無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
アスラ王国の王位継承戦という巨大なプロジェクトを完遂し、アリエル女王の即位を見届けてから、約二年の月日が経過した。
私の日常は、かつての『記憶』にあるどの時期よりも充実し、そして……極めて高負荷なスケジュールで回転している。研究、修行、依頼。三つの歯車が絶えず噛み合い続ける毎日だが、不思議と疲労感よりも充実感の方が勝っている。朝は家族の寝顔を横目に研究室へ籠り、昼はオルステッドの任務で世界中を飛び回り、夜はまた研究室で魔神鎧の改良に没頭する。傍から見れば正気を疑われるような日程かもしれないが、私としては、やりたいことが多すぎて時間が足りないという、ある種贅沢な悩みでしかなかった。
龍神オルステッドから与えられる各種任務の遂行が私のメインタスクである。
オルステッドは武人としては非の打ち所がない実力者だが、教育者としての能力は……お世辞にも優れているとは言い難い。数万年を生きた強者であるから、「できて当然」という感覚が彼の教え下手の根底にあるのかもしれない。
彼は極めて無口であり、その卓越した技術を言語化して他者に伝えるのは苦手なようだ。何かを尋ねるたびに返ってくるのは要点だけを凝縮した一言二言。行間を読む努力を常にこちらが強いられる形になる。最初の数ヶ月はこの意思疎通の非効率さに正直なところ苦労させられたものだ。「その術式のコツは?」と尋ねて「……感覚だ」とだけ返された時は、流石に頭を抱えた。
何より、彼の致命的な脆弱性――魔力の回復速度の著しい遅滞を鑑みれば、教育のために彼にリソースを消費させるわけにはいかない。実践での説明はそれだけで彼の貴重な魔力を無駄に消耗させることになる。
そこで私は一つの合理的な学習法を提案した。
「オルステッド、口頭での説明は不要です。習得させたい術式の魔法陣を記述してください。そこから情報の逆演算を行います」
「……それだけで良いのか?」
無口な彼にとっても、この提案は歓迎すべきものだったらしい。
この提案は正解だった。
私は彼が描く複雑怪奇な幾何学模様……魔法陣からその術理を直接読み取ることが可能だった。魔法陣とは、いわば世界の物理法則を書き換えるためのプログラムコードだ。コードが読めれば挙動の理解は容易い。実際に彼が描いた陣を前にすると、口頭で数時間かけて説明されるよりも遥かに早く術式の本質を掴むことができた。オルステッド自身もこの方法の方が互いにとって効率的だと悟ったようで、以来、彼との師弟関係は驚くほど円滑に回るようになった。最近では、彼が魔法陣を描き終えるより先に私が術理を言い当ててしまうこともあり、その度にオルステッドは僅かに眉を動かす。あれはきっと、彼なりの驚きの表現なのだろう。
結果として、私はこの二年でほとんどの系統における『帝級魔術』を完全に習得した。水・風・土・火・治癒・神撃・解毒・結界。これらの属性の頂点に近い術式を、私は自分の身体の一部のように扱えるようになっている。かつて『記憶』にあった世界の物理法則とは全く異なる体系をこれほどまで自在に操れる日が来るとは、魔法を勉強し始めた当初は想像もしていなかった。
正直に言えば、拍子抜けするほどにあっけないものだった。幼少期の私であれば帝級魔術の習得だけで一つの大きな目標として掲げていたかもしれないが、今となっては単なる通過点の一つに過ぎない。
既存の帝級魔術の多くは、単一属性の極大出力、あるいは他属性との混合魔術に過ぎない。
私が幼少期から独自に構築しカスタマイズしてきたオリジナル魔術の方が、燃費も取り回しも遥かに私の身体と戦い方に最適化されている。既存の枠組みに沿うだけの帝級魔術は、いわば「他人の靴」を履かされているような窮屈さがあった。サイズは合っていても歩き方の癖までは合わせてくれないのだ。
神級魔術の教授も可能だと打診されたが、私は現時点での習得を見送った。
