無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~   作:haru-ha

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【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)

以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。

【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。


第48節 もう一つの結婚式:里帰りと、四つの誓い

 

Side: ルーデウス

 

エリスと王都で正式な契りを交わした後、私たちはブエナ村への移動を計画していた。シルフィの両親に結婚の承諾を得るためだ。

 

「シルフィ、アリエル様の護衛は良いのかい?」

「イゾルデさんとギレーヌさんがいるんだもの、大丈夫だよ」

 

確かに剣神流と水神流の王級二人が護衛についていれば問題ないだろう。それに、城にはまだオルステッドとシルヴァリルがいる。今のアリエルを暗殺するのは世界で一番難しいに違いない。

 

二人で街を歩き、馬を受け取りに行く。空を飛んでいくことも考えたが、シルフィがアスラ王国の景色を見たいと言い出したのだ。帰りは飛んで帰るため、馬は購入してブエナ村に置いていこう。シルフィの両親への手土産代わりだ。私とシルフィは無詠唱で治癒魔術も使えるので、馬を治癒すれば休憩も短く済む。

 

「あたしも行くわっ!」

 

王都の出口である門に差し掛かった時、そう声をかけられた。エリスだ。

まぁ、遠目からでもエリスの赤毛は目立つ。シルフィと、「あそこにいるのはエリスだよな?」と話しながら近づいたのだ。私たちが空を飛んでいっていたら、エリスは待ちぼうけを食らっていただろう。シルフィの選択に感謝した。

 

「エリス、ボレアス家の館にいなくて良いのかい?」

「問題ないわっ!」

 

エリスは元気が良い返事を返すが、少し目を逸らしている……何か隠している証拠だ。

詳しく問い詰めて、ようやく白状した。王都のボレアス邸には今、私宛に婚約の打診が山ほど届いているらしい。それを聞くだけで面倒臭さが伝わってきた。実際、シルフィから「ルディ、凄くめんどくさそうな顔をしているよ?」と言われ、エリスは同感したのか力強く頷いていた。

それらの打診については、フィリップは飄々と、ヒルダは青筋を浮かべながら対処しているらしい。エリスはその場から逃げ出してきたというわけだ。

 

「……相乗りになるが」

「構わないわ!」

 

今からもう一匹馬を取りに行くのは面倒だからそう聞いたのだが、エリスは嬉しそうに私が乗る馬に相乗りしてきた。私の目の前に飛び乗ってきて、横向きに座る。エリスの髪の毛から甘い香りがして、どぎまぎしてしまう。やはり私の妻は美しく、目が離せなくなりそうだ。シルフィはその様子をじっとりと見てきた。

 

「……ずるいよエリス」

「ふふん、無事に結婚の承認が取れたら代わってあげるわよ」

「ブエナ村まで二週間はかかるんだよ!?それに帰りは飛んで帰るつもりだったし……せめて一日交代にして!」

 

エリスなりの発破の掛け方だろうか。シルフィも元気よく言い返している。

想定よりもにぎやかな出発となった。

 


 

ブエナ村の風景は記憶にあるものとほとんど変わっていなかった。

 

緑豊かな丘陵と、素朴な木造家屋。かつてロキシーと共に魔術の稽古をした草原もそのままの姿で残っている。風に揺れる麦畑の匂い、遠くで鳴る家畜の鈴の音、土を踏みしめる乾いた感触。そのどれもが、記憶の奥底に眠っていたものを一つずつ呼び覚ましていくようだった。時が止まったかのようなこの静けさは、目まぐるしく変化を続ける私自身の日常とは対照的で、どこか心が安らぐ感覚があった。

 

「懐かしいね、シルフィ」

「そうだね、ルディ……何年ぶりになるんだっけ」

 

郷愁の念に駆られたのだろう、シルフィの目には涙が浮かんでいる。エリスはきょろきょろしていた。エリスは一度来たことがあったか、変化点を探しているのかもしれない。

 

見覚えのある小さな家の前で馬から降り、少しの間エリスに手綱を預かってもらう。

シルフィと並んで扉の前に立つ。シルフィがドアを叩いた。その手は少し震えていた。

 

