無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ロキシー
ルディが口にした、あまりに衝撃的な願い。
――殺して、と。
その一言を自分一人で抱え続けることは、私には不可能でした。
私は震える足で、タルハンドさんとエリナリーゼさんの元へ向かい、すべてを打ち明けました。
私の顔色は、よほど凄惨なものだったのでしょう。涙で顔が濡れているのが自分でも分かります。二人は私の姿を見た瞬間、冗談ではないことを察し、真剣な面持ちになりました。
ルディの言葉をありのままに伝えると、戦士として幾多の死線を潜り抜けてきた二人でさえ、言葉を失い絶句しました。
「……私は、一体どうしたら良いのでしょう。このままでは、ルディは本当にこの街で、死を選択してしまいます」
タルハンドさんは、苦渋に満ちた顔で視線を逸らしました。彼には、絶望を抱えたルディの気持ちが理解できてしまったのかもしれません。けれど、それを言葉にして肯定することはできませんでした。
「……儂も、長く生きてきた。戦場で、朽ちていく仲間を何人も見送ってきた。……だが、まだ十代の子供が、こうまで思い詰めるのを見るのは、初めてじゃ」
タルハンドさんは、そう呟いて拳を握りしめました。
「わたくしにも、覚えがありますわ。……長い間あの結晶の中で何も感じず、何も考えず……。目覚めた時、自分が何者だったのかすら分からなかった。誰から生まれたのか、何のために生まれたのかさえ……あの絶望は、味わった者にしか分かりませんもの」
エリナリーゼさんも、自らの過去を重ねるように目を伏せました。
沈黙を破ったのは、エリナリーゼさんでした。彼女はかつてないほど鋭い眼差しで私を見据え、突拍子もない問いを投げてきたのです。
「ねぇ、ロキシー。……貴方は、ルーデウスのことが好きでしょう?」
「エリナリーゼさん、今はそんな、ふざけている場合では……っ!」
「いいえ、ロキシー。わたくしは真剣ですわ。……そして、これが彼を現世に繋ぎ止めるための、唯一の劇薬になるかもしれませんの」
エリナリーゼさんが語った「アイデア」は、私たちからは決して出てこないものでした。
それは有効かもしれませんが、同時に『最悪』と言ってもいい手法でした。
「ルーデウスには、心に決めた婚約者がいます。……ロキシー、貴方はルーデウスからも、その婚約者からも、一生消えない恨みを買うことになるでしょう。最悪の場合、その婚約者に殺される可能性だってありますわ。……でも、わたくしには、もうこれしか思いつきませんの。……嫌なら、今すぐ忘れてくださいな」
残された時間は、もう数日もありません。
水さえ拒み、自ら命の火を消そうとしているルディ。
その夜、私の頭の中には、エリナリーゼさんが残した『呪い』のようなアイデアが、ずっと離れずにこびり付いていました。
Side: ルーデウス
死にたい。
いや、死ぬことが最も合理的だと思えてならなかった。
自分一人では、立ち上がることも、食事を摂ることもできない。
排泄物の世話すら他人に委ねなければならない。
その残酷な現実を突きつけられた時、私はこれ以上生きることは無意味だと結論を出した。
だから、私は水も食べ物も拒絶した。ただ静かに、命が消えるのを待つことにした。
――私は、失敗したのだ。
エリスとの約束も守りたかった。妹たちとの約束も守りたかった。
でも、両方を得られる実力がなかった。
これは欲をかいたことへの罰なのだろうか。
パウロに庇われることを拒否したこと、ゼニスの負荷を肩代わりしたこと、後悔がないといえば嘘になる。
だが、気づけば私は選択していた。
どちらかを見捨てたら、エリスにも、家族にも、顔向けできない。
父と母を安全なところに送りたくて、嘘をついた。
ロキシーとエリナリーゼとタルハンドがここに残ったことは計算外だった。本当は、ゼニスの安全を確保するために、あちらに同行してほしかった。
一人で死にたかった。
幸い、ゼニスは歩ける程度には回復していた。
他から見ても、少し精神が弱った程度に見える。少なくとも、転移魔方陣に近付くまでは護衛を雇うことも可能だろう。
自分が同行していたら、どうだろうか。
周りから、『そんな死にかけのガキは捨てていけ』と言われるに違いない。護衛の者たちにも命がかかっているのだ。当然の進言だと思う。
私は治癒魔術は聖級までしか使えない。
手足を一から生やすことも、視力を戻すことも、自力ではできない。ミリスに行って多額の金と時間を使えば治癒できるだろうか。龍神オルステッドであれば治癒できるだろうか。……いや、そもそも砂漠を超えてそこまでたどり着けるか?
