無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~   作:haru-ha

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【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)

以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。

【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。


第67節 ビヘイリル編:龍神の沈黙と、人神(ヒトガミ)が仕掛けた人質の盤面

 

Side: ルーデウス

 

オルステッドへギースの事実を伝えた翌日に、家族とザノバを交えた作戦会議を開いた。自宅地下の私のラボには、パウロ、ゼニス、リーリャ、アイシャ、ノルン、エリス、ロキシー、シルフィ、ザノバ、ジンジャー、ジュリが顔を揃えていた。

 

自宅のラボにこれほどの大人数が集うことは滅多にない。手狭になった空間に、私は土魔術で急遽大きめの会議机を作り上げた。表面には鬼ヶ島を含むビヘイリル王国の地図を彫り込んでおく。皆が席に着くと、地下室特有のひんやりとした空気の中に緊張した沈黙が満ちた。

 

「魔界大帝キシリカ・キシリスの魔眼により、ギースの居場所が分かりました。ビヘイリル王国に奴はいます」

 

そう告げると、ギースを知る面々――特にパウロが、苦い表情を浮かべた。だが、戦いになることは既に飲み込んでいるのだろう、反論の声は上がらない。

代わりに、エリスが真っ先に声を上げた。

 

「……ビヘイリル王国に行ってギースをぶっ飛ばせば良いのね?」

 

いつもながら、エリスのまっすぐさは眩しいほどだ。私は頷きを返し、他の懸念事項へと話を進めた。

 

「ギースは強力な手駒たちをビヘイリルに集めている可能性が高い」

「強力な、手駒……?」

 

ロキシーが問い返す。私はオルステッドから得た情報を、皆へと共有した。

 

「まずは、鬼ヶ島に住む鬼族をまとめる鬼神だ。奴は『過去』に人神(ヒトガミ)と関わったことがある。使徒である可能性が高い」

 

私は地図上、鬼ヶ島の位置を指先で軽く叩いた。皆の視線が一斉にその一点へと集まる。

オルステッド曰く、過去のループで使徒であったことがあるという。ループそのものについては伏せ、危険性だけを説明する。

 

「技や魔術は使わないが、周囲を一気になぎ倒す怪力と耐久力を持つ。戦闘力は七大列強下位レベルと言っていいだろう」

「力であれば負けません!余にお任せください!」

 

ザノバが頼もしく胸を張る。傍らのジンジャーとジュリは、心配そうな表情を隠せていない。

 

「手駒たち、ってことは他にも気になる人がいるんだよね?」

 

シルフィが尋ねてきた。

 

「ああ。キシリカは魔王バーディガーディが使徒になる可能性を示唆していた。あと、北神カールマン三世もビヘイリルに向かっている。あちらに既についている可能性がある」

「北神カールマン三世……!?七大列強七位じゃねぇか!」

「バーディガーディ様も……。ルディであれば勝てるかもしれないけれど、他の人じゃ厳しいよね」

 

パウロとシルフィが、それぞれ声を上げる。そこへ、ゼニスが静かに問いかけてきた。

 

「……こちらの味方は、どれくらいいるの?」

「……死神はシーローンで主を守らねばなりません。目ぼしい戦力はというと、魔王アトーフェくらいでしょう。本当は剣神まで声をかけたかったですが、時間が足りませんでした。あと、冥王ビタにも声をかけられていません。そちらもギース側に回った可能性があります」

 

あちらは鬼神、魔王、北神、冥王がつく可能性がある。対してこちらは私とアトーフェのみ。

この分の悪さに、パウロが「……絶望的じゃねぇか」と低く呟いた。

 

「……それだけ、ギースも人神(ヒトガミ)も本気ということでしょう」

「他に、こちらに味方してくれそうな方はいないのでしょうか?」

 

ロキシーがそう聞いてくる。私は一度、言葉を切った。……あのことも、話しておかなければならない。

 

「……実は、ビヘイリルにルイジェルドさんもいるという情報を得ている」

「ルイジェルドが!?ルイジェルドが味方になってくれれば、百人力じゃない!」

 

エリスの言葉にノルンが力強く、うんうんと頷いた。エリスとノルンは嬉しそうな顔を見せている。だが、私はその喜びに水を差す、悪い可能性を提示しなければならなかった。

 

「……エリス。もし、ルイジェルドが敵として立ちはだかったとしたら、戦えるか?」

「は……?」

 

エリスの瞳が大きく揺れた。普段の勝気な彼女からは想像もつかないほど、動揺が滲んでいる。彼女にとってルイジェルドは、共に死線を潜り抜けた戦友であり、師でもある。その名を「敵」という言葉と結びつけること自体が受け入れがたい提案なのだろう。

 

「そういう可能性も、あるということだ」

 

部屋に、重い沈黙が満ちた。

特にノルンの表情は、みるみるうちに絶望に染まっていった。彼女にとってもルイジェルドは命の恩人だ。隣に座るゼニスが、そっとノルンの肩に手を添える。その温かな仕草だけが、張り詰めた空気の中でせめてもの救いだった。

私は努めて声を張り、方針を示す。

 

「すぐにでもビヘイリルに向かおうと考えている。目的は四つ――ギースの捕捉と排除、北神カールマン三世が敵についていないのであれば懐柔、ルイジェルドの意思の確認、そして鬼神の無力化あるいは説得だ」

