無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
シャリーアの郊外。静寂の中に異様な圧迫感が漂う古い小屋の前に、私は立っていた。
扉を開けると、そこには銀髪の巨躯、龍神オルステッドが既に待機していた。呪いを抑制する魔術具を既に渡してある。昨日はただそこに座っているだけで世界の法則を歪めてしまうような威圧感だったような気がするが、今はそれが無さそうだ。私には呪いが通じないので良く分からないが。周囲の空気の張り詰め方一つで、彼の存在感の質が変わったことは何となく察せられる。
「昨日お渡しした魔術具の具合は、いかがでしょうか」
私の問いに、オルステッドは手首の腕輪を一瞥して頷いた。
「……呪いの波動が、劇的に抑えられている。不完全とはいえ、これほど明確な効果を出すとは。お前の理論は私の知る龍族の知識にもない異質なものだ。おかげで、今日はお前以外の者が近づいても即座に殺意を抱くことはないだろう」
一安心だ。続けて、オルステッドは懐から一つの腕輪を取り出し、私に差し出した。龍神を示す紋章が施されている。
「これを受け取れ。
私はその腕輪を受け取り、複雑な魔力回路を観察する。量産が難しいなら、この術式を解析して代替案を私が構築し、家族全員を奴の視線から外すことができれば、生存確率は飛躍的に向上するはずだ。指先に伝わる微弱な魔力の脈動から、術式の複雑さがそのまま伝わってくる。解析には、それなりの時間を要するだろう。
続けて、オルステッドはシンプルな銀の指輪を差し出してきた。魔力をこの指輪に込めればオルステッドを呼ぶことができるらしい。
「……オルステッド。あなたは、なぜそこまでして
「
オルステッドの声に宿る静かな殺意。それは個人的な復讐心を超え、もはや種としての義務のように聞こえた。父の仇、という一言の裏に、どれほどの歳月と、どれほどの喪失が積み重なっているのか。私にはまだ、その全貌を推し量ることすらできない。
彼が持つ龍族の秘術は、魔力の回復速度が通常の千倍も遅くなるという副作用を伴っているらしい。
「……魔力の回復に千倍の時間がかかる。それでは容易に本気を出せないのも道理です。魔力の回復方法の開発という宿題は、このためのものだったのですね。各地に点在する転移魔法陣の仕組みや、ナナホシの治療の際に検討した魔力の委譲について応用すれば不可能ではないと思います。今後その研究を深めれば、あなたの魔力回復を助ける手段になるかもしれません」
私の提案に、彼は僅かに眼を動かした。表情の変化に乏しい彼にとって、それは驚きに近い反応なのかもしれない。
「……もしそれが可能ならば、俺の活動限界は大きく改善されるだろう」
その一言には、数万年という途方もない時間の中で積み重ねられてきた諦観と、それでもなお残るわずかな期待が、同居しているように聞こえた。彼がこれまでどれほどの制約の中で戦い続けてきたのか、私には正確に想像することすらできない。だからこそ、私にできることがあるのなら、全力で取り組むべきだろう。彼の言葉には常に無駄がないが、その裏に隠された感情の機微を読み取ろうとするたび、私は自分の理解の浅さを思い知らされる。
話題は家族を守る方法へと移る。オルステッドは強い運命を持つ守護魔獣の召喚が有効であると説き、一つの魔法陣の巻物を差し出した。
「
渡された巻物を開き、魔法陣を検分する。複雑に絡み合う術式の中に、いくつかの脆弱性を見つけるのに、さほど時間はかからなかった。
「……オルステッド、私は今ペルギウス様から召喚魔術を学んでいます。この魔法陣にはセーフティが無い。他者が召喚した存在まで召喚できてしまいます」
「問題あるか?」
「大ありです。私の魔力量だと、ペルギウス様の配下まで召喚できてしまいます。……多少、修正して使用させて頂きます」
勉強させてもらっている身でペルギウスに失礼は働けない。オルステッドは気にしていないようだが。
続いて、彼が語ったのは
五龍将という響きに、私は思わずペルギウスの顔を思い浮かべた。あの傲岸不遜な龍王の胸にも、そのような鍵が埋め込まれているというのか。
「その五人を殺し、秘宝を奪い取らねばならない。甲龍王ペルギウスも例外ではない。それが数万年前から定められた手段だ」
「……それではあまりに時間がかかりすぎます。それに、協力的なペルギウス様を殺すのは到底受け入れがたい。真正面から鍵を開けることだけが、正解ではないはずです」
オルステッドが鋭い三白眼で私を見た。
「もし
私の提案は、現在の研究を攻撃的に転用するものだった。特に、ナナホシとの研究での『原点登録』は重要な技術になるだろう。
「奴の居場所を特定し、そこに強引に転送の門を繋ぎ、最大火力を直接叩き込む。これならば、味方を殺す必要も、何なら八十年後のラプラスの復活さえ待つ必要もありません。正門を通るための鍵を探すよりも、壁を突き破って直接崩壊させてやればいいのです」
オルステッドは絶句していた。数万年の歴史をループし、決まったルールの中で戦い続けてきた彼にとって、問題を構造上の欠陥として突き崩そうとする私の発想は、天変地異に等しい衝撃だったのだろう。彼が纏う空気が、僅かに揺らいだように見えたのは、私の錯覚ではないはずだ。