神級ともなれば触媒や大規模な魔法陣の準備に膨大なコストを要し、一撃で地図を書き換えてしまうほどの破壊力を伴う。そんな戦略兵器級の術式を平時において使用する機会など、普通に考えて皆無に等しい。持て余す道具を後生大事に抱えておくよりも、今使える手札を磨き上げる方が投資対効果としては遥かに優れている。今後、本当に必要となる局面が訪れた際に改めて習得を検討すればいいだろう。
「既存の神級は不要です。代わりに、私が使いやすいよう雷系統を神級まで独自に拡張します」
私は現在、自身の最強の武器である『雷魔術』を、新たな魔法体系として樹立するための研究を継続している。既存の帝級・神級という枠組みに囚われない、私自身のための独自の階級体系だ。名付けるとすれば、さしずめ「雷神級」とでも呼ぶべきだろうか。魔術師としての血が、こういう時ばかりは妙に騒ぐ。
同時に、外套型の『魔神鎧』も絶賛改造中だ。自動治癒機能の精度向上と、『記憶』の中の防刃構造追加による耐久力の強化。日々の戦闘ログを元に、常に最新のバージョンへとアップデートを繰り返している。任務のたびに新たなデータが蓄積され、鎧はまるで生き物のように進化を続けていた。
龍聖闘気についてもオルステッドに教授を願ったことがある。彼が纏うあの重厚で頑強な防御の正体を知りたいという純粋な好奇心もあった。
だが結果は芳しくなかった。残念ながら、龍聖闘気もまた闘気の一種であることに変わりはなく、私はやはりそれを身に纏うことができなかった。竜化した肉体を得てなお、闘気という概念そのものを扱う器官が私には根本的に欠落しているのだろう。纏おうとすると、私の身体に残った人の部分が拒絶反応を起こす。
それでも諦めきれない私は別の角度から解決策を探した。纏えないのなら、纏わせればいい。私は
理屈自体は既に把握していた。闘気にせよ龍聖闘気にせよ、その要訣は魔力のロスのない循環にある。体内で発生させた魔力を、目減りさせることなく循環させ続けることこそが闘気という現象の本質なのだ。人族が何年もの修練を経て体得する感覚を、私は理論と工学的アプローチによって外部から再現しようとしていた。
折しも、魔神鎧には元々魔力のリザーブ機能を追加しようと考えていた。日々僅かずつの魔力を装着者の身体から吸い取り、莫大な量を鎧内部に貯蓄しておく機能だ。だが、魔力というものは、ただ死蔵しておくよりも常に循環させておいた方が効率がいい。貯めるだけでは宝の持ち腐れというものだろう。
そこで私は、高品質な魔獣素材から紡いだ糸を使い、魔法陣と魔力循環回路を鎧の内側に直接縫い付けていく作業に取り掛かった。竜の太い指先で、極めて精密な刺繍のような作業を延々と続ける。深夜、家族が寝静まった後の研究室で、一針一針、魔力の通り道を編み込んでいく作業は不思議と心を落ち着かせてくれた。この二年で私の縫物の腕前はずいぶんと上達した。アイシャなどは、「この竜の手で、よくそんな細かい作業ができるね」と、尊敬混じりの呆れた眼差しを向けてくるほどだ。
原理としては単純だ。
結果として、私の魔神鎧は龍聖闘気を纏えるようになった。帝級以下の攻撃は問答無用で無効化する、恐らくこの世界で最も防御力の高い外套が完成したと言っていいだろう。あっさりと実現してしまったこの結果に、報告を受けたオルステッドは珍しく言葉を失い、しばし放心していたのを覚えている。数万年の時を生きる龍神をして絶句させたのだ、我ながら悪くない成果だったと思う。
オルステッドから依頼される仕事は、その大半が「人助け」に分類されるものだ。
アスラ王国の一件のような国家転覆レベルの騒乱は稀で、大体は将来的にオルステッドの味方となるであろう重要人物の生存率を高めるための地道な社会的活動だ。ある時は病に倒れた辺境の領主の治療、またある時は山賊に襲われた商隊の護衛。地味だが、確実に世界の歯車を噛み合わせていく作業だった。
先日も、南方の小国で流行病が広がりかけていた際、私は現地に飛び、解毒魔術と衛生知識の指導によって事態を鎮静化させた。派手さはないが、こうした地道な救済の積み重ねがいずれ大きな意味を持つ人物の運命を変えることになるのだろう。オルステッドの見立てでは、その村の若者の一人が数十年後に重要な役割を担うことになるらしい。