 

ロキシーが、静かに口を挟んだ。

 

「ルディ、もしかして一人で全て何とかしようとしていますか?」

「……一人ではない。アトーフェもいる」

 

あくまで今回話したのは、情報共有のためだ。実際に動くのが私一人だとしても、家族に隠し事はしないようにしている。

 

「あたしはついていくわよ!」

 

エリスが即座に声を上げた。

ロキシーが、まるで先生のように、私を諭すように言葉を続けた。

 

「ルディ、貴方の強さはよく分かっています。私たちの安全を第一に考えてくれていることも……。でも、今回は相手の戦力が強大すぎます。私たちだって貴方を死なせたくない。そのためだったら、何でもやりたいんです。私たちは守られるだけの存在ではありません。全員の生存確率を最大化するために、『できること』をやりたいんです。……家に閉じこもって貴方が殺されるのを待つのは、私たちにとっては『負け』なんです」

「そうだよ、ルディ。大変なことを一人で背負い込もうとするのは、ルディの悪い癖だよ。相手の戦力は絶望的に大きいのかもしれない。でも、それはルディ一人で背負い込んだときの話。ボクたちみんなで戦えば勝機も見えるはずだよ」

 

ロキシーとシルフィの言葉に、私は反論できなかった。

その場にいた誰もが、私を止めるためではなく、共に戦うために言葉を紡いでいる。その事実が、何よりも胸に響いた。

結果として、家族みんなでギースに立ち向かうことになった。

 


 

卓上の地図を家族で囲んで、作戦の骨子を話し合う。

チームを分散して、各々の役割を果たす作戦だ。それぞれのチームで移動、情報共有をスムーズに行う必要がある。

 

ビヘイリルには三つの主要都市、首都ビヘイリル・第二都市イレル・第三都市ヘイレルルがある。その近郊にそれぞれ転移魔法陣を設置する。シャリーアの事務所へ転移するための魔法陣だ。

 

シャリーアの事務所の魔法陣は座標設定が特殊で、設置場所の自由度が高い代わりに相対的な座標指定であるため、本来は私にしか使用できないものだった。それをロキシーがチューニングするという。どちらかというと、設計思想はペルギウスの転移魔法陣に近い。転移魔法陣をスクロールにして設置に利用するという案だった。

 

「私には思いつかないアイデアだ」

 

そう伝えるとロキシーは誇らしげに胸を張った。あとで事務所の地下の転移魔法陣も、誰にでも使えるように改造しておかなければならないだろう。

 

「チーム分けしたなら、ルディの守りが少ないタイミングで奇襲されないかな?」

 

シルフィが疑問を挙げる。

 

「ギースの索敵は特殊能力ではなく、アナログな方法だ。私は腕輪で人神(ヒトガミ)に捕捉されないし、変装していれば大丈夫だと思う」

 

そう答えると、シルフィはなおも食い下がった。

 

「それでも、ルディへの注目を少しでも減らしていた方が良いよね……。さっき剣神様には声をかけられていないって言ってたよね?じゃあ、ボクが代わりに行こうかな。一度行ったことあるし」

 

エリスが声を挙げる。

 

「剣神はふと旅に出ることもあるわ。その場合、ニナ・ファリオンに声をかけて味方につけなさい。『エリスからの願い』といっても構わないわ」

 

修業時代のコネクションの有効活用だ。続いて、アイシャが手を挙げた。

 

「アリエル様に石板で連絡しました!すぐに返事が返ってきて、援軍を送るそうです!」

「それは良いな。ギレーヌ、イゾルデ殿がいれば戦力が大きく増強されるだろう」

 

アイシャは更に続けた。

 

「私はリニア、プルセナと一緒に『龍の爪』を率いて退路を塞ごうと思うの。傭兵団には七大列強の人たちと戦える人はいないけど、数はそれなりにいるから。プレッシャーをかけることはできると思う」

「有難い。ギースを逃がすと戦いが終わらないからな。確かに退路を塞ぐのは重要だ」

 

パウロが、決死の覚悟を滲ませた顔で問いかけてきた。

 

「俺も出れるぞ、どこに行けば良い?」

「父さんには、家の守りをお願いしたいです」

「なんだ?腕が衰えたと思っているのか?力は弱くなったが、技術ならまだ負けんぞ」

「いえ、家の守りがゼロになるのも不安なんです。……ここには、私の宝物がありますから」

 

そう言って、私は天井の上を見上げた。子供たちはもうすっかり寝てしまっているだろう。

 

「……なるほどな。分かった。お前の宝は俺が命を賭けて守ろう」

 

パウロは静かに、けれど力強くそう言った。ゼニスもリーリャも、揃って頷き合っている。これで、家の守りは万全だろう。

 


 

話し合いの結果、以下のチーム編成に決定した。

 

・【国境封鎖チーム】:アイシャ、リニア、プルセナ、傭兵団

・【陽動・剣神交渉チーム】:シルフィ、(ギレーヌ、イゾルテ)

・【首都潜入チーム(情報収集)】:ザノバ、ジュリ、ジンジャー

・【第二都市(ルイジェルド捜索)チーム】:ルーデウス

・【第三都市(鬼神対処)チーム】:エリス、ロキシー

 

