無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
私の右手には、全身が黒焦げになった少年が力なくぶら下がっていた。
衣服は消失し、肌は炭化している。およそ生物としての生存は絶望的な無惨な有様だ。
しかし、至近距離で『
これほどの破壊エネルギーを内部から受けても崩壊しないのは、彼の持つ驚異的な身体強度、そして無意識下で稼働し続けていた闘気による防御回路の賜物だろう。
脳裏で、直前までの数十秒を反芻する。
アレクサンダーの重力破断を相殺しきれないと悟った瞬間、私は北神流の間合いを完全に無視する選択をした。踏み込みを一歩深く、あえてリスクの高い距離まで潜り込み、逆に自分の懐へと引きずり込んだのだ。
王竜剣カジャクトによる重力制御は強力だが、彼はあくまで剣の間合いを拡張する補助輪としか使っていなかった。剣そのものの間合いより内側に潜り込んでしまえば、優位性は反転する。
最後の一撃――『
もっとも、紙一重だったことに変わりはないが。
若さゆえの奔放さ、力に驕った未熟さ。アレクサンダーという個体には、まだ矯正の余地があったはずだ。私自身、彼を完全に葬るべきか最後まで迷いはあった。
だが、迷いを抱えたまま踏み込めばこちらが死ぬ。中途半端な温情は時に本人よりも周囲を危険に晒す。
やがて少年の指から力が抜け、握られていた剣が地面に音を立てて転がった。
決着だ。
私は少年の身体を、物のように足元へと放り出した。
横になった黒焦げの物体が少し動いたように見えた。
「……生きているのか?この損傷で?」
私がそう呟くと、背後から歩み寄ってきたシャンドルが心配そうな表情で息子を覗き込む。
「……不死魔族のクォーターだからな。この程度であればまだ死んではいない。かろうじて、だがね」
シャンドルの言葉からは安堵が読み取れた。
……やはりこれ以上の追撃は不要だろう。私は地面へと視線を向け、先ほど切り飛ばされた自身の左腕を魔術で引き寄せた。
切断面を正確に合わせ、治癒魔術を励起させる。血管、神経、骨格。それぞれのパーツが元の位置へと再結合されていく感触は何度経験しても不快なものだ。竜の再生力があるから容易に繋ぎ合わせられるのは助かるが。
『魔神鎧』の損傷箇所をこの場で完全に修復するのは難しい。少し機能を詰め込み過ぎたからか、修復には多大な材料が必要なのだ。ひとまず駆動に支障がないよう仮止めだけは済ませておく。
私は足元に転がる『王竜剣カジャクト』を見遣った。
身の丈に合わない強力な道具は持ち主を破滅させる。今の彼からこの危険な「おもちゃ」を没収するのは、再発防止の観点からも極めて合理的な判断だ。
私はシャンドルに視線で「これは私が預かっていいか?」と問うた。
彼は静かに首を振って拒絶の意思がないことを示した。ならば遠慮なく回収させてもらおう。
再生したばかりの左手で重厚な柄を握り締めた。
その瞬間。
「…………っ!!」
私の脳内に、膨大な情報が濁流となって流れ込んできた。
凄まじい感覚。カジャクトを介して、世界を支配する物理法則の一端――重力魔術の術理が、感覚的な情報として私の中へ強制的にダウンロードされていく。
オルステッドは以前、「重力魔術は使い勝手が悪い」と評していた。だからこそ私も習得を後回しにしていたのだが……。
本質を理解した今なら分かる。これは土魔術の高度な派生、あるいは進化系統の極致だ。
魔力によって仮想の「質量」を生成し、空間の歪みを操作することで重力を生み出す。
アレクサンダーの戦い方を思い出し、私は内心で小さな溜息をついた。
彼はこの強力な「権限」を単なる力押しにしか使っていなかった、だからこそ間合いの内に踏み込めた。もし彼がこの術理を工学的に理解し、ベクトル制御を最適化できていたなら、私はこれほど容易く彼の懐には潜り込めなかっただろう。彼は最強のハードウェアを持ちながら、最低のソフトウェアで動かしていたに過ぎない。