「……フッ、ハハハ!驚いたな。数万年の停滞が、お前という一人の存在によって書き換えられた気分だ。よかろう、ルーデウス。お前の言うその不正規な方法、試してみる価値はある。俺が全面的に協力しよう」
「ありがとうございます、オルステッド。では、まずは正確な位置特定から開始します」
その後、話は核心である『ラプラスの因子』へと至る。魔神ラプラスの正体は、かつての魔龍王ラプラスの成れの果てだという。
かつての戦いで魂を真っ二つに割かれたラプラスは、人を殺す目的と知識だけを保持した『魔神』と、技の継承を目的とした『技神』に分かれた。
「魔神ラプラスは転生法を用いて己の因子をばらまき、魂を未来へと送った。現在、その因子を持ち、高い魔力や緑の髪といった特徴を持つ者が現れている。シルフィエットもその一人だ。奴は女にはなれんから、彼女がラプラス本人である可能性は無いがな」
シルフィの魔力量の背景が説明され、私は安堵した。長らく疑問に思っていた彼女の異常な魔力量の理由が、ようやく腑に落ちる。そして話は私自身の魂について及んだ。本来、転生法は器となる肉体を乗っ取る技術だが、オルステッドは私の疑念を否定した。
「……私の記憶の中にルーデウスという人物は存在しない。本来は死産だった器が『記憶』という知識を得て生き永らえたのだろう。お前もラプラス因子を持っているが、それだけでここまで強くなることはありえない。お前の膨大な魔力量とその術式は、因子による素質を、お前が幼少期から鍛え上げた努力の賜物だ。誇るといい」
オルステッドは私の歩みを肯定してくれた。積み重ねてきた時間が無駄ではなかったことを再確認し、私は前を見据える。誰に言われるでもなく積み上げてきた鍛錬と研究が、この龍神からの評価という形で結実したことに、静かな充足感を覚えた。
「了解しました。自らの資質を正しく使い、その力を
オルステッドから初の任務を承る。
帰り道、私は暮れなずむ空を眺めながら、確かな足取りで歩いていた。空全体が茜色に染まり、道行く人々の影が長く伸びている。数万年の宿業を背負う龍神と、その宿敵たる神もどき。そのどちらの重みも、今の私にはまだ実感として掴みきれていない。だが、頭で理解できていなくとも、進むべき道筋だけははっきりと見えていた。
家には、エリスやシルフィ、ロキシー、そして大切な家族が待っている。 その日常を守り抜くために、私は私の戦いを、これまで以上に「本気」で始めるのだと心に誓った。
龍神オルステッドと同盟を結び、私に課せられた最初の任務は、アスラ王国の第二王女アリエルを王位に就けることだった。以前にも話を聞いた内容だ。任務という言葉の響きに、私は改めてこの戦いが始まったのだという実感を得ていた。
この政治工作において、鍵を握る重要人物が一人いる。その者の名はトリスティーナ・パープルホース。
彼女はアスラの上級貴族であるパープルホース家の子女だが、八歳の時に誘拐され、現在は第一王子派の黒幕であるダリウス上級大臣の性奴隷にされていたという。表向きは行方不明だが、オルステッドの知識によれば、過酷な環境を生き延び、現在は女盗賊として身を隠しているらしい。八歳という幼さで奪われた歳月を思うと、私の胸中にも静かな怒りが湧き上がる。彼女を保護することは、単なる政治的な駒集めという以上の意味を持つはずだ。
「彼女を味方に引き込めれば、ダリウスの悪行を暴く動かぬ生き証人となる。第一王子グラーヴェルの陣営はダリウスの権謀術数に依存している。ダリウスさえ失脚させれば、王子自身はさしたる障壁にはならないだろう」
権力構造というものは、往々にして一人の有能な黒幕に支えられているものだ。その支柱さえ折れば、表看板だけの勢力は自壊するだろう。
また、第二王子ハルファウスに関しては、そもそも王位への野心が薄く、対抗勢力として考慮する必要すらないという。
事が大きく動き出すのは一ヶ月後。それまでの期間、私はアリエルやルークと接触を保ちつつ、来たるべき決戦に備えて戦力を整えることにした。
オルステッドから受け取った指輪を使えば、緊急時に彼を呼び出すことができる。しかし、彼の魔力回復速度が極めて遅いというリスクを聞いた以上、安易に頼るわけにはいかない。可能な限り、私自身の戦力で完結させるのが論理的な最適解だ。
「装備に関しても、再考の余地があるな」
オルステッドから聞いた、『闘神鎧』。装着者の意識を飲み込むほどの呪われた防具だが、その圧倒的な性能は興味深い。あの「自律して動く鎧」という概念を応用し、私の魔術と組み合わせた新たな装備が作れないか。私の思考は、既に次世代の武装開発へと向かっていた。意識を乗っ取るという最大の欠点さえ克服できれば、竜化した身体の出力をさらに底上げできるはずだ。魔力による制御系統を外付けにし、装着者の意志を介さずとも一定の防御反応を自動化する。理論上は不可能ではない。
身体能力に関しても、今のうちに鍛え直しておく必要がある。
負荷の後遺症もリハビリによって、実戦に耐えうるレベルまで回復した。
