無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ギレーヌ
遠く、地平の彼方から大気を震わせる轟音が響いてくる。
視界の端、森の向こう側で白銀に輝く巨大な竜が暴れているのが見えた。あれが、ルーデウスの姿なのだという。
にわかには信じがたい光景だった。だが、私はその超常的な光景に目を奪われることを自分に禁じた。私の今の任務は、あの戦場を裏から操っている「元凶」を、この鼻と耳で捕らえることだ。
――かつての、仲間を。
剣の柄を握る手に、自然と力がこもった。
広大な森を隅々まで探るだけでも、骨が折れる作業だった。
その上、遠くで繰り広げられている『神々の戦い』に巻き込まれないよう、絶えず迂回のルートを選ばなければならない。
潜伏の腕前だけは一流と見える。ギースの気配は、なかなか尻尾を摑ませてくれなかった。
それでも、ルーデウスと闘神の戦闘によって周辺の森が焼き払われ、物理的に隠れられる場所が狭まっていったことが、皮肉にも私たちの追跡を後押しした。
気づけば、辺りはすでに夕暮れに差し掛かっていた。
「……こちらだ。風下に微かに、人族とは違う混じり気のある臭いが残っている」
隣を走るスペルド族の戦士、ルイジェルドに低く告げた。彼の周囲には、その指示に従って扇状に広がる数名の戦士たちの姿がある。彼らの索敵能力は、森という環境下において私の野性を凌駕する。
木々を抜け、下草を跳ね除け、私は一点の「澱み」へと狙いを定めた。
見つけた。
岩陰に潜み、戦場を確認するように覗き込んでいる、見慣れた猿顔の男。
私は加速し、音もなく奴の背後へと肉薄した。
「――え?」
奴が振り返るよりも早く、私の剣が閃いた。
一撃。
まずは、逃げられぬように足を。
瞬時にそう判断し、剣を薙ぐ。ギースの両足が膝から下で綺麗に切断され、乾いた音を立てて地面に転がった。
「が、あぁぁぁっ!?」
ギースは悲鳴を上げながら転倒し、懐から何か――煙幕か、あるいは転移の魔道具か――を取り出そうと手を伸ばした。
だが、その挙動が完了するよりも早く、上空から降り立ったルイジェルドの白い槍が奴の両腕を肩口から斬り飛ばした。
四肢を失い、ダルマのような状態となったギースは、苦悶に顔を歪めながら近くの巨木にもたれかかった。切り口からはドクドクと鮮血が溢れ出し、地面の土を黒く染めていく。
「……ギース」
私は剣を構えたまま、かつての仲間の名を呼んだ。
「よぉ、……ギレーヌ。……センパイじゃなく、お前らに……見つかっちまうとはな。……ハハッ、詰みかよ。最悪だぜ」
ギースは蒼白な顔で、力なく笑った。その瞳には、もはや逃走や反撃の意志はなく、ただ終わりを受け入れた諦観だけが漂っていた。
「……ヘヘッ。雷魔術、水魔術、土魔術、魔眼にあの魔神鎧……。センパイには、俺なりに完璧な対策を用意してきたつもりだったんだがなぁ。……最後はこのザマだ」
ギースは途切れ途切れに、己の敗因を噛みしめるように言葉を漏らした。
「剣神も、北神も、鬼神も、冥王も……。誰か一人でも、俺の組んだ作戦通りに動いてりゃ、違った結果になってたはずなんだ。……だけどよ、あいつら、誰も俺の指示を聞きやがらねぇ。……結局、戦う理由をでっち上げて、炊きつけて、裏でコソコソ糸を引こうとしたって……俺自身の『力』がなけりゃ、本物の強者は動かせねえってことだ。……痛感したぜ」
ルイジェルドが槍の先をギースの喉元へ向けた。
「……なぜお前は、あちらに付いた?過去の情を捨ててまで、
「……センパイにゃ、手紙で話したよ。……だけど、分かんねえだろうな。何でも器用にこなして、一人でどこまでも歩いていけるセンパイには。俺みたいに……どうしても越えられない壁があって、何一つ自力で成し遂げられない奴の、絶望も、恩義も……分かってたまるかよ……」
出血が致死量を超えているのだろう。ギースの瞳から生気が急速に失われていく。
「……ギレーヌ。センパイに伝えてくれ。……俺の負けだ、ってな。……ルーデウス・ボレアス・グレイラットをどうにかできる奴は、もう、今の世にはいねえ。……
ギースの目から、一筋の涙が溢れた。
「……俺はうまいこと駒を操れなかった。最後は無理を承知でバーディを送り出して……この結果だ。……けど、なあ。せめて、……アイツにとって、生涯一番の『強敵』だったと……そう思われたかったんだよ……!」
