無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
シルフィと共に、久しぶりに魔法都市シャリーアの自宅へと戻ってきた。
見慣れた街並みを通り、家の扉を開ける。それだけで、張り詰めていた緊張が少しずつ解けていくのを感じた。空中城塞での日々は充実していたが、やはり地に足のついた我が家の空気は、他のどんな場所とも違う安らぎがある。
玄関では、真っ先にアイシャが私たちを迎えてくれた。彼女の案内で居間へと進むと、そこにはパウロ、ゼニス、リーリャ、ノルン、そしてロキシーの姿があった。家族全員が揃っている光景を見るのは、これ以上ない安らぎだった。
「ただいま、戻りました」
私の発声の不自由さは、家族にはもう日常の一部として受け入れられている。パウロたちは安堵したような、柔らかな表情で迎えてくれた。
「兄さん、お帰りなさい!それで空中城塞はどうだったの?ペルギウス様ってやっぱり凄かった?」
ノルンが目を輝かせて尋ねてきた。彼女は今、アリエル王女の下で歴史や政治だけではなく、物語の作り方を学んでいる身だ。伝説の五龍将の一人、甲龍王ペルギウスに興味を抱くのは当然だろう。
「いっぱいお話を聞かせてほしいの!題材にできそうなら、今度の絵本に使わせてもらうから!」
「私を、物語の題材にするのか」
「もちろん! 龍王様と渡り合った兄さんの話なんて、絶対に面白くなるよ」
ノルンの瞳の輝きは、単なる好奇心を超えて、既に創作者としての貪欲さを帯びているように見えた。
「壮大な、城だった。ペルギウス様は厳格だが、合理的な考えを持った寛大な御方だ。芸術への造詣も深く、対話する価値が、非常に高いと感じたよ」
私が正直な感想を伝えると、隣でロキシーが少し身を乗り出した。
「伝説の空中城塞……魔術師として一度は拝見したいものです。研究者としてもその魔法技術には興味が尽きません」
「ロキシー……すまないが、ペルギウス様は今も魔族を快く思っていない。君を連れて行くのは、現状難しいだろう」
私の返答に、ロキシーはあからさまに肩を落とし、残念そうな顔をした。彼女のような知識欲の強い人にとって、あの場所に行けないのは酷なことかもしれない。せめて何か土産話を、と私は空中城塞で見た魔術理論の断片をいくつか語って聞かせたが、彼女の肩は完全には持ち上がらなかった。
「だが、私は今後も時々、空中城塞へ通うことになった。正式に出入りを、許可されたからな」
その言葉に、パウロが驚いたように眉を上げた。
「おいおい、伝説の王様に気に入られたのか?お前、一体向こうで何をしたんだ」
「これまでの研究成果の報告や、魔王アトーフェを退けた件、そして、アルマンフィ殿の彫像を作成したことが、評価されたらしいです。おかげで、召喚魔術を直接教えて、もらえるようになったのです」
私が事の経緯を話すと、シルフィが微笑みながら付け加えた。
「ザノバ様とルディは、芸術の話になると本当に熱心だから。ペルギウス様も、二人のその技術や知識を、すごく認めてくれているんだよ」
「羨ましいですね。魔王を倒して、龍王に師事するなんて……。いえ、ルディが元気に成果を掴んできたのは素晴らしいことです」
ロキシーは相変わらず羨ましそうではあったが、私の無事を喜んでくれた。話はそこから、空中城塞に残してきたナナホシの件へと移る。
「ナナホシの命は、繋ぎ止めることができた。……だが当面は、あちらで療養させる。空中城塞なら、体調への悪影響も少ないだろう。何より、ペルギウス様から直接の助言を得られる。研究の進捗は、むしろ以前より早まるはずだ」
彼女の帰還に向けた研究は、着実に最終段階へと近づいている。
「ただ一つ、懸念がある。龍神オルステッドから、大学のナナホシの研究室宛てに、連絡が入る可能性があるんだ」
今の私にとって、龍神との接触機会を逃すわけにはいかない。オルステッドとの同盟関係を深め、
「それなら、私が時々、研究室に寄って確認しておきましょう。大学の教職に就いておりますし、ついでに見るくらいなら手間ではありません」
