無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
私は、滞在の合間に完成させておいた木像をギュエスに手渡した。一晩かけて精密に削り出した、彼の威風堂々たる姿を写した自信作だ。
「……ルーデウス殿、これは。何という精緻な……」
「族長就任のお祝いです、ギュエス殿。魔術で表面を硬化させてありますから、そう簡単に朽ちることはありませんよ」
「感謝する。我がドルディア族の家宝として、末代まで大切に語り継がせてもらおう」
木像を作ったのは今回が初めてだった。彫像と比べて土魔術が使えず、修正等は苦労したが良い経験になったと思う。
ギュエスは震える手で像を受け取り、深く感じ入った様子だった。その反応に私も作り手としての確かな手応えを感じる。
一方で、聖獣の今後についても話し合いが行われた。当初、ギュエスは聖獣の身の回りの世話役として、ミニトーナたちを私に同行させようとしていた。
「いや、彼女たちにはまだ村での役割があるでしょう」
押し問答の末、意外な人物に白羽の矢が立った。プルセナ・アドルディアだ。
彼女は村の重要な備蓄食料を勝手に盗み食いした罪で、現在、反省を促すために捕らえられていたのだが……。
「……ここで寝てるの飽きたの。お肉食べたいの」
プルセナが捕らえられていたのは私が過去にリフォームした牢だった。確か、牢はここ一つしかないと当時の見張りの女性が言っていたな。
プルセナは薄着でハンモックに寝っ転がっており、足を片方投げ出してぶらんぶらんとしている。その様子からは反省している気配は微塵もない。
ギュエスに聞いても、四六時中ぐーたらと過ごし、食って寝てばかり。獣族から見ても反省の色が全く見られないとのこと。そんな彼女の様子にギュエスも頭を抱えていた。それならばシャリーアに連れ帰り、アイシャの下で徹底的に叩き直してもらった方が彼女のためにも、村のためにもなるだろう。
「……分かりました。プルセナは私が預かり、しっかりと『教育』しましょう」
「恩にきる、ルーデウス殿。その出来損ないを叩き直してやってくれ」
こうして新たな「居候」が加わることになった。
「あちしが先にアイシャの元で働いてたから、あちしがセンパイにゃ。プルセナを後輩として扱き使ってやるニャ!」
「なっ!ちょっとしか変わらないはずなの!その扱いはふぁっくなの!」
煩く騒いでいる二人を見ると頭痛がしてくる……。アイシャも頭を抱えているようだ。とりあえず、アイシャが舐められないように、帰ったらすぐに躾け直しだ。
最後に、昨日のパトロール――アイシャとの空中散歩の折に狩った、巨大な魔獣の肉を村へ提供した。
雨季で新鮮な肉に飢えていた村人たちは、その想定外の収穫に狂喜乱舞した。今日シャリーアへ戻る予定だったが、ギュエスがどうしてもと言ってきたので、もう一泊することになった。その日の宴は前夜を超える盛り上がりを見せたのだった。
翌日、私たちは転移魔法陣を使い、魔法都市シャリーアへと帰還した。ちょうど事務所にエリスが指導役として来ていたので、リニアとプルセナを突き出した。獣族が好きな彼女は喜んで二人を受け取った。彼女の『可愛がり』を理解しているリニアと、「ボスの奥さんに媚びを売るの」と呑気なことを言っているプルセナを背に、アイシャ、レオを引きつれて自宅へと帰った。
やはり自宅は落ち着く。少し研究を進めたい内容はあるが、今日は休みにすることにした。自室で魔法大学から借りた本を読み、いくつかレポートをまとめる程度にした。少し豪勢な夕食をとり、お風呂でパウロと一緒に子供たちを洗い、ついでに嫌がるレオを丸洗いし、寝るために自室に向かった。
だが、本当の「戦い」は、ここからだった。
「兄さんと一緒にいったレストラン、すっごく美味しかったんです!特にスープが絶品で……その後は兄さんと買い物して、プレゼントとして素敵な手帳をもらったんです!」
「お兄ちゃん、大森林ですっごくかっこよく魔物を倒したんだよ!それにお姫様抱っこで空をお散歩してね……」
自室は常にない人口密度だった。私の大きめのベッドに、五人もの女性が腰かけていた。傍にはリーリャまで控えていた。
アイシャと、いつの間にか大学から戻っていたノルンが、私の不在中の出来事を妻たちに詳しく、実に詳しく報告していた。
三人の妻の目が、こちらを向く。獲物を狙う魔物の目に似ていると思ってしまった私はきっと悪くない。
「……ルディ?私たちをおいて、妹たちそれぞれと二人きりでデートを楽しんでいたのですか?」
「ずるいわよルーデウス!あたしも大森林で空を飛びたいわ!」
