無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: パウロ
今日の昼飯は特別だった。
朝から良い匂いが漂ってきやがると思ったら、アイシャが運営する『龍の爪』のリニアとプルセナが大きなイノシシを一頭、意気揚々と担いで持ってきたそうだ。
森で仕留めたばかりだってその獲物は数人がかりでようやく運べるほどのデカさで、庭に下ろされた瞬間、どすんと地響きまでした気がした。
「これは今日の昼はイノシシ祭りだね!」
アイシャが目を輝かせて声を上げ、あっという間に話がまとまった。
リニアが得意げに「あちしらの獲物はシャリーア一の大きさニャ!」と自慢し、プルセナも「わたしがトドメ刺したの、リニアはただ追い込んだだけ」と負けじと張り合ってる。
いつもの二人組の言い合いだ、聞いてるだけで肉より腹一杯になりそうだった。
急遽庭で焼いて食うことになった。
道場の門下生たちが手際よく火をおこし、串を組み、机を並べる。
「パウロ師範、火の勢いはこんなもんでいいですか!」と若い門下生が汗だくで聞いてきたんで、「ああ、上出来だ」と返してやると、嬉しそうに笑って薪をくべに戻っていった。
慣れたもんだ。こういう祝い事にはいつも率先して動いてくれる、頼もしい連中だ。
エリス嬢ちゃんはギルドの依頼で出かけることになっていて、肉にありつけなかった。
残念そうな顔してた、あいつも肉は大好物だからな。
「後で一番でかい塊を寄越しなさいよね」なんて凄んでたらしいが、生憎とその塊は今、リニアとプルセナの間で取り合いになっている。
アルスとルードは門下生の中にいた。
アルスは父親のルディとよく似た面してるルードにベタベタで、
「ルード兄ちゃん、これあげる!」
と串肉を差し出しながら、頬張ったまままとわりついてやがる。
ルードは苦笑しながらそれを受け取り、
「ありがとな、アルス。お前も残さず食えよ」
と頭を撫でてやっていた。
満更でもなさそうな顔だ。
こいつの世話を焼くのは嫌いじゃないんだろう、以前、ルーデウスの子は自分の子みたいなもんだからな、とどこか誇らしげに言っていたのを思い出す。
『龍の爪』の獣人たちと門下生たちとで、庭は盛大な肉パーティーになった。
肉の焼ける音と煙、笑い声が入り混じって、家がやかましいくらい賑やかだった。
ジークが炭火の傍で「あちっ!」と声を上げて手を引っ込め、クリスティーナがその隣でけらけらと笑っている。
そんな微笑ましい光景を眺めながら、串を片手に頬を緩めた。
昼過ぎ頃、ちっと食いすぎたかもしれん。
串を何本平らげたか数えるのをやめたあたりから、胃の奥が重くなってきやがった。
昔はこんなことなかったのに、肉ばっか食うと胃がもたれる。
俺も歳かねぇ、そう思った。
そう思うと同時に、ちょいと寂しい気持ちにもなる。
門下生が、
「師範、後片付けは俺たちに任せてください!」
と言ってくれたんで、その言葉に甘えることにした。
ルディがいりゃあこの胃もたれもちょちょいと治せただろうによ、今日はルディは出張だ。
リビングの椅子に深く沈み込み、水を飲みながら、うとうととした昼下がり。
とても平和だ。
視界の端じゃ、レオがだらしなく腹を見せて寝そべり、時折耳だけをぴくぴく動かしてうとうとしてやがる。
庭からはにぎやかな声が聞こえる。
片付けから、いつの間にか遊びに発展したんだろう。
アルス、ルーシー、ララ、それにジークとクリスティーナもいるようだ。
きゃっきゃという子どもたちの声がかすかに聞こえてくる、実にいい昼下がりだ。
まぶたが重くなってきた、少しだけ、目を閉じよう。
急な来客でその平穏がぶち壊れた。
重厚なドアノッカーの音が、玄関の方から鳴り響く。
リーリャが応対に出ようとしたのを、俺が代わった。
うちにはたまに、とんでもねぇ来客があるんだ。
大体がルディ目当てである。
騎士や魔術師がふらりと訪ねてくることもありゃ、国やギルドのお偉方が前触れもなく玄関先に立ってることもある。