ルイジェルドが、静かに口を開いた。
「……ギース。お前に、ルーデウスからの伝言がある」
ギースが微かに目を見開く。
「『よくも手紙で好き勝手語ってくれたな。妙な心配などせずとも、お前は私がこれまで生きてきた中で間違いなく一番の強敵だ。思えばこの一年、お前に振り回されっぱなしだった……もう逃がさない。私はこの命を賭して、お前たちを倒す』……こう伝えろと言われている」
「ヘッ……。……ヘヘッ。……ありがとうよ、ルイジェルドの旦那。……最高の、褒め言葉じゃねえか……」
ギースは満足げに目を閉じ、こちらへ視線を向けた。
「ギレーヌ。……先に行くぜ」
「……ああ。達者でな」
「……おう。……もし、いつか皆がこっちに来たら。……その時はまた、一緒に、飲もうや……」
「パウロもゼニスも、まだ逝かせるつもりはない。……私の方が先になるだろうが、その時は付き合ってやる」
「……ヘヘッ。わかってるよ。……皆で、……また、な……」
ギースの身体から力が抜け、もたれかかっていた木にずり落ちた。
私の耳が、彼の心臓がその鼓動を完全に停止させたのを捉えた。
しばらくの間、私はその場から動けなかった。
悼むべきか、安堵すべきか、自分でもその感情に名前をつけることができなかった。
ただ、静かに目を閉じ、剣を鞘に収める。
かつての旅の仲間。最悪の敵。
猿顔の冒険者、ギース・ヌーカディア。
その波乱に満ちた人生は、森の静寂の中で、静かに完結した。
Side: ルーデウス
龍神オルステッドと、北神三世アレクサンダー。
その激突は、戦いと呼ぶにはあまりにも一方的で、あまりにも早く幕を閉じた。
重力を支配する最強の剣、王竜剣カジャクト。それを持つ北神を相手に、オルステッドは武器すら抜かなかった。ただその素手のみで、アレクサンダーを文字通り子供のように叩きのめした。
重力すら意のままに操るはずの剣が、ただの棒切れのように弾かれ、地に落ちる度、乾いた金属音が虚しく森に木霊した。
物理的な破壊だけではなく、相手の心が完全に折れるまで、オルステッドは容赦のない教育を続けた。アレクサンダーが放った渾身の奥義も、龍神の前には塵を払うような羽ばたきにすら及ばなかった。
「……ここで朽ち果てるか。それとも、俺の配下としてその命を繋ぐか。選べ」
オルステッドの冷徹な宣告が響く。
地面に這いつくばったアレクサンダーには、もはや先ほどまでの不遜な覇気は微塵も残っていなかった。骨は折れていない場所を探すほうが難しく、肌は元の色を探すのが難しいほど紫色に変色して腫れている。
敗北者の色に染まった瞳。半開きになった口からは、恐怖に震える嗚咽が漏れている。英雄になる、龍神を倒すと息巻いていた誇り高き少年の面影は消え、そこにはただ、絶対的な強者に心を叩き折られた、哀れな負け犬が横臥しているだけだった。
「…………はい。……配下に……なります……」
長い沈黙の末。アレクサンダーは涙を流しながら、死を免れるための誓いを口にした。
――嵐は去り、後始末の時間が始まった。
戦いから数日が経過した。
私の身体は再生時の不具合により、十歳前後の姿のまま元に戻る気配がなかった。
流石にいつまでも裸に外套一枚というわけにはいかず、里の子供が着ていたお下がりの服を譲ってもらうことにした。
差し出された服が、驚くほど身体のサイズにぴったりと合ってしまったことに、私は密かなショックを受けていた。
だが、これでようやく『記憶』にあるあの不審者然とした格好から卒業することができた。
次に必要だったのは身体感覚の再調整だ。
十歳児の体格ではこれまでの成人男性としての歩幅やリーチが全く通用しない。重心の位置が変わり、少し歩こうとするだけで面白いように地面と衝突する。
「ほら、ルディ、気をつけて。一歩ずつだよ」
「ルーデウス、私が支えてあげるわ!」
シルフィ、ロキシー、エリス、そしてアイシャ。
四人の妻たちに囲まれ、手を引かれながらの歩行訓練が始まった。
正直に言って、今の私には非常に気恥ずかしい光景だ。いい大人が――中身は、だが――四人の美女に囲まれてよちよち歩きの練習をしているのだから。
だが、彼女たちの「過保護」のパラメータは、この数日ですでに最大値に達していた。何を言っても聞く耳を持ってくれそうにない。
特にロキシーなどは、私が石に躓いて膝を少し擦りむいただけで、顔を真っ青にして即座に高位の治癒魔術を詠唱する始末。それを見ていたクリフに、「君も大変だな」と面白そうに眺められたのは、少々癪に障った。