しばらく待つと、男が顔を覗かせた。シルフィの父ロールズだ。記憶の中の姿と全く変わらない姿だ。

 

「どっ……どなた様でしょうか……?」

 

私を見て酷く怯えているようだ。……まぁ私の見目は一見して『傷だらけの魔族』だから仕方ないだろう。成長もしているし、私を認識できないのも無理はない。かつて遊びに来ていた娘の友人の少年として結びつけるのは誰にとっても容易ではないはずだ。

 

私は隣にいるシルフィに目線をやる。私に釘付けになっていたロールズの目線が、隣に移る。

 

「……シルフィ?シルフィか!?」

「ただいま、お父さん」

 

先程までの恐怖に浮かんだ顔はどこへやら、その表情は直ちに感涙に濡れ、シルフィを勢いよく抱きしめた。シルフィも、目に涙を浮かべながら抱きしめ返していた。

 

死亡率が高いこの世界で、冒険者になった娘と再会できる可能性は低いのだろう。今生の別れであることを決意して、娘を送り出していたに違いない。

二人の声が聞こえたのだろう、家の中からシルフィの母が出てきた。シルフィの母は、娘の名前を呼びながら、家族の抱擁の輪に勢いよく加わっていった。

 

涙を含んだ声が響く様子を、いつのまにか隣にいたエリスと共に見守った。

 

ようやく落ち着いた頃に、家の中に案内される。馬は家の前に繋がせてもらった。

シルフィの両親の向かい合わせになるように席に座る。小さな机が目の前にある。隣にはシルフィが座り、エリスはお誕生日席に座って腕を組んでいる。

 

私はしっかりとシルフィの両親に目を合わせ、頭を下げた。

 

「ご無沙汰しております」

「……貴方は……?いや、君はもしかして、あのルディ君かい?」

 

顔を上げてしばらくして、ようやく気づいてくれた。寧ろ、よく気づいたものだと感心する。私の見た目が変わりすぎているのだ。竜の目と両腕、更には完全に白くなった髪を持つこの姿。シルフィの母も面影に気づいたのだろう、大きく目を見開き、手を口に当てている。

 

思えば、昔はよくシルフィをこの家まで送り届けたものだった。晩御飯をご馳走になったことも一度や二度ではない。この家はあの頃とほとんど全く変わらない。まるで時が止まっていたかのようだ。

 

私がかつてブエナ村で共に育ったルーデウスだと分かると、緊張していたシルフィの両親の表情に少しばかりの安堵が浮かんだ。先ほどまでの彼らは恐怖を滲ませた目でチラチラと私を見ていたからな。

 

「まさかルディ君だとは……一体その姿はどうしたんだい?パウロさんたちは?」

「話すと長くなりますが……」

 

シルフィの母が淹れてくれた茶を時々啜りながら、ゆっくりと話した。

シルフィと冒険者として過ごし、ラノア魔法大学へ移動したこと。母ゼニスが『事故』で転移してしまい、父と一緒に探したこと。その際に大怪我を負ってしまって、経過は省くがこのような姿になってしまったこと。シルフィの両親は、机の上で手を握りしめながら聞いてくれた。

 

「そんなことが……大変だったね、ルディ君」

 

そう言って二人は私を見つめる。その目に憐れみはない、あるのは心配だ。昔、晩御飯をご馳走になった日のことを思い出す。そうだ、こんなに優しいご両親だったな。私も少し郷愁の念に駆られてしまう。

 

「ありがとう、シルフィをここまで連れて帰ってくれて……。それで、今日は?何か用向きがあってシャリーアからアスラに移動したんだろう?」

 

ここから先の話は少し心労になるかもしれない。だが、誠実でありたいから、正直に話そう。そう考えていたら、シルフィから切り出してくれた。

 

「……実はね、ボクはラノア魔法大学でアリエル王女の護衛を依頼されてたんだ」

「王女の護衛だって!?すごいじゃないか!」

「そうよ!まさかうちから、そんなにすごい人が出るなんて……!」

 

ロールズは立ち上がり、母は涙を流して寿いでいた。シルフィは続ける。

 

「アリエル王女の用で王都アルスに行っていたの。ルディも一緒に。……ここにはまだ情報は流れてこないけど、次の王座にはアリエル様がつくことになった。護衛の仕事も一段落したんだ」

