無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
王都アルスでの社交が終わり、私たちは城塞都市ロアへと移動することになった。
同行するのは、エリス、アルス、クリスティーナ、フィリップ、ヒルダ、リーリャ。サウロスも来たがっていたが、さすがに王都を留守にするわけにはいかなかったらしい。見送りの際、名残惜しそうにアルスとクリスティーナを何度も抱きしめていたのが印象的だった。
久しぶりの馬車の旅に、アルスとクリスティーナは朝からずっとはしゃいでいた。豪勢な車内で足をぶらぶらさせながら、窓の外を流れる景色に「あ、あれ見て!」と何度も声を上げている。
アルスはヒルダの隣に陣取り、エリスや私の剣の話やら冒険譚やらを楽しそうに話していた。クリスティーナの方はフィリップの隣に張り付いて、質問攻めにしている。
「おじいさま、社交界では、どんなドレスを着ればいいの?」
「おじいさま、パーティーではどんな話をしたらいいの?」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に、フィリップは一つひとつ丁寧に答えていた。宰相としての激務の合間にも、孫にせがまれれば相好を崩す。その姿を見ていると、あの飄々とした政治家の顔とはまるで別人のようだった。
私はエリスと並んで座り、その光景をただ眺めていた。
「クリス、お父様にすっかり懐いたわね」
エリスが小さく笑う。
「ああ。血のつながりというのは、不思議なものだな」
そう答えながら、揺れる馬車の中で、私は久々の家族水入らずの時間を噛み締めていた。
ロアに到着した。
石造りの城壁が街をぐるりと囲む、堅牢な城塞都市。今回の要件はあの大穴の後片付けだった。
かつてこの街を襲った転移事変。それを結界魔術で逸らした結果として、直径三百メートルほどの大穴が街の一角に開いてしまっている。物を落としても着底の音すら聞こえないほどの深さで、近づけないようにぐるりと柵が設置されていた。
奇妙なことに、この大穴は今や一種の観光名所のようになっているらしい。遠巻きに眺める旅行者向けの露店まで出ている始末だ。だが、笑い事では済まない実害もある。夜な夜な断面から魔力鉱石を掘り出そうとする者たちが後を絶たないのだという。危険な行為であり、どうにかしてほしい――というのが、フィリップからの正式な依頼だった。
柵の前に立ち、穴を見下ろす。吸い込まれそうなほどの闇が、足元から続いていた。
問題はその先だ。
「アルス、クリス、あんまり柵に近づかないの」
エリスが二人の襟首を後ろから掴んで引き止めている。子供たちは興味津々といった様子で穴を覗き込もうとしていたが、エリスの一喝で大人しく引き下がった。
まずは深さを測る必要がある。私は土魔術で直径一メートルほどの大きな鈴を作り上げた。表面には落下距離を魔力の波紋として感知できるよう、簡単な術式を刻んでおく。
「これでよし、と」
柵の隙間から、その鈴を大穴の中央めがけて落とす。
鈴はあっという間に闇に呑まれて見えなくなった。しばらく耳を澄ませてみても、着地音はおろか、壁にぶつかる音すら聞こえてこない。魔力の波紋を辿ってみると、鈴はまだ遥か下方へと落下を続けているようだった。
「……これは、時間がかかりそうだな」
「じゃあ、お昼にしましょ」
エリスが待ちきれない様子で提案してきた。子供たちも「お腹すいた!」と声を揃えた。
フィリップの案内で、ボレアス家御用達だというレストランに入った。落ち着いた内装の老舗然とした店だ。
アルスとクリスティーナ、それにエリスは、あっという間に昼食を食べ切って、運ばれてきたデザートに目を輝かせていた。色とりどりのフルーツをふんだんに使った冷菓を三人とも美味しそうに頬張っている。ヒルダはその様子を、これ以上ないほど幸せそうな顔で見つめていた。
