無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
翌朝、私たちは手配された馬車に揺られ、シーローン王国の王城へと向かった。
窓の外を流れる城下町の景色は、昨日確認した通り活気に欠け、どこかひりついた緊張感が漂っている。かつてロキシーが教師として過ごし、私がパウロたちと共に駆け抜けたこの場所も、今や「狂王」が支配する別の国家へと変貌を遂げていた。
王城の深奥、謁見の間。
重厚な扉が開かれ、私たちは広大な空間へと足を踏み入れた。
正面の玉座には、一人の男がふんぞり返るように座っていた。
パックス・シーローン。
数年前に会った際の中太りした醜悪な少年の面影は薄れ、身体は程よく引き締まり、その顔立ちには年相応の……あるいは過酷な経験を経た者特有の、落ち着きのようなものが備わっていた。
彼の隣には、一人の美しい少女が座っている。彫像のように整った容姿だが、その瞳は虚空を見つめるかのようにうつろとしており、生気が感じられない。
そして、その傍らに、一際異彩を放つ男が控えていた。
背は高く、顔立ちは不気味なほどに骨張っており、まるで生きた骸骨のようだ。
放たれる威圧感は、周囲の大気を物理的に押し広げているかのように鋭い。
(……間違いない。あれが七大列強第五位『死神』ランドルフ・マリーアンか)
私は即座に竜の眼と
驚くべきことに、これほどの強者でありながら彼の魔力波形は凪いだ海のように静かだった。無駄な力みが一切ない。
ザノバが迷いのない所作で歩み寄り、パックスの前で深く膝をついた。私とロキシーも、その背後に並び、一礼して礼節を示す。
「……ザノバ、よく戻ったな。もっと遅れるか、あるいは来ないかと思っていたが」
パックスが、低く響く声で口を開いた。
「故郷の危機に、そのような選択肢はあり得ませぬ。パックス殿下……いえ、陛下」
「ふん。それにしても、随分と豪華な連中を連れてきたものだな。水王級のロキシーに……そして、あの『雷鳴』の、いや、今はアスラ王国の守護神『雷神』としてその名を轟かせている、ルーデウス・ボレアス・グレイラットか」
パックスの視線が私を射抜く。私は落ち着いて言葉を返した。
「此度はアリエル女王から申し付けられた任務で来たわけではございません。私はただのルーデウスとして扱って頂ければ幸いです」
「ふん。貴様らのことだ、余の寝首を掻くための刺客でも連れてきたのかと思っていたがな」
パックスは自嘲気味に鼻を鳴らすと、自身の傍らに立つ男を誇らしげに指し示した。
「だが、無駄なことは考えるなよ。余には王竜王国より遣わされた最強の守護者が付いている。特にランドルフは、余が最も信頼を置く騎士だ」
紹介を受けた男――ランドルフが、退屈そうに大きなあくびを漏らした。
そのやる気のない態度と、先ほど感じた凄絶な殺気が同一人物から放たれていることに、私は強い違和感を覚える。
「……ご紹介に預かりました。ランドルフ・マリーアンと申します」
彼は一歩前へ出ると、にたりと不気味な作り笑いを浮かべ、自己紹介を始めた。
「生まれは魔大陸。種族は雑種です。人族、長耳族、不死魔族、他にもいくつかの血が混ざっております。職業は騎士。王竜王国大将軍シャガール・ガルガンティス閣下の麾下、黒竜騎士団に所属しております。主な仕事は『殺人』……老若男女問わず、誰でも殺します。流派はありませんが、北神流と水神流を少々かじっております」
淡々と「人殺し」を公言するその男は、私の反応を見るように僅かに首を傾げた。
「巷では『死神』などと呼ばれているゆえに、よく殺人狂と誤解されますが……そのような事実はございません。趣味は料理。休日は生鮮市場を巡ることを楽しみにしている、至って心優しい男です。以後、お見知り置きを」
(……『死神』、か。パックス以外の王族を皆殺しにしたという実行犯。だが、何かおかしい)
私は竜の眼で彼を観察し続ける。
これほどの強者だ。パックスを殺して自国へ戻ることなど容易なはず。それなのに、彼は忠実に、この王の隣に留まっている。
隣でロキシーが最大限の警戒を解いていないのを横目に、私はパックスへ問いを投げた。
「……パックス陛下。貴方は以前お会いした時と、随分と雰囲気が変わられた。……貴方をそこまで突き動かしたものは何なのですか?」
パックスは、肩に抱いた少女――ベネディクトの髪を愛おしそうに撫で、ロキシーを強く意識しながら答えた。
「……お前が仲間を連れて現れ、余を辱めたあの事件だ。……あの屈辱を機に、余は悟ったのだ。力がなければ、何も手に入らないということをな」
彼はシーローンを追放された後の経緯を語り始めた。
王竜王国へ追放された彼は、そこで一人の少女、ベネディクト・キングドラゴンに出会い、一目で心を奪われた。
