無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
剣の聖地での嵐のような時間が過ぎ、翌朝。
私はエリスとの再会と、新たな誓いを胸に、この地を後にすることにした。
ロキシーとシルフィも、昨夜の祝宴を通じて門下生たちとすっかり打ち解けたようだ。別れ際、ニナやイゾルデたちが名残惜しそうに二人の手を握っている光景は、剣士の地らしからぬ温かさに満ちていた。
ロキシーがニナに、分厚い手製のノートを手渡しているのが見えた。文字の読み書きが不得手な門下生のために、彼女がこの数日で急ごしらえした「魔術基礎講座」の教材だという。教育者としての矜持は、こんな辺境の地でも変わらないらしい。
「エリス。これを、渡しておきます」
私は旅立ちの直前、一冊の冊子を彼女に手渡した。ノルンが作り上げた、ルイジェルドの功績を記した絵本だ。
「ルイジェルドの?……ああ、どれだけ凄い戦士か、ここに書かれているのね」
エリスは宝物を受け取るように、大切に胸に抱えた。それを見た門下生たちが「何が書いてあるんだ?」と群がってくる。
だが、この聖地の剣士たちの識字率は、残念ながらお世辞にも高いとは言えない。だからこそロキシーの教材があれだけ分厚くなったのだが。
「えっ……。あ、その……。自分で読みなさいよ!!」
読めと迫られて赤くなって戸惑うエリス。識字率を高めるためにも、文字を覚える教材を絵本の付録につけても良いかもしれない。
エリスの様子を微笑ましく見守りながら、私は剣神ガル・ファリオンと水神レイダ・リィアに改めて礼を述べた。
「エリスを……よろしくお願いします」
「ハッ、言われなくても死ぬ気で扱いてやるよ。……あばよ、雷鳴」
私たちは雪原を蹴り、再び魔法都市シャリーアを目指して空へと舞い上がった。
シャリーアへ帰還した私は、まずパウロをはじめとする家族全員を集め、剣の聖地での顛末を報告した。
エリスが、ロキシーを正式に妻の一人として認めてくれたことには、全員が心からの祝福を贈ってくれた。
だが、シルフィに関する「追加条項」を伝えた瞬間、リビングには絶妙な静寂が流れた。
唯一、素早くその沈黙を破ったのはアイシャだった。
「つまり、お嫁さんが増えるってことだよね?……もしかして私にもチャンスある?」
場違いなほど意外な呟きに、張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。リーリャだけは力強く頷いている。
「……つまり、エリス嬢ちゃんとシルフィが決闘をして、シルフィは負けはしたけれどその実力を認められ、第三の妻候補として正式に承認された……ということか?」
パウロが、呆れを通り越して感心したように呟く。ゼニスはロキシーを通じて「(賑やかになって良いわね)」と呑気な念話を送ってきた。敬虔なミリス教徒であった母にも変化があったようだ。
正直、一番驚いているのは私だ。エリス・ボレアス・グレイラットという女性の器は、私程度では到底測りきれない。シルフィを「戦力」を評価して配下に……いや、身内として迎え入れるその決断力。私も見習った方が良いだろうか。
シルフィが嬉しそうに私の隣で耳を赤くしているのを見て、こちらまで照れてしまう。ノルンだけは「ミリス教徒としては……複雑です」と頬を膨らませていたが、それでもシルフィの幸せそうな顔を見て、最後には小さく微笑んでいた。
学園生活へ戻り、私はまずクリフに状況を報告した。
「……ルーデウス。君は本当に……」
ノルンと同様、敬虔なミリス教徒である彼は複雑な表情を見せたが、エリナリーゼが「シルフィが幸せなら、わたくしは文句ありませんわ」と彼を優しく宥めてくれた。
アリエル王女に至っては、自分のことのように喜んでくれた。
「シルフィが望む未来を勝ち取ったのですね。素晴らしいわ。……彼女からは以前、夜な夜な相談を受けていましたのよ?」
(……あのアリエル王女が恋愛相談の窓口になっていたとは。政治的な借りを作らされていそうで少し怖いが)
ザノバは「師匠の血脈の維持は義務!流石ですな!!」と、実に王族らしいドライな視点で寿いでくれた。