「ルディ……、私たちには、そういう『非日常のデート』は必要ないということかな?」
ロキシー、エリス、シルフィ。三人の妻たちから向けられる視線の温度差に、私の背筋はかつてないほどの寒気に襲われた。
心の中のパウロが「やるじゃねえかルディ!さすが俺の息子だ!」と親指を立てて笑っていたが無視する。リーリャは「アイシャとの距離が縮まったようで何よりです」と、どこか満足げな表情だ。
その後は、地獄のような「事後処理」が待っていた。妹たちにはとても聞かせられない。驚くノルンと、不満そうなアイシャをリーリャに押し付け、追い出した。戦いの火ぶたが切られた。
出張で溜まっていた彼女たちの鬱憤と、アイシャたちへの嫉妬心。それらが一つの爆発的なエネルギーとなり、その消火は一日では終わらなかった。
私は連日、代わる代わる寝所に突撃してくる妻たちに「搾り取られる」ことになったのだ。リーリャがいつもより豪勢な夕食を用意した理由がようやく分かった。思えば、精力がつく献立だった。過去に枯渇死しそうだと感じたことはあったが、更に限界を超えることになるとは思わなかった。……本当に無詠唱で治癒魔術が使えるようになっていてよかった。……世にある精力剤というものを解析して魔術化すれば、もっと身体が持つようになるだろうか……。
さらに、不穏な動きをするアイシャの対処も大変だった。
妻たちは各々の休憩時間を確保しながら、代わる代わる突撃してくる。その僅かなインターバルを読み切って、薄着で寝室に突撃するようになってきたのだ。食事はリビングではなく寝室に届けられるシステムになっていた(時間の節約のため)。食事と一緒にアイシャも部屋に入ってくるのだ。配膳係がいつもアイシャなのは、リーリャの策略に違いない。
「シルフィ姉たちに負けてられないもん。私だって成長してるんだから!」
そういうアイシャを何とか宥めて追い出すが、諦めるつもりは更々無いらしい。アイシャの瞳には、強すぎるほどの決意と覚悟が見えた。
……このままだと、そう遠くない将来に責任を取らされることになるだろう。妻たちのリアクションを観察しても、既に外堀を埋められている気配しか感じない。シルフィなんか、「アイシャちゃん、頑張って!」と応援している始末だ。乳母と侍女を雇って子育てに余裕が出たからといって、好き勝手し過ぎだろう。だが、惚れた弱みか強く注意はできない。
そんな激動の家庭生活が続く中、治癒魔術をかけても眩暈が治らなくなり始めてから、インターバルの隙を見て、逃げ出すことにした。唯一の避難所となったのが、ラノア魔法大学の自分の研究室だった。妻たちは事務所くらいなら平気で追いかけてくる。一階部分に仮眠用の部屋を作ったのが完全に仇になっている。
私はナナホシの帰還魔術に関する研究を手伝いつつ、自身のメインプロジェクトも開始した。
オルステッドから聞いた、ペルギウスの心臓にあると言われる『五龍将の秘宝』。
空中城塞でペルギウス、ザノバと芸術談義をしていた際、ペルギウスの方を盗み見たことがある。龍族の身体はオルステッドの魔力回復の研究で見慣れている。ペルギウスとオルステッドの差異はすぐに分かった。
原理としては私の
実施すべきは、『取り出し』ではなく『複写』だ。幸い、スキャン機能については研究室に鎮座している
それを『複写』する方法は……魔法陣に起すのが良いか?一般的な魔術の発動を、魔力、魔法陣または呪文、現象の順だとすると、
大きな紙にアイデアを殴り書きし、それを見ながら設計図を描く。心が落ち着くようで、どこか凄くワクワクする作業、やはり研究は楽しい。
「……設計はほぼ完了、だな」
私は研究室の机に広げられた、複雑な設計図を見つめた。
目的は、ペルギウスを殺さずに秘宝を得ること。それによって、あの二人の龍族が争う理由がなくなる。
そのための魔術具作りは、すでに大詰めを迎えていた。
魔法大学の石造りの廊下を、私は少しばかりおぼつかない足取りで歩いていた。
研究室に籠ることで、研究による精神力の回復、仮眠を取ることで体力の回復は行えている。
だが、家にエリス、ロキシー、シルフィの三人の妻が待ち構えている事実は変わらない。求められることが、嬉しくないわけではないのだ。夫として、応えなければいけないことだとも理解している。しかし、彼女たちの底知れない情熱と、それに応えるための夜の交流によって、バイタルが黄色信号にまで押し下げられることは事実だった。
(……心地よい疲労ではあるのだが。精力というものはどうやって鍛えれば良いのだろう?ルークにでも聞けば分かるか?)