ルディが留守の今、この家の家長として家を預かってるのは俺だ。
しっかり対応しなきゃならん。
気を引き締めてドアに手をかけた。
ドアを開けると、そこには銀髪の巨漢が立っていた。
平和だった玄関先に、一気に威圧感が満ちる。
「龍神様……?」
そんな声にならねぇ声しか出てこなかった。
そこへ、いつの間にか背後にアイシャがやってきて、気安く声をかける。
「社長、どうしたんですか?珍しいですね!」
アイシャの対応はいつも通り気安い。
本来なら七大列強第二位に向けていい口の利き方じゃねぇだろうが、『龍の爪』で日頃から一緒に仕事してる間柄なら、こんなもんなのかもしれん。
「ルーデウスはまだ帰ってきていないか。今日帰り着く予定だったのだが」
オルステッド様はそう言った。
その声には、いつもよりほんの少しだけ、焦れてるような響きがあった気がする。
「旦那様はまだお帰りになられていませんよー。良かったら中で待ちますか?」
アイシャが即座に応じる。
オルステッド様は少しの沈黙のあと、
「……その言葉に甘えよう」
と言った。
玄関先で立ち尽くしてる龍神様を見上げながら、俺はただただ、事の重大さに冷や汗をかいていた。
さっきまでうとうとしながら座ってたリビング。
その机の向かい側には、圧倒的な威圧感を放つ龍神が静かに座っていやがる。
……いったいどんな状況だ?
平和だなぁと思ってたはずの感覚が、跡形もなく消し飛んでる。
さっきまで確かに聞こえてた庭の喧騒が、いまはひどく遠くに感じられる。
時が止まったような静けさの中、龍神様の呼吸の音すら聞こえてきそうだった。
アイシャはオルステッド様にお茶を出しながら、のんきに問いかける。
「今日はどうされたんですか?急用ですか?」
「急用というわけではない。事務所の魔力回復用のポーションの在庫がなくなった。こちらの家に予備があるか聞きに来たのだ」
オルステッド様はそう答えた。
「あ、旦那様の部屋を探してきます!」
アイシャはそう言って、あっという間にリビングから駆け出していきやがった。
「(待て!俺を一人にしないでくれ!)」
そう心の中で叫んだところで、もう遅い。
そんな心の叫びも虚しく、龍神とリビングで二人きりになっちまった。
レオはいつの間にか姿を消してた、あいつは、賢いってか、要領がいいってか、野生の勘で逃げ出したらしい。
オルステッド様が茶をすする、その音だけが静寂の中に響く。
胃がキリキリしやがる、だれか助けてくれ!
そう思ってたところに、アイシャが開けっ放しにしてったドアの隙間から、ルードの姿がちらりと見えた。
ルードとしばらく目が合う、数秒間の見つめ合い。
ルードは瞬時に状況を理解したんだろう、さっと目を逸らして、そのまま逃げようとしやがる。
逃がすかよ。
闘気を全開にしてルードとの距離を一息に詰め、逃げようとした肩をがっしり掴む。
「お前も喉が渇いただろう、茶でも飲んでけ!」
そう言って、有無を言わさずリビングに引きずり込んだ。
「いや、その、俺、これから、ぴあののおけいこが……」
ルードは目を逸らしながらそんな言い訳を並べてたが、聞くわけねぇだろ。
オルステッド様は、そのやり取りをじっと見てる。
ルードは仕方なさそうにため息をつき、席に着いた。
そこへアイシャが戻ってくる。
「部屋を探したけど、ありませんでした」
申し訳なさそうに報告した。
「そうか」
オルステッド様はとだけ短く返した。
「社長、今日あいつはどこに出張なんですか?」
ルードがそう尋ねてる。
こいつも『龍の爪』の仕事で普段からオルステッド様と接してるからだろう、随分と気安い態度だ。
「アレクサンダーと一緒に青龍山脈の
オルステッド様は短く答えた。
「珍しいですね」
アイシャが首をかしげる。
「鉱神を味方に引き込むためだ」
オルステッド様が付け加えた。
「なるほど、あいつなら大丈夫そうですね」
ルードが呑気に頷いた。
……これ、俺ここにいる必要あるか?
