無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
ダリウスを討ち果たし、アリエル王女が事実上の勝利を収めてから十日の月日が流れた。
王都の混乱は徐々に沈静化しつつあるが、その裏では敗者への冷徹な戦後処理が着々と進んでいる。
かつてアリエル派の筆頭でありながら土壇場で裏切りに転じたピレモン・ノトス・グレイラットは、現在軟禁状態に置かれている。家督は即座にルークの兄へと移譲された。王国最大の不祥事を引き起こしたノトス家は、今や没落の一歩手前と言える惨状だ。これから先、彼らが再び王政の中枢へ返り咲くには幾多の困難が待ち受けているだろう。権力の頂点から転落するまでの速さは私が思っていた以上のものだった。
ギレーヌは、サウロスを陥れた主犯であるピレモンたちに対し、今なお抜剣せんばかりの鋭い敵意を隠していない。長年仕えてきた主家への裏切りは、彼女にとって到底許容できるものではなかったのだろう。だが、その燃え盛るような怒りを、力強い一言で諫める人物がいた。
「もう良い、ギレーヌ。過ぎたことを追うては、お主の剣が濁るぞ」
声の主は、サウロス・ボレアス・グレイラット。
諸々の法的手続きとアリエル王女の采配により、事件から数日後にようやく牢獄から解放されたのだ。
数年ぶりに再会したサウロスは、記憶にある豪胆な姿に比べれば酷く老いて痩せこけていた。だが、その眼光の鋭さと魂の熱量だけは、鉄格子の向こう側でも失われていなかったようだ。長年の投獄生活は彼の肉体を蝕んでいたが、精神までは折れさせられなかったらしい。
サウロスは牢から一歩踏み出した途端、私とエリスの二人をその細くなった腕で力いっぱい抱きしめた。
「よくぞ……よくぞ、わしを解放してくれた。ルーデウスよ!」
かつてボレアス家で家庭教師として過ごしたあの日々が、濁流のような懐かしさを伴って脳裏に蘇る。私の目頭が熱くなるのを感じた。隣を見れば、エリスも、そして常に沈着冷静なギレーヌの瞳にも、熱い涙が浮かんでいた。長い年月を経て、ようやく巡り会えたこの瞬間の重みを、誰もが噛み締めているようだった。
サウロスに直接諭されたことで、ギレーヌはようやくピレモンたちへの殺意を収め、剣を完全に鞘へと戻したのだった。
また、サウロスの解放に伴って王都に呼び出されたフィリップとヒルダとも久しぶりの再会を果たした。長らく顔を合わせる機会のなかった二人だが、その表情には安堵と喜びが同時に浮かんでいた。
「ルーデウス!無事だったのね、本当に……!」
ヒルダは再会を果たすなり、人目も憚らず私を思い切り抱きしめた。彼女の腕の力強さにこちらまで胸が熱くなる。
かつて接した頃の彼女は、私を疎み遠ざけていた時期もあった。だが今の彼女は、一人の息子を慈しむ母親のような顔をしていた。元々、子どもを愛する愛情深い人なのだ。私も一人の子どもとして接してくれることに幸せを感じる。……だが、抱擁が長くないか?少し息苦しくなってきた。手で離すことはできない。私の爪が彼女を傷つけてしまう。
子供の頃とは違うのだ。成長した私にとって、エリスとよく似た豊満な身体を持つ彼女に強く抱きしめられるのは、正直に言って緊張を禁じ得ない。
案の定、その様子を横で見ていたエリスに、後で思い切り頬を抓り上げられた。
アリエル女王擁立の立役者となったエリス、ギレーヌ、そして私。その三人を身内に抱えるフィリップたちの立場は、今や大貴族の中でも圧倒的に優位だ。これから先、ボレアス家はフィリップを中心に、アリエル王女を支える最大の盾として再編されていくことになるだろう。政治的な地殻変動と呼んで差し支えないほどの変化だった。
ヒルダは、隣に立つエリスの成長した姿を見て、何度も何度も涙を拭っていた。娘の凛々しくも美しい姿に、これまでの苦労が報われるのを感じているようだった。その光景を確認し、私は今こそ、正式に伝えるべき時だと判断した。
