無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~   作:haru-ha

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【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)

以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。

【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。


第60節 クリフ編:異端審問、剥奪電界による完全制圧

 

Side: ルーデウス

 

ミリシオンに到着してから数日が経過した。

 

聖都の中央を貫く目抜き通りは、シャリーアの雑多な喧騒とは異なり、白亜の石畳と統一された建築様式によって、どこか厳粛な秩序を感じさせる。教皇猊下から得た「正式な認可」という強力なバックアップを基に、私とアイシャは傭兵団『龍の爪』支部の設立に向けて、文字通り聖都を駆け回っていた。

 

拠点の選定、不動産契約の締結、そして内装工事や什器の設置については、アイシャが手配した専門の業者へと外注済みだ。現在は、現地の冒険者や教団の下級役人から有能な人物を選別し、組織の末端として組み込む工程に注力している。ミリス神聖国という土地柄、腕っぷしよりも「教義に対する忠誠度」を面接で確認する必要がある点がシャリーアでの人材採用とは勝手が違い、地味に骨が折れた。

 

この支部設立にはパウロも積極的に助力してくれた。

ゼニスは連日のようにラトレイアの本家へ呼び出され、伯爵夫人クレアとの「親子の対話」という名の再教育を強いられているが、パウロには声がかからなかったらしい。クレアにとって彼はまだ視界に入れることすら不快なのだろう。当のパウロも「呼ばれないなら呼ばれないで、こっちも気楽なもんさ」と肩をすくめるだけで、深刻に受け止めている様子はない。

 

だが、そのおかげでパウロは慣れ親しんだ冒険者区での活動に専念できている。数日前の絶望的な表情はどこへやら、今の彼は冒険者らしい、生命力に溢れた瑞々しい表情を取り戻していた。そのリーダーシップは流石で、私はかなり楽することができた。適材適所とはこのことだろう。

リーリャはゼニスの護衛兼侍従として同行しており、実家の防衛線は彼女に任せておけば問題ない。彼女の几帳面な性格は格式を重んじるミリシオンの社交儀礼とも相性が良いようだった。

 

そんな折、ゼニスから一通の手紙を受け取った。

差出人はあの庭園で出会った『神子』。約束通り、私の冒険譚を聞きたいという要望だ。丁寧な筆致で綴られた文面からは、彼女の律儀な性格と外の世界への渇望がにじみ出ているように感じられた。

 

手紙の返事を書く前に、私は一度クリフの元を訪れることにした。教皇の孫という立場上、教団内部の力学については、彼が誰よりも正確な情報を持っているはずだ。

 

「神子様から招待、か……。悪いことは言わない、慎重に動いてくれよルーデウス」

 

クリフは執務室の椅子に深く腰掛け、眉間に皺を寄せながら忠告してきた。かつての優男然とした彼の面影に、聖職者としての苦労がうっすらと影を落としている。

 

「枢機卿派にとって神子様は『管理すべき象徴』だ。外部の――それも魔族と親しい異形の英雄が神子様の心を掴むような真似をするのは、連中にとって見過ごせない事態のはずだ。お祖父様の派閥はお前のことを好意的に見ているが、向こうがどう出るかは読めない」

「なるほど。忠告感謝する。だが、断る理由もない。彼女は招待をくれた。応じないという選択肢は、私の流儀に反する」

「……お前はそう言うと思ったよ」

 

クリフは肩をすくめ、諦めたように苦笑した。その表情には、旧友としての気安さと聖職者としての一抹の不安が同居していた。

 

「何かあったら、すぐにお祖父様に伝える。……気をつけろよ」

 

私はアイシャを伴い、再び教団本部の中枢へと向かった。

人材発掘の第一フェーズは一段落している。現場の指揮はパウロと、アイシャが見出した現場監督に任せておけば、今のところは致命的な不具合は起きないはずだ。

 

案内されたのは、以前のあのサラークの木が咲き誇る中庭だった。淡い桃色の花弁が風にほどけ、白い石畳の上に小さな模様を描いている。

 

神子という存在は、教皇たちと同様、教団の中枢に一種の「軟禁状態」として収容されている。かつては外交的なツールとして外出も頻繁に行われていたようだが、暗殺未遂事件が発生して以降、そのセキュリティレベルは最大まで引き上げられたらしい。

 

クリフからの情報によれば、彼女は文字通り一年中部屋に閉じ込められているわけではない。数日に一度、短い時間だけ、この厳重に守られた庭園に出ることだけが許されている。それが彼女に与えられた唯一の「自由時間」だ。

 

狭い檻の中で生きることを運命づけられた彼女にとって、外部の「毒」を含まない情報の摂取――すなわち、私の語る物語は、渇いた土に注がれる水の如き価値を持つのだろう。

 

中庭へ足を踏み入れると、テレーズがこちらに向けて大きく手を振るのが見えた。私は魔神鎧の外套を揺らし、ゆっくりとした足取りで彼女たちの元へと進んだ。

 

「雷神様っ!本当に来てくださったのですね!」

 