そして、この重力魔術の理解は私の掲げる「最終目的」に決定的な進展をもたらすことになる。
重力とはあらゆる世界に共通して存在する不変の固定値だ。これを計算式に組み込めば、異世界転移における座標精度のキャリブレーションは劇的に向上する。
――これまでの転移魔法陣は、いわば座標系の異なる二枚の地図を、勘と経験だけで無理やり重ね合わせていたようなものだ。
重力という「全世界共通の定数」を基準点に据えられるなら、話は変わってくる。誤差の範囲は劇的に狭まり、行き先を誤って熱砂の砂漠や極寒の氷原に転移してしまうリスクも大きく引き下げられるはずだ。
そういえば、剥奪電界を組み上げた時も似たような閃きがあった。既存の術式をまったく異なる系統の理論で殴りつけるようにして再解釈した瞬間、パズルのピースが噛み合う感覚。あの時と同じ興奮が今、指先まで駆け巡っている。
(……それだけではない。これなら、あの『無の世界』での現在位置を固定できる。
手にした魔剣の価値を再定義し、私は高揚する気持ちを無理やり抑え込んだ。
この一振りだけで、今後の研究に何年分ものブレイクスルーをもたらしかねない。惜しむらくは、今この場でじっくりと検証する時間が無いことだ。
いつまでも新技術の検証に浸っているわけにはいかない。まだ戦場には処理すべき別の仕事が残っている。
剣神と戦うエリス、そしてルイジェルド。
彼らについてはそこまで心配していない。エリスの研ぎ澄まされた剣技とルイジェルドの戦術眼が合わされば、いかに剣神といえど容易くは突破できないという確信がある。何年も共に戦場を駆けてきた、この目で見た実績に基づく確信だ。根拠のない楽観ではない。
「シャンドル、次は鬼神の方の救援に向かおう」
「ああ。先ほどまであちらからは凄まじい破壊音が響いていたが……。今は不自然なほど静まり返っているからな」
ザノバとドーガが受け持った戦場。
鬼神マルタという規格外の出力を誇る個体に対し、パワー特化型の二人がどう立ち回っているのか。
私はシャンドルと共に、静寂に包まれた森の奥へと駆け出した。
ザノバとドーガが受け持った戦場へと急行する私たちの視界に、突如として巨大な「質量」が飛び込んできた。
鈍色の鉄の塊が、凄まじい風切り音を立てて木々をなぎ倒しながら吹き飛んでくる。
「……ドーガか!」
着弾の衝撃で土煙が舞う。兜はどこかへ弾け飛び、あれほど堅牢だったフルアーマーが無残にひしゃげ、頭から鮮血を流すドーガの姿があった。
さらに間髪入れず、もう一つの人影が追撃を受けるようにして飛来した。ザノバだ。彼の纏っていた特製の鎧は既に跡形もなく粉砕されており、彼は無防備な身体のままドーガの巨体に激突し、二人は重なり合って地面を転がった。
「…………う、うぅ……。流石に、骨が数本……逝ったかもしれませんな……」
頑強な神子であるザノバですら、この損傷だ。
ドーガの巨大な戦斧は根本から折れ曲がり、原型を留めていない。ザノバはシーローンで私が作った武器を装備していたが、それも同様だ。二人がかりでも、鬼神には掠り傷一つ負わせられなかったということか。
その原因となった個体――鬼神マルタが、森の奥からゆっくりと姿を現した。
私はシャンドルと共に武器を構える。
だが、その時。
頭上の木陰から、鮮烈な「赤」が弾丸のような速度で飛び出した。
エリスだ。
鬼神マルタは即座に腕を交差させて防御したが、エリスの一閃は岩のような皮膚を深々と切り裂き、鮮血の飛沫を散らせた。エリスの持つ鳳雅龍剣は敵の闘気をほぼ無力化することができる。いかに鬼神が闘気で防御を固めようと、エリスには関係ない。
「はぁッ!!」
着地の瞬間に生じる僅かな隙。そこを埋めるようにルイジェルドが白亜の槍を突き出し、鬼神の追撃を封じ込める。
ルイジェルドは視線を鬼神から逸らさぬまま、背後の私へと短く問いかけた。
「ルーデウス。……北神はどうした」
「倒しました。……しばらくは再起不能です。そちらは?」
「殺した」
ルイジェルドの短く、重みのある一言。