今回、ある意味で最大の功労者と言えるかもしれない『人形の男』は、相変わらず生首のままだった。
流石にこのままでは可哀想だと、ザノバとジュリが手早く近くの木を切り出し、簡素な新しい人形の身体を作り上げてくれた。ドーガもその作業工程を興味深そうに覗き込んでいた。
私が魔力回路を接続し、新しい人形へと彼の意識を移してやると、男はさっそく奇声を上げながら関節の可動域を確かめるような、奇妙な動きを繰り返し始めた。
「うおおおおお!動く!新しいボディ最高!」
その珍妙な喜びようは周囲のスペルド族の戦士たちから、揃って胡乱げな視線を向けられる結果となった。
やがて、アスラ王国の医師団やクリフ、エリナリーゼ、そしてザノバの一行は、里の復興の目処が立ったのを見届けて、それぞれ帰路についた。
ちなみにペルギウスは、私が礼を言い終えるが早いか、興味を失ったように早々と空中城塞へと帰っていってしまった。相変わらず気まぐれな御仁である。
避難していたスペルド族の戦士や家族たちも続々と里へと戻ってきた。
大きな進展があった。ビヘイリル王国がスペルド族を正式に「国民」として受け入れることを承諾したのだ。
国力が低下した彼らにとって、もはや私たちの要求にノーを突きつける余裕はなかったのだろう。
子供の姿のまま王城へと赴いたのだが、以前に刻み込まれた恐怖は姿形が変わった程度では消えなかったらしい。
門番も、近衛兵も、そして玉座の国王自身までもが、私の顔を見た瞬間に平身低頭する有様だった。
どうやら、あの闘神との死闘の光景を、遠く離れたこの王城からでも目撃していたようだ。逆らえば国ごと消し飛ばされる――そんな恐怖が、彼らの表情には色濃く貼り付いていた。
その上、国内で共生する鬼族の王、鬼神マルタまでもが既に私たちの味方についている。もはや、この国に逆らうという選択肢自体が、存在しないに等しかった。
一方で、私からも一つこちら側の譲歩として提案を加えた。
定住の条件として、里から最低三人の戦士を国の警備や公務に出向させるという項目だ。これは、既に共生関係にある鬼族と同じ待遇でもある。
恐怖だけで一方的に支配関係を築いてしまえば、いずれ私がこの国から目を離した瞬間、また新たな形の迫害が生まれかねない。スペルド族には、支配される側としてではなくこの国の一員として、対等に受け入れられてほしい。……そんな思いがあった。
里の者たちも、その提案を聞き、ようやく手に入れた「陽の当たる場所」での生活を、前向きに受理してくれた。
アトーフェとシャンドルが村に戻ってきたのは、戦いから十日が過ぎた頃だった。
「アーッハッハッハ!流石はルーデウスだ!まさかあの闘神鎧を倒すとはな!」
アトーフェはいつもの豪快な笑みを浮かべ、今回の騒動を自分に都合の良い武勇伝として語り草にしていた。
対照的に、シャンドルは深々と頭を下げてきた。
「ルーデウス殿、力及ばず貴方を守りきれなかったこと、申し訳ない」
シャンドルの目線の先には、すっかり毒気の抜けたアレクサンダーがオルステッドの影のように付き従って立っていた。かつての傲慢な光は、その瞳のどこにも残っていない。ダメージも、不死魔族の血によって急速に修復されつつあるようだ。
その様子を見て、シャンドルもようやく父親としての安堵の表情を見せてくれた。少なくとも、息子はまだ更生の道を歩み始めることができたのだから。
なお王竜剣カジャクトについては、オルステッドの指示もあり、引き続き私が預かり研究・運用することになった。
やがて、それぞれが次なる場所へと移動を開始した。
アトーフェは親衛隊を引き連れて魔大陸へ。シャンドルと、ギレーヌ、イゾルテの三人は、アスラの医師団を護衛しながら王都へと戻っていった。
別れ際、ギレーヌとイゾルテは「今度こそ、お前の子供たちの顔を見せに来いよ」と笑って手を振ってくれた。アリエル陛下への挨拶の際、必ず同行させることを約束した。
現在、ルイジェルドは里の復興に全力を尽くしている。
その傍らには、いつものようにノルンがぴったりと付いて回っていた。
私もまた、復興を手伝うため一ヶ月ほどこの地に留まることに決めた。
ビヘイリル王国の深い森、スペルド族の里の復興支援に一区切りをつけ、私たちはようやく帰還の途に就くことになった。
まず向かう先はシャリーアではなく、ミリシオンだ。家族の皆が今はそちらに集まっているのだから。