そんな他愛のない思考を巡らせながら、自分の研究室へと向かっていた時のことだ。
研究棟の角を曲がったあたりで、普段の静謐な学び舎には似つかわしくない、激しい怒声が鼓膜を震わせた。
「――いい加減にしろッ!君は、自分が何を言っているのか分かっているのか、ザノバ!!」
それは、友人であるクリフの声だった。
常に理性的で、自分を天才と任じる彼が、これほど感情を剥き出しにして叫ぶのは極めて稀な事態だ。私は不穏な気配を感じ、自分の部屋に入る前に、声の主がいるザノバの研究室の扉を迷わず開け放った。
室内には、重苦しい湿った空気が停滞していた。
中央に立つザノバ。そして彼に今にも殴りかからんばかりの勢いで詰め寄るクリフ。
傍らでは、クライブを愛おしそうに、けれど不安げに抱いたエリナリーゼが、悲しげに瞳を伏せている。
部屋の隅には、弟子のジュリ。そして……確か、ジンジャーと言ったか?ザノバの忠実な侍従だ。いつもは家を守っているはずのジンジャーが何故魔法大学に……。彼女たちはまるですべての希望を失ったかのような暗い表情で立ち尽くしていた。
「……何事だ?廊下まで声が響いていたぞ」
私が声をかけると、クリフが弾かれたように振り返った。その顔は怒りと、それ以上に深い焦燥で赤く染まっている。
「ルーデウス!ちょうど良いところに来てくれた!君からも言ってやってくれ、この大馬鹿者に!!」
クリフはザノバを指差し、震える声で状況を説明し始めた。
「シーローン王国で変事があったんだ。あのパックス殿下が、他国と通じてクーデターを成功させた。……いや、それだけならまだいい。パックス殿下は、あろうことか自分以外の王族を、血を分けた兄弟までも、すべて皆殺しにしたというんだ!」
私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。あの、ロキシーの手を焼かせ、私の手紙を検閲していた、あの傲慢な王子パックス。
「パックスは自らが王座に就いた。だが、急激な粛清で国力は底を突き、軍の命令系統も崩壊している。そこを狙って、近隣の国々が今、シーローンを飲み込もうと牙を剥いているらしい」
「……それでザノバに召喚状が届いた、ということか」
私の問いに、ジンジャーが力なく頷き、一通の書状を差し出した。
内容は簡潔にして残酷なものだった。
『シーローンの危機に際し、唯一残された神子としての武力を提供せよ。即刻、帰還し軍を率いよ』と。
「ルーデウス、考えてもみろ!敵を追い払った後、用済みとなったザノバがどうなるか、火を見るより明らかじゃないか!!」
クリフの言葉は、ぐうの音も出ない正論だった。
パックスが実の家族さえも手にかけた狂人であるならば、ザノバを英雄として迎えるはずがない。待っているのは、捨て石としての死か、あるいは戦後で処刑だ。
しかし、当のザノバは微動だにせず、ただ静かに窓の外を見つめていた。その瞳には、恐怖も、絶望も、迷いもなかった。
そこにあるのは、ただ……逃れようのない運命を受け入れた者だけが持つ、悲壮なほどの決意だった。
「……クリフ殿。お気遣い、痛み入る。……だが、余の心はすでに決まっているのだ」
ザノバの声は、驚くほど穏やかだった。
「パックスがどのような男であれ、シーローンは余の故郷。我が同胞たちが他国の軍靴に蹂躙されるのを、この身体がありながら見過ごすことなど、余にはできぬ」
「ザノバ!!」
クリフが叫ぶ。エリナリーゼも、抱いた赤子を強く抱きしめ、祈るように目を閉じた。
クリフが助けを求めるように、私を凝視する。
親友を死地へ行かせたくない。その純粋な情動が、彼の瞳から溢れ出していた。
「……ルーデウス、君はどう思う!?君ならこの馬鹿な選択を止められるはずだ!」
私はゆっくりと視線を巡らせた。
絶望に震えるジュリ。主君の決意を覆せない己の無力さを呪うジンジャー。
そして、覚悟を決めた私の「弟子」であり、「友」の顔。