「サウロス様、フィリップ様、ヒルダ様。……エリスとの結婚を、認めていただけますか」
私の言葉に、サウロスとヒルダは顔を見合わせ、当然だと言うように快諾してくれた。二人の表情には、驚きよりもむしろ「ようやくか」という安堵の色が浮かんでいた。昔からの付き合いの中で、既に既定路線として受け止められていたのだろう。
「何を今更!お主のことは、もうとっくに家族だと思っておるわ!」
サウロスの豪快な笑い声が、屋敷の広間に響く。その声には、長い投獄生活の間、決して失われることのなかった生命力が満ちていた。家族として受けいれられている事実に、涙が出そうになるほど感動してしまう。
しかし、フィリップだけは、少しだけ真面目な顔をして私に問いを投げかけた。
「ルーデウス。君はこれからどうするつもりだ?望むなら、君がノトス家の当主になれるようアリエル様に根回しをすることも可能だが。それとも、ボレアス家に加わるか?」
フィリップの声には、政治家としての計算と、家族としての純粋な期待の両方が滲んでいた。
それは、私の未来を決定づける問いだった。私は迷うことなく、自らの意思を告げた。長らく胸の内で温めてきた答えだ。
「ボレアス家に加えてください。……家庭教師としてこの家に来たあの日から。私はいつか、この家族の一員になりたいと……そう願っていましたから」
フィリップは意外そうな顔をした後、静かに頷いた。彼の目元には、隠しきれない喜びが浮かんでいた。私はさらに言葉を重ねる。
「それに、私がボレアス家の一員として動いた方が……フィリップ様にとっても、今後の政治工作がやりやすいでしょう?」
私のあけすけな指摘に、フィリップは口角を吊り上げ、ニヤリと笑った。損得勘定を隠さない私の物言いを、彼はむしろ好ましく思っているようだった。
「ふ、はは……。全く、相変わらず可愛げのないほど頭が良く回る。だが、その通りだよ。君という最大戦力がボレアスに固定されるのは、私にとって最高の贈り物だ」
フィリップの笑い声には、心底からの満足が滲んでいた。
こうして、私たちは正式な絆を結び直した。
王都での戦後処理が山積する中、一つの大きな決定をした。
シャリーアに戻る前に、このアスラ王国の王都にて、私とエリスの結婚式を挙げてしまおうということになったのだ。
ボレアス家への合流、そしてアリエル王女の戴冠。重なる慶事の締めくくりとして、これ以上のタイミングはないだろう。故郷に戻ってからでは、また別の慌ただしさに巻き込まれるのは目に見えていた。
私は連日、事後処理をこなしつつ式の準備を進めていた。目まぐるしい忙しさの中でも、不思議と苦にはならなかった。
エリスはこれまで見せなかったような熱量で準備に張り切っている。一方、シルフィはアリエル新女王の公務を手伝うため、王城へと詰めきりになっていた。まだ王城は慌ただしい。護衛を離すべきではないだろう。今のシルフィであれば、ルークよりもずっと強いだろうしな。
ある日の午後、私は報告のために王城の一室を訪れた。アリエル王女に頼んで特別に借り受けている、情報の遮断が保証された一室だ。
そこには、銀髪の巨躯が静かに佇んでいた。窓から差し込む光の中、彼の存在感だけが異質な密度を持っているように見える。
「……オルステッド。遅くなりました」
龍神オルステッドは、ずっとこの城の中に潜伏し、私たちの動向を監視していたらしい。
「ルーデウスか。……水神レイダを討ち取ったこと、高く評価する。水神があれほどまでにあっさり敗北したのは、俺の観測した例にもない、全くの予想外だった」
「……光栄です。運良く、術式の相性が噛み合ったに過ぎませんが」
オルステッドは重厚な声で、アリエルが王になることはもはや確定したと告げた。その言い方は、まるで未来が既に確定していると知っているかのような、奇妙な確信に満ちていた。