神子が弾けるような笑顔で迎えてくれる。私は完璧な貴族の礼を執り、挨拶を交わした。周囲の護衛騎士たちは依然として私を「異形の来訪者」として警戒しているようだが、召喚主が彼らの主である以上、排除に踏み出すことはない。

 

「ルーデウス君。昨日、ようやくゼニス姉様に会えたよ」

 

テレーズが、親しみの込もった声で近況を報告してくれた。

 

「それは何よりです。母も喜んだでしょう」

「ああ、話には聞いていたけれど、以前とそう変わりない姉様の姿を見て安心したよ。……それで、君たちはあとどれくらいミリシオンに滞在するんだい?」

「幸い、事業の立ち上げも順調に推移しています。おそらく、あと一週間ほどでしょうか」

 

私は隣に控えるアイシャに視線を送った。今日の彼女は完璧な「侍従モード」だ。

ミリシオンの保守的な層に、彼女を私の第四夫人として紹介することは、不要な社会的摩擦を生む原因になる。その分、夜の宿舎――冒険者区の隠れ家では、一日の業務を労い合うという名目のもと、十分に夫婦としての交流を深めているため、彼女も公私を使い分けることに不満はないようだ。

 

「そうか……。姉様にはあと一度くらい、非番を調整して会いに行きたいな」

「是非そうしてあげてください。母も喜ぶでしょう」

「あと一週間だけなのですね……。では、一刻も無駄にはできません。たくさん、たくさんお話を聞かせていただかなければ!」

 

神子が意気込み、私の前に身を乗り出してくる。

 

「さて……何からお話ししましょうか。……あらかじめ断っておきますが、私の辿ってきた旅路には、魔族との接触や共闘も多分に含まれます。貴方方の教義に抵触する恐れがありますが、構いませんか?」

「はいっ!問題ありません!」

 

神子は力強く頷いたが、周囲の護衛たちは僅かに表情を強張らせた。

 

無理もない。ミリス教団は約三百年前、原典の解釈を巡って分裂した歴史を持つ。

「不浄なる魔族を排斥せよ」という原理主義的な枢機卿派と、「いかなる種族も神の下に平等である」という教皇派の対立。クリフや教皇は後者だが、現在神子を政治的に管理している枢機卿派は、前者の「魔族排斥」を掲げる急進派だ。その中枢で魔族の英雄譚を語ることは、彼らにとって静かなる反逆にも等しい。三百年という時の重みが、単なる神学論争を、抜き差しならない権力闘争にまで育て上げてしまったのだろう。

 

だが、私は気にせず口を開いた。

ギルドから依頼されたはぐれ赤竜の討伐と冒険者の救出。

魔王バーディガーディとの腕試し。

空中城塞における甲龍王ペルギウスとの邂逅。

魔王アトーフェラトーフェとその不死の精鋭軍の制圧。

そして、アスラ王国での乱において、水神レイダと北帝オーベールとの戦い。

 

私は、単なる武勇伝としてではなく、どんな魔術と知略を用いたかという視点を織り交ぜながら、ゆっくりと、けれど高密度に語った。時に、彼女の理解を助けるために、指先だけで小さな図形を宙に描いてみせることもあった。

神子は、私の語る一つ一つの言葉を、記憶に焼き付けるかのように、恍惚とした表情で聴き入っていた。時折「それで、それで?」と先を急かすような相槌を打つ様は、閉ざされた世界に生きる少女というより、年相応の好奇心旺盛な人間のそれだった。

 


 

私の語る冒険譚に対し、神子は期待以上の反応を返してくれる。悪い気分はしない。

 

ふと、庭園を抜ける風の温度が数度低下した。

季節の変わり目特有の北風だ。神子が「くしゅん」と小さくくしゃみをすると、周囲の護衛騎士たちが過敏なほどに反応し、狼狽し始めた。

 

「失礼。少しばかり環境を調整しましょう」

 

私は軽く手を上げた。

無詠唱による、微細な空気の振動の制御。対流を抑制しつつ、穏やかな温かさを維持する。局所的な気候操作だ。

 

「……ありがとうございます!これが、雷神様の無詠唱魔術なのですね!」

「その通りです。もっとも、発動しているのは初級程度の魔術ですが……。貴方が風邪を引いては、周りの皆も心配するでしょう」

 

私の配慮に対し、護衛たちの殺気が明確に一段階、軟化したのが分かった。彼らにとって、この神子という存在は守るべき絶対的な対象なのだ。

 

「それにしても、雷神様は龍神オルステッド様だけでなく、本当に多くの方々とお知り合いなのですね。……私のような身からすると、少し羨ましいです」

 

神子がポツリと、寂しげな色を瞳に宿して呟いた。

聖都ミリシオンにおける権力闘争のシンボルとして、部屋に閉じ込められる日々。生まれてこのかた、彼女が自らの意志で歩いた距離は、この小さな中庭をたまに歩き回るほど、せいぜい数キロメートルにも満たないのかもしれない。

 

龍神オルステッドからの共有情報によれば、彼女の持つ「運命」の強度は極めて低い。どのループにおいても、十歳前後、長らえても三十歳を迎える前に彼女はその生涯を終えるという。

 