――確証がないことに、タルハンドやエリナリーゼ、ロキシーの命を懸けるのか?
――自分が死ねば、彼らには何のリスクもないのに?
……今でも、時々分からなくなる。
杖を握る感触。魔力が指先から迸る、あの高揚。風を読み、地を歩き、誰かの顔を見て笑う。そういう、当たり前だったはずのものが、もう二度と戻らないという事実を、頭では理解していても、身体のどこかがまだ信じられずにいる。
目を閉じても、閉じていなくても、同じ闇しかない。それだけが、今の私にとって唯一「変わらない」ものだった。
エリスには、申し訳ないことをした。
彼女と並び立てるよう、そして並び立った自分を彼女が誇れるよう、私は高みを目指したかった。
でも、もう無理だ。今の私は、彼女の隣に立つことさえ許されない、不完全なゴミだ。
顔を合わせることもできない。謝る言葉を紡ぐ喉も、満足に動かない。
私の心は、もう完全に折れてしまっていた。
強くて、気高くて、美しくて、そして誰よりも優しいエリス。
彼女が今の私を見れば、きっと可哀想に思って、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるだろう。……彼女自身の持つ、輝かしい剣士としての才覚のすべてを犠牲にして。
……そんなことをさせる自分を、私は一生許すことができない。
ボレアス家の館で、魔大陸で、共に汗を流した日々を思い出す。彼女の剣の一振り一振りに込められた気迫。隣を歩くだけで誇らしかった、あの背中。
――もう一度だけ、あの声が聞きたかった。「ルーデウス」と、私の名を呼ぶ、あの真っ直ぐな声を。
だが、それを望むことすら、今の私には許されていない気がした。
もしシャリーアへ帰れたとしても、待っているのは地獄だ。
パウロやリーリャ、そしてまだ幼い妹たちに、この「肉塊」の世話をさせるつもりか?
彼らには、これから回復していくゼニスの支えにならなければならない役割がある。ゼニスはまだいい。彼女の『負荷』の大部分は、私の正常な回路と交換した。時間をかけて身体と回路が馴染めば解決する。呪いや神子化は、高度でかつ繊細だ。その一部を自分に擦り付けて壊した。徐々に自壊するだろう。
一方で、自分は――。
一生このままだ。視力や四肢が自然に回復することはない。引き受けた負荷は、人族の容量を優に超えている。まともに喋れもしない。失った四肢の幻肢痛に呻くだけの、家族の負債。
自分が消えることが、家族にとっての最大利益。
それが、私の導き出した結論だった。
ノルンとアイシャの顔が浮かぶ。兄と呼ぶ声。あの家で交わした、他愛のないやり取り。
――あの子たちに、こんな姿を見せたくない。せめて記憶の中の私だけは、まだ両手両足があって、生意気な口を叩ける兄のままでいてほしかった。
ロキシーやエリナリーゼ、タルハンドをいつまでもこのラパンに拘束し続けるのも、心苦しかった。
特にエリナリーゼには、シャリーアで待つクリフがいる。彼女を早く、愛する人の元へ帰してあげたかった。
だから、ロキシーに頼んだ。
こっそり、私を殺してほしい、と。
先生なら、証拠を残さず、苦しませずに私を『処理』してくれるはずだと信じて。
だが、先生は私の願いを聞くと、泣きながら部屋を出ていった。
あの時の沈黙が、今も耳の奥にこびりついている。彼女がどんな顔をしていたのか、私には見えなかった。それが、せめてもの救いだったのかもしれない。
もう、何日も何も口にしていない。
生命維持のためのエネルギーが枯渇し、意識が遠のいていく。死は、もうすぐそこまで来ている。
不思議と、恐怖はなかった。ただ、身体の輪郭が少しずつ溶けていくような、奇妙な浮遊感だけがあった。
最後に、最後にもう一度だけエリスの顔が見たかった。もう、私の両目には、光の一片すら映らないけれど。
そうして、ただ闇の中で停止を待つ私のもとに、ロキシーがやってきた。
――想像を絶する『武器』を携えて。
Side: ロキシー
