無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
エリスとシルフィが出産した。
ほぼ同時刻での出産で、もっと焦るかと思っていた。だが、我々はアルス、ララ、ルーシーの同時期出産を経験している。乳母もいれば侍女も増えている。万全すぎるほどの準備を整え、金に物を言わせて百戦錬磨の産婆も雇った。エリスとシルフィには張り切りすぎとか用意周到すぎとか笑われたが、準備しすぎて困ることはない。
エリスとシルフィの頑張りのおかげで、無事に出産を終えることが出来た。
エリスの子はかわいらしい顔をした女の子、きっとエリス似の美人に育つに違いない。クリスティーナと名付けた。
少しばかりトラブルがあったのは、シルフィとの子、男の子だ。
その赤子は、緑色の髪をしていたからだ。シルフィはショックで気を失ってしまった。
確かに、緑色の髪は差別対象になることはある。だから、なんだというのだ。その程度のことで狼狽えるようなら、スペルド族の悪評払拭など謳っていない。ノルンの絵本は世界中で読まれている。緑色の髪を持つシルフィも、最近は差別の目で見られなくなってきたと言っていたではないか。
いつの間にか、部屋の中にアルマンフィが現れていた。
現れた瞬間、エリスとパウロの剣が彼へと突きつけられる。ノルンも、無意識のうちに剣の柄へと手をかけていた。
「何の用だ、アルマンフィ殿」
私は努めて落ち着いた声で問いかけた。
アルマンフィは、緑の髪をしたその赤子をじっと見つめてから、静かに口を開いた。
「ルーデウス・ボレアス・グレイラット。空中城塞に来い。ペルギウス様がお呼びだ」
「……ああ、名をつけていただけるという話だったな。今は無理だ。妻が出産したばかりだからな。ペルギウス様には申し訳ないが、落ち着いてからで良いか?」
アルマンフィは、それで問題ないと短く応えた。
シルフィは、深い不安の只中にいるようだった。
私は妻たちには基本的にすべての情報を開示している。私とシルフィがラプラス因子を持っていること、ラプラスが将来的に復活すること、そしてペルギウスがそのラプラス討伐を悲願として掲げていることも、当然、彼女は知っていた。
ペルギウスが名付けを申し出た理由も、私には分かっていた。ラプラス因子を持つ両親から生まれた子であるからこそ、その子自身がラプラスの依り代でないかを、ペルギウス自身の目で確かめておきたいのだろう。
シルフィが恐れているのは、まさにその点だった。この子がラプラスの依り代であると判断され、ペルギウスに手にかけられてしまうのではないか、と。
私は言葉を尽くして説明した。ラプラスの復活は八十年後であり、今この子が生まれてくるはずがないこと。
それでも、シルフィの不安は完全には拭い去れなかった。子を案じる母親とはそういうものなのだろう。
「いざとなれば、ペルギウスと戦ってでも守る」
そう約束し、私たちは空中城塞へと向かうことにした。戦いの可能性があると知ったエリスは、産後間もない身で同行を申し出た。そして、驚くべきことに龍神オルステッドまでもが付き添ってくれることになった。
ペルギウスに名を賜るという話だったが、シルフィはその前に私に名付けてほしいと言い出した。まぁ、賜った名はミドルネームにでもすれば良いだろう。ジークハルトと名付けた。
謁見の間で、ジークハルトを抱っこしたまま最敬礼をとる。子を傷つけないように、私の腕は丈夫な布でぐるぐる巻きにしてある。
「ペルギウス様。遅くなり申し訳ございません。お約束していた通り、名を賜るために我が子をつれてきました」
エリスが強烈に警戒している中、赤子をペルギウスに見せる。シルフィが心配そうな目線を送るが、問題ない。この距離では私の無詠唱魔術のほうが早い。警戒すべきはアルマンフィだが、彼が早いのは移動のみで攻撃自体は並みのスピードだ。私かエリスが対応できる。
ペルギウスが問うた。
「我がラプラス復活を防ぐために地上を監視していることは知っているはずだ。貴様らがもつラプラス因子についてもな。我が赤子を殺すのではないかと思わなかったか?」