彼女の能力は『記憶の閲覧』。他人の瞳を覗き込むことで、その人物が過去に蓄積した映像を直接スキャンできる能力だ。

私の瞳を見れば、私がこれまで出会ってきた著名な人物たちの外見データくらいは瞬時に読み取れるはずだが、彼女の立場ではその能力を私的な好奇心のために発動することは許されていないらしい。厳格に管理された「道具」として扱われる代償に、自分自身の欲求すら封じられているというわけだ。

 

私はふと思いつき、足元の土に魔力を流し込んだ。

精密な形状生成。土魔術を用いて、掌サイズの龍神オルステッド像を構築していく。

神子が、私の手元で土が生命を得たかのように組み上がる様を、食い入るように見つめている。背後に控えるアイシャからは、「旦那様、サービスが過ぎませんか?それ、立派な商品として金貨を獲得できるレベルですよ」という、商魂逞しい無言の圧力を感じたが、今は無視することにした。

 

「これが龍神オルステッドの姿です。……怖くはないですか?」

 

完成した像を差し出す。

そこには、三白眼の鋭い眼光を持ちながらも、どこか静謐な威厳を纏った龍神の姿があった。

 

「はいっ!怖いだなんて……。こんなに凛々しく、強そうな方なのですね……!」

 

神子は大喜びでその像を受け取った。両手で包み込むように抱え、まるで壊れ物を扱うかのように何度も角度を変えて眺めている。

 

続けて私は、甲龍王ペルギウス、剣王ギレーヌ、そしてアリエル女王の像も次々と生成した。ペルギウスの像は作るか迷ったが、作成の許可は得ているので良いだろう。剣王ギレーヌの像は筋骨隆々とした佇まいそのままに、アリエル女王の像は玉座に腰掛けた優雅な姿に仕上げた。ザノバと共に磨き上げた造形技術によって出来上がったミニチュアの英雄たちは、今にも動き出しそうなほどの躍動感を備えている。

 

「わぁ……!皆さん、絵本で見るよりずっと素敵です!」

 

神子が子供のように目を輝かせてはしゃぐ姿を見て、護衛の一人が恐る恐る、私に声をかけてきた。

 

「……雷神様。不躾なお願いとは存じますが……。神子様の、その、お姿を像にしていただくことは……可能でしょうか?」

 

見れば、他の護衛たちも期待に満ちた、どこか祈るような目で私を見つめている。どうやら彼らは、単なる職務としての警護を超え、この少女の熱烈なファンであるらしい。

私はしばし考え、最も彼女らしい構図を選択した。

 

先日、サラークの花びらが舞い散る中で無邪気に笑っていた、彼女の瞬間的な映像。

数秒後、土から削り出されたのは、花びらと戯れる神子の像だった。

それは単なる造形物ではなく、彼女がミリシオンの重圧から解き放たれた、数少ない自由な時間を現した像だ。

 

「おお……っ!なんと素晴らしい……」

「神子様が、そこにいらっしゃるようだ……!」

 

護衛の騎士たちは、その精緻な出来栄えに涙を流さんばかりに感謝してきた。中には片膝をつき、両手を組んで祈るような仕草を見せる者までいる。

魔族排斥を掲げる枢機卿派の精鋭たちが、異形である私の前で、その盾を完全に下ろした瞬間だった。

神子は出来上がった自分自身の像を大切そうに抱え、私を真っ直ぐに見つめた。

 

「雷神様……。ありがとうございます。今日のこの時間は、私の人生の中で、何よりも輝く宝物になります」

 

その笑顔の奥にある、短すぎる運命の影。

私はそれに対し、気の利いた言葉をかけることはできなかったが、ただ静かに、彼女の周囲の温度を保つ魔力を維持し続けた。せめて今この瞬間だけでも、彼女が寒さという些細な不快感すら覚えずに済むように。

 


 

穏やかだった中庭の空気が、一瞬にして氷点下まで冷え込んだ。

その原因は、私の掌の上で形を成した、最後の一体の像にある。

特徴的な三叉の槍、引き締まった屈強な肉体、そして額に輝く赤い宝石のような第三の眼。ルイジェルドの姿を土魔術で精密に再現した瞬間、護衛騎士たちの殺気が再び膨れ上がり、数名が反射的に剣の柄に手をかけた。

 

ミリシオンにおいて、スペルド族とは恐怖と悪意の象徴に他ならない。かつて世界を滅ぼしかけた魔神ラプラスに与し、敵味方の区別なく惨殺を繰り返したとされる「呪われた一族」。教義を重んじる彼らにとって、その像を作ることは、悪魔を礼賛するに等しい冒涜と映るのだろう。

 

「……落ち着いてください。私はただ、真実の情報を提示したいだけです」

 

私は動じることなく、低くゆっくり語った。

ルイジェルドという人物が辿った、過酷な因果の記録を。

 

「魔神ラプラスは、槍を通じてスペルド族に『呪い』を流し込みました。それにより彼らは自我を奪われ、狂戦士へと書き換えられたに過ぎない。ルイジェルドもまた、その犠牲者の一人でした。……しかし彼は、自らの息子の命という、あまりにも重い犠牲を代償にして正気を取り戻した。そして、一族を裏切ったラプラスに対し、反旗を翻したのです」