エリス、ロキシー、シルフィ、アイシャ、そしてノルンと共に、転移魔法陣を使ってミリシオンの冒険者区へと移動する。
今回の一件を教訓に、転移魔法陣は私自身の魔力でしか起動できないようあらかじめ再調整を施しておいた。転移魔法陣が敵に逆利用されるリスクを、今回身をもって思い知らされたからだ。
ちなみにオルステッドは一足先にシャリーアへと戻り、破壊された事務所の再建に着手してくれているという。リニアとプルセナも既にシャリーアへ帰還しているそうだから、当面の業務は問題なく回るだろう。
冒険者区に到着する。
つい先日訪れたばかりだというのに、なぜか無性に懐かしく感じられた。
まずは服の調達からだ。スペルド族の民族衣装のような今の格好では、流石に居住区で悪目立ちしてしまう。
妻たちとノルンを連れ立って、衣料品店を巡ることにした。
「わぁ、ルディ、これ似合うと思う!次はこっちも着てみて!」
シルフィが嬉々として、私を着せ替え人形のように扱い始める。
「あ、それなら私はこちらの色の方が良いと思いますよ、シルフィ」
ロキシーもすっかりその流れに乗ってしまっている。普段、服選びには無頓着なエリスまでもが、なぜか今日は真剣な顔つきで、棚の服を一枚一枚吟味していた。
結局、無難なシャツとズボンに着替え、その上から簡易魔神鎧を羽織ることに落ち着いた。私が奪ってしまったロキシーの外套もこの機会に新調しておく。
(……また魔神鎧を一から作り直さないとな。まずはシャリーアに戻って、素材の在庫確認からだ)
そんな計画を頭の中で組み立てていると、後ろから不穏な気配がした。
「……アイシャ。私が着ていた服の匂いを嗅ぐのは、いい加減やめてくれないか」
「え、だって旦那様の匂いですし……」
「もう魔術で完全に洗濯済みだ。嗅いでも何も出ない」
呆れた顔でこちらを見ているノルンの視線が、一番アイシャに突き刺さっていた。
そこから居住区までは徒歩で向かう。
……歩幅が狭いせいで、やたらと疲れる。十歳児の体力を心底思い知らされる道中だった。
せっかくなので、変装の魔術具を使うことにした。身体が縮んだとはいえ、白い髪や鱗、爪、そして竜の眼といった特徴は変わらず残っている。冒険者区ならまだしも、貴族の住む居住区でこの姿のまま歩けば、間違いなく悪目立ちしてしまうだろう。
ラトレイア家の屋敷に到着する。
訪問については、昨日のうちに手紙でアポイントメントを取っておいた。門前の衛兵たちが素早く反応し、あっという間に歓待の陣形が整えられていく。
と、その時。
屋敷の重厚な扉が、蝶番が軋むほどの勢いで内側から開け放たれた。
パウロだ。
……そんな乱暴な開け方をしていたら、また叱られるぞ。そもそも、貴族が自ら玄関の扉を開けるものではないだろうに。
パウロに続いて、子供たちが我先にと表へ飛び出してくる。
だが、私の姿を認めた瞬間、全員がぴたりと足を止め、固まってしまった。変装の魔術具のせいで、見た目が別人になっているせいだろう。
私は苦笑しながら、魔術具を外した。
子供たちの前に、正真正銘の私の姿が露わになる。
……だが、魔術具を外しても、彼らは石像のように固まったままだった。処理が追いついていないらしい。
「ただいま帰りました。ルーデウスです」
そう名乗ってようやく、彼らの中で私という存在の再認識が完了したようだった。
一番初めに反応したのはルーシーだった。
「……お父様が、お兄様になっちゃった……!」
そんな彼女なりのとんでもない結論を導き出している。
次に駆け寄ってきたのはアルスだ。自分のつむじの高さと、私の頭の高さを一生懸命比べている。
「さすがに、君ほどは小さくないぞ?」
そう声をかけると、アルスは少し悔しそうな、それでいて安心したような複雑な顔をした。
最後にララがとことこと歩み寄ってきた。魔力の質で私だと確信したのだろう、迷いなく抱きついてくる。
パウロが、無言のまま目を見開いて硬直していた。
「ただいま、父さん。無事に帰ってきました」
声をかけたが、返事がない。パウロの脳内回路は、眼前の「縮んだ息子」という未知の事象を処理しきれず、完全なフリーズ状態に陥っているようだった。手紙で簡単な報告は受けていたはずだが、いざ実物を目の当たりにすると、言葉を失って立ち尽くしている。
パウロが驚愕の表情を浮かべたまま、おもむろに私の頭に手を置いた。そして、私の脇の下に手を差し入れると、ひょいと、まるで子猫でも扱うような軽さで私を持ち上げた。