世界最高峰の『剣』であった剣神ガル・ファリオン。その命がこの世界から完全に抹消されたことを意味していた。
世界最強の一角を穿ったはずのその槍先には喜色は無い。
ルイジェルドの顔にはこれまでに見たことのない色の濃い疲労が滲んでいた。病み上がりの身体で七大列強の一角を仕留めたのだ。当然の代償だろう。
労いの言葉をかけるべきかと一瞬迷ったが、今はまだ、その時ではない。
「鬼神マルタよ。聞くがいい」
シャンドルが長棒を構えたまま、静かに、けれど威厳を持って告げた。
「既に剣神は死に、北神も敗れた。貴公が一人で抗ったところで、もはや戦局を覆すことは不可能だ。無益な殺生は好まない。……降伏しろ」
鬼神マルタは一瞬だけ逡巡するような素振りを見せた。だが、すぐに身体を強張らせ、全身から圧倒的な闘気を発散させる。降伏という選択肢は彼の辞書にはないらしい。最期まで戦士としての矜持を貫くつもりなのだ。
だが。
その張り詰めた緊張感を、あまりにも場違いな高笑いが粉砕した。
「アーッハッハッハッハッハァー!!」
森の彼方から響く、鼓膜を震わせる狂乱の笑い声。
シャンドルが「まさか」という表情で顔を上げた。
「随分と面白いことになっているではないか!!」
次の瞬間、茂みを真っ二つに割り、真っ黒な影が戦場へと乱入した。
漆黒の鎧を纏い、一本の剣を握りしめたその影は、一切の躊躇なく鬼神マルタへと肉薄する。
「ウガアアアアァァァ!!!」
黒い影が放った全力の一撃。
ガキン、という金属音と、ボギン、という骨が砕けるような鈍い音が重なり、衝撃に耐えきれず彼女の剣が半ばから折れた。
腕でガードした鬼神だったが、その傷口からは滝のような血が溢れ出し、膂力に押されて数歩後退した。
「ハアアァァ!!」
黒い影――魔王アトーフェは、剣が折れたことなど演算の隅にも置いていないようだった。
彼女はそのまま至近距離まで踏み込むと、鬼神のみぞおちへと鋭い正拳突きを叩き込み、続けて返しの左フックをその巨頭へと見舞った。
鬼神の首がガクンと不自然な角度に回り、よろめく。だが、流石は鬼神。彼はその痛撃を耐え抜き、無事な方の腕を力任せに振り下ろした。
ドゴォン!!
アトーフェの身体が数メートル弾き飛ばされる。だが、彼女は空中で漆黒の羽を広げ、優雅に、そして不敵に地面へと着地した。
互いに一撃ずつを浴びせ合った形だが、単純な質量と出力で言えば、鬼神の方に軍配が上がる。それでもなお笑っていられるのは、アトーフェの尋常ならざる打たれ強さ、そして何より、彼女自身が持つ底知れない戦闘への渇望のなせる業だろう。
「アーッハッハッハッハ!良いぞ、良いぞ!実に心地よい手応えだ!!」
「……アトーフェ。なぜ、ここに?」
「ククク、我が分体より『決戦の気配』を感知してな!何が起きているかは分からぬが、最高のタイミングで到着したぞ!」
アトーフェは狂ったように笑い転げた後、スッと鬼神マルタへと視線を向けた。
「鬼神マルタよ!!」
「……次は、貴様が我輩の相手をするというのか?」
鬼神の口から漏れたのは、意外にも流暢で気品すら感じさせる『魔神語』だった。外見の野蛮さに反し、その内側には長い年月を生き抜いた高位個体としての知性が宿っている。
「いや、戦うまでもない。……貴様の故郷、鬼ヶ島は、既に我がアトーフェ親衛隊が完全に占拠した!大人しくこの場から去れ!去らねば、島に残る貴様の同胞を……一人残らず皆殺しにするぞ!!」
「……っ!!」
鬼神マルタの顔が、驚愕と動揺に染まった。
その言葉が嘘か、あるいは高度なブラフであるか。彼は必死にアトーフェの瞳をスキャンしているようだった。
だが、アトーフェという個体に嘘や駆け引きといった複雑な回路は備わっていない。
彼女が「やる」と言えばやるし、「占拠した」と言えば本当に占拠しているのだ。そのあまりにも単純明快な「狂気」こそが、何よりも確かな信憑性を生んでいた。
