無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
不死魔王アトーフェとの交戦、そして帰還から、一日の時間が経過した。
空中城塞ケィオス・ブレイカーの医務室。ベッドに横たわるナナホシの病状は、驚くべき速度で改善へと向かっていた。例の茶による治癒の過程に関しては、彼女の名誉のため、秘匿しておくべきだろう。一応、体内の魔力がどのような経路で体外へ排出されるか、詳細を知らせずに茶を飲ませた。
「……体調はどうだ?」
「ええ……。助かったわ。本当にありがとう」
ナナホシは以前の刺々しさが嘘のように殊勝な態度を見せていた。ベッドに横たわりながらも、こちらを見上げる目には、これまでにない柔らかさが宿っている。だが、急にこれほど対応が変わるのも不気味さを禁じ得ない。彼女らしい皮肉や軽口が一つも出てこないというのは、ある種の異常事態だ。
「らしく、ないな。……前のままでいてくれ。私が君に協力するのは、私の目的のためでも、あるのだから」
そう告げると、彼女は少しだけ苦笑した。何かを言いかけて、結局は飲み込んだような、複雑な表情だった。
「……そういうところ、変わらないわね。人が素直に感謝しようとしてるのに」
「感謝されるために動いているわけではない、というだけの話だ。効率の話だよ」
「はいはい。……ルーデウスの『効率』は、いつも私の想像の斜め上を行くけれど」
軽口が戻ってきたことに、私は密かに安堵した。窓の外に視線をやると、雲海が午後の光を受けて白く輝いている。ナナホシもつられるように、同じ方向へ目を向けた。
「……ねぇ。私、本当に死ぬかと思ったのよ。血を吐いた瞬間、頭の中が真っ白になって」
「……そうだろうな」
「怖い、っていうより、悔しかった。……せっかく、あと一歩のところまで来てたのに。第四段階の理論、あともう少しで詰められそうだったのに、って」
「研究は、止まっていない。お前が生きている限り、いくらでも続けられる。……焦る必要はない」
「……うん。ありがとう」
病状は回復傾向にあるものの、一度崩れた生体バランスが即座に最適化されるわけではない。少なくとも、一ヶ月は安静が必要だと診断を下された。しばらくは、彼女の傍にユルズかカロワンテのどちらかが常駐する手筈になっている。
午後の日差しが差し込む中、私は庭園に建てられた東屋のひとつにいた。向かい合うのは、甲龍王ペルギウスだ。
傍らには、ザノバ、エリナリーゼ、そしてクリフが控えている。緊張からか、クリフの背筋はいつも以上に伸びていた。
事の発端は、クリフからの申し出だった。
「……ペルギウス様。お時間をいただき感謝します」
クリフは極度の緊張に身体を硬くしながらも、席に着くなり、深く、長く頭を下げた。魔大陸へ向かう前、ナナホシの件でペルギウスに放った無礼な言動。その謝罪を、彼は自らの意志で選択したのだ。誰に強制されたわけでもない。あの一件からずっと、彼はこの機会を伺っていたのだろう。
「……ふむ。謝罪か。その心境の変化を聞かせてもらおうか」
興味深そうに目を細めるペルギウス様に、クリフは真っ直ぐな視線を向けた。喉が一度、大きく上下するのが見えた。それでも、声は震えていなかった。
「自分はミリス教徒です。その教えには『人を助けるに、人を頼る無かれ』とあります。……ですが、自分は魔王アトーフェとの戦闘において、ただ防壁を維持するだけで精一杯でした。何もできなかった。……自身の力不足を、痛感したのです」
その言葉には、単なる謝罪を超えた自己分析の色があった。理想と実力の乖離。彼にとって、それは想像以上に重く受け止められる問題だったのだろう。
私は、彼の言葉にフォローを入れる。
「戦闘を私に任せるよう、言ったのは私だ。それに、クリフがいなければ、あの落ちぶれ果てたキシリカを発見するまでに、時間がかかっただろう」