エリナリーゼさんの提案した方法は、あまりに常軌を逸したものでした。
成功する保証などどこにもなく、むしろルディをさらに精神的に追い詰める結果になるかもしれない。
倫理的にも、道徳的にも、そして『師匠』という立場からも、決して許されることではないでしょう。
――けれど、私は薄着に着替え、ルディの部屋へと向かいました。
魔術の理論も、今まで積み上げてきた技術や知識も、今の私には何の役にも立ちません。
扉の向こうにいるのは、私が全幅の信頼を寄せていた無敵の魔術師ではなく、ただの傷ついた弟子なのです。
――両目の視力を失ったルディ。
――ですが、彼なら、微かな衣擦れの音や気配で私が部屋に入ったことには気づいているはずです。
婚約者の存在を知った時は、心を引き裂かれるようなショックでした。
私は、ルディが好きです。
死の淵で彼に助けられたとき、その圧倒的な存在に、一瞬で恋に落ちてしまった。
けれど、彼には彼が愛し、彼を愛する人がいる。
だから、自分の気持ちは胸の奥底に、永久に封印しようと決めていたのに。
――ルディは、何も言いません。ただ、暗闇を凝視するように、焦点の合わない瞳を虚空に向けている。
――私は、湿った重い沈黙を裂くように、静かに彼のベッドへと昇ります。
――私の気配が、湿度が、いつもの看病とは違うことに気づいたのでしょう。
――ルディの細くなった身体が、恐怖か困惑か、獲物を前にした小動物のように微かに強張るのが伝わってきます。
諦めきれませんでした。
迷宮を攻略している間、ずっと彼の広い背中を追っていました。
守られるばかりの師匠など失格だと自嘲しながら、この人のためなら命だって、プライドだって、積み上げてきた人生のすべてだって差し出せると思ってしまいました。
――私は、ルディの冷たくなり始めた身体を、壊れ物を扱うように、けれど逃がさないように強く抱きしめました。
――私の心臓は、限界を超えた魔道具のように早鐘を打っていて、指先が惨めに震えています。
――あいにく、私だって初めてなのです。
――あるのは、教科書に載っていない不確かな知識だけ。
――昔、ブエナ村でパウロさんたちの営みを覗き見て、顔を真っ赤にしていた……あの日の記憶を、必死に手繰り寄せます。
愛する人が、今、私の腕の中で死にたがっている。
私に「殺して」と言ったとき、私は自分でも驚くほど泣いてしまいました。
そんな残酷なこと、できるわけがない。私は貴方に、この愛を伝えられていないのに。
――ゆっくりと、皮膚の熱を重ねていきます。
――ルディは、ただ戸惑ったまま、闇の中で溺れるような呼吸を乱しています。
――もし彼が元気な時なら、もっとスマートに拒絶されていたでしょう。
――今の衰弱したルディの体力では、私の身勝手な行動を拒むことはできない。それは分かっていました。
――……ええ、分かっています。私は、教え子の弱みに付け込む、最低に卑怯な女です。
婚約者のエリスさんには、一生かけても詫びきれません。
いつか彼女に、この罪を……この掠奪を咎められて殺されても、文句は言えません。
――彼が拒絶できる力が無いことを利用して、私は事を進めました。
――それは禁断の、恩師という仮面を剥ぎ捨てた裏切りの行為。
――けれど、私の肌に触れる彼の震える熱は、あまりにも甘美で、狂おしいほどに私の本能を焼き焦がしました。
でも……。
いないじゃないですか。
今、この絶望の底で、暗闇に怯えるルディを救える可能性が。
恥を忍んで、罪を背負って、汚泥を啜ってでも彼を現世に引き戻せるのは、私しかいない。
――甘い時間は、感覚を麻痺させるように溶けていきました。
――どれほどの刻が流れたのか、私には分かりません。
――ただ、静かな部屋には、自分のものとは思えないほどの、熱に浮かされた嬌声と、縋り付くような激しい呼吸だけが木霊していました。
ルディが助かるなら、私は地獄に落ちたっていい。
ルディが一番助けてほしいときに、そこにいない彼女が悪いのだと。