「それはあり得ません。この子はラプラスの依り代ではございませんから。私程度でも分かるのです。ペルギウス様がお分かりにならないはずがない」
「ほう」
そこでオルステッドが口を挟んだ。彼はいつも通り、礼を取ることなく直立不動のままだ。
「ラプラスが復活するのは八十年後だ。今、依り代が生まれることはあり得ない」
「ほう、なぜ貴様にそれが分かる」
「……」
オルステッドは、ペルギウスにループのことをまだ話していない。答えに窮したような沈黙に、場の緊張が一気に高まった。
その緊張が弛緩したのは、ペルギウスの発した次の言葉によってだった。
「ルーデウス、貴様が言うようにその子がラプラスでないことなど、既に見抜いている。……だからそう睨むな、シルフィエット」
自分がペルギウスを睨めつけていたことすら気付いていなかったのだろう、シルフィがはっとする。
「アルマンフィは我が眼。我がラプラスを見間違えるはずもなし。緑の髪の色合いはラプラスのものとは大きく違う。目の色も違う。魔力も大したことが無い。そして、あの忌々しき呪いもない……心の奥底が震えるような呪いもな」
シルフィの身体から力が抜ける、ようやく安心できたようだ。
「その赤子、我にも抱かせてみよ」
また警戒するシルフィに大丈夫だ、と目線を送って、ペルギウスに子を渡す。
「ふむ……緑の髪に、やや尖った耳。閃光のような目、だが優しい印象も受ける、良い子だな」
「ありがとうございます」
礼を言うと、ペルギウスはうん、と頷いた。
「よし、では『サラディン』の名を授けよう」
無事に名を賜ったが……ミドルネームになることを知ったらペルギウスは怒るだろうか?
ペルギウスにお礼をいいつつ、シルフィと目を合わせる。
シルフィは、久しぶりに見るとても安堵した表情で、困ったように笑うのだった。
子どもたちは三歳になった。
アルスは元気いっぱいのわんぱく小僧だ。
まだ言葉も単語しか話せないのに、エリスは早速剣を握らせていた。剣神流の剣士にすると息巻いている、いつかのパウロを思い出し、懐かしくなる。相変わらず女性が好きなようだが、私が剣の稽古に顔を出すようになったら尊敬されるようになった。そのことをパウロに話したら、毎日アルスと剣の稽古をするようになった。今ではすっかりおじいちゃんっ子だ。
ララは大人しめだが、たまにアルスにいたずらしてからかっている。全然喋らないので言葉が遅れていることをロキシーが心配していたが、なんてことはない。
ルーシーは、幼き日のシルフィとよく似ていて、とても愛おしく感じる。たまにしか帰ってこない私にも懐いてくれていて、よく抱っこをせがまれる。オルステッドが家に来た際、オルステッドをおじいちゃんだと思ったらしい。呪いは全く効かないようで、オルステッドにもよく懐いていた。オルステッドは無表情だったが、ルーシーに懐かれることは悪くない、寧ろ相当嬉しそうにも見えた。真のおじいちゃんであるパウロは悄然としていた。
魔法都市シャリーアに、穏やかな、けれど確かな変革の風が吹いている。
私、ザノバ、クリフの三人は、先日ラノア魔法大学を卒業した。
私にとって、アカデミックな称号そのものに大きな感慨はない。だが、首席として卒業証書を受け取ったという事実は、対外的な信用スコアを稼ぐ上ではそこそこ有用なラベルとなるだろう。
卒業式の直後、血気盛んな卒業生や在校生、合わせて二十名ほどから決闘を挑まれたが、これには最短の手順で対処した。
中級雷魔術『
出力を精密に調整し、対象の神経伝達を一時的に阻害する程度の微弱な電界を広範囲に展開する。それだけで、彼らは武器を手にすることすら叶わず、膝から崩れ落ちた。
合理性を追求すれば、無駄に長い詠唱も、派手な大魔術も必要ない。ただ、最低限のエネルギーを最短距離で流し込む。それだけで十分だ。
卒業後も、私は特別講師として大学に残ることになった。
「将来的な雷魔術の体系化とその教授」を条件に、国王と学長をこちらの陣営に引き込んだ形だ。魔法大学という教育機関のトップの一つをネットワークに組み込むことは、将来的な人材確保と情報統制において決定的な優位性をもたらす。