「無論、オレは皆殺しになっても構わんぞ!?むしろその方が後腐れがなくて良い!さあ、故郷を見捨てるか、ここでオレに殺されるか選べ!!答えは決まっているだろう!?さあ!掛かってこい!!」
アトーフェが両手を大きく広げ、無防備な誘いをかける。
鬼神マルタの決断は早かった。
彼は一瞬だけ天を仰ぐと、獣のような俊敏さで近くの巨木へと跳躍した。
「……おで、帰る。島、大変」
口から出たのは、たどたどしい人間語。
どうやら彼は、母国語以外ではその威厳を保つのが難しいらしい。
「島、守る。……さらばだ」
鬼神はそれだけ言い残すと、驚異的な速度で木々を渡り、森の向こう側へと消え去っていった。
あれほどの巨躯が、疾風のように姿を消していく。張り詰めていた戦場に、ようやく静寂という名の休符が戻ってきた。
……最大の戦力であった三人の戦士が、排除された。
「アール!アレクはどうした!?」
戦場に静寂が戻る中、アトーフェがシャンドル――アレックス・カールマン・ライバックに向かって吠えるように問いかけた。「アール」というのは、母親である彼女だけが使う愛称なのだろう。
「母さん、アレクならあちらで伸びているよ。私とルーデウス殿で完膚なきまでに叩きのめした」
「そうか!死んでいないならそれで良い!流石はルーデウスだな、あの王竜剣カジャクトを正面から打ち破るとは!」
アトーフェは豪快に笑い、シャンドルの肩を叩く。
見た目も性格も全く似ていない親子だが、交わされる言葉の端々からは彼らなりの家族としての繋がりが感じられた。
「……もう二度とこれを使って暴れられないよう、没収させてもらった」
私は手にした王竜剣カジャクトをアトーフェに見せた。
エリスがその剣をじっと見つめている。剣王としての本能が、その剣が放つ異常な魔力と威圧感を正確に読み取っているのだろう。彼女の瞳には驚愕と、それ以上の「得体の知れないもの」への警戒心、そして世界で一番強い剣への好奇心が宿っていた。しばらくは私の管理下に置くと告げると、彼女は不満げに口を尖らせつつも、渋々といった様子で頷いた。
アトーフェの世話をシャンドルに任せ、私はルイジェルドと共に戦場の後始末を開始した。
病み上がりの身体でありながら、ルイジェルドは驚異的な効率で仲間に指示を送り、討伐隊の生き残りを探し出し、次々と拘束していった。
私は捕らえた数名の兵士の前に立ち、冷徹に告げた。
「……お前たちの主戦力であった剣神は死亡し、北神は倒され、鬼神は撤退した。これ以上、この森に戦力を流し込むというのなら次は手を切り飛ばすだけでは済まさないと、陛下に伝えろ」
兵士たちは震え上がり、何度も頷いた。
「和平交渉の席を用意するつもりがあるなら、いつでも馳せ参じよう、ともね」
帰り道、私たちは森の入り口にある『七大列強の石碑』を通りかかった。
石碑の表面に刻まれた紋章が、書き換えられている。
第七位。アレクサンダー・ライバックが座していたその場所には、アリエル女王から賜った私の紋章、アスラ王国とミグルド族の紋様が合わさったような紋章――『雷神』の印が刻まれていた。
「見て、ルーデウス!貴方が七大列強に選ばれたわ!」
エリスが自分のことのように興奮し、石碑を指差してはしゃいでいる。
だが、私自身はその事実に対して、特筆すべき感慨は抱かなかった。序列という名のステータスよりも、今は目の前の事象をいかに安定させるかの方が重要だ。石碑の紋章が持つ政治的な意味合い、七大列強という肩書きが今後もたらすであろう厄介事の数々には、後でゆっくり頭を悩ませることにしよう。
スペルド族の里へと戻ると、入り口では里を守っていた戦士たちが、武器を下げて私たちを迎えてくれた。
その背後から、心配そうに待機していた面々が次々と駆け寄ってくる。
エリナリーゼとクリフ、ノルン。そしてザノバの従者であるジュリとジンジャー。
ジュリとジンジャーはボロボロになったザノバの元へ駆け寄り、彼の無事を確認して安堵の息を漏らしていた。ノルンは真っ直ぐにルイジェルドの元へ向かい、その無事な姿を見て泣きそうな顔で寄り添っている。
