無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ファリアスティア
私の名前はファリアスティア。魔法都市シャリーアの郊外にある小さな事務所で、受付と龍神オルステッド様の秘書をしています。
ラノア王国の首都で、長耳族の父と人族の母の間に生まれました。三人兄妹の末っ子です。
母は大きな商家の娘でしたが、私は商人としての教育は受けさせてもらえず、ラノア魔法大学に通っていました。そこで私を見出し、この仕事に誘ってくれたのがアイシャ様という少女でした。
あの『雷神』ルーデウス様の妹君。
このシャリーアで『雷神』を知らない者はいません。
最初にお話をいただいた時は、「なぜ私のような小市民が」と戸惑いましたし、正直に言えば、今でも時々そう思います。
『神』だの『王』だの、普通に生きていたら一生縁がないような単語が飛び交い、あまつさえ、全世界で恐れられている七大列強の第二位、龍神オルステッド様と日常的に言葉を交わすなんて、まるで非現実的な夢の中にいるようです。
今、オルステッド様とルーデウス様は、かつてない強敵と戦っている最中なのだそうです。私の任務は、各地から通信石版に届く情報を紙に書き写し、お二人が戻られた時にすぐ確認できるように整理すること。そして、火急の情報だと判断した場合は、私の独断で別の石版へ転送することも許されていました。
「ええと……シルフィエット様からの連絡。……『剣神は代替わりしており、前剣神は消息不明。ニナ様は妊娠中のため、応援には来られない。今から直接ビヘイリル王国へ向かう』……。これ、転送した方がいいのかな?」
独り言のように呟くと、すぐ隣から元気な声が返ってきました。
「良いと思うよ!剣神が代わって、前の剣神がいなくなったってことは、あっち側に回ってる可能性が高いってことだからね。一刻を争う情報だよ!」
答えてくれたのは、数日前から私の手伝いをしてくれている『彼』です。
彼、と呼んでいいのかは分かりません。だって、その見た目は人間ではなく、継ぎ接ぎだらけの木製の人形なのですから。彼が話すたび、木製の口がカタカタと鳴ります。
最初、人形が馴れ馴れしく話しかけてきた時は、あまりの恐怖に腰を抜かしそうになりました。でも、ようやく最近になって慣れてきたところです。
この体はルーデウス様が昔作った試作品で、倉庫に放り出されていたものだそうです。ルーデウス様は何でも器用に作られますが、作り終えるとすぐに興味を失ってしまうそうで、事務所の倉庫にはそうした不思議な人形が山ほど眠っていました。アイシャ様やザノバ様が時々管理に来て、ザノバ様が嬉しそうに高額で購入していくのがいつもの光景です。
「分かったわ。……これはまず、ルーデウス様たちがいるスペルド族の村の方へ送ろう。あと……誰がいいかしら」
「エリスさんがいいんじゃないかな。彼女は剣王だから、剣神の代替わりと聞いて何かピンとくることがあるかもしれない」
最初は不気味だったこの『人形の人』ですが、一緒に過ごしてみると、とても優しくて博識でした。事務所に一人でいると寂しい時もあったので、彼との他愛ない会話は私にとって良い支えになっていました。時々来るリニア様とプルセナ様は、アイシャ様にいつも厳しく躾けられていて、私も「甘やかすな」と釘を刺されているので、あまりゆっくりお話もできませんでしたから。
情報を転送し終え、ようやく一息ついた時でした。
人形の人が、「お茶でも淹れようか?」と提案してくれました。
有難いけれど、人形の彼はお茶を飲めるのでしょうか?そもそも、私は彼の名前すら知りません。ルーデウス様がふらりと戻ってきて、「適当に過ごしてろ」と投げやりに置いていったきりなのです。
「ええ、お願いします」
そう答えた、その瞬間でした。
窓からの光が遮られ、部屋に巨大な影が落ちました。
あまりの威圧感に、心臓が跳ね上がりました。入り口に立っていたのは、視界のすべてを埋め尽くすほどの巨体。
「…………あ……と、その……オルステッド様の、お客様……でしょうか?」
震える声で問いかけます。
大木のように太い胴体に、丸太のような腕。肌は燃えるように真っ赤で、頭には巨大な角が突き出しています。そして、鍋のようにせり出した下顎からは、二本の長い牙が上を向いて生えていました。
鬼族。本でしか見たことのない、戦うために生まれたような種族です。
「おめ、オルステッド、女か?」
「え……? あ、いえ……」
私が言いよどんだ瞬間、その鬼族が苛立たしげに太い腕を振るいました。
――パガァン!!
凄まじい衝撃音が響き、私が今しがた情報を送ったばかりの通信石版が、執務室の壁ごと粉々に砕け散って吹き飛びました。
「おめ、おでの、敵か?戦うか?」
「あ……う……、ぁ……」
声が出ません。蛇に睨まれた蛙のように、足がすくんで動けなくなってしまいました。
「逃げろ!ファリア!」
叫び声と共に、人形の人が私の前に割り込みました。
「おめ、なんだ?」
「……こ、この子は敵じゃない!手出しはさせないぞ!」
人形の人は震える右手で鬼族を指差し、必死に声を張り上げました。
でも、鬼族は止まりません。丸太のような腕が、再び風を切り裂いて振るわれました。
――バキッ!