何より、研究室を引き続き使えることが有難かった。自宅の地下のラボも、事務所の地下も少々手狭になっていたのだ。
五龍将の秘宝の解析用魔術具の最終調整を終え、一度自宅に帰る。荷物を置いてから事務所に向かう。オルステッドから呼び出しを受けているのだ。
「……お帰りなさい、ルディ。お疲れ様」
自宅の扉を開けると、穏やかな声が私を迎えた。
母、ゼニスだ。ほかの皆は用事で留守にしているらしい。子どもたちはお昼寝中のようだ。
「ただいま、母さん。……アイシャはまだ傭兵団の方かな?」
「ええ。最近は『龍の爪』の運営で、あなた以上に忙しそうにしているわ。でも、さっき連絡用の石板に書き込みがあったわよ。……『今夜は少し遅くなるけれど、重要な商談がまとまりそう』だって」
私は居間のテーブルに置かれた、開発したばかりの通信装置――『通信石板』に目を落とした。
ミグルド族の念話技術を、オルステッドの知識を用いて魔道具へと落とし込んだものだ。特定の石板に文字を刻めば、対となる石板へ瞬時にその内容が同期される。
かつて七大列強の石碑やギルドカードに用いられていた失伝技術の再現だが、これにより、アリエル女王やパックス陛下とのリアルタイムな情報共有が可能となった。情報の伝達速度は、戦場においても政治の場においても、何よりの武器となる。
「アイシャも、いつの間にか立派な最高執行責任者だね」
「ふふ、あなたが厳しく教え込んだおかげじゃない?リーリャも、あの子があなたの役に立っているのが、何より嬉しいみたい」
ゼニスが淹れてくれたお茶を啜りながら、私は手元にある一冊の絵本を手に取った。
妹のノルンが、オルステッドから与えられた膨大な資料と格闘しながら作り上げた作品だ。
「……『夢の悪神と、銀の髪の龍神』か」
内容は、人々の夢に現れて甘い言葉で破滅へと誘う悪神と、それを孤独に戦い抜く龍神の物語。ルイジェルドの汚名を返上するためのスペルド族の本に加え、
ナナホシから供与された印刷技術を用い、アスラ王国のバックアップで大量生産されたノルンの絵本は、今や各国の有力者や子供たちの間に広まりつつある。宗教上の理由でミリス聖教国には流布出来ていないのが懸念だが、この新しい絵本なら問題ないだろう。
既にきちんと製本されている。ルイジェルドの絵本という成功例があったおかげで、工程が最適化され、開発リードタイムが大幅に短縮されたようだ。この様子だと既に広く売り出されているだろう。
ただ、一つだけ計算違いがあった。
物語の終盤、龍神の傍らで雷を操り、悪神の使徒を討ち払う『雷神』というキャラクターが登場する。
……その容姿や傷跡の特徴、そして両腕の鱗や爪の描写。どこからどう見ても、私そのものだった。
「アイシャの仕業だろうな。……ノルンに無理を言ってねじ込ませたんだろう」
開発リードタイムが短くなったおかげで、止められなかったのだ。
「あら、格好いいじゃない。子供たちはみんな、この雷神様に憧れているわよ。……あなた、実物の自分と比べられて、気恥ずかしいの?」
「……否定はしません」
苦笑いしながら、私は自分の右腕に触れた。
エメラルドグリーンの鱗は、私の意思で魔力を流さずとも、周囲の魔力を静かに無効化し続けている。この異形こそが、私が
「さあ、そろそろオルステッドの所に行きます、母さん。アイシャの手伝いもしてこようかと」
「いってらっしゃい、ルーデウス。……あまり無理はしすぎないでね」
ゼニスの温かな声に見送られ、私は再び家を出た。
玄関先でフードを深く被り、鱗と爪を隠す。
異形の身体を隠すこの外套――『魔神鎧』は、今や私の皮膚の一部のようなものだ。
今日はまた空中城塞に来ている。オルステッドも同行していた。
オルステッドが空中城塞を訪れるのは、もちろん初めてではない。だが、彼を連れてくることについては、前回同様ペルギウスにかなり渋られた。
オルステッドがペルギウスを、いずれ殺さなければならない相手だと考えていることを、彼もまた察しているのだろう。両者の間には、言葉にせずとも張り詰めた緊張が常に横たわっている。