ちょうど良いことに、シャリーアには剣の聖地で免許皆伝を受けたエリスとギレーヌがいる。この最高のリソースを活用しない手はない。
「……よし、行くぞ。エリス、ギレーヌ。手合わせを頼む」
二人は快く応じてくれた。エリスは待ちわびていたとばかりに、木剣を選ぶ手つきにも力がこもっている。
鍛錬の場は新設した自宅裏の屋外練習場だ。元々はノルンが「表通りからパウロとの稽古が見えるのは恥ずかしい」と漏らしたのがきっかけで作ったプライベートな空間だが、今では私にとっての重要な訓練施設となっている。
私は水神流を中心に、防御と反撃の技術を磨き直すことにした。武器は剣から完全に槍に移行した。この世界では、「剣神流」「水神流」「北神流」の三大流派が覇権をとっている。剣以外の武器の地位が低く、その他の武器を使うと剣士ではなく戦士と呼ばれるようになる。特に槍はスペルド族の悪評の煽りを受けて、使い手が少ない。
だが、構わない。悪評も望むところだ。私の槍術の源泉はルイジェルドだ。そして私は、デッドエンドを名乗り続けている。悪評など、払拭してしまえば良い。くだらない評判を気にしている方がよっぽど非合理的だ。むしろ、槍という不遇な武器で結果を出し続ければ、それ自体がルイジェルドたちスペルド族の名誉を回復する一助になるかもしれない。
闘気を纏えないという欠点は依然として残っているが、そこは竜人化した身体の強靭な膂力と、槍によるリーチの確保、魔眼による補助で十分にカバーできるはずだ。
まずはエリスと立ち会う。
記憶の中のルイジェルドを呼び起こし、木で出来た棒で同じ構えをとる。そのことに、エリスも気付いたのだろう。嬉しそうに、獰猛に笑った。
左目で予見眼を全力で使いつつ、右目は
魔大陸を旅していたころとは比べ物にならないほど、早く、強い。竜の膂力がなければ一撃で吹き飛ばされていただろう。しばらく打ち合いを続けたが、エリスの光の太刀に反応しきれず、倒された。竜の身体があっても、この一撃は耐えがたい、それほどまでの見事な一撃だった。私の身体は治癒魔術を使うまでもなく再生している。エリスは修行の成果を誇る様に笑っていた。
次はギレーヌとの立ち合いだ。エリスよりも素早く、そして巧妙だ。経験値が全く異なる。剣を握る手の角度、重心の置き方、視線の配り方。彼女の一挙一動には、何十年もの実戦を潜り抜けてきた者だけが持つ、無駄のなさがあった。何回かカウンターを試みたが、全て防がれてしまった。そして、ギレーヌのフェイントに引っかかって、あっさりと一本取られた。
「……筋は悪くない。本当に魔術師か疑わしいほどだ。あとは経験を積むだけだな。少し目に頼りすぎているきらいがある。勘を磨け」
ギレーヌの助言はいつも合理的だ。心に刻む。
思えば、私の戦闘技術のほとんどは「見て、予測し、対応する」という、いわば後手のロジックで構築されている。だが、実戦の場では、予測が間に合わない局面も必ず出てくる。目に頼らない「勘」という領域を、今のうちに養っておく必要があるのだろう。
幸い、体力も再生力もある。限界まで修練を重ねよう。これまでの立ち合いでは魔術を使わなかったが、次は風魔術を用いた移動力向上を組み合わせて立ち合いをする。
それから私は、この実戦的な訓練を日課とした。エリスとの打ち合いにおいて、日を追うごとに反応速度が上がっていくのが自分でも分かった。竜化した身体のポテンシャルを、少しずつ引き出せている感触がある。ギレーヌからは、「勘」を鍛えるための地味な反復訓練――目を閉じたまま気配だけで相手の位置を捉える鍛錬を課され、最初のうちは何度も無様に転がされた。それでも、五日目あたりから、微かにではあるが「見えない何か」を感じ取れるようになってきている。魔眼に頼りきらない戦闘技術の土台が、少しずつ固まりつつあった。
また、家族の安全を確保するための『守護魔獣』の召喚も実行した。
他人の召喚獣を誤って奪わないよう、オルステッドの魔法陣に独自の改良を加えて起動したのだが……。想定していたのは、精々中型の魔獣程度だった。私の魔力量を考慮しても、常識の範囲に収まる存在が呼び出されるはずだった。
「……くぅん」
魔法陣から現れたのは、やたらと大きな白い子犬だった。
いや、子犬と呼ぶには巨大すぎるが、その仕草はどう見ても間抜けな犬のそれだ。大森林にいるはずの聖獣を呼び出してしまった……?いや、きっと気のせいだ。ただ、少しだけ巨大な犬だろう。
犬の観察を数日続けた。やはり、この犬が『聖獣』なわけがない。家族の誰にでも人懐っこく、なんならたまに寝小便を垂らしているこの生物が、大森林で信仰されている伝説の聖獣であるはずがない。……きっと私の勘違いだろう、そう思うことにする。
念のため、
しかし、この「犬」は妙にロキシーに懐き、家族にも危害を加える様子がない。とりあえず、この食いしん坊の巨犬に家の留守番を任せることにした。名前は、まだ決めていない。
ザノバとクリフにも、今後の大まかな方針を共有した。
当初、クリフは龍神オルステッドという存在に強い不信感を抱いていたが、彼が「世界中の人間に嫌われる呪い」に罹っていることを説明すると、即座に得心したようだ。
