無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
教団本部での諸々を終え、私はラトレイア本家へと戻った。私がクリフや神子と話している間に、祖父カーライルと祖母クレアは一足先に帰宅していたようだ。
屋敷に到着した頃には、既に太陽は地平線の向こうへと沈みかけていた。
茜色の空が白亜の館を淡く染め上げる中、数日前と同様に整列した侍従たちの出迎えを受ける。今日はアイシャがいない。彼女を含む家族は、昨晩のうちにシャリーアという安全な場所へと移動済みだ。
「お帰りなさいませ、ルーデウス様」
歩み寄ってきた侍従に、私は重厚な『魔神鎧』の脱衣を委ねた。アイシャのようにはいかないが、訓練された彼らの所作は十分に機能的だ。預けた外套の重さに侍従が僅かに身を竦ませたのが見えたが、私は何食わぬ顔で奥の部屋へと進んだ。廊下に飾られた歴代当主の肖像画が、夕暮れの光を受けて静かに私を見下ろしている。この屋敷の重厚な空気にも数日ですっかり慣れてしまった自分に、私は密かに苦笑した。
中では、カーライルとクレアが安堵したような表情でお茶を飲んでいた。
「……ただいま戻りました。お二人に、本日は多大なるご迷惑をおかけしたことを改めて謝罪いたします」
私が深々と一礼すると、クレアはカップを置き、居住まいを正した。
「……ルーデウス様。貴方のやり方は、あまりにも心臓に悪すぎますわ。結果として、我がラトレイア家が教団内で揺るぎない地位を確立できたことは認めましょう。……ですが、あの場の結界を破壊し、教皇と枢機卿をあのような形で追い詰めるなど……。なぜ、事前に私に相談しなかったのですか?」
そこから約三十分間、私はクレアによる「事前の根回しと情報共有の重要性」についての説教を受けることになった。彼女の論理は、あくまで「貴族としての作法」というドグマに基づいているが、その根底には私への確かな心配があるのが分かった。
カーライルは、その様子を苦笑混じりに、あるいはどこか微笑ましげに眺めているだけだった。
「……クレア、それくらいにしておきなさい。そろそろ夕食の時間だ」
カーライルの穏やかな制止により、説教の時間は終了した。
タイミングを計ったように、侍従たちが夕食を運び込んでくる。ミリシオンの最高級の食材を用いた、実に豪勢で栄養価の高そうな食事だ。
食卓を囲みながら、カーライルが柔和な笑みを浮かべて問いかけてきた。
「ルーデウス。神子様が仰っていたよ。貴方の語る『冒険譚』が、何よりも楽しみだったと。……差し支えなければ、私にもそれを聞かせてはくれないか?」
「……もちろんです、お祖父様。私程度の冒険譚で良ければ」
私は、神子に話したのと同様に、魔大陸への転移からアスラ王国での政変に至るまでの経緯を、言葉を選んでゆっくりと語り始めた。
カーライルは、時折驚きの声を漏らしながらも、深く頷いて相槌を打ってくれる。クレアは無言で食事を進めていたが、私の話が核心に触れるたびに、フォークを握る手が止まったり、眉が僅かに動いたりするなど、感情のフィードバックが克明に現れていて興味深い。特に、魔大陸で出会った仲間たちとの旅路――ドルディア族の村で世話になったこと、迷宮を踏破した日々――を語る際、私は自然と言葉に熱がこもるのを感じた。あの頃の記憶は、今もなお色褪せることなく私の中に残っている。
祖父母と孫。この穏やかな時間は、私の心にも奇妙な安らぎをもたらしていた。
だが、その平穏な凪は、食後のお茶を啜っている最中に終わりを迎えた。
「……しかし、ルーデウス。結局のところ、あのデマの出所はどこだったのだと思う?」
カーライルの問いに、クレアも視線を鋭くしてこちらを見た。
「……貴方のことですから、既に何らかの推測は立っているのでしょう?」
私は苦笑し、カップをソーサーに置いた。
「……証拠はありません。ですが、これまでに起きた不自然な事象……偶然にしては出来すぎた再会や、情報の漏洩経路を考えると、全ての集中線は一人の『容疑者』へと収束します」
私がその名を口にしようとした、その時だった。
「――失礼いたします。旦那様、奥様。緊急の来客がございます」
執事が扉を開け、一人の女性を伴って入室してきた。
現れたのは、クリフの家の侍従であるウェンディだった。彼女は名門ラトレイアの館という高圧的な環境に気圧されているのか、戦々恐々とした様子で膝を震わせている。