ロキシーがそう申し出てくれた。彼女の慎重な性格なら、重要な連絡を見落とすこともないだろう。
「助かる、ロキシー。頼んだよ」
信頼できる家族の協力に感謝しつつ、私はこれからの動きを整理する。
龍神オルステッドとの再会。そして、
家に戻った安らぎはあれど、私の「やるべきこと」はまだ山積みだった。
平和に、魔術の研究に没頭できる日々が続いていた。
そんな穏やかな日常の中、クリフとエリナリーゼが結婚式を挙げることになった。
もともとクリフは、エリナリーゼがベガリット大陸から帰還してすぐにでも式を挙げたい様子だった。彼の逸る気持ちも理解できる。だが、私はあえて水を差すことにした。
「クリフ、気持ちは分かる。だが、少し待ってはくれないか。人生において、これ以上ない大事な儀式だ。……準備には、しっかりと時間をかけるべきだと思う」
「……お前がそう言うのなら。だが、なぜそこまで急に落ち着かせようとする?」
「一生に一度、後戻りのできない儀式だ。焦って準備した式を、後になって悔やむようなことがあってはならない。……それに、正直に言えば、私自身の都合もある」
クリフは怪訝そうな顔をしたが、私が続きを話すと、すぐに納得したような、それでいて少し呆れたような表情を見せた。
私にも個人的な事情があったのだ。私の数少ない友人の結婚式、是非とも出席したいのだが、私の身体に合う礼服が、この世に存在しないのだ。竜と混ざったこの両腕と両足は、不自然なまでに太く、人族のそれよりも遥かに長い。既製品の礼服では、袖にも裾にも到底収まらない。オーダーメイドで一から仕立てるしかなく、それにはどうしても相応の時間がかかる。クリフには申し訳ないが、私の都合で少し待ってもらうことになった。
どうせ礼服を仕立てるならと、私はシルフィ、ロキシー、ノルン、アイシャの分も併せて発注することにした。
特にシルフィは、エリナリーゼ側で唯一の親族という立場になる。せっかくの機会だ、長く着られるよう、最高級の布地を選び、彼女の肌の色や瞳の色にぴったりと合う色味とデザインを考え抜いた。
ロキシーの分も、当然オーダーメイドだ。彼女の小柄な体型に既製品を合わせようとすると、どうしても子供っぽい仕上がりになってしまう。私は本人の意見をじっくりと聞きながら、可愛らしさの中に大人びた落ち着きを感じさせるドレスを、自らの手で設計し、発注した。彫像を作る時の感覚とよく似ている。素材の特性を見極め、着る者の魅力を最大限に引き出す設計を組む。それが婚約者であるならば、なおのこと力が入るというものだ。
「ルディ、こんなに凝ったデザイン、本当に私に似合うのでしょうか……」
「似合う。私が保証する。……いや、似合わせて見せる」
ロキシーは照れながらも、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
ノルンとアイシャの二人は、まだ成長期の身体だ。当初はレンタルで済ませることも考えたのだが、結局は二人ともオーダーメイドになった。単純に、私がデザインに凝りすぎてしまったのだ。
ノルンには白がよく似合うが、花嫁の衣装と被ってしまう。そこで、落ち着いたベージュを基調に、華やかな金糸で差し色を入れることにした。仕上がりを見たとき、私はふと、アリエル王女が好みそうな色合いになったな、と思った。ノルンとアリエル王女は普段からとても仲が良いので、彼女もきっと喜んでくれるだろう。実際、後日アリエル王女にその話をすると、彼女は目を輝かせて「今度、わたくしにも同じ色合いの品を仕立てていただきたいですわ」と冗談交じりに言っていた。
アイシャの方は、子供っぽくない、少し大人びたセクシーなデザインを本人から所望された。背伸びが過ぎるのではとも思ったが、依頼主の要望には応えるのが職人というものだ。彼女本来の可愛らしさを損なわず、それでいて華美になりすぎないよう、落ち着いた色味でまとめることにした。
結果として出来上がった二着は、まるで太陽と月のような、一対の意匠になった。試着した二人が鏡の前で顔を見合わせて笑っている様子を見て、私は密かに満足した。