一方、フィリップは店員相手に街の最近の様子について情報交換をしている。聞くところによると、フィリップの息子たちは現在フィリップとヒルダの元に戻ってきているらしい。一人は王都の統治補佐、もう一人はこのロアの管理を任されているという。着実に、ボレアス家の体制が整えられているようだ。
デザートの皿が空になった頃、懐に忍ばせておいた術式から微かな震えが伝わってきた。
「……着いたな」
魔力反応がようやく止まった。何度か壁面にぶつかりながら落下していたようだが、おおよその見当はつく。底までの深さは約十五キロメートル――そんなところか。
頭の中で計算する。仮にこの穴が地表から底まで綺麗な円形を保ったまま十五キロメートル続いているとすれば、その体積はおよそ一立方キロメートル。『記憶』の世界の単位で言えば、東京ドーム八百五十五個分に相当する。
……とんでもない量だ。土魔術でそのまま埋め立てるのは、いくら私でも少し時間がかかる。
どうしたものか、と考える。せっかくこれだけの容量があるのだ。単に埋めるだけではもったいない。
「……ごみ処理場にするか」
思わず、口に出していた。
ロアの人口はおおよそ三万から五万人といったところだろう。仮に全住民が毎日ごみを出し続けたとしても、この穴を埋め尽くすまでには二万年以上かかる計算になる。当分は問題にならない。
もっとも、資源の再利用という観点で見ればゴミを完全に循環から切り離してしまうのはあまり褒められた話ではない。とはいえ、この世界にリサイクルの概念を一朝一夕で根付かせるのは難しいだろう。折衷案として、ある程度は土魔術で埋め立てつつ、余剰分をごみ処理に回すのが現実的か。
――どうせ整備するなら、下水関連のインフラも一緒に手をつけてしまうか。
街の中である程度水を循環させ、汚水を専用の経路でこの大穴に捨てる仕組み。上手く機能すれば、ロアの衛生環境は劇的に改善するはずだ。
だが、そこで一つ疑問が浮かぶ。
大穴の底の温度はどれくらいなのだろう。
『記憶』の世界の地球であれば、地下十五キロメートルともなればマントルの熱で数百度に達していてもおかしくない。だが、この世界にそもそもマントルという概念が存在するのかどうか、私は正確には知らない。海に潮の満ち引きがあることから、この星が球形であることは確かだろうが……。
高温であれば話は早い。捨てた水は蒸発し、雲となって空へ還っていく。水循環の輪から外れることはない。
だが、もし高温でなければ――捨てた水は、そのまま既存の水循環から完全に切り離されてしまう。地下深くに水が溜まり続けるだけで、地表に戻ってくることはない。長期的に見れば、確実に水不足を招くことになるだろう。
これは慎重に見極める必要がある。まずは通常のごみだけを捨てる形で運用を始め、下水を流し込むかどうかは、温度や環境への影響をしっかり確認してからにするべきだ。
食後、レストランを出たところでフィリップに計画を話すことにした。もっとも、下水の話は食事の直後に出すにはそぐわない。その部分はあえて伏せておくことにした。
「大穴の一部を埋め立てて、ごみ処理施設として整備しようと思います。将来的には街の衛生インフラの一部としても活用できるかもしれません」
フィリップは驚いた様子だったが、すぐに表情を緩めた。
「それは……有効活用できるなら、有難い話だ。ロアの街はごみの処理場所にも頭を悩ませていたからな」
話がまとまり、私たちは再び大穴のもとへと移動した。
「ある程度、埋め立て作業を行います。周辺の住民の方々に避難をお願いできますか」
フィリップに頼むと、彼は頷きすぐに周囲に指示を飛ばし始めた。いつの間にか、フィリップの息子の一人――ロアの管理を任されているという青年――も現場に駆けつけていた。父親から矢継ぎ早に指示を受けたその青年は、慌ただしく手勢を動かし、あっという間に周辺一帯の住民たちを避難させていく。
もっとも、完全に人払いができたわけではない。少し離れた建物の窓から、興味津々といった様子でこちらを見物している者たちの姿があちこちに見受けられた。まあ、それだけの距離があれば問題はないだろう。