クリフは、意識を失ったまま担ぎ込まれたドーガの元へ駆けつけ、即座に治療を開始した。
そんな喧騒の中、オルステッドが一人、静かに私の前まで歩み寄ってきた。
「……勝ったか」
「はい」
私は戦利品である『王竜剣カジャクト』を提示した。
オルステッドはその剣を一瞥し、短く頷いた。
「ご苦労だった」
短い労わりの言葉に、ようやく達成感は湧いてきた。
里に戻ってから、アトーフェの合流経路についてシャンドルから補足説明を受けた。
彼女は魔大陸に残されていた古代大戦時の転移魔法陣を使い、そこから最短距離でこのビヘイリルへと転移してきたらしい。あの無茶苦茶なタイミングでの乱入は、彼女なりの直感と、分体の反応を辿った結果なのだという。
戦いから三日が経過した。
負傷者たちの治療は、アスラ王国の医師団とクリフの尽力により、ほぼ完了した。
ザノバは「生まれて初めて、筋肉というものが悲鳴を上げる感覚を知りましたぞ……」と、全身の筋肉痛にのたうち回っていた。神子としての強靭な肉体も、鬼神とのガチンコの殴り合いには流石に負荷がかかりすぎたようだ。
そんな中でも、ジュリはザノバがダウンしている間も、黙々と彼の鎧の修理に没頭していた。彼女の技術は、もはや師であるザノバの手を借りずとも自立できる領域に達しつつある。いずれ、彼女が生み出す自動人形が、この世界の技術水準そのものを塗り替える日が来るかもしれない。密かにそう期待している。
アトーフェはといえば、里の中で意外なほど大人しく過ごしていた。
気づけば里の男たちを指揮して木材で立派な玉座を作り上げ、そこにふんぞり返ってスペルド族の若手戦士たちに「戦いとは何たるか」を説いている。エリスもその輪に加わり、嬉々として模擬戦に興じているのを見て、私は少しだけ頭が痛くなった。
シャンドルはそんな母親の暴走を遠目から眺め、恥ずかしそうに顔を伏せている。
なお、黒焦げにしたアレクサンダーについては、シャンドルの話では「放置しておけば不死魔族の血が勝手に身体を再構成する」とのことだった。細胞レベルでの破壊は免れているため、いずれは目を覚ますだろう。
ルイジェルドは、一日の大半をノルンと共に過ごしていた。
というよりは、ルイジェルドの行く先々に、ノルンがひよこのように付いて回っているといった方が正しい。ノルンが即興の物語を綴り、ルイジェルドがそれを静かに見守る。その穏やかな光景こそが、この里に訪れた平和の象徴のように思えた。
ノルンは里の子供たちに交じって簡単な読み書きの教育も行っていた。生真面目な性格ゆえか、泊めてくれる村の皆にお礼がしたかったらしい。スペルド族の子供たちが熱心にノートを取っている姿は微笑ましい。もっとも、ノルンは時折指導の手が止まり、遠い目でルイジェルドの背を追っていることに、私は気づかないふりをしておいた。
ドーガもまた、順調に回復に向かっていた。
当初こそ得体の知れない北帝級の巨漢に怯えていた里の子供たちだったが、疫病の治療にも黙々と汗を流していた彼の姿を見て、今ではすっかり打ち解けている。
最近は木彫りの人形を作っては子供たちに配って回っているらしい。純朴なその横顔からは、つい先日まで鬼神と拳を交えていたとは思えないほどの、穏やかさが漂っていた。彫像づくりなら私も趣味である。ドーガの像を作り、ドーガが作った私の像と交換してもらった。
アスラの医師団は、スペルド族の疫病の快復状況が良好であるのを確認し、次なる研究フェーズ――疫病の原因特定とサンプルの収集へと移行していた。彼らが持ち帰るデータは、将来的に同様の事象が発生した際の強力な特効薬となるだろう。
私はその間、単身で再び首都ビヘイリルへと出向いた。
一度「王の手を切り飛ばした怪物」としての認識が定着した私の姿を見て、城門の衛兵は武器を捨てて逃げ出し、近衛兵たちも槍を向けながらガタガタと震えていた。
国王自身、両手を切断された恐怖がトラウマとして深く刻まれているようで、玉座にしがみついて私を仰ぎ見ていた。