「……馬鹿な。スペルド族がラプラスに背いただと?そんなデタラメを信じろと言うのか!」

 

護衛の一人が吐き捨てるように言ったが、私は焦点を彼に合わせ、淡々と続けた。

 

「デタラメかどうかは、空中城塞の主、甲龍王ペルギウス様に確認されるといい。かの御方は魔族を嫌っておられるが、彼はかつての戦いでルイジェルドと直接まみえ、その武勇と高潔さ故に彼だけは認めておられる。伝説の英雄の言葉よりも、歪められた歴史の記述を信じるというのなら、それ以上の議論は無意味だが」

 

ペルギウスの名を出した瞬間、彼らの反論は完璧に封じられた。ミリシオンにおいて、かつての魔神を封印した五龍将の一人の言葉は、絶対的な真実として処理されるべき最高位の情報だ。

 

「……ペルギウス様が、それを認めているというのですか?」

 

驚愕に震える神子が、ルイジェルドの像を食い入るように見つめた。

私はさらに、懐に秘めていた「もう一つの計画」の断片を明かした。

 

「実は、スペルド族の誤解を解くためのもう一冊の絵本も既に完成し、販売しています。ですが……魔族への忌避感が極めて強いこのミリシオンにおいて、それを受容するための土壌が整っていないと判断し、今回は販売を見送りました。我々もミリス神聖国と争いたいわけではないので」

「……そんなっ。そんな絵本があるのに、読めないなんて……」

 

神子は露骨に肩を落とし、その瞳には深い落胆の色が浮かんでいた。

 

「……いつか、この国でも読める日が来ると、貴方は思いますか?」

「時間はかかるでしょう。ですが、不可能だとは思っていません。現に、貴方のような方が、こうして真実に耳を傾けてくださっている。それだけでも十分な前進です」

 

私の言葉に、神子は小さく、けれど確かに頷いた。

ミリシオンの空が茜色に染まり、サラークの木陰が長く伸び始める。

太陽が地平線へと沈み、本日の「物語の提供」という仕事の終了時刻を告げた。

 

「そろそろ、失礼しなければなりませんね。夜の帳が下りる前に戻る必要があります」

「……ああ、もうそんな時間なのですね。もっと、もっとお話を聞いていたかったですわ」

 

神子は心底名残惜しそうに、私が作った像たちを愛おしそうに見つめた。

 

「雷神様。貴方がこの街を去る前に、必ずもう一度お招きします。約束ですよ?」

 

彼女の強い意志を感じさせる言葉に、私は静かに一礼を返した。

 

帰り道。

聖都の静かな石畳を歩きながら、隣を行くアイシャの気配を伺う。

彼女は先ほどから一言も発さず、ただ前を見つめて早足で歩いている。その歩幅の乱れと、微かに尖らせた唇の角度。私の見立てによれば、これは明らかに「不機嫌」ということを示している。

 

「……アイシャ。何か気に障るようなことがあったかな?」

 

恐る恐る問いかけると、アイシャは立ち止まり、私をじろりと睨みつけた。侍従としての無表情を、嫉妬という名の情動が完全に突き崩している。

 

「旦那様。……いくら外交的な交流とはいえ、あの神子様と仲良くしすぎです。あんなに熱心に、しかも彼女専用の像まで作ってあげるなんて……。私、あんな風に贅沢に魔力を使ってもらったこと、最近ありませんよ?」

「……それは、彼女が極めて狭い環境でしか生きられない人物だから、せめて人形だけでもと……」

「言い訳は聞きませんっ!今日はもう、美味しい夕食を食べるまで口を聞いてあげませんからね!」

 

アイシャはぷいっと顔を背け、私を置いて走り去ってしまった。

教皇を説得し、神子の警戒を解くことには成功したが、最も身近で有能な「第四夫人」の機嫌を損ねるという計算外のコストを支払うことになってしまったようだ。私は苦笑しながら、妻の背中を追って、赤く染まったミリシオンの街を足早に進んだ。結局その晩は、彼女の好物である川魚のムニエルを腕によりをかけて調理し、機嫌を直してもらうことになったのだが、それはまた別の話だ。

 


 

神子からの二度目の招待状は、約束通りラトレイアの本家を経由して私の元へと届けられた。

 

前回の交流が彼女の精神に好影響を与えたのか、あるいは私が提供した情報の価値が教団内部で再評価されたのか。いずれにせよ、聖都の深部へと再度赴く機会が得られたことは、望ましい進展と言える。

 

「……旦那様。くれぐれも、あの神子様と仲良くしすぎないでくださいね?また変な像を作って、彼女を骨抜きにするような真似をしたら……今度こそ、一週間は口をきいてあげませんから」

 

隣を歩くアイシャが、小声で釘を刺してきた。

侍従としての凛とした仮面の下から覗く、可愛らしい嫉妬。

 

「分かっているよ、アイシャ」

 