彼女を手に入れたい。その一心で、彼は「無能な王子」というレッテルを剥がすべく、死に物狂いで学問に励んだ。数々の大会で好成績を収め、ついには王竜王国の国王の知遇を得るまでになったのだという。
「だが、ベネディクトを娶る条件は『相応の地位』を得ること。……余はシーローンの父や兄たちに、要職への復帰を何度も嘆願した。だが奴らは、余の過去の過ちだけを数え上げ、冷たく切り捨てたのだ」
パックスの瞳に、激しい怨嗟の炎が宿る。
「王竜王国の王は、属国であるシーローンの不誠実な対応に激怒した。……そして、クーデターは起こった。余は力で全てを奪い取った。王座も、この国も、そして愛しの女性もな!!」
彼は勝ち誇ったように笑った。しかし、その足元は、もはや崩壊の寸前にある。
「だが……問題が起きた。北の国ビスタが、この混乱を好機と見て軍を進めてきている」
パックスは椅子から立ち上がり、ザノバを真っ直ぐに見据えた。
「ザノバ。……過去の恩讐はすべて水に流そう。貴様のその神子としての力を、今こそ余のために、この国の防衛のために振るえ」
ザノバは目を閉じ、静かに、けれど深く深く頷いた。
「承知いたしました。……余はこの日のために、今日まで生かされていたのですから。全身全霊を以て、シーローンの盾となりましょう」
「決まりだ!!ルーデウスとロキシー、貴様らも同行せよ!!」
シーローン王国の王城に用意されたのは、王城の端、離れと言っても良いほど距離が離れた一室だった。寝首をかかれることを余程警戒しているらしい。王子としての扱いではないだろうが、ザノバは気にしていないようだ。
重厚な石造りの壁に囲まれたその部屋で、私は椅子に深く腰掛け、今日の謁見で得た情報を脳内で整理していた。
窓の外には、夜の静寂に包まれたラタキアの街並みが垣間見える。だが、その静けさは嵐の前の静止に過ぎない。パックスはザノバ、並びに我々に前線への移動を命じた。明日には北の要衝であるカロン砦へと出立しなければならないのだ。
「師匠……。一つ、お話ししてもよろしいでしょうか」
対面に座っていたザノバが静かに口を開いた。彼の表情は、ここ数日の悲壮感から一転して、どこか穏やかですらあった。
「どうした、ザノバ」
「パックスのことです。……あやつ、以前とは見違えましたな。自らの欲望のためとはいえ、国をまとめ、民を導こうとするその姿。……認めざるを得ません、パックスは立派に王を務めているようです」
「そうだな。……かつての彼なら、恐怖と暴力だけで全てを支配しようとしただろうが。今の彼は、自らの地位と愛する者のために、自らを律し、研鑽を積んできた跡が見える。……皮肉なことに、あの事件が彼を正しく『成長』させたようだ」
ザノバは満足げに頷いた。彼にとって、血を分けた弟が「王」として一人立ちしている事実は、自身の覚悟を肯定するための重要なエビデンスになったのだろう。
だが、その隣でロキシーは依然として険しい表情を崩していなかった。
「ルディ。私はザノバ様のように手放しでは喜べません。……特に、あの『死神』。ランドルフ・マリーアンの存在が、あまりに不気味です」
「ランドルフ、か」
「ええ。あのような底知れない強者が、なぜパックス様のような新米の王に付き従っているのか。……ルディ、彼が
ロキシーの懸念は妥当なものだ。
もしランドルフが
「少し、状況を整理してみようか」
そういって、椅子に深く腰かけて頭の中を整理しながら二人に話す。
「……大前提として、私は
「陛下が?」
ザノバが心配そうな声を上げる。
「オルステッドの見立てでは、パックス陛下は今後の重要人物になるそうだ。私とパックス陛下、どちらが
ザノバは弟への心配と、その弟が重要人物と評される嬉しさからか、複雑な表情をしている。
「まず、主たる標的がパックス陛下で使徒が『死神』の場合だ。……この可能性は低いと見ている」
「えっ!なぜですか?」
『死神』に対する警戒心が高いロキシーが不思議そうな声を上げる。
「ザノバには悪いが、シーローン王国の騎士は決して精強とはいえない。ロキシーが指導した分、魔術師には強いが、『死神』相手では力不足だ。そして、あの『死神』の強さならパックス陛下を暗殺することは容易、この国の騎士相手だとその後に単身逃げることも可能だろう。我々を呼び出させた上でパックス陛下を殺し、のこのこ来た我々を待ち伏せて襲う方法が合理的だ」
ザノバとロキシーが真剣な表情で話を聞いている。私の見立てにそれほど勘違いは無さそうだ。
「最も警戒すべきパターンは、主たる標的が私で、使徒が『死神』の場合だ。オルステッドの予想では王竜王国にも使徒がいる可能性が高い。わざわざ私を殺すために『死神』を派遣した、という予想だ」
「それでは……奴と戦うことになるというわけですか……」