それでも、今日ばかりは通してもらわなければならなかった。オルステッドがペルギウスを狙わざるを得ない、その原因そのものを解消しに来たのだから。
謁見の間に案内される。
私はいつも通り最敬礼をし、この場に招き入れてくれたことへの感謝を述べた。ペルギウスは鷹揚にそれに応じる。一方のオルステッドは、堂々とした直立不動の姿勢を崩さない。そんなオルステッドを、ペルギウスは極めて不機嫌そうな目つきで見据えていた。
「今日は何をしに来た?」
ペルギウスの声には、隠しきれない棘があった。
「ペルギウス様の『五龍将の秘宝』について、解析させていただきたく参りました」
私はそう応えた。
実験を行う広間へと案内される。今日はナナホシも見学に来るようだった。
話を聞く限り、ペルギウス自身、自らの体内に『五龍将の秘宝』が宿っているという事実そのものを正確には把握していないらしい。
「初代龍神の神玉の破片だ。それらを五つ集めることで、
オルステッドが淡々と説明する。だが、彼はさらに続けた。
「本来、これは殺さねば手に入らぬものだ」
その一言に、控えていたシルヴァリルをはじめとする配下たちの警戒心が、一斉に最大値まで跳ね上がった。広間の空気が、瞬く間に殺気で満たされていく。
(……相変わらず、言葉が足りなさすぎる)
私は慌てて言葉を継いだ。
「――ですが、私はオルステッドとペルギウス様が殺し合う事態を避けるために来たのです。『五龍将の秘宝』をスキャンし、複製したい。それが目的です」
さっきまで殺気立っていたペルギウスも、私のその言葉には呆れたらしい。場の緊張が、目に見えて弛緩していった。
「そんなことができるのか?……いや、貴様のことだ。どうせまた、思いもよらぬ方法を使うつもりなのだろう」
その口ぶりからは、警戒よりもむしろ、手段そのものへの興味が滲んでいた。
私は早速、持参した装置の準備に取り掛かる。小型化した
「私の
私はもう一台の装置を示した。
「この装置は
まずは試験として、オルステッドで実験してみることにした。オルステッドが
ペルギウスはこの
やがて、オルステッドのスキャン結果が全て出力された。幅二十センチほどの紙が五メートルほど続いており、そこには彼の魔力波形がびっしりと記載されている。これを言語化して解析するにはそれなりの時間がかかりそうだった。
次は、ペルギウスの番だ。得体の知れない装置への猜疑心はあるようだったが、見たこともない機構で動く機械への好奇心がそれを上回ったらしい。オルステッドの時と同様、スキャンと出力が滞りなく完了した。
出力された五メートルほどの紙を、ペルギウスのものとオルステッドのものとで並べて比較する。
ところどころに違いはあるものの、流石は同じ古代龍族というべきか。研究室でテストした私自身のデータや、人族・魔族のデータと比較すると、両者の波形は驚くほど似通っていた。
だが、明確に異なる点が一つだけ存在した。ペルギウスの心臓部に、他には見られない特異な魔力波形が確認されたのだ。
「これが『五龍将の秘宝』でしょう」
私が指摘すると、オルステッドも静かに頷いた。
「あとは、両者のデータを多方面から数値化し、同様の出力を放つ魔術具を考案すればいい。時間はかかりますが、時間をかければ必ず解決できる問題です」
そう告げると、ペルギウスよりもむしろオルステッドの方が、目に見えて安堵の色を浮かべていた。ペルギウスはその様子を訝しげに眺めていたが……オルステッドにとっても、自身に近しい同族を手にかけることには、多少なりとも良心の呵責があったのかもしれない。
帰り際、シルヴァリルから声をかけられた。
「……どうか、必ずや秘宝の複製を成功させてください」
深々と頭を下げるその姿からは、絶対的な忠誠心が滲み出ていた。もし失敗すれば、私自身がシルヴァリルの手にかかる可能性すらあるだろう。
「お任せあれ。私も、恩義あるペルギウス様と敵対したくはない」
私はそう答え、その場を辞した。
卒業式より前のことになる。約束通り一人の男が帰還した。