私はそう答えつつ、教団本部の中庭へと続く回廊を進んだ。石造りの柱廊には、ミリス教の聖人を描いたステンドグラスが並び、差し込む光が床に色とりどりの模様を落としている。普段であれば足を止めて眺めたくなるような景色だが、今日はどこか、その静けさが不自然に感じられた。

だが、目的地である庭園の入り口に差し掛かった瞬間、私の右目が、空間の異常を感知した。『記憶』が警鐘を鳴らしているのが分かる。

 

「アイシャ、止まって」

「?旦那様、何かございましたか?」

 

瞬時に完璧な「侍従モード」へと切り替わるアイシャ。彼女もまた、私の声のトーンから警戒レベルの引き上げを察知したようだ。

 

「……この先に、結界が展開されている。……王級の結界魔術だ」

 

私の指摘に、アイシャの瞳に驚愕の色が走った。

教団本部の内部、しかも神子が自由時間を過ごすはずの庭園に、これほど高密度の隔離壁が構築されている。これは通常の防衛機構を明らかに逸脱している。

 

「……何らかの異常事態、あるいは『罠』である可能性が極めて高い。アイシャ、このまま引き返すべきだ。リスクが許容範囲を超えている」

 

私一人であれば、王級結界など強引に解体して脱出することも可能だ。だが、戦闘訓練を受けていないアイシャを連れた現状では、不確定な危険に飛び込むわけにはいかない。

 

「……ですが、旦那様。神子様からの公式な招待を無断で放棄すれば、仲介したラトレイア家にまで火の粉が飛ぶのでは?それに……もし神子様が、今まさに異常事態に巻き込まれているとしたら……」

 

アイシャの瞳には、侍従としての冷静な分析に加え、明確な「心配」の色が混ざっていた。

昨日、私が神子の運命の脆弱さ――彼女が長くは生きられない人物であることを教えた際、アイシャは彼女に対し、憐れみに似た感情を抱くようになったのだ。あれほど嫉妬を露わにしていた彼女でさえ、この一線だけは譲らない。アイシャが本来持つ、まっすぐな優しさだった。

 

「…………。……仕方ない。アイシャ、私から離れるな。一歩たりともだ。いつでも私が守れる間合いを維持しろ」

「はい、旦那様。お傍に失礼します」

 

アイシャが私の魔神鎧の裾を掴むほど近くに寄る。小さく震えるその指先から、彼女なりの緊張が伝わってきた。

 

私は疑似魔力眼(マナ・サイト)の感度を最大まで上げ、周囲の魔力流動を監視しながら、ゆっくりと「結界」の内部へと足を踏み入れた。

 

一歩、境界を越える。

 

周囲の喧騒が嘘のように消え、異様な静寂が支配する空間。

サラークの木々が立ち並ぶ庭園の景色は変わらない。だが、その背後に潜む敵意を強く感じる。花の匂いすら、どこか作り物めいて冷たく感じられた。

 

「結界の内部へ堂々と入ってくるとはね。……流石だよ、ルーデウス君」

 

木陰から姿を現したのは、青色の胸甲を纏った騎士たち――そして、その先頭に立つのは叔母であるテレーズだった。

彼女の顔に、先日のような柔和な笑みはない。騎士としての冷徹な義務感と、隠しきれない困惑が混ざった険しい表情だ。

 

「……テレーズさん。これはどういった意向による演出ですか?」

 

私は周囲を囲む神殿騎士団の配置を確認しながら、淡々と問いかけた。

 

「……余裕だね、ルーデウス君。『雷神』と評されるだけはある。……悪いが、こちらには情報が入っているんだ。君が、その圧倒的な武力と魔術を用いて、神子様を誘拐しようと画策しているという情報がね」

 

テレーズの言葉に、私は内心で冷徹に考える。

誘拐。……あまりにも古典的で、非論理的な濡れ衣だ。だが、この王級結界が用意され、騎士団が包囲しているという事実は、これが単なる思い込みではなく、組織的に計画された排除であることを示している。

 

「よって、これより異端審問を開始させてもらう」

 

その言葉を合図に、周囲の兜を被った男たちが、一斉に鞘に収まったままの剣を石畳へと突き立てた。

 

――ザクリ。

――ガシャン。

 

金属音と石を穿つ音が不協和音を奏で、結界内部の圧が一段階跳ね上がる。

それは、ミリス教団が異端を裁く際に用いる、精神的な威圧と拘束を兼ねた儀式的な動作。

平和だった庭園は、一瞬にして、私を社会的に、あるいは肉体的に抹殺するための「処刑場」へと書き換えられた。

 

私はアイシャを背後に庇い、疑似魔力眼(マナ・サイト)の瞳孔を垂直に絞り込んだ。

敵対勢力は……最も怪しいのが枢機卿だ。テレーズたちを動かせる人物は限られている。しかし、神子に危険が及びかねない策を枢機卿が計画するか?そう考えると、どさくさで神子が死んだ方が有難いだろう教皇派も怪しい。あるいは、両者の争いに乗じた第三の勢力という線も捨てきれない。

 


 

神子からの招待に応じ、純粋な交流を目的としてこの場に足を運んだ結果、待っていたのは「神子誘拐」という身に覚えのない重罪の嫌疑。

 