アポなしの訪問。クレアは不快そうに眉を寄せていたが、彼女の手にあるものを見た瞬間、私の思考の優先順位が切り替わった。
「ルーデウス様……!申し訳ありません、夜分に……。クリフ様の御宅に、急に……こちらが届けられまして……」
彼女が差し出してきたのは、一通の手紙だった。
私はウェンディの手からその書状を受け取った。
付着した揮発性の毒物や、特定の条件で発動する遅延式魔術の術式が組み込まれていないかを調べる。
「……危険性はありません。ただの紙とインクです」
私は短く告げ、封を切った。
カーライルとクレアが、固唾を呑んで私の手元を覗き込む。
差出人の名は、ギース。
先ほどまで私が脳内で「最も不自然な出会いと挙動を繰り返す容疑者」としてリストアップしていた男の名が、そこにはっきりと刻まれていた。
『ルーデウスへ。
よう、センパイ。
センパイが無事に話を終えて、ここに戻ってきて、この手紙を読んでるって事は、大体、何が起こったかわかっただろうと思う。
まだわかってねえんだったら、この手紙は俺の失策だが……まあセンパイが分かってねぇわけないか』
手紙の冒頭から、男の飄々とした、けれど確信に満ちた声が再生される。
私は無言で、その後に続く「告白」という名のログを読み進めた。
『今、センパイは疑問を持ってるだろう。ベガリット大陸でわかるはずがねぇゼニスの居場所が、どうして迷宮だとわかったか。
もっと遡ると、センパイに会った時もそうだったな。ドルディア族の村で、偶然にもセンパイと会えた理由。
いくらS級冒険者のギース様といえど、できねぇことはあるはずだ、ってな。
答えてやる。
全部、
俺は、
ようするに、『
センパイを騙してたってぇ、わけだ』
……仮説が証明された。
ギースという人物が、これまでの旅路で提供してきた「あまりにもタイミングの良すぎるリソース」は、すべて
『驚いているか?
やっぱりって思ってるか?
それとも、怒ってるか?
怒ってるだろうな。
ハッ、ごもっともだ。
でもな、俺は子供ん時から、あの神様の声を聞いて生きているんだ。
死にかけた時、ピンチになった時、あの声を聞けば命は助かった。
戦う力を持てねぇ俺にとって、あの声は救いだったんだ。
センパイにはわからねぇだろうな。
何でもできちまうセンパイには、な。
あんたは、
ギースの語る動機は、非論理的な感情論ではない。
彼にとって、ヒトガミという存在は生存に必要な不可欠だったのだ。力がなく、消えゆく運命だった彼にとって、その声は唯一の生存戦略だったのだろう。
『そりゃ、
疑ってかかる気持ちは分かる。
実際、俺に何かをさせるために、助言を与えていたんだろう。
俺は故郷が滅んだ時、
もちろん俺だって怒ったぜ?なんだよてめぇ、図りやがったな、ふざけんなってよ。
でもな、その時、
「今まで助けてあげたんだから、これぐらいしてもいいだろう」ってな。
多分そりゃあ、俺を煽るための言葉だったんだろう。
怒りに油を注いで、さらに気持ちよく笑うための言葉だったんだろう。
でも、俺はな、そん時、思っちまったんだ。
……それもそうだな、ってよ。
今まで救ってもらった恩を考えりゃあ、仕方ねえかってよ。
正直、恨んでもいるけど、それが、スジを通すってもんだろ……ってよ』
救済と破滅を同時に提供し、負債を背負わせる。
『だからセンパイ、悪いが俺はこっち側につかせてもらう。
今回は、様子見みてえなもんだ。
センパイの力量を測るためにも、うまいこと噂を流して、神殿騎士団をぶつけてみた。
ま、センパイに敵うわけねぇわな。
何にせよ、こういうやり方じゃあ、センパイをヤれねえってのはわかった。
次は、確実に勝てる戦力を集めて、正面から堂々と、宣戦布告させてもらうぜ。
センパイに恨みはねえ。
牢屋での出来事も楽しかったし、聖剣街道を一緒に旅した事は忘れねえ。
迷宮探索も、あんなにワクワクしたのは久しぶりだった。
それは間違いねえ。
けど、それだけだ。
恨みはねえが、恩もねえ。
恨みはあっても恩を返す。
それが、俺のジンクスだ。
それにな、俺個人の思いもある。
俺は剣も振れねぇ、魔術も使えねぇ。
S級冒険者になれたのだって、周りにすげぇ奴らがたまたまいたってだけだ。
センパイとは比べものにもならねぇ。
クソみてぇな人生送ってるミソッカスだ。
だけどよ、一度しかねぇ人生、それで良いのか?って思った。
俺は俺の人生が、なんか意味があるもんだったって思いてぇんだ。
センパイはすげぇ。だが、そのセンパイに勝てたら?