 

あまりに雲上の話に、シルフィの両親は目を白黒させていた。少し理解できるまで待つ必要があるだろう。

 

「……私たちには全く分からない話だけど……良いことなのよね?」

「うん、とっても良いことだよ!ボクもルディもアリエル様を応援してたから!」

 

そこまで話して、ようやく二人に笑顔が戻った。

 

「せっかくアスラに来たから、二人に会いたくって……それに、話したいことも、あって……」

 

シルフィが顔を赤らめてこちらを流し見る。ちなみにエリスは終始腕を組んで不動の姿勢を取っている。

 

「……この度は、シルフィ、いやシルフィエットと結婚したく存じております。何卒許可を頂きたく、ご訪問しました」

 

その言葉を聞き、二人は各々それぞれのリアクションが返ってくる。母親のほうは驚きながらも嬉しさが垣間見える。父親の方は渋く、苦悶の表情をしている。父親というのはそういうものなのだろう。

 

「……ご判断いただく前に、お話しておかなければならないことがあります」

 

私は深く頭を下げ、正直に事情を伝えることにした。誠実であるべき場面で誤魔化しを挟むのは、シルフィの両親にも、そして何よりシルフィ自身にも失礼だと思ったからだ。

 

「実は……私はそこにいるエリス・ボレアス・グレイラットと、既に結婚しております」

「ぼ、ボレアスだと!?」

 

ロールズの声が裏返った。母も驚いて目を見開き、思わず隣に座るエリスをまじまじと見つめる。当のエリスは動じる様子もなく、腕を組んだまま堂々とその視線を受け止めていた。ボレアス・グレイラット家といえば、辺境の片田舎であるブエナ村の、市井の人間にさえその名が知れ渡った大貴族だ。そんな家の娘が、目の前に座っているという事実に、二人はにわかには頭が追いついていないようだった。

 

「さらに」

 

私は続けた。ここで止めるわけにはいかない。

 

「私はロキシー・ミグルディア殿も妻に迎えております。その上で、シルフィエットを三人目の妻としてお迎えしたく思っております」

「そ、それは……妾としてでしょうか……?」

 

ロールズの声に、隠しきれない怒りが滲んでいた。娘を軽んじられたと感じたのだろう、机の上に置かれた拳がわずかに震えている。当然の反応だ。私は首を横に振った。

 

「いいえ。妾ではありません。妻として、です」

 

きっぱりと言い切る。この点だけは絶対に譲れない。ここでエリスがようやく口を開いた。

 

「シルフィエットは、あたしと戦ってその権利を勝ち取ったの。親だろうが、文句は言わせないわ」

 

貴族の、しかも剣王の言葉には、圧倒的な威圧感があった。声を荒げているわけでもないのに、部屋の空気がぴりりと張り詰める。シルフィの両親は、その気迫に呑まれるようにして、ゆっくりと頷くことしかできなかった。

シルフィはそんな両親とエリスのやり取りを、少し困ったように、しかしどこか嬉しそうに苦笑して見ている。

 

「大丈夫だよ、お父さん、お母さん。ルディはきっと、ボクのことも大切にしてくれるから」

 

そう言って、私の方を見た。

 

「だよね、ルディ?」

「ああ、もちろんだ」

 

即答した。迷う理由など何一つない。

 

娘の笑顔と、私の即答を見て、シルフィの両親もようやく納得してくれたようだった。父の方が、ふう、と長い息を吐いて、椅子の背にもたれかかる。

 

「……分かった。認めよう。私たちが知っているルディ君なら、大丈夫だろう」

 

その言葉に、心の底から安堵した。こんな見目の男を、それも既に二人の妻がいるという事情まで含めて受け入れてくれるとは。感謝しかない。

部屋の空気が、張り詰めたものから、ほっとした温かいものへと変わっていく。それを見計らったように、シルフィの母がおどけた調子で言った。

 

「あらあら……いつの間に、パウロさんに似ちゃったの?」

 

パウロが妻二人をそれはそれは愛しているのは、ブエナ村では有名な話だったらしい。思わず反論しようとしたが、シルフィとロールズがあまりに楽しそうに笑うものだから、反論の言葉はそのまま喉の奥に引っ込んでしまった。エリスはそんな私の様子を、実に満足そうに眺めていた。