環境が整ったところで、私は遅れていたナナホシの研究への注力を再開した。
研究室の中央には、ナナホシが数ヶ月の沈黙を経て改良を重ねた巨大な魔法陣が設置されていた。
A2サイズの紙に描かれた術式が、なんと百枚も多層化されている。私がかつて提案した理論を、彼女なりに泥臭く数式化した結果だ。
私は土魔術で作成した強固な額縁にその束を固定し、縁には外部からの干渉を遮断する 結界魔術を精密に彫り込んだ。
「準備はいいか?ナナホシ」
「ええ……」
彼女の両隣には、実務で協力したザノバとクリフも固唾を呑んで見守っている。
私は回路の接点に右手を置き、魔力を一気に流し込んだ。
(…… 消費魔力が、これまでとは桁違いだ)
魔法陣一枚につき、上級魔術一発分に相当する膨大なエネルギーが吸い取られていく。私でなければ、起動の瞬間に意識を喪失していただいてもおかしくない負荷だろう。
百枚の魔法陣が順次励起し、光の層が最高潮に達したその時――。
――ゴトンッ。
光の渦から、鮮やかな緑色の球体が床に転がり落ちた。
「……これは、スイカか?」
『記憶』のデータベースにある、夏の風物詩。
この世界には存在しない、異世界の植物。
つまり、特定座標からの物質転送実験は、完全な成功を収めたのだ。
(……百層の魔法陣は、単純な直列の積み重ねではない。各層が前段で生じた「誤差」を打ち消し合うよう設計された、一種のフィードバック制御だ。ナナホシの数式化は泥臭いが、原理そのものは恐ろしく的確だった)
「……やった……。やったわ、ルーデウス!!」
ナナホシの顔が、久しぶりに見る歓喜の赤に染まった。
私たちは手を取り合い、この歴史的な成功を祝うための祝宴をその日の夜に開催することを決めた。
祝宴の席。ナナホシは意外にも酒癖が悪かった。
決して酒には強くはないはずなのに、「帰れる、帰れるんだわ!」とはしゃぎながらエールを煽っている。私は彼女が急性アルコール中毒を起こさないよう、密かに解毒魔術のスタンバイをしていた。
最近のナナホシは、原因不明の体調不良に悩まされているようだったので、心配が尽きないのだ。
リニアとプルセナも誘ったが、彼女たちは卒業式の準備で多忙を極めているらしく断られた。バーディガーディも誘いたかったが、いつのまにか行方不明になってしまっているらしい。心配はしていない。あの魔王ならどんな状況に陥っても問題ないだろう。
「ボス!あちしたち、ついに卒業生代表になったニャ!」
「お肉を供えるなら今のうちなの」
不遜な態度は相変わらずだが、実力はしっかりと伴っているようだ。
祝宴には、ザノバとジュリ、クリフとエリナリーゼ。そしてシルフィとノルンが顔を揃えていた。
シルフィも少し酒が入っているが、彼女が酔うとテンションがおかしくなるため、周囲は生温かい目で見守っている。
私は、竜の細胞による強力な代謝機能のせいか、どれだけ飲んでも全く酔うことができなくなっていた。
(毒物耐性テストの結果通りだ。生肉を喰らい、魔物の血を飲んでも腹を下さない……。味覚が以前のままであることだけが救いか)
ロキシーは、次期からの教職就任の準備で残念ながら欠席。
私は持ち帰ったスイカを手際よく切り分け、皆に振る舞った。
「甘い……。こんな不思議な果実、初めて食べた……」
ノルンが驚き、皆が味と感触を味わう中。
「師匠!これほど瑞々しい未知の果実……!是非とも造形のモチーフにさせていただきたく!」
ザノバが早速スケッチブックを取り出し、齧りかけのスイカの断面を熱心に描き写し始めた。
「……ザノバ、食べる前にまず書くのか?」
「無論!美は記録してこそ真の価値が生まれるのだ!」
クリフの呆れた声も意に介さず、ザノバは筆を走らせ続けていた。
その様子に、ナナホシが私の隣に腰を下ろした。
先ほどまでの狂騒が嘘のように、彼女の顔は青白く、呼吸も浅い。
私は無言で、彼女の体内に溜まったアルコールと疲労物質に解毒魔術を流し込んだ。
「……ありがとう、ルーデウス。助かるわ」
彼女は弱々しく微笑むと、確かな決意を込めた目で私を見た。
「……次の段階、第四段階へ進む準備ができた。次は物質の『詳細な指定』のプロセスに入る」