結婚式当日。
会場はシャリーアの聖ミリス教会だった。高い天井とステンドグラス、荘厳な祭壇。『記憶』にあるキリスト教の教会によく似た造りだ。
純白の豪勢な衣装に身を包んだクリフとエリナリーゼが、祭壇の前に並び立つ。参列者は二十数名。ミリス教の教皇の孫というクリフの家格と比べると、どうしてもエリナリーゼ側の参列者は少なくなってしまう。
本来であれば身分順に席次が決まるところだが、私は無理を言って、シルフィ、私、ロキシー、ノルン、アイシャの五人をエリナリーゼ側の親族枠として最前列にねじ込んでもらった。これまでの付き合いの中で、彼女には随分と世話になっている。せめて式の日くらいは、身内として隣に座りたかった。
最前列に座るロキシーは、どこか居心地が悪そうにしていた。ミリス教の教義では一夫一妻が原則とされている。妻の一人である自分の立場が、この教会という場において「許されない存在」であることを、彼女なりに気にしているのだろう。そう考えれば、シルフィも同じ立場のはずなのだが、こちらはあまり気にした様子がない。
「ロキシー、気にしなくていい。ルークも言っていたが、アスラ王国でもミリス教徒が一夫一妻を厳格に守っている例は少ないそうだ。多くの妻を持つ者も、決して珍しくはないらしい」
私がそう耳打ちすると、ロキシーは少しだけ肩の力を抜いたようだった。
斜め前の席には、アリエル王女とルークの姿もある。二人も当然のように最前列に座っていた。
神父が粛々と長い祝詞を神に捧げる。教会内に響く朗々とした声が、静かに場の空気を満たしていく。
「夫、クリフ・グリモルは、生涯エリナリーゼ・ドラゴンロードだけを愛し続けると誓うか?」
「死せるまでエリナリーゼを愛すると誓おう」
「妻、エリナリーゼ・ドラゴンロードは、生涯クリフ・グリモルだけを愛し続けると誓うか?」
「生きる限りクリフを愛すると誓いますわ」
誓いの言葉が交わされ、クリフからエリナリーゼへと首飾りが贈られる。
「妻は夫に、誓いの口付けを」
「はい」
エリナリーゼはゆっくりと身をかがめ、クリフの額に口付けをした。唇ではなく、額だ。ミリス教における誓いの作法なのだろう、ノルンが以前そう教えてくれたことを思い出す。
隣に座るノルンとアイシャのテンションが目に見えて上がった。年頃の女の子にとって、この光景はまさに憧れの結晶なのだろう。
「神よ!二人に永遠の愛と、永久の繁栄を与えたまえ!」
神父がそう唱えた瞬間、彼の持つ錫杖がまばゆい光を放った。光は厳かな教会内を照らし出し、新郎新婦の姿はシルエットとなって、純白の衣装と相まって光の中に溶けるような錯覚すら覚えさせる。
私は思わず、
……なるほど、簡易な魔術具だな。構成自体は、かなり古い設計思想に基づいている。今の私の技術なら、魔力消費を抑えつつ、光量をさらに向上させられるだろう。……いや、こんな厳かな場で、こんなことを考えている場合ではないな。私は密かに苦笑し、視線を新郎新婦へと戻した。
「凄かったね!」
「お嫁さん、綺麗だったね!」
結婚式を見たアイシャとノルンは、すっかり興奮した様子だった。先ほどから、式の内容について感想を言い合っている。
こうして仲良く話している二人を見ると、普段あまり折り合いが良くないとは思えない。むしろ最近は、喧嘩をしている姿をとんと見かけなくなった。やけに二人の仲がいい。
「憧れちゃうよね、ミリスの結婚式!」
「うん!あの衣装着てみたい!」
その興奮は、夕食の席でも、就寝前になっても冷める気配がなかった。なぜか二人は、私の部屋で感想を言い合い続けている。
お風呂から上がって自室に戻ると、既に二人が待ち構えていた。時折、アイシャが誘惑するような流し目をこちらに向けてくるあたり、これは彼女の発案なのだろう。ノルンの方は、特に何も考えていない様子で、無邪気にはしゃいでいる。
結局、この日は三人で同じ部屋で眠ることになった。娘たちと交流したいらしいパウロが、羨ましそうな目でこちらを見ていたのが印象的だった。なぜか、シルフィとロキシーまで似たような目をしていた。