心の中でそう毒づかずにはいられなかった。
そのとき、再びドアノッカーが響いた。
今度はだれだ!?
ドアを開けると、そこにいたのはノルン、ルイジェルドの旦那、そしてもう一人、黄金色の鎧に身を包んだ見知らぬ騎士だった。
知ってる顔を見て、思わずほっと肩の力が抜ける。
「ルイジェルドの旦那!シャリーアに来てたのか!?」
「ああ、ビヘイリル王国からの依頼でな」
ルイジェルドの旦那は静かに答えた。
その隣でノルンがどや顔浮かべて、
「私が案内しました!」
と胸を張ってやがる。
微笑ましいもんを見た気分だ。
どうやら転移魔法陣で移動してきたらしい。
理屈はよく分からんが、この間、ルディ以外でも転移ができるように改造したって話を小耳に挟んだ。
なんでもルディの魔力が詰まった魔力結晶を鍵にすることで、転移が可能になったんだとか。
もう一人の騎士は……?
と視線を向けると、当人が丁寧に自己紹介してくれた。
「シャンドル・フォン・グランドール。アスラ王国黄金騎士団の団長だ」
とんでもねぇ大物が来たもんだ。
剣士として一目見ただけで分かる、こいつは相当な実力者だ。
何用かと思ってると、ルイジェルドの旦那が説明してくれた。
「ラノア王国、アスラ王国、ビヘイリル王国での外交のために各地を回っていたんだが、せっかくシャリーアまで来たんだから、ルーデウスに会いに寄ったんだ」
「そうか!有難いが、ルディは今は出張でいない。予定では今日帰ってくるらしいが」
そう答えると、
「帰ってくるまで是非うちで待っていってください!」
ノルンが張り切って提案してくる。
娘の恋心を応援してやりたい気持ちはあるんだが……。
「今は龍神オルステッド様が来てて、リビングでルディの帰りを待ってる」
そう告げると、
「おお、龍神もいらしていたのか。ぜひご挨拶させていただこう」
シャンドルと名乗った騎士は目を輝かせた。
良いのかよ……知り合いのようだから、大丈夫か。
迷いつつも家の中に通す、ノルンが張り切って先導してる。
リビングに着くと、
「お前たちか」
オルステッド様が短く呟いた。
やっぱり知り合いのようだ。
「ルイジェルドさん!」
ルードが嬉しそうな顔を見せる。
あまり深い関わりがあったわけじゃねぇはずだが、ルードはルーデウスの中にいた記憶があるからか、ルイジェルドの旦那のことを昔から尊敬してるらしい。
「久方ぶりだな」
ルイジェルドの旦那は少し照れくさそうに、とだけ返した。
皆が席に着き、リーリャが手早く茶を配って回る。
部屋にいるのは、俺、オルステッド様、シャンドル、ルイジェルドの旦那、ルードの五人。
男ばっかで、正直暑苦しい。
それに、揃いも揃って強者ばっかりだ。
俺だけ場違いに浮いてねぇか……?