ザノバ・シーローン。……シーローン共和国の設立に向けて奔走する、一人の志士と言うべきか。
彼は数ヶ月に及ぶ本国での戦後処理と新体制の基盤構築を終え、忠臣ジンジャーを伴って私の元へと顔を見せた。
「師匠、ただいま戻りましたぞ!いやはや、あちらの政務は粘土をこねるようにはいきませぬな。引くべきか押すべきか、毎日が真剣勝負でございました」
「お帰り、ザノバ。君が戻ってきてくれて心強いよ。……ジンジャーもご苦労様だった」
私は預かっていたジュリをザノバに返した。久々の再会に、ジュリも嬉しげにザノバの裾を掴んでいる。
聞けば、現在のシーローンは共和国化への移行期にあり、王族としての資産もかなり制限されているらしい。
「しばらくは節約生活ですな。……とはいえ、一般の家庭に比べれば随分と余裕はありますが。ですが師匠、私は何かで稼ぎたいと思っております。この国で、そしてシーローンの未来のために、自由に動かせる資金が必要なのです」
ザノバの言葉を受け、私は一つのビジネスモデルを提示した。
それは、ノルンが制作した『絵本』と連動したキャラクター展開――つまり、フィギュア販売である。
「ルイジェルド人形とオルステッド人形、これらを絵本とセットで売るんだ。絵本で彼らの活躍を読んだ子供たち、あるいは有力者たちにとって、それは単なる置物以上の価値を持つ『シンボル』になる。君の造形技術と、ジュリの製造ラインがあれば、最高品質の工芸品として高値で取引できるはずだ」
私は事業の責任者にザノバを、製造実務の責任者にジュリを指名した。
さらに、アイシャが運営する傭兵団『龍の爪』の中から、戦闘には向かないが手先が器用な人材を数名、この工房のスタッフとして割り当てた。
「芸術」を「利益」へと変換する。これもまた、組織を維持するための重要なエンジニアリングの一環だ。
だが、私の頭の中にある戦略図には、まだ空白の領域が残っていた。
世界の大国の中で、未だ手付かずなのは『王竜王国』と『ミリス神聖国』である。
王竜王国については、オルステッドが直接国王を暗殺したこともあり、その「右腕」と目されている私が行くのは、火に油を注ぐようなものだ。当面は静観するのが合理的だろう。
問題は、ミリス神聖国だ。
あそこは「世界で一番汚い」と評されるほど内部腐敗が進んだ宗教国家だ。魔族を極端に嫌う排他的な気風があり、一目で人族ではないと分かる私の身体――鱗や黒爪、そして『竜の眼』――では、潜入すら困難を極める。
一方で、ミリス教の教義である『聖ミリスはお告げをせず、お告げを下すのは神を騙る悪魔である』という一文は、
この「耐
「……ルーデウス、少し相談に乗ってくれないか」
そんな折、友人のクリフ・グリモルから声がかかった。
彼の家を訪れると、彼は机の上に置かれた一通の手紙をじっと見つめていた。
「ミリスにいる祖父から手紙が届いたんだ。……私の身を案じながらも、教団内の権力争いが激化していること、そして、覚悟を持って帰国せよという内容だった」
クリフは魔法大学を卒業後、祖父の跡を継ぐために帰国する予定だった。
しかし、彼には守るべきものが増えていた。
妻であるエリナリーゼ、そして生まれたばかりの息子、クライブだ。
「ミリス教団の権謀術は、敵の家族すら容赦なく標的にする。……今の私が、エリナリーゼやクライブを連れてあそこに戻れば、彼らを危険に晒すことになる。かといって、家族を捨てて一人で行くこともできない。……私は、どうすればいい」
苦悩する友人の姿に、私は一つの提案を投げかけた。
「クリフ。……私の陣営――龍神オルステッドの仲間に入らないか?」
クリフが顔を上げる。
「私とオルステッドが協力して、君の家族の安全を保障する。そして、君がミリス教団の頂点に立つためのバックアップも惜しまない。……これは取引じゃない。君という友人を、あんな伏魔殿で犬死にさせたくないんだ」
私の提案に対し、クリフは数分間の沈黙の後、強い光を宿した瞳で答えた。
「……有難い申し出だ、ルーデウス。だが、二つだけ条件を言わせてくれ」
クリフは指を二本立てた。