任務の内容は平易だが、標的となる座標が世界中に分散しているのが難点だった。
この移動コストを最小化するため、私はシャリーアの拠点を大幅に拡張した。任務の効率化は、限られた時間の中で家族との時間を確保するための切実な必要事項でもあった。
かつてオルステッドと密談を重ねた郊外の小屋。今となっては懐かしい、原点とも言える場所だ。
その周辺を土地ごと買い取り、大規模なリフォームを施して立派な館へと改築した。
地上の建物はあくまで外部の目を欺くためのダミーだ。一応、各部屋は管理され、人が住めるよう整えてあるが、この館の本質は地下に広がる広大な研究施設にある。表向きは、成功した魔術師が趣味で買い足した別荘、程度の認識で近隣住民には通っているはずだ。
隠し階段の先、土魔術で構造を強化した強固な地下空間。
そこには、世界各地の重要拠点と接続された『転移魔法陣』が設置されている。
これは空中城塞ケィオス・ブレイカーにあるペルギウスのそれとは設計思想が根本から異なる。
ペルギウスの転移魔法陣は地脈の魔力定数に依存しているため、設置場所が限られるのが欠陥だった。空中城塞のように潤沢な魔力供給源を持つ拠点でなければ、あの規模の陣を維持することは難しいのだろう。また、アスラ王国のような魔力が薄い土地には設置しにくいのも不便である。
私は自らの膨大な魔力容量を外部バッテリーとして利用することで、環境に依存せず、私の魔力だけで起動する改良型魔法陣を開発した。私の肉体がもたらす桁外れの魔力量がここでも思わぬ形で活きている。
通常、転移魔法陣は双方の陣に魔力が通っていることが最低条件とされている。だが、その常識にこそ私が解決すべき課題があった。片方だけに魔力が充填されている転移魔法陣、これが無ければナナホシの研究における異世界転移は不可能だ。
本当に難しいのは座標指定だ。双方に魔力が通った魔法陣を前提とするなら、そもそも精密な座標指定という技術自体が不要になる。逆に言えば、魔力の通っていない未知の座標へ正確に飛ぶための技術こそが本質的な課題なのだ。
各地に転移魔法陣を設置しつつ、異世界転移の『精度向上』『原点登録』の技術実証を行う。異世界に転移する技術、そして異世界から正確に帰還するための技術。絶対的な座標指定という発想では、周囲の環境変化――星の巡りや地脈の揺らぎといった要因の影響を受けすぎてしまう。
そこで私は、かつて行方不明のゼニスを探索した際に用いた技術を応用することにした。現在地点を基準とし、そこから相対的に目標座標を捜索し、指定していく手法だ。転移先に設置された魔法陣は、絶対座標の起点としてではなく、単なる「目印」として機能させる。それであれば、目印の魔法陣自体に必要な魔力はごくわずかで済む。最終的には転移先の魔法陣を不要としたい。
この技術が完成して以降、出張のたびに、私は密かに各地の座標にこの簡易魔法陣――いわばバックドアを増設していった。まず初めに設置したのはブエナ村、王都アルス、ミグルド族集落の近傍だ。これらの転移魔法陣は結婚式の準備に大いに役立ってくれた。
オルステッドからの任務を熟しつつ、世界中に私専用の交通網を静かに張り巡らせていった。今では大陸の主要都市のほとんどに私だけが使える隠し魔法陣が存在している。いずれこの技術はナナホシの帰還だけでなく、有事の際の緊急避難路としても機能するはずだ。
更に、地下室の最奥にはオルステッド専用のメンテナンスルームも構築した。
これには、ペルギウスから学んだ地脈操作術と、ナナホシと共同開発した魔力誘導回路を用いている。
この部屋の地脈エネルギーをオルステッドの波長に最適化したのだ。設計段階では何度も試行錯誤を重ね、彼の魔力の質を実測するために、私自身が竜の眼と
ナナホシのドライン病予防の研究から派生した技術だが、この部屋にいるだけで彼の魔力回復速度は確実にブーストされる。数十年単位が、数年単位になった程度だ。元々の回復速度があまりに絶望的だったからこそ、この短縮幅が劇的な効果であるように映るのだろう。だが、私にとっては数年という期間も長すぎる。もっと短縮する方法も新たに考えたいところだ。