「いよいよ、本番だな」
「ええ。でも既存の術式だけじゃ、理論が足りない。……だから、あの人に会いに行こうと思うの」
ナナホシの口から出たのは、この世界の歴史に刻まれた伝説の名だった。
甲龍王ペルギウス。……四百年前、魔神ラプラスを封印に追い込んだ≪魔神殺しの三英雄≫の一人の名だった
伝説の五龍将が一、甲龍王ペルギウスが座す空中城塞ケィオス・ブレイカー。
そこへ向かう一行の人数は、当初の想定を大幅に上回る規模となっていた。
発起人であるナナホシと私に加え、まずザノバとクリフが同行を強く志願した。エリナリーゼは「愛しい旦那様を一人で危険な目に遭わせられませんわ」と、当然のようにクリフの付き添いとして加わった。
そして最も想定外だったのは、アリエル・アネモイ・アスラ王女である。
「ペルギウス様はアスラ王国にとって、建国の象徴とも言える重要人物。隠遁されて久しいとはいえ、その影響力は依然として宮廷の深層に根を張っています。王位を目指す身として、一度はお目にかかり、顔を繋いでおくのが最善の判断でしょう」
アリエル王女が動くとなれば、その盾であるシルフィとルークの同行も確定した。
ロキシーも「ルディの師匠として挨拶を……」と意欲を見せていたが、あいにく新学期の授業準備と重なり、断念せざるを得なかった。魔法大学の講師として務めることになったのだ。ノルンもまた、アリエル王女不在の生徒会を回すため、今回は残留を選択した。
私たちは魔法都市シャリーアから馬車を走らせ、一時間ほどの距離にある森の遺跡へと向かった。
馬車を降り、足場の悪い未舗装路を歩く。
木漏れ日が差し込む獣道を進むにつれ、空気の密度そのものが変わっていくのを感じた。魔力を帯びた霧が足元に薄く這い、まるで結界の内側へと踏み込んでいくかのような感覚がある。
先頭を行くナナホシは、大きな荷物を背負い、体調不良も重なってか足取りが危うい。私は無言で歩み寄り、彼女の荷物を肩代わりした。
今の私の肉体は、以前のように闘気を纏おうとすれば、人が残っている部分の神経に鋭い痛みが走る不具合が残っている。だが、竜の細胞を組み込んだこの身体は、素の膂力だけでも人族の限界を遥かに超えている。この程度の質量、誤差のようなものだ。
(空中城塞……。重力制御魔法陣による永続浮遊なのか、あるいは巨大な魔力結晶を動力源とした推進機関なのか。その構造を知るのが楽しみだ)
ナナホシは「ペルギウスは知識に対して極めて貪欲よ。手ぶらで行くより、あなたの研究成果を持っていった方が気に入られるはずだわ」とアドバイスをくれた。
アドバイスに従い、私はこれまで積み上げてきた膨大なレポートを鞄に詰め込んでいた。
遺跡に到着したが、そこには予想していたような固定式の転移魔法陣は見当たらなかった。
ナナホシはおもむろに、音の鳴らない特殊な笛――超音波発信器の類だろうか――を取り出し、空へ向かって吹いた。
「迎えが来るまで少し時間がかかるわ。……クリフ、エリナリーゼ、分かっているとは思うけれど、あのお方に馬鹿にされても怒鳴り散らしたりしないで。交流ができなくなるどころか、命も危ないから」
「……善処しよう。僕だって、伝説の英雄の前で子供じみた振る舞いはしないさ」
クリフが緊張した面持ちで頷く中、ザノバは「空中城塞に飾られた古代の彫像……。ああ、師匠!余は芸術の極致を拝見できると思うと、震えが止まりません!」と鼻息を荒くしている。
実は私も、そこは楽しみの一つだった。研究の合間、私はザノバと共に彫像の歴史について深く学んできた。ザノバは私の自作フィギュアをペルギウスに見せるつもりらしく、別の意味での大荷物だ。私の、趣味と実益を兼ねた造形が、四百年以上生きる王の審美眼にどう映るのか、些か不安ではあるが。
「――来たわね」
ナナホシの呟きと同時に、空間が微かに歪んだ。
不意に出現したのは、キツネの面を被った、純白の衣装を纏う人物。
かつてロアの異変の際に遭遇した、光輝のアルマンフィ。
以前は結界の維持に必死でじっくり観察できなかったが、よく見るとその構造の美しさに目を奪われた。