魔族嫌いのペルギウスは、魔界大帝キシリカ・キシリスの凋落した様子を耳にし、愉快そうに鼻を鳴らした。彼の口元が、これまで見たことのない緩み方をする。長年の宿敵とも言うべき魔族の零落は、彼にとって格別に愉快な話題らしい。
「あの女め、路傍で乞食のような真似をしておったか。……次に会う機会があれば、その姿を見て存分に笑ってやろう」
「あまり刺激なさらないほうが、よろしいかと。……あの御方、なかなかに執念深い一面もお持ちのようですので」
私が助言すると、ペルギウスは意外そうに片眉を上げたが、それ以上は追及してこなかった。
エリナリーゼも、クリフの働きを「私たちをしっかり守ってくれましたわ」と称え、ザノバにいたっては、「私の頑丈な身体をもってしても師匠の魔術には耐えられなかった。クリフ殿の結界がなければ、私たちは今頃消滅していたでしょう」と、大真面目に断言した。
「ほう。アトーフェとその兵を攻略した魔術か……ルーデウスよ、見せてみろ」
ペルギウスの知的好奇心が私へと向けられた。 私は頷き、両の手のひらを広げる。
「……『
左手には掌サイズのシャチが、右手には親指ほどのサイズの雷蜂が、それぞれ静かに浮かび上がる。出力を限界まで絞った精密制御の産物だ。実戦での出力とは桁が違う、卓上の見本のような二匹が、ぷかぷかと空中を漂う。ザノバがそのミニチュアを興味深そうに覗き込んでいた。
「器用な真似を……。ただの電撃ではあるまい?」
「私の雷魔術は闘気を貫通する、特性を持っています。かつて、龍神にダメージを与えた際に、気づきました」
ペルギウスの目が鋭く光った。単なる混合魔術ではない、術式の発現前に行われる「属性の融合」に気づいたようだ。彼の視線は、もはや掌のシャチではなく、私の術式構造そのものへと向けられていた。
「魔力が現象化する前に、属性を混合し、現実ではあり得ない現象を発現させる。既存の混合魔術とは、処理順序が異なります」
「面白い……。既存の常識で言うならば、水と電気を同時に扱う術者は、己の術式に感電するのが道理だ。……貴様は、その矛盾を、どう処理している?」
「魔力の粒子単位で、属性の帯域を分離しています。導線が交わらなければ、感電は起きません」
「……なるほどな。回路、というわけか」
ペルギウスが私の魔術を観察する中、私は隣のクリフへと話を振った。
「クリフ。あのアトーフェ戦で、君が展開した結界。あれも土魔術を組み合わせた、特別な術式だったな?」
エリナリーゼとザノバが驚きに目を見開く。クリフは少し誇らしげに、だが冷静に頷いた。
「……ああ。お前の魔術を参考に開発した」
「……かつて、ルーデウスがロアで変異を食い止めた際のあの術式か」
ペルギウスは、クリフが私の術式構造を独自に解析し、結界魔術へと転用したことに高い評価を下したようだった。眉を上げ、感心したように腕を組む。
「ほう。他者の術式を模倣するだけでなく、応用まで持ち込んだか。……ただの信仰者ではないな、貴様」
「……恐れ入ります」
クリフの声には、隠しきれない誇らしさが滲んでいた。
「……クリフよ。己の過ちを認め、反省を次への糧とできる者は賢者である。貴様の謝罪を受け入れよう」
ペルギウスは寛大に謝罪を受諾し、今後どう動くかをクリフに問うた。
「自分は……力を欲します。ですが、それは武力ではありません。今更鍛錬を積んでも、アトーフェやルーデウスには届かない。だから、自分は知識を磨きます」
その決意を聞き、私は彼がなぜキシリカから『魔眼』を受け入れたのか、その理由を完全に理解した。 クリフの片目は現在、キシリカから与えられた識別眼に置き換わっている。あの戦闘の後でキシリカを叩き起こしたのだ。まだ情報の流量を制御しきれていないようで、彼は私とエリナリーゼが作成した特製の眼帯を着用していた。ミリス教の紋様を意匠に組み込み、機能美を追求した自信作だ。少しでも彼の負担を減らせるならと、エリナリーゼも喜んで手伝ってくれた。