無愛想なオルステッドも、この部屋の効果を確認した際は目に見えて安堵の表情を浮かべていた。数万年もの間、常に枯渇と隣り合わせの日々を送ってきた彼にとって、それがどれほどの意味を持つのか、私にはまだ完全には理解しきれていないのかもしれない。最近のオルステッドは、任務以外の時間はほぼこの『急速充電器』の中で
特に私の存在は、オルステッドがこれまで経験してきた無数のループの中でも見たことのないイレギュラーな要素らしく、私が動くことで他の存在がどう動くかを緻密に記録しているようだ。……情報収集の手が足りないな。リクルートも視野に入れるか。信頼できる協力者を増やすことができれば、この二人態勢の作戦立案にももう少し余裕が生まれるはずだ。
結婚式を終えた後、私は妻たち全員との夜の交流を正式に解禁した。
……これまでの禁欲、その反動は私の予想を遥かに超えていた。長い間積み重ねられてきた想いが堰を切ったように溢れ出したのだろう。
――ある日、私は任務から帰った後にパウロに捕まっていた。内容は悩み相談だ。パウロは酒を飲みながら、机に突っ伏している。私は遅めの晩御飯を食べながら話を聞いていた。仕方ないだろう、忙しくて食事をとれていなかったのだ。悩みというのは、収入に関することだった。パウロは現在無職である。冒険者に戻って収入を得ることを考えたらしいが、どうしても長期間家を空けることが増える。ゼニスも回復してきたとはいえ、目を離したくないらしい。あの
私としてもパウロが家を守ってくれるのは安心できる。収入は気にしなくて良い。ボレアス家に所属することで貴族年金は送られてくるし、何よりオルステッドから莫大な収入をもらっている。私がオルステッドに協力することは自分の目的のためでもあるので無報酬でも良かったが、アイシャがオルステッドに直談判したのだ。以来、オルステッドは定期的に報酬をくれるようになった。ただ、オルステッドの金銭感覚は狂っているようで、毎回異常な金額をくれるのだ。流石に労力と報酬が見合っていないので、今後はこれを元手に何か事業をやってオルステッドに還元しようと思っている。
話はずれたが、パウロが無理して稼がなくても大丈夫なのだ。正直にそう告げたら、更にパウロは落ち込んでしまった。「男が家で燻っていて良いわけがないだろう」と、酔った勢いで愚痴をこぼす姿は、かつての豪快な冒険者の面影が嘘のようだった。結局、机に突っ伏したまま寝てしまった。寝室まで運んでやる。流石にリーリャには文字通り荷が重いだろう。リーリャは感謝し、ゼニスは呆れていたな。
自分も寝ようと思って自室に向かった。想定外だったのは、三人の妻が既に私のベッドを陣取っていたことだ。三人とも顔が赤く、目を逸らしている。待っていると、エリスが口火を切った。
「ルーデウス……話があるの……」
何か重要な話だろうか……ベッドに腰掛ける三人に対して、向かい側に椅子を持ってきて座る。エリスはもじもじして言い出せないようだ。代わりにシルフィが話す。
「あのねルディ……ボクたち三人はルディの妻だけど、一般的に一夫多妻って仲が悪くなりがちだって聞いたの。だから、定期的に三人で話すことにしたんだ」
ロキシーが後を継ぐ。
「一つ一つは小さな不満であっても、爆発しては大変ですからね……そういう不和を家庭に持ち込みたくなかったんです」
「なるほど……一理ある。そういうところまで気を配ってくれていたなんて。ありがとう、シルフィ、ロキシー」
発案はシルフィかロキシーだろう。二人はえへへ……と笑っている。その様子を見ていたエリスも再起動して発言する。
「でね、ルーデウス……その、夜のこと……なんだけど。それもちゃんと決めた方が良いと思うの」
想像していなかった発言に、私も赤面してしまう。……だが。
「……大事なことだと思う。こんなところまで気を遣わせてしまってすまない」
夫として情けない限りだ。本当に私は、こういったことに気が利かない。
「……それでねっ!ローテーションを考えてみたんだけど……」
シルフィが一枚の紙を差し出した。それを見る。
……。
……私の睡眠時間は……?