翌日、私は事務所へ向かい、オルステッドにも作戦を共有した。

合理的な作戦だと自負している。だが、やはりスペルド族の話に触れた瞬間、オルステッドの眼光が濁り、負のオーラを伴う威圧感が室内を支配した。

 

(……何を、隠しているのだろうか)

 

その反応の意味を測りかねながらも、私は詳細を語り終えた。

作戦では当然彼は留守番だ。彼の魔力という「最終兵器」は、ここぞという場面まで温存しなければならない。

 

「ルーデウス。念のため、その指輪は身につけておけ」

「死神からもらった指輪を、ですか?」

「ああ。身につけているだけで、特定の事象に対する防御として機能する」

 

よく分からないが、オルステッドが「効果がある」と断定する以上、身につけておく方が良いだろう。

 

「それから、もう一つ……」

 

オルステッドが何かを言いかけた時、受付のハーフエルフの少女、ファリアスティアが慌てた様子で会議室に駆け込んできた。

 

「ルーデウス様――!お客さまです!アリエル陛下からの……その、凄まじい光り輝く方が……!」

「失礼、確認してきます」

 

会議室を出てロビーに足を踏み入れた瞬間、私は物理的な光量に目を細めた。

そこに立っていたのは、足の先から頭のてっぺんまで、くすんだ黄土色――一見すれば黄金にも見える重厚な甲冑を纏った二人組だった。

 

「……どなたですか?」

 

私は一瞬、襲撃かと身構えたが、相手が兜を外したことでその疑念は霧散した。

現れたのは、黒髪に深い皺を刻んだ、ベテランの風格を漂わせる五十代ほどの男。

 

「お初にお目に掛かります。アリエル陛下より密命を受け参じました、騎士シャンドル・フォン・グランドールと申します」

「ルーデウス・ボレアス・グレイラットだ。……アリエル様からの援軍か。それにしても到着が早いな」

 

アイシャが昨日連絡したばかりのに、もう行動に移すとは。アリエルの意思決定と転移魔法陣を即座に利用させる判断の速さはもはや神速と言える。

 

「陛下より、潜入に必要であろう魔道具を預かっております。顔を上書きする『変装の指輪』、およびアスラ王家の記章です。それと……」

 

ああ、あの変装の魔術具か。便利な魔術具で是非解析したいと思っていた。ミリシオンでもあると有難いし、異世界を歩くにもほしい魔術具だ。

 

シャンドルが顎をしゃくると、ロビーの隅で「置物」だと思っていた巨大な鈍色の甲冑が動き出した。その圧倒的な重量感と、背負った巨大な戦斧。

 

「……ドーガ、です」

 

朴訥とした、けれど山のような力強さを感じさせる青年。

この二人が、アリエルが差し向けてくれた即戦力というわけだ。

 

「お前か」

 

背後から、オルステッドの声。

 

「どうも、龍神オルステッド様。陛下より伺っていた通り、素晴らしい呪いの抑制ですね」

 

シャンドルが懐から取り出した書状には、彼が『アスラ王国黄金騎士団長』に任命された事実が記されていた。

 

「ルーデウス。この男たちはギースに顔が割れていない。お前の直下として、ビヘイリルへの潜入に同行させろ」

「オルステッドがそう言うのであれば……。だが、シャンドル。これから向かう先では、七大列強クラスとの戦闘が予測されるが、覚悟は良いか?」

「陛下に仕えると決めた時から、覚悟はしています」

 

シャンドルの不敵な笑みに、私は微かな信頼を置くことにした。

オルステッドが「適任だ」と保証する以上、彼には表向きの身分以上の、何らかの有用なスペックが隠されているはずだ。

 

私は右の疑似魔力眼(マナ・サイト)と左の予見眼を並列起動、更に竜の眼で二人の戦闘パラメータを精密に観察する。

 

まず、巨漢のドーガ。彼は力を抑止しているつもりだろうが、その重心の安定性はそこらの聖級剣士とは比較にならない。バイタルデータから導き出される筋密度と反射速度の期待値は、剣王ギレーヌすらも上回っている。

 

それ以上に戦慄を覚えたのはシャンドルの方だ。

私はこれまでの実戦経験から、相手の放つ闘気の揺らぎや重心の移動から、ある程度力量を見極められると自負している。だが、この男からは一切の「出力」が読み取れない。

一見すれば、ただの経験豊富な老騎士。だが、その平凡な佇まいは高度な隠蔽技術によって構築された偽装だ。それも、隠蔽しているという事実さえ観測者に悟らせないほどに。

 

(……剣神流としては装備が重厚すぎ、水神流としては構えが柔軟すぎる。この、相手を幻惑するような気配の遮断術……。かつてアスラで戦った『孔雀剣』オーベール・コルベットの術理を想起させるな)

 

私は彼に視線を固定したまま、静かに口を開いた。

 

「シャンドル。……貴殿たちも、その顔を上書きしているのだな……少なくとも『北帝』以上、違うか?」

 

私の指摘に、シャンドルの表情が微かに動いた。不敵な笑みが消え、純粋な驚愕がその深い皺に刻まれる。

 