「……ルディ……なのか?本当に」
「そうです。父さんの息子の、ルーデウスです。……父さん、中身は以前と変わりませんので、この扱いは少々恥ずかしいのですが……」
私がぶらりと吊り下げられた状態で訴えると、隣からゼニスが叫び声を上げた。
「キャーッ!あの頃のルディよ!懐かしいわぁ!あなた、私にも抱かせてちょうだい!」
ゼニスはパウロから私をひったくるように奪い取ると、そのまま力いっぱい抱きしめ、頬を摺り寄せてきた。
「ルディ、ルディ!また貴方をこうして抱きしめられるなんて、お母さん幸せだわ!」
しばし振り回され、もみくちゃにされる私を、アイシャが後ろで楽しそうに眺めている。
気恥ずかしさが限界を突破し、私はリーリャに助けを求めた。
「リーリャさん、助けてください。母さんが離してくれません」
「……仕方がありませんね」
リーリャは困ったような微笑を浮かべ、手際よく私とゼニスを引き剥がした。……のだが。
解放されると思った次の瞬間、今度はリーリャの柔らかな腕に、ぎゅっと抱きしめられた。
「……リーリャさん?」
「すみません、ルーデウス様。あまりにも懐かしく、そして可愛らしかったもので……つい、我慢ができませんでした」
「ちょっとリーリャ、ずるいわ!私のルディよ!」
「お母様、旦那様は私たちの旦那様ですからね。独り占めは良くないですよ?」
そう言ってアイシャが私をスマートに奪い返し、自分の胸の中へと収めた。女性陣による私の「所有権」を巡るやり取りに、私はただ、溜息を吐くことしかできなかった。
ようやく、屋敷の奥からクレアとカーライルが姿を現した。
その気配を察知した瞬間、アイシャが目にも留まらぬ速度で表情を切り替え、完璧な侍従としての佇まいへと変貌する。
パウロの騒々しい様子に、最初は呆れた顔をしていたクレアだったが、私の姿を認めた瞬間、その表情のまま硬直してしまった。……皮肉なことに、その硬直した顔つきは、先ほどのパウロとよく似ていた。
対して、カーライルの反応は早かった。
「なんだ、ルーデウス!ずいぶんと可愛らしくなったではないか!」
そう言って豪快に笑うと、私をひょいと持ち上げ、そのままぐるぐると振り回し始めた。……こちらの反応は、どことなくゼニスに似ている。
ようやく、応接の間までたどり着いた。……正直、精神的にかなり疲弊している。
だが、途中、侍従たちがクリスティーナやジークハルト、リリの元気な姿を見せてくれたおかげで、失いかけていた気力が僅かに戻ってきた。皆、安全にすくすくと育っているようで安心する。
広い応接の間には、既に家族が顔を揃えていた。
正面のソファには、険しい表情のクレアと、対照的に笑顔を絶やさないカーライル。
パウロは未だ状況を飲み込みきれていないような顔で腕を組んでいる。ゼニスはそんなパウロとは対照的に、カーライルに似た屈託のない笑顔を浮かべていた。リーリャは無表情を保ってはいるものの、纏う空気からは隠しきれない上機嫌さが滲み出ている。
私の傍らでは、エリスが堂々と胸を張って座り、ロキシーは緊張の面持ちで手を握りしめ、シルフィは柔らかく微笑みながら私を見守り、アイシャは完璧な侍従の顔をして背後に控えていた。ノルンに至っては、ロキシー以上に緊張しているのか、顔が心なしか青ざめている。
なお、子供たちは別室だ。この重要な話し合いの場には、些か騒がしすぎるという判断からである。
まずは、私から挨拶を切り出した。
「お祖父様、お祖母様。この度は家族を預かっていただき、誠にありがとうございました」
深々と頭を下げると、カーライルが柔らかい声で応じてくれた。
「なに、家族なのだから当然のことだ。困った時はお互い様、と言っただろう」
次に、エリスが一歩前に出た。かろうじて覚えている貴族のマナーを引っ張り出しているのか、幾分ぎこちない所作で礼をする。
「エ、エリス・ボレアス・グレイラットです……。お世話になっております」
たどたどしい挨拶だったが、クレアは厳しい表情を崩さぬまま、それでも特に何も言わなかった。
続いて、ロキシーとシルフィが順に自己紹介をする。二人とも丁寧に頭を下げたが、ミリス教徒であるクレアにとって、正妻以外の妻の存在はそう簡単に受け入れられるものではないのだろう。カーライルは困ったような苦笑いを浮かべ、クレアはさらに眉間の皺を深くしていた。