俺は俺がすげぇと心から思えるだろうよ。
だから、全力で挑ませてもらう。
首を洗って待ってな。
ギース・ヌーカディアより』
読み終えた私は、静かに手紙を畳んだ。
周囲には、凍りついたような沈黙が流れている。
カーライルとクレアは、先ほど会議室で語られた『夢の悪神(
脳裏に、いくつかの光景が過ぎる。
ドルディア族の村の焚き火の傍で、軽口を叩きながら酒を酌み交わした夜。ベガリット大陸の迷宮で、罠を前に彼が見せた妙に的確な判断力。あの時、私は素直に「頼りになる男だ」と感じていた。今にして思えば、その判断力の裏側には、常に囁く声があったのだろう。
それでも、彼と過ごした時間そのものが偽物だったとは、私はどうしても思えなかった。少なくとも、あの時交わした軽口や笑い声には、打算だけでは説明のつかない何かがあったはずだ。
「……宣戦布告、か」
私は小さく呟いた。
ギース・ヌーカディア。かつての友。そうだ、私は彼を友だと思っていた。
彼がこれまでの経験をすべて使って、私を排除するための戦いに挑もうとしている。
恨みはなくとも、恩を返すために殺し合う。
その徹底した、しかしどこか虚しい合理性。
「……分かったよ。ギース。その宣戦布告、受理しよう」
私は手紙を懐に収めた。
手紙を読み終えた私の前で、祖父カーライルと祖母クレアの顔が驚愕に歪んでいた。
これまで語られてきた『夢の悪神(
私は努めて冷徹に、感情の起伏をフラットに保ったまま口を開いた。
「……お祖父様。明日で構いません。このミリシオン全域、およびミリス神聖国の管理下にあるすべての領地において、ギース・ヌーカディアを『最高位の危険人物』として指名手配していただけますか?追って、アスラ王国や魔法都市シャリーア、各地のギルドへも私から同様の要請を出すつもりです」
私の言葉に、カーライルが深い困惑を湛えた瞳で私を見つめた。
「……ああ、それ自体は造作もないことだ。ラトレイアの権限と、今回の神子様の一件を材料にすれば、即座に受理されるだろう。……だが、ルーデウス。一つだけ聞いておきたい。その……ギースという男は、君にとってどのような存在だったのだ?君の顔色を見る限り、彼は君の『知り合い』だったのかい?」
「……ええ。少なくとも私は、彼を『友』だと思っていました」
私の回答は短く、けれどその中には複雑な記憶が凝縮されていた。
ドルディア族の村での出会いと共闘、そして母ゼニスを救い出した迷宮での日々。それらすべての記憶を書き換えることはできないが、今この瞬間、彼が「敵」に分類された事実は揺るがない。
カーライルは、私の短い返答の奥にある感情の機微を汲み取ったのか、それ以上の追及はせず、代わりに労わるような視線を私へと向けた。
「……辛いことを聞いたな、すまない。だが、覚えておいてくれ。血の繋がりというのは、時に友情よりも遥かに脆いものだ。それでも、私たちラトレイアの者は、決して君を裏切らない。それだけは誓おう」
カーライルの静かな言葉に、私は僅かに目を見開いた。この老紳士の口から発せられた言葉は、単なる社交辞令ではなく、確かな重みを伴っていた。
「……不届きな。恩を返すために私たちの孫を殺すなど、道理が通りませんわ」
クレアが、燃え上がるような怒りを瞳に宿して立ち上がった。彼女の激しい情動は、血縁者である私を傷つけようとした不純物への、生理的な拒絶反応そのものだ。
「……お祖母様。お気持ちは有難く受け取ります。ですが、感情のままに動けば、それこそ相手の思う壺です。冷静に、けれど確実に、彼を追い詰める必要があります」
「……分かっていますとも。ですが、これだけは言わせてくださいな。……貴方を狙う者は、たとえ元友人であろうと、私にとっては等しく排除すべき害虫です」
クレアの声には、貴族としての矜持と、祖母としての剥き出しの怒りが同居していた。私はその言葉に、小さく頭を下げることで応えた。