「あくまで可能性の話だ。襲撃を受けるとしたら、カロン砦での戦いの真っ只中、若しくは戦いで消耗したときだろう」
「……師匠たちはカロン砦に向かわずに、『死神』を待ち伏せていたほうが良いのでは?」
「それだと、君を守るという私の目的が果たせない。……ここに監視の目を置いておこう。ジンジャーは連れて行かないのだったな?」
ザノバが戸惑いながら頷く。私は先日シルフィから教えてもらった彼女の術式を使う。
「『
不可視の兎を六匹召喚し、ザノバの傍にいたジンジャーに侍らせる。ジンジャーは戸惑っているようだ。攻撃力を持たない代わりに、映像をこちらに送る機能を付与した。
更に、部屋の隅に転移魔法陣の座標点となる魔術具を設置した。
「……これで城内の監視と緊急時の移動が可能となった。ジンジャー、恐らく他の騎士は気付かないだろうが、『死神』には近づかないよう注意してくれ」
「……ありがとうございます。承知しました」
ロキシーが不安げな声を上げる。
「『死神』がこちらに来る場合でも、パックス陛下に危険はありますか?」
「ある。パックス陛下を殺した後、逃げるついでに私たちを殺しに来るか、私たちを殺した後パックス陛下を殺すために王城に戻ってくるか……後者のほうが可能性が高い。損耗が無い状態で私たちに戦いに挑むことを選ぶだろう。パックス陛下暗殺は、あれほどまでに気を許されていたらいつでも出来る」
「なるほど……いずれにせよ、カロン砦での戦いを損耗なく迅速に終えることが要点になりそうですな」
「分かりました、私も全力を出します。……他に可能性はありますか?」
決意を改めて固めたザノバとロキシーに他の可能性を話す。
「『死神』以外が使徒である可能性ももちろんある。使徒は一度に三人までしか操れない……オルステッド曰く、どうしても操れない者もいるらしい。『死神』がそれに該当する可能性はある。……ただ、そうなるとシーローンの別の者にパックス陛下若しくは私の暗殺を任せることになる。成功する可能性は高くないだろう」
「やはり、警戒すべきは『死神』というわけですね……!」
敵を見据えるような目をするロキシーの頭を撫でる。肩に力が入りすぎだ。
「……私は彼を観察した限り、使徒ではないような気もしているがな」
「……どうして、ですか?」
ロキシーが怪訝そうな目を向けてくる。骸骨のような不気味な男を、教え子が擁護するのが不思議でならないのだろう。
「勘だ。あれほどの圧倒的な武力を持ちながら、その生体信号は極めて落ち着いている。『死神』と呼ばれていることが不思議なくらいだ。私の経験上、ルイジェルドさんや、オルステッドがそうであったように。……恐ろしい外見や威圧感を放つ者ほど、その内側には、他者には理解されがたい純粋な信念や優しさを宿していることが多い。……ランドルフのあの落ち着いた気配。彼はただ、自らの職務に忠実な、本人の言葉通りの『心優しい男』なのかもしれないぞ?」
「……ルディは、人を見る基準が少し独特ですね」
ロキシーは呆れたように溜息を吐いたが、私の言葉に毒気を抜かれたのか、僅かに肩の力が抜けたようだった。
「……もちろん、油断はしない。だが、奴との戦いが避けられるのであれば避けるべきだ。リソースを真の敵のために温存するためにもな」
「……ルディが考える
ロキシーの問いに、私は脳内の容疑者リストを検索する。
「まず、王竜王国の国王……。シーローンとは今まで良好な関係を築いていたはずだろう?属国の対応に怒ったからといって、七大列強という最高戦力を貸し出してまでクーデターを援護する……。あまりに短絡的で、焦っているように感じられる。何らかの『お告げ』によって、外部から判断を歪められている可能性はある」
そして、視線をシーローン王国の地図へと戻す。
「残りはこのシーローン王国内に潜伏しているだろうな。パックス陛下を孤立させ、周辺諸国との戦争を煽り、ザノバという戦力を消費させようとしている黒幕が。……いずれにせよ、情報が足りなすぎる。明日からはカロン砦でザノバを守りつつ、その『綻び』を探すことに全力を尽くそう」
「分かりました。……私も、精一杯サポートしますね」
北への行軍を経て、私たちはついにシーローン王国の北端に位置する要衝、カロン砦へと到着した。
目の前に聳えるのは、風雨に晒され、幾多の戦痕を刻まれた無骨な石造りの要塞。周囲は見渡す限りの赤茶けた荒野であり、遮蔽物の少ないこの地形は、数に勝る軍勢が攻め立てるには絶好の舞台と言えるだろう。
王城に置いてきた『風影兎《アウラ・レプス》』の様子を確認する。今のところは『死神』に動きはないようだ。
到着後、私はまず戦力比の算出を行った。
「こちらの防衛兵力は五百。対する北の小国連合の軍勢は、推定五千……。ちょうど十倍の戦力差だ」
「……厳しい数字ですね。攻城戦は守る側が有利とはいえ、この圧倒的な物量を前にしては、全滅の可能性もあるでしょう」