避難指示が進む間、私は『魔神鎧』にリザーブしていた魔力と、自身の魔力とを循環させ始めた。全身に力が満ちていく感覚と共に、意識を穴の全体像へと広げていく。
エリスはクリスティーナを抱きかかえ、ヒルダはアルスを抱きかかえて、少し離れた場所まで下がっていた。子供たちは何が起こるのか分からないながらも、緊張した面持ちでこちらを見つめている。
やがて、フィリップが遠くから片手を上げ、避難完了の合図を送ってきた。
私は小さく頷き返し――大穴の上に、大量の土を投入し始めた。
まるで、山をまるごと切り崩したかのような物量だった。土魔術によって生み出された大質量の土砂が次々と穴の中へと吸い込まれていく。
その瞬間、強い風が周囲一帯に吹き付けた。突風にその場にいた全員がよろめく。ヒルダとアルスが体勢を崩しかけたところを、フィリップがとっさに支えた。エリスの方は――さすがというべきか、体幹の強さでクリスティーナを抱いたまま微動だにしなかった。
しばらくの間、土砂が流れ落ちる轟音がロアの街全体に響き渡った。地鳴りのような重低音が遠く離れた建物の窓ガラスをかたかたと震わせる。
リザーブしていた魔力の五十パーセントほどを使ったところで、投入を止めた。計算上、これで大穴の三十パーセントほどは埋め立てられたはずだ。一気に片付けようとは思わない。定期的にここへ足を運び、少しずつ埋め立て作業を続けていく方が身体にも負担が少ないだろう。
続けて、次の工程に取り掛かる。
まずは基礎作りだ。大穴の中にアーチ状に組んだ網を張り巡らせていく。岩石のように硬く、それでいて金属のようにしなやかな性質を持たせた基礎。これに更に肉付けをして、多少の地震や地殻変動が起きても崩壊しないだけの強度を持たせる。
『記憶』の世界で培った土木工学の知識――鉄筋コンクリートの原理、荷重分散の考え方、アーチ構造が持つ力学的な優位性――それらを、ありったけこの土魔術に叩き込んでいく。門外漢の生半可な知識ではあるが、この世界の魔術と組み合わせれば十分すぎるほどの強度を発揮してくれるはずだ。
中央にはごみを投棄するための穴を意図的に残しておく。その上に、簡易的な建物を構築していった。『記憶』の中にある、ごみ処理センターの外観を思い出しながら組み立てていく。窓の配置や外観の意匠にまでこだわる必要はない。簡単な建て付けさえしっかりしていれば、あとは専門の職人に任せればいい。
あっという間に簡素ながらも三階建てほどの大きな建屋が完成した。
リザーブしていた魔力は残り四十パーセントほどまで減っている。後で魔力回復用のポーションを飲んでおいた方がよさそうだ。
轟音がようやく収まり、辺りに静寂が訪れる。
しばらくの間、遠巻きに見ていた人々がざわめいていたが、やがて――割れんばかりの大きな歓声が沸き起こった。
「相変わらず、君は私を驚かせてくれる」
フィリップが感嘆と呆れの混じった様子で笑っている。その隣で、フィリップの息子は、開いた口が塞がらないといった様子で、完成したばかりの建屋を見上げていた。
「すごーい!すごい!」
アルスとクリスティーナは、無邪気にはしゃぎながら、建屋の周りをぐるぐると走り回っていた。
その光景を眺めながら、私は密かに肩の力を抜いた。まだまだ埋め立てには時間がかかるだろう。だが、少なくとも今日のところは上出来だったと言っていいはずだ。
ロアからシャリーアへは転移魔術で戻った。玄関の扉を潜った瞬間、久々に自宅に帰ってきたという実感がじんわりと胸に染み渡った。
道中の疲れからか、アルスとクリスティーナは道中でぐっすりと眠り込んでしまっていた。エリスがアルスを、私がクリスティーナを、それぞれおんぶして歩く。
リーリャが「代わりましょうか」と申し出てくれたが、丁重に断った。これも、なかなか得られない貴重な親子の触れ合いだ。小さな寝息を背中に感じながら歩くこの時間を、他人に譲る気にはなれなかった。
リーリャがドアノッカーを鳴らすと、扉が開き、ゼニスとシルフィが出迎えてくれた。