最後に、ノルンが背筋を伸ばして自己紹介した。ここまでの時間で少し肝が据わったのか、先ほどよりもスムーズに礼を執ることができていた。……もっとも、途中で少し舌を噛んでいたが。
その微笑ましい失敗に、クレアとカーライルの顔が僅かにほころんだ。
やがて、クレアがエリスへと向き直った。
「エリス様。ミリス教の教義では、本来、このような婚姻の形は認められません。……貴女は、それで本当に良いのですか?」
その問いに、エリスは一切の迷いもなく、堂々と胸を張って答えた。
「構わないわ。ルーデウスほどの男なら、妻がいくら増えたって当然のことよ。それに、誰よりも私を一番に想ってくれているのは間違いないもの」
あまりにも清々しいまでの断言に、クレアは続く言葉を失い二の句が継げないようだった。
一通りの挨拶が済んだところで、カーライルが口を開いた。
「ルーデウス。戦の背景についてはゼニスからある程度聞いてはいるが……。なぜそのような小さな姿になってしまったのか、聞かせてもらえるか」
その問いに、それまで黙っていたパウロも興味を隠せない様子で身を乗り出した。
私は静かに、あの決戦の経緯を語り始めた。
最後に相対した敵が、七大列強三位、闘神バーディガーディであったこと。
「……闘神、だと?」
七大列強という肩書きの重みを知る者たちにとって、それがどれほど絶望的な相手であるかは説明するまでもなかったらしい。パウロもカーライルも、驚愕に目を見開いている。
私は淡々と続けた。その闘神と一対一で戦い、辛くも勝利を収めたこと。だが、その代償として、この身が完全に消滅する寸前まで魔力を消費し尽くしてしまったこと。龍神オルステッドや甲龍王ペルギウス、そして仲間たち皆の力を借りて、なんとかこの世に引き戻されたこと。そして蘇生の際、魔力量の問題から身体がこのように縮んでしまったこと。
語り終えると、部屋には重い沈黙が満ちた。
あまりにも現実離れした話に、理解が追いついていないのだろう。クレアは僅かに身じろぎすらせず固まったままで、パウロは腕を組み天井を見上げたまま黙り込んでいる。
しばらくの沈黙の後、やがてカーライルが、静かに、けれど温かい声で場を締めくくった。
「……まあ、詳しいことはよく分からんが。生きて帰ってきたのなら、それでいいではないか」
「……さて。次は、そちらの少女を紹介していただきましょうか。……初対面ではありませんが、『正式な立場』として、ね」
クレアの言葉の裏には、アイシャが私の第四夫人であるという情報を既に掴んでいるという確信があった。隠していたわけではない、調べればすぐに出てくるデータだ。
「アイシャ、着替えてきなさい。君を私の妻として紹介させてくれ」
「……はい、旦那様」
アイシャは美しい所作で一礼すると、侍従に案内されて一度部屋を退出した。
数分後。戻ってきたアイシャは、先ほどまでの侍従の制服を脱ぎ捨て、華やかでありながら品位を感じさせる清楚なドレスに身を包んでいた。
私は、彼女を私の隣へと促した。
「紹介します。私の四番目の妻、アイシャ・グレイラットです」
室内を重苦しい沈黙が満たした。
ミリス教徒であるクレアにとって、いやミリス神聖国において、異母とはいえ妹を娶るという行為は禁忌に触れる不純物でしかない。
「……アイシャ。貴女はなぜ、兄であるこの男と結婚しようと思ったのですか?」
クレアの冷徹な問いに、アイシャは淀みなく、真っ直ぐな瞳で答えた。
「旦那様は、あらゆる魔術を自在に操り、世界の理を書き換える世界最高の魔術師です。龍神オルステッド様の右腕となれる力、ペルギウス様すら認める芸術の才……。ですが、私が何より惹かれたのは、その強大な力を、ただ家族の平穏と幸せを守るために振るう、底知れない優しさです。この方の隣こそが、私の世界の中心だと確信したからです」
「ルーデウス、お前にとってアイシャとはどのような存在だ?」
今度はカーライルが、静かに私へ問う。
「……かつては、ただ優秀で可愛い妹だと思っていました。更に、事業の右腕として私の想像を超える利益を叩き出す有能なパートナーであると。ですが、彼女の献身、そして一人の女性としての可愛らしさに触れるうちに、私は彼女を『妹』という枠に収めておくことができなくなったのです」
私が淡々と、けれど熱を込めて語ると、アイシャは顔を赤らめて照れ、隣のノルンからは「……また始まった。本当に、兄さんはアイシャに甘いんだから」とジト目で睨まれた。