ロキシーが、砦の回廊から地平線の彼方を眺め、不安げに呟いた。
「だが、私たちの魔術があれば話は別だ。聖級以上の魔術師一人は、戦術的な価値において千の兵に匹敵する……。私とロキシーがいれば、実質的な戦力は三千近辺まで引き上げられると思う」
私の合理的な分析を聞いても、ロキシーの懸念は晴れないようだった。
「……私が怖いのは、正面からの衝突ではありません。私たちが広域魔術を連射し、魔力と精神をすり減らしたその瞬間に……ルディが予想したように、あの『死神』ランドルフが現れることです。戦いの最中では『風影兎《アウラ・レプス》』に意識も向けられないでしょう?……もし彼が、疲弊した私たちをピンポイントで暗殺しに来れば、防ぐ術は……」
「そのための私とロキシーの『魔神鎧』であり、ザノバへの重装備だ。……大丈夫、不測の事態への対策は、既に入念に組み込んである」
隣で話を聞いていたザノバが、重厚な甲冑を鳴らして不敵に笑った。
「はっはっは!さすがは師匠だ。十倍の差など、余の腕力と師匠の魔術の前では誤差のようなもの。……むしろ、これほどの逆境こそ、芸術的な勝利を描くのに相応しいキャンバスと言えますな!」
友の変わらぬ豪胆さに、私は微かな安堵を覚えた。
私たちは、カロン砦の守備を任されている部隊長との面談に臨んだ。
部屋の中には、連日の小競り合いで寝不足の目を擦る将校たちが集まっていた。
「……ザノバ殿下。よくぞお越しくださいました。現在は敵の斥候による小規模な小競り合いが続いておりますが、情報によれば、あと数日のうちに敵本隊による総攻撃が開始される見込みです」
部隊長の説明は簡潔だった。敵は数に任せた波状攻撃で砦を物理的に押し潰す腹積もりらしい。
報告を受けたザノバは、即座に行動を開始した。彼は全兵士を広場へ招集するよう命じ、自ら教壇へと立った。
「シーローンの勇士たちよ!聞けッ!!」
ザノバの咆哮が、冷たい北風を切り裂いて響き渡った。
「我が名はザノバ・シーローン!神子としてのこの身体を、今こそ我が故郷を守るための盾としよう!敵の数は五千。だが案ずるな。余は貴様らを見捨てはせん。余がいる限り、このカロンの門が破られることは万に一つもないと、ここに約束しよう!!」
兵士たちの間に、どよめきが広がる。
ザノバはかつて、その怪力ゆえに『首取り王子』と恐れられていた。だが、死地を前にして最前線に立つと宣言した王子の姿は、絶望しかけていた兵士たちの心に、強烈な闘志の火を灯した。
「……そして、紹介しよう。余が魔法大学より招いた、最高の援軍だ!」
ザノバが私たちを指し示す。
「まずはロキシー・ミグルディア・グレイラット!かつて我が王宮で指導に当たっていた、シーローン最強の魔術師の一人である!」
「……最強は言い過ぎですが。精一杯務めさせていただきます」
ロキシーが凛とした所作で杖を掲げると、年配の兵士たちから「ロキシー先生だ!」「あの方の実力は本物だぞ!」と、信頼に満ちた歓声が上がった。
「そして――ルーデウス・ボレアス・グレイラット!アスラ王国の守護神として知られ、伝説の龍神すらも認めた、現代最強の魔術師……『雷神』である!!」
『雷神』。アリエル女王から授かったその名がこの地でも知れ渡っていることに、私は少なからず驚きを感じた。
だが、その二つ名が持つ「権威バイアス」の効果は絶大だった。
神子、水王級魔術師、そして雷神。
圧倒的な個の力が揃ったことを理解した瞬間、五百人の兵士たちの士気は臨界点に達し、割れんばかりの歓声が砦を揺らした。
決戦までの三日間、私はザノバの戦術指揮に基づき、戦場の環境改変に着手した。
「……よし。ここに深さ十メートル、幅二十メートルの溝を掘削する。敵の騎馬隊と重装歩兵の進軍ルートを物理的に遮断するのが目的だ」
私は砦の正面に広がる荒野へ杖を向けた。
体内の魔力を大地へと流し込み、土の組成を分子レベルで緩め、一気に排土する。
轟音と共に、何キロメートルにもわたる巨大な「谷」が地表に刻まれていく。
「……これだけの土木工事を、魔術一つで……。何度見ても、ルディのやることは規格外ですね」
ロキシーが感嘆を漏らす。
「それだけではない、砦の城壁も補強しよう。土魔術で岩盤の密度を三倍まで圧縮し、魔法耐性のある鉱物を表面に析出させる。これで、中級程度の攻撃魔術を連射されても、構造的な損壊は免れるはずだ」
私は砦全体を巨大な「魔導要塞」へとアップデートしていった。
一方、ロキシーも休んではいなかった。彼女は砦の兵士たちを一箇所に集め、実戦的な講義を行っていた。
「……いいですか、魔術師と対峙した際は、決して足を止めてはいけません。呪文の詠唱を許す前に、プレッシャーを与え続けるのです。また、火魔術が飛んできた際は、このように風を纏って衝撃を逸らしなさい。付け焼き刃ですが、生存率は上がるはずです」