アルスとクリスティーナが眠っていることに気づいた二人は、すぐに人差し指を唇に当て、「しー」と小声で私たちを迎え入れてくれる。物音を立てないよう、そっと子供たちをそれぞれのベッドまで運んだ。
「あたしも少し疲れたわね」
エリスがそう言って、自室へと消えていった。子供たちの眠る顔を見て、つられて眠気が来たらしい。
私は着替えを済ませ、身を清めてから、アイシャの部屋へと向かった。
部屋の中では、ちょうどアイシャと乳母が子供を寝かしつけ終えたところだった。音を立てないよう、そっと近づく。
ベビーベッドの中では、双子がすやすやと眠っていた。男の子の方がルーシュ、女の子の方がアイリス。まだ小さな、頼りない手足。まだ柔らかな鱗。すやすやと上下する胸元を見ているだけで、なぜだか胸の奥が温かくなる。
しばらくの間、その可愛らしい寝顔を眺めていた。やがて、アイシャがそっと私の隣に寄り添ってきた。私たちはそのまま、二人でリビングへと向かった。
数日間、家でゆっくりと過ごした。そして、次の旅への出発の準備を整える。
パウロからは「少しは落ち着いたらどうなんだ」と、いつもの口調で軽く小言を言われたが、こればかりは仕方がない。今日の用事もまた大事な仕事なのだ。
今日はエリスと共に剣の聖地へ向かうことになっている。アルス、クリスティーナ、ジークもついていきたがったが、さすがに危険が伴う可能性のある場所だ。今回は諦めてもらった。
「今度、ちゃんと家族旅行の計画を立てよう」
そう約束すると三人の表情がぱあっと明るくなった。ミリシオンあたりが家族で楽しめる良い候補になるだろうか。
事務所でオルステッドとアレクと合流した。
「今日の要件は、新たな剣神――ジノ・ブリッツを、こちらの陣営に引き入れることだ」
オルステッドが、いつもの淡々とした調子で切り出す。
「若い頃のジノは精神的に不安定だ。
その懸念を確認しに行く、というのが、今回の主目的らしい。オルステッドの腰には、魔力回復ポーションと、携帯型の魔力回復増進装置が下げられていた。万全の備えだ。
転移魔術で、剣の聖地に到着した。
皆で連れ立って、剣の聖地の主がいる『当座の間』へと向かう。
正面に座っていたのは、剣神ジノ・ブリッツと、その妻であるニナ・ファリオン。互いに寄り添うように座る二人の姿は随分と仲睦まじく見えた。
だが、ジノは以前見た印象と比べてずいぶんと雰囲気が変わっていた。おどおどした雰囲気が無くなり、飄々とした空気を纏いながらも、その目の奥には以前にはなかった鋭さが宿っている。
そして――周囲には、何人もの剣聖たちが転がっていた。
「先代を倒したエリスの剣を、まず見せてほしい」という要望があったのだ。当然、剣聖程度がエリスの相手になるはずもない。エリスは、一太刀も浴びることなく、あっという間に全員を蹴散らしていた。
「終わった?」
ジノがつまらなさそうに呟いた。
まあ、実際、予想通りの結果だったのだから、つまらないのも頷ける話だ。
「それで?何の用で来たんでしたっけ」
ジノがこちらに視線を向けてくる。
私は、まず前置きから入ることにした。
「まずは、あなた方の立場を確認させてほしい。先代剣神は、我々と敵対する道を選んだ。これは剣の聖地としての総意だったのか?」
「違うと思います」
ジノは、あっさりと答えた。
「先代であるガル・ファリオンは、自らの意思のみであなた方に戦いを挑んだはずです。特に、あなた方と敵対するような指示も出ていませんでしたから」
「それは良かった。先代を殺したことについて、謝罪が必要か?」
「それも不要です。殺そうとしたのなら、殺されても文句が言えるはずがない。それが勝負というものでしょう」
その割り切った答えに、周囲の剣聖たちがざわめき始めた。先代を慕っている者たちも少なくないのだろう。
「我らは先代を慕い、その剣を見て、習い、学ぶことで強くなりました!それを殺されたのですよ!こいつらに!大恩ある先代を殺され、はいそうですかと黙っているのですか!?我ら剣神流が舐められてもいいのですか!?」