「一つ目。クライブが乳離れするまでの『一年間』は、このシャリーアに留まらせてほしい。父親として、せめてその期間だけは家族の側にいたいんだ。その後は、私一人でミリスへ帰る」
「一人で?家族はどうする」
「君に預けるよ。……君が言ってくれた通り、龍神の加護があるこの街が、世界で一番安全だ。一年後、私は単身で乗り込み、足場を固める。エリナリーゼたちを呼ぶのは、それからだ」
そして、彼は不敵な笑みを浮かべて二つ目の条件を告げた。
「二つ目だ。……私は、最初から君たちが用意した椅子に座るつもりはない。まずは自分の力が、あの腐りきった教団でどこまで通用するか試してみたいんだ。……ミリスの頂点に立つ。それは私自身の夢であり、男としてのプライドだ。自力で上位に立ち、君たちと対等に肩を並べられるようになったその時。……正式に、君たちの『仲間』として合流させてくれ」
私は思わず、自身の鋭い黒爪を隠すように拳を握った。
非合理的だ。私たちの庇護下に入れば、生存確率は跳ね上がり、目的達成までの時間も短縮できる。
だが――。
「……分かった。君の矜持を尊重しよう、クリフ」
友人が一回りも二回りも頼もしい男へと成長しようとしている。その意志を、リスク管理だけで塗り潰すことはできなかった。
何より、あのエリナリーゼがこの決断を了承しているのだ。彼女は、クリフが「ただ守られるだけの男」ではないことを信じているのだろう。
「握手をしよう、クリフ。……爪には気を付けてくれよ。君が一人前になって戻ってくるのを、楽しみにしている」
「ああ。……見てろよ、ルーデウス。あそこの連中をまとめて黙らせてやる」
固い握手を交わした。
クリフがミリスで実権を握り、真の意味で私たちのネットワークに接続されるのは少し先の話になるだろう。
ミリス攻略の件は、一旦「保留」というステータスに移行した。
「さて。……そうなると、この一年間のスケジュールを再編する必要があるな」
私は自宅への帰り道、頭の中のタスクリストを更新していく。
アリエル女王への定期的な進捗報告と、次なる技術供与。
ザノバによる人形販売事業の拡大と、そこから得られる資金のプール。
そして、アイシャによる傭兵団『龍の爪』の支部拡大。
だが、そのパーツの一つ一つが、自らの意志を持って熱く稼働し始めている。
私はフードを深く被り直し、夕暮れに染まるシャリーアの街を、ゆっくりとした足取りで進んでいった。
時の流れは、時として非情なほどに速く、正確だ。
私の妹たち、ノルンとアイシャが十五歳を迎え、この世界の「成人」となった。
グレイラット家では、この良き日を祝うために盛大な祝宴の準備が進められていた。
準備のために居間に集まった家族の顔ぶれを見る。父パウロ、母ゼニス、そしてリーリャ。三人の目は既に潤んでいた。かつて幼子だった二人が、こうして立派な大人として歩み始める姿に、彼らなりの感傷を抱いているのだろう。
二人の成長は私の目から見ても目覚ましいものだった。
ノルンはラノア魔法大学の生徒会長として、その誠実な人柄から絶大な支持を集める人気者となっている。学業や魔術への研鑽はもちろんのこと、剣術においても『水神流中級』『剣神流初級』の認可を受けるまでになった。彼女の努力は、周囲に安心感を与える「希望」として機能している。
一方でアイシャは、傭兵団『龍の爪』の運営において、もはや欠かすことのできない最高のブレーンとなっていた。彼女の冷徹なまでの市場分析と、人心を掌握する術。彼女がいなければ、私の構築するネットワークはこれほどスムーズに稼働しなかっただろう。
さて、兄として悩んだのは「成人祝いの品」だ。
あらゆる希少な魔石や財宝を検討したが、最終的に私が出した答えは、より直接的な「守護」だった。
「……っ、ふう。これで、五枚目か」
私は自室で、自身の右腕に並ぶエメラルドグリーンの硬質な鱗を、ペンチに似た工具で強引に引き剥がした。
爪を剥がすような鋭い激痛が走る。再生能力が高いとはいえ、痛覚が消えるわけではない。だが、ノルンの身を守るためだ。この痛みは必要なコストとして計上できる。
剥がした五枚の鱗は、