嫌な音がして、人形の人の右腕が根元からちぎれ、遠くへと飛んでいきました。
「ぐあぁぁぁーーーっ!!……あれ?痛くない。あ、そうか、俺人形だったわ」
「おめ、ほんと、なんだ?」
人形の人が、肩から木の屑をこぼしながら私を振り返りました。
「何してるんだファリア!早く逃げろ!ここは俺が食い止める!」
「……っ!」
私は転びそうになりながら、夢中で事務所の外へと駆け出しました。
冷たい風を浴びながら外へ出た瞬間、背後の事務所から、建物が崩れるような凄まじい轟音が響き渡りました。
走り続けて、ようやく気づきました。
少しだけ仲良くなれたあの人形の人を、私は見捨てて逃げてしまったのだと。
でも、私には戻って助けに行く勇気なんてありませんでした。
あの人は、私のことをずっと『ファリア』と呼んでくれていた。アイシャ様や他の方たちが長い名前で呼ぶ中で、彼だけが親しげに名前を呼んでくれていたことに、今更気づいて、涙が止まりませんでした。
地竜の谷に二人の列強を叩き落とした後、私はすぐさま首都ビヘイリルの王宮へと引き返した。
最短距離で玉座の間へと乱入し、立ちはだかる近衛兵たちを次々と痺れさせて無力化する。そして、玉座に座る国王の手を迷わず切り飛ばした。
もし彼が『変装の指輪』を使っているギースであれば、その瞬間に術が解けて正体が露見するはずだった。
だが予想していた通り、結果は空振りだった。
ギースは既にこの場を離脱していた。
床に転がり、恐怖に顔を歪めて悲鳴を上げる王を、私は兵たちの前で冷徹に尋問した。
王の話によれば、彼は剣神と北神に睨まれ、脅され、無理やりギースとの入れ替わりを強要されていたらしい。
まぁ、それは良い。次の話を進めるとしよう。
森へ向かう討伐隊を撤収させろ――そう命じながら、少しでも出血を止めようと腕の切断部を押さえ、無様に床に伏せる王を見下ろした。
「……ぐっ……!指示は出すっ!だが、既に動き出した以上!止められるかは分からん……!」
返ってきたのは、そんな情けない言葉だった。
ビヘイリル王国の国力は弱い。鬼族に守られて、ようやく国としての体裁を保てる程度の小国だ。討伐隊の力が既に国力そのものを超えてしまっている。なんとも無責任で情けないことだ。
「……足も切り落とすか」
私が静かにそう呟くと、居並ぶ近衛兵や大臣たちが一斉に床へ這いつくばった。
「も、もう勘弁してください……!」
「……仕方ない」
私はすぐに王の傷を治癒して治療し、形ばかりの非礼を詫びて王宮を後にした。
スペルド族の里へと戻り、オルステッドに状況を共有する。
「……剣神と北神を谷底へ落としたか。だが、あの二人なら、おそらく生きて谷から這い上がってくるだろうな」
オルステッドは無表情にそう告げた。世界最高峰の剣士たちが、あの程度の落下で退場するとは考えていないようだ。
事態が急変したのは、その直後だった。
里に設置した転移魔法陣、そして各所と繋がっていた通信石板が、突如としてその機能を停止した。
「……繋がらない」
……シャリーアの事務所が襲撃を受けたのだ。
受付のファリアスティアは無事か。あの人形に魂を移した男はどうなったのか。そして何より、私たちの家まで魔の手が及んでいないか。
――最悪の想像が、次々と脳裏をよぎる。
――胸の奥に、絶望に近い不安が広がっていく。
――今すぐにでもシャリーアへ戻るべきか。……ここにはシャンドル、ドーガ、オルステッドがいる。仮に敵戦力が攻めてきたとしても、スペルド族を逃がす程度のことはできるはずだ。
縋るような思いで、私はシャンドルとオルステッドを見た。
「転移陣が壊れた今、どうやって戻るつもりだ?」
シャンドルが問いかけてくる。
「私の転移魔術は特殊で、絶対座標ではなく相対座標で飛べる。シャリーアの目印そのものは失っているが、近くへ転移することは可能だ」
私はオルステッドへと向き直った。
「……家族の安全だけ確保したら、すぐにこちらへ戻ります。行っても、よろしいですか」
我ながら、情けない声だったと思う。だが、オルステッドは僅かに頷いた。
「分かった。こちらは任せろ」
私は
上空から見下ろす限り、我が家は破壊されていないようだった。安堵する暇も惜しみ、私はドアノッカーを鳴らすことすらせず、そのまま扉を開け放った。
「――っ!?」
驚いた様子のゼニスとリーリャ。奥からパウロも駆けつけてくる。
「ルディ!?ビヘイリルで戦ってるはずじゃ……!どうしたんだ、何があった!?」
私は手短に、事務所が襲われたことを告げた。
このままでは、すぐにこの家にも敵の手が及ぶかもしれない。以前クレア・ラトレイアに話していた通り、子供たちをミリシオンへと避難させたい――そう伝える。
パウロは目を白黒させていたが、ゼニスとリーリャの動きは早かった。あっという間に子供たちを集め、最低限の荷物を整えてくれる。
子供たちの目には、隠しきれない不安の色が宿っていた。……こんな思いをさせて申し訳ない。