「この度の詫びも兼ねて、私の研究成果をレポートにまとめ、ペルギウス様に提出したいと考えています」
「ほう。それならば、先ほど話した土魔術と結界魔術の組み合わせに関するものが良いな。……我も結界術には自信がある」
ペルギウスは実に嬉しそうにそう答えた。 理屈と知識を重んじる者同士、また新たな関係が構築された瞬間だった。エリナリーゼとザノバが、その光景を微笑ましそうに見守っている。私は、内心で小さく安堵の息を吐いた。仲間の一人が、また一つ、自分の立ち位置を見つけたようだ。
空中城塞ケィオス・ブレイカーの回廊を歩きながら、私は眼下に広がる雄大な雲海を観察していた。
夕刻の太陽光が、大気層による散乱を経て、雲を鮮やかな朱色に染め上げている。その波長の変化が生み出す、計算を超えたグラデーションに私の胸は微かに震えた。この劇的な光学的現象を、いかにして彫像という三次元の物体へと変換し、他者へ伝達すべきか。
石の質感で、光の透過性と色彩の深みを再現するための方法を思索していた、その時だ。頭の中では既に、いくつかの技法の候補が並び始めている。表面を薄く削って光を透過させるか、それとも顔料を石の内部にまで染み込ませるか。それとも……。
「……あ、ルディ」
庭園の東屋から聞こえてきた楽しげな音源を辿ると、そこには意外な組み合わせの面々が揃っていた。 円卓を囲んでいるのは、ペルギウス、ザノバ、そしてアリエル王女。
その後ろには、シルヴァリル、アルマンフィ、そしてルークとシルフィが、それぞれの主君の補助を行うかのように控えている。ルークは相変わらずの軽薄な笑みを浮かべているが、その視線だけはアリエル王女の様子を注意深く追っていた。
「……珍しい組み合わせ、ですね」
「師匠!ちょうど良いところに!」
「ルーデウスか。貴様らが作成した彫像の検分をしていたところだ」
ペルギウスが上機嫌な声で机上を指し示した。そこには、私とザノバが共同で作成した『光輝のアルマンフィ像』が鎮座していた。夕日を浴びて、石の表面が淡く輝いている。
「私も芸術にはそれなりに触れてきた自負がございますが……これほどまでに美しく、精緻な像は初めて拝見いたしましたわ」
アリエル王女からの賞賛。ペルギウスも、像の表面をなぞるように視線を動かしている。
「この布の質感表現は、まさに愁眉だな。石という硬質な無機物を用いながら、これほどまでに繊維の柔らかさを再現するとは……」
「私の身体には、まだ負荷が残っています。一人では、ここまでの物は作成できなかったでしょう……仕上げは、ザノバの執念の成果です」
「滅相もございません!師匠の完璧な原型があってこその完成度です!作成中の時間はまさに幸福そのものでした!」
主人の傍らで、モデルとなったアルマンフィが、心なしか照れているように見えるのは私の誤認ではないだろう。普段は感情の起伏をほとんど見せない彼が、僅かに視線を逸らしている。
「ペルギウス様、もう一つお見せしたい像があるのです!」
ザノバが常人なら背骨を砕くであろう重量の荷物を、神子の剛腕で軽々と別の机の上に置いた。布を取り払うと、その下から現れたのは、私がかつてシーローン王国で製作した『赤竜から冒険者を救うスペルド族の戦士』の像だった。石材に刻まれた竜の鱗の一枚一枚、そして戦士の緊迫した表情が、夕日の中でくっきりと浮かび上がる。
「それは私が、シーローンで作成した像、ではないか。王宮に保管されていると、聞いていたが、持ち出して良かったのか?」
「なぁに、問題ございません!作成料として馬車と馬を提供したのは余の私財にございます。すなわち、所有権は余にありますゆえ!」
ザノバの言葉に、ペルギウスが眉を寄せた。