「……お兄ちゃん、あったかい」
うとうとしながらアイシャが呟き、ノルンもそれに小さく頷いていた。二人の体温が両側から伝わってくる。竜化した私の身体には、多少の負荷などないに等しいが、この温もりだけはいつまでも慣れることがない。
……ふむ、部屋数は現状足りているが、いずれエリスも合流することを考えると、いささか手狭になるかもしれない。増築をそろそろ視野に入れておくべきだろう。
はじめのうち、二人は私の腕を枕にして、私を挟むようにして話し込んでいたが、やがて話し疲れたのか、そのまま寝息を立て始めた。
私は彼女たちを傷つけないよう、丈夫な布で両腕をぐるぐると巻いていた。爪の先まで、念入りに覆っている。当初は爪を切っておいたのだが、すぐに再生してしまった。なので、この布巻きが苦肉の策だった。
二人が完全に寝入ったのを確認してから、私はゆっくりと腕を引き抜き、部屋を後にする。寝ている間に、うっかり傷つけてしまっては元も子もない。
安らかな寝顔をしばらく眺めてから、地下の研究室に備え付けの長椅子に横になった。
そういえば――と、ふと思い出す。二人の十歳の誕生日を、まだ祝えていない。
明日、パウロに相談してみよう。そう決めて、私は眠りに落ちた。
翌日、ノルンは学校へ、アイシャは買い出しへとそれぞれ出かけていった。二人がいない間に、私はパウロ、ゼニス、リーリャ、ロキシー、シルフィを集め、ノルンとアイシャの誕生日パーティについて相談することにした。
「二人の十歳の誕生日を、祝ってやれていないことに気づいたんです」
私がそう切り出すと、ゼニスが真っ先に大喜びした。彼女の感情表現は、以前と比べて随分と豊かに戻ってきている。
「(あら、それはいいわね!是非やりましょう!!)」
アイシャと開発したあの
パウロとリーリャも乗り気だった。話はとんとん拍子に進み、日程を決め、プレゼントは各自で用意することになった。
誕生日パーティの準備のため、私は一人で買い出しに出た。幸い、資金には余裕がある。ラノア魔法大学に籍を置きながらも、私はS級冒険者としての依頼を定期的にこなしているのだ。水王級ともなると、ギルド側から定期的に直接の依頼が来る。
向かった先は、以前に結婚式用の礼服をオーダーメイドしてもらった、あの高級服飾店だった。
店主のグランクチュリエとは、既に顔見知りというより、それ以上の間柄になっている。礼服の仕立てにあたって、デザインについて散々語り合った仲だ。造形を語り合える友人、と言ってもいいだろう。私の姿を確認するなり、彼はすぐに個室へと案内してくれた。話が早くて助かる。
プレゼントには、マントを贈ろうと考えていた。シャリーアは冬になると冷え込みが厳しい。防寒具としては、まさに必需品と言える。
もちろん、ただのマントではない。品格の高さは必須条件だ。空中城塞ケィオス・ブレイカーで見かけたレリーフの意匠をベースに、女の子らしい可愛らしさを加える。シルエットは華美になりすぎず、それでいて気品を感じさせるように、最上級の素材を選んだ。
それだけでは終わらない。魔導素材の糸を織り込んだ、実用性を兼ね備えたマントに仕上げるつもりだ。私自身が纏う外套も似た構造だが、こちらは攻撃寄りの設計になっている。今回は、二人それぞれの生活に寄り添った機能を組み込みたい。
「ノルンのマントには、遅効性の治癒魔術を発現する、この紙に書いてあるオリジナルの魔法陣を組み込んでほしい。聖級治癒魔術をベースに描き起こした。生徒会の仕事は、傍から見ていても大変そうだ。せめて、これを着ている間くらいは、心身が癒されていてほしい」
「アイシャの方は、温度調整と湿度調整の術式。それに、簡易的な結界魔術も加えてほしい。中級程度の攻撃なら弾ける強度で。買い出しで街を出歩くことも多いから、万が一暴漢に襲われても、対応できるようにしておきたい。こちらにも治癒の効果を付けるか。魔力は、私が定期的に込め直せば問題ないはずだ」
デザイン図を見せると、グランクチュリエは目を輝かせた。早速仕事に取り掛かってくれるようで、私は必要な素材を彼に手渡した。