「……私の考えを、述べても良いか?」
全員の視線が私に集中する。私は深く息を吸い込み、ザノバの目を真っ直ぐに見据えた。
「ザノバ。……君が行くと決めたのなら、私はその意思を尊重する」
「ルーデウス!!」
クリフが絶叫に近い声を上げたが、私はそれを手で制した。
「だが。……ザノバ。君は私の大切な弟子であり、私にとってこの世界で数少ない、気の置けない友人だ。……君を、そんな場所で失わせるわけにはいかない」
私はザノバの肩に、エメラルドグリーンの鱗が覗く自らの手を置いた。
「オルステッドの許可を取る必要があるが。……私も一緒に行く」
「し、師匠……!?」
ザノバの目が驚愕に見開かれる。クリフも、エリナリーゼも、その言葉に息を呑んだ。
「ザノバ一人で行けば、クリフの言う通り捨て石にされる確率は高いだろう。……だが、私も同行するとなれば話は別だろう。私の魔術があれば、シーローンの軍事的な劣勢を覆すことは恐らく可能であるし、パックスの不穏な動きも未然に封じ込めることができるだろう」
私は冷徹に、けれど確かな信頼を込めて続けた。
「君を死なせはしない。……ザノバ、君と一緒にやり残した研究や造形が、まだ山ほどあるんだ。こんなところで、君を終わらせるわけにはいかない」
部屋に、沈黙が降りた。
クリフは呆れたように肩の力を抜き、「……君たち二人が行くなら、僕が何を言っても無駄なようだな」と力なく笑った。
ザノバは、その大きな身体を震わせ、一言だけ口に出した。
「師匠……ありがとうございます……」
「……殿下、良かったですわ……」
ジンジャーが涙を拭い、ジュリも私の服の裾をぎゅっと握りしめてきた。
私は自宅の地下にある、オルステッド専用のメンテナンスルームを訪れた。地脈の魔力を調整したこの部屋の空気は、微かな重圧を伴って澄んでいる。そこに鎮座する銀髪の巨躯に向き合い、私はシーローン王国から届いた不穏な報せ……ザノバへの召喚状について報告した。
「……パックスが、クーデターを?」
報告を聞いたオルステッドの瞳が、鋭く細められた。その反応は、明らかに「想定外の事象」を検知した者のそれだった。
「ルーデウス、よく聞け。これまでの数多のループにおいて、パックス・シーローンが政変を引き起こし、王座に就くのは今からおよそ三十年後のことだ。……早すぎる。これほどのズレは、自然な歴史の揺らぎではあり得ん」
「では、やはり……」
「ああ。
オルステッドの解析によれば、パックスを裏から操り、軍事的な支援を行っているのは隣国の王竜王国である可能性が高いという。つまり、使徒はシーローン、あるいは王竜王国のいずれかに潜伏している。
「ならば、敵の策を正面から粉砕するのみです。ザノバを見捨てるという選択肢は、私にはありません」
「いいだろう。……王竜王国の動きは俺が直接封じ込める。お前はシーローンへ向かい、使徒を探しつつザノバを守れ。……ただし、一つだけ絶対的な命令がある。パックス・シーローンを殺してはならん」
「殺してはいけない、ですか?」
意外な制約に、私は問い返した。いつもなら、使徒であれば即殺を求めるオルステッドだ。驚くのも当然だろう。
「パックスが生き延びることが、将来的にシーローンを『共和国』へと変異させ、
「了解しました。……生存を優先しつつ、脅威を排除します」
家に戻った私は、家族をリビングに集めた。これから始まるのが単なる出張ではなく、戦火の渦巻く「戦争」への介入であることを、正直に告げる必要があったからだ。
「……他の出張の時より、心配そうな顔をしていますね」
パウロ、ゼニス、リーリャ、そしてアイシャ。彼らから向けられる視線には、かつてないほどの懸念が混ざっていた。私がどれほど強くなったかを知っていても、国家間の武力衝突に身を投じる家族を案じないわけがない。
「兄さん……。ザノバ様には、学校ですごくお世話になったの。……変わり者だけど、本当は優しい人だって知ってる。だから、絶対にあの方を守ってあげて」