(……召喚魔術によって形を固定された、高度な情報生命体か?造形としての比率が完璧だ。実に彫刻のモデルとして優秀だな……)
アルマンフィは仮面の奥から私たちを睥睨した。
「……多いな、随分と」
「十二人までは許可されているはずよ。問題ないわ」
ナナホシが淡々と交渉を進める。アルマンフィの視線が、最後に私で止まった。
「……貴様。……人族か?我が主は、魔族の入城を極めて嫌っておられる。魔族であれば、ここで立ち去れ」
「……両手両足、そしてこの眼が、竜の細胞に置換されています、元は人族です。ルーデウス・グレイラットと、申します」
まだ少し不自由な喉で回答する。
アルマンフィは「ふむ……」と暫く沈黙していたが、やがて「……よかろう。竜の血族であれば、主の不興を買うこともあるまい」と納得した。
彼は私たちに、複雑な幾何学文様が刻印された金属の棒を手渡した。
「それを持て。術式を起動する」
私は渡された金属棒の意匠を瞬時にスキャンした。これ自体が高度な魔術具であり、刻まれた文様は空間座標を固定するための複雑な魔法陣だ。芸術品としても一級の、非の打ち所がないデザイン。
金属棒が予熱を開始し、熱を帯びた――。
その瞬間。
私以外のメンバーが、光の粒子となって消失した。
(――ッ!私だけ、転移が弾かれた……!?)
理由の特定は容易だった。私の体内に蓄積されている魔力量が、転送容量を超えてしまったのだろう。
「……さすがに、置いて行かれるのは、困る」
私は金属棒の文様に、自らの魔力を流し込んだ。
回路の閾値を強引に引き上げ、魔力障壁を中和する逆位相の波形を注入する。
即座に光が私を呑み込んだ。
転移が完了するまでの僅かな時間。
意識が空間の隙間を滑走する中で、私は見た。ベガリット大陸では観察が足りなかった景色。
全方位を埋め尽くす、純白の虚無。
かつて
私が、いつか必ずその扉をこじ開けようと誓った、あの世界の座標を。
数秒のホワイトアウトを経て、私は巨大な魔法陣の中心へと降り立った。
足元には、最高級の大理石を思わせる滑らかな石材。そこに深く彫り込まれた術式回路には、淡い光を帯びた魔力が「水」のような流体となって循環している。
新しく竜の右目へと定着させた
(……美しい。なんと合理的で、洗練された魔法陣だ。空間を固定するための多重並列回路が、ノイズ一つなく最適化されている)
私がその芸術的な魔力流に見惚れている間、背後ではアリエル王女やルークたちが、自分たちが雲を遥か下に見下ろす絶高の高度にいる事実に、言葉を失い震えていた。私やシルフィは自力で空を飛ぶため、この光景も「いつもより高い高度」として処理できていたが。
そこへ、一人の女性が音もなく姿を現した。
顔には白い鳥を模した無機質な仮面。背中には、漆黒の巨大な翼が見える。
「皆様。本日はよくぞおいでくださいました。私はペルギウス様の第一の僕、空虚のシルヴァリルと申します。皆様を空中城塞ケィオスブレイカーへと、ご案内させていただきます」
「……自分は、こちらにおわすアスラ王国第二王女の騎士、ルーク・ノトス・グレイラットと申します。……麗しき案内人殿、以後お見知りおきを」
女性慣れしているルークが真っ先に(そして不必要に優雅に)挨拶を返した。王女を差し置いての行動はどうかと思うが、彼なりの緊張の裏返しだろうか。アリエル王女も落ち着きを取り戻して自己紹介を行い、続いて私たちも一人ずつ名を名乗った。
竜人化に伴う身体の不自由さはリハビリで克服しつつある。私は不自然に見えぬよう、最大限の礼節を込めて頭を下げた。
案内された城への道中、私とザノバは交互に溜息を吐き出すことになった。
門も、通路も、手すり一本に至るまで、それ自体が巨大な一つの彫像のようだった。壁面に刻まれた微細なレリーフ一つ一つでさえも、黄金比に基づいた完璧な構図だ。
クリフとエリナリーゼも、思わず足を止めては互いに顔を見合わせていた。普段は皮肉屋のクリフでさえ、ここでは軽口一つ叩けずにいるようだった。
「……これは、冥龍王マクスウェルの手による建築物です」
シルヴァリルの解説を聞き、ザノバと私は顔を見合わせた。
「なっ、冥龍王マクスウェル!?伝説の建築師にして造形神ではありませんか!!師匠、これは……これはもう、一歩歩くたびに寿命が延びる思いです!!」