もっとも、あの一件について、私の胸中は今も晴れない。非戦闘員に対してやり過ぎたと反省しているのだ。緊急事態だったとはいえ、あそこまでの過剰な結果を招いたことに忸怩たる思いがあるのは事実だ。だが、今更悔いた所で、失われたものが戻るわけではない。(彼の手はその場ですぐに治癒したのだが)詫びる代わりに、私はできる限り実利のある譲歩を提示することにした。
「……もう、勘弁してくれ……」
国王は震える声でそう漏らした。玉座に縋りつくその姿から、かつての王としての矜持はすっかり抜け落ちている。
『アトーフェが占拠している鬼ヶ島の戦力を、責任を持って撤退させる』
その条件と引き換えに、ビヘイリル王国はスペルド族の定住権を全面的に認め、今後一切の干渉を行わないことを誓約させた。
城を辞す道すがら、道端に集まった民衆の視線を感じた。畏怖、あるいは奇異なものを見る目。スペルド族を差別してきた者たちの末路を象徴するように、私という存在そのものが、この国に新たな『祟り神』の伝承を刻みつつあるのかもしれない。悪目立ちは本意ではないが……まぁ、今更気にしても仕方があるまい。
魔王アトーフェと北神二世シャンドル、エリスを伴い、私はビヘイリル王国の東端、第三都市ヘイレルルへと向かった。目的は一つ、アトーフェ親衛隊が占拠した『鬼ヶ島』の戦後処理、および鬼神マルタとの最終的な和平交渉だ。
移動は上空からの滑空を選択した。エリスは私にお姫様抱っこされて運ばれており、とても嬉しそうだ。アトーフェは魔族としての飛行能力を有しているため、彼女にシャンドルの運送を依頼した。
(不死魔族の飛行能力。あの巨体で、よくもまあ揚力を確保できるものだ。いつか機会があれば、骨格構造や筋肉配分について、詳しく調べさせてもらいたい)
「……母さん、もう少し優しく掴めないものかな。私の肋骨が悲鳴を上げているよ」
「ガハハ!甘えるなアール!空を飛べる喜びに震えろ!」
立派な騎士が母親に荷物のように抱えられて運ばれる姿は、端から見れば喜劇に近い。シャンドルが「恥ずかしさで死にそうだ」と言っているのを無視し、私たちは最短時間で移動した。
交渉はアトーフェとシャンドルが行う。和平交渉は問題なく進んだようで、アトーフェは捕らえていた鬼族の捕虜をすべて解放した。私とエリスはヘイレルルの宿屋で休息を取っていた。
翌朝、未だ眠りの淵にいた私の意識を強引に引き戻したのは、エリスの切迫した叫びだった。
「ルーデウス! 来たわよ!」
「……何がだい?日の出もまだだが」
「奴よ!!」
エリスはそれだけ言い残すと、抜き身の殺気を放ちながら部屋を飛び出していった。
……彼女の「主観的な直感」による報告は情報の解像度が低すぎる。私は溜息を吐きながら身支度を整え、階下へと向かった。
宿の前には異様な光景が広がっていた。
赤褐色の肌を持つ巨漢たちが、重苦しい沈黙を纏って宿を包囲している。その中心で、一際巨大な赤い鬼が地面にあぐらをかいて座っていた。
鬼神マルタ。
彼の周囲には負傷した鬼族の若者たちが控えており、エリスが剣を構えて睨み合っている。
竜の眼で周囲の反応をざっと走査する。殺気は無い。強張った空気の中に滲んでいるのは、敵意ではなく、むしろ緊張と――何か、覚悟に似た色だ。
「ルーデウス殿。鬼神が『手打ち』を希望しているようだ」
背後から現れたシャンドルが冷静に状況を伝えてきた。
「……罠の可能性は?」
「気配はない。対話を求めているのは確かだろう」
私はエリスを制し、鬼神マルタの正面まで歩み寄った。
「……おめが、カシラか?」
「ああ。ルーデウス・ボレアス・グレイラットだ」
「おで、マルタ……話、ある」
「……承知した。こちらも話を伺いたいと思っていた」
私は彼に倣い、汚れも気にせず地面にあぐらをかいて座った。
すると、脇にいた鬼族の若者が手際よく動き、私たちの間に二つの盃を置いた。
私の盃にはこの地の酒が注がれ、鬼神の盃には……不気味なほど真っ黒な、あの「醤油」がなみなみと満たされた。