ノルンが切実な瞳で私に訴えかけてくる。彼女にとって、ザノバは同じ学園で時を共にした大切な知人なのだ。
「分かっているよ、ノルン。私の名にかけて、彼を無事に連れ戻すと約束しよう」
その時だった。それまで沈黙を守っていたエリスが、一歩前に出て私の腕を掴んだ。
「ルーデウス、あたしも行くわ。あたしがルーデウスの盾になる」
彼女の瞳には、かつての『狂犬』を彷彿とさせる激しい闘志が宿っていた。だが、その申し出を遮ったのは、静かに、けれど断固とした態度で横に立ったシルフィだった。
「ダメだよ、エリス。……今の君は、絶対に戦場へ行っちゃいけない」
「なによシルフィ!ルーデウスのピンチなのよ!?」
「分かってる。でも、君の身体は今、自分一人のものじゃないんだよ」
シルフィがエリスの腹部にそっと手を当て、それから自らのお腹にも手を添えた。
「……実はね、ルディ。ボクも、エリスも……お腹の中に赤ちゃんがいるんだ」
「…………え?」
私の思考回路が一時的にフリーズした。
逆演算するまでもない。この数ヶ月、帰宅するたびに繰り返されていた、あの猛烈なまでの「エネルギー交換」の結果だ。
「……ありがとう、二人とも。すごくうれしい……。そうだな、妊婦である二人が戦場へ行くのはあり得ない。……家で安静にしていてくれ。家の守りは父さんに任せる」
驚きと喜び、そしてさらなる責任の重さに眩暈を覚えながら、私は残る一人の妻へと視線を向けた。ロキシーだ。
「……ロキシー、君は……」
「私は、一緒に行きます。……ルディ。パックス様があのような凶行に走るほど歪んでしまったのは、かつて家庭教師として彼の側にいながら、その心に寄り添いきれなかった私の責任でもありますから。……最後まで、見届けさせてください」
ロキシーの意志は、鋼のように固かった。
正直に言えば、これから戦場になる場所へ、身重ではないとはいえ大切な彼女を連れて行くのは、私の保護本能が強く拒絶している。だが、彼女が抱える「過去への決着」という問題もまた、無視できるものではなかった。
「分かった……二人で、ザノバを助けよう」
私は即座に事務所の資金を解放し、ザノバとロキシーのために、最高品質の防具と魔導具を調達・開発することにした。
「金に糸目を付ける必要はない。ザノバには、その怪力でも壊れないような重装甲を。ロキシーには、あらゆる魔法干渉を遮断し、発動速度を補助する最高級のローブと触媒を。……ありったけの資材を使って、今、私たちが用意できる最強の装備を組み上げる」
友を守るため、そして妻を守るため。
私のエンジニアリングの粋を尽くした、総力戦の準備が始まった。
ザノバと共に、私たちは空中城塞ケィオス・ブレイカーの地を踏んでいた。
普段であれば、この「空飛ぶ美術館」とも言える城へ向かう際は、これから目にすることのできる未知の芸術や魔術理論への期待で胸を躍らせるものだが、今の私たちの間には、鉛のように重い沈黙が横たわっている。
ザノバの歩調は速い。彼の目的は、一刻も早くシーローン王国へと向かうため、ペルギウスが管理する転移魔法陣の使用許可を得ることだ。
私もまた、今回の出張前にペルギウスとナナホシへ渡すべき重要な研究報告書を抱えていた。
案内されたのは、玉座の間ではなく、ペルギウスの私室に近い、小規模ながらも洗練された一室だった。
そこは、高価なだけの宝飾品ではなく、ペルギウス自身が純粋に「美しい」と認めた品々だけが並べられた、極めて個人的な趣味の空間だ。以前、私とザノバが協力して作り上げた『光輝のアルマンフィ像』も、この部屋の一等地を陣取っている。私たち三人が、しばしば時間を忘れて芸術談義に耽る場所でもあった。
部屋の中央に座るペルギウスは、私たちが現れると鷹揚に頷いて見せた。
「来たか、ルーデウス。そしてザノバよ」