ザノバの興奮はすでに臨界点に達していた。
巨大な城門を潜った瞬間。
私の身体を、微かな静電気のような刺激が通り抜けた。シルフィも僅かに身震いしている。
シルヴァリルが立ち止まり、私たちを振り返った。
「……ルーデウス様、シルフィエット様。一つお聞きします。貴方方は――『
一行の空気が凍る。
「……なぜ、その質問を?」
「その名を聞くだけで激昂し、暴れられてはたまりませんので」
私は包み隠さず、正直に答えた。
「……あります。
シルヴァリルは仮面の奥で私の瞳をじっと覗き込み、「……よろしい。先へ進みましょう」と歩みを再開した。
謁見の間へと続く回廊は、まさに「神の宝物庫」だった。
並べられた美術品の数々。クリフは極度の緊張からエリナリーゼの手に縋り付いてガチガチに固まっており、アリエル王女は自身の旅装が非礼にあたらぬか気に病んだのか、上着の皺を必死に伸ばしていた。
重厚な扉が開かれ、私たちは最奥の広間へと足を踏み入れた。
赤いビロードの絨毯が敷かれた玉座。その両脇には、白い衣装を纏い仮面を被った十一人の眷属たちが、彫像のように直立している。
そして。玉座に座るその男は、空間の支配権をその身に宿していた。
輝かしい銀髪。射抜くような金色の三白眼。
紛れもなく、≪魔神殺しの三英雄≫一、甲龍王ペルギウス。
その峻厳な雰囲気は、どこか龍神オルステッドを彷彿とさせた。
「そこでお止まりください」
シルヴァリルの制止を受け、私たちは一斉に礼を執った。アリエル王女は立ったままの気高い礼。ルーク、シルフィ、そして私も、その場に片膝を突いて跪いた。
「我が『甲龍王』ペルギウス・ドーラである」
「お久しぶりです、ペルギウス様。……約束通り、最新の成果を持って戻りました」
ナナホシが、彼女にしては珍しく最敬礼の態度で言葉を紡ぐ。
「ナナホシか。……戻ってきたということは、異世界からの『召喚』について、我が好奇心を満たす解を得たということだな?」
「はい。……私の理論だけでは行き詰まっていましたが、彼の協力により、第四段階への扉が開きました」
ペルギウスの視線が、ナナホシを通り過ぎ、私を捉えた。
「『魔』が混じっている者がいるな……。お前は、何だ?」
全身をスキャンされるような、鋭利な重圧を感じる。
「……お初に、お目にかかります。ルーデウス・グレイラット、と申します。訳あって、四肢と両眼を、竜の組織へと置換しておりますが……。元来の種族は、人族です。『人もどき』、といったところでしょうか。もし、お見苦しいようであれば、即刻退出致します」
「ルーデウス・グレイラット……」
王は私の名を反芻し、僅かに眉を動かした。
「『魔』が混じっていることには、この際目をつぶろう。……しかし貴様。貴様をここへ転移させるのには、少々骨が折れたぞ。……本来、我が転移術式は、己の容量を超える者を運ぶようには設計されていない」
ペルギウスは不機嫌そうに、けれどどこか愉快そうに鼻を鳴らした。
「貴様の魔力質量は、あの忌々しきラプラスを彷彿とさせる。貴様が本気で抵抗すれば、我でさえ転移を失敗していたところだ。……しかも貴様、生意気にも術式を助力したな?」
「……お手を煩わせることは、本意ではありませんでしたので」
「よい。だが、その強大な魔力を城内で無闇に振るうな。……我は賢しき者を好む。貴様が竜と混ざり合うに至ったその技術体系には、我も興味がある」
私は好機と判断し、これまでの研究成果を纏めた分厚いレポートをシルヴァリルに預けた。
無詠唱の習得論、
ペルギウスは受け取ったレポートをパラパラと捲り、その内容の異質さに目を見開いた。
「……ほう。ざっと見ただけでも、既存の魔道学を根底から疑うような記述ばかりだ。面白い。今晩、じっくりと査読させてもらおう」
王の満足げな様子に、私は胸を撫で下ろした。
「この知識には価値がある。褒賞が必要だろう。望むものは何だ?金か、それとも強大な力か?」
「……今のところ、個人的な金銭的な望みは、ありません。私の願いは、ナナホシの研究の、延長線上にあります。……将来的に、解けない難題にぶつかった時、どうか貴方の智慧を、お貸しいただければ、それ以上の報酬はありません」