「飲め」
「……」
鬼神が一気に醤油を飲み干し、私もそれに倣って酒を煽った。私の肉体はアルコールや毒素を無効化するようになっているため、酔うことはない。
「おで、話、聞いた」
鬼神は朴訥とした人間語で語り始めた。
「魔王、村襲った。食い物奪った。許せない。……でも、戦わない奴、みんな生きてた」
どうやらアトーフェは、ムーアの制御によって非戦闘員への攻撃を抑制していたらしい。
「おで、お前の家、壊した。……けど、お前の戦わない奴、生かした。……お互い様」
「……」
「鬼族、国守る。国、お前、負け認めた。……おで、鬼族のカシラ。もう、戦う理由無い。手、打つ」
鬼神の論理は極めて明快だった。
鬼族としての防衛義務は果たしたが、主君である国王が降伏した以上、これ以上の戦闘は「無駄なコスト」でしかない。お互いに非戦闘員への被害を最小限に留めている以上、ここで停戦するのが最も合理的である、と。
「……ギースのことは良いのか?」
「ギース、お前、国滅ぼす、言った。だから、手伝った。……けど、ギース逃げた。お前、国滅ぼさなかった。……これ以上やる、国も、鬼族も、滅びる」
「つまり、ギースの提供した情報に『嘘』があったと」
「ん。ギース、嘘ついた。もう、信じない。おで、降伏する。……おで、死んでもいい。でも、島の皆、助けてほしい」
鬼神はそう告げると、その巨躯を折り曲げ、地面に頭を擦り付けた。
周囲の若者たちは、主君の覚悟を前に沈痛な面持ちで俯いていた。
「鬼神殿、貴殿に一つだけ確認したい。……貴殿は、
「違う。ギース、ヒトガミの名前出した。けど、おで、そいつ知らない。知ってても……おでには、島、大事」
どうやら彼は、単にギースの口車に乗せられただけの「中立的な戦力」だったようだ。
「……もう一つ、質問を。私の事務所を襲った際、そこに奇妙な存在はいたか?喋る木製の人形だが」
「……いた。戦った。けど、あいつ、死ななかった。……首だけにしても、生きてた」
「……やはり、生首で動いていたのか、あいつは……」
ファリアスティアから聞いていた話と、鬼神の証言が一致した。これで彼が身体のほとんどを失いながらも意識を保っていたという情報の信頼度は格段に上がったことになる。
……まぁ、生存が確認できたのは大きな収穫だ。
「……分かった。鬼神マルタ、貴殿の降伏を受け取る。これ以上の攻撃は行わないと誓おう」
私がそう答えると、周囲の鬼族たちから漏れ出すような安堵の溜息が聞こえてきた。
「おめ、戦い、続ける。ギースと。……おで、手伝うか?」
「不要だ。鬼ヶ島には、もう戦える者がいないのだろう?貴殿は島に戻り、自らの民を保護することに専念しろ」
「ん。……わがった」
鬼神の若者が、再び盃を満たす。
鬼神がそれを高く掲げた。私も、彼への敬意を表し、同様に盃を捧げ持った。
「鬼の角にかけて」
「……雷神の名にかけて」
私たちは同時に盃を空けた。
その日の晩。ヘイレルル近郊の砂浜では、大規模な酒宴が開催されていた。
鬼ヶ島の蔵から運び出されたという希少な銘酒が振る舞われ、鬼族の戦士たちと私たちの陣営が焚き火を囲んでいる。
焚き火の爆ぜる音、鬼族特有の勇壮な歌、そして楽器の音色が入り混じり、浜辺にはこの数日の緊張が嘘のような、賑やかな空気が満ちていた。
エリスは早々に鬼族の若者たちと腕相撲で盛り上がっていた。
鬼族の文化において、戦いの後の手打ちは「すべての因縁を酒と共に腹へ流し込む」ことで完結する。合理的とは言い難いが、感情を重んじる多種族との共生方法としては、極めて有効な儀式だ。
私は鬼神マルタ直々に杯を向けられ、膨大な量のアルコールを摂取させられた。だが、竜の因子を取り込み、毒素耐性を最大化した私の消化器系にとってアルコールなど水同然だ。
次々と挑んでくる鬼族の若者たちを返り討ち(酔い潰し)にしていると、横から割り込んできたのはアトーフェだった。
「ルーデウス、貴様は不気味すぎるな!後の相手はオレが引き受けてやる!鬼神よ、魔王の凄さを思い知らせてくれるわッ!!」