「お忙しいところ、お時間をいただき感謝いたします」
私はまず、携えていた分厚い報告書を差し出した。
中身はナナホシの研究に関連する、私が世界各地に極秘に設置した「魔力自給型転移魔法陣」の稼働精度と、地脈への影響を詳細に記録したログだ。
ペルギウスは、差し出された紙束をパラパラと捲り、満足げに目を細めた。
「ふむ、相変わらず貴様の仕事は緻密だな。この転移魔法陣の最適化アルゴリズム……地脈の魔力定数に依存せぬ設計とは。我も学ぶところが多い。ナナホシも喜ぶだろう」
上機嫌なペルギウスは、そのまま話題を私の最近の「造形」へと移した。
「それと、貴様がアリエルに贈ったあの像を見たぞ。戴冠式の折の姿だったな。……見事なものだ。神々しさの中に、人間としての迷いという不均等な揺らぎが同居している。これほどの腕があるならば、ルーデウスよ。……我が像の作成を、正式に許可してやっても良いぞ」
それは造形を志す者にとって、これ以上ない栄誉だった。伝説の英雄が、自らの姿を刻むことを許したのだ。
だが、私は即答せずに、隣で俯いているザノバに視線を向けた。
「……非常に光栄な申し出です。ですが、ペルギウス様。その像は、私一人ではなく、是非ともザノバと一緒に作り上げたいのです」
私の言葉に、ペルギウスの金色の三白眼が鋭く動いた。
彼はザノバの、いつになく暗く沈んだ雰囲気を、とっくに察していたのだろう。上機嫌だった彼の機嫌が、急速に下降していくのが空気の震えで分かった。
「……ザノバ。何かあったな。言ってみろ」
ザノバは極めて落ち着いた声で、シーローン王国で起きたパックスによるクーデター、そして故郷が戦火に包まれようとしている現状を説明した。
「……故に、余は戻らねばなりませぬ。神子としてのこの力が、シーローンを救うためにあるのだとしたら、余は……」
「……ザノバ。貴様、死ぬつもりなのだろう?」
ペルギウスの冷徹な問いかけに、ザノバは答えなかった。
それは、否定しないという意思の表れだった。ザノバは、狂った王の下で、故郷と心中する覚悟を固めてしまっていたのだ。
部屋を支配する沈黙は、氷のように冷たかった。ペルギウスは不快そうに鼻を鳴らし、今度は私の方へと視線を移した。
「ルーデウス。……貴様はどうするつもりだ?この馬鹿を、ただ見送るつもりか?」
「いいえ。……私も一緒に行きます」
私はザノバの肩に手を置き、ペルギウスを真っ直ぐに見据えて告げた。
「ザノバとは、この空中城塞で幾度も夜を明かして芸術を語り合った仲です。彼のような男をみすみす死地に置き去りにするような真似は、友としてできません。……私の妻の一人と共に、私もシーローン王国へ向かい、必ず彼を守り抜くと決めています」
ペルギウスは顎をさすり、しばらくの間、何かを量るように沈黙していた。
「……ザノバ。貴様には、我が配下を何人か護衛に貸し出そうと考えていたが。……だがルーデウス、貴様が行くというのならその必要もなさそうだな」
「……過大なお言葉、恐縮です」
「共に行く妻というのは、あのシルフィエットか?エリスか?」
「いいえ、ロキシーです。彼女は魔族ですので、ペルギウス様の陣ではなく、私の設置した転移魔法陣を使って現地へ向かう予定です」
私は一歩踏み出し、ザノバの方を見て続けた。
「ザノバがこの戦いで傷つくことがないよう、装備の調達や開発には一切の妥協をしません。金や道具、使えるものはすべて注ぎ込みます」
私の「友人への執着」を、ペルギウスはどこか眩しそうな、あるいは懐かしそうな目で見つめていた。彼にとっても、ザノバは芸術という共通の言語を通じて、四百年の孤独の中で心を許せる数少ない相手の一人になっていたのだろう。
「……よかろう。ルーデウスが行くとしても、不測の事態は起こるものだ。……ザノバ、こっちへ来い」
ペルギウスは、手元に一つの古い魔術具を顕現させた。
それは、鈍い銀色の光沢を放つ、首飾りのような形をしていた。