これほど数奇、かつ非論理的な状況は、正直予測していなかった。是非とも、その「情報源」とやらを問いただし、どのような経路でこのデマが生成されたのかを解析したいものだ。

 

周囲を囲むのは、八名の神殿騎士。先ほどまで神子の傍らで他愛のない話をしていた、テレーズ率いる精鋭部隊だ。

 

「これより、異端審問を開始する!審査長は『聖墳墓の守り人(アナスタシア・キープ)』隊の隊長、テレーズ・ラトレイアが務める!」

「ハッ!」

 

規律の取れた返唱が結界内に響く。

 

「では、被告人に最初の質問を行う。異議のある者は!?」

「異議なし!」

「異議なし!」

「異議あり! 即刻処刑すべし!」

「……異議なし!」

「異議なし!」

 

一人、過激な個体が混ざっているようだが、テレーズはそれを「却下」として処理し、審問を強行した。

アイシャが不安そうに私の『魔神鎧』の裾を掴む。彼女の指先の微細な震えから、心拍数の上昇が伝わってくる。

 

「被告人ルーデウス・ボレアス・グレイラット。貴方は、魔族が悪ではないという図書を配布し、信徒たちの心を惑わせていますね?」

「……修正させてもらう。配布ではなく『販売』だ。等価交換による経済活動であり、洗脳の意図はない」

「被告人ルーデウス・ボレアス・グレイラット。貴方は魔族を崇拝し、それを神として崇めていますね?」

「そんなわけなかろう。私は特定の絶対神を信仰していない。私の行動原理は常に論理と実利に基づいている」

 

私の回答に対し、周囲の騎士たちが間髪入れずに声を張り上げた。

 

「嘘!」

「被告人は嘘をついている!」

「嘘だ!」

「嘘です!」

「被告人の言葉は嘘だと判断します!」

「過半数により、嘘と断定します」

 

……驚くべき民主主義だ。

客観的な情報照合を放棄し、多数決という名の情動で事実を書き換える。これほどまでに低俗な「茶番」が、教団という巨大なシステムの深部で行われていることに、私は深い呆れを禁じ得なかった。同時に、この茶番を成立させるためだけに、八名もの騎士をこの場へ動員した「誰か」の執念深さに、微かな寒気すら覚える。

 

「最後の質問です。被告人ルーデウス・ボレアス・グレイラット。貴方は、我らがミリス教団の象徴たる神子の誘拐を画策しましたね?」

「重ねて否定する。そんなことをして私に何の利があるというのだ?誘拐という高リスクな行動に対するリターンが、現在の私にあるとでも?」

「嘘!」

「嘘だ!」

「嘘だね!」

「……過半数により、嘘と断定します。審問の結果、被告人ルーデウス・ボレアス・グレイラットを異教徒と認定します!」

 

一連のフローが完了し、断罪のフラグが立った。

裏にいるのが枢機卿か、教皇かは分からないが、結論は最初から決まっていたのだろう。

 

「……なぁ、テレーズ・ラトレイア。自分がどれだけ非論理的なことを言っているか、理解しているのか?」

 

私はフードの奥から彼女を見据えた。

テレーズの声は微かに震えていた。彼女はこの状況が「間違い」であることを知りながら、組織の歯車としてこの役割を強制されている。

 

「……被告人は、質問以外に答えることは許されていません。以上で異端審問を終わる。被告人には『術奪い』の刑を執行する!」

「それは死刑の一種か?」

「いいえ……命は取りません。両手を切り落とし、二度と魔術が使えぬよう、結界を編み込んだ布で封印し、その上から土魔術で固めさせてもらいます」

 

穏やかではない刑罰だ。

 

「……御免被る。私にとって、腕がなくとも魔術を行使することは造作もないが……。愛する妻を抱きしめられなくなるのは困るからな」

 

私は『魔神鎧』の外套を翻し、アイシャへと目配せした。

青い顔をした彼女が、私の指示通りに鎧の内側へと滑り込んでくる。彼女の小さな身体を、外套に組み込まれた防護フィールドが包み込む。

周囲の殺気が増して、重圧となって結界を満たしていく。

 

「……茶番は終わりか?神子様をここに呼べば、裁判などせずとも無実が証明できるはずだが」

「……七人以上の神殿騎士には、簡易審問にて異教徒を断罪する権限が与えられる。貴様に弁明の余地はない」

 

テレーズの返答は、規律という名の壁に閉ざされていた。

 

「……なるほど。お前たちが得た『情報源』とやらは、夢に出てきた神のお告げによるものか?」

「違います!ある信用できる筋によるものです。我々はそのような得体の知れない者の言葉は信用しない!」

「……ある信用できる筋、か。やはり、後ろには権力者がいるな?」

 

私の問いに対し、テレーズの肩が僅かに跳ねた。図星のようだ。

 

「……良いだろう。そこまで言うのなら、かかってくると良い。お前たちがいま誰を相手にしているのか、その身を以て理解せてやろう」

 


 