 

 

 

一晩、シルフィの家に泊めてもらい、翌日出発することになった。

 

翌朝、荷物をまとめて出発の支度をしていると、シルフィの母が私たちの分の弁当まで用意してくれていた。「これも持って行きなさい」と、干し肉や果物を包んだ布袋まで渡してきてくれる。母親とはこのようなものなのだろう。

帰りは予定通り空を飛んでいくため馬を二頭置いていくと伝えると、シルフィの両親は大変喜んだ。畑仕事や荷運びにいくらでも使い道があるのだろう。

 

「いつかシャリーアにも遊びに来てください。移動手段は私が準備しますので」

 

そう伝えると、二人は驚いたように顔を見合わせた。パウロたちとも、もうしばらく顔を合わせていないだろう。転移魔法陣の存在はこれから先、家族間の距離という概念そのものを大きく塗り替えていくはずだ。もっとも、一応は禁忌の技術とされているらしいので、口止めだけは念入りにしておかねば。

 

シルフィの母は、娘の手を強く握り、何度も何度も無事を祈る言葉をかけていた。その光景に、私は改めてシルフィがどれほど大切に育てられたのかを実感した。

 

別れを告げて、文字通り飛び立つ。

私はエリスを抱えて空を飛んでいる。魔大陸のときは馬車ごと空を飛ぶ実験をやったな、と懐かしく思い出す。あのときはルイジェルドとエリスから散々な酷評を受けたものだ。

 

「風の中は気持ちいいわね!」

 

眼下に広がる村と丘陵を見下ろしながら、エリスが笑いながらそう話す。

 

「気に入ったならなによりだ。……酔ってはいないか?」

「ルーデウスに抱っこされてる限り酔わないわよ。信頼してるもの」

 

さらりと言われた一言に、思わずどきりとする。エリスの様子を空を飛びながら横目で見る。楽しそうに目を輝かせている。どうやら、お姫様抱っこの体勢がお気に入りらしい。

 

ふむ……途中で村の外れに寄るか。

私は世界中に新しいタイプの転移魔法陣を敷こうと考えていた。実験として、まず第一にブエナ村近くに『目印』を置いておこう。そして、王都の賜った屋敷にも、だ。

 


 

ようやく、私とエリスとシルフィはシャリーアへと帰り着いた。

 

長かった……。実を言うと、帰り道に立ち寄った王都のボレアス家の屋敷で、サウロスとヒルダに大変引き止められたのだ。特にヒルダが厄介だった。エリスの面影があって、私はヒルダに対してどうにも強く言えないのだ。「抱きしめて離さない!」とわがままを言い出したときは大変だった。こういうところはエリスに似ている、と感じた。でも、そのたびにエリスとシルフィの機嫌が急降下するのだから、板挟みもいいところだった。

 

シャリーアの自宅のドアノッカーを叩こうとしたら、その前にアイシャとゼニスに気づかれた。

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

と言いながら、弾丸のように抱きついてくるアイシャ。後ろからゆっくりゼニスがやってきて、

 

「おかえり、なさい」

 

と、たどたどしくも、しっかりと声をかけてくれた。以前に比べて、随分と滑らかに言葉が出るようになったものだ。

 

「ただいま帰りました」

 

そう言っているうちに、パウロとロキシー、リーリャが家の中から出てきた。ロキシーが、アイシャの上から抱きついてくる。アイシャから「むぎゅ」というかわいい声が漏れて、思わず笑ってしまった。約束通り、アスラ王国の甘酸っぱくて日持ちするお菓子を沢山お土産として買ってきたのだ。

 

お風呂で旅路の汚れを落とし、夕食の時間になる。

 

いつのまにかノルンも魔法大学から帰ってきていた。生徒会が忙しいらしく、少し疲れた顔をしていたが、私たちの姿を見るなり、アイシャと同じように弾丸のように抱きついてきた。姉妹でよく似ている。

 

久々の集合で、ゼニス、リーリャ、アイシャも張り切ったようだ。とても豪華な夕食になった。パウロは隠し持っていた古酒まで持ち出している。

 