「……像の完成度は、認めよう。だが、我が魔族を嫌うと知っていてこれを出すとはな。……いや、待て。これはルイジェルド・スペルディアか?」
「はい。その通りです。彼は命の恩人であり、パーティメンバーでもありました」
「……なるほどな。であれば特例として、許容してやらんこともない」
ペルギウスの厳しい評価基準が、ルイジェルドという存在によって中和されたようだ。彼の口調から、明確な棘が抜けている。ザノバがさらに熱弁を振るう。
「この竜の躍動感!冒険者たちの生存への執着が溢れる表情!やはり、師匠の技術は素晴らしい!」
「確かに、目を見張る精緻さだ。……この竜、内部構造まで再現しているのではないか?」
「よくお分かりになりましたね。外部からは見えませんが、内臓の配置まで、再現しています。幸い、解体を行う機会には、恵まれていましたから」
「解体……」とアリエル王女が小さく呟き、若干顔を強張らせた。芸術談義の裏側に潜む生々しさに、少々気圧されたのだろう。ルークが横で小さく肩を揺らして笑いを堪えている。
議論が深化していく中、これまで会話に入れずにいたアリエル王女が、焦燥を隠すように口を開いた。
「ルーデウス様の腕前はシルフィを通じて伺っておりましたが。……実物を目にし、その圧倒的な腕前を実感いたしましたわ」
「ありがとうございます」
彼女は、ペルギウスとの交渉が依然として停滞している事実に焦っているのだろう。この芸術という共通言語を介して、自身の存在感をアピールする方針に切り替えたようだ。その視線の動かし方、言葉の選び方の一つ一つに、計算された意図が見え隠れしていた。
「わたくしも是非、自身の像の作成を依頼したいと思ってしまい――」
「やめておけ」
アリエル王女の言葉は、ペルギウスの絶対零度に近い冷徹な声によって遮断された。場の空気が、瞬時に凍りつく。
アリエル王女の喉から「ヒュっ」と、空気が漏れるような音がした。
ペルギウスは、心底詰まらなさそうな、あるいは侮蔑に近い表情を隠そうともせずに告げる。
「大方、王位争いのための人気取りに使うつもりなのだろう?貴族の見栄を満足させるためだけに作られる無機質な偶像など、なんの面白みもないわ」
「……っ!」
絶句し、表情を強張らせるアリエル王女に対し、ペルギウスは追い打ちを掛けるように言葉を重ねる。
「王を目指すというのなら、自身の像を作るよりも先にすべきことがあるのではないか?それとも、貴様にとって王とは、民から徴収した税を私物化し、己の贅を尽くすことか?」
「……い、いえ。……も、申し訳ありません。出過ぎた提案をいたしました。……今の言葉は、お忘れ下さい」
アリエル王女は、屈辱と焦燥を押し殺すように深く頭を下げた。重苦しい沈黙が場を支配する。ルークが主人を庇うように一歩前へ出かけたが、シルフィがそっとその袖を引いて制止した。
私はその空気の停滞を解消すべく口を開いた。
「私は、構いません。それに、アリエル王女には、私の家族が世話になっていますから、作成の対価は不要です」
シルフィを横目で見やりながらそう告げると、彼女は耳まで真っ赤にして俯いた。ペルギウスがこちらへ視線を寄越し、片眉を上げる。
「……ほう。ルーデウス、貴様は構わんのか」
「像を作ること自体に、政治的な意図は含まれていません。純粋に、造形の対象として興味がある、というだけの話です」
「相変わらず、割り切り方が独特だな」
ペルギウスは呆れたように、しかしどこか楽しげに笑った。
「しかし、女性の像を作るのは、非常に難易度が高い。ご意向に添えるかは、保証しかねますが」
「……これほどの技術があって、それでも難しいのですか?」
「師匠に作れない物があるなんて……!?」
アリエル王女とザノバが、意外そうにこちらを見つめる。……ふむ、きちんと説明しておいたほうが良いか。