一人の剣聖が、堪えかねたように立ち上がって叫んだ。
「じゃあ、君はやりなよ」
ジノが、面倒くさそうに応じる。
「真剣を持ってきてさ。見ててあげるから」
「あなた方には、敵討ちをする権利がある」
私は、静かに口を挟んだ。
「私はもちろんそれを受ける。だが、挑むからには手加減はしない。来るなら、死ぬつもりで来い」
「きっと、君たち全員が束になって掛かっても、一太刀も負わせられず、全滅するだろうね」
ジノがあっさりと私の言葉に同意する。
「それは……」
叫んだ剣聖が言葉に詰まった。
「さぁ、やりなよ。死体はちゃんと片付けてあげるし、お葬式もしてあげるから。君らが死んだ所で、名誉とやらが守られるかどうかは知らないけど――きっと満足はできるよ」
「……」
その言葉に、剣聖は力なく座り込んだ。悔しそうに拳を握りしめ、震える声で絞り出す。
「我々は……彼らに従う他無いのですか。戦うことなく、先代の仇に……」
「だから、嫌ならやればいいじゃないか」
ジノが、心底どうでもよさそうに肩をすくめる。
「僕は君たちに何かを強制するつもりはないんだから、君の自由にすればいいんだよ」
その言葉を最後に、私に挑みかかろうとする剣聖は、誰一人として現れなかった。
「本題に入ろう」
私は仕切り直した。
「私たちは
「断る。協力はしない」
ジノは即答した。迷いのない声だった。
「我々と敵対すると?」
「いいや、敵対もしない」
「中立、ということか。まぁ、それでも良い」
私がそう答えると、ジノは少し考えるような間を置いてから、口を開いた。
「師はことある毎に、『自分のために強くなれ』と言っていました。自分は、自分の目的を達成するためだけに剣を揮う。僕と、僕の愛する者のためだけに、と」
「……気持ちは分かるぞ。私も同じ考えだ」
「では、なぜあなたは
「奴が、私の家族に手を出したからだ」
ジノは、しばらくこちらの目を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「なるほど。やはり、あなたは信用できる人間だ」
オルステッドの方に視線を送ると、彼はわずかに目を細めていた。それで良い、という合図だ。敵対しさえしなければ、それで十分。
「
私は、そう言い切った。
「最後に――
私は、あの存在の思考をなぞるように、静かに語り始めた。
「もし私が
ジノの目が、初めて鋭さを増した。
「そして、あなたの夢に出てきて、こう言うだろう。『これらはルーデウスの仕業だ。私はお前の味方だ。お前がルーデウスを殺せたなら、家族を治してやる』と」
「……確かに、その条件なら、僕はあなた方と敵対するだろうね」
ジノが、押し殺したような声で呟いた。
「奴の口車に乗せられないよう注意してくれ。先ほども言った通り、私たちにあなたたちと敵対するメリットはない」
「わかった。肝に銘じよう」
「最後にもう一つ。もし仮に、あなたが私を殺せたとしたら――
私は、努めて淡々と続けた。
「『家族に手を出していたのは自分で、ルーデウスは関係ない。何なら治す方法もないし、あったとしてもそうするつもりはない。無駄な徒労、お疲れ様』と」
ジノの表情が、初めてはっきりと歪んだ。
「……
「そういう存在だ」
「分かった。奴の手にかからないよう、僕自身の手で家族を守ろう」
ジノはそう言って、隣に座るニナを、そっと自分の方に引き寄せた。ニナは、少し驚いた様子を見せながらも、素直にその腕に身を委ねていた。
その後、傷ついた剣聖たちを治癒魔術で癒した。呻き声を上げながらも、次々と傷が塞がっていく様子に、剣聖たちは戸惑いと感謝の入り混じった表情を浮かべている。
一通りの治療が終わったところで、今度はアレクが稽古をつける流れとなった。
私は道場の上座に座らされ、剣聖たちと乱取りを続けるアレクの姿を眺めている。
剣聖たちは手にこそ木刀を持っているものの、その太刀筋には、明らかな殺気が篭っていた。稽古の拍子にアレクを殺してしまっても構わない――そう考えている節すらある。