「ふむ……。あくまで対等な『知の交換』を望むか。良い心がけだ。他にはないのか?」
「……願いを聞いて頂ける、のであれば。この城にあるカオス様、あるいは、マクスウェル様の芸術品を、隅々まで拝見したく存じます。……造形を学ぶ者として、抑えきれぬ関心が、あるのです。……可能であれば、そこのザノバも共に」
背後でザノバの「鼻息」が音となって響き始めたため、付け加えた。
ペルギウスの視線がザノバに移る。
「貴様は、シーローンの王子か。王権争いの後ろ盾でも望むのか?」
「いいえ!権力など、人形の美しさに比べれば塵芥に等しい!!」
ザノバは懐から、魔法都市シャリーアの廃屋で見つけた自律人型の設計図を差し出した。
そこに記された狂龍王カオスの紋章。
「知っている。カオスか……。奴は数十年前に物故した。偏屈な男だったよ」
王の言葉に、ザノバは「そんな……ッ!!直接教えを請うことは叶いませぬか……!」と膝を突いてうなだれた。
「だが、貴様。その紋章をどこで?」
「魔法都市の、呪われた屋敷で見つけた魔法人形の心臓部にございました!その技術は神業、人形を愛する者として、私はかのお方の理念に、崇拝にも似た共鳴を感じているのです!!」
ザノバの「狂気」に似た熱量。
それを見たペルギウスは、初めてニヤリと、悪戯な子供のように笑った。
「……よかろう。宝物殿にあるカオスの作品をいくつか見せてやる。……ルーデウスと共に、カオスの『変態性』を存分に味わうがいい」
「ありがたき幸せにございます!!」
ザノバと私、二人の造形師の声が重なった。
最後に、アリエル王女が進み出た。
「陛下。……アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラと申します。伝説の英雄にお会いできたこと、一生の誉れに存じます」
「アリエルか。……知っているとも。アスラの薄汚い継承争いに負け、無様に逃げ出しておきながら、泥沼の再戦を目論む愚かな王女だ」
ルークが怒りに肩を震わせるが、アリエル王女は完璧な微笑みを崩さなかった。
「……手厳しい。ですが、図星ですわ」
「その魂胆、透けて見えるぞ。我を味方に引き入れようとしているな?」
「いえ。……ただ、世界を救った英雄がどのような景色を見ておられるのか、一目拝見したかっただけにございます」
冷や汗を流しながら、答えるアリエル王女。
ペルギウスは彼女を暫く睨んでいたが、やがてその度胸を買ったのか、不敵に笑った。
「よかろう。チャンスをやる。我が城への滞在を許そう。……運命を掴み取ってみせよ、小娘」
アリエル王女が下がった後、王の金色の瞳がシルフィに向けられた。
「……護衛の長耳族か。そして――ルーデウス。お前の『妻候補』と聞いたが」
シルヴァリルの耳打ちを受け、ペルギウスの表情に僅かな不快感が混ざる。
「夫婦揃ってか……。……おい、貴様ら。一つ答えよ」
「……は、はい!! なんでしょうか!?」
シルフィが顔を真っ赤にして答える。
「――息子は、いるのか?」
唐突な、そして不可解な質問。
「え!?い、いえ、まだ……その、予定は……」
私も釣られて赤面し、首を振った。
「そうか。……もし、将来息子が生まれることがあれば。……必ず我が元へ連れてくるが良い。我が自ら、名を授けてやろう」
「……は、はぁ……」
不気味な笑みを浮かべるペルギウス。
なぜ、私たちの未来の血筋に、これほどの関心を示すのか。
その意図を私の眼では弾き出せぬまま、謁見は終了を告げた。
「では、我が自慢の城を、ゆるりと楽しむがいい。……知と美は、常に貴様らを歓迎しているぞ」
甲龍王の声が響き渡り、私たちは圧倒的なケィオス・ブレイカーへ滞在することを許されたのだった。
空中城塞での最初の夜が明け、翌朝。私は早速、ペルギウスからの呼び出しを受けた。
朝食を済ませた直後、空虚のシルヴァリルに案内され、重厚な意匠が施された個室へと通される。
(……何か、昨日の謁見で非礼があっただろうか。あるいは、提出したレポートの内容に致命的な不備でも?)