「呪い、か。なら仕方ないな。僕の妻も呪いに苦しめられているから、その理不尽さはよくわかるよ」
クリフの理解の早さに助けられた。エリナリーゼのこともそうだが、彼自身がキシリカから受け継いだ魔眼という異物を身体に宿す身だ。他者の「異質さ」に対する理解が、人一倍深いのかもしれない。
一方でザノバは、私が語った闘神鎧の話に異様な興奮を示した。
「師匠!その自律する鎧の技術、まさに我らが研究している
「ああ。クリフの最近のテーマである『結界魔術と他属性の混合』の技術を組み込めば、さらに強固なものが作れるかもしれない」
技術的な話題になると、彼らの熱量は凄まじい。夜が更けるのも構わず、二人は次々と設計案を出し合い、私はそれを片端からその場で検証していった。
結局、その日は三人で酒を酌み交わしながら、魔導武装の設計案について一晩中語り合うことになった。
アリエルを王にするための政治工作。その裏で進める、私自身の戦力の再構築。
一ヶ月後の「期限」に向けて、全ての歯車が噛み合い、回り始めた。
ザノバ、クリフとの徹夜の議論を終え、私は早朝の光を浴びながら帰路に就いた。夜通し語り合った疲労はあるが、頭の中は不思議と冴えていた。設計案がいくつも形になった充実感が、眠気を上回っているのだろう。
自宅の前に辿り着くと、見慣れない……いや、よく知る男が門の前に立っているのが見えた。
ルーク・ノトス・グレイラットだ。
ルークは、私の家の前でエリスに熱烈なアプローチを仕掛けている最中だった。
「いったい何をしに来たんだ、こいつは」
私は冷めた目でその光景を眺める。エリスは明らかに不機嫌そうだったが、ルークは空気を読まずにしつこく言葉を重ねていた。
そして、堪忍袋の緒が切れたらしいエリスの拳が、ルークの顔面にめり込んだ。
「がっ……!」
短い悲鳴と共に、ルークはその場に崩れ落ちて意識を失った。
私は溜息をつき、気絶したルークの足を掴んだ。そのまま、荷物でも運ぶような所作で、家の裏にある鍛錬場へと彼を引きずっていった。
鍛錬場では、パウロとノルンが朝の稽古をしていた。
「兄さん、それは……ルークさん!?」
引きずられてくるルークを見て、ノルンが驚愕の声を上げる。パウロも眉をひそめてこちらを振り返った。木剣を握ったままの二人の間で、朝の空気が一瞬にして緊張感を帯びる。
「気にするな。エリスをナンパして、返り討ちに遭っただけだ」
私は端的に説明し、ルークに初級の治癒魔術を施した。ノルンは、まだ状況が飲み込めていない様子で、地面に転がるルークと私の顔を交互に見比べていた。
意識を取り戻し、顔をさすりながら起き上がったルークに、私は釘を刺す。
「人の嫁にちょっかいを出すな。死ぬぞ」
意外にも、ルークはすぐに居住まいを正して謝罪した。
「……悪かった。お前の女だったか。今日はお前に一つ、頼み事があって来たんだ」
ルークの表情から浮ついた色が消える。空気が一変したのを、私も肌で感じ取った。
「俺たちに、アリエル様に協力してくれないか?」
「協力なら、既にしているつもりだが」
「アリエル様はペルギウス様を説得することを、諦めかけているんだ」
ルークは悔しそうに言葉を続けた。その声には、普段の軽薄さの奥に隠れていた、彼なりの誠実さが滲んでいた。
「俺たちはこれまで、魔法三大国へ働きかけ、多くの貴族や技術者を仲間に引き入れてきた。だが、それらは所詮アスラ王国の外にいる勢力に過ぎない。王国の中枢を動かす決定打にはなり得ないんだ。だが、ペルギウス様は違う。あの方の影響力と発言力、そして戦闘力。あの方がいれば、アリエル様の道は大きく躍進する。だから、頼む」
つまり、ペルギウス様の説得を仲介してほしいということか。
私は思考を巡らせる。アリエルを王にすることは、オルステッドと同盟を結ぶ上での既定路線だ。協力することに異論はない。
『記憶』が警鐘を鳴らしている。ルークの言っていることはまともなようで、少し違和感がある。なぜ今になって……?アリエルが苦戦していることは事実だろうが、私に政治力を期待しているとは考えにくい。確かに私はペルギウスとは良好な関係を築いてきた自負はあるが、それとこれとは話が別だ。私が横から介入して、そう簡単に解決できる問題とも思えない。
特に、タイミングが怪しすぎる。私は
だが、ルークはオルステッドから
「ルーデウス?」
頭を抱える私に、ルークが話しかける。
……ルークの疑惑は後でオルステッドに相談だ。
それがなくとも、ルークには確かめておかねばならないことがあった。
「父さん。練習用の木剣を二本、投げてくれ」
パウロから放られた二本の木剣のうち、一本をルークへと投げた。彼は驚きながらも、それを反射的に受け取った。
「協力してもいいが、試させてもらおう。ルーク」
ペルギウスが行うような『試練』を、私も真似してみる。今の彼にその資格があるか、確認させてもらおう。
「なっ、魔王アトーフェすら倒したお前に、俺が敵うわけないだろう!」
ルークが声を荒らげる。私は冷静に、感情を排した声で応じた。
「お前は敵の方が強ければ戦わないのか?アリエル王女は絶望的な状況で、ペルギウス様に立ち向かっているというのに。安心しろ。魔術も魔眼も使わない」
