し流すように魔術を放つ。多頭竜(ヒュドラ)の射程圏内から彼を無理やり引き離したが、タルハンドが放った土魔術『土落弾(アースピラー)』も、着弾直前に砂となって崩れた。

 

「奴に魔術は通じないのか!?」

「ルディ、あれを見てください! 再生しています!!」

 

ロキシーの声に戦慄した。切り落としたはずの二つの首の断面から、肉がボコボコと盛り上がり、数秒で元の形状へと復元されていく。バーディガーディの再生速度ほどではないが……。

物理でしか倒せないのに、物理で削っても再生される。最悪の状況だ。

 

「……撤退!!全員、一度引いてください!!」

 

ロキシーの叫び声が響く。

パウロは納得していないようだったが、ギースが背後から彼を羽交い締めにし、エリナリーゼが彼の顔を盾で殴って強引に正気に戻した。私はその間に濃霧を発生させ、多頭竜(ヒュドラ)の視界を遮断。その隙に私たちは転移魔法陣へと飛び込んだ。

 


 

魔法陣を抜け、安全な領域へと戻ってきた私たちは、全員が肩で息をしていた。

エリナリーゼは肩口を大きく削られ、出血している。

 

「大丈夫ですか?」

「……ええ。かすっただけですわ。あの鱗……鮫肌のようになっていますのね。触れただけでおろし金にかけられたようですわよ」

 

私は彼女に治癒魔術をかけながら、パウロを見た。

彼は地面に座り込み、淀んだ目で魔法陣を見つめていた。その体からは、凄絶な殺気と、それに比例するほどの絶望が漏れ出している。

 

「……あれはゼニスだ。間違いない」

「父さん、落ち着いてください。……現状を分析しましょう」

 

私は脳内の情報を整理し、言葉を紡いだ。

 

「あの守護者(ガーディアン)には、魔術が効きません。原理は不明ですが、龍神オルステッドの『乱魔(ディスタブ・マジック)』のように、構築された術式を分解、あるいは吸収する特性を持っています。属性を変えて三度試しましたが、結果は同じでした。……偶然の結果ではなく、あの鱗そのものに備わった、術式に対する共通の防御機構と見て間違いないでしょう。さらに異常な再生能力。……物理で削るしかないのに、削っても意味がない。最悪の敵です」

「……あの、ゼニスさんの結晶化については、解決の目処があります」

 

ロキシーが、沈痛な空気の中で努めて明るい声を上げた。

 

「はい。たまに、強力な魔力付与品マジックアイテムがああして魔力結晶に閉じ込められている事があるそうですが、ガーディアンを倒すと結晶化が溶けて、中身が取り出されると聞いたことがあります」

 

ロキシーが嘘を言うはずはない。

 

「それはわたくしも知っていますわ」

 

それに同意したのはエリナリーゼだった。

 

「わたくしも今のゼニスと似たような事になっている人物を一人知っていますけど、ちゃんと今も生きていますわ……問題は、例の守護者(ガーディアン)……。正直な所、わたくしも初めて見る種類ですわ」

 

それにギースが続く。

 

「そうだな、多頭竜(ヒュドラ)ってのは見りゃわかるが、あんな緑色の鱗を持ってる種なんて聞いたこともねえ」

「……しかも、再生までしおった」

 

タルハンドも難しい顔のまま、腕を組んでいる。

多頭竜(ヒュドラ)については私も本で読んだことがあるが、緑色の鱗を持つ多頭竜(ヒュドラ)など、情報が無い。

 

「あれは恐らく、魔石多頭竜(マナタイト・ヒュドラ)です……本で読んだことがあります。全身を魔力を吸収する魔石の鱗で覆った、悪魔の竜。第二次人魔大戦の頃に目撃され、大陸の消滅と共に絶滅したと書いてありました。てっきりお伽話だと思っていましたが……実在していたとは」

 

……ということは、やはり魔術は軒並み通用しないという事か。

 

「本に書いてあった事が本当なら、ゼロ距離で撃ちこめば魔術も通用するはず……なのですが……」

 

それは難しいだろう。あの巨体かつ触るだけで傷がつけられる身体……最終手段だな。

 

「……しかし、あの巨体を物理で削っても、ダメージを与えた傍から再生しおる。これでは文字通り、切りがないぞ……」

 

タルハンドが苦々しく吐き捨てる。

 

「再生は厄介ですわね。あの速度では、削る速度よりも修復される速度の方が勝ってしまいますわ」

 

エリナリーゼも、削られた肩を押さえながら顔をしかめた。

 

「……だがな、あいつを倒さねえことには話にならねぇんだよ。母さんはあの奥にいるんだ」

 

パウロが震える声で、けれど断固とした意志を口にする。

 

「ぶった切っても一瞬で再生しやがった。……どうすりゃ倒せるんだ、あんな奴……」

 

ロキシーも一緒になって、「うーん、うーん」と唸りながら、必死に教本の知識を検索しているようだった。

だが、私にはあの多頭竜(ヒュドラ)の能力は、それほど「解けない難題」だとは思えなかった。

なぜなら、私は以前、これと同様の――あるいはそれ以上の「無尽蔵の再生」を誇る相手を、再生不能にまで追い込んだ経験があるからだ。

 