これまでの私の活動が彼の大きな助けになったことで、私はようやく彼からの真の意味での「信用」を勝ち取ったらしい。オルステッドは、これまで秘匿していた事情を私に打ち明けてくれた。
「……俺は、甲龍暦三百三十年から、二百年の時を幾度となく繰り返している」
その言葉の重みに、私は一瞬息を止めた。二百年という歳月を、何度も、何度も繰り返す。想像するだけで気が遠くなるような地獄だ。
オルステッドは、自分が「時間遡行」の中にいることを告白した。
彼は何度も、グラーヴェルとアリエルの王位継承戦を見てきたのだという。そして、
この件において、
「
彼の執念を目の当たりにし、私は背筋が伸びる思いだった。だが私も
城を出て、現在私たちが滞在している屋敷へと戻る。
この屋敷はアリエル王女から功績の対価として譲り受けたものだ。立地も構造も優れている。将来的に、シャリーアとここを繋ぐ転移魔法陣を設置し、中継地点にする計画も脳内で進行していた。庭の広さも申し分なく、いずれ家族全員で訪れる機会があってもいいだろう。アスラ王国は地脈の魔力が少ないので、新しい方法を考える必要があるだろう。アイデアは既にある。
屋敷の応接室には、一人の先客がいた。水王イゾルテ・クルーエルだ。
彼女の表情には、割り切れない複雑な感情が渦巻いているのが見て取れた。師を失った悲しみと、それでも前を向こうとする強さが、同じ顔の中でせめぎ合っているようだった。
「……イゾルテ殿」
私は彼女の瞳を真っ直ぐに見据えて切り出した。
「アリエル様をお守りするためとはいえ、私は貴女の家族……レイダさんを殺しました。私に対して復讐する権利が貴女にはある。そのための決闘ならば、いつでも受けて立ちます」
私の言葉に、イゾルテは力なく首を振った。その仕草には、既に決着のついた感情の静けさがあった。
「いいえ。……師匠が最後に残した言葉があったのです。それは、『雷鳴には決して手を出すな』という遺言でした」
彼女の話によれば、アリエル女王から水神流に対して十分な便宜を計る約束がなされたという。流派の存続が保証された以上、敵に回る理由はない。政治的な打算というより、それは彼女自身が師の遺志を継ぐための、静かな決断のようにも見えた。
「おばあちゃん……師匠も、この平和な時代に最後まで一人の武人として戦って死ねたのだから、これ以上の本望はないでしょう」
イゾルテはそこまで語ると、ようやく憑き物が落ちたように微笑んだ。
そして、私ではなく背後にいたエリスへと視線を向ける。
「エリス。貴女、結婚式を挙げるんですってね。……友人として私も出席しても良いかしら?」
「……。……ええ、わかったわよ。勝手にしなさい」
エリスは少しだけ顔を赤くし、照れ臭そうに、だが力強く頷いた。剣を交えた者同士だからこそ通じ合う、独特の友情がそこにはあった。
王都の喧騒は、アリエル新女王の采配によって、驚くべき速さで統制された秩序へと書き換えられていた。宮廷経験を持たない私の目にも、その手腕の鮮やかさは明らかだった。
裏方で活躍したトリスティーナも、正式にパープルホース家の令嬢としての身分を回復する手続きに入ったようだ。アリエルは、彼女が身を置いていた例の盗賊団のネットワークすらも王国の非公式な情報網として有効活用するつもりらしい。清濁併せ呑む彼女の判断は、統治者として極めて合理的だ。
甲龍王ペルギウスは、早々に空中城塞へと帰還していた。
水神レイダによって消滅させられたアルマンフィたちを、速やかに「再構成」して復活させるのだという。配下であるが、彼にとっては即修復すべき貴重な資産なのだろう。その合理性は、彼の傲岸不遜な言動とは裏腹に、配下への確かな責任感の表れでもあった。結婚式には自身の名代として別の眷属を城に滞在させ、出席させるという配慮までいただいた。
一方、龍神オルステッドは、今なお王城の一室に留まっていた。