ミリシオンの目印はまだ残っている。私は皆を連れ、ミリシオンの隠れ家へと転移した。
そのまま、休む間もなくラトレイア家へと向かう。
アポイントもない突然の訪問。非礼は承知の上だが、緊急事態だ。
ラトレイア家の近くまで来ると、いち早く衛兵が私たちに気づいた。執事が急いで取り仕切り、瞬く間に出迎えの体制が整えられる。急な訪問にもかかわらず、完璧な対応だった。
「おおぉ……」
ルーシーが、その屋敷の壮麗さに感嘆の声を漏らしている。
パウロの顔には、緊張の色が浮かんでいた。服装も礼服ではなく、普段着のままでの訪問だ。
やがて、厳しい表情のクレアと、困惑気味のカーライルが姿を現した。
「突然のご訪問、大変失礼いたします」
私は深く頭を下げた。
「……貴方が、普段から礼を失するような者ではないことは分かっています」
「一体、どうしたんだい?」
クレアの硬い声と、カーライルの気遣わしげな問いかけ。私は簡潔に事情を説明した。
「今、
クレアもカーライルも驚いた様子だったが、すぐにカーライルが答えた。
「ああ、可愛い孫の頼みだ。もちろんだとも」
「……ありがとうございます」
私は頭を下げたまま、絞り出すように礼を告げた。
「このお詫びは、必ず」
「そんなこと、気にしなくていい。私たちは家族なのだから。こういう時こそ、支え合っていこうじゃないか」
その言葉に、思わず涙がこぼれそうになった。カーライルは続ける。
「我々ももう高齢だ。まさか、こうして曾孫の顔を見られる日が来るとは思わなかったよ」
そう言って、嬉しそうに笑った。
「……こんなに大勢の曾孫が。……ルーデウス様、誰の子かは、後でじっくり聞かせてもらいますからね」
クレアの言葉に、私は「必ずご説明に上がります」とだけ答えた。
私はパウロ、ゼニス、リーリャへと向き直った。
「私は戦いに戻ります。子供たちを……私の宝を、お願いします」
パウロは緊張した面持ちのまま、短く答えた。
「……任せろ」
何よりも信用できる言葉だった。
私はシャリーアへと転移して戻った。
次は事務所の確認だ。
辿り着いた事務所は、完膚なきまでに粉砕されていた。
中にいた者は殺されたのか。生き残っている者はいないか。
事務所の見える木陰に、ファリアスティアの姿を見つけた。私はその近くへと降り立った。
声をかけると、ファリアスティアはびくっと肩を震わせ、狼狽したまま私の問いに答えてくれた。
「無事だったか!よかった……。他に被害者は!?」
「事務所には、私と、あの人形の方しかいませんでした……」
「なるほど。……何があった?」
「大きな鬼族が来て、事務所を破壊したんです。……人形の方に庇っていただいて、私は逃げることができました」
ファリアスティアの声は、まだ震えていた。
「……あいつは、死んだか?」
「私も、あの方が死んでしまったんじゃないかと思って泣いていたんですが……。鬼族が去った後に声が聞こえて……探してみたら、あの方の頭だけが残っていたんです!その状態でも、元気にお話しされていて……!」
「……生首でも動いていたのか。……まぁ、何よりだ。安心した。それで、あの人形は今どこに?」
「それからすぐに、アイシャ様が仮面を被った方と一緒にいらして、事務所の様子を確認されたんです」
「アイシャが……!?仮面ということは、アルマンフィ殿か」
「アイシャ様は一度空中城塞に向かわれて、ペルギウス様のお力を借りてシャリーアに転移されたようです。……何でも、ルーデウス様の技術を転用した方法だったと聞きましたが、私にはよく分かりませんでした……。まずご自宅へ向かわれたそうですが……家は無事なのに、もぬけの殻だったと。……恐らくルーデウス様が対処なさったのだろう、と仰っていました」
「その通りだ。家族はミリシオンへと転移させてきた」
「アイシャ様はその後こちらの事務所にいらして、惨状を確認されました。その際、あの方を拾って一緒に空中城塞へと向かわれたようです」
ケィオス・ブレイカーにいるのであれば、アイシャも安全だろう。
「……君も、事態が落ち着くまでは家に閉じこもっていてくれ。私の名が出されても、決して顔を出さないように」
「わ、分かりました」
そういって、家族の無事を確認した後、ビヘイリル王国のスペルド族の里に戻った。
里へと戻り、私はオルステッドとシャンドルへ状況を報告した。
念のため家族をミリシオンへ避難させたこと。事務所が受けた被害の状況。そして、襲撃者が鬼神マルタであったこと。
シャンドルは、情報屋から得た鬼神の動向を共有してくれた。
「鬼神マルタが、第二都市イレルに出没したという記録がある。恐らく、あの郊外に設置していた転移魔法陣を使ってシャリーアへ移動し、事務所を破壊した後、イレルへ戻って魔法陣そのものを破壊したのだろう」
「北神と剣神は、地竜の谷で足止めを受けているはず。……動けるのは、鬼神だけだったということか」
里には既にザノバたちが合流していた。