「……ハッ。流石はアリエル陛下が頼りにされる『雷神』。私の変装をここまで正確に見抜くとは。……いかにも。慧眼に恐れ入りますよ」

「……だが、身を隠すための潜入任務。貴殿たちが何者であるか、その真実をここで公開する必要はない。その実力、不測の事態の際の『隠し札』として預からせていただく」

「賢明なご判断だ。これからの私は、ただの使い勝手の良い小間使いに徹しましょう」

 

シャンドルは再び飄々とした態度に戻り、恭しく一礼した。

私は彼に向けて小さく頷き返した。

 


 

私たちは現在、ビヘイリル王国の第二都市イレルへと向かっている。

目的はギース・ヌーカディアの捕捉、およびルイジェルド・スペルディアの捜索だ。

 

今回のチームはアスラ王国の『黄金騎士』を称するシャンドル、重装歩兵のドーガ、そして私の三名だ。

私は現在、シャンドルが用意した魔道具を用いて顔を上書きし、さらに魔神鎧の上から大きめのローブを被ることで変装している。

 

私の偽名はクレイ。北神流の武者修行者という設定だ。

 

ガタゴトと揺れる馬車の荷台で、私は同行する二人のスペックを改めて再評価していた。

 

シャンドル・フォン・グランドール。

アスラ王国の新設部隊、黄金騎士団の団長。アリエル女王の直属であり、禁忌の転移魔法陣を運用する権限すら与えられている「私兵」に近い存在だ。彼は剣ではなく、金属製の長棒を武器として選択している。

 

「リーチの長さこそが戦闘における絶対的な優位性ですからね。剣神流の神速も、水神流の防御も、相手の射程外から叩けば無効化できる。合理的な理屈でしょう?」

 

彼はそう言って笑うが、この世界の物理法則――特に闘気による身体強化や、治癒魔術による即時修復が前提となる高レベル戦闘においては、一撃の殺傷能力が低い棒術は「非効率」な選択肢に分類される。だが、オルステッドが彼を「適任だ」と評した以上、それでも勝負できるほど実力が圧倒的なのだろう。私は、彼こそが北神カールマン二世であると予想している。

 

一方のドーガ。彼は元々王都の門番だったというが、その筋密度と重心の安定感は、一介の兵士の数値を遥かに逸脱している。言葉数は極めて少ないが、実力は認めている。シャンドルやオーベールほど隠蔽技術に優れているわけではないようだが、実力は北帝といったところだろう。

 

ビヘイリル王国はその国力に不釣り合いな広大な領土を維持している特異な国だ。

通常、これほど戦力が分散すれば他国からの侵略を許すはずだが、この国には『鬼族』という強力な外部セーフティが存在している。

約百年前、当時の王子が鬼ヶ島の危機を救い、鬼神と生涯の盟約を結んだという建国の歴史がある。それにより、人族と鬼族が共生するという、他国には見られない独自の社会システムが構築されている。

 

イレルの街に入ると、その特異性は一目で証明された。

赤褐色の肌、逞しい筋肉、そして額から突き出た角。全高二メートル五十センチを超える『鬼族』が街中を当然のように闊歩している。

 

「クレイ、あまり視線を動かすな」

「……失礼。つい、未知の種族の個体スペックを分析してしまった」

 

リーダーを演じるシャンドルの指摘に従い、私は北神流の荒くれ者を装って宿へと歩を進めた。

夕食を兼ねて立ち寄った酒場。そこには、イレルの街が抱える最新の「噂」に関する情報が漂っていた。

 

「……あんたら、仕事を探してるのかい?なら『帰らずの森』の悪魔討伐なんてどうだ。報酬は金貨十枚だぜ」

 

接触した情報屋の男は、酒場の隅で声を潜めて語った。

イレルから南、地竜の谷に隣接する森。そこには「目に見えない悪魔」が潜み、領主が送り込んだ調査隊を全滅させたという。

 

現在は王都で大規模な討伐隊が組織されつつあるというが、その特徴の一部は、私が把握しているルイジェルドの容姿と合致していた。だが、不可視の魔物という一点だけは、彼のものとは思えない。

 

「目に見えない悪魔、か。……ルイジェルドさんの隠密行動が、人族の恐怖心によってそのように変換された可能性があるか?」

 

私は内心で推論を立てる。彼が調査隊を排除したのだとすれば、その森の奥には彼が命を賭して守るべき「何か」が存在しているはずだ。

 

「……シャンドル。まずは十日後、ギースに関する情報収集の合間にその森へ偵察に向かおう」

「了解だ、クレイ」

 

打ち合わせを終えた頃、店員が私たちのテーブルに料理と飲み物を運んできた。

魚の煮物と、蒸留酒。そしてドーガの前には、真っ黒な液体が満たされた杯が置かれる。

 

「……?」

 

私の鼻腔が、周囲の喧騒を突き抜けて「ある刺激」を感知した。

独特の香気。アミノ酸の分解と発酵によって生成される、極めて複雑な塩味のデータ。

――ブッ!