「父さん、それノルンとアイシャの成人祝いに取っておいたやつじゃなかったんですか?」

「なに言ってんだ、こういう時のためのとっておきだろうが!」

 

パウロは上機嫌に杯を掲げ、ロキシーが呆れたように小さく笑っていた。

 

食事の合間に、私は今回の旅の報告をした。無事にエリスと結婚式を挙げたこと。これからはルーデウス・ボレアス・グレイラットと名乗ること。ブエナ村まで行って、シルフィとの結婚の許可も得てきたこと。

 

「よくやった!」

 

パウロが豪快に笑いながら、酒の入った杯を掲げた。

 

「あら、花嫁姿、見たかったわ……」

 

ゼニスが少し残念そうに呟く。式には呼べなかったので、無理もない。

そして、ロキシーはというと、少し寂しそうな顔で、私と目を合わせずに黙々と料理を口に運んでいた。置いてけぼりにされたような気持ちなのだろう。

 

「本当は、魔大陸まで行ってロキシーのご両親の許可も得に行きたいのですが……流石に年単位の旅路になってしまいます」

 

ペルギウスの陣を使わせてもらうにも、あまりに用途が私用すぎて言い出しづらい。せめて、その気持ちだけでも伝えたかった。

 

そう言うと、ロキシーの表情に少しだけ笑顔が戻った。

 

「……そこまで考えてくださって、ありがとうございます、ルディ。うちの両親は大丈夫ですよ。ミグルド族の集落にいますから、そう簡単に会える距離ではないと、よく分かっていますし」

 

気遣うような、それでいてどこか寂しそうな声だった。

 

そこで私は、思い切って切り出すことにした。

 

「それと……ロキシーとシルフィとの結婚式を、このシャリーアで挙げたいと思っています」

 

まだ誰にも話していなかったことなので、ロキシーとシルフィを含め、その場にいた全員が驚いた顔をした。唯一、エリスだけが堂々とした様子で、

 

「いいんじゃない?喜ばしいことだし」

 

と、涼しい顔で頷いていた。

 

ゼニスは、自分がエリスとの結婚式に立ち会えなかったことがよほど心残りだったのだろう、両手を叩いて大喜びで賛成してくれた。パウロも、

 

「ルディの晴れ姿が見れるなんてなあ」

 

と言いながら、目にうっすらと涙を浮かべていた。少し酔っているせいもあるのだろう。リーリャは早速、頭の中で段取りを組み始めたのか、「万全の準備をしなければ」と真剣な顔で呟いている。アイシャは無邪気に、

 

「お兄ちゃんとの結婚式かぁ、いいなぁ」

 

と目を輝かせていた。

 

そんな中、誰もが予想していなかった提案をしたのは、ノルンだった。

 

「あの……会場、うちじゃなくて、ラノア魔法大学の建物を借りませんか?」

「……そんなことできるのか?」

「はい。きちんと申請すれば可能です。生徒会が受け付けているので」

「なんでだ?自宅じゃだめなのか?」

 

パウロが素朴な疑問をぶつけると、ノルンは少し言いにくそうに視線を泳がせてから、意を決したように口を開いた。

 

「……兄さんの影響力だと、とんでもない人数が集まりませんか?それに、ロキシーさんも先生として生徒に人気がありますし、兄さんと併せて、紹介をしてほしいっていう生徒も多いんです。シルフィ姉も、紹介してほしいっていう声が多くって……正直、わざわざ生徒会でその対応をするのが、めんどくさくって……」

 

なんと、私たちのせいで生徒会の負荷を増やしてしまっていたらしい。申し訳なさが込み上げる一方で、ノルンは至って真剣な顔で続けた。

 

「幸せな結婚式を見せれば、その辺りの人たちも黙ってくれると思うんです」

 

なるほど、牽制に使うのか。実に合理的な良い案だ。

 

結果として、ラノア魔法大学の施設を借りて結婚式を挙げることになった。私が『雷神』の名をアリエルから賜ったことを魔法大学側も既に把握しているらしく、有名人が魔法大学にいる、ということを対外的にも喧伝したい思惑もあるようだった。

 