足元に展開された王級結界。その術式を解析すると、外部からの魔力供給を遮断し、内部での魔術行使を阻害する「ジャミング」の機能に特化していることが判明した。ミリス教団が異端を無力化するために磨き上げた、合理的と言えば合理的な拘束システムだ。もっとも、その術式構造そのものは、私の目には数世代前の設計思想の域を出ないものと映る。

 

「総員!散開しろ!」

 

テレーズの鋭い号令と共に、三方向から攻撃魔術が放たれた。火球、氷の礫、風の刃。

私は避ける必要すらないと判断し、ただ外套から出した左腕を軽く振った。

衝突音すら響かない。私の身体を覆うエメラルドグリーンの硬質な鱗は、魔石多頭竜(マナタイト・ヒュドラ)由来の魔術無効化特性を有している。あらゆる魔術は、鱗に触れた瞬間に構造が崩壊し、ただの霧散した魔力へと変換される。

 

「っ……!やはり魔術は効かないか!ならばっ!」

 

三人の神殿騎士が、抜剣して同時に斬りかかってくる。

アイシャを『魔神鎧』の内側に保護している現状では、この場から大きく移動することはできない。私は足を止めたまま、最短の軌道で迎撃を開始した。

 

「水神流奥義――『流』」

 

硬質な私の前腕に、騎士たちの剣が吸い込まれるように接触する。

私は彼らの剣速、角度、そして体重移動から導き出される運動エネルギーを瞬時に計算し、その力をそのまま別の個体へとぶつけた。

 

「ぐあぁっ!?」

 

自らの全力の斬撃を仲間の肩口に叩き込まれ、二人の騎士が吹き飛ぶ。

 

「水神流だと!?魔術師のお前が、なぜ……!」

 

アスラ王国での出張期間中、私は水王級の達人イゾルデに師事し、修行を積んでいた。私は闘気を纏うことが不得手だが、竜人としての圧倒的な膂力と『予見眼』による未来予測を組み合わせることで、水神流という「カウンターに特化した剣術」を極めて高い精度で実行できる。

素の状態でも水聖級、『魔神鎧』の防御力補正を加えればイゾルデと同等、つまり水王級に匹敵する。上級程度の騎士がまとめてかかってきたところで、それは単なる処理時間の無駄でしかない。

アイシャに髪の毛一本ほどの衝撃も与えぬよう、一歩も動かずに騎士たちの攻勢を封じ込める。そうこうしているうちに、私の脳内では足元の結界の解析が完了した。

 

「……脆いな。王級とはいえ、やはり術理が古すぎる。この国の魔術師は懐古主義者の集まりか?」

 

私が指をパチンと鳴らす。

瞬間、騎士たちが頼りにしていた王級結界が掻き消えた。

代わりに、さらに強大で、さらに緻密な、紺青の魔力壁が周囲一帯を完全に閉鎖した。

 

「な……っ、この結界は……!?王級を塗り替えたというのか!?」

「帝級結界だ。王級程度の出力で私を抑え込めると思ったのなら、私を低く見積もりすぎだ」

 

私の言葉に、騎士たちの顔から血の気が引く。

 

「くっ……!魔術が来るぞ!総員、防御姿勢!」

 

テレーズの必死の声に、残った騎士たちが盾を構えて身を縮める。

だが、私が展開したのは「破壊」を目的とした直接攻撃ではない。

 

「『剥奪電界』」

 

結界の中央、バレーボール大の激しく明滅する発光体が生成された。シーローンで使った、水神流の『剥奪剣界』の理屈を雷魔術へと転用した私の独自術式だ。触れれば剣を、踏み込めば力を、そして今この場においては、動く意志そのものを刈り取る。

 

「なんだあれは……うぐっ!?」

 

焦れた一人の騎士が、私に向けて一歩踏み出した。

その瞬間、中央の発光体から目にも止まらぬ速さで雷光が走り、その騎士を直撃した。

 

「がはっ……!」

 

気絶。

続いて、それを見て動揺した四人が連鎖的に動き、同様に高電圧の餌食となってその場に崩れ落ちた。あまりに一方的な光景に、残る騎士たちの間に、明確な動揺の色が広がっていく。

 

「な……ぜだ……。我々は雷魔術に対抗すべく、対魔術性能を極限まで高めた鎧を着込んできたはずなのに!」

 

テレーズが、痺れる腕を必死に抑えながら叫ぶ。

 

「ほう。……では、その鎧を着た状態で、実際に雷撃を受ける実証は行ったのか?」

「それは……っ!」

「……机上の空論だけで対応できるほど、私の雷魔術は甘くないぞ」

 

電気の基礎知識を欠いた彼らの防御は、私からすれば欠陥だらけだ。

残されたテレーズと数名の騎士たちは、もはや指先一つ動かすことすらできずに立ち尽くしていた。動けば即座に、剥奪電界からの自動反撃によって神経系を焼かれる。詰みの状態だ。

全員が無力化されたことを確認し、私は『魔神鎧』の外套を僅かに持ち上げた。

 

「旦那様……。終わったのですか?」

「ああ。怖い思いをさせてしまったね。もう大丈夫だ」

 