直後、隣でその液体を一口飲んだドーガが、猛烈にむせ返って内容物を吹き出した。

 

「ガハッ……!ゲホッ、ゲホッ……!」

「おい、ドーガ!大丈夫か、毒か!?」

 

シャンドルが身を乗り出す。店員が慌てて駆け寄ってきた。

 

「す、すみません!体が大きいから鬼族の方だと思って、間違えて出しちゃいました! それ、豆を加工した飲み物なんですけど、人族には刺激が強すぎて……!」

 

毒ではないと聞き、シャンドルは安堵していたが、私は既に冷静な分析を開始していた。

私は指先をその黒い液体に浸し、自身の味覚で成分を確認した。

 

(……ナトリウム、糖分、そして小麦と大豆由来の発酵タンパク。なるほど)

「……これは毒ではないよ、シャンドル。ただの調味料だ。人族が原液のまま飲むには、塩分濃度が高すぎるだけのことだ」

「調味料……?こんな不気味な色のものがか?」

「ああ。だが、この世界でこれほどの純度で精製されているとは。……驚いたな」

 

『記憶』に刻まれていた、懐かしくも合理的な万能調味料、醤油。

それがこの北の果ての国、鬼族の文化圏で「鬼の好物」として流通している事実は、一つの興味深い民俗学的データと言えた。

 

(……少量だけ買い付けてアイシャに渡してみるか。うまく再現できれば、料理の幅が大きく広がるはずだ)

 

しかし、今の私にとって食文化の探求は優先度の低いタスクだ。

私は「醤油」に対する感慨を最小限に留め、再び思考をビヘイリルの森へと向けた。

 


 

翌日。私は第二都市イレルの郊外にて『転移魔法陣』と『通信石板』の設置を完了させた。インフラの整備は未知の領域を攻略する上での鉄則だ。

 

次に向かったのは、ルイジェルドの目撃情報があった『マーソン村』。

イレルから南へ半日。地元では『地竜谷の村』や『帰らず森の村』と呼ばれているが、行政上の正式名称など、この辺境ではあまり意味をなさない。

村に到着してまず私の視覚が捉えたのは、寒村らしからぬ「異常な人の密度」だった。

農作業に従事する村人ではない。重厚な甲冑を纏い、腰に抜き身に近い殺気を帯びた剣を提げた者たち。

 

「……シャンドル。この人の多さは情報の漏洩によるものか?」

「そうだな。下見だろう。国の公式な討伐依頼が公示されたことで、報酬狙いの傭兵や賞金稼ぎが抜け駆けのチャンスを窺っているのだろうな」

「……合理性に欠くな。公式の騎士団と同行し、安全を確保した上で成果を報告しなければ報酬の支払いは保証されないはずだが」

「功名心という名の情動で動く者も多いんだろうよ。もっとも、我々にとっては都合が良い。この雑多な集団に紛れれば、個体としての特定を遅らせることができる」

 

シャンドルの分析は、相変わらず的確だった。

広場に進むと、さらに騒々しい事象が発生していた。

 

「出て行けッ!この森に悪魔などおらん!帰れ、人でなし共が!!」

 

杖を振り回し、たむろしていた傭兵たちを追い散らしているのは、一人の老婆だった。

傭兵たちは「睨まれては面倒だ」と毒づきながら散っていく。老婆は広場に残った私たちを視界に収めると、怒りに顔を歪めて突進してきた。

――カン、カン、カンッ!

老婆の杖が、シャンドルの着込んでいるアスラ製鎧に当たり、虚しい乾いた音を立てる。

 

「森を荒らすな!森の民を害する者は、天罰が下るぞ!」

「落ち着いてください。……『森の民』とは、何を指しているのですか?」

「森の民がいなくなってみろ、本当の悪魔が出てきて村は全滅じゃ!あの方たちは、先祖の代からこの森を守ってくださっているのじゃぞ!」

 

老婆は肩で息をしながら、それでも気迫の衰えない目でこちらを睨みつけていた。その瞳の奥には、単なる迷信深さではない確かな敬愛の情が見て取れる。

 

「……失礼ですが、貴女は『森の民』と直接言葉を交わしたことが?」

「……昔、な。まだわしが娘だった頃、熱病で死にかけたわしを、夜中に薬草を持って助けてくれたのがあの方たちじゃった。以来、恩を忘れたことは一日もない」

 

興奮状態で語られる老婆の証言から、私は一つの仮説を組み立てた。

村に伝わる『森の民』の伝承。彼らは大昔、目に見えない悪魔を封じ込める代わりに森への定住を許された、隠れた守護者であるという。

 

(……額の第三の眼で、不可視の魔物を捉える。その特性をスペルド族だと仮定すれば、すべての事象の整合性が取れるな)

 

一年前、彼らが村に薬を買いに現れたという事実。それが情報の劣化を経て、「森から悪魔が出てきた」という誤ったアラートとして都市部へ伝わったのだろう。

 

だが、私の脳内には新たな疑問符が浮かび上がった。

これほど古くからスペルド族が定住していたというのなら、なぜ世界の全事象をループさせているオルステッドのデータベースから、この情報が欠落していたのか。

 

(……意図的な情報隠蔽、あるいは特定の条件でのみ発現する歴史の分岐点か。どちらにせよ、真相は森の奥にある)

 


 

『帰らずの森』は、不気味なほどに静謐な空間だった。

 

この世界の森林地帯であれば当然遭遇するはずのトゥレントや魔獣の気配が一切感知できない。まるで、森全体が強大な捕食者の檻に閉じ込められているかのようだ。

 

道端には七大列強の石碑が置かれていた。魔力の高密度地帯を証明するその魔道具を確認しつつ、私たちはさらに深部へと進む。

 