衣装の準備もある。式は三カ月ほど先にしてもらうことになった。

その前に、私も色々と準備を整えなければ……。

 


 

結婚式当日となった。

 

これまで準備で奔走していたが、ようやくゴールにたどり着けた。

正装をして、控室で花嫁を待つ。私の正装姿を見るなり、パウロとゼニスは既に涙をこぼしていた。まだ式が始まってもいないのに、いくらなんでも早すぎる。

 

会場には、多くの学生やラノア魔法大学の関係者が詰めかけていた。控室の窓から覗いただけでも、想像以上の人数だ。もう少し大きな会場でも良かったかもしれない、と今更ながら思う。

 

しかし、驚いている時間はない。準備することがもう一つ残っているのだ。

 

扉が開き、花嫁たちと対面する。

エリス、シルフィ、ロキシーの三名が、並んで現れた。エリスにとっては二回目の花嫁衣装だ。というのも、パウロが「せっかくだしエリス嬢ちゃんの花嫁姿をもう一度見たい!」と言い出し、ゼニスもそれに便乗したからだった。

 

エリスは、アスラ王国から取り寄せた伝統的なAラインのドレスに身を包んでいる。純白の生地に金糸の刺繍が施され、その凛とした立ち姿によく似合っていた。腰に佩いた剣こそないものの、真っ直ぐに伸びた背筋と、こちらを見据える強い眼差しは、戦場に立つ剣士のそれと少しも変わらない。

 

「な、なによ。二回目だし、もう見慣れてるでしょ?」

 

照れ臭そうにそっぽを向くエリスに、私は静かに歩み寄った。思っていることをそのまま口にすることにした。

 

「見慣れるわけがない。……君と初めて会った日のことを、今でもよく覚えている。あの頃の君は、誰よりも強くあろうとしていた。魔大陸を一緒に旅した時も、ずっと私を支えてくれた。私はその姿に何度も助けられて、君の強さにずっと憧れていたんだ」

 

一息に言い切ると、エリスは驚いたように目を見開いた。私は構わず続ける。

 

「今日の君は、その強さの上に、綺麗さまで纏っている。私が今まで見てきたどんな君より、今日が一番綺麗だ」

「……っ」

 

エリスは何か言い返そうとして、しかし言葉が出てこなかったのだろう、唇を一度引き結んでから、ようやく絞り出すように呟いた。

 

「……ば、馬鹿。今、そんなこと真面目に言うなんてズルいわよ」

 

耳まで真っ赤にしながら、それでも視線は逸らさなかった。満更でもない、というより、嬉しさを隠しきれていない顔だった。

 

ロキシーは、小柄な体格でも他の花嫁と並んで見劣りしないよう、ボリューム感がありながらも決して華美になり過ぎない、清楚な純白のプリンセスラインのドレスを纏っていた。丁寧に結い上げられた髪に、小さな花飾りがよく映えている。いつもの外套姿とはまるで違う、けれど確かにロキシーの佇まいだった。

 

「その……似合っているでしょうか。少し、丈が合っていない気もするのですが……」

 

心配そうに裾を気にするロキシーに、私はゆっくりと近づいて、視線を合わせた。

 

「安心してくれ、とても似合っている。……あなたに初めて会った日から、私はずっとあなたを目標にしてきました。初めて魔術を教わった時、魔術の原理を説明してくれたこと。私がどんなことを言い出しても、決して見捨てずに根気強く付き合ってくれたこと。そのひとつひとつが、今の私を作っている」

 

ロキシーは目を丸くして、私の言葉に聞き入っていた。

 

「あなたは私にとって、恩師であり、そして憧れの魔術師でもあります。……あなたがそこに立っているというだけで、私にとってはとても嬉しい。誰よりも尊敬している人が、今日、私の妻になってくれる。私は世界一の幸せ者だ」

 

そう伝えると、ロキシーの目にみるみる涙が浮かび、頬が林檎のように赤く染まっていった。

 

「……ルディは、本当にずるいです。そんな風に言われたら、化粧が崩れてしまいます」

 

そう言いながらも、指先でそっと目元を拭う仕草には、隠しきれない嬉しさが滲んでいた。

 