「これは所有者の生命維持に直接干渉する、極めて高度な防御用魔術具だ。致命的な攻撃を数回完全に遮断する。……これは貸しだぞ、ザノバ。無事に帰って、我が手元に返しに来い。……もし壊したり無くしたりすれば、ただでは済まさんからな」
伝説の王からの、ぶっきらぼうで、けれどこれ以上なく切実な「生きて帰れ」という命令。
ザノバは、渡された魔術具を掌の上で見つめ、困ったように眉を下げて苦笑した。
「……ペルギウス様。余は、本当に、……恵まれておりますな」
「能書きはいい。……早く行って、そのような顔を二度と我に見せぬほどに、立派に役目を果たしてこい」
シーローン王国への出発を翌日に控えた夜、自宅に急な来客があった。
銀髪の巨躯、龍神オルステッドだ。
「……オルステッド。このような時間に、何か不測の事態でも?」
「ルーデウス、今回のシーローン行きに関わる重要な情報だ。……ジンジャーから、あちらの不穏な動きを聞き出した。敵の『駒』が見えたぞ」
オルステッドの金色の瞳が、警告を発するように鋭く光る。彼が持ってきた情報は、今回の任務の難易度を一段階引き上げるものだった。
「王竜王国がパックスの後ろ盾として最強の切り札を盤上に投下した。……七大列強第五位、『死神』ランドルフ・マリーアンだ」
「……序列五位」
「そうだ。奴は『幻惑剣』と呼ばれる独自の術理を操る我流の剣士。特に警戒すべきは二つの技……『誘剣』と『迷剣』だ」
オルステッドは、その理不尽な技の構造を解体して説明してくれた。
『誘剣』は、自身の隙をあえて演出することで、相手に「今こそ攻めるべきだ」という誤った判断を誘発させ、そのカウンターで確実に首を刈り取る。
『迷剣』は、逆に殺気や動作を霧のようにぼかすことで、相手に「今は攻めるべきではない」と躊躇わせ、その隙に致命的な窮地から脱出、あるいは一転して攻勢に出る技。
「……なるほど。相手の『認識』を観察し、判断ミスを強制する戦術ですか。……ですが、仕組みが分かれば対策は可能です」
「……過信はするな。奴の実戦経験はお前の比ではない。……だが、ザノバを救うには、いずれ接触は避けられんだろう」
「分かっています、オルステッド。……敵として現れるのであれば、容赦はしません」
出発の朝。私たちはザノバたちよりも一足早く現地入りする。
今回の同行者はロキシー一人。だが、私は彼女の安全を確保するために、過剰とも思えるほどの装備を整えさせた。
「……ル、ルディ。この外套、少し重すぎませんか?それにこのインナーの魔道具、何重にも重なっていて身体が動きにくいのですが……」
ロキシーが、着膨れした自身の姿を鏡で見ながら困ったように眉を下げている。私が開発した、自動治癒機能と物理・魔力両面の多重結界を内蔵した『魔神鎧』のロキシー専用マイナーチェンジ版だ。消費魔力を抑えた分、重たくなってしまった。
だが、仕方ないだろう。ロキシーの安全のためだ。龍聖闘気までは纏えないまでも、聖級程度の闘気防御が可能である。魔力を吸い取る機構は排除して、代わりに私が魔力を込めた魔力結晶を縫い付けてある。『記憶』を呼び起こして、最新の防刃繊維を魔術で再現して、それを折り重ねるようにして防御力を嵩増ししたのだ。他にも緊急用の魔法陣も仕込んである。
「我慢してくれ、ロキシー。君の命に比べられるものなどないんだ。……それに、いざとなれば私が運ぶ」
「……もう。過保護すぎますよ、ルディは」
苦笑するロキシーを見守りながら、私は残される家族一人ひとりへと向き合った。
「父さん。留守の間、家を、そしてみんなを頼みます」
「分かってるよ。お前は自分の仕事を完遂してこい。……雷神様が情けない顔をして帰ってきたら、笑ってやるからな」
パウロが豪快に笑い、私の肩を力強く叩く。ゼニスも「気をつけていってきなさい。家で、皆と待ってるわ」と、確かな母の愛を伝えてくれた。