誕生日パーティ当日。
パウロ、ゼニス、リーリャ、シルフィがパーティの準備を進める間、私とロキシーは、ノルンとアイシャを釣りに連れ出す役を担うことになった。ノルンは特に気にする様子もなく、アイシャは何やら怪しんでいる様子だったが、なんとか連れ出すことに成功した。
釣りはロキシーの得意分野だ。ブエナ村にいた頃、彼女によく釣りへ連れて行ってもらったことを思い出す。いそいそと準備を進めるロキシーの姿を、アイシャが興味深そうに眺めていた。
私は今日のところは監督役に徹する。土魔術を使い、人数分の椅子を手早く作り上げた。
アイシャはさすがというべきか、すぐに釣り具の構造を理解し、堂に入った動作で釣りを始めた。一方のノルンは、少し要領を掴めずに困っている様子だったので、ロキシーが隣について丁寧に教えていく。
ノルンとロキシーの間には、どこかまだぎこちない空気が漂っていたのだ。この機会に、少しでも仲良くなってくれればいい。私はそんな二人の様子を、後ろから静かに見守っていた。
アイシャはすぐに釣果を上げ始め、ノルンもそれに続くようにして魚を釣り上げていく。ロキシーは当然のように何匹も釣り上げ、その様子を私は微笑ましく眺めていた。
「ロキシー先生、糸の垂らし方、まだ合ってますか?」
「ええ、上手ですよ。……あとは、魚が食いつく間合いを覚えれば、もっと釣れるようになります」
「ロキシー先生の授業、分かりやすいです」
ノルンがはにかみながらそう言うと、ロキシーも嬉しそうに目を細めた。二人の間にあった、どこかぎこちない空気が、少しずつ和らいでいくのが分かる。
少し釣りすぎではないか、と内心で心配し始めた頃、アイシャから声がかかった。
「お兄ちゃん、あまりに簡単に釣れすぎじゃない?……もしかして、何かやってるでしょ」
さすがに鋭い。実のところ、私は水魔術で水流を密かに操作し、魚が集まりやすいように誘導していた。竜の眼があれば、水中の魚影を視認するのは造作もない。あとは、餌の周りに自然な水流を作り出し、誘い込むだけだ。
「……気のせいだろう」
「絶対怪しい」
そう言いながらも、アイシャはそれ以上追及してこなかった。大喜びのノルンと、ノルンと少しずつ打ち解けて嬉しそうなロキシーの顔を見られたのなら、この程度の小細工にも十分な甲斐があったというものだ。
日が傾いてきた頃、私たちは大漁の魚籠を抱えて家路についた。あまりの釣果に、ノルンのテンションはまだ高いままだ。ロキシーに嬉しそうに話しかけている。その様子を、アイシャと並んで歩きながら眺めた。
「ただいまー!」
「おめでとう!」
家の中に入った瞬間、拍手が起こった。まばらながらも、惜しみない拍手だった。
パウロ、ゼニス、リーリャ、シルフィが出迎えてくれる。ノルンとアイシャは明らかに驚いた様子だった。
テーブルには豪勢な食事が並べられ、二人は誕生日席へと案内される。まだ驚きが抜けきらない様子の二人を見て、私は密かに満足した。
パウロが音頭を取って乾杯する。ノルンはまだ状況を飲み込めていない様子だったが、アイシャの方はすぐに理解が追いついたようで、「十一歳だけどいいの?」と尋ねていた。ゼニスが「(一年遅れちゃっただけよ。遅くなってごめんね)」と、優しく答える。
誕生日プレゼントも、二人とも喜んでくれたようだった。礼服の時と同様に、太陽と月のような、一対のマント。ロキシーはそこに込められた魔法陣の精緻さに驚き、シルフィは「貴族でもこんなの持っていないよ」と目を丸くしていた。アリエル王女の護衛を務めている彼女は、貴族社会の事情にも詳しくなったのだろう。
私としては、あくまで心ばかりの贈り物のつもりだったのだが、思った以上に市場価値が高くなってしまったらしい。ゼニスとリーリャが絶句し、パウロは「お前、服屋でもやっていけるんじゃないか!」と豪快に笑った。つられるように、家族全員が笑い声を上げた。
ノルンは早速マントを羽織り、鏡の前でくるりと一回転して見せた。生地の裾がふわりと揺れる。
「……あったかい。それに、なんだか身体が軽く感じる」