ロキシーの丁寧な指導は、死を恐れていた若い兵士たちにとって、何よりも頼もしい「精神的な鎧」となっていた。
『死神』にまだ動きはない。
そして、四日目の朝。
地平線の彼方から、砂塵を巻き上げて進軍してくる巨大な黒い影が観測された。
敵の主力軍。推定五千の兵が、太陽を背にしてカロン砦へと迫る。
「……来たな。総員、私の魔術に巻き込まれないように気をつけよ」
私は『疑似魔力眼《マナ・サイト》』を起動した。
視界がセピア色に染まり、敵陣から立ち上る数千もの魔力反応が、光の粒となって浮かび上がる。
砦の兵士たちは、私の作った防壁の陰で武器を握り締め、固唾を呑んで合図を待っている。
――これから私は数千もの命を奪う。そのことに忌避がないわけではない。だが、私の戦いへのポリシーは一貫している。『命を奪うつもりなら、奪われる覚悟も必要』。少なくとも敵勢は話し合いに来ているわけではない。殺し合いにきているのだ。であれば、私は彼らを殺せる。
その時だった。
砦の階下、裏門から密かに一団が抜け出していくのを、私の聴覚が捉えた。
「……ん? あれは……」
窓から身を乗り出し、階下を確認する。
そこには、重厚な鎧を纏ったザノバを先頭に、約百人の精鋭たちが、音を殺して川を渡り、対岸の森へと移動していく姿があった。
「……まさか。ザノバ、君は……」
私は瞬時に状況を理解した。
彼は、私がこの砦を守る砲台として機能することを見越し、自らは僅かな手勢を率いて敵の横腹を突く奇襲隊としての役割を買って出たのだろう。
(無茶だ、ザノバ……!私に言えば、間違いなく同行を志願すると分かっていたから……。だから、あえて黙って出立したのか)
彼が率いるのは、わずか百人。
もし森の中で敵の伏兵に遭遇すれば、いかに神子の力があるといえど、孤立無援のまま物量で押し潰される危険がある。
「……ルディ、どうしましたか?顔色が良くありませんよ」
背後から声をかけてきたロキシーに、私は苦渋に満ちた、けれど決意を秘めた視線を向けた。
「……ザノバが、奇襲を仕掛けに行った」
「ザノバ様が!?……そんな、危険すぎます!」
「……だが、今は彼を追いかけるわけにはいかない。私がこの砦を離れれば、五百の兵たちは瞬く間に蹂躙されるだろう。ザノバは私にこの場所を託した。……ならば、私のやるべきことは一つだ」
私は
「……ロキシー。こちらの戦場を最速で制圧する。……その後、全力でザノバの元へ駆けつける」
「……了解しました。私も、全力でお手伝いします。……やりましょう、ルディ」
カロン砦の静寂を切り裂くように、敵軍の接近を告げる警鐘が激しく鳴り響いた。
石造りの回廊に響き渡る金属音は、これから始まる「暴力による解決」の合図だ。
視界を埋め尽くすのは、赤茶けた荒野を黒く染める軍勢。推定三千名。どうやらこれが第一波の主力部隊らしい。
彼らの行軍は統制されており、各部隊の間隔も適切に保たれている。数に任せただけの烏合の衆ではない。
その時、敵陣の中央から巨大な土煙が舞い上がった。
それは瞬く間に巨大な竜巻へと成長し、荒野の視界を物理的に遮断していく。
「ルディ、あれを!土聖級魔術『砂嵐』です!!」
隣に立つロキシーが鋭い声を上げた。
「……なるほど。前進に合わせて砂を撒き、こちらが設置した物理的な罠や溝を埋めるつもりか」
杖を前方に向ける。
風聖級魔術――『颶風《バイオレントストーム》』。
私が生み出した極大の突風が、荒野を蹂躙していた砂の壁を真っ向から押し返し、霧散させる。剥き出しになった敵の進軍ルートが見える。
だが、砂が晴れたのも束の間、再び敵陣から新たな土煙が立ち上った。
「しつこいな。……ロキシー、向こうには専門の魔術師部隊が控えているようだ。相殺の主導権争いをしていたら、時間の無駄になる」
「ええ。術式の干渉波を感じます。……ルディ、どうしますか?」
「ロキシーは防衛に専念を。敵の魔術がこちらに届かないよう、レジストと迎撃を頼む。……あちらの『核』を、今から私が直接叩く」
幸い、先手を打ってくれたおかげで敵の魔術師の場所は分かった。杖の先に高まる魔力の拍動。私は杖の先端を、数キロメートル先にある敵軍の中央、魔術師たちが潜んでいるであろう座標へと固定した。
私の意思に応え、八層の
『
この術式の最大の利点は、射程限界が事実上存在しないことだ。
既存の攻撃魔術が空気抵抗や拡散によって減衰していくのに対し、一点に収束されたこの光線は、相手の魔術が到底届かないアウトレンジから一方的に死を届けることができる。
――カッ、と。
世界から色が消失した。
私の放った極太の光線が、空間を焼き裂きながら一直線に敵陣を貫いた。
私はそのまま杖を水平に薙ぎ払う。
ドォォォォォォォォォォォンッ!!!