もちろん機能は耐魔術だけではない。強く振るうことで自宅の通信石板に緊急の文字とその場所の座標が表示されるようにした。『記憶』の通報装置のようなものだ。服装に合わせてデザインを変えられるようリバーシブル仕様にし、片面は白地に金糸、もう片面は藍色地に黒糸で龍神の紋章をベースにした文様を加えた。さらに、裏返した状態で捕縛に使用すれば、上級結界魔術程度の拘束力が生まれるようにした。
次に、アイシャへのプレゼントだ。
これについては、いくら考えても正解が導き出せなかった。ゆえに、私は本人に直接問うことにした。
「君は何が欲しい?」と。
アイシャは、いたずらっぽく、けれどその奥に揺るぎない熱量を秘めた瞳で私を見つめ、こう答えた。
「私が欲しいのは……お兄ちゃん自身。私を、四人目の夫人にしてほしいな」
アイシャが私に特別な感情を抱いていることは、日常的なアプローチから察していた。そして、私自身、彼女の有能さとその献身を憎からず思っていたことも事実だ。
驚くべきことに、アイシャは既にシルフィ、ロキシー、エリスの三人から「側室」としての承認すら取り付けていた。
「外堀を埋める」という表現では生温い。完全な包囲網の構築だ。さすがは私の事業の片腕と言うべきか。
「……分かった。だが、私も直接妻たちと話してみようと思う。更に最終的な関門として、父さんの許可を得てほしい。父さんが認めれば、君を迎えよう」
私はあえて難しい課題を提示したつもりだった。だが、アイシャは不敵に微笑んだ。
「そんなことでいいの?お母さんと協力すれば、お父さんなんて簡単だよ」
彼女はそう言い残し、すぐさまリーリャの元へと作戦会議に飛んでいった。
エリス、ロキシー、シルフィの三人が、私の寝室に集まった。
いつもであれば、この面子が揃った時点で搾り取られる覚悟を決めるところだが、今日ばかりは真面目な話し合いだ。
私は率直に切り出した。アイシャが、第四の夫人として名乗りを上げていること。
三人に、特段の驚きはなかった。既にアイシャの根回しが行き渡っているのだろう。
「……ルディ自身は、どう思ってるの?」
代表するように、シルフィが尋ねてきた。
「……彼女のことを憎からず思っているのは、否定しない。だが、どうしても……妹として見てしまう部分が、まだ残っている」
私は正直に、自分の胸の内を打ち明けた。
「それに、同時にこうも思うんだ。……アイシャの目に宿る情愛は、既にどこか狂気的な領域にまで達している気がする。もしここで彼女を拒否すれば、その精神が崩れてしまうのではないかと。……なまじ能力が高い分、何か事を起こした際の被害も想像がつかない。……そういう不安が、正直ある」
私の言葉に、エリスが深く頷いた。
「その気持ち、分かるわ。あたしだって、ルーデウスに拒否されたら……何をするか分からないもの」
そう語るエリスの瞳には、アイシャよりもなお苛烈な狂気めいた光が宿っていた。
「たしかに、アイシャはルディほどではありませんが……間違いなく天才の部類です」
ロキシーが補足するように言葉を継ぐ。
「先日、上級魔術を少し教えただけで、あっという間に習得してしまいました。……もし何かを起こすようなことがあれば、その規模は必ず大きなものになるでしょう」
最後に、シルフィが静かに口を開いた。
「……アイシャちゃんが狂ってしまったのは、元はと言えばルディのせいだよ。ルディは自分をあまり高く評価していないけど、周りへの影響力はすごく大きいから。……小さい頃からずっと一緒に暮らしてきたアイシャちゃんが、そうなってしまうのも仕方ないと思う。……だったら、狂わせてしまった責任は、最後までちゃんと取るべきだよ」
三人の言葉を聞き、私は覚悟を決めた。
「……分かった。私が、責任を取る。今はまだ、妹として見ている部分が多分に残っているが……妻として迎えるからには、きちんと一人の夫として彼女を愛することを誓う」
その言葉に、三人も納得してくれたようだった。
エリスは、そもそも妻が増えることへの忌避感が初めからない。「ルーデウスほどの男なら、むしろ少ないくらいよ」と豪快に笑う彼女は、根っからのアスラ貴族らしい価値観の持ち主だ。