オルステッド様は七大列強二位、当然だ。
ルディ曰く、列強一位は行方が分からねぇらしい。だからオルステッド様が実質一位らしいが、それでも公式には二位のままだ。
ルイジェルドの旦那は俺よりはるかに強い、ルディ曰く帝級相当はあるって話だ。
シャンドルの実力は分からねぇが……俺の勘がそう告げてる、こいつはとんでもなく強い。
ルードがどさくさに紛れて席を立ち、逃げようとしやがったんで、腕を掴んで引き戻した。
「お前もここにいろ」
シャンドルがオルステッド様に尋ねる。
「ルーデウス殿はどこに出張してるんですか?」
オルステッド様はルードに答えたのと同じ内容を、同じ淡々とした調子で答えた。
「今の鉱神は確か、誇らしき天頂のゴッドバルド……気難しいと聞いておりますが、ルーデウス殿ならば問題ないでしょう」
シャンドルは穏やかにそう言う。
オルステッド様は、自分の右腕が褒められたからだろうか、心なしか嬉しそうな気配を漂わせてた。
いや、表情そのものは全く変わってねぇんだが、なぜか分かるようになってきやがった。
「あいつは昔から、交渉事の類でも大人以上に強かった」
ルイジェルドの旦那が口を開く。
「魔大陸でもずいぶん助けられたんだ。子どもの姿をしてながら、魔族の上位者ですら手玉に取っていた」
懐かしそうに語る顔だ。
「あんな傑物、いったいどう育てたんですか?」
シャンドルが俺に興味津々といった様子で尋ねる。
「……育てちゃいねぇよ。あいつは生まれた時から他の子どもと違ってた。あいつがようやく立てるようになった頃には、俺はもう言葉で敵わなくなってたくらいだ」
俺は慌てながら答える。
ルードがうんうんと頷き、シャンドルは驚いた顔をする。
「実は自分にも子どもがいてな。子育てのコツを是非聞きたかったのだ」
シャンドルはさらに本音を漏らす。
「残念ながら力になれねぇな」
俺は苦笑いしながら答えた。
「エリス嬢ちゃんも言ってたぞ。『ルーデウスは世界で一番言葉が達者』だとな」
俺の言葉にルイジェルドの旦那がにやりと笑う。
「違いない」
俺も笑った。
いつの間にか背後にリーリャが控えてた。
「せっかくですし、何かお食事をお出ししますか?」
静かに尋ねてくる。
昼の肉がまだかなり余ってるらしい。
せっかく場が温まったとこだ、どうせなら酒も飲んじまおう。
「酒もいっしょに持ってきてくれ」
そうリーリャに伝えた。
俺の自慢の秘蔵の酒を出すように言いつける。
リーリャは心得たとばかりに一礼して下がっていった。
シャンドルやルイジェルドの旦那と、酒を酌み交わしながら子育ての苦労について語り合う。
オルステッド様は意外にも、興味深そうに耳を傾けてた。
無表情ではあるんだが、なぜか興味深そうに見える、慣れってのは恐ろしいもんだ。
ルードもルディについちゃ誰よりも詳しいんだろう、最近のルディの様子について話してる。
「普段は冷静沈着なくせに、魔術や研究、それに芸術絡みのことになると途端に暴走しがちで」
そう苦笑交じりに言う。
「あいつが研究に熱中して寝ないときは、よく無理やり締め落として寝かせていた。エリスも協力していたな」
ルイジェルドの旦那が喉の奥で笑いながら、物騒な思い出話を披露する。
「今でも相変わらずだ。妻たちにいつも怒られてるぞ」
俺は付け加えて、皆で笑った。
気付けば外はすでに暗くなり始めてた。
そこへ、またしてもドアノッカーの音が響く。
ようやくルディが帰ってきたか。
リーリャに案内されて入ってきたのは、アレク一人だった。
アレクはたまに遊びに来る顔だ。
ルディ曰く、元は敵だったが、戦って友になったんだと。
アルスやジークともよく遊んでくれてて、子どもたちにも懐かれてる。
とても七大列強七位とは思えねぇ、礼儀正しすぎるほど礼儀正しい男だ。
「お前ひとりか?」
オルステッド様が、ほんの少しだけ目を見開きながら尋ねる。
「はい」
アレクは頷き、事の次第を報告し始めた。
「鉱神から課された試練をクリアして、無事に協力関係を結ぶことができました。しかしその後、ルディと鉱神が武器づくりを始めてしまいまして……驚くほど息が合ってしまい、声も届かないほど武器づくりに熱中していたので、自分だけ先に戻ってきました」
それを聞いて、その場にいた全員が、
「ああ」
って呆れにも似た深い納得を示した。
あいつは変なとこは雑なくせに、変なとこは驚くほど凝り性なんだ。
「まぁ、引き入れに成功したのなら良い」
オルステッド様は静かに頷いた。
俺はアレクに声をかける。
「どうせならお前も飲んで行け」
アレクは戸惑ったような顔をしてたが、オルステッド様が小さく頷くのを見て、遠慮がちに席に着いた。
そして、シャンドルの方を向くと、
「ご無沙汰しています、父さん」
と声をかけた。
シャンドルは鷹揚に、そして嬉しそうにそれに応じてる。
……親子だったのか?