そう、醜く歪んだ自分に言い聞かせ、爪を立てながら。
――すべての営みが終わり、私は荒くなった息を整えながら、彼を見つめました。
――ルディの、途切れ途切れの、今にも消えてしまいそうな震える戸惑いの声が聞こえます。
「……先、生、どう、し。て……」
私は、彼をこの世界に繋ぎ止めるための、これ以上ないほど「最悪の脅し」を……呪いの言葉を口にしました。
「……ルディ。もし貴方が死ぬというのなら、私も。……私は、今宿ったかもしれないこの子と共に、すぐに貴方の後を追います。独りで死ねるなんて、思わないでください」
私の身勝手な脅迫。
その翌日から、ルディは再び、水や食べ物を口に運ぶようになりました。
まるで、一度空っぽになった自分の「器」に、再び魔力を充填しようとするかのように。
それまでは死人のように横たわっているだけだったルディが、起き上がり、独りで深く考え込む時間が増えました。そして、誰もいない時を見計らって、不自由な口で必死に「喋る練習」を繰り返していました。
最初の数日は、単語一つ紡ぐだけで消耗し、荒い息を吐いていました。それでも、彼は決して練習をやめませんでした。私は扉の外でその声を聞くたびに、複雑な想いで胸が締め付けられました。罪悪感と、そして――彼が生きようとしているという、確かな安堵と。
数日が経ちました。ルディの体内の魔力残量は、全盛期に近いところまで戻っているようでした。
エリナリーゼさんとタルハンドさん、そして私が揃って部屋を訪れた時。
ルディは包帯の巻かれた顔をこちらに向け、はっきりと告げたのです。
「……み…………な、さ……ん。お……、ねがい、が……あり、ま……す」
かつて「殺してくれ」と頼まれた時の戦慄が蘇り、背筋が凍りつきます。
けれど、ルディが紡いだ言葉は、私たちの予想を根底から覆すものでした。
「……も、ういち、ど……めい、きゅう……へ。つれ…………て、い。……ってくだ……さ……い」
手足もなく、両目も見えず、満足に動くこともできないルディを連れて。
斥候であるギースさんも、アタッカーであるパウロさんもいない、この少人数のパーティで、再び『転移の迷宮』へ挑む。
それは、客観的に見れば自殺行為にしか思えませんでした。
「……お待ちなさい、ルディ。正気ですの?貴方は、立つことすらできませんのよ」
エリナリーゼさんが、思わず声を荒らげます。
けれど、ルディの声には、以前のような絶望の響きはありませんでした。
そこには、明確な目的を計算し尽くした、強固な意思の力が宿っていました。
エリナリーゼさんも、タルハンドさんも、あまりに無謀な申し出に渋り、顔を曇らせます。
迷宮までの移送は、傭兵を雇えば可能でしょう。ですが、迷宮の中――あの魔物が蠢く深層まで付き合ってくれる者など、この街にはいません。必然的に、私、エリナリーゼさん、タルハンドさんの三人で彼を守りながら進むことになります。
「儂らだけで、あの階層まで戻ると言うのか……。無茶にも程がある」
タルハンドさんが唸るように言うと、ルディは静かに首を振りました。
「……み、……ち。は……もう……わ、かって……い。ま……す。もの……ば、しょ……も。もう…………とお……ら……ない」
道はすでに分かっている。未知の敵に遭遇する確率は低い。……そう言いたいのでしょう。
タルハンドさんは、「これがルディの最後の願いだというのなら……」と、重い腰を上げました。
エリナリーゼさんは、戦闘によって私やタルハンドさんの命を危険に晒すことを最後まで懸念していましたが、そこでルディが動きました。
彼は自らの身体から、かつて私があげた杖を顕現させると、それを不自由な口で器用に咥えました。
そして。その先端から、精密に制御された『
「……照準……、だけ……。……おね、が……い……」
確かに、あの迷宮の魔物なら、ルディの規格外の魔術があれば一撃で葬れます。
私たちの役割は、彼の「砲台」としての死角を補い、敵の座標を伝えること。
その合理的な戦術の提示に、エリナリーゼさんもついに頷きました。