ザノバは森の中で七大列強の石碑を発見するとすぐさま、ペルギウスの配下であるアルマンフィへと連絡を取り、シャリーアの状況を確認させていたのだという。奇しくもアイシャと同じタイミングだったようだ。
その時には既に、私は家族をミリシオンへと送り届けていた。その事実を共有すると、ザノバもまた、自分の家族のことのように安堵の表情を浮かべていた。
「しかしながら、ペルギウス殿が加勢してくださるとなれば、一気に形勢は逆転だな」
シャンドルがやや興奮の面持ちで周囲を見渡す。
が、ザノバの顔はやや暗い。
「いえ、ペルギウス様は、この戦いは見物に留める、とおっしゃったそうです。加勢は期待できないかと」
「そんな!こういう時にこそ、あのお方は強いのに!」
シャンドルが大げさとも言える態度で、のけぞった。
確かにシャンドルの言うとおりだ。
ペルギウスと十二の配下の力は、今のように情報がわかりにくい時にこそ重宝する。
最強の偵察兵である光輝のアルマンフィと、轟雷のクリアナイト。
二人を組み合わせるだけで、相手の情報は筒抜けになり、情報は一瞬で全ての仲間へと通達される。
しかし、加勢できないと言ってるなら、仕方あるまい。
転移魔法陣が封じられたことで、ビヘイリル王国の各地に散らばっていた仲間たちが、一人、また一人とこのスペルド族の里へと集結してきた。
エリスとロキシーも、重要な情報を携えて帰還した。
「ルーデウス、首都で討伐隊の出発式があったわ。王も、もう国民の熱狂を止められなかったみたい」
そして、その軍勢の中には、谷底から這い上がってきた剣神と北神の姿もあったという。
やはり殺しきれてはいなかったか。ならば、次こそが本当の決着になる。
里での再集結の中、エリスとルイジェルドは静かな再会を果たしていた。
ルイジェルドの姿を認めた瞬間、エリスは彼に向かって飛びつきたい衝動を必死に抑えているようだった。
強くなった自分を見てほしい。あの頃とは違う自分を知ってほしい。そんな幼子のような純粋な想いが、彼女の全身から溢れ出していた。
だが、彼女は一歩手前で踏みとどまり、剣士としての凛とした態度で声をかけた。
「久しぶりね。……変わらないわね、ルイジェルド」
「ああ、エリス。……お前は、大きくなったな」
「当たり前よ。私はもう、子供じゃないもの」
交わされた言葉は、それだけだった。
けれど、エリスはそれだけで胸がいっぱいになったようだった。
かつては遥か高くに見上げていたルイジェルドの背中。いま、彼女はその隣に並び、肩を並べて戦えるところまで辿り着いた。
その事実を誇るように、エリスは私に向かって、これ以上ないほどの「ドヤ顔」を披露してくれた。
嵐の前の静寂、という言葉がこれほど相応しい状況も珍しい。
私たちの潜伏するスペルド族の里に敵が近づいていた。
敵は、七大列強が二名。六位『剣神』ガル・ファリオン、七位『北神』アレクサンダー・ライバック、そして『鬼神』マルタ。さらに、扇動された約百名の討伐隊。
この戦力差を埋め、里の平穏を守り抜くための最終的な役割分担を決定する場を設けた。
「ガル・ファリオンは、私がやるわ」
真っ先に口を開いたのはエリスだった。彼女の紅い瞳には、師を超えるという執念ではなく、ただ「夫の行く手を阻むものは誰であろうと斬る」という冷徹な決意が宿っていた。
「……確かに、適任かもしれないね。剣神はオルステッドと戦うことを望んでいるようだが、彼に魔力を浪費させるわけにはいかない。ギースは彼らを仲間に引き入れたようだが、あの自由奔放な剣士たちの手綱を、完全に掌握できているとは思えないな」
先日、兵士に変装して私と道中を共にしたガル・ファリオンと北神三世の様子を思い出す。彼らは
「アレクサンダー・ライバック……北神三世も、同様に危険な個体だ。こちらは慎重に当たる必要がある」
私はあらためてこちらの戦力リソースを数え上げた。
まず、病から回復し、動けるようになったスペルド族の戦士が十数名。彼らは里の地形を熟知した熟練の戦士だ。
そして、私の周囲に集まった仲間たち。
オルステッド、ザノバ、ジンジャー、ジュリ、ノルン、クリフ、エリナリーゼ。
そして、ルイジェルド、ロキシー、エリス、シャンドル、ドーガ。
「シャンドル……いえ、アレックス・カールマン・ライバック殿。神級の剣士が味方にいる事実は、この盤面において最大のアドバンテージになるな」
シャンドルは苦笑しながらも、その長棒を静かに構えた。伝説の北神二世がこちらについているという事実は、戦士たちの士気を劇的に引き上げている。
しかし、懸念すべきリスクも多い。
里にはスペルド族の女子供、そしてアスラ王国から派遣された医師団が滞在している。医師団はともかく、狂乱状態の討伐隊はスペルド族を「悪魔」と定義し、殲滅することを目的としている。一度防衛ラインを突破されれば、凄惨な皆殺しが始まるだろう。