俺は思わず二人を見比べた。
少し冷静になった頭で、改めて考える。
アレクは、アレクサンダー・カールマン・ライバックだ。
つまり、北神三世。
その父親と名乗るってことは……。
つまり、シャンドルは、北神二世ってことになるのか?
俺の表情の変化を見て、シャンドルは気付かれたことを察したんだろう。
苦笑しながら、もう一つの名を静かに名乗った。
「今はシャンドルと名乗っているが、元の名はアレックス・カールマン・ライバックだ」
とんでもねぇ大物が、俺の家の食卓に座ってやがった。
この部屋には、いったい何人の『神』がいるんだ?
龍神。
北神二世。
北神三世。
数えて、ぞっとした。
「とんでもねぇ戦力があつまってやがるな……」
そう戦慄しながら思わずつぶやいた。
「そもそも七大列強三位の雷神が住んでるのに、今更じゃないか?」
ルードが平然と言い出す。
言われてみりゃそうだ、そうだが、そういう問題じゃねぇ気もする。
皆はグラスを傾けながら、楽しそうに話を続けてる。
「鉱神の試練とはいったいどんなものだったんだ?」
シャンドルがアレクに尋ねる。
「とんでもない試練でした。
アレクは苦笑交じりに答える。
試練の内容は、鉱石が取りつくされた鉱山をひとつ丸ごと消し去ること。
その上、瓦礫まで残さず処分しろ、ってもんだったらしい。
アレクは当初怒ったそうだ、当然だろう。
だが、ルディは平然とその依頼を引き受けたんだと言う。
「そんなこと、どうやってやったんだ?」
ルイジェルドの旦那が尋ねる。
「王竜剣カジャクトの力を使ったんです」
アレクが答える。
皆がきょとんとする中、アレクは続けた。
「父さんが以前言ってたことがあったではないですか。私自分が王竜剣カジャクトを振ってるのではなく、振り回されてると。その意味が、今ならよく分かる、と思いました」
自分はカジャクトの力を十分の一も引き出せてなかったんだと、俯きながら話す。
もう酒が回ってんのか、いつもより饒舌だ。
「カジャクトの力って重力操作だろ?山を消すなんてできるのか?」
ルードが尋ねる。
「既存の重力魔術に、そんな術式は存在しない」
オルステッド様も静かに口を挟む。
アレクは少し武者震いしながら続けた。
「ルーデウスはまず、カジャクトを水平に一振りしたんです。それだけで、山が根本から丸ごと切り取られました」
その場にいた全員が目を丸くする。
「そして、切り取った山塊を宙に浮かせて、何か黒い巨大な渦のようなものを宙に呼び出すと、山はそのまま吸い込まれるようにして消えてしまったんです」
……何度反芻しても理解できねぇ。
やってることは、ちょっとした砂場の山に悪戯するようなもんだ。
だが、本物の山でそれをやったってのか?