遅れてやってくる轟音。
光の刃が通過した軌道上では、人馬の叫びすら届かぬうちに、敵兵の三分の一が文字通り消失した。盾も、鎧も、馬も、岩場さえも。その圧倒的な破壊力を前にして、敵の進軍は物理的に、そして精神的に完全停止した。
「……止まったな。だが、まだ数が多すぎる」
恐怖に硬直した軍勢の頭上、私は次なる術式を投射した。
先ほどの光線で開けた穴に、さらに追い打ちをかける。
「属性書換《タイプキャスト》――『狂雷嵐《フロール・テンペスト》』」
積層された魔法陣から放たれた数万の稲妻が、荒野全体を青白い光で塗り潰した。
ロキシーも即座に反応し、水聖級魔術による広域の雨を展開。湿った大気が、私の放つ電撃の導電効率を劇的に引き上げる。
「……ッ、すごい……。これでは、私たちの出番などありませんね」
背後の防壁で待機していた弓兵たちが、力なく弓を降ろして呆然と呟いた。
一分後。
そこにあったのは、もはや軍隊とは呼べぬ惨状だった。
三千の兵の八割以上が戦場から殲滅され、生き残った者たちも恐怖のあまり武器を捨てて逃走を始めている。
「ロキシー。正面の戦場はこれで維持できるはずだ。……私はザノバを助けに行ってくる」
「……ええ。ザノバ様の奇襲隊、今頃は森の奥で孤立しているかもしれませんものね。……でも、ルディ。私も一緒に行かなくて良いのですか?」
「いや、ロキシーにはこの砦の守護を任せる。パックスへの忠誠心が疑わしい部隊もいるかもしれない。……それと、念のための護衛を置いていく」
私は地面に手を突いた。
「『機雷蜘《アラネ・ラケス》』」
土の中から、掌サイズの金属光沢を放つ蜘蛛が、二十匹ほどわらわらと這い出てきた。
それらは素早い動きでロキシーの足元へと集まり、即座に地中へと潜り込んで身を隠す。
「……っ、ルディ?この子たちは一体……?」
「自律防衛システムだ。ロキシーに危険が迫った際、自動で起動して敵を排除するようにプログラミングしてある。……二十匹いれば、たとえ『死神』が攻めてきても、数分は時間を稼げるはずだ」
私の気配りに、ロキシーは驚きつつも、どこか安心したように微笑んだ。
「分かりました。……ここはお任せください」
「頼んだ……行ってきます」
私は自身の魔力によって座標を指定した。
風魔術による飛行ではなく、短距離での転移。
光の粒子となって消失する直前、私の眼には森の奥で激しく火花を散らす、ザノバの反応を確かに捉えていた。
「待っていろよ、ザノバ。……今、助けに行く」
私は、戦火の煙る森の中へと、一気に身を投じた。
砦をロキシーと『機雷蜘《アラネ・ラケス》』に託した私は、即座に座標を固定し、空間を跳躍した。
短距離転移による位置情報の更新と、風魔術による慣性制御を用いた高速移動を秒単位で繰り返す。森の木々が残像となって後ろへ流れていく中、私の眼は密集する複数の生体反応を捉えた。
ザノバ率いる奇襲部隊だ。
彼らは深い茂みに身を潜め、眼下の街道を突き進む敵軍の横腹を突く、まさにその直前のタイミングだった。
私は上空の高度を維持したまま、彼らの真上から声をかけた。
「ザノバ!無茶をするなと言ったはずだぞ!」
「――なっ!?師匠ですか!?」
驚愕に顔を上げたザノバが、空中に静止する私の姿を認めて目を見開いた。
周囲の兵士たちも、突如として現れた空飛ぶ魔術師の姿に動揺し、ざわめきが広がる。
「師匠、いかがなされたのです!砦の守護は!?あちらには三千もの大軍が押し寄せていたはずでは……!」
「……心配いらない。砦に迫っていた軍勢のほとんどは、既に私たちの魔術で処理を終えた。残党はロキシーと私のトラップが引き受けている。……それより、お前こそわずか百名でこの物量の中に飛び込むつもりか?」
「なんと……!!さすがは師匠、三千をこれほど早く……!」
ザノバは感嘆の声を漏らしたが、すぐにその表情を引き締めた。
彼の瞳の奥に宿る、悲壮なまでの光。
パックス王に呼び戻され、不遇の身から一転して故郷の命運を託された今の彼にとって、目に見える『戦果』を挙げずして帰るという選択肢は存在しないのだろう。
(……このまま止めても、彼は納得しないな)
私は溜息を吐き、杖を正しく構え直した。
「分かった。ザノバ、君の覚悟は尊重しよう。……だが、無駄に部下を死なせるな。道は、私が開ける」