「治癒の魔法陣が、常に微弱に働いている。気づかない程度の負荷でも、積み重なれば大きな差になるからな。君は生徒会の仕事で忙しくしているだろう?少しでも癒やしになればと思ってな」
アイシャの方は、マントの内側に縫い込まれた術式の刻印を興味深そうに指でなぞっていた。
「これ、市場に出したらどれだけの値がつくか、想像もつかないね……。お兄ちゃん、変なところで気前が良すぎるよ」
「私にとって、君たちは最上級に大事だからな」
軽口を返すと、アイシャは呆れたように、それでいて心底幸せそうに、顔を赤らめて笑った。
ラノア魔法大学の自分の研究室では、『呪い減衰』の魔術具製作に心血を注いでいる。ほぼ完成はしている。しかし、龍神オルステッドが再び私の前に現れるまでに、試験・評価まで終わらせておきたい。彼が纏う呪いの影響を最小限に抑えることは最優先事項だった。
共に研究に励むクリフも、あの空中城塞への遠征を経てからは、一皮剥けたように研究にのめり込んでいる。自身の限界を認め、知識という研鑽を選んだ彼の背中は、以前よりもずっと迷いがなくなっていた。
私は定期的に空中城塞ケィオス・ブレイカーへ通い、ナナホシとの共同研究と、ペルギウスによる召喚魔術の講義を受けていた。
「……ルーデウス。貴様は教えがいがあるな」
ペルギウスからは、覚えが早いと度々褒め言葉をいただくようになった。召喚魔術の深淵は、私が得意とする転移魔術の理論とも密接に通じている。その術式構成や魔力伝導のロジックは、私の既存の魔術にも存分に応用することができた。
おかげで、ナナホシの帰還に向けた研究も加速している。
現在、私たちの研究は「特定物質の召喚」を経て、生物召喚の初期段階へと移行していた。しかし、精密な対象指定は依然として困難を極めている。指定した植物を呼び出そうとしても、座標や情報の微かなブレにより、狙いとは若干異なる個体が召喚されてしまうのだ。
そして今日、ペルギウスとナナホシの見守る中で、新たな召喚実験を行うことになった。
私とナナホシが構築したのは、百五十枚にも及ぶ多層構造の魔法陣だ。
「起動、します」
魔力を流し込み、積層された術式を同調させる。空間が歪み、光の粒子が収束した。
魔法陣の中心に現れたのは、一匹のハムスターだった。
「……ハムスター、か。目標はモルモット、だったが……」
「でも、成功よ。生物を生きたままこちらの座標に定着させられた……!」
ナナホシが、興奮を隠しきれない様子で呟いた。目標個体とは若干の差異があるものの、生命活動を維持したまま異世界から生物を招き入れたという事実は、研究が次の段階……すなわち人間自身の転送へ向けて進めることを意味していた。
魔法陣の中で戸惑うハムスターを、ナナホシがそっと両手で掬い上げる。その小さな生き物を見つめる彼女の目には、単なる研究対象を超えた、どこか懐かしむような色が浮かんでいた。
実験の成功を祝し、ペルギウスを交えての祝いの席が設けられた。
並べられた酒を前に、私は少しだけ警戒していた。以前、ナナホシの酒癖の悪さを目の当たりにしていたからだ。だが、彼女も自身の置かれた状況を理解しているのか、今日は酒量を弁えているようで安心した。
宴が落ち着いた頃、私は温めていた今後の実験計画について、提案を切り出した。
「……ナナホシ。君が元の世界に、帰る前に。……まずは、私が先に行って、安全を確認したい」
私の言葉に、その場の空気が静止した。
「私が異世界の座標へと、先に飛び。……向こう側の環境や、術式の安定性を、実地で調査する。……君を不確実な状態で、送るわけにはいかないからな」
リスクヘッジは当然の処置だ。まずは私という「先遣隊」が道を拓く。それが、彼女を確実に帰すための、最も合理的な手順だと判断したのだ。
驚きに目を見開くナナホシに対し、私は静かに、諭すように言葉を継いだ。
「小動物の召喚に成功した。次は、対象の重量を増やしていくつもりか?」
ナナホシは、当然のステップだと言いたげに頷く。だが、私はあえて釘を刺した。
「それは、やめるべきだ。これ以上、重量を増やせば、いずれ人間を召喚してしまうリスクがある。君は、また新たな犠牲者をこの世界へ招き入れるつもりか?」