「……腕輪のおかげでこれほどの待遇を受けられるとは。お前の作った魔術具の性能には、改めて驚かされる」
その声には、皮肉ではなく、素直な感嘆が滲んでいた。数万年を生きる龍神が、これほど率直に驚きを表に出すのは珍しい。
オルステッドは、城内で一人の貴賓として扱われている現状に、どこか戸惑い混じりの感銘を受けていた。彼ほどの存在が、呪いの影響を受けずに人族の王城で「平穏な日常」を過ごすなど、数えきれないほどのループの中でも稀有な事例なのだろう。アリエルも、彼への恩義を最大限の礼遇という形を取っていた。
諸々の準備が佳境に入った頃、私はシルフィと共にアリエルの私室へと呼び出された。
王族の私室に相応しい豪華な装飾が施された空間だが、そこには人払いがされており、完全なプライベート・モードが保たれている。壁一面の書棚には、政務に関する書類だけでなく、彼女の趣味と思しき小説の類も並んでいた。
「ようこそ。……今日ばかりは、女王ではなく一人の友人として手ずからおもてなしさせてください」
アリエルは自ら飲み物を用意し、私たちに差し出した。慣れない手つきではあったが、そこには彼女なりの誠意が込められていた。その所作には、これまで見たどの場面よりも自然体な彼女の姿があった。
「城内はまだ事後処理で混乱していますが……これまでに培ってきた人脈が、欠落した穴を的確に埋めてくれていますわ。フィリップも、その卓越した手腕を認められ、近く要職に就くことが決まりました」
アリエルの口調には、心からの信頼が滲んでいた。
フィリップが政治の中枢に食い込むことは、ボレアス家の安定のみならず、私の活動拠点としての安全性も高めてくれる。非常に好ましい進捗だ。
「……さて。ルーデウス様、シルフィ。改めて、今回の件のお礼をさせてください。望むものがあれば、何でも言ってくださいな。……もし望まれるなら、今夜、私が貴方と共に一夜を明かしても構いませんのよ?」
「……アリエル様。シルフィにもエリスにも怒られます……そのような冗談は謹んでください」
彼女のこの手の冗談には、もうすっかり慣れてしまった。慣れたとはいえ、笑って流せる程度には、彼女もこちらの反応を楽しんでいるようだった。……だからシルフィ、私を睨まないでほしい。
結婚式を間近に控えた身で、そのような火遊びを起こすわけにはいかない。
私は話題を軌道修正し、最も合理的な「報酬」を求めた。
「……スペルド族の風評被害の払拭に。……国を挙げて、協力していただきたいのです。ノルンが手がけている物語をより広範囲に配布するため、量産用の工房の準備をお願いします」
「分かりましたわ。ノルンは私の妹のような存在だもの。その努力が実を結ぶよう、王国最高の工房と、宣伝のための予算を確保しましょう」
ノルンの喜ぶ顔が目に浮かぶ。これで大きな推進力を得られるだろう。彼女がコツコツと積み上げてきた執筆活動が、ようやく国家規模の後押しを得ることになる。
最後に、アリエルはシルフィへと向き直り、深く、長く頭を下げた。
「シルフィ。貴女には、言葉では言い尽くせないほどの恩があります。……貴女が側にいてくれたから、私はここまで来られた」
「……アリエル様。ボクも、貴女と一緒にいた時間は、宝物だよ」
二人の間に流れる時間は、私との関わりよりもずっと長く、深い。シルフィはラノア魔法大学からの付き合いだろうが、互いの人生の岐路を支え合ったことで強い絆となったのだろう。言葉を交わさずとも伝わるものがあった。
私はボレアス家の一員となり、この王都の屋敷にも転移魔法陣を設置するつもりだ。
「また、すぐに来ます。何かあれば、いつでも呼び出してください」
そう言い残し、私たちはアリエルの私室を後にした。廊下を歩きながら、シルフィがそっと私の袖を引いた。「アリエル様、ようやく肩の荷が下りたみたいだね」と、彼女は小さく呟いた。
ついに、エリスとの結婚式の日を迎えた。