だが、アレクはそれを軽々とあしらっていた。
「ま、参った……!」
ズダン、と鈍い音がして、また一人の剣聖が道場に倒れ込む。
「次は自分が!」
すぐさま次の剣聖が、意気込んで道場の中央へと躍り出る。……のだが、気づけば、剣聖たちは全員が座り込むか、あるいは道場に倒れ伏していた。
剣聖全滅。本日、二回目である。
「剣神様も、稽古に参加してはいかがですか……」
ジノが何も言い返さないのをいいことにか、剣聖の一人が、恨みがましくそう言った。アレクに最初に挑みかかり、何度も投げ飛ばされた男だ。顔にも大きな痣が残っている。
「僕はいいよ」
「なぜですか!」
「なぜもなにも、君たちが彼らに稽古を付けて欲しいって言ったから、僕から頼んだんだ。君たちが終わったのなら、それで終わりだろ?」
剣聖の顔が、みるみる歪んでいく。震える身体を抑えきれない様子で、堰を切ったように叫んだ。
「先代の時はよかった!あの人は、ちゃんと剣神流という流派の名誉を守ってくれた!こんな奴らがきても、でかい顔はさせなかった!剣帝様方がここを去ったのも頷ける!剣神なのに、我々に手本も見せてくれない!修行は全て一人で行って、道場では毎日女を侍らせて、イチャついているだけ!こいつらが来て、自分たちの下につけと言ってきてもそうだ!仇であることを飲み込み、恭順するならまだいい!曖昧に中立を宣言するだけ!それも、敵を作りたくないからですか!?なんなんだあんたは!何のための剣神なんだ!」
道場内が、しん、と静まり返った。
ジノの表情は、変わらない。相変わらず飄々とした顔のままだ。呆気に取られている、と言い換えてもいい。「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな表情だった。
だが、叫んだ男の方は、さすがに言い過ぎたと自覚したのか、やや青ざめている。
「剣は、個人のものだ」
ジノが、静かに口を開いた。
「僕が勝った所で、君たちの勝利ではないし、君たちの名誉は守られない」
嫌な空気が、道場に流れる。剣神と、その門下生たち。両者の間には、明らかな溝があった。
「そんな事を言わず、手本ぐらい見せてあげたら?」
沈黙を破ったのは、ニナだった。それまでジノに寄りかかっていた彼女は、すっと身体を起こし、正座した。
「私も、あなたが戦う所を見たいわ」
「わかったよ。ニナが言うなら」
ジノは、すっと立ち上がった。今までの重い腰が嘘だったかのような、あまりに軽やかな動きだった。
ニナに誘われる形で、まずはエリスが立ち会うこととなった。
ジノの構えは、居合。
エリスは、一撃で敗れた。
スピードで完全に上回られ、利き腕と親指を折られたのだ。目で追うことすら難しい、鮮やかな連撃だった。エリスは初撃こそ躱したものの、続く二撃目をまともに食らってしまった。
すぐさま治癒魔術で癒すと、エリスの腕はあっという間に元通りになった。
「くっ……ふふ、やるじゃない」
痛みも忘れたように、エリスが好戦的な笑みを浮かべている。
続いて、アレクが名乗りを上げた。
七大列強同士の戦い――第七位対第六位。
アレクは、エリスよりも長く持ちこたえていた。何度か骨を折られながらも、不死魔族のクォーターであるアレクはその程度では止まらない。しばらくの間、激しい打ち合いが続いた。
だが、最終的にはアレクが自ら剣を下ろした。
「参った」
怪我は治っていても、アレクの攻撃はついぞジノに届かなかった。当然の結果だろう。
もっとも――もしこれが木刀でなかったら、話は違ったかもしれない。私が与えた魔剣を使っていれば、速度でもアレクの方が上回っていた可能性がある。だが、アレクは武器のせいにするつもりはないのだろう。潔く、大人しく下がっていった。
これで終わりか、と思っていたところ――なぜか、周囲の視線が私に向いた。
「第三位、『雷神』の力が見れるぞ」
そんな声がどこからともなく聞こえてくる。いつの間にか、この流れに巻き込まれてしまっていたらしい。