私の問いかけに、ナナホシは言葉を失い、深く黙り込んだ。彼女自身が召喚に巻き込まれた当事者である以上、その危うさは重く響いたのだろう。
しばらくの沈黙の後、彼女は視線を落としたまま答えた。
「……なら、帰還に関する召喚術式の研究を優先するわ。でも、そうすると問題が……」
「ああ。無事に帰還できたかを確認する術が、現在こちら側にはない」
さらに、もう一つの難関について私は指摘した。それは、座標の精密指定だ。
「この世界も、君の故郷も、刻一刻と時は移ろっている。星の巡りすら考慮した、流動的な座標の調整が必要だ。もし君が元の世界へ戻れたとしても、転移先が上空数千メートルだったら?あるいは砂漠のど真ん中や、極寒の雪山だったら?魔力を持たない君は、その時点で即死だろう」
事実を突きつけられ、ナナホシは再び沈黙に沈んだ。彼女が歩もうとしている道は、それほどまでに不確実で危険なものなのだ。
「だからこそ、まず私がその世界に行く。私なら、どこに転移したとしても魔術で即座に対応できる。安全を確保した上で、君を導くのが最も確実だ」
私の提案に対し、これまで静観していたペルギウスが問いを投げかけてきた。
「ルーデウスよ。貴様が先に行くとして、そこからこの世界に帰ってくる術はあるのか?」
「
私は、自分はその「原点登録」の研究を重点的に行うと告げ、ナナホシには精密な座標指定の研究を深めてほしいと頼んだ。彼女は私の意図を汲み取り、真っ直ぐな眼差しで了承した。
しかし、ペルギウスはまだ得心がいかない様子で疑問を口にする。
「なぜ、貴様はそこまで大きなリスクを負ってまで助力する?先日言っていた、
「先日、この空中城塞ケィオス・ブレイカーへ転移される際、私は世界の境界で、一つの光景を見ました。それが、以前に
私の説明を聞き、ペルギウスは納得したように目を細めた。私の目的は、一人の少女を救うと同時に、この世界の理を解き明かし、邪悪な神を討つことにある。
その時、控えていたシルヴァリルがペルギウスに一通の手紙を差し出した。
魔法大学から、ナナホシ宛ての手紙が転送されてきたのだという。
その手紙に押された封蝋には、見間違えるはずのない紋章があった。
龍神オルステッドの紋章だ。
オルステッドから指定された会合場所は、シャリーアの郊外にぽつんと佇む古びた小屋だった。
前回、彼が魔法大学に現れた際に起きた未曾有の混乱を考えれば、妥当な判断だろう。伝説の龍神オルステッドを衆目に晒すのは、あまりにリスクが高い。
ナナホシは未だ安静が必要な身であるため、私は一人で現地へ向かった。携行品は、彼女から預かった手紙と、最新の研究成果をまとめたレポート。そして、今回の中核となる成果物――『呪い抑制』の魔術具だ。
異様な威圧感を周囲に撒き散らす小屋の扉を開けると、そこには既にオルステッドが待っていた。その場に立っているだけで空間が歪むような錯覚を覚えるほどの存在感だ。呪いの重みを直接知覚できるようになった今の私の眼にも、彼の纏う気配は、以前と変わらず異質なものに映る。
「……遅れて、すみません。一人で来ました」
私はまず、ナナホシからの手紙を彼に手渡した。彼女がドライン病という太古の死病に侵されたこと、ペルギウスの助力もあり、一命を取り留めたこと。現在は体調を戻すため、空中城塞にて療養中であることを簡潔に説明した。
続いて、魔術に関する研究成果を報告する。内容はペルギウス様に行ったものとほぼ同一だが、オルステッドの知識量に合わせ、より術式の深部に触れる補足も加えた。
「……そして、これが研究の成果物です」
私は腕輪サイズの魔術具を差し出した。
オルステッドは無言でレポートに目を通し、その腕輪を検分していた。無表情だが、一定の感触を得られたことが分かった。
オルステッドの鋭い眼光が、私の身体へと向けられる。
「……ルーデウス。その身体の変調はどうした」
彼が指したのは、私の両手足にあるエメラルドグリーンの鱗と、鋭い黒爪、竜の眼だ。
私は転移の迷宮での
「……私は家族に手をかけた、