「……シャンドル。この感覚、赤竜山脈の麓に似ていないか?」

「ええ。上位個体の縄張りを恐れて、下位の生物が回避行動をとっている。その先にあるのは――」

 

視界が突如として開けた。

 

切り立った巨大な崖。底の見えない深い亀裂。

グランドキャニオンを想起させるその威容が、地竜の棲家――『地竜の谷』だった。

 

私は視力の優れる竜の眼で谷底をスキャンした。

青白く光る苔の傍らで、岩のような甲羅を持つ地竜たちが緩慢に動いている。それ自体は温厚な生物だが、下への侵入者には過剰なまでの防衛を行うらしい。

 

「吊り橋があるが、強度が不足しているね」

「では、迂回するか?」

「いや。自分で構築した方が確実だ」

 

私は崖の端に立ち、土魔術を励起させた。

土槍(アースランサー)の術理を応用し、向こう岸へと届く巨大な三本の支柱を射出。その上に厚みのある石板を固定し、強固な石橋を即座に生成した。

「……見事な技術だな」というシャンドルの言葉を流し、私たちは未知の領域である谷の向こう側へと足を踏み入れた。

 

一歩、森の奥へ進んだ瞬間。

 

停滞していた空気が、牙を剥いた。

ガサリ、と音を立てる間もなかった。

私の背後で、ドーガの巨体が「見えない何か」によって押し倒された。

彼の喉元を、不可視の質量が圧迫している。ドーガの顔が苦悶に歪み、太い指が虚空を掴もうともがいていた。

 

「……そこか!」

 

竜の眼では見えない。私は即座に疑似魔力眼(マナ・サイト)での視界に切り替え、電撃(エレクトリック)をドーガの直上にある空間へ叩き込んだ。

雷光によって「四足の獣」の輪郭が浮き彫りになった。即座に岩砲弾(ストーンキャノン)を撃ち込み、そのバイタルを停止させる。

ドーガの喉元から力が抜け、彼は大きく咳き込みながら身を起こした。

 

「見えない魔物か。……ドーガ、視覚を切れ!音と気配の揺らぎを捉えろ!」

「……うす!」

 

シャンドルの指揮が飛ぶ。

私は範囲魔術『凍結破砕(フロストノヴァ)』を充填し、周囲の空間座標を氷の檻で固定しようとした、その時だった。

 

「ルーデウス殿!」

 

シャンドルに強引に突き飛ばされた私の脇を、一本の槍が風を切って通り過ぎた。

その槍は中空を貫き、透明な魔物を地面へと縫い付けていた。

 

白い槍。

見紛うはずのない白亜の武具。

逆光の中、その槍を回収するために一人の男が地面に降り立った。

緑色の髪。民族衣装のようなポンチョ。

ルイジェルドかと思ったが、その面影は記憶よりもずっと若い。

 

「貴方は、スペルド族か?」

「……いかにも」

 

一瞬の空白。

若いスペルド族の男が、こちらに槍を向けて警戒している。

 

「……お前たちは何者だ?」

「ルイジェルド・スペルディアに会いに来た」

「……ルイジェルドを知っているのか?」

 

スペルドの戦士の槍が下がる。

 

「ああ。……彼は私の大切な友人であり、命の恩人だ。……彼は、どこに?」

 

私の問いに、戦士は当然の事実を告げるように短く頷いた。

 

「客人なら、付いてこい。……案内してやる。彼はこの里にいる」

 

戦士は深い森の奥へと歩き出した。

 


 

案内されたスペルド族の隠れ里は、かつて訪れたミグルド族の集落と酷似した設計思想で構築されていた。

高さ二メートルほどの防護柵で囲まれた内部には、素朴なログハウスが整然と並んでいる。特筆すべきは、土壌の質の良さだ。ミグルド族のそれとは異なり、畑には多種多様な作物が豊かに実っており、食糧自給率の高さが伺える。

 

里の中を歩く子供たちの姿もあった。彼らは皆、額に赤い宝石を持ち、こちらを見て一瞬身を竦ませたが、大人たちの落ち着いた様子を見て、すぐに好奇心の勝った目を向けてきた。

その光景に、私は言葉にできない感慨を覚えた。かつて世界中から迫害され、種としての存続すら危ぶまれていたスペルド族が、こうして次の世代を育んでいる。それだけで胸の奥が熱くなる。

 

ログハウスの裏手では、先ほど私たちが遭遇した「見えない魔物」が解体されていた。死後、時間経過と共に透明化の術式が解除されたその姿は、白い毛皮を持つ四足獣――『透明狼(インビジブル・ウルフ)』であった。

 

「……恐ろしい里だ」

「…………うす」

 

シャンドルの呟きに、後方で縮こまっていたドーガが小声で同意した。「スペルド族は悪魔」という教育を受けて育った彼らにとって、この光景は生理的な恐怖を誘発するものなのだろう。

まぁ、シャンドルは未知の強者たちの群れを前に、好奇心を上昇させているようだったが。

 

案内されたのは、集落で最も古く、かつ最大の容積を持つ族長の館だった。

扉が開かれ、中へと足を踏み入れる。そこは一種の会議場となっており、五人のスペルド族の老人が座していた。

その内の一人が、私の姿を認めた瞬間に立ち上がった。

顔に刻まれた深い傷。手にする白亜の槍。そして、かつてのスキンヘッドから少し伸び、額当ての下で揺れる緑の髪。

 