「黒い渦?」
シャンドルが眉をひそめて聞き返す。
アレクにもよく分からねぇらしい、首を傾げてる。
「もしかして、ブラックホールか?」
ルードが何か思い当たる節があったのか、そう呟いた。
「ブラックホールとは何だ?」
オルステッド様が短く尋ねる。
「自分にもよく分からないですけど……重力を極端に強くして、光さえ取り込むほどにしたものらしいです。通常見られる現象じゃなくて、空のさらに上、宇宙空間ってところで観測されるものだったと思います」
ルードが前置きしつつ説明する。
「山を消すほどの魔術……」
ルイジェルドの旦那が戦慄したように呟く。
「魔神ラプラスですら、そんなことは不可能だったはずだ……」
「ルーデウスのことだ。以前から思いついていた魔術を実験する良い機会だと考えたんだろう」
オルステッド様は何でもねぇことのようにそう言ってた。
「カジャクトでそんなことができるとは、私にも想像がつかないな……」
シャンドルが静かに首を振る。
「ルーデウスと行動を共にしていると、自分の未熟さがよく分かります」
アレクが苦笑した。
突如、庭に光が生じた。
雷か?ルディが帰ってきたか?
そう思って身構えたが、予想に反してリビングに入ってきたのは、仮面をつけた男だった。
一瞬警戒するが、シャンドルとオルステッド様は、ああ、お前か、といった様子だ。どうやら知り合いらしい。
「光輝のアルマンフィ様、甲龍王ペルギウス様の配下の一人だ」
ルードが小声で教えてくれる。
「いったいどうなされたのか、アルマンフィ殿」
シャンドルが代表して丁寧に尋ねる。
「何があったのか聞きたいのはこちらの方だ。これだけの強者が集まって、何を企んでいる?」
アルマンフィは鋭い視線を巡らせる。
「別に何もない。『飲み会』というやつをしているだけだ」
答えたのはオルステッド様だった、至って真面目な調子で言う。
アルマンフィは仮面をつけてるが、唖然としてるのが雰囲気だけでよく分かった。
まぁ、無理もねぇ。
これだけの強者が一堂に会してりゃ、世界を滅ぼせるかもしれん。
ペルギウス様はラプラス討伐のため、常日頃から世界を監視してるという。
何か怪しいことをしてねぇか、確認しに来たんだろう。
アルマンフィは確かめるように、こちらをじっと見据えてる。
オルステッド様は、あろうことか、こんなことを言い出した。
「どうせならペルギウスも来るか?」
えっ、と俺は思わず間の抜けた声を上げちまった。
「……ああ、すまない。家主の許可を取らずに誘うのは失礼だったか」
オルステッド様は律儀に謝罪してくれた。
いや、そこは謝罪する部分じゃねぇ気もするが……。
「ペルギウス様がこんなところに来るわけなかろう」
アルマンフィがにべもなく言い放つ。
「そうか。それではこれは俺らで飲もう」
オルステッド様は気にした様子もなく、どこからか重厚な酒瓶を取り出した。
シャンドルとアルマンフィの目が、同時に見開かれる。
なんだ?とんでもねぇ酒なのか?
「……ペルギウス様にお伺いを立てる」
アルマンフィは短く告げると、その場で踵を返した。
「転移陣をご使用されるならこれをお持ちください!家の魔法陣は使えるようにしてありますので!」
アイシャが慌てて駆け寄り、ルディの魔力が籠った魔力結晶をアルマンフィに手渡した。
アルマンフィはそれを黙って受け取ると、光とともに姿を消した。
「邪魔するぞ」
そう言って入ってきた男が纏う雰囲気だけで、部屋の空気が完全に変わりやがった。
アルマンフィと、もう一人、羽のある美女を引き連れて入ってきたのは、甲龍王ペルギウス様その人だった。
なんでこんな方がうちに……。
あまりの非現実さに、頭がくらりとめまいがした。
もちろん即座に上座を明け渡した。
シャンドルとアレクが恭しく挨拶する。
「久方ぶりだな」
ペルギウス様は鷹揚に答えてる、こちらも知り合いのようだ。
ルードも知り合いらしい、軽く会釈してた。
「まさか本当に来るとはな」
オルステッド様は呑気な調子で言う。
「お前が
ペルギウス様が鋭く問う。
「もちろんだ」
オルステッド様は平然と答えた。
「
俺が尋ねると、シャンドルが教えてくれた。
「龍族に伝わる幻の秘酒です。瓶の中にはビー玉のようなものが沈殿していると言われています。北神カールマン・ライバックと不死魔王アト-フェラトーフェの婚姻の際に、龍神ウルペンから贈られたものらしいですよ」
伝説級の酒じゃねぇか……!