私は水神流の構えを取った。ルークはしばらく戸惑っていたが、やがて覚悟を決めたように剣神流の構えで対峙した。朝日を浴びた彼の瞳には、先ほどまでの浮ついた色はもう無く、剣士としての鋭さだけが宿っていた。
「来い」
打ち合いが始まる。ルークの踏み込みは鋭いが、私の目から見れば軌道はあまりに単純だ。彼の放つ一撃を、最小限の挙動で難なく受け流していく。木剣同士が乾いた音を立てるたび、ルークの表情が徐々に険しくなっていった。
パウロとノルンは、鍛錬を止めて静かにその光景を見守っていた。
ルークの剣は、端的に言って「普通」だ。中級程度だろう。王女の筆頭護衛騎士としては、あまりに脆弱と言わざるを得ない。よく今までアリエルの命が守れたものだ。しかも、ルークは幾つかの魔道具を装備している。速度を上げる靴、力を高める手袋を使ってこの程度とは。
「もっと死に物狂いで鍛錬すべきだな。お前は致命的に鍛錬が足りていない」
数合交わすうちに、ルークの息が切れ始めた。持久力も不足している。女性に声を掛ける暇があるなら、その時間で死に物狂いで修練を積めば良いのだ。
私は剣を交えながら、彼に問いを投げかけた。
「アスラ王宮における、アリエル王女の戦況を言ってみろ」
「すこぶる悪い!第一王子派がほとんどの権益を握っている。だからこそ、お前の助力が必要なんだ!」
「王宮の騎士や貴族を相手取って、剣を振る覚悟はあるか?」
「もちろんだ。私はアリエル様の騎士なのだから!」
「……それが、お前の父や兄であってもか?」
その言葉を投げた瞬間、ルークの顔色が一変した。
「……どういう意味だ!?ノトス家を侮辱するつもりか!」
感情に支配された剣筋。それはもはや、素人以下だ。
私は彼の強引な一振りを容易く受け流すと、踏み込み、その腹部へ木剣を一撃見舞った。
「ぐはっ……!」
ルークはその場に膝をつき、うずくまる。
アリエルは、あのことをルークに伝えていないのか。自分で気付いても良さそうなものだが……それも
「そうなる可能性があるから聞いたんだ」
「そんなわけないだろう!父上が……あの方が裏切るなんて!」
「既にノトス家当主はアリエル王女から離れているだろう。そうでなければ、これほど王宮内での戦況が悪くなるはずがない」
アリエルは……ルークを悪友のようにみている節がある。唯一自分に残った騎士、それすらを失わないように、伝えていなかったのだろう。ルークはアリエルの精神安定剤でもあるのだ。すぐに殺すのは避けた方が良い。
私は真っ青になったルークを見下ろし、冷徹な論理を突きつけた。政治とは、時に近しい者の善意すら信じ切れない残酷な領域だ。それを、今のうちに叩き込んでおく必要がある。
「ノトス家当主になったつもりで答えろ。王位がどちらに転んでも、ノトス家を存続させる方法があるとしたら、どうする?」
ルークが目を見開く。
「そんな方法、あるわけ……っ」
「ある。アリエル王女が負けた場合、お前の兄を当主にする。アリエル王女が勝った場合、父とお前の兄が死に、お前が当主になればいい。ほら、どちらに転んでも『ノトス家は』存続する。合理的な生存戦略だ」
ルークの手から木剣が零れ落ちた。
「お前の父が、その判断をしている可能性を否定できないはずだ」
ルークは答えない。だが、その絶望に染まった表情が、私の推論が当たっていることを示唆していた。
「私が試したいのは、その時にお前が父や兄に剣を振れるかどうかだ。振れないと言うのであれば、お前はついてこない方がいい。アリエル王女にとっても、お前の父にとっても、足手まといになるだけだ」
ルークを突き放す。これは脅しではない。これから向かう戦場では、身内の裏切りさえも計算に入れなければならないのだ。
「アリエル王女への協力はお前に言われるまでもなくするつもりだ。だが、お前が半端な覚悟で足手まといになるというなら、その前に私がお前を殺す。それだけは覚えておけ」
言葉に込めた重みは、脅しではなく、純粋な事実の提示のつもりだった。ルークがそれをどう受け止めるかは、彼自身の問題だ。
私はそれだけ告げると、倒れたルークを放置して歩き出した。地面に座り込んだままのルークの背中に、それ以上の言葉はかけなかった。彼が本当に覚悟を固められるかどうかは、彼自身が答えを出すべき問題だ。
「父さん、ノルン。手当は任せたよ」
向かう先は空中城塞。
まずはアリエルと会う。そのあとで、オルステッドに相談だ。
空中城塞ケィオス・ブレイカーを訪れると、庭園ではアリエル王女がお茶会を開いていた。
給仕をしているのは空虚のシルヴァリルだが、主であるペルギウスの姿はない。代わりにアリエルの正面に座っていたのは、療養中のナナホシだった。庭園には穏やかな風が吹き、テーブルの上の紅茶から立ち上る湯気を静かに揺らしている。
「アリエル様。随分とお疲れのようですね」
私の目に映るアリエルは、過酷な政務に追われる役人のように生気を欠いていた。表面上は優雅に取り繕っているが、目の下にはうっすらとクマが浮かんでいる。かなりの窮地に立たされているようだ。