「以前、獣族が住まう大森林にて、無実の罪で投獄されていたことがあるのです。その際、牢の同居人から『絶世の美女』の像を作ってくれと、懇願されました。私なりに、力を尽くしましたが、残念ながら酷評されました」
「師匠の像を、酷評するなど……ッ!」
「落ち着け、ザノバ。……一度、その理由をお見せしたほうが、早いでしょう」
私は右腕をかざし、土魔術を使う。手のひらの上で、かつての失敗作……すなわち、当時の私が考えた「完璧な美女」の像を再現していく。左右対称に整えられた顔立ち、寸分の狂いもない黄金比を持つ。
ペルギウスも、興味深そうに私の手元を注視している。造形の過程が興味深いのだろう。
完成した像を机上に置くと、ザノバが舐めるように細部を観察し始めた。アリエル王女とルークも、思わずといった様子で身を乗り出す。
「酷評された像は、このような物でした」
「……私には、これ以上なく素晴らしい像に見えるのですが……」
「うぅーむ……確かに。素晴らしい均衡ではあるのですが……なんと言ったら良いか……」
ザノバが唸りながら首を捻る。整いすぎているがゆえの座りの悪さを、感覚では理解していても、言語化できずにいるようだった。
疑問符を浮かべる二人に対し、ペルギウスは確信に満ちた解答を提示した。
「完璧すぎて、『不完全性』が欠けている。……違うか、ルーデウス」
「仰る通りです。その後、同居人の助言を得ながら、何度も修整を繰り返しました。幸い、時間は有り余っていましたので」
牢の中での日々を思い出す。ギースの助言を受けながら、何度も試作を重ねた記憶。あの同居人の的確な批評がなければ、私は今も「完璧」という檻の中で足踏みしていたかもしれない。
私は、もう一つの像を構築し始める。
今度は、先ほどとは全く異なる設計思想に基づいた作品だ。
モデルはアリエル王女。ペルギウスに否定され、消沈と悔しさが入り混じった、完璧とは言い難い……だが、生きた表情。
左右の眼のわずかな大きさの違い、唇の端の微かな歪み。生物特有の非対称性をあえて消さず、隣に並べた。頬に浮かぶ微かな緊張の皺までも、丁寧に刻み込む。
「……これは、わたくしの像?」
「おお……ッ!素晴らしい!この表情の再現、そして絶妙なバランスの崩し方!非常に艶めかしい像に仕上がりましたな!」
ザノバの言う通りだ。
前の像は神々しいまでの対称性を持つが、どこか不気味で血が通っていない。後の像は親しみやすさと実在感があるが、政治的なアイコンとして扱うには、あまりに「人間」が、あるいは「女」が出過ぎていて、艶めかしすぎるのだ。
アリエル王女は、自分自身の写し鏡のような像を前に、しばし言葉を失っていた。彼女の指先が、無意識に自分の頬へと伸びる。
「意向によって、像の印象は全く変わります。アリエル王女がどのような王になりたいか……それこそが造形の、根幹になります」
「わたくしが……どのような王に、なりたいか……」
自問するように呟くアリエル王女に、ペルギウスが試すような、からかうような声音で問いかけた。
「貴様にとって、王とは何だ?真の王とは、何を表すと考えている?」
「それは……知識を持ち、大臣の言葉に耳を貸し、王である自覚を、責任を……」
「違うな」
ペルギウス様は、アリエル王女の言葉を断ち切るように首を振った。
「我の知る『真の王』は……そんな立派な男ではなかったぞ」
「ペルギウス様の知る、王……ですか?」
「そうだ。ラプラス戦役後に王となった、我が朋友。ガウニス・フリーアン・アスラだ」
ガウニス王。ラプラス戦役におけるアスラ王家の最後の生き残り。
戦後の混乱を収拾し、四百年にわたるアスラ王国の繁栄の礎を築いたとされる英雄王だ。アスラの歴史書には、常に威厳ある姿で描かれている人物のはずだった。
「ガウニス様は、歴史に名を残す偉大な王と聞き及んでいます。……私などが、真似できるような方では……」