「ルイジェルドさん!」

 

私は迷わず、その名を呼んだ。懐かしさと、安堵の熱量が胸を満たす。

だが、彼は私を一瞥し、怪訝そうに眉を寄せた。

 

「……ルーデウス、なのか?」

「……変装中でした。失礼」

 

私が指輪を外し、本来の顔――鱗と竜の眼を持つ今の姿を晒すと、室内にはどよめきが走った。ルイジェルドは第三の眼で私を確認したのだろう。静かに、けれど力強く頷いた。

 

「そうか。……久しいな」

「ええ、本当に。……おめでとうございます。とうとう、同胞を見つけられたのですね」

 

私は大分見目が変わったはずだが、私だと信じてくれた。

一時は世界にただ一人かと思われた戦士が、いま、多くの仲間に囲まれている。その事実だけで、私のこれまでの「スペルド族名誉回復プロジェクト」という投資が報われた気がした。

 

ルイジェルドの顔には、記憶にある無骨さの奥に、確かな安らぎの色が滲んでいるように見えた。彼が長年抱え続けてきた孤独が、僅かでも癒えているのだとしたら、それだけで私はこの旅の意味を感じられる。

 

(……ノルンに、この光景を見せてやりたかったな)

 

家族会議での彼女の絶望した表情が、脳裏を過ぎる。せめて、ルイジェルドが同胞に囲まれて生きているという事実だけでも、早く伝えてやりたい。

 

だが、感傷に浸る時間は最小限で済ませねばならない。

 

私は族長の許可を得て、現在のビヘイリル王国がこの里を「悪魔の巣窟」として排除作戦を実行しようとしている事実を伝えた。

そこから語られたのは、ルイジェルドがここに辿り着いた経緯と、この里が直面している致命的な問題であった。

 

数年前、バーディガーディの案内でこの地へ到達したルイジェルド。だが、平穏が訪れたのも束の間、里を正体不明の「疫病」が襲った。

体力が減退し、額の眼が曇り、死に至る病。ルイジェルドは自らも罹患しながらも、里を救うために街へ薬を買いに走り、それが「悪魔出現」のデマへと繋がったのだという。幸い、疫病は治ったそうだが。

 

「……国はこの里を滅ぼすつもりです。ですが、私に任せてくれませんか?私にはアスラ王国やミリス教団とのコネクションがあります。スペルド族がこれまで森を守ってきたという実績を提示すれば、共生の道を模索することは可能です」

 

私の提案に、族長たちは落胆と諦めの色を隠さなかった。

 

「……ルーデウス殿の厚意には感謝する。だが、我らは何度も同じ言葉を聞いてきた。『交渉すれば理解が得られる』と。……その結果がどうなったか、貴殿も歴史で知っているはずだ」

 

最年長と思しき族長が、深く刻まれた皺を歪めて言った。

 

「四百年前、我らの祖先は魔神ラプラスに利用され、汚名を着せられた。それ以来、どれだけ弁明を重ねても、人族の恐怖は消えなかった。……ならば、逃げて隠れ続ける方が、まだ生存確率が高い。それが、我らがこの数百年で学んだ唯一の教訓だ」

「……お気持ちは理解します。ですが、今回は状況が違います。既に絵本を通じて、スペルド族の真実を伝える動きが世界中に広がりつつある。ミリス教団の中枢すら、これに賛同を示し始めています。私が保証します。この機を逃せば、次はないかもしれません」

 

私は妹ノルンが手がけた絵本の効果、そしてミリシオンでの一件について、可能な限り具体的に説明した。族長たちの表情に、僅かながら動揺の色が浮かぶ。

それでも、四百年という歳月に刻まれた恐怖は、そう簡単には拭えないようだった。

 

「……検討させてほしい。里の存続に関わる決定だ。少し、時間をくれ」

 

族長の言葉に、私は頷くしかなかった。

議論は平行線を辿り、ひとまず結論は持ち越されることになった。

 


 

その晩。

私はルイジェルドの家に招かれた。

簡素な囲炉裏を囲み、私たちはこの数年間の出来事を共有した。ゼニスの救出、竜人化して見目が大きく変わったこと、エリスやロキシーとの婚姻、そしてオルステッドの仲間となり人神(ヒトガミ)と戦っている現状。

 

「……ルイジェルドさん。私は今、将来的に復活する魔神ラプラスを討つために動いています。……貴方の力を、貸してはいただけませんか?」

 

私は頭を下げ、加勢を請うた。

ルイジェルドもまた、ラプラスによって一族を汚された当事者だ。快諾してくれるものと、私は確信していた。

 

しかし、ルイジェルドは答えなかった。

ただ苦々しく目を逸らし、沈黙を守り続けた。

 

「……ルイジェルドさん?」

「……ルーデウス。付いてこい」

 

彼は槍を手に取り、無表情のまま夜の森へと歩き出した。私はその背中に漂う、ただならぬ緊迫感を察知し、すぐさま後を追った。

村から離れた広場で、ルイジェルドは立ち止まり、静かに口を開いた。

 

「……ルーデウス。先ほどの会議での話には、一つ致命的な嘘がある。……疫病は、治ってなどいない。薬は効かなかったのだ」

「……えっ?」

「今、里の者たちが生き長らえているのは……私の身体に、『冥王』ビタが憑依しているからだ」

 