「師匠……!」
「君は敵の総大将の首だけを狙え。……準備はいいか?」
私の言葉に、ザノバは力強く頷き、背後の兵士たちに向かって剣を掲げた。
「皆の者、聞けッ!!これより『雷神』ルーデウス殿が活路を拓いてくださる!我らはその後に続き、一気に敵の本陣を食い破るぞ!師匠の魔術から、目を逸らすな!!」
「「おおおおおぉぉぉッ!!」」
士気が爆発的に高まるのを確認し、私は自らが纏う重厚な外套――『魔神鎧』をバサリと翻した。
内側に仕込まれた数多の術式回路が、私の意思に応えて一斉に励起を開始する。
「来い、――『水雷鯱《アスト・オルカ》』!『炎雷蜂《イグニ・ヴェスパ》』!」
私の左右から、眩い白銀の光を放つ二頭の巨大な水のシャチが、大気を泳ぐようにして出現した。その表面には高電圧の稲妻が走り、周囲の空間をチリチリと焼いていく。
続いて、私の背後から二十匹の『蜂』が飛び出した。雷の速度と火の爆発力を内包した、自律型の誘導兵器。
「――行くぞ」
私が杖を振り下ろすと同時に、二頭のシャチが重力に従って敵陣へとダイブした。
ドォォォォォォォォォォンッ!!!
着弾の瞬間、衝撃波と放電が敵の歩兵連隊を一瞬で飲み込んだ。一頭のシャチが跳ねるたびに、周囲の兵士たちは成す術もなく弾き飛ばされ、雷に焼かれて沈黙していく。
同時に、二十匹の『炎雷蜂《イグニ・ヴェスパ》』が、空中で複雑な軌道を描きながら敵の防御陣地を次々と爆砕していった。
それは単なる無差別攻撃ではない。
蜂たちは、ザノバの部隊が進むべき最短ルート上にある障害物――盾を構えた重装兵や、迎撃を試みる魔術師たちをピンポイントで排除し、真っ赤に燃え上がる『炎の回廊』を作り上げた。
「今だッ!!突撃ぃぃぃぃッ!!!」
ザノバの号令が響く。
彼は先頭に立ち、私が作った火の道を駆け抜けていった。その後を追う百名の精鋭たち。
私は上空で静止したまま、戦場全体を俯瞰した。
ザノバの横腹を突こうとする伏兵、逃げ遅れて進路を塞ごうとする敵の残兵。それらすべてを、私の眼が逃さず捉える。
「……横槍は入れさせない」
私は左手で、指を弾くようにして術式を投射し続けた。
「『追従雷銃《ホーミング・レイ》』」
指先から連射される、細く鋭い雷の矢。
それらは意思を持っているかのように蛇行し、ザノバ部隊の背後や死角に迫る敵兵の急所を的確に貫いていく。
私が空から死を撒き散らすたび、敵軍の指揮系統はさらに崩壊し、パニックが加速していくのが手にとるように分かった。
ザノバの足が、ついに敵本陣の天幕へと届いた。
Side: ザノバ
師匠が切り拓いてくれた炎の道を、余は全力で駆けた。もはや、視界には目標の建物しか映っていなかった。
幾人もの近衛兵が守りを固める建物へ、余は迷いなく突撃する。進路を塞ごうと槍を構える兵たちを、師匠が鍛え上げてくれた特製の槌槍で薙ぎ払った。余のこの膂力をもってしても壊れぬ、唯一無二と言っていい得物だ。目の前に立ちはだかった六名の近衛兵は、たった一振りで、なすすべもなく上半身と下半身が泣き別れとなった。
その勢いのまま、扉を打ち破って建物内へと躍り込む。待ち伏せていた兵たちが一斉に槍を突き出してきたが、師匠が作り上げたこの鎧には傷一つつかない。それどころか、逆に穂先の方が音を立てて砕け散った。余は槌槍を振り回し、道を阻む者たちを一人残らず薙ぎ倒していく。
建物の外からは、師匠が魔術を放っているのであろう轟音が絶え間なく響いていた。その音を背に、余はようやく奥の間で、一人だけ豪奢な鎧を纏った男の姿を捉えた。
余は間髪入れず、師匠が用意してくれた捕縛用の魔術具を奴へと投げつけた。魔力の網が敵将を絡め取り、動きを封じる。捕縛の完了を確認した時には、既に建物内の敵兵は一人残らず沈黙していた。こちらの被害は、ほとんど無いに等しい。
戦利品――捕らえた敵将を担ぎ上げ、余は建物の外へと出た。もし師匠が苦戦しているようであれば、微力ながらも助太刀に入るつもりでいたのだが。
外に出た余を待っていたのは、戦場とは思えぬほどの静寂だった。
敵兵は、一人もいない。一人として、生き残っている者はいなかった。あれほどの大軍が、この短い時間ですべて沈黙していたのだ。焼け焦げ、一部が溶け落ちた無数の骸と、ばちばちと空気を焦がす雷鳴の残滓。それだけが、そこにあるすべてだった。