シルフィは、他の二人とはまた違った妖艶さを湛えたマーメイドラインのきらびやかなドレスに身を包んでいた。裾から広がるレースの装飾が、緑色の髪によく映える。その顔は幼い頃の面影を確かに残しながら、すっかり大人の女性のものになっていた。

 

「どう、かな……?」

 

不安げに、上目遣いでこちらを窺ってくる。私はしばらく言葉を探して、それから、記憶を辿るようにゆっくりと口を開いた。

 

「……ブエナ村で初めて会った時のことを、今でもしっかりと覚えてる。あの頃から、君は変わらず優しくて、私の隣にいてくれた。アスラ王国で冒険者をやっていたときも、魔法大学でも……君は隣にいてくれた」

 

シルフィは黙って、じっと私の目を見つめていた。

 

「今日の君は、あの頃の面影を残したまま、綺麗な花嫁になってる。ずっと私の隣を選び続けてくれて、本当にありがとう。これから先も、ずっと一緒にいてほしい」

 

シルフィは真っ赤になり、目にみるみる涙を溜めていった。それでも、こぼれ落ちる前に、精一杯の笑顔を浮かべてみせる。

 

「……もう、ルディったら。今日だけで、一生分泣かされちゃうよ」

 

そう言って、涙を拭う仕草さえも、どこか幸せそうだった。

 

リーリャ、アイシャ、ノルンは花嫁たちの支度を手伝っていたのだろう、一緒になって部屋に入ってきた。三人ともきらきらとした目で花嫁たちを見つめている。

 

パウロが、涙ながらの声で花嫁たちに挨拶をした。

 

「ルディの嫁に来てくれてありがとう。これからは家族だ。皆で助け合って、幸せになっていくんだ」

 

花嫁たちも少し照れながら、しっかりと頷いていた。

 

さて、次は私からのサプライズだ。この準備が本当に大変だった。移動もかなりの距離になったし、ペルギウスへの賄賂――シルヴァリル像の作成――も必要になった。何より、全く新しい転移魔法陣を短期間で開発しなければならなかったのだから。

 

控室の別の二つの扉が開く。そこから現れた人物たちに、今度は花嫁たちの方が驚く番だった。

 

ギレーヌに連れられて入ってきたのは、サウロス、フィリップ、ヒルダ。

ザノバに連れられて入ってきたのは、ロキシーの両親、ロインとロカリー。

クリフに連れられて入ってきたのは、シルフィの両親だった。

 

ぎりぎりで、転移魔法陣の開発が間に合ったのだ。

魔大陸へはペルギウスの陣を借りて行き、ミグルド族の集落に『目印』を設置した。

ブエナ村には既に『目印』を置いていたので、こちらは移動もスムーズだった。おかげで、なんとか式に間に合わせて皆を集めることができた。

 

それぞれの家族は、ザノバとクリフが指揮を執ってきちんと正装をしている。ボレアス家の三人は、元より礼服姿だった。

 

先日会ったばかりのボレアス家の集合に、エリスは弾けるような笑顔を浮かべ、真っ先にサウロスに抱きついていった。

 

ロキシーは、まさか自分の家族まで集められるとは思っていなかったのだろう、その場で膝から崩れ落ちるように泣き崩れてしまった。ロインとロカリーが慌てて駆け寄り、背中を撫でながら寄り添う。

 

シルフィの家族も先日ぶりだが、それでもこのような晴れの日だ。涙を浮かべながら、自然と抱き合うように寄り添っていた。

 

 

 

苦労して準備した甲斐があった、と胸を撫で下ろす。それを眺めていると、すぐにパウロとゼニスから乱暴に褒められた。ザノバとクリフにも、改めて礼を言った。

 


 

会場に入る。

 

講堂には即席の祭壇が設けられ、白い花と光る魔石灯で飾り付けられていた。

窓から差し込む光が、埃一つない床にいくつもの筋を作っている。多くの人が見学に訪れていた。ざわめきと期待の入り混じった空気が、会場全体を満たしている。席は身分順に決められている。

 

最前列には、なんとオルステッドの姿があった。呪い軽減の魔術具を装備してからは、こういった催しにも参加できるようになったらしい。オルステッド自身、こうした場に参加すること自体が物珍しいのかもしれない。表情はいつも通り険しいままだが、その視線はまっすぐこちらに向けられていた。