対するナナホシは、アリエルの「話を聞いてほしい」という無言の訴えを無視し、非常に居心地が悪そうに茶を啜っていた。療養中の身で政治の話に巻き込まれるのは彼女にとっても本意ではないのだろう。
「ああ、ルーデウス。ちょうど良かったわ、こっちに来て座ってくれない?」
ナナホシに促され、私は二人の間に腰を下ろした。
シルヴァリルが私にも茶を淹れてくれた。
「ルーデウス様、ご無沙汰しております。龍神オルステッド様と同盟を結ばれたこと、改めてお祝いを申し上げます」
「ありがとうございます」
「……強大な方同士は、やはり惹かれ合うのでしょう。私のような、ペルギウス様に相手にされない者とは対照的ですわ」
アリエルの言葉には自虐の色が混じっていた。相当に自信を失っているらしい。普段の凛とした立ち振る舞いからは想像もつかないほど、彼女の心は追い詰められているようだった。
「ねえ、ルーデウス」
ナナホシが私の脇を突いた。
「昨日、オルステッドが来たわよ。……これからも色々頼むって、私にもあなたに協力するように言っていたわ」
アリエル王女もまた、オルステッドと話したらしい。以前オルステッドが魔法大学に来た時に顔合わせは済んでいる。必ず王位に就けと激励されたらしい。アリエル王女はオルステッドに協力を要請したが、オルステッドは恐れられているだけで、ペルギウスのようなアスラ王国における威光には期待するなと言っていたとのことだ。
「ルークから、あなたを助けてほしいと頼まれました。オルステッドの目的にも合致しています。私にも協力させてくださいませんか?」
アリエルの瞳に驚きと、一筋の涙が浮かんだ。彼女は空いた手でそれを拭うと、王女としての顔を取り戻して私を見つめた。張り詰めていた気配が、僅かに緩んだのが分かる。
「……分かりました。ありがとうございます、ルーデウス様」
私たちは握手を交わし、協力体制を確認した。議題は最大の障壁であるペルギウスの説得へと移る。ナナホシは我関せずといった様子で、静かに茶のおかわりを飲んでいた。
「『王として最も重要な要素とは何か』。ペルギウス様の問いに対する答えを、見つけなければなりませんね」
「……その問いに、複数人で相談して答えても良いものなのでしょうか」
アリエルの懸念に対し、シルヴァリルが答えた。
「ペルギウス様は、アリエル様がいかにして答えを出しても、その答えが正しければお力を貸してくださいます。むしろ、なぜお一人で悩まれているのかと不思議がっておられましたよ」
アリエルは苦笑し、ようやく憑き物が落ちたように立ち上がった。彼女は背筋を伸ばし、本来の自信に満ちた声で会議の開始を宣言した。
「では、始めましょう。まず確認させてください。アリエル様は、なぜ王になりたいのですか?」
「……私を信じ、死んでいった者たちに顔向けができないからです」
アリエルは、王国を脱出する際に命を落とした、多くの忠臣たちの名を挙げた。私やシルフィ、エリナリーゼが助けに入っていなければ、もっと多くの者が命を落としていただろう。彼女の口から語られる一人一人の名前には、それぞれ重みのある背景があった。
私は彼ら一人一人のことを詳しく聞かせてほしいと頼んだ。どんな性格で、何を誇りに思い、どのように最期を迎えたか。
アリエル王女は死んでいった者たちのことを驚くほど鮮明に記憶していた。彼らの絆の強さは、想像以上に重いものだった。
しかし、そのエピソードの中に、王としての決定的な要素を見出すことはできなかった。行き詰まりを感じ始めたその時、アリエルがふと一人の名を口にした。
「……デリック。デリック・レッドバットのことを思い出しましたわ」
「デリック?どなたですか?」
「以前、私の守護術師を務めていた者です。強襲を受けた際、私を庇って亡くなりました。……思い返せば、私が王になろうと決意したのは、彼の死がきっかけだったのです」
彼女は十年前の記憶を語り始めた。
当時のアリエルは王位に興味がなく、日々の享楽に耽っていた。だが、あの日。突如として現れた刺客を前に、デリックは自らの魔術の詠唱を中断してアリエルに注意を促し、その隙を突かれて命を落としたのだという。
その時の光景を語るアリエルの声は、僅かに震えていた。十年という歳月を経てもなお、色褪せない後悔なのだろう。
「あそこで詠唱を止めなければ、彼は刺客を倒し、生き残れたはずでした。……ですが、それでは私が死んでいた。彼は文字通り、命を懸けて私を守ったのです」
アリエルは拳を握りしめ、震える声で続けた。
「『どうか、王になられてください』。それが彼の最期の言葉でした。私は、彼らの死を無駄にしないために、王にならなければならないと、その時初めて決意したのです」
静まり返る庭園。アリエルの顔から迷いが消え、透き通るような笑顔が浮かんだ。長らく彼女の表情に張り付いていた疲労の影が、その瞬間、嘘のように晴れていた。
「ルーデウス様。……答えがわかりましたわ」
その確信に満ちた表情を見て、私は彼女が、ようやく本当の「王」への一歩を踏み出したことを確信した。
空中城塞ケィオス・ブレイカー、謁見の間。