ルイジェルドが額当てを外すと、そこには変質した「青い宝石」と、不気味な黒い文様が浮かび上がっていた。

冥王ビタ。人神(ヒトガミ)の使徒候補。

彼が自らの分体を村人に分け与え、疫病の進行を強制的に停止させているのだという。

 

「……村を救う代償として、ギースと契約した。大きな戦いがある時、力を貸すと。……まさか、その相手がお前だとは思わなかったがな」

 

私の心拍数が跳ね上がる。無理やり押さえつけ、頭を回す。

 

「ビタが死ねば、里の者は死ぬ。……俺は、お前と戦わなければならない」

「待ってください。疫病を完治させる方法がわかれば、戦う理由はなくなるはずです。オルステッドに聞けば……」

「……オルステッドは、二年前、疫病が始まった頃に一度ここへ来た」

 

ルイジェルドの言葉に、私は絶句した。

 

「だが、奴は何もしなかった。お前の話が本当なら、その時すでに奴はお前の味方だったはずだ。……ルーデウス。オルステッドは、本当に信用できるのか?」

 

ルイジェルドの声には、責めるような響きはなかった。ただ、静かな絶望と、それでも一縷の望みに縋りたいという、矛盾した感情が滲んでいた。彼のような男が、これほど追い詰められた声を出すのを、私は初めて聞いた。

 

 

 

努めて冷静さを保ち、俯瞰して考える。

 

 

 

――あの、人を馬鹿にして、絶望に突き落としてそれを嘲笑する人神(ヒトガミ)。その使徒であるギースが、スペルド族に救いを齎すか?答えは否だ。ルイジェルド及びスペルド族は魔神ラプラスと敵対している。オルステッドと魔神ラプラスをぶつけて消耗させたい人神(ヒトガミ)にとって、スペルド族を救うことはデメリットしかない。そんな存在が、スペルド族の生命線を握っていることに強い懸念が生じている。

 

 

 

――人神(ヒトガミ)、及びギースは私の殺害を目的にしている。ルイジェルドに私を殺させ、その後にスペルド族全員を人質にとって、魔神ラプラスに与するように脅す。ルイジェルドはスペルド族の全員の命と引き換えにしても、過ちを二度と犯すまいと考えるだろう。人神(ヒトガミ)は私を殺し、仲間を見殺しにしたルイジェルドを嘲笑するだろうな。

 

 

 

――ルイジェルドは生き残って人神(ヒトガミ)に敵対するかもしれないが、人神(ヒトガミ)にとってルイジェルドはどうにでもできる相手だ。ノルンの絵本によるプロパガンダが完遂していない状態なら、悪魔と定義して民衆を煽り、神級剣士の一人でも差し向ければそれで対処できる。ルイジェルドが人神(ヒトガミ)の味方になった場合は、そのままオルステッドにぶつければ良いだけだ。

 

 

 

――オルステッドが裏切っている可能性は限りなく低い。彼はいつでも私を殺せるのだから。だが彼は、人神(ヒトガミ)殺害という大目的以外を軽視する傾向にある。自分で『救えない』と判断したら、見捨てる判断程度はするだろう。出立前のオルステッドの様子を思い出す。きっと、この可能性を予見していて、私に気を遣っていたのだろう。

オルステッドが諦めたスペルド族の疫病を、私が救えるか?可能性はゼロではない。実際に、冥王ビタはその症状を抑えることができている。それに、オルステッドは全知全能ではない。ループが始まる前の事項、『ドライン病』の治療などは知らなかった。それに、ループを重ね過ぎたからか、固定観念に支配されているときがある。

 

 

 

「……オルステッドは信用できます。少なくとも、人神(ヒトガミ)よりも。彼は彼にとっての最適解以外、重要視していないだけです。……ルイジェルドさん、彼ではなく、私を信じてください。必ず、里を救う方法を見つけ出します」

 

私が必死に訴えかけた。

ルイジェルドの眼に、僅かな揺らぎが宿ったのが分かった。

その時だった。

 

「……ぐっ……!!」

 

ルイジェルドが唐突に胸を押さえ、苦悶に顔を歪めた。全身から脂汗が噴き出し、握りしめた拳が小刻みに震えている。

 

「ルイジェルドさん!?」

 

駆け寄ろうとした瞬間、彼はガバッと顔を上げた。

 

その瞳は、理性なき「深淵の青」に染まり、額の文様が不気味な脈動を繰り返している。

システムの強制上書き。ビタによる完全な意識の乗っ取り。

先ほどまでそこにいた、あの実直で不器用な戦士の面影は、もはや欠片も残っていなかった。

 

「――っ、しまっ……!!」

 

回避するよりも早く、ルイジェルド――否、彼を依代とした『何か』が私の肩を掴み、顔を寄せた。

 

衝撃。

 

唇を塞がれ、同時に口腔内へと生温かい液体が、意志を持つ粘体のように侵入してきた。それは食道を通り、私の内臓の奥深くへと、致命的なバグとして潜り込んでいった。




ビタ戦開始までを書きました。
ルーデウスはパワーアップしていますが、流石にルイジェルドに至近距離からキスされると躱すのが難しいです。
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