この場から今すぐ逃げ出したい気持ちと、どうしてもそれを飲んでみたい気持ちが、胸の中で盛大に衝突する。
俺もどうにかペルギウス様に挨拶した、忘れかけてた貴族の礼儀を必死に思い出しながら。
「話はよく聞いている。招待感謝する」
ペルギウス様は笑みを浮かべつつ、鷹揚に言ってくれた。
ペルギウス様がまず興味を持ったのは、リビングに置かれた机だった。
ルディが自ら作ったもんだ。
「素朴でありながら、なかなかセンスの良い装飾が施されているな」
お褒めいただき、俺までなんだか誇らしい気持ちになった。
アイシャとリーリャが、
俺も普段から気に入って使ってるルディ作の酒器だ。
綺麗な透明のガラスの盃で、見る角度によって虹色の文様がふわりと浮かび上がる。
ペルギウス様はその酒器を興味深そうにしげしげと観察してた。
「素晴らしい酒器ですね」
シャンドルとアレクも物珍しそうに口を揃える。
「我の知らない加工技術だ。ルード、貴様なら何か知ってるな?」
ペルギウス様が尋ねる。
「異世界にある加工技術をルディに教えたら、これを作っちまったんですよ」
ルードは苦笑しつつ説明する。
ガラス自体に染料は一切使ってねぇらしい。透明なガラスに目に見えねぇほどの微細な加工を施すことで、光の反射によって色が変わって見えるらしい。
理屈は俺にはさっぱり分からんが、ペルギウス様は感心したように何度も頷いてた。
そして、各々の酒器に
さっきの話を聞いてたんだろう、注いでるアイシャの手は、緊張からか小刻みに震えてた。
オルステッド様は、乾杯の音頭を待つこともなく、真っ先に口をつけた。
ペルギウス様はそれを見て呆れたように小さく息を吐きつつ、自らの盃を口に運んだ。
俺も恐る恐る口をつけてみる。
喉を通った瞬間、想像してた酒の味とはまるで違う何かが弾けた。
甘さと苦さがまず舌の上でせめぎ合い、そのすぐ後ろから、果実のような芳醇な香りが鼻の奥へと突き抜けてく。
そして、じんわりとした温かさが喉から胃へと広がっていった。
今まで飲んできたどんな酒とも似てねぇ、まるで長い年月そのものを飲み込んだような、そんな不思議な満足感が体の芯に残る。
……こんな酒、この世に存在していいのかよ。
そう思わず口の中で呟いちまうほどの味だった。
ルイジェルドの旦那もアレクも、旨そうに何度も盃を傾けてる。
侍従たちがつまみを配膳する。
ポテトチップスだ、俺もよく頼む、うまいやつだ。
物珍しいもんが次々と出てくるからか、シャンドル、アレク、ルイジェルドの旦那は驚きっぱなしだった。
ノルンがいつの間にかルイジェルドの旦那の隣に立って、これはこういう食べ物で、と得意げに説明してる。
「これも異世界の品だな?」
ペルギウス様がアイシャに尋ねる。
「はい、ルードさんとナナホシさんのお話を聞いて開発したものです」
アイシャは丁寧に答える。
「食べ方は少し行儀が悪いが、味は悪くないな」
ペルギウス様はそう言いながら、思いのほか早いペースで口に運んでた。
話は自然と、ここにいねぇルディの話題に戻っていく。
ここにいねぇ理由、鉱神のもとでの試練についてだ。
神級魔術を操るであろうペルギウス様も、アレクの話には驚きを隠せねぇ様子だった。
ブラックホールとやらは、さっきルードが説明した通りだ。
ただ、山をどうやって切断したのか分からない、とアレクは首を捻る。