そこには、立ち並ぶ十二の精霊たちが放つ、静謐ながらも暴力的なまでの圧力が満ちていた。空気そのものが薄い膜を張っているかのような、独特の緊張感がある。
その最奥、玉座に鎮座するのは、この城の主であり伝説の五龍将の一人、甲龍王ペルギウス・ドーラ。 対峙するのは、アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラだ。
アリエルは一歩一歩、石床を鳴らして十二精霊の間を歩む。背後にはシルフィと、空中城塞に戻ってきたルークが付き従っていた。
その表情には、迷いや焦燥は一切見当たらない。彼女が選んだ衣装も、それに付き従うシルフィとルークの装いも、王族としての格を最大限に誇示するものであった。数日前まで生気を欠いていた姿が嘘のように、今の彼女からは静かな覚悟が滲み出ている。
私は、オルステッドから貸与された魔力伝導率の高い黒いローブを纏い、彼女たちの後ろに控えた。
アリエルが優雅に礼を執り、それに合わせて私たちも膝を突く。
「この度は謁見の場を用意していただき、誠にありがとうございます」
「能書きはいい。今日は何の用だ?その出で立ちを見るに、茶会の誘いとは思えぬが」
ペルギウスは頬杖をつき、いかにも退屈そうに言い放った。城内の音を全て把握している彼にとって、この対話は予定調和の儀式に過ぎないのだろう。もっとも、その退屈そうな態度の奥に微かな興味が滲んでいることを、私は見逃さなかった。
「ペルギウス様に、私がアスラ王国の王となるための、お力添えを願いに参りました」
「ほう……ならば改めて問おう。王として最も重要な要素とは、何だ?」
ペルギウスの鋭い眼光がアリエルを射抜く。謁見の間に、痛いほどの静寂が満ちた。
アリエルは視線を逸らさず、毅然として答えた。
「『意思を継ぐ』ということです」
その言葉が、広大な謁見の間に響き渡った。
意思を継ぐ。デリックの死、そして彼女のために命を散らした十三人の従者たち。彼らが託した未来という名の情報を、彼女は自らの存在意義として定義したのだ。
ペルギウスの朋友、ガウニス王が戦後の混乱をまとめ上げた背景にも、同じようなロジックがあったのかもしれない。
「…………ふっ。意思を継ぐ、か」
ペルギウスが嘲笑するように鼻を鳴らした。玉座に鎮座するその姿からは、まだ真意を測りかねる。
「つまり貴様の志は、他人に左右される程度のものというわけだ。そのような者が、真の王と呼べるか?」
「はい。その通りです。私の志など、他人に左右される脆いもの。一般的に定義される『真の王』とは程遠いでしょう」
アリエルは一度言葉を切り、さらに強い口調で続けた。
「ですが、私は、私に意思を託してくれた者たちにとっての王であれば、真の王でなくとも構いません」
「ほう……。つまりこの我に、そのような愚鈍な王に力を貸せと言うのだな?」
「はい。愚鈍であればこそ、あなた様のような智者の助力が必要なのです」
場の空気が凍りついた。精霊たちの中にも動揺が走るのが分かる。アリエルの答えは、ペルギウスの理想とする回答とは明らかに異なっていた。私は密かに、彼女の胆力に感嘆していた。この場で退路を断つような発言をするのは、並大抵の覚悟ではできない。
「それで、本当に我を動かせるとでも思ったのか?」
「いいえ。ですが、これが私、アリエル・アネモイ・アスラの偽らざる覚悟です。それが拒絶されるというのであれば、ペルギウス様のお力は、今の私には必要ありません」
突き放すようなアリエルの言葉。もしペルギウスの理想を無理に演じて助力を得たとしても、それは後に致命的な軋轢を生む。彼女はそれを本能的に理解し、自身の核を貫いたのだ。
ペルギウスが、ゆっくりと立ち上がった。その双眸が見開かれる。 彼は、さっと右手を掲げた。玉座から放たれる圧力が、一段と強まったように感じられた。
「よくぞ言った、アリエル・アネモイ・アスラよ!貴様の信念、しかと聞き届けた!」
私は咄嗟に右手の魔力回路を励起させ、不測の事態に備えたが……続く言葉に動きを止めた。
「この甲龍王ペルギウス・ドーラ。貴様の力添えとなることを、今は亡き朋友ガウニスに誓おう!」
「……ありがとうございます」
ペルギウスは高らかに宣言した。アリエルの幕僚に、この世界でも最高峰の力が加わった瞬間だった。
アリエル王女が退出した後、私は一人玉座に残るペルギウスを振り返った。彼の視線は、既に去ったはずのアリエルの背中を追うように、扉の方へ向けられたままだった。
「結局のところ、あれは正解だったのですか?」
「我の望む答えではなかったな」
ペルギウスは、どこか愉快そうに笑った。
「アリエルはガウニスとは似ても似つかぬ。だが、彼女の立ち振る舞いを見ていて思い出したのだ。かつてガウニスが語った『理想の王』の姿をな。……あやつも、面白い女だ」
その口ぶりには、亡き友を懐かしむような、柔らかな響きが混じっていた。
人によって最適解は異なる。ペルギウスは、アリエルの中に「友が夢見た可能性」を見たのだろう。
「ルーデウス・グレイラット。なぜ貴様は、あの場でオルステッドの名を出さなかった?奴の名を出せば、もっと効率的に話が進んだはずだ」