「戦力の選別をする。……ジンジャー、ジュリ、そしてノルン。君たちは当然非戦闘員としてカウントする。里の奥で避難の誘導と医師団と共に護衛されていてくれ。クリフ……。君も、今回の神級同士の激突においては、前線での生存率は極めて低い。後方でのサポートに専念してくれ」
「……分かっているよ。悔しいが、今の僕にできるのはそれくらいだ」
クリフが唇を噛みながら頷く。
「オルステッド。貴方も今回は温存させてもらいます。貴方の魔力をここで浪費させるわけにはいかない」
「……ああ。判断を任せる」
オルステッドは静かに目を閉じた。
「ロキシー、エリナリーゼさん。二人の実力は認めているが、相手は世界の頂点に立つ剣士たちだ。初撃の速度で命を刈り取られる危険がある。広域魔術による牽制と、中距離からのサポートに徹してくれ」
「了解しました、ルディ。足手まといにはなりません」
「わたくしもしっかりと、クリフを守る盾となりますわ」
ロキシーの冷静な声と、エリナリーゼの艶やかな、けれど戦士の響きを持つ返答。
この体制で、敵を迎え討つ。
半日の待機時間を経て、ついにその「刻」が訪れた。
地竜の谷を跨ぐ唯一の連絡路――老朽化した吊り橋を境界線とし、私たちは百名を超える討伐隊と対峙した。
こちらの陣容は六名。私、エリス、ルイジェルド、ザノバ、シャンドル、そしてドーガ。数においては圧倒的な劣勢だが、個々の戦力を考えれば、こちらの演算に揺らぎはない。
対岸、ビヘイリル側の先頭に立つのは三人の男たちだ。
気怠げに腰の魔剣を弄ぶ中年男性、六位『剣神』ガル・ファリオン。
背中に身の丈ほどもある巨大な剣を背負った、七位『北神』アレクサンダー・ライバック。
そして、三メートル近い巨躯を誇り、虎柄の腰布と巨大な鈴の首輪を纏った赤い皮膚の怪異、『鬼神』マルタ。
……首謀者であるギースの姿は、やはりここにも観測されない。
「恐れることはない!数はこちらが圧倒的に有利だ!悪魔を討ち、栄誉をその手に掴むのだ!」
北神カールマン三世、アレクサンダーが、少年らしい高らかな声で周囲の兵士たちを鼓舞し、士気を最大まで引き上げていく。彼のカリスマ性という名のバフを受け、討伐隊の面々が明確な殺意を宿して武器を抜いた。
「我が名はアレクサンダー・ライバック!僕に続け、正義の道を切り拓くのだ!!」
アレクサンダーは叫び声を上げると、あろうことか全速力で吊り橋へと突進を開始した。
……あまりにも、迂闊すぎる。
私は無言で魔力回路を指先に接続し、橋の支柱となっている蔓の結合点を切断した。
重力に従い、橋は中央から真っ二つに割れ、全力疾走していたアレクサンダーは加速を制御できぬまま、虚空へと放り出された。
「……ッ!?」
「…………」
深い谷底へと消えていく息子の間抜けな姿に、隣にいたシャンドル――北神二世が、声もなく呆然と立ち尽くしていた。味方であるはずの討伐隊ですら、英雄候補のあまりに呆気ない脱落に思考を停止させている。
この静止時間は、戦力を削る絶好の機会だ。
「『
対岸の座標を狙い、高密度の気象操作魔術を投下する。
一瞬にしてビヘイリルの空が黒雲に覆われ、数千の紫電が雨のように討伐隊の頭上へと降り注いだ。回避不能な密度の雷撃。
阿鼻叫喚の悲鳴が上がるが、彼らはこの戦場において「ノイズ」でしかない。この一撃で雑兵の九割は戦闘不能となっただろう。
だが、本命の二人は健在だ。
ガル・ファリオンと鬼神マルタは、雷光が弾ける戦場を軽やかな跳躍で脱出。崩落した橋を無視し、凄まじい脚力で谷を飛び越えてこちら側の岸へと着地した。
当然だ。彼らのような最高位の戦士にとって、数の有利や地形の不利など、戦闘結果を左右する変数にはなり得ない。
「先日はよくもやってくれたなぁ、『雷神』よ。……さて、俺様の渇きを癒やしてくれるのはどいつだ?」
ガル・ファリオンが、牙を剥き出しにして獰猛に笑った。その腰に差された魔剣が、獲物を求めて不気味な魔力を放っている。
「私よ」
エリスが一歩前に出た。腰に差した二振りの剣。腕を組み、不敵な笑みを浮かべて剣神と正面から視線をぶつける。その威風堂々たる佇まいは、もはやかつての弟子ではなく、対等な捕食者のそれだった。
「だろうな。……他には?」
「俺だ」
ルイジェルドが白亜の槍を低く構え、エリスの隣へと並び立った。
スペルドの戦士と、剣王。剣神という最強の「矛」を止めるのに、これ以上の布陣はない。
一方で、巨躯を揺らす鬼神マルタの前には、ザノバとドーガが立ち塞がった。
純粋な物理出力と防御性能の衝突。知略を介さぬパワー対決が、別セクターで開始されようとしていた。
「――――とうっ!!」
その時、谷底から凄まじい勢いで一人の少年が飛び上がってきた。
……やはり、あれしきで退場するほど柔なスペックではなかったか。
「我が名は北神カールマン三世!呪われし悪神、オルステッドを倒し、歴史に名を刻む英雄となる者だ!僕の道を阻む者よ、かかってくるがいい!!」
アレクサンダーが再び大剣を掲げ、こちらを睨みつける。