「……正妻であるエリス様は、許可されたのですか?」
エリスに目を遣る。鷹揚に頷いていた。
「はい。すべてエリスと相談し、彼女の合意を得ています。なんなら、シルフィエットとの縁はエリスが主導したようなものですからね」
私の回答に、クレアはなかなか飲み込めない様子で困惑していた。だが、隣でずっと聞いていたカーライルが、穏やかな声で場を収めた。
「……まあ、いいではないか、クレア。当人たちが納得し、こうして皆で笑い合えている。それが家族としての幸福の最適解なのだろう」
「……旦那様がそう仰るのでしたら」
その日の夕食は、これまでにないほど賑やかなものとなった。
長大なテーブルいっぱいに並べられたご馳走を前に、家族全員が席に着く。
「乾杯といこうか!我が家の待望の家族たちだ!」
カーライルが上機嫌にグラスを掲げると、それに応じてパウロが豪快な声で続いた。パウロはようやく私が小さくなったことを納得したようだった。
「おう!しかし、久しぶりに帰ってきたと思ったら、随分と可愛らしくなっちまってなあ、ルディ!これじゃあ酒も奢ってやれねえ!」
「……父さん。中身はちゃんと成人していますので、からかうのはやめてください」
そう言い返すと、パウロは愉快そうに肩を揺らした。
その言葉遣いにクレアは眉を顰めているが、何も言わないようだ。後から説教されるだろうが。
「あら、でも私は今の可愛いルディも大好きよ?昔を思い出すもの」
ゼニスが優しく目を細めながら、こちらへ料理を取り分けてくれる。その隣では、リーリャが静かに、しかしどこか嬉しそうな微笑みを浮かべながら、皆のグラスに飲み物を注いで回っていた。
「兄さんのことはずっと規格外だと認識はしていましたが……更にその上を行かれることなんて、あるんですね……良い絵本のネタになりそうです」
ノルンが少し呆れたような、けれど心のこもった声でそう言った。絵本の続きに私が登場することは確定らしい。
「もう、ノルン姉ったら固いんだから。……旦那様、シャリーアに戻ったら私が子供用の椅子を用意しましょうか?」
アイシャがからかうように口を挟むと、すかさずクレアが眉を吊り上げた。
「アイシャ。旦那様に対して、その物言いは些か礼を欠いているのではありませんか」
「あ……申し訳ございません、お義祖母様」
殊勝に頭を下げるアイシャの姿に、クレアは小さく息を吐きながらも、その口元は僅かに緩んでいた。
「ふん、細かいことはいいのよ。それより、ほら、ルーデウス、あーん」
エリスが遠慮なく肉の塊を私の口元に突き出してくる。……子供の姿になったことで、扱いが完全に幼児のそれになっている気がしてならない。
「エリス、私にもやらせてください。……はい、ルディ、あーん」
ロキシーまでもが便乗し、スプーンを構えてくる。
「もう、二人とも張り合わないの。ルディが困っちゃってるよ」
シルフィが苦笑しながら仲裁に入ってくれた。その優しい気遣いに少しだけ救われる。
「ねえねえ、お父様!これからは俺が守ってあげるね!」
アルスが誇らしげに胸を張ってそう宣言する。まだ肩を並べるには早いと思うが、その気概だけは大したものだ。
「私も、守る……!」
ララもつられて元気よく手を挙げた。
「お父様、本当の兄妹みたいだね!」
ルーシーは相変わらず、彼女なりの結論に満足げに頷いている。……訂正するべきか迷ったが、その無邪気な笑顔を前にしては、言葉が出てこなかった。
賑やかな声と、温かな笑い声。
食卓を囲むこの光景こそが、私が命を懸けて守り抜きたかったものそのものなのだと、改めて実感した夜だった。
数日後、私たちはようやくシャリーアへと帰還した。
慣れ親しんだ街並みを目にした瞬間、肩の力がふっと抜けていくのが分かった。長い長い、戦いの日々に緊張していたことを自覚する。
帰り着いたグレイラット家の屋敷は、以前と変わらぬ姿でそこにあった。荷物を置き、居間のソファに腰を下ろした瞬間、得も言われぬ安堵感が全身を満たしていく。……ようやく、我が家に帰ってきたのだ。
子供たちも、見慣れた我が家の匂いに包まれてか、すぐにいつもの調子を取り戻し、庭を走り回ったり、部屋で昼寝を始めたりと、思い思いに寛ぎ始めていた。
一段落したところで、私は一人、事務所へと足を運ぶことにした。
半壊していたはずのその建物は、既に骨組みの補修が進み、以前の姿を取り戻しつつあった。
「あ、ボス!おかえりなさいニャ!」