「……案にはありました。アリエル王女が答えを出せなかった時は、オルステッドの名を使ったでしょう。しかし、私も愚鈍な王が生まれることを望みません。これは、アリエル王女にとって必要な試練でした」
「ふむ……」
「それに、オルステッドの名を出してもペルギウス様から協力が得られなかった時の案も、考えておりました。些か強引な手段になるので、避けたくはありましたが……」
「……それは、貴様とオルステッドが政敵を直接殺す、ということか?確かに、貴様らの力を合わせれば、それも可能だろう」
「私やオルステッドは、目的のために手段を選びません。ただ、殺す人数が多すぎるので、アリエル王女は後で苦労したでしょうね。血に濡れた王座に座ったとしても、できるのは恐怖政治だけでしたでしょうから」
「……貴様に召喚魔術を教えたこと、我はいつか後悔するかもしれんな」
「オルステッドが、貴方に何か言いましたか?」
「……何も。だが、伝わるものがある。奴が我の『何か』を求めている、という程度はな。認めたくはないが、同じ古代龍族の血を引いているということだ。あやつは、罪悪感を孕んだ目で我を見てくるのでな」
ペルギウスは心底不愉快そうにそう言った。本当はオルステッドをこの空中城塞ケィオス・ブレイカーに招くことすら避けたいのだろう。ペルギウスには呪いは効いていないようだが、両者の間には明確な力の差がある。長い歴史の中で積み重ねられてきた確執は、私のような新参者が容易に踏み込める領域ではなさそうだ。
「詳しいことはお話しできませんが、私はペルギウス様と敵対しないような道をオルステッドに提示するつもりです」
「あの『龍神』に対して、貴様が提案できることがあると?あやつは知識ですら我を超えるぞ」
「オルステッドにも知らないこと、思いつかないことはございます。私が開発した『呪い軽減の腕輪』には大変驚かれていたようなので」
「くくっ、確かに、貴様の思い付きは、龍族ですら驚くからな」
彼はそう言って喉の奥で低く笑った。先ほどまでの不機嫌さは、幾分か和らいでいるようだった。
少し時間を潰して、アリエル王女の部屋に行く。
アリエル王女はペルギウスの協力が得られるとのことで、肩の荷が下りたようだ。長年の懸案が一つ解決したことで、その表情には明らかな余裕が戻っていた。
談笑の後、アリエルは真剣な表情でこれからの予定を切り出した。
「父上が重病という情報が入りました。準備を急ぎ、二週間後にはアスラ王国へ戻ります」
オルステッドの情報通りだ。私は、戦略的な観点から一つの提案をした。
「アリエル様。転移魔法陣は、王国内ではなく国境付近に繋いでもらうのが得策かと。王女としての正当性を示すためにも、国境から首都までを徒歩で進み、国民にその姿を見せるべきです」
「一理ありますね」
アリエルの同意。だが、ルークが反対の声を上げた。
「自分は反対です。道中に刺客が潜んでいる可能性が高い。最短ルートで国内に転移すべきです。第一王子派が雇った強力な剣士、北帝の噂もあります」
先ほどまでの打ちのめされた様子とは打って変わって、ルークの声には確かな熱が戻っていた。少なくとも、王女の安全を第一に考える姿勢そのものは、本物のようだ。しかし、こちらを見る目が怪しい。まるで、私の悪評を何者かに吹き込まれたような……。
シルフィも移動時間の短縮を支持し、議論は紛糾しかけた。私の目的は、道中でダリウスの弱点であるトリスティーナに接触することにある。国境ルートは譲り難い。
しかし、その時、部屋をノックする音が響いた。 現れたのはシルヴァリルだった。彼女にしては珍しく、僅かに表情が硬い。
「失礼いたします。……今しがた、アスラ王国内の転移魔法陣が、全て破壊されていることが判明しました」
「えっ!?」
室内の空気が一瞬にして張り詰めた。ルークが弾かれたように立ち上がり、シルフィも息を呑む。
シルヴァリルの説明によれば、ペルギウスの命を受けてアルマンフィが調査したところ、国内の接続先が軒並み沈黙しているという。
「ゆえに、国内への転移は不可能です。最寄りの魔法陣は国境付近。そこから徒歩での移動となります」
何者かの作為的な干渉……
状況が私の提案を強制的に肯定する形となり、ルークから更なる疑いの視線が向けられる。シルフィすらも、不安そうな目で私を見ていた。
「それならば、仕方ありませんね。ルーデウス様の案で行きましょう」
アリエルだけが動じず、冷静に指示を飛ばした。混乱する一同の中で、彼女の判断力だけは既に王者のそれに近づいているように見えた。
「ルークは旅の準備を。シルフィは私と共にあいさつ回りを。ルーデウス様はお任せいたします」
的確な役割分担だった。彼女はもう、周りに頼りきりの王女ではない。この短期間で、彼女自身の中に確かな指揮官としての芯が育ちつつあることを、私は感じ取っていた。
不透明な要素は残るが、舞台は整った。 アスラ王国、王位継承戦。 私は、私に託された役割――トリスティーナの確保と、障害の排除に向け、活動を加速させることにした。
pixivから色々と細かな追記・修正を入れています。
ルークには少し厳しい言葉をかけてしましました。ルークファンの方には申し訳ないです。