「ルーデウス様。貴方に、彼の詳細な人相書きと情報の提供を命じます。ミリシオンには冒険者ギルドの総本部がある。ここから指名手配の情報を発信すれば、全世界のネットワークを通じて、彼に逃げ場はないことを教え込んでやれますわ」
「承知しました。今夜中に似顔絵と、彼の行動パターン、得意とする策略の資料を準備しましょう」
私は深く頷いた。感情に流されるのではなく、怒りを「効率的な排除」へと変換する彼女の姿勢は、今の私にとって非常に有用だ。
カーライルが、重い溜息を吐きながら手紙の残骸に目を落とした。
「……それにしても、不可解な点がある。なぜ彼はこのような宣戦布告とも取れる手紙をわざわざ残したのだ?黙って姿を消し、潜伏し続けた方が彼にとっては有利なはずだが」
「……二つの可能性が考えられます」
私は冷徹に分析を口にする。
「一つは、彼が手紙に記した通り、正面から堂々と勝負を挑みたいという、彼なりの矜持。……そしてもう一つは、そう思わせることで私を『正面』に釘付けにし、その裏で卑劣な奇襲を仕掛けるためのフェイントです。どちらにせよ、彼の言葉を鵜呑みにするのはリスクが高すぎる」
「……ゼニスは。ゼニスはシャリーアにいて、本当に大丈夫なのですか?」
クレアが、少し震える声で問いかけてきた。ゼニスの身を案じるその表情には、もはや厳格な伯爵夫人の面影はなく、ただ一人の母親としての不安が露呈していた。
「……ご安心を。あちらには、龍神オルステッドがいます。さらに、私が召喚した守護聖獣も配備してある。……セキュリティは、このミリシオンよりも遥かに高い。ですが、もし万が一、シャリーアの防衛が突破されるような事態になれば……。その時は、私の手で母とノルン、アイシャをこのミリシオンへと転送します」
私の断言に、クレアは胸を撫で下ろし、ようやく椅子に深く腰を下ろした。
「相手がかつての友であろうが、恩人であろうが、私の家族を害しようとするならば容赦はしません。私には明確な優先順位があり、その最上位は常に『家族の平穏』です。それを乱す者は、その根源から徹底的に抹消します」
私の冷徹な宣言に、祖父母は息を呑んだ。
けれど、その瞳には恐怖ではなく、家族を守り抜こうとする私の「意志」への、深い信頼が宿っていた。
翌日。ミリシオンにおけるギースの指名手配をすべて完了させた私は、自前の転移魔法陣を起動し、魔法都市シャリーアへと帰還した。
家に帰ると、家族の顔ぶれが揃っていた。
パウロ、ゼニス、リーリャ。そして妻たち、子供たち。さらにはラノア魔法大学から駆けつけたらしいノルンの姿もある。
アイシャは私の姿を見つけるなり駆け寄ってきたが、この場の空気の重さを瞬時に察したのか、いつもの快活さを抑え、静かに私の隣へと控えた。シルフィも心配そうな面持ちで、幼いルーシーとジークハルトを寝かしつけてきたばかりなのだろう、少し疲れの見える表情をしていた。
「……ただいま戻りました」
私の帰還を合図に、私はすぐさま「緊急家族会議」の招集をかけた。
全員が居間の大型テーブルに着席し、水を打ったような静寂が流れる。私はまず、ミリシオンで得た「成果」について共有した。
ミリス教団本部との対話が成立し、私への不当な嫌疑が完全に払拭されたこと。そして、ノルンが大学を卒業した暁には、ミリス教団公式の教義を説く絵本の執筆を委託したいと、教皇直々に打診されたこと。
「……えっ!?私に、教団公式の絵本を……?」
驚愕に目を丸くするノルン。彼女の頬がみるみるうちに朱に染まる。
「……光栄です、兄さん。私、ミリス教徒として、これ以上の名誉はありません。……卒業したら、全力で取り組ませていただきます!」
彼女の誠実な決意表明に、列席していたパウロやゼニスが誇らしげに頷く。傍らでは、ノルンの婚約者らしき気配は今のところなく、生徒会長としての激務の合間を縫ってこの家族会議に駆けつけてくれたことが窺える。彼女の持つ「物語を紡ぐ力」が、いまや世界規模のインフラとして機能し始めている。