アトーフェが狂喜乱舞して飲み比べに参戦したのを見届け、私はそっと喧騒から離脱した。
波打ち際まで歩くと、そこには月明かりを浴びながら一人で杯を傾けるシャンドルの姿があった。
私は無言で彼の隣に腰を下ろした。
「……ルーデウス殿。酒はもう良いのか?」
「人族の一生分は飲んだ」
シャンドルは苦笑しながら、水平線を見つめて語り始めた。
「ここへ来る前、アレクサンダーを放置していた地点を確認してきたが……消失していた。周囲に魔獣の痕跡もなし。あの重傷から自力で離脱したのだろう」
「……さすがは不死魔族のクォーターだな。凄まじい再生力だ」
「貴方にそう言われると、嫌味にしか聞こえないな」
シャンドルが肩をすくめる。確かに、四肢を瞬時に再結合できる私の再生能力からすれば、彼の再生も想定の範囲内だ。
「……息子との仲は、これからどうするつもりだ?」
ふと気になって尋ねると、シャンドルは杯を持つ手を止め、しばらく黙り込んだ。
「分からない、こればかりはね。……だが、死なせずに済んだのなら、まだ道はある。カジャクトを継がせたことが間違いだったのか、それとも継がせ方が間違っていたのか。それすらもまだ、私には判断がつかない」
彼の横顔には、疲労と、それでもなお息子を見限れない親としての執着が色濃く滲んでいた。
この件に関して私に言える言葉は無い。ただ、頷くことしかできなかった。
「……それにしても、
私は夜の海を眺めながら、脳内のリストを整理する。
剣神、北神、鬼神はギースの口車に乗っただけだろう。使徒はギース、そして冥王ビタ。残る一人は誰か。
鬼神マルタの話では、ギースは一足先にビヘイリルを離脱したようだが、あの男がこのまま退場するはずがない。確実に、最後にして最強のカードを切ってくるはずだ。
脳裏に浮かぶ名前は、一つしかない。だが、根拠のない疑いを口に出すのはまだ早い。
「おや……?」
不意にシャンドルの気配が鋭くなった。
「何か、光っているな。水平線のあたり……こちらへ近づいてきている」
魔眼には何も映らない。魔力を止めて、竜の眼でそれを捉えた。
視界に飛び込んできたその輪郭に、心臓が一瞬、大きく跳ねた。
「……まさか。あれを着てくるとはね」
キシリカの「失われて久しい」という情報は、間違いだったようだ。
それは、巨大だった。
二メートル半を超える、鬼神にも劣らぬ巨躯。
月光を反射して眩いばかりに輝く、全身を覆う黄金の甲冑。
そして、『六本の腕』。
その巨体の肩には、紋様のローブを羽織った男が腰掛けていた。
こちらに近づくにつれ男がフードを払う。現れたのは、あの憎たらしいほどに見慣れた、不敵な笑みを浮かべる猿顔。
「……あーあ。センパイと、こんな場所で鉢合わせちまうとはな。ついてねえや」
ギース・ヌーカディア。
そして、彼を運ぶ「黄金の闘神」。
「やれやれ。隠密に上陸して、裏から盤面をひっくり返そうと思ったんだが。……どうにも俺の計算通りにはいかないらしい」
ギースが肩をすくめると、その下の巨人が腹に響くような豪快な笑い声を上げた。
「フハハハハ!ギースよ、計画通りに物事が進むなどと、この世界を侮らぬ方が良いぞ!!」
私は立ち上がり、壊れたままの『魔神鎧』の回路に魔力を通した。
「……やはり、お前だったか。バーディガーディ」
「久しぶりであるな、ルーデウス!それに……アレックスよ。いや、今はシャンドルと名乗っているのだったか?」
「叔父上……。なぜ、貴方がこのような真似を」
シャンドルの声に、深い悲嘆と落胆が混ざる。
「決まっておろう!理由はたった一つ。我輩が――
不死の魔王 バーディガーディ、そして伝説の『闘神鎧』。
ギースが隠し持っていた、最後にして最大の戦力。
その絶対的な「力」を前に、ビヘイリルが再び、戦慄の赤へと塗り替えられようとしていた。
アレク君はぎりぎり生きていました。シャンドルの目の前ではとどめを刺せませんね。
いよいよ、最終決戦です。