目を見開いた私のリアクションに気づいたロキシーがシルフィに小声で慌てて話しかける。妻三人が小声で話しているが、残念ながら私は竜化したときに聴力も上がっているから何を言っているか聞き取れる。
「(やっぱりやりすぎだったのではないですか!?)」
「(えぇと、ほら!ルディは最近出張で忙しいでしょう?だからどうしてもこんな感じになっちゃって……)」
「(大丈夫よ!ルーデウスは竜化して体力も向上したって言ってたもの!)」
……確かに体力は向上したが、寝ずに活動できるほどでは……。
いや、妻たちが話し合って考えてくれたんだ。恥をかかせるわけにはいかない。
そもそも、贅沢過ぎる話なのだ。私には勿体ないほどの才色兼備の妻が三人もいるだけではなく、彼女たちが私を求めてくれている……世界で一番幸せであると言っても過言ではないだろう。
世の男性から刺されてもおかしくないほど、私は贅沢者なのだ。実際、あの結婚式の後から私に直接勝負を挑む者が増えている。たまに魔法大学に行くと、勝負のための列ができるほどなのだ。もちろん返り討ちにしている。初めは気絶させた後でその辺に埋めていたのだが、先生方から掘り起こすのが面倒だとクレームが入った。だから仕方なく、簡易的な留置所を作って、気絶させた後そこに放り込むようにしている。鍵は先生方に渡しているが、解放されるまでは見世物だ。幸い、生徒会に紹介を頼み込む者たちはいなくなって、ノルンたちは感謝していたが。……話が逸れたな、現実逃避している場合ではない。
「……ここまで考えてくれてありがとう。是非この案を採用したい。……そして、このスケジュールはいつから開始になる?」
三人の妻の表情が歓喜に変わる。エリスが代表して、私に詰め寄りつつ答えた。
「今日から、よ」
身体に治癒魔術をかけつつ、何とか起き上がる。しっかりと治癒魔術をかけたはずなのに眩暈がした。
ベッドには心地よく眠っている三人の妻たち。結局朝方私含めて四人で寝ることになったのだ。柔らかな朝日が差し込む中、三人の寝顔を順に見比べる。こんな贅沢が許されるのだろうか、と場違いな感慨に浸っている場合ではない。今日も仕事だ。
階段を下りて一階に向かう。軋んでいるのは階段か、私の身体か……。竜のスタミナと回復力を得ていなければ、私は今頃枯渇死していてもおかしくなかった。竜人化という変異が、まさかこのような生活基盤の維持に役立つとは、生命の神秘は実に計算しがたい。
起きているのはリーリャだけだった。リーリャはこちらを一度見て、状況を全て把握したのだろう。すぐに椅子を勧めてくれて、消化に良いスープと柔らかなパンを出してくれた。
「……ありがとうございます。リーリャさん」
……正直、有難すぎて涙が出そうだった。黙々と食事を口に運ぶ。栄養が体中に行き渡っているようだ……。
「……やはり、ルーデウス様でも余裕がありませんか?」
「そうですね……鍛え方が足りなかったのかもしれません。しかし、なぜそのような質問を?」
「……四人目の妻として、アイシャなどいかがかと思いまして……」
「……」
申し訳ないが、今は黙殺した。アイシャは私の自慢の妹であり、今はそれで完成された関係だと思っている。リーリャは特に気を悪くした様子もなく、涼しい顔でパンのおかわりを勧めてきた。この母娘は、時々読めない部分がある。
身体に頑張って気合を入れて、オルステッドの元に向かった。飛行中墜落しないように気を付けながら……。
「……すみません、少し遅れました」
「構わない……なんだ、具合が悪いのか?」
「いえ、問題ありません。私が乗り越えるべき問題です」
「……調子が悪いなら、この任務は俺が向かうか……」
オルステッドはそう言っているが、目が気持ちを物語っている。この『急速充電器』から離れがたいのだろう。少し名残惜しそうにしている。
……オルステッドが急速に魔力を回復させなければならないのは、私のせいでもある。過去の私との戦いで、オルステッドは『神刀』を抜いた。極めて強力だが、抜くだけで大量の魔力を消費するらしい。そのロス分をなるべく早く回復させたいのだろう。
「大丈夫です、私が向かいます。任務の詳細を」
「ふむ……」
オルステッドは少し渋ったが、任務の内容を教えてくれた。シーローン王国近傍での村人の救出だ。魔物に襲われるらしいので、急ぎ向かう必要がある。
同じく事務所の地下に設置した転移魔法陣に向かう。