鎧の中から顔を出したアイシャの頭を、優しく撫でる。まだ小さく震えている彼女の背中に、もう一方の手をそっと添えた。

周囲からは、屈辱に震える神殿騎士たちの歯ぎしりが聞こえてくる。テレーズの兜の奥にある瞳が、困惑と敗北感に揺れているのを私は静かに見つめた。

 

「テレーズ・ラトレイア。……今日の招待には神子様の意志が介在していないようだ。私たちはこのまま帰宅させてもらうよ」

 

私はアイシャを「お姫様抱っこ」の形で、優しく、けれどしっかりと抱え上げた。

 

「もし神子様が、本当に私を必要とされるのであれば……。次は彼女自身の本心を通じた招待状を送ってくれるよう、上に伝えておいてくれ。……ただし、次もまたこのような茶番を見せるというのなら、私はミリシオンごと灰に帰すことになるだろう」

 

テレーズに背を向け、私は優雅に歩を進めた。

背後で騎士たちが声もなく崩れ落ちる気配を感じながら。

アイシャの柔らかな重みを腕に感じながら、誰に憚ることなく闊歩した。

 


 

私はアイシャをお姫様抱っこしたまま、静寂に包まれた中庭を後にしようとした。その出口の端、サラークの木陰に、一人の人影が呆然と立ち尽くしているのに気づいた。

 

神子だ。

彼女は、自身の護衛たちが一瞬にして無力化され、地に転がっている惨状を、その目に焼き付けるようにして見つめていた。抱えたままの龍神像を、まるで縋るように両腕で強く抱きしめている。

 

「神子様。ごきげんよう。……少々、庭園の景観を乱してしまいましたね」

 

私が声をかけると、彼女はハッとしたようにこちらを向き、悲しげな、けれどすべてを悟ったような微笑を浮かべた。

 

「ごきげんよう、雷神様。……私の護衛たちが、貴方に多大なるご迷惑をおかけしたようで……。主として、深くお詫び申し上げます」

 

彼女の瞳の奥には、今回の騒動の「不自然さ」を理解している気配があった。おそらく、彼女もまた何らかの政治的な圧力を感じ取っていたのだろう。

 

「何が起こったか、客観的な記憶をご確認されますか?」

 

私はアイシャを抱えたまま、自身の右目――縦長の瞳孔を持つ『竜の目』を指し示した。

彼女の能力は、他人の瞳を見ることでその記憶をスキャンすることだ。今ここで起きたことの真実を、彼女自身の力で抽出してもらうのが最も効率が良い。

 

「では、失礼して……」

 

神子が私の瞳を真っ直ぐに覗き込む。

数秒の沈黙。彼女の脳内で、私が騎士たちに囲まれ、不当な審問を受け、そしてアイシャを守るために必要最小限の武力を行使したプロセスが再生されたはずだ。

 

「……なるほど。すべて、分かりました」

 

神子は視線を外すと、深くため息をついた。その表情には、私の無実への確信と、自身の身を置く組織の腐敗に対する落胆が混ざり合っている。

 

「……今回の黒幕には、心当たりがあります。私はおそらく、近日中に開かれるであろう裁判に呼ばれることになるでしょう。法廷の場において、私に一切の害意はなかったと証言していただけますか?」

「もちろんです。これほどの武力を持ちながら、護衛もいないこの状況で私を誘拐せずに立ち去るという事実自体が、貴方の無実を証明する最大の根拠となるでしょう。ですが、私の公的な証言があれば、より確実な解決が望めます」

 

私の言葉に、神子は当然というように頷き、残念そうに呟く。

 

「……流石に、この惨状の中庭で続きのお話をお聞きすることは難しそうですね。……またの機会でも、よろしいでしょうか?」

「ええ、是非。まだ話せていない冒険譚がいくつかございます」

「ふふ、約束ですよ。続きのお話を聞くために、私も全力で貴方の無実を証明いたします。……私は、雷神様の味方です。微力ながら、貴方の力になりたいと思います」

 

神子が発したその言葉は、単なる社交辞令ではない。

この聖都において、神子という「象徴」が明確な敵意を持って黒幕に立ち向かうという決意の表明だ。それは、今後の裁判という名の交渉において、決定的な要素となるだろう。狭い檻の中でしか生きられない少女が、それでもなお、自らの意志で誰かのために立ち上がろうとしている。その姿は、私の目にはどこか眩しく映った。

 

「重ねて感謝申し上げます。……では、失礼して」

 

私は足元の地面に魔力を通し、あらかじめ構築しておいた拠点への転移術式を起動した。

空間が歪み、光が収束する。

 

「あ……」

 

神子が何かを言いかける前に、私たちの姿はミリシオンの中庭から消失した。

次の瞬間、視界が開けたのは冒険者区にある私たちの隠れ家だった。

私は腕の中のアイシャをゆっくりと降ろし、彼女の肩を抱いた。

 

「……旦那様。本当に、お疲れ様でした」

 

アイシャの声には、安堵と、それから私を信頼しきった甘い熱が混ざっていた。彼女は私の胸に軽く額を預け、しばらくの間、それ以上は何も言わずにいた。




神子との交流、及び護衛たちとの交戦でした。
次はいよいよ裁判です。
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