「うわ、ちっさ!本当に縮んでるの!」
真っ先に気付いたリニアとプルセナが、作業の手を止めて駆け寄ってくる。
その奥では、オルステッドが黙々と壁の魔法陣を刻み直していた。
「オルステッド、リニアとプルセナも。修復作業、ありがとうございます」
「……問題ない。事務所の機能が止まっている間の損失の方がよほど大きい」
そう言いながらも、オルステッドはリニアとプルセナに向かって、次の資材の場所を淡々と指示している。
以前は近寄りがたい威圧感を放っていた龍神が、今ではすっかり二人の従業員と気安く言葉を交わしていた。その変化に私は少しだけ驚いてしまう。
「社長!次はこっちの木材お願いしますニャ!」
「分かった」
指示されるがまま素直に動くオルステッドを見て、リニアとプルセナは顔を見合わせ、くすくすと笑い合っていた。どうやら、この数か月ですっかり打ち解けたらしい。オルステッド自身も、まんざらではなさそうな……いや、心なしか楽しそうにさえ見えるのは、私の気のせいではないだろう。
「にしてもボス、その身体、ほんとに子供みたいニャ!ちょっと触っていいかニャ?」
「私がなでなでしてあげるの」
リニアとプルセナが遠慮なく私の頭を撫で回し、頬をつつき、からかい始める。
「……いい加減にしないと、痛い目を見るぞ」
私は軽く左手を上げ、二人の足元にほんの微弱な重力場を発生させた。踏ん張ろうとした二人の身体が、急に増した「重み」でずしんと沈み込む。
「にゃにゃっ!?急に重くなったニャ!」
「うわ、うわわっ、足が地面にめり込むの!」
慌てふためく二人の姿に私はようやく溜飲を下げた。子供の姿になっても、これぐらいの意趣返しはできるらしい。
奥の資料室では、ファリアスティアと、新しい木製の身体を得た『人形の男』が、楽しそうに書類の整理を手伝ってくれていた。
「あ、ルーデウス様。お帰りなさいませ」
「よう、キョーダイ!改めてみると、思ったよりちんちくりんだな!」
軽口を叩く人形の頭を軽く小突きながら、私は皆の働きぶりに目を細めた。
「ボス!この機会にちょっと事務所広くしてほしいニャ」
「書類置き場、もう限界なの」
「オルステッド様の魔力回復にも、もっと広い専用のスペースが欲しいところですしね」
リニアとプルセナ、そしてファリアスティアからの要望に、私は少し考えて頷いた。
「……そうだな。せっかくの機会だ、増築してしまおうか」
私はその場で羊皮紙を広げ、簡単な事務所の設計図を描き始めた。
すると、それを見た皆が、思い思いに要望を書き込み始める。
リニアとプルセナは、二人だけの広くて豪華な専用の部屋を。
人形の男は、自分自身を改造するための工房スペースを。
ファリアスティアは、資料室と事務室をそれぞれ大きく拡張することを。
そして最後に、オルステッドまでもが無言でペンを取り、魔力回復用の部屋と、研究用のラボの拡充を書き加えた。
「……あの、オルステッド。流石にこれ全部盛り込むと、かなり大きな建物になりますよ」
「問題ない」
短く、しかし有無を言わさぬ調子でそう返され、私は思わず苦笑を漏らした。
まあ、皆が働きやすい環境を整えることは決して悪いことではない。
「……仕方ない。やるか」
私は小さくため息をつきながら立ち上がり、右手に
――さあ、次の日常が、また始まる。
私はその杖の先を、静かに地面へと向けた。
ここまで読んでいただきましてありがとうございます!
どこで切るかを迷いましたが、一旦ここで本編は完了です。
これからたくさんのエピローグを、ゆっくり書いていきたいと思います。
どんな内容を書くか、また、リクエストの募集も活動報告で行っています。
活動報告でリクエスト募集中!
ギースの最後をどうするか、直前まで迷いました。生き残らせて、友に戻る案もありました。ですが、彼の決意・覚悟・矜持を考えると、中途半端なことはできませんでした。ギースファンの皆様、申し訳ありません。
原作と違って、アトーフェが戻ってこれました。要因としてはシャンドルがカジャクトを持っていたこと、シャンドルの武器をアトーフェに貸したことでの戦力増強です。マルタも避難指示にあたっていたので生存です。
オルステッドは神刀を抜かずともアレクを倒せました。闘神鎧はルーデウスが完全に消化して消滅しています。カジャクトだけではこんなものでしょう。
完結済みのタグは付きますが、引き続き物語をお楽しみいただけますと幸いです。