自らの内に渦巻く、奴への静かな、しかし決して消えることのない殺意。
私はオルステッドの瞳を真っ直ぐに見据え、問いかけた。
「……
オルステッドが、重く、深い口を開きかけた、その時だった。
「……っ!」
私の左目――予見眼に、異常なヴィジョンが映り込んだ。
数秒後の未来。この小屋の強固な扉が、凄まじい衝撃で粉砕される光景。
思考よりも先に、私の右手が術式を構築していた。
「『雷槍』!」
掌に凝縮された紫電の槍を生成し、私はオルステッドを庇うようにして、入口へと立ち塞がった。
直後、轟音と共にドアが切り裂かれ、一人の人影が凄まじい速度で突進してきた。
燃えるような紅い髪。
剣の聖地での修行を経て、かつてよりも遥かに洗練された、だが荒々しい闘気を纏ったその戦士――。
「エリス……!?」
そこにいたのは、私の婚約者である、エリス・ボレアス・グレイラットだった。
驚愕の声が喉から漏れる。エリスの剣と私の雷槍が激突し、凄まじい衝撃波が狭い小屋の中に吹き荒れた。高電圧の余波がエリスの剣を伝ったはずだが、彼女は瞬時にその危険を察知したのか、器用なバックステップで距離を取る。
直後、切り裂かれた扉の向こうから、獣族の戦士――ギレーヌもその姿を現した。
「待て、二人とも。オルステッドは、敵ではない」
私は声を張り上げた。だが、龍神オルステッドの呪いに直接当てられている彼女たちには、私の言葉は届かないようだった。二人の瞳には、根源的な恐怖と、それを塗りつぶそうとする過剰な殺気が宿っている。
「オルステッド。先ほどの腕輪を装着してください。……急ぎ、お願いします」
私の言葉に従い、オルステッドが魔術具を左手首に嵌めた。その瞬間、小屋を満たしていた異様な威圧感が、霧が晴れるように減衰していく。
エリスとギレーヌの身体から、爆発的な殺気が消えた。二人は当惑したように視線を交わし、ようやく正気に戻ったようだった。
事情を聞くと、エリスたちは剣の聖地で免許皆伝を受け、真っ先にシャリーアの私の家を訪ねてくれたのだという。
そこでパウロから私の行き先を聞き、この小屋まで追いかけてきた。だが、小屋から溢れ出す異常な気配――呪いの波動を察知し、私が窮地に陥っていると判断した彼女は、迷わず斬り込んだのだ。
一切の躊躇がない、実に行動原理が明確なエリスらしい判断だった。
「オルステッド。失礼しました」
私は婚約者の非礼を謝罪し、中断されていた対話を再開する。
「……ルーデウス。お前に頼みたいことがある」
オルステッドは重厚な声で言った。だが、彼は私が手渡したレポートを指し示した。
「だが、まずはこの報告書を精査し内容を正しく把握したい。詳細な話は明日改めて行おう」
膨大な研究データと魔術理論が記されたレポートだ。彼の知識と照らし合わせる時間が必要なのだろう。私たちは明日、再びこの場所で会うことを約束した。
帰り道、私はエリスと手を繋いでシャリーアの街へと向かった。爪が彼女を傷つけないよう、細心の注意を払った。
剣の聖地での過酷な修行を経て、彼女の掌は以前よりも硬く、逞しくなっていた。それでも、伝わってくる体温は、私の記憶にあるエリスそのものだった。
こうして再び、彼女の隣に立っていられる。
その事実が、理屈抜きに嬉しくて、熱いものが込み上げてくる。
道々、エリスは剣の聖地での修行の日々を、途切れ途切れに語ってくれた。厳しい剣神、幾度となく味わった屈辱、そしてついに掴んだ免許皆伝の実感。彼女の口調はぶっきらぼうだったが、言葉の端々に滲む充実感までは、隠しきれていなかった。
さて、家に戻ったらエリスを正式に家族へ紹介しなければならない。
それに、ロキシーやシルフィ、そしてエリス。
これからの生活環境を考えれば、やはり家の増築計画を本格的に始動させなければならないな。
ナナホシの研究が原作より早めに進んでいるので、ルーデウスのほうから忠告と提案を入れました。
感想にいただいたことを大きく追記した回でした。
他にも追加してほしいエピソード等ございましたら感想に書いてみてください。可能な限り、追記したいと思います。