こちらは、私とシャンドルの二人で対処することになるだろう。
「……ルーデウス殿、あの剣には気をつけろ。あれは世界で唯一、重力すら支配する最強の剣だ」
シャンドルの言葉に頷く。
彼の持つ大剣――『王竜剣カジャクト』。王竜王の死骸から作られたとされる、物理法則を捻じ曲げる最上級の魔剣。
だが、その持ち主であるアレクサンダーは、突然、掲げていた剣を止めてポカンとした顔を晒した。
「……え? なんで……」
その視線は、私の隣で長棒を構えるシャンドルへと固定されている。
「なんで……父さんが、ここにいるんだよ!?」
アレクサンダー・ライバックの、震える叫び。
その声が空間を震わせた直後。
「ウオオオアアアアッッ!!!」
鬼神マルタが、戦闘開始を告げるかのような爆発的な咆哮を上げた。
彼が両手を地面へと叩きつけると、局所的な地震が発生し、大地が隆起する。周囲の木々がドミノのように倒れ伏していく。
その衝撃波に押し流されるようにして、ビヘイリル王国での決戦が、ついに幕を開けた。
剣神ガル・ファリオンが風のように戦場を離脱し、それを追うようにエリスとルイジェルドが駆けていく。最高位の剣士同士、余計な干渉を排した場所で決着をつけるつもりなのだろう。私はエリスが跳躍する寸前、「任せたよ」と短く言葉を投げた。彼女は弾けるような笑顔で頷くと、森の深部へと消えていった。
さて、私の目の前にはもう一つの巨大な「壁」が立ち塞がっている。
七大列強第七位、北神カールマン三世アレクサンダー・ライバック。
私は右腕に
「待った!戦う前に、少し話をしましょう!」
こちらが術式を励起させるよりも早く、アレクサンダーが片手を上げて制止を求めてきた。
だが、相手は奇策と不意打ちを常套手段とする北神流の頂点だ。「待った」と言いながら致命的な一撃を放ってくる可能性は極めて高い。私は防御を維持したまま、冷徹に彼を見据えた。
「君の怒りはもっともです。ですが、僕の方はもっと怒っているんですよ!そもそも、空を飛んで上空から一方的に魔術を放つなんて、あまりにも卑劣ではありませんか。こっちは変装のために、なまくら刀一本しかもっていなかったというのに!」
「……それを世間では『油断』と呼ぶのですよ。それで、何の用かな?見知らぬ少年よ」
シャンドルの突き放すような言葉に、アレクサンダーは顔を真っ赤にして叫んだ。
「見知らぬ人!?貴方のことを誰よりも知っている僕が、見知らぬ人なわけないでしょう!僕と貴方の初対面は、僕が母さんの腹から出てきた時ですよ。……北神カールマン二世、アレックス・ライバック!!」
アレクサンダーの視線は、私の隣で静かに長棒を構えるシャンドル――アレックスへと向けられていた。
「……近頃は弟子を取りつつ、各地を転々として気ままに武術を教えていただけなのだがね。アスラ王国のアリエル陛下という素晴らしい主に巡り会い、今はただの騎士をやらせてもらっているよ」
「弟子!?あの最強の剣を僕に押し付けて、北神流を捨てた貴方が、人知れず弟子を取っていたなんて……!冗談じゃない!」
「アレク君。私は別に、北神流を捨てたわけではないよ」
「嘘だ! 今だって剣すら持っていないじゃないか!」
アレクサンダーが、背負った伝説の巨剣『王竜剣カジャクト』を誇示するように握りしめる。対して、シャンドルは手にした金属の長棒を軽く回してみせた。
「……こっちの方が、より『強く』なれると思ったものでね」
「馬鹿にするな!そんな棒きれが、重力を支配するこの王竜剣よりも強いとでも言うのか!?」
「そうではないよ、アレク君。その剣は、この世界で最も『強い』武器だ。それを百年の間振り回し続けた私が、誰よりもその性能を理解している」
シャンドルは、慈しむような、けれどどこか寂しげな瞳で息子を見つめた。
「あまりにも強すぎるんだよ、その剣は。それを手にすれば、どんな巨大な魔物も、神速の剣士も、堅固な戦士も、もはや相手にならない。私はその力によって数多の戦いに勝利し、英雄となった。……だが、ふと立ち止まった時に気づいてしまったのだよ」
シャンドルの声が、戦場の喧騒を吸い込むように静かに響く。
「英雄となった後の私は、その剣を手に入れる前の私と、何一つ変わっていないのではないか。……果たして『北神カールマン二世』という剣士は、本当に強かったのだろうか。それとも、ただ剣に振り回されていただけの空虚な器だったのではないか……とね」
「…………」
「そう思ってしまった瞬間、私はもう、以前のようには戦えなくなった。英雄としての私は、あの日終わったのだ。だから君に『英雄』を託し、私は北神流の原点……初代北神の教えを広めようと思った。初代は剣を使ったが、剣にこだわる必要はないのだ」
「だから、そんな棒きれを使っていると……?……意味がわからない。強ければそれでいいじゃないか!」
アレクサンダーは苛立たしげに吐き捨てた。彼にとって、力とは結果そのものであり、過程の研鑽などは瑣末な問題なのだろう。