「奴は、貴様が思うような『偉大』ではなかった。臆病で、戦いを好まず、常に逃げ回っているような男だった。勉強も出来ず、武術の才もなく、いつもこっそり町へ出ては酒場で飲んだくれ、そこらの娘に色目を使う……。王になろうなどという野心も持ち合わせていなかった」
意外な人物像に、その場にいた一同が息を呑む。アリエル王女は、明らかに動揺していた。歴史書の記述と、目の前で語られる実像とのギャップに、思考が追いついていないようだ。
「そんな……。では、なぜ彼は、王座に……」
「奴自身も、望んではいなかったさ。その時はな」
ペルギウスの目に、遠い過去を見るような色が浮かんだ。
「だが、奴は……王として、最も重要な要素を持っていた。だからこそ、我は奴を真の王だと認めているのだ。……アリエル、その『要素』が何であるか。貴様が自分の口から正解を導き出せたなら、我は貴様に力を貸してやろう」
これは、ペルギウスの『試練』だ。
アリエル・アネモイ・アスラという人間が、協力するに値する資質を持っているかの確認。円卓の空気が、目に見えて張り詰めた。
「ザノバ。貴様は、何かわかるか?」
「余は政から自ら離脱した身。……皆目、見当もつきませんな」
「つまらんな。……ルーデウス、貴様はどうだ?」
……基本的にはザノバと同じだが、同じ回答は許されない雰囲気だ。『記憶』から、一つの仮説を抽出しよう。
「ペルギウス様に、先日お話しした『記憶』の世界。……ナナホシの故郷の国の話です」
「ほう」
「その国は、二千年以上続いていました。戦乱を経て、領地も増減しました。そして、ナナホシの時代には王位に値する地位そのものは形骸化し、民が政を行っていました」
「王が政をしなければ、国が崩壊するのではなくて?」
アリエル王女の疑問。当然の反応だ。
「問題はありましたが、それでも、国は回っていました。つまり、国とは、王や領土ではなく、民そのものである。……私はそう考えています」
「興味深い話だ。続けろ」
「国が民であるならば、そして、王が国のためにあらんとするならば、すなわち、王は民のために存在するはずです。故に、王に必要な要素とは『民を慮ること』、だと考えます」
ペルギウスは、不敵な笑みを浮かべた。
「アリエルよ。この男はお前よりもマシな回答を出したぞ。……どうだ、ルーデウス。お前が王になってみるか?」
「……ご冗談を。研究と造形の時間が、消失します」
「それは一大事ですな!!」
「フッ、お前らしい答えだ」
ペルギウスは愉快そうに笑い、再びアリエル王女へと向き直った。
「……ですが、民のことだけを考えていては、王は務まりません」
「そうだな。ガウニスも民のことばかりを考えていたわけではない。だが、周囲は奴に力を貸し、アスラは平定された」
「では……周囲の者の能力、ですか?王自身の能力は関係ないと?」
「能力か。……貴様は、暗愚な王を掲げる国が、本当に良い国だと思うか?」
「……」
アリエル王女は、悲しみと歯がゆさが入り混じったような、複雑な表情を浮かべていた。両手を握りしめ、膝の上で強く力を込めている。誰も、その沈黙を破ろうとはしなかった。夕日が完全に沈み、東屋には薄闇が満ちていく。
「考えるがいい。アリエル・アネモイ・アスラ。……我はその答えを待とう」
ペルギウスはそう言い残すと、静かに立ち上がった。シルヴァリルとアルマンフィが、影のように音もなくその後に続く。
残されたアリエル王女は、しばらくの間、机上の自分の像をじっと見つめていた。ルークが心配そうに声をかけようとするが、シルフィが小さく首を振り、それを止める。
私は、自分が作った二体の像――完璧すぎる偶像と、生きた不完全な像――を見比べながら、彼女がどちらの答えに辿り着くのか、密かに興味を抱いていた。
そこまで話して、その日はお開きとなった。
彫像回、アリエル回でした。
ルーデウスの技術に引っ張られて、クリフやザノバの技術も向上しています。