……寝不足で座標を間違わないよう、細心の注意をしよう。
その高密度な夜の交流の成果は、すぐに現れた。
驚くべきことに、妻三人がほぼ同時期に妊娠したのだ。
一度に三人の妊婦を抱えることになった我が家は一時期、パニックに近い状態となった。人数が増えたのに、これまで専業主婦として家事の中核を担っていたシルフィという働き手が動けなくなったのだ。私はエリスが無茶な運動をしないよう見張る役目も必要だった。彼女は身重の身であっても剣を振りたがる質だったので、この見張り役は想像以上に骨が折れるのだ。
「ルーデウス様!洗濯物が追いつきません!アイシャ、早く新しいタオルを!」
「お兄ちゃん!今だけあの禁術を解放して!乾かすやつ!」
「(ルディ!ついでにお湯を持ってきて!)」
手早くタオルをまとめて水魔術の中に放り込み、水流と泡で洗浄、汚れをまとめて乾燥させた後でゴミ箱に短距離転移させ、同時に熱風で乾燥させてリーリャに渡す。
更に桶に綺麗なお湯を入れてゼニスに渡す。
「母さん、便利だからって急に
「お願いっ!お父さん!」
「任せろ!」
パウロが風のような早さで買い出しに行く。
こっそりと付いて行こうとする影が見えた。シルフィとロキシーの声が響く。
「ロキシー、エリスは?」
「あれっ先ほどまではここに居たはずなのに!」
エリスが脱走しようとしているらしい。身体が鈍って落ち着かないのだろう。
「レオ!エリスを止めろ!」
「わふっ!」
守護魔獣であるこいつのことを私は『犬』と呼んでいたが、ノルンから「ひどい!」と言われ、名前がないのは不便だろうということで、『レオ』と名付けたのだ。ちなみに、動物好きのエリスがとても可愛がっている。
「……レオ、ついでに散歩に行かない?」
「わふ?」
……こいつは本当に守護魔獣なのだろうか?簡単に餌に釣られようとしている。
家の中だが、仕方ない。
短距離転移でエリスの背後を取って捕まえる。後ろから抱きしめると、すんなり説得できることが最近分かった。
「エリス、良い子だから家で大人しくしておいてね。エリスとの間にできたこの子は、私にとってとても大事なんだ」
「……分かったわよ」
妊婦の状態でこの忙しさ……早めに人を雇った方が良いな。子供たちが生まれたらもっと忙しくなるだろう。どうせ産婆も雇うことになる。リーリャ一人で三人見れるわけもないからな。一緒に侍女を雇おう……そう決意したのだった。
そして、ついにその時が来た。
産室となった寝室から響く三者三様の産声を聞いた瞬間の感情は、私の語彙では正確に表現しきれない。歓喜、安堵、そして未知の重責。それらが渾然一体となって胸を満たしていた。竜化した頑丈な身体を持つ私でさえ、あの瞬間だけは膝の力が抜けそうになったことを、正直に告白しておこう。廊下を行ったり来たりしながら、パウロと一緒に落ち着きなく歩き回っていたのを、今でもよく覚えている。
エリスとの間に生まれた長男。その眼にサウロスの面影を宿した剛毅な少年に、私たちは『アルス』と名付けた。第一次人魔大戦の折に英雄として名を馳せた勇者アルスにあやかった、エリスたっての希望による命名だ。生まれたばかりだというのに、その泣き声は既にどこか勇ましく、将来の頼もしさを予感させた。小さな手で私の指を握る力は、新生児のものとは思えないほど強かった。将来、剣を握る手になるのかもしれない。
シルフィとの間に生まれた長女。風のように美しい泣き声を持つ少女は、『ルーシー』と命名した。小さな手で私の指をしっかりと握る様子に、私は思わず頬を緩めた。シルフィによく似た、澄んだ緋色の瞳をしていた。抱き上げた瞬間、シルフィが涙を堪えながら「ボクたちの子だね」と呟いた声を、私は生涯忘れないだろう。
そして、ロキシーとの間に生まれた長女。
「……あ」
その子が生まれた瞬間、リビングにいたレオが、かつてないほどの咆哮を上げた。屋敷中に響き渡るその声に、私たちは一斉に身構えたほどだった。
これまで家族のペットとして甘んじていた彼が、その子の前に跪き、忠誠を誓うかのように首を垂れたのだ。あの間抜けなまでに人懐っこかった巨犬からは想像もつかない、厳粛な所作だった。
「……ララ。この子の名は、ララだ」
ロキシーが愛おしそうに抱く、青い髪の少女。
その子が持つ魔力波長は、新生児のそれとしてはあまりに異質だった。