だが、私の報告はそこからが本番だった。
「……ルディ。その……ミリシオンでトラブルになったという、貴方が神子様を誘拐しようとしているという噂。……それを意図的に流した犯人は、一体誰だったのですか?」
ロキシーが、不安げに胸元を抑えながら核心を問うた。
私は一切の感情を排し、懐から一通の書状を無言でテーブルの中央へと差し出した。
ギースから送られてきた、あの宣戦布告の手紙だ。
皆が顔を寄せ合い、その文面を読んでいく。
数秒後。
「――っ、ギ、ギースだとぉっ!?そんなわけがねぇ!あいつが俺たちを裏切るなんて、絶対にあり得ねえっ!!」
最初に反応したのは、パウロだった。彼は椅子を蹴って立ち上がり、居間全体を震わせるほどの怒声を上げた。かつての戦友、黒狼の牙の仲間としての記憶が、目の前の「使徒」という事実を激しく拒絶している。テーブルに両手をつき、肩で息をする父の背中は、怒りというより、深い困惑と裏切られた悲しみに震えているようだった。
「嘘……。あの、ギースが……?」
「……そんな。パウロさんを助けてくれた、あの人が……」
ギースと面識のあるゼニスとロキシーも、驚きとショックに両手で口を覆い、言葉を失っていた。
その中で、一人だけ異なるリアクションを返した者がいた。エリスだ。
彼女は腕を組み、私を元気づけるように、力強い瞳で私を見つめて言い放った。
「ギースは馬鹿ね!ルーデウスに逆らうなんて、自ら死にに行くようなものじゃない!あいつ、いつも言ってたわよ。『センパイにゃあ敵わねぇ、敵わねぇ』って、情けない顔で笑いながら!」
エリスの単純明快、かつ絶対的な信頼に基づく言葉だった。
その隣で、シルフィが静かに、けれど芯の通った声で口を開いた。
「……ルディ。ボクはギースさんを一目見ただけだけれど……。ルディが『友達』だと思っていた人が敵になるのは、すごく辛いことだと思う。……でも、私たちはどんな状況でもルディの味方だよ」
シルフィの言葉には、感傷に流されない、けれど確かな優しさが宿っていた。私は小さく頷き、彼女に微笑み返した。
「……私も、彼を『友』の一人として認識していた。……だが、彼が
私は静かに立ち上がり、列席者たちを見渡した。
「既にミリシオンの冒険者ギルド総本部を通じて、彼を『最高位の危険人物』として全世界に指名手配した。追って、アスラ王国、シーローン共和国、さらには魔大陸のギルドへも同様の網を張る。彼にこの世界のどこにも安全地帯はないと教え込んでやる」
私は言葉を切り、特にパウロ、ゼニス、そしてロキシーの三人へと視線を固定した。
「……私はギースという人物のスペックを決して低く見積もっているわけではない。物理的な戦闘能力が皆無であるにもかかわらず、S級冒険者で居続ける男だ。その知略、器用さ、そして盤面を裏から操作する能力は、下手な軍勢よりも遥かに恐ろしいと感じる」
静寂が、部屋を包み込む。
私は冷徹に、決定的な一文を口にした。
「……これより先。ギース・ヌーカディアを、我々の『明確な敵』として定義する。……父さん、母さん、ロキシー。過去の情に流され、判断を誤るな。彼を見つけ次第、即座に排除してくれ」
私の瞳孔が、鋭く収縮したのが分かる。
家族という名の、何よりも守るべき宝、それを脅かす邪神の駒、それを殺す覚悟はいつでもできている。
沈黙の中、アイシャがそっと私の袖に触れた。彼女は何も言わなかったが、その仕草だけで、彼女が私の隣に立ち続けるという意志を示しているのが分かった。
窓の外では、シャリーアの夜空に、いつもと変わらぬ星々が瞬いている。だが、その平穏な光景の裏側で、一人の元友人が牙を研いでいることを、私は強く感じていた。
クリフ編、一段落です。
ここまでで、今日は打ち止めです。