「それで、アレク君。逆に聞くが、君はどうしてここにいるのかな?」
「決まっている!僕はオルステッドを倒しに来た。龍神を倒して、七大列強第二位になるんだ」
「志が高いね。君の父親として誇らしいよ。……だが、そのために私が敵に回るわけだが。私を打ち倒し、オルステッドに挑む覚悟はあるのかな?」
「当然です!いかに父さんが相手と言えども、僕は北神カールマン三世として、恥ずかしくない名声を手に入れてみせます!……それだけじゃない。悪魔たるスペルド族を全滅させて、その功績を歴史に刻むんだ!」
「ん?スペルド族は、悪魔ではないよ」
「そんなのは関係ない!スペルド族は世界中で悪魔として有名だ。それを滅ぼしたとなれば、僕の名前は未来永劫、英雄として語り継がれることになる!」
「……それは、英雄のすることじゃないな」
「でしょうね!でも、手段は選んでいられない。じゃないと、父さんの偉業を超えられない。……北神カールマン二世の名を、超えられないんだ!!」
「……私の名を超えることが、英雄になることだと?」
「そうだ!!」
シャンドルは、口を半開きにしたまま、呆然として息子を見つめた。
そして、私の方を向いて深く頭を下げた。
「申し訳ない、ルーデウス殿。説得できるかと思ったが……。この馬鹿息子は、私が想定していた以上に、救いようのない馬鹿だったようだ」
「……そのようだな」
私とシャンドルが、同時に武器を構え直す。
「……『雷神』が後ろに控えているとはいえ、そんな棒きれで、王竜剣を持つ僕に勝てるつもりですか?」
「ああ、もちろんだとも。……アレク君、父親としてお仕置きをしてやろう」
「なめるなッ!!」
アレクサンダーの咆哮と共に、王竜剣が重力場を歪ませる。
北神同士の、そして父と子の、凄絶な「親子喧嘩」が始まった。
伝説の剣と、一本の金属棒。
両者が激突するたびに、大気を引き裂くような金属音と、重力場の歪みによる不気味な軋みが周囲に響き渡った。
純粋な剣士としての技量、そして経験に裏打ちされた術理においては、明らかにシャンドルが上だ。だが、魔剣『王竜剣カジャクト』がもたらす重力操作は、戦いの物理法則を根本から破壊していた。
アレクサンダーは慣性を無視した軌道で宙を舞い、重力のベクトルを自在に書き換えながら、予測不能な角度から斬撃を繰り出す。そのあまりにも非論理的な機動に対し、私の『予見眼』ですら確定的な未来を演算しきれず、迂闊に援護魔術を挟む隙が見当たらない。
(……観察を続けろ。必ず、重力制御の合間に生じる「処理の隙間」があるはずだ)
私は
「『
指先から放たれた一匹の蜂が、光速に近い速度でアレクサンダーへと特攻する。
轟音と共に爆発が発生。だが、アレクサンダーは爆風が届く直前にカジャクトの重力場を最大展開し、エネルギーの指向性を強引に逸らして見せた。
しかし、その防衛動作によって生じた僅かな硬直を、シャンドルは見逃さなかった。
「はぁッ!!」
長棒がアレクサンダーの懐に滑り込み、そのみぞおちへと正確な一撃を叩き込む。
「ぐっ……! かはっ……!」
アレクサンダーが数メートル後退し、苦しげに顔を歪めた。
「……ふぅ。少々、手加減が過ぎましたかね。……父さん、もう少し本気を出させてもらいますよ」
アレクサンダーの瞳に宿る熱量が一段階跳ね上がる。それを見たシャンドルの横顔に、隠しきれない焦燥の色が滲んだ。
「……まずいな。ルーデウス殿、彼はこの後控えているオルステッドとの戦いに備え、出力を大幅に抑止していたようだ。今の打撃で、彼の戦闘モードが一段階進んでしまった。私の知る彼よりも、成長の勾配が急激すぎる……。これは少し、大口を叩きすぎたかもしれないな」
シャンドルが弱気な言葉を漏らす。
再び始まった打ち合い。アレクサンダーの剣の一撃一撃が重みを増し、シャンドルの持つ普通の金属棒では、その衝撃を受け流しきれなくなってきている。棒の表面には細かな亀裂が走り、構造的な限界が近いことを示していた。
(……シャンドルの甘さだ。彼の「成長を実感したい」という美学は理解できるが、戦いは訓練ではない。殺し合いだ)
敵を倒すためにあらゆる手段を講じるのが北神流の真髄であるならば、今のシャンドルの選択は北神流という名の合理性から最も遠い場所に位置している。
私は自らの手で、この戦場を調整することを決めた。
私は地面に片手を突き、土魔術による精密加工を開始した。
芯材にはしなやかで折れない柔軟な金属。その周囲を、ダイヤモンド並みの硬度を持たせた超高密度の四角柱で覆う。四つの角は剣のような鋭い切れ味を持たせ、打撃と切断を同時に行える設計だ。持ち手にはカーボンとセラミックの複合材を成形し、強固な絶縁体としての機能を持たせる。誘電が起こらないよう、碍子のような形状の鍔もつけた。
仕上げに、私の魔力回路を直接接続し、術式を書き込む。
「『
バチバチと紫の電火が走る。闘気を魔力に変えて伝導し、接触した対象の神経系を直接焼く特製兵器。