オルステッドが珍しく部屋を訪れ、「……この子か」と意味深な一言を漏らして去っていったことも、私の記憶に深く刻まれている。何を確認しに来たのか、詳しくは語ってくれなかったが。
レオがロキシーを、ひいてはこの家を守り続けていた真の目的。それが、この『ララ』という子の誕生にあったことは、もはや疑いようがない。今後、この子がどのような役割を担うことになるのか、その全貌はまだ私にも見えていないが、確かなことが一つある。この子もまた、家族全員で守り抜くべき存在だということだ。
……ああ、あと一つ確かになった現実があった。私はこいつを、レオをただの犬として扱って目を逸らしてきたが、ララの件で聖獣であると認識してしまった。大森林のギュエスに対して、謝罪と釈明の手紙を送らねばならないな……。
ロキシーは出産後、半年ほど休んでからラノア魔法大学の講師職に復帰した。育児と研究、そして教育。三足のわらじを見事にこなす彼女の姿は、私にとっても常に良い刺激だった。忙しい合間を縫って、彼女は最近水魔術の新たな教本の執筆にも着手し始めている。かつて自分自身が学生として学んだ大学で、今度は教える側として次世代を育てる。その循環に、彼女は密かな誇りを感じているようだった。夜、ララを寝かしつけながら教本の草稿に赤入れをしている姿を見かけることもあり、その横顔はどこか幸せそうだった。
また、同時期にエリナリーゼとクリフの間にも、元気な男の子が誕生した。二人にとって、待望の第一子だ。
名は『クライブ』。クリフは「ルーデウス、君に負けないくらいの秀才に育ててみせる!」と、新米パパとしての意気込みを語っていた。彼の瞳には、これまでの研究者としての情熱とはまた違う、親としての新たな決意が宿っているように見えた。エリナリーゼも、これまでの奔放な振る舞いが嘘のように、我が子を見守る母親の顔をしていた。長年連れ添った二人が、こうして新たな家族の形を築いていく様子は、見ていて微笑ましいものがあった。
一気に三人もの赤子が生まれた我が家では、ノルンとアイシャがすっかり子守り役を買って出ていた。パウロとゼニスも手伝ってくれたので、何とか育児できていた。まぁ、パウロは赤子に構い過ぎて泣かれていたが。特にアルスの泣きようはひどかった。
アイシャは、抜群の手際の良さでおしめの交換から寝かしつけまでをこなし、家族の中でも一目置かれる存在になっている。将来は助産師にでもなれるのではないかと半ば本気でそう思っているほどだ。
ノルンは学業と道場の稽古の合間を縫って、手作りの紙芝居を弟妹たちに読み聞かせるのが日課になっていた。彼女が紡ぐ物語には、いつもスペルド族の勇敢な戦士と白髪の竜人が登場する。誰をモデルにしているかは、聞かずとも分かることだった。
ゼニスの状態についても劇的な改善が見られている。
彼女の脳へと負荷の一部をリダイレクトし、原因を自壊させる形で進めた私の治療は予想以上の成果を上げていた。長い年月をかけて少しずつ進めてきたリハビリがようやく結実したのだ。
全盛期の彼女ほど流暢ではないが、今では日常の会話を情報の損失なく行えるまでになっている。時折、昔のような快活な冗談を口にすることもあり、そのたびに家族全員が顔を見合わせて笑みをこぼす。かつて言葉を発することすら難しかった頃を知る者にとって、この変化は奇跡に等しい。一方で、
庭でアイシャと共に、色とりどりの花を育てる彼女の姿は、外部の者から見れば「少し落ち着いた、上品な奥方」という風にしか見えないだろう。時折、育てた花を摘んでは、家族一人一人の部屋に飾って回るのが、最近の彼女のささやかな楽しみになっているようだ。彼女の意識が、魂が、再びこの世界と同期できたことに、私は深い安堵を覚えている。
家族の人数が二桁に達し、購入した屋敷も手狭になってきた。乳飲み子が三人も同時にいる家というのは想像以上に空間を消費するものらしい。
そこで私は、自宅の両隣に建っていた民家を購入した。増築はかねてより計画していたが、家を広げるには土地が足りなかったのだ。
それらを土魔術によって構造的に統合し、三軒分の敷地を擁する『グレイラット複合邸宅』へと進化させたのだ。壁を取り払い、廊下を繋ぎ、まるで初めから一つの建物であったかのように三つの建物を融合させていく作業は、彫像制作にも通じる感覚があった。家の意匠自体が似通っていたから、細かなレリーフや間取りを調整して一体感を出したのだ。完成した邸宅を見上げたパウロは、「まるで小さな城だな」と苦笑していたが、あながち間違いでもないだろう。