「……分かりましたわ。ただし、少しでも危険だと判断したら、即座に撤退しますわよ」
「……わか、っ……て。い……ま……す」
Side: ルーデウス
視界は漆黒。揺れる担架に身を預け、私は再び『転移の迷宮』の入り口にいた。
私を運んできた傭兵たちは、あからさまに「この哀れなガキは、迷宮を自分の墓場に選んだんだな」と嘲笑と同情の入り混じった視線を向けていたのだろう。私には見えないが。
あいにく、そのつもりはない。
成功確率は、高くないだろう。
だが、私はもう死を待つことをやめた。最後の最後に、賭けに出ることにした。
ロキシーのあの呪いのような脅し。私が死ねば、彼女も、そして生まれてくるかもしれない私の子供も消える。
……私は何としても、この身体を修復しなければならない。そう覚悟を決めたとき、一つの案が待っていたかのように舞い降りてきた。
タルハンドの背に括り付けられ、私たちは迷宮の中へはいった。
「ルディ!前方三時の方角に、イートデビルが十体です!」
「……了……解」
ロキシーが私の頭に手を置き、敵の座標を教える。
エリナリーゼは、不測の事態に備えて盾を構え、私たちの周囲を固める。
私は口に加えた杖に、魔力を最大で充填した。
『
――バチィィッ!!
前方広範囲を塗りつぶす高電圧。
魔力の節約など、今の私には必要ない。
前の探索で卵を全滅させていたことも幸いし、私たちは驚くほどスムーズに階層を突破していった。
視覚を失った今、私が頼れるのは聴覚と、魔力を通じた空間把握だけだ。タルハンドの足音、ロキシーの息遣い、エリナリーゼの盾が擦れる音。それらを統合し、脳内に簡易的な三次元地図を構築する。目という「センサー」を失っても、他の感覚から再構成すればいい。パウロやギースがいた頃とは違う、この三人だけの、静かで研ぎ澄まされた連携が、迷宮を駆け抜けていった。
そして。
私たちは、あの血塗られた守護者の間――
鼻を突く、濃密な血の臭い。
だが、奇妙なことに気づく。
かなりの時間が経過しているにも関わらず、死体は腐敗の兆候を見せていなかった。
本体としての脳死は迎えていても、細胞一つ一つが魔力を帯びて生き続けている。恐るべき生命力だ。
「……下、ろ……して、くだ……さい」
タルハンドさんに頼み、私は死骸のすぐ傍に身体を横たえた。
足の感覚はない。腕も、肩から先はない。
私は這いずり、血の臭いが最も濃い、まだ温熱を帯びた
これから行う「行為」には、一つだけ不確定要素がある。
(――ならば、強制的に親和性を高めるしかない)
私は、
自らの顔が、口内が、鮮血で汚れるのを厭わず――力一杯、齧り付いた。
「ルディ!?な、何を……何を食べているのですか!?」
「ルーデウス!!病気になりますわよ、今すぐやめなさい!!」
ロキシーとエリナリーゼの悲鳴。
止めてくれるな。
もうこれしか、私には思いつかなかったんだ。
欠損した部位をゼロから再生させる治癒魔術を、今の私は持ち合わせていない。
ならば、失った四肢を、この場にある最高級の素材で「代替」するしかない。
ロキシー先生。
あなたは、私が以前に送ったあのレポートを、読んでくれていたはずだ。
【
物質を魔力化し、魔術として肉体に融合させる。先生に頂いた杖を時間をかけて身体に馴染ませ、現在では体内に取り込むことに成功した。必要に応じていつでも腕から取り出すことが可能であるが、出し入れには魔力を消費する。(『ロッド』という魔術を新たに開発し、使用する感覚)ただし、取り込んだ物質の質量分だけ体重が増えるデメリットと、不純物が混ざるリスクがあるため、情報の明確化が必要。『理論上、生物同士の融合も可能』だが、これは倫理的な問題が大きすぎると考えている。
ここまでお読みいただきありがとうございます。自分ルールを変えて、今日だけ3話投稿です。
運命の強いルーデウスですが、因果の救いの手を自ら拒みました。
救えるのは、同じく強い運命の持ち主だけだったのでしょう。