無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
今日は年に数回行っているラノア魔法大学での講義だ。
講師として雷魔術を教えている。
教壇に立つのももうすっかり板についたものだと我ながら思う。かつては人前で話すことすら面倒くささを感じていた自分が、こうして大勢の学生を相手に講義をしているのだから、人というのは変わるものだ。
不十分ながら、一部の学生は電気をわずかに発動できるようになっている。まだ電気というものに慣れていないのか、消費魔力が大きいらしい。
教室の後方でふらふらとよろける学生が目についた。近づいて、試作品の魔力回復ポーションを手渡す。
「無理はしないように」
魔力回復ポーションはオルステッド向けに調整したものだと効力が高すぎるので、かなり薄めてある。それでも十分に効果があるようだが――
「先生……これ、味を変えてもらえませんか」
顔をしかめながら、そんなことを言われた。醸造技術を応用しているせいか、どうにも強い酒のような風味になってしまう。子供や下戸には少々きついのかもしれない。周りにいた学生たちも、こくこくと頷いて同意を示していた。どうやら、私一人だけがこの風味を美味いと思っていたらしい。
「ふむ……何味が良いかな。グレープ味やオレンジ味を試してみるか」
帰ったらアイシャにも相談してみよう。一般人向けの魔力回復速度調整もあわせて考える必要がありそうだ。
学生たちの電気への認識が深まり、電子というものがこの世界に存在すると理解できれば魔力効率はもっと上がるはずだ。そのうち、
片付けをしていると、一人の学生が恐る恐る声をかけてきた。
「先生、質問があるのですが」
「なんだい?」
「電気というものは、雷魔術とは別物なんですか?授業では別のもののように扱われていましたが……」
良い質問だ。私は黒板に、簡単な図を描きながら説明する。
「雷魔術は闘気や魔力を電気的な性質に変換して放出する技術だ。一方、電気そのものは、この世界の自然現象としても存在している。稲妻などがそれに当たる。私が教えているのは、その電気という現象を魔力を介さずにより小さく精密に制御する方法なんだ」
学生は分かったような分からないような顔をしていたが、それでも真剣にメモを取っていた。こういう地道な積み重ねが、いずれこの世界の技術水準を底上げしていくのだろう。
昼休みに入る。せっかくだし、ロキシーと昼食をとろう。そう思い立ち、彼女が授業をしている教室へと足を向けた。
Side: ルーシー
アルス、ララと一緒に授業に出る。
内容はそんなに難しくない。青ママに予習してもらったことと比べると全然簡単だ。
アルスは座学が苦手だけど、この程度なら余裕でついてこれているみたい。ララは……退屈だったんだろう。授業中もお構いなく寝てる。先生ももう慣れっこなのか、特に注意もしない。
教室の窓際の席で私はノートを取りながら、時々アルスの様子をうかがう。
アルスは真剣な顔をしているようで、実のところ半分くらいは上の空だ。窓の外を飛ぶ鳥を目で追っているのが隣に座っているとよく分かる。それでも、テストの点数はそこそこ取れてしまうのだから青ママに予習してもらって本当に良かったと思う。
休み時間になる。
私たちの机には、休み時間の度にたくさんの同級生が群がってくる。
残念ながら、私たちが魅力的だからではない。両親、特にパパの威光のおかげだ。
ママたちはよく言っていた。シャリーアでは『雷神』を誰もが知っていると。町の人からは恐れられているところが多いみたい。
でも、ラノア魔法大学では少し違った。
強さよりも、研究者としての威光の方が大きいらしい。
世の中にない、とっても便利な魔術具をパパはたくさん開発したんだ。家で当たり前に使われている食器洗い機とか洗濯機とか、一般な家庭にはないものばかり。それだけじゃない。研究に使われるような魔術具もパパはたくさん開発している。たくさんの論文も出している。青ママと共著らしい。
ここでは、パパは研究者として有名なのだ。