「……父さん。傷口を『焼く』ことができれば、再生を抑えられるかもしれません」

「……!なんだと、ルディ!?」

 

パウロが弾かれたようにこちらを見た。

 

「不死の魔王バーディガーディと手合わせした時。……私が全力の魔術で放った雷撃によって、焼け焦げた傷口だけは再生が始まらなかったんです。高熱で組織が完全に炭化・壊死すれば、再生を阻害できるはずです。幸い、再生速度を見る限り、あの多頭竜(ヒュドラ)が持つ再生力は不死魔族ほどではないでしょう」

 

(再生とは、傷口周辺の生きた組織――血管や神経、細胞そのものが持つ「修復の起点」があって初めて機能する現象だ。だが、高熱によって組織そのものが炭化してしまえば、その起点自体が失われる。……止血のために傷口を焼く、という古典的な処置と原理は同じだ。焼き潰された組織は、もはや「再生すべき土台」として機能しない。それはラノア魔法大学で既に実験している)

 

「……!たしかに!わたくしもあの日、その光景を見ましたわ!」

 

エリナリーゼが手を打った。

 

「ルディがわざわざ、焼け焦げた傷口を治療してあげなければ、あの魔王でさえ再生できずに、そのまま死んでいたでしょうね」

「ルディ、そんなことやってたんですか……?」

 

ロキシーが驚愕の表情を浮かべる。

 

「ええ。傷口であれば、あの『魔石の鱗』に魔術を無効化される心配もありません。中から直接、焼き潰せばいい」

「試してみよう、その価値はある」

 

タルハンドが頷く。

 

「よし、じゃあそれでいってみるか。方針は決まりだ」

 

ギースがパンパンと手を叩き、パーティの指揮を執る。

 

「おい、パウロ。それでいいな?」

「……ああ」

「気のねえ返事だな、分かってんのか?あいつの首を切れるのは、この面子の中でお前しかいねえんだぞ」

 

ギースの言葉通り、役割分担は明確だ。

エリナリーゼやタルハンドが牽制し、鱗を傷つけることはできても、あの太い首を「両断」できるのはパウロの剣だけだ。

そして、パウロが首を落とした直後、無詠唱を扱える私が、その断面に即座に高火力の魔術をねじ込んで焼き切る。

 

(……だが、問題は『距離』だ)

 

傷口だけをピンポイントで焼くには、周囲の鱗による「魔力吸収」を避ける必要がある。必然的に、私は多頭竜(ヒュドラ)の首が降り注ぐ至近距離まで踏み込み、高精度で即時に魔術を放たなければならない。

そうなった場合、他の三人が決死の囮となって、私への攻撃を逸らす必要がある。もし囮がダメージを受ければ、後方のロキシーが即座に治療する。

これしかない。

当然、私自身もいつ噛み殺されてもおかしくない、極めて危険な立ち位置となる。ただでさえ、片目の視力をほとんど失っている私では対応できない可能性が高い。……決死の覚悟で挑むしかないだろう。

 

「ルディ……」

 

不意に、パウロの目が私に向いた。

彼は、疲労で淀んでいた目の中に、確かな熱を宿して私を見つめていた。

 

「お前は……本当に、頼りになる息子だ」

「……そういうお世辞は、多頭竜(ヒュドラ)を倒した後にしましょう。今は戦いに集中させてください」

「お世辞じゃねえ。……心から、本当にそう思ってる」

 

パウロはそう言うと、自嘲するように、歪に笑った。

 

「俺はお前みたいに、土壇場で冷静にもなれねえ。気の利いたアイデアも出せねえ。……ただ、がむしゃらに突っ込むことしか考えてなかったバカだ。本当に……」

 

パウロは続けた。

奥歯を強く噛みしめるように、悔しさと情けなさを隠さず、口元をひん曲げて。

 

「……ダメな親父だ。……息子のお手本には、一生なれそうもねえ」

 

彼の声には、悲壮なまでの「覚悟」が籠もっていた。

パウロは、射殺さんばかりの強い力を持った瞳で、私を真正面から射抜いた。

その目は、もはや迷える捜索者ではなく、命を懸ける戦士のそれだった。

 

「それを分かった上で、言わせてもらう。親が子に言うべき事じゃねえとは、重々承知してる。……だがな、いいか、ルディ」

「……はい」

 

私は彼の重圧を、真っ向から受け止めた。

 

「――死んでも、母さんを助けろ」

 

その言葉は、冷酷な命令ではなく、一人の男が、自らの命よりも重いものを息子に託した、絶叫だった。

私は一瞬、息を吸い込み――そして、静かに、けれど鋼のような確信を持って頷いた。

 

「……当然です。私はノルンとアイシャに、父さんと母さんとリーリャさんを三人揃って家に帰すと約束しました。『デッドエンド』を名乗る者として、その約束を違えることは、私自身が許しません」

 

約束を守れなければ、私を信じてくれたルイジェルドにも、剣の聖地で私を待つエリスにも、顔向けができない。

 

「よし、行くぞ!!」

 

パウロの号令と共に、私たちは再び光の魔法陣へと足を踏み入れた。




ここまでお読みいただきありがとうございます。
このルーデウスを殺せる者は、世界でも数少ないです。
魔石多頭竜(マナタイト・ヒュドラ)は間違いなくその一つで、ルーデウスにとって相性が最悪の相手です。
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