ロキシーは、ライバルが増えることには一抹の寂しさを覚えつつも、「家庭が平和であることが一番ですから」と静かに賛意を示した。
シルフィは、最初から賛成していたのだという。「ボクたちじゃ、ルディの仕事をアイシャほど上手く手伝えないから。……ルディの助けになるなら、歓迎するよ」
――だが。
「妻が増えるなら、今のうちに搾り取っておかないとね」
エリスのその一言だけは、聞き捨てならなかった。
そして、ロキシーとシルフィまでもが「……それもそうですね」「……そうだね」と、あっさり同調してしまうのだから、始末に負えない。
逃げ出そうと踵を返すが、シルフィが素早く風魔術で移動して退路を塞ぐ。シルフィの風魔術の制御技術は私を既に超えている。長距離飛行ならまだしも、室内の短距離飛行ではシルフィには敵わない。
私の肩をエリスが掴む。竜の膂力があるとはいえ、私自身が闘気を纏えるわけではない。剣王級の闘気で強化された力で捕まえられれば逃げられない。
ロキシーが素早く『魔神鎧』を脱がせる。私がタイムラグ無く短距離転移できるのは『魔神鎧』に転移の魔法陣を縫い付けているからだ。
……流石は私の妻たちだ。私の弱点をよく理解できている。
私は、覚悟を決めた。
迎えた誕生日当日。
放課後のノルンは、学校の友人たちから贈られた山のようなプレゼントを抱え、顔を真っ赤にして帰宅した。
家族からの心のこもった贈り物――私からは特製のストール――を受け取ると、彼女は目に涙を浮かべて何度も頷いた。
「……ありがとう、お兄ちゃん。私、大人としての自覚を持って、これからも頑張るから!」
その立派な宣言に、パウロが堪えきれずに号泣していた。
一方のアイシャは、祝われ方も独特だった。
庭先から突如として、リニアとプルセナ率いる傭兵団の面々が、泥だらけのボロボロな姿で大挙して押し寄せてきたのだ。
彼らはアイシャを驚かせるため、昨日から森に潜伏し、巨大な魔物のイノシシを仕留めてきたのだという。
「アイシャの誕生日だ。これくらい派手にやらねーとニャ!」
私は即座に魔術を稼働させ、イノシシを解体した。生体の解体は構造の分解作業に等しい。瞬時に肉を切り分け、アイシャの提案で庭でのバーベキューが開始された。
賑やかな笑い声。焼ける肉の匂い。
異形となった私の身体を気にすることなく、傭兵たちは騒ぎ、アイシャはその中心で満足げに笑っていた。
宴も闌を過ぎ、客たちが去った後の静かな夜。
居間には、家族だけが残った。
パウロ、ゼニス、リーリャ、そしてアイシャ。ノルンは後ろで見学をしている。
向かい合うのは私と妻たちだ。子どもたちは侍女が寝かしつけをしている。
彼らは、かつてないほど真剣な表情で私と向き合った。私の背後には、三人の妻たちが控えている。
口を開いたのは、パウロだった。
「……ルーデウス。アイシャの気持ちの強さに、俺は負けたよ。アイシャは、誰よりもお前の力になりたいと言っている。リーリャも……アイシャの幸せを願っている」
アイシャが私の前に一歩踏み出した。
「お兄ちゃん。……私には、もうお兄ちゃん以外の人との未来は考えられないの。私を、妻として受け入れてくれますか?」
私は一度、後ろを振り返った。
シルフィは優しく微笑み、ロキシーは静かに頷き、エリスは「許す」と言わんばかりに腕を組んでいる。
……家庭内合意は、既に形成されている。あとは、私の覚悟だけ。
私はアイシャに向き直り、その小さな手を取った。私の鋭い爪が彼女を傷つけないよう、細心の注意を払いながら。
「……承知した、アイシャ。君を私の妻として迎えよう。これからは仕事のパートナーとしてだけでなく、人生の伴侶として、君を愛することを誓う」
「……っ、はい!よろしくお願いします、旦那様!」
アイシャが私の胸に飛び込んでくる。
その温もりを感じながら、私は上を見上げる。
夜空には満月。
新たな家族の形を祝福するように、シャリーアの街は静かに凪いでいた。
ついにアイシャが妻の一人として加わりました。
いよいよ、ミリス神聖国偏が始まります。