戦場の中心に、静かに佇む師匠の背中が見える。
自分では決して届かぬ高みにいる御方だと、重々承知していたはずだった。それなのに――余は、その後ろ姿を見つめながら、止まらない冷や汗を拭うことしかできなかった。
Side: ルーデウス
赤茶けた荒野に沈む夕日が、戦場となった森の木々を長く、不気味な影へと変えていた。
私は自ら切り拓いた「炎の道」を通り、返り血を浴びたザノバ率いる奇襲部隊と共に、カロン砦への帰還を果たした。
砦の城門が重々しい音を立てて開かれる。
出迎えたのは、勝利の予感に震える守備隊の兵士たち、そして――。
「ルディ!!」
最前列で待機していたロキシーが、私の姿を認めるなり、駆け寄ってきて力一杯抱きついてきた。
小柄な彼女の熱い体温が、私の冷えた『魔神鎧』の表面から伝わってくる。
「……ただいま、ロキシー。……心配をかけて、すみませんでした」
「無事ならそれでいいんです!本当に、どれだけ心配したか……っ!」
私は彼女を安心させるように、鱗に覆われた手で優しく背中を撫でた。同時に、彼女の足元の地面に潜ませていた自律型魔術『機雷蜘《アラネ・ラケス》』に停止信号を送り、術式を解除した。任務を果たした小さな蜘蛛たちが、土の粒子となって静かに霧散していく。
ふと視線を上げると、ザノバが部下たちに支えられながらも、堂々と胸を張って立っていた。
彼の背後には、巨大な「網」に絡め取られ、猿ぐつわを嵌められた豪華な鎧の男が引きずられている。魔力を帯びたその網――強力な拘束機能を持つ魔力付与品の中に、今回の戦勝の決定打が収まっていた。
「……やりましたな、師匠」
「ああ。……見事だったぞ、ザノバ」
ザノバの身体は、敵陣を強行突破した際の無数の切り傷や打撲でボロボロだった。だが、泥と血に汚れたその横顔には、かつての『首取り王子』と呼ばれていた頃の冷酷な狂気ではなく、国を守り抜いた戦士としての、気高い誇りが宿っていた。
「敵将を捕らえたぞォォォ!!我らの勝利だァァァッ!!!」
砦の部隊長が叫ぶと、五百人の兵士たちが一斉に勝鬨を上げた。
地鳴りのような歓声。耳を劈くほどの熱狂。
(……少し、うるさいな)
私は敏感に発達した聴覚を僅かに遮断し、高揚する兵士たちの間を抜けて、捕縛した獲物を検分した。
ザノバがその神子の怪力で捕らえてきたのは、北の国ビスタの王族だった。
「……なるほど。こいつを人質にして交渉のテーブルに着かせれば、この不毛な戦争を終わらせるための決定打となる」
「左様。……師匠。余は、一刻も早く、……貴方をこのシーローンの諍いから、解放したかったのです。貴方には、シャリーアで待つ家族がいる。……余のわがままで、これ以上貴方の時間を浪費させるわけにはいかなかったのです」
ザノバの、あまりに不器用で、けれど深い友愛の籠もった告白。
彼が独断で危険な奇襲を仕掛けた真意。
それは、自らの手柄を誇示するためではなく、最速で戦局を終わらせ、私を愛する者たちの元へ帰すためだったのだ。
だが、安堵はすぐに消え失せた。
王城に残してきた『風影兎《アウラ・レプス》』から送られてくる信号に、微かなノイズが混じり始めたのだ。
『死神』は動いていない。パックス陛下も、今のところは無事なようだ。だが、映像が伝えてくるのは、それ以上に不穏な光景だった。
――第二のクーデターが、起きている。
つい先程まで味方であったはずの兵たちが、突如として牙を剥き、パックスの居所を取り囲んでいく。そんな中、ランドルフだけが、パックスを守る側に回って戦っていた。
「ザノバ、ロキシー!王城へ戻るぞ!」
「ルディ!?」
「師匠、王城で何が!?」
狼狽える二人を近くに寄せる。
「クーデターだ!使徒は『死神』ではなかった!パックス陛下を守るために、転移するぞ!」
転移用の
だが、最後まで起動できなかった。
何者かがその一室に侵入し、設置して置いた座標の魔術具を破壊したのが見えた。
――おかしい。なぜ転移魔法陣について知っている。この技術を我々が持っていることを知っているのは世界でも一握り、シーローンにおいては誰も知っている者はいないはず。
――恐らく
――
シーローン王国での戦い、中編です。
ルーデウスの感覚は六面世界仕様なので、原作ルーデウスよりも殺しへの忌避が少ないです。