「こんなに早く引っ越してくれるなんて……お兄ちゃん、いくらかけて買収したの?」
「心外だな、買収ではない。正当な市場価格を数パーセント上回る対価を提示した結果だ」
実際、私はシャリーアでは知らぬ者のいない有名人であり、魔王を惨殺し、水神を一撃で消し飛ばしたという尾鰭のついた噂が先行している。隣にそんな高出力の怪物が住んでいるのは、一般市民にとっては精神的な恐怖だったらしい。相場より少し高い退去費用を提示した際、彼らが喜び勇んで引っ越していった事実には、私の心に僅かなショックを残したが、結果として交渉自体は驚くほど円滑に進んだ。悪評というものも使いようによっては交渉材料になるらしい。
増築された一角は、パウロへのプレゼントとして割り当てた。そこで彼は、かねてから考えていたという『グレイラット剣術道場』を開設した。
正確に言うと、家を正面から見て左側を道場及び雇った侍従用の部屋にし、中央の元の家を私、エリス、シルフィ、ロキシーが使い、右側をパウロ、ゼニス、リーリャ、ノルン、アイシャの居住区として使っている。
かつてS級冒険者として名を馳せ、現在はノルンを厳しく指導する彼の姿を見て、入会希望者が殺到したのだ。稽古場からは連日活気のある怒号と気合の声が響いてくる。近隣住民からは「朝から騒がしい」と苦情が来ることもあったが、パウロ本人はどこ吹く風といった様子で稽古を続けていた。……防音の魔術具を開発するか。
「いいか!剣は心だ!理屈でこねくり回すもんじゃねえ!」
そんな根性論全開の指導を行っているようだが、パウロの剣のスペックは本物だ。
剣神、水神、北神の三流派を上級まで修めたマルチな剣士は稀少である。その実力は、単なる位階以上のものだと言っていい。それぞれの流派が何を嫌がるかが良く理解できている。剣神流が相手の時は水神流でカウンターを取り、水神流が相手の時は北神流の変幻自在な剣で崩し、強力な一撃を叩き込む。北神流が相手の時には、小細工を弄する前に剣神流で切り伏せる。じゃんけんの三すくみを一人で担える稀有な人物なのだ。
今ではシャリーア守備軍の『剣術指南役』としても定期的に呼び出しを受け、道場の月謝と合わせて、パウロは立派な稼ぎ頭へと再就職を果たしていた。結婚式を行った際、軍のお偉いさんも来ていたらしい。家までスカウトに来た時には驚いた。
かつて崩壊しかけていた父親としての、祖父としての威厳が、今では誰よりも確かな形で取り戻されている。まぁ、指導方法については要改善だ。根性論は合う人材と合わない人材がいる。合わない人材の指導についてよく頭を悩ませており、私はよく愚痴を聞きながら指導方法を提案している。
今度は客室棟も建築するか。今後は侍女をさらに増やしていこうと考えている。これだけ大所帯になった以上、泊まり込みで働ける人員がいた方が何かと都合がいいだろう。
ナナホシの帰還研究もこの二年で着実に進展を見せている。空中城塞での療養を終えた彼女は、現在シャリーアの研究室とケィオス・ブレイカーを行き来しながら、ペルギウスと共に座標指定の理論を煮詰めている段階だ。その精度は確実に向上している。あと一歩、決定的な後押しがあれば、彼女を故郷へ送り返す日もそう遠くはないだろう。彼女自身、以前よりも研究に打ち込む姿に、生気が戻ってきているように見える。
……さて。近況報告は、これで十分だろう。
部屋の時計が次なる任務の時刻を告げている。切り替えは早い方がいい。感傷に浸っている暇は、今の私にはあまりない。
本日のタスクは、王竜王国近郊における村人の救出。
私は、地下室に設置された最新の転移魔法陣の前へと立った。
自らの魔力を認証キーとして術式を起動。光の粒子が、私のエメラルドグリーンの鱗を青白く照らし出す。
二年前には想像もしなかったほどの規模に膨らんだこの生活基盤――拡張した屋敷、増えた家族、そして張り巡らせた交通網。そのどれもが、今のこの一歩を支えるための土台になっている。
「仕事の時間だ」
私は、愛する家族を守り抜くため。
そして、あの神もどきの殺害を完遂させるため。
光の渦の中へと、静かに足を踏み入れた。積み重ねてきた全てが、この一歩の先へと続いている。
たくさんの進歩があり、家族も増えました。
次節が50節目、ここから新しい章が始まります。