会場となる王城の一画には、驚くほど多くの従者が配置され、分刻みのスケジュールで動いている。その陣頭指揮を執っているのは、他ならぬサウロスとフィリップだ。二人とも、まるで自分の晴れ舞台であるかのような気合の入りようだった。
「さあ、ルーデウス。早く着替えるのだ。主役が遅れてはボレアスの名に傷がつくぞ!」
サウロスの豪快な声に促され、私は用意された礼服に袖を通す。長年の投獄生活を経てなお、彼の声量は健在だった。私の腕は
「……私のためにここまで手間を。恐縮です」
「何を言うか。ボレアスの一員となる男の晴れ舞台だ。これくらい当然だろう」
フィリップの落ち着いた、だが温かみのある言葉が胸に響く。彼らは私を、異形となった姿も含めて「家族」として完全に受け入れてくれていた。
準備が整い、私は入場の直前に着飾ったエリスと対面した。
……言葉を失った。
普段の猛々しい剣士の面影を封印し、純白のドレスに身を包んだ彼女は、直視できないほどに美しく、そして可憐だった。私の視覚野が、その姿を最高解像度で記憶に焼き付けていく。何年もの間、共に戦い、共に笑い、共に泣いてきた彼女の、これまで見たことのない一面だった。
「……どう?変じゃないかしら」
不安げに、上目遣いで問いかけてくるエリス。
「……世界一、綺麗だ。見惚れてしまったよ」
「……世界一?シルフィやロキシーよりも?」
不意に投げかけられた、意地悪で、しかし切実な問い。彼女の瞳の奥には、長年抱え続けてきた不安の欠片が見え隠れしていた。私は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、淀みなく答えた。
「二人とも、私にとってかけがえのない大切な妻だ。……だが、私が人生で一番初めに選んだのは、エリス。君なんだよ」
その一言に、エリスの瞳が潤み、嬉しそうに何度も頷いた。私にとっても、長年の想いがようやく報われた瞬間だった。彼女の手を取り、私たちは会場へと足を踏み入れた。
広間には、アスラ王国の名だたる貴族たちが壁を成していた。
その中心を歩む中、私は来賓席に座る顔ぶれに驚愕した。アリエル女王、ペルギウスの名代であるシルヴァリル。そして……隅の方で腕を組み、周囲を威圧しながらも静かに座っている銀髪の巨躯。龍神オルステッドまでもが、この場に出席していた。ループを通して数万年を生きる存在が、人族の結婚式に列席するという光景は、控えめに言っても異様だった。
寿ぐ声の波を分け、私たちはアリエル女王が待つ壇上へと辿り着く。近くにはドレスを着たシルフィもいた。羨ましそうな顔でエリスを見ている。
参列者たちの視線が一斉にこちらへ注がれる中、私はエリスの手を強く握り直した。
遠くでサウロスが「ううっ、エリス……ルーデウス……!」と男泣きする声が、私の耳に届いた。
アリエル女王の前で、私たちは永遠の愛を誓った。
誓いの後、女王は優雅な所作で一歩前に出た。
「ルーデウス・グレイラット。いえ、ルーデウス・ボレアス・グレイラット。貴方の力、そして勇気。水神レイダという強敵を打ち破ったその功績に、改めて感謝を。……貴方はもはや、一介の魔術師ではありません。これより貴方を、アスラ王国の守護神……『雷鳴』を超えた『雷神』として、その名を授けましょう」
会場中の視線が、一斉に私へと集まった。かつての「雷鳴」という異名すら、いつの間にか小さなものになっていたらしい。
そして、自由な立場で自分を支えてほしいという願い。私は彼女の信頼に応えるべく、謹んでその称号を拝命した。
式後の立食パーティーは、凄まじい熱量に包まれた。
私とエリスの元には、新たな権力者とのコネクションを求める貴族たちが殺到し、対応に追われる。かつて経験したエリスの十歳の誕生日会を彷彿とさせる光景だが、今の私にはそれを受け流すだけの余裕があった。次から次へと差し出される名刺代わりの紹介状を、私は淡々と処理していく。