正直、どちらでも構わなかったのだが……エリスを見ると、期待に満ちた目でこちらを見つめている。
――妻に期待されたなら、仕方ない。
私は、小さく息を吐いて立ち上がった。
ジノと目が合う。何を言っているのか、なんとなく分かった。「妻に期待されれば断れませんよね」――そんな顔だ。
「……当然だろう」
苦笑しながら返す。
槍を探そうとしたが、そこでふと気づいた。剣の聖地には、槍というものが存在しないらしい。当然と言えば当然だ。
「『雷神』として戦うなら、魔術を使ってもいいか」
そう聞くと、周囲の剣聖たちが「卑怯な!」と声を上げた。だが、ジノが一睨みすると、それだけで場は静まり返った。
「ルーデウス殿の本質は、魔術師だ。魔術師が魔術で戦う。それの何が卑怯なんだ?それとも、魔術で『雷神』と戦うか?」
ジノが静かに言い放つ。
「その代わり、そちらは真剣で構わない」
私はそう言って、槍の代わりに『雷槍』を手元に呼び出した。青白い光が、掌の中で脈打つように輝く。
ジノは少し考え込んでいたが、やがてニナが放った一振りの剣を、片手で受け取った。
「安心しろ。初めは魔術を使わない。あと、ここが壊滅するような魔術も使わないと誓おう」
「……それを聞いて安心しました」
予見眼で幾つもの未来の軌道を追いながら、飛んでくる剣を受け流していく。水神流の理は、剣神流を相手にする上で、非常に相性が良い。だが、それでも防ぎきれない一撃がある。腕や足が、何度か切断された。
だが、それらはすぐに修復する。私はアレクよりも更に高い再生力を持っている。『魔神鎧』が切り裂かれても、それすら自己再生していく。かつて闘神鎧を分解した際に、その再生の要素をきちんと自分のものとして習得している。単純な剣士の技量だけで『魔神鎧』を破壊することは不可能だ。
しばらく打ち合った後、ジノが小さく息を漏らした。
「……やりますね」
『雷槍』に幾度か触れたはずだ。段々と痺れが全身に回ってきているだろう。実際、ジノの動きは目に見えて緩やかになりつつあった。
「そろそろ、魔術を使うぞ」
そう告げると、ジノが真剣な表情で構えを取り直した。
『
数本の湾曲しながら軌道を変える光の線が、ジノを襲う。
ジノは危なげなく、それを切り伏せた。
「さすがだ、剣神」
私はそう呟きながら、さらに光線を放ち続けた。数本から数十本、そしてついには、百本を超える光線を次々と繰り出していく。
ジノは途中まではそれを完璧に捌いていた。だが――やがて、身体のあちこちが焼け焦げ始める。
「ふむ。そろそろやめた方が良いだろう。命に関わる」
そう言って、光線を止めた。
ジノはその場に立ち尽くしていた。周囲の剣聖たちが「反撃を!」と叫んでいたが、ジノは静かに剣を下ろした。
「参りました」
「な、なぜ!?」
剣聖たちが、次々と立ち上がって声を上げる。
ジノは、呆れたように肩をすくめてから、こちらを見た。
「ルーデウス殿。『これ』は、見えるようにできますか?」
私は、指をぱちんと鳴らした。
すると――当座の間の中に、いつの間にか生み出されていた数百匹を超える風の兎が、次々とその姿を現していく。
周囲に驚愕の声が満ちた。
「い、いつの間に……!」
「切り結んでいる最中に、既に囲んでいた」
私はあっさりと答えた。
「これに触れるとどうなるんですか?」
ジノがそう問いかけてくる。
「一匹では致死には至らない。だが、十匹を超えると闘気が練れなくなり、そのまま死に至る」
「……恐ろしい方だ。さんざん手加減してこれほどとは。あなたとは、敵対したくないと痛感しました」
ジノは心底からそう言って、深く息を吐いた。その顔には、もう先ほどまでの飄々とした軽さはなく、純粋な畏敬の色だけが浮かんでいた。
私は、小さく笑いながらその言葉に答えつつ、治癒魔術で、この場にいる全員の傷を癒していった。
ロアの大穴、埋めるまでには数年かかりそうですね。
ある程度埋まって、水が循環する程度の深度になれば下水処理場も作れます。