アリエル王女も王との対話を望んでいたようだが、私が優先的に呼ばれたことに少しだけ悄然としていた。
他の面々はナナホシに同行し、召喚魔術の基礎講義を受けているらしい。そちらも非常に興味深いが、今は目の前の「王」の機嫌を損ねないことが最優先だ。
個室の壁に刻まれた、歴史の重みを感じさせるレリーフに見惚れていると、背後から圧倒的なプレッシャーと共にペルギウスが現れた。私は即座に膝を突き、最敬礼を執る。
「楽にせよ。……貴様の報告書に目を通した。……理解に苦しむ箇所も多いが、実に興味をそそる技術体系だ。いくつか、詳細を聞かせてもらおうか」
「なんなりと。……私の答えが、貴方様のお役に立てるなら」
「まずは、『
「仰る通り、です。幼少期より、魔力の変換自由度に、強い関心を、持っておりました。魔法陣という、中間言語を経由させることで、物質の魔力変換に、成功したのです。……当初、生体への統合は、多分に感覚的なものでしたが。……スペルド族の、ルイジェルドさんと出会ったことで、確信に、変わりました」
「ルイジェルドだと? あの槍使いか」
「はい。彼に、命を救われました。彼の肉体に定着されていた、あの『呪い』の波形を、スキャンした際。……魔力を魔術として、肉体の深層へ、書き込む手法が、論理的に解明できたのです」
「……なるほど。ラプラスがスペルド族に施した邪法を、再現したというわけか。……呪いに関する研究も、その延長線にあるのだな?」
「はい。龍神オルステッドからの、正式な依頼でもあります」
「オルステッドが着目するわけだ。……まさしく、呪いの転写はラプラスが開発した下劣な技術だ。……それを貴様は逆用し、更に自らの欠損を補うために
ペルギウスは愉快そうに、けれど慈悲深い笑みを浮かべた。
「……ですが、呪い、神子化の自壊については、ルイジェルドさんで、実証済みです。じきに、私と母に宿る負荷も時間をかけて、消滅するでしょう」
「……あやつ、髪を剃ったと聞いたが。……さぞ、喜んだだろうな」
王が遠くを見つめるように呟く。かつての戦友を想うようなその表情に、私は彼らが単なる伝説の登場人物ではないことを改めて実感した。
「……次は、不死魔族の殺し方だ。――これには、笑わせてもらった。まさか、あれほど強固な再生機能を、これほど『単純な方法』で破綻させられるとはな」
「魔王バーディガーディも、気づいていなかったようです。……傷口を焼く。……それだけで、細胞の再構成は、エラーを起こしますから。ですが、長期的な観測までは、行えておりません。焼いたとて、長い年月をかければ、復活する可能性はあります」
「その再生力を、今の貴様も持っているということか。……修復速度は?」
「切り傷や、鱗の剥離程度なら、数秒で直ります……四肢の再切断……首の切断までは、さすがに実験できていませんが。……理論上、再生は可能です」
「人族とは言い難い生態だな。……だから自らを『人もどき』と定義したか。寿命は?」
私は静かに首を振る。
「予測、不能です。……短命であっても。長命であっても。どのような末路も、受け入れる覚悟は、あります」
「……難儀なことだ」
ペルギウスは感嘆を含んだ溜息を吐くと、話を次のステップへと進めた。
「最後だ。……『
「……許可いただけるなら。ここで、デモンストレーションを」
昨日の魔力行使の禁止令を気にして問うと、王は「許す」と短く答えた。
私は腕の組織から
「……では、ナナホシの召還魔法陣を。……再構成します」
先日彼女が見せた、百層にも及ぶ巨大なスタック。
私は魔力を込める段階で思いついた最適化を試し、それを五十層まで圧縮することにした。
土魔術で板状の額縁を生成する。昨日見た王宮の魔法陣に敬意を払い、幾何学的に美しい意匠を施す。
その中に、一枚ずつ
「なるほど……。魔力が移動した際の『残滓』を、そのまま次の魔法陣との接点として固定しているのか」