パパが魔術具を開発し始めたのは、三歳くらいの頃らしい。自分たちより四つも年下のときに、大人も驚くほどの魔術具を開発していたことを考えると、やっぱりパパは特別で規格外なのだと実感した。
先生の中にも、パパの論文を教材として使っている人がいるくらいだ。最初にそれを知ったときはなんだか不思議な気持ちになった。家では、いつもちょっと抜けているところもあるただの優しいパパなのに、学校ではまるで別人みたいに扱われているんだから。
私たちに話しかけてくる子は、大体パパのことを聞いてくる。私たちの周りはみんな、十五歳を超えた大人ばかりだ。たまに、青ママのことも聞かれる。
アルスは普段はぶっきらぼうだけど、パパを褒めるときだけとっても饒舌になる。赤ママとそっくりだ。
「父様はさ、『闘神』とも互角に戦ったんだぜ!それに――」
アルスが語る『雷神』の武勇伝に、周りにいる大人の人が疑問を口にする。
「本当にそんなことがあったのか?」
アルスが反論しようとしたが、それより先に、私の隣にいた子が反論した。ベリンダちゃん。ラノア王国の大臣さんの娘さんで、私の一番の友達だ。
ベリンダちゃんは、どこからか絵本を取り出して熱く語る。
「この絵本を知らないのですか!?知らないなら、穴が開くほどよく見るべきです!」
ベリンダちゃんは、ノルン姉――おばさんというと怒られる――が書いた絵本の大ファンなのだ。前に私たちの家に遊びに来て、ノルン姉のサインが欲しいと言っていたくらいだ。
それでも、その大人は納得しない。
「その絵本も、作り話だろう?」
私が反論する。
「パパの戦いを見ていた人はたくさんいますし、実際パパはこの絵本の結末のように、小さくなって帰ってきたんですよ?」
それに――と続ける。
「実際パパはこの魔法大学にいますから、直接聞いてみたらどうですか?」
その大人は少し気まずそうな顔をした。子供相手にむきになっていたことを自覚したのかもしれない。
「……いや、悪かった。信じていないわけじゃないんだ。ただ、あまりにも規格外な話ばかりだから、実感が湧かなくてね」
そう言い訳のように呟いていた。ベリンダちゃんは、まだ納得していない様子で、絵本を胸に抱きしめながらむくれている。
「実感なんて、直接お会いすればすぐに湧きますよ。パパの凄さは、絵本の挿絵よりもずっと本物ですから」
その言葉に、周りにいた大人たちが顔を見合わせて笑っていた。
Side: ルーデウス
ロキシーが授業している教室の前に立つ。授業が長引いているらしい、廊下で待つ。
そのうち授業が終わって、ロキシーが教室から出てきた。
「ルディ!待っていてくれたんですか?」
「ああ、君と一緒に昼食をとりたくてね」
そう言って、ロキシーを連れて食堂に向かう。急がなくても、教職員用の食堂が混雑することはない。連れ立って、ゆっくり歩いていった。どんな授業をしたのか話しながら。
「今日の講義はどうだった?」
私がそう聞くと、ロキシーは少し照れくさそうに笑った。
「今日は水魔術の応用で、生徒たちに水球を作らせる実技だったんです。何人かは、まだ思うような形にならず苦戦していましたよ」
そんな話をしながら歩いているうちに、食堂に到着する。私は日替わり定食だ。ナナホシが導入したランチメニューだった。ロキシーはシチューとパン、それにデザートも頼んでいる。
話題はラノア王国での社交についてだった。
一人で参加すると、婚姻に関する話題を持ってこられるので面倒なのだ。
「ロキシーも一緒に行かないか?」
そう誘う。ロキシーはここで教員をしていて、水王級でもある。王国内にも名が知られているはずだ。
「美味しい料理が出るかもしれないよ」
そう言うと、ロキシーは興味を引かれているようだったが、マナーについて心配しているようだった。
「立食パーティだから、そんなにマナーはうるさくないよ」
そう伝えると、ロキシーは承諾してくれた。
「ロキシーのドレスも新調しようか」
「一着すでに持っていますが、それではだめですか?」
「流行り廃りもあるし、私としては可愛くて美しい妻を着飾りたいな」
「……もうしょうがないですね、ルディは。じゃあ今度ドレスを見に行きましょうか」
ロキシーは少し顔を赤らめて、それでも嬉しそうだった