……私が他に二人の婚約者がいることを知らないのか?渡される紹介状は、自身の娘を第二夫人に是非、という内容が多い。幸い、エリスとシルフィに睨まれる前にヒルダがビシバシと捌いていった。有難い……後でお礼の品を持っていこう。
人垣が割れ、サウロスがギレーヌを伴って現れた。ギレーヌが一歩前に出る。
「ルーデウス……お嬢様を、頼むぞ。……ありがとう」
ギレーヌの声には、万感の思いが込められていた。
ギレーヌが静かに頭を下げた。長年エリスを守り続けてきた剣士としての矜持と、師匠としての想いが、その一礼に凝縮されているようだった。
「言われるまでもありません。エリスは私の命を懸けて愛し、守り抜きます」
「……私も。私が、ルーデウスを守るわ。ずっと側にいるんだから!」
決意に満ちたエリスの声が、パーティー会場の喧騒の中でもはっきりと響いた。
エリスの力強い宣言に、ギレーヌは満足そうに目を細めた。長年守り続けてきた主が、こうして幸せそうに笑う姿を見られたことが、何よりの報酬なのだろう。
彼女はこれから要職に就いたフィリップの護衛として、ボレアス家に戻るのだという。ギレーヌがエリスを剣の聖地に連れて行ったことは不問になるようだ。
「ギレーヌ。君に渡したいものがあるんだ」
私の合図で、数人の従者が一つの彫像を運び込んできた。会場の視線が、一斉にその布に覆われた台座へと集まる。
卓上に乗る程度のサイズだが、そこには私の技術の粋が詰め込まれている。
黒い筋肉の躍動、鋭い眼光、そして今まさに放たれんとする『光の太刀』。
それは、剣王ギレーヌ・デドルディアを象った、私の自信作だ。
「見事ですわ……」
「……ッ!」
周囲の貴族たちが息を呑む。
いつの間にか傍らにいたシルヴァリルが、仮面の奥で目を輝かせていた。
「素晴らしい。ペルギウス様はこれをご覧になれなかったことを、間違いなく悔やまれるでしょうね」
最大級の賞賛だ。
ギレーヌは震える指先で像に触れ、感激のあまり言葉を失っていた。その瞳には、隠しきれない涙が滲んでいる。
「ボレアス家の一番目立つ場所に飾るぞ!」と、フィリップとヒルダも我が事のように張り切っている。
アリエル女王も、少し羨ましげな視線を像に向けていた。
「……私の戴冠式の姿も、いつかその腕で形にしてくださるかしら?」
「ええ、喜んで。最高の一体を約束します」
私の返答に女王は満足げに微笑んだ。その笑顔には、これまでの重責から解き放たれた者だけが見せる、屈託のない明るさがあった。
その夜。
シルフィはアリエル女王の公務に付き添い、今夜は城に残っている。
私は、薄着になったエリスと静かに向かい合っていた。窓の外には、結婚式の余韻を残した王都の夜景が広がっている。
再会してから今日まで、私たちはこの日のために、一線を越えることを自制してきた。もちろん、シルフィとロキシーも同様だ。この長い旅路の中で幾度となく芽生えた想いを、互いに律し続けてきたのだ。
だが、もう後ろめたいことは何もない。
「……ルーデウス。やっと、あんたのものになれたわね」
潤んだ瞳で私を見つめるエリス。その表情には、これまで見たどんな戦いの後にも浮かべたことのない、無防備な柔らかさがあった。
私は彼女を強く、壊さないように抱きしめた。
腕の中に伝わる確かな鼓動と、愛する人の体温。
私はその無上の幸せを噛み締めながら、彼女と共に深い眠りへと、あるいは新しい夜へと沈んでいった。
窓の外では、王都の灯りが一つ、また一つと消えていく。長い戦いの果てに掴んだこの穏やかな夜が、これから先も続いていくことを、私は静かに願った。
ようやくエリスと公的に結ばれることができました。
ルーデウスはエリスと結婚式を挙げる前は、ロキシーともシルフィとも結婚の手続きを取らないつもりでしたので、これまで『婚約者』と表記させていただきました。
ボレアス家のみんなも今後の物語に加えていければと思います。