ジュリが泣きそうな目でこちらを見てくる。ジュリは、ザノバに置いて行かれたのだ。私の屋敷で預かってくれるよう、ザノバが頭を下げて私に頼んできたのだ。
言葉も発せないほど失意が満ちたジュリの頭に手を置く。
「……必ずザノバを連れて帰る。君は待っていてくれ」
ジュリはようやく顔をあげ、涙を堪えて頷いた。
「アイシャ。事務所の管理、頼んだよ。……だが、無理はするな」
「はい! お兄ちゃん!帰ってきたら、びっくりするくらい利益を上げておくからね!」
アイシャが活気ある笑顔を見せる。ノルンも、不安を押し殺して「ザノバさんのこと、守ってあげてね」と私の手を握った。
そして、シルフィとエリス。
「二人とも。……今は、身体を第一に考えてくれ。特にエリス、激しい訓練や無理な運動はしないように」
「ルディ、分かってるよ。……赤ちゃんのことは僕たちが守るから。ルディも……無茶だけはしないでね」
「わかってるわよ!……ルーデウス。……あんたを邪魔する奴がいたら、あたしの分までぶっ飛ばしてきなさい!」
お腹を摩りながら、けれど戦士の瞳を失っていない二人の妻。彼女たちと、新しい命の灯火。それを守るためにも、私は負けるわけにはいかなかった。
リーリャと侍女たちが抱いている子供たち、アルス、ルーシー、ララを順番に抱く。アルスは、珍しく私が抱いても泣かなかった。代わりに励ますようにバシバシと叩いてくる。ルーシーは、不安そうな皆に釣られたのだろう。少し泣きそうになっていたが、我慢して、頭をぐりぐりと押し付けてきた。ララは……じっとこちらを見た後、額を私に押し付けてきた。祈る様に目を瞑って、それから離れた。
「……いってきます」
私とロキシーは事務所地下の転移魔法陣へ移動した。
転移先は、私が世界各地に設置した隠し拠点の一つ。シーローン王国の王都ラタキア近郊に位置する、小さな館の地下室だ。
ザノバとジンジャーも一緒に来れると良かったのだが……師匠に迷惑はかけられないといって、結局ペルギウスの陣で移動することになったのだ。
魔法陣の光が収まると、私は即座に周囲の魔力密度をスキャンし、侵入者の形跡がないことを確認した。
「……転移、成功。誤差はほとんどないな」
「……ふぅ。ルディの転移は、いつ体験しても不思議な感覚ですね」
私たちはフードを深く被り、まずは現状の情報を収集するため、街へと繰り出した。
久しぶりに訪れたラタキアの街は、かつての活気を失い、殺伐とした熱気に包まれていた。
至る所で武装した男たちが闊歩し、その中には正規の騎士ではなく、金で雇われたであろう粗野な傭兵たちの姿が目立つ。道端には、行き場を失ったのだろう荷車を抱えた避難民の一団もちらほらと見え、王都全体が息を潜めているような重苦しさがあった。
「傭兵の数が異常に多いな。……戦火が近いことを物語っている」
「……ええ。それに、街の人々の顔色が……」
ロキシーが指差す先、露店の店主や市井の人々は、怯えたように周囲を伺い、声を潜めて生活していた。
聞き耳を立てて情報を集めると、新王となったパックスに対する民衆の評価は、壊滅的なまでに低かった。
「身内を殺して王座を奪った狂王」「他国の犬」……。
そんな怨嗟の声が、路地裏のあちこちから漏れ聞こえてくる。
(……救いようのない状況だな。オルステッドはパックスを生かせと言ったが。……これほどまでに憎まれ、基盤の脆弱な王を守り抜くのは骨が折れそうだ……)
不安材料を脳内のリストに書き連ねながら、私は夕暮れ時に指定された合流地点へと向かった。
そこには、私が開発した重厚な甲冑を纏い、悲壮な決意を全身から発しているザノバの姿があった。
「……師匠。……お待たせいたしました」
「ザノバ。……覚悟は、できているか?」
「……はい」
短く、重い返答。
明日。私たちはついに、血塗られた王座が待つ王宮へと乗り込む。
日常編からザノバ編へと移りました。
文字数が多い話になるので、更新が1日1回になるかもしれません。