 

その隣にはシルヴァリル、ペルギウスの名代としての参列だ。

後方には、ザノバ、クリフ、リニア、プルセナ、花嫁たちの家族、そして、なんとナナホシまで来ていた。彼女がこうした場に顔を出すのは珍しい。

さらに、ラノア魔法大学とラノア王国のお偉方も列席している。

 

学生たちは、ロキシーとシルフィが結婚すると知って、さぞがっくりするだろう。控室に向かう道すがら、そんな声がちらほら聞こえていたような気もする。

 

当然、ミリス教式の格式張った結婚式ではない。明確なルールなど無いも同然で、当初は簡単な挨拶程度で済ませるつもりだった。しかし、ラノア魔法大学の学長自らが司会を買って出て、思いのほか本格的に式が進められることになった。ロキシーの結婚式だと聞いて、同僚の教師陣が張り切って準備していたらしい。

 

そして、それぞれの愛の誓いを告げる時間がやってきた。

 

「――私、ルーデウス・ボレアス・グレイラットは、ここにいるエリス、ロキシー、シルフィエットの三人を、生涯の妻として迎えることを誓います」

 

私は一人ずつの顔を順に見た。

 

「エリス。君の真っ直ぐさに、私は何度も助けられてきた。君が隣にいてくれるなら、どんな敵が相手でも臆さずに立ち向かえる。これからも私の一番の剣であり、一番大切な人であってほしい」

 

エリスは唇を引き結び、目を潤ませながらも、こちらを睨むようにじっと見つめていた。

 

「ロキシー。あなたは私の恩師であり、憧れの魔術師であり、そして今は妻だ。あなたの教えがなければ、私はここまで生きてこられなかった。これからは、弟子としてではなく、一人の男として、あなたを支え続けると誓う」

 

ロキシーは目元を押さえ、小さく肩を震わせていた。

 

「シルフィ。幼馴染みとして出会って、こんな未来が待っているとは、あの頃は想像もしていなかった。ずっとそばにいてくれてありがとう。これからも、ずっと一緒だ」

 

シルフィは涙をこぼしながら、それでも精一杯の笑顔を浮かべてくれた。

 

続いて、エリスが一歩前に出た。声は震えていたが、その目はまっすぐ私を見据えていた。

 

「あたしは、エリス・ボレアス・グレイラット。ルーデウスを守るためなら、どんな相手だって斬り伏せてやるわ。……でも、それだけじゃない。あんたが弱っている時は、ちゃんと支えてあげる。剣士としてじゃなく、妻としてね」

 

最後の一言は、蚊の鳴くような小さな声になっていた。それでも、はっきりと聞こえた。

 

次に、ロキシーが静かに口を開いた。

 

「私、ロキシー・ミグルディアは……ルディの妻として、これから先も隣に立ち続けることを誓います。師として教えられることは、もうそう多くはないかもしれません。ですが、妻としてなら、まだまだあなたを支えられると思っています。末永く、よろしくお願いします」

 

深々と一礼するその仕草は、まるで魔術の講義をしていた頃のようで、思わず頬が緩んでしまった。

 

最後に、シルフィが涙を拭いながら前に出た。

 

「私、シルフィエットは……ずっとずっと、ルディの隣にいたいって、子供の頃から思ってた。……その願いが、こんな形で叶うなんて思ってなかったけど。これからも、ボクにできる精一杯で、ルディのことを支えるよ。だから、ずっとそばにいさせてね」

 

四人分の誓いの言葉が、静まり返った会場に響き渡る。

 

イレギュラーな婚約から始まった、この上なく異例の結婚式だった。だが、それゆえに、異例なほどの盛り上がりを見せていた。会場を埋め尽くした人々からは、次第に温かい拍手が沸き起こる。

 

みんなの家族が、心から喜んでくれている。

その光景を目に焼き付けながら、私は静かに思った。

――私は、このときのために生きていたんだ。




少し投稿のリズムが遅くなりました。申し訳ありません。
結婚式の描写は、加筆というより一から書いたので、少し時間がかかりました。

パウロの日常も載せたかったですが、切りが良いので次節にします。
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