シャンドルも、昔カジャクトを使ってたが、そんな機能はなかったはずだ、と腕を組む。
ペルギウス様は少し考え込んでから、
「恐らく転移魔術の応用だろう」
と口にした。
「剣の切っ先に当たる範囲だけを転移させたのだ。重力魔術と転移魔術を組み合わせた術式については、以前ルーデウスからレポートが提出されていた。理論上は可能だ」
淡々と説明する。
「鉱山ほどの硬さの物でも切れるのでしょうか」
シャンドルが尋ねる。
「硬さは関係ない。魔術的な抵抗もルーデウス相手には無意味だ。つまり、切れない物はない。そういう技だ」
ペルギウス様は言い切った。
我が息子ながら、なんて非常識なんだ……。
思わずそう呟いてしまう。
「どうやったらルーデウス殿のような傑物が育てられるのか、実は父君にお伺いしてたんです」
シャンドルが楽しそうに話を振る。
「ほう、それは我も気になるな」
ペルギウス様は、からかうような目でこちらを見ながら言ってくる。
どうしろってんだ、その質問。
「ルディは、生まれたときから特別だったんです」
しどろもどろになりながら、そう答えるしかなかった。
「ルーデウスと同じことを期待されるのは、子どもにとって酷なことだと思いますよ?」
アレクもフォローしてくれる。
ノルンとアイシャが、うんうんと強く頷いてた。
その後も酒宴は続いた。
「最近闘気を纏えるようになって、ますます手に負えなくなってな」
オルステッド様がペルギウス様に対抗するように、龍聖闘気を教えた時の話を披露する。
ペルギウス様もそれに応じるように、召喚魔術についてのルディの覚えの良さを語っていた。
「ルーデウスと行動してると、無茶な任務でも次々片付いてしまうんですよね」
アレクは少し酔いつぶれながら、任務でのルディの活躍を熱く語る。
「昔、あいつが子どもの頃に開発した魔術具ってのがまた凄くてな……」
俺はルディが小さい頃の話をしながら自慢げに語った、ちょっとした失敗談も交えながら。
「ビヘイリルにも定期的に顔を出してくれている。毎回、バーディガーディと飲み明かしているらしいぞ」
ルイジェルドの旦那がそう言うと、シャンドルが目を輝かせる。
「ルーデウス殿が作る武器の凄さときたら、武器を貸した母が返してくれないほどです。これから鉱神との連携で作られる武器が、今から楽しみで仕方ありません」
酒がまた注がれ、話はいつまでも尽きなかった。
ペルギウス様が珍しくポテトチップスの袋を二つ目に手を伸ばしているのを見て、アイシャがこっそり嬉しそうな顔をしていたのが印象的だった。
ルードは酔いが回ったのか、ルイジェルドの旦那に何度も同じ武勇伝を語っては、そのたび新しい尾ひれをつけていた。
オルステッド様は最後まで表情こそ変わらなかったが、盃を傾ける手つきがどんどん軽くなっていたのを、俺は見逃さなかった。
結局、この男だらけの飲み会は、明け方まで続いた。
気付けば窓の外はうっすらと白み始めてて、酒瓶がいくつも空になってた。
どこかでレオの吠える声がして、朝が来たことを知った。
「……そういえば、ルーデウスはいつ帰ってくるんだ?」
誰かがふとそう呟いたが、答えられる者は誰もいなかった。
明け方の光の中、俺たちはただ、間の抜けた顔を見合わせて笑うしかなかった。
男だらけの飲み会+ノルン、アイシャ、ルディ不在でした。
次節でルディが帰ってきます。