ペルギウスの理解は驚くほど速く、正確だった。知識のレベルが近しい者との対話は、純粋に心地よい。
「その通り、です。……一度目に、消費された魔力の『抜け殻』を、単なる廃棄物ではなく、次の層への、橋渡しとして再利用する。……いわば、途中経過を保存しながら、計算を進める手法です。ゼロから百層を積み上げるより、遥かに少ない消費で、同じ結果に到達できます」
「無駄を厭わぬ豪快さと、無駄を許さぬ緻密さ。両極端を併せ持つ技術だな」
五十層の積層が完了した。私は王の了承を得て、起動キーを叩いた。
パチッ、という空間の共振。
先日召喚されたのは巨大なスイカだったが、今回は――光の中から、瑞々しい『イチゴ』が一房、テーブルの上に転がり落ちた。
「……見たこともない果実だな。魔力特性がこの世界のものとは根本的に異なる」
「イチゴという、植物です。……ナナホシの、世界にはごく一般的に存在、したものだと」
「ほう。……なぜ、お前がそれを知っている?」
「私には……。ナナホシと同じ世界で過ごした、ある男の『記憶』だけが、あります」
私はオルステッドに明かした時と同様に、自身の『記憶』の由来を語った。
「……なるほどな。貴様が、あれほどまでにナナホシの『帰還』を助ける理由はそれか」
「ナナホシと違って。私には帰りたいという、情動はありません。……ですが。ナナホシの研究の先には。……あの
「シルヴァリルにも言っていたな。……それもオルステッドの指示か?」
「いいえ。……家族を傷つけられた、一人の息子としての。……個人的な報復です」
ペルギウスは、私の瞳を暫く見つめていたが、やがて満足げに背もたれに身を預けた。
「……よかろう。聞きたかったことは、すべて聞けた。……褒美として、この城のすべてを見学することを許す。……好きなだけ知を貪るがいい、ルーデウス」
「有難き幸せ、に存じます」
重い対話になるかと思ったが、予想以上に実りある、楽しい時間を過ごすことができた。
そうして退室しようとした、そのとき、
「少し待て」
「……?はい、なんでしょう?」
振り返ると、ペルギウスが先程までと違った雰囲気を醸し出していた。なにか言いづらいことがあるような、躊躇の色が見える。
「……城塞都市ロアの件は、申し訳なかった」
ペルギウスがひねり出した言葉は謝罪だった。
ロアの異変を抑える際、アルマンフィの介入によって、私とエリスが転移に巻き込まれてしまった件だろう。配下の罪は主の罪だ。これだけ矜持高い人が謝罪を口にするのは、とても珍しいに違いない。
「……謝罪をお受けします。故意でないなら、私は気にしません」
「……そうか」
些かほっとしたように見えるペルギウスに辞去の礼をとり、今度こそ退室した。
さて、芸術品を早く見せろ!と気配を撒き散らしているザノバを連れて、この「空飛ぶ博物館」を見物しに行くとしよう。
この後、私とザノバは、時間の概念を忘れて城内の芸術品を観賞して回った。
刺激された創作意欲は留まるところを知らず、その日の夜。私たちはザノバが賜った客室に籠もり、徹夜で彫像製作に打ち込んだ。
朝日が雲の合間から差し込み、城壁を照らし出した頃。
作業机の上には、一晩で作り上げたとは信じ難いほど精緻な『光輝のアルマンフィ像』が完成していた。勝手にモデルにしてしまったことは申し訳ないが、ロアの件でチャラにしてほしい。
直後。寝不足でふらふらと揺れる私とザノバの前に、鬼の形相のシルフィ、そしてナナホシとアリエル王女が立ちはだかったのは……言うまでもない。
「……ルディ!竜の身体になったからって、無理していいわけじゃないんだからね!!」
彼女たちの小言を「はい、はい……」と聞き流しながら、私は心地よい疲労感と共に、朝の眠りへと落ちていったのだった。
ツンデレ甲龍王ペルギウス様との邂逅でした。
このルーデウスは原作ルーデウスと違って、芸術へ関心があります。ザノバからの影響も大きいです。