「『
三匹の蜂を二人の間に突っ込ませ、連続爆発を引き起こして視界と感覚をジャミングする。その隙に、私は完成したばかりの武器をシャンドルへと投げ渡した。
「シャンドル! 受け取れ!」
「……!?」
シャンドルが空中でそれをキャッチした瞬間、目を見開いた。
「英雄視されたからといって自分自身の評価を高く見積もりすぎるのは、殺し合いにおいて致命的だ。……工夫と道具で、自分より強い敵を倒す。それが北神流ではないのか?」
私の叱咤を受け、シャンドルは不敵な笑みを取り戻した。
その手に握られた新たな武器が、雷鳴を上げてアレクサンダーの重力場に真っ向から牙を剥く。
「……ハッ。一本取られたな。……さあ、アレク君。授業を再開しよう。……次は、痛いだけでは済まないぞ」
雷光を纏った父の姿に、アレクサンダーの顔が驚愕に染まった。
武器の性能差は、戦局を劇的に塗り替えた。
私が即席で組み上げた雷電の棒。王竜剣という世界一の魔剣には遠く及ばない急造品だが、それを使う者がシャンドル――アレックス・ライバックという最高位の熟練者であれば話は別だ。
彼が振るう雷棒はアレクサンダーの重厚な闘気をいとも容易く透過し、打ち合うたびにその神経系へと高電圧のノイズを流し込んでいく。アレクサンダーの動きは打撃を重ねるごとに目に見えて精彩を欠き、処理速度が低下していくのが分かった。
アレクサンダーは、自身の敗北の可能性をようやく察したのだろう。
目の前の父親を辛うじて退けたとしても、その後ろには未だほぼ無傷の私が魔力を温存した状態で控えている。その事実が彼の傲慢な思考回路に冷水を浴びせかけたようだ。
アレクサンダーの気配が、一瞬で鋭利なものへと変質した。
もはや、父を超えるという私情も、龍神に備えて力を温存するという甘さもない。ただ、目の前の敵を排除することだけに全力を尽くそうとしている。
彼は腰を深く落とし、王竜剣を両手で強く握りしめた。
「右手に剣を。左手に剣を」
不気味な詠唱が、静まり返った森に響く。
「両の腕で齎さん。有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん。……我が名は北神流、アレクサンダー・ライバック!!」
その宣言が放たれた瞬間、私の平衡感覚が消失した。
私だけではない。真横へ回避行動を取ろうとしていたシャンドルも、周囲の木の葉も、折れた枝も。
この戦場に存在するすべての物体が、慣性を無視して宙へと浮き上がったのだ。
王竜剣カジャクトによる、絶対的な重力制御。
剣士では地面へと降りることも、あるいはさらに上空へと離脱することも許されない。手足をどれほど激しく動かしても、作用反転を得るための媒体が存在しないこの空間では、一センチの移動すらもままならない。
完全な自由度の喪失。アレクサンダーが全身に力を込め、その巨剣を振りかぶるのが見えた。
「…………っ!!」
シャンドルの顔が、絶望と焦燥に染まる。
だが、その重力場の中にありながら、私の動きは止まっていなかった。
「奥義――『重力破断』!!」
爆音。そして視界を白一色に染め上げる閃光。
アレクサンダーが放った致命の一撃が、空間そのものを切り裂くようにして迫る。
だが、彼は忘れていたのだ。
私が普段、どのような手段で世界を移動しているかを。
重力の束縛。そんなものは、風と火を自在に操り、日常的に空を滑空している私にとって、克服済みの環境に過ぎない。
私は
代わりに、左手から超高圧縮された雷槍を突き出す。
アレクサンダーの剣戟を減衰しつつも受け流しきれず、私の左腕を直撃した。
凄まじい音と共に、龍聖闘気を纏った魔神鎧の装甲が容易く両断される。肘から先が切り離され、鮮血と共に宙へと舞った。
(……許容範囲だ。左腕一本、安いコストだと言える)
激痛を脳の別セクターへ隔離し、私は衝撃波に押し流されることなく、逆にその勢いを利用して前へと出た。
大技を放った直後、重力操作のラグが発生しているアレクサンダーの懐へと潜り込む。
彼は驚愕に目を見開いていた。
まさか重力場の中を移動して、左腕を犠牲にしてまで突っ込んでくるとは、彼の単純な勝利の方程式には存在しなかったのだろう。
私は無事な右手を伸ばし、隙だらけになった彼の顎を掴み、その口内へと、竜の黒爪を突き立てた。
「――っ、が、あ……ッ!?」
回避不能。防御不可。
口内に深く突き刺さった指をアンカーとし、私はアレクサンダーを物理的に固定した。
そして、至近距離から魔力回路を直結させる。
「『
極大の電力が、アレクサンダーの体内という「無防備な内壁」から一気に解放された。
閃光。
鼓膜を揺らす轟音。
内側から焼き切られ、爆発的なエネルギーに曝された北神三世の身体が、凄まじい痙攣と共に雷光に呑み込まれた。
『人形の男』と鬼神、
ルーデウス、シャンドルと北神との戦いでした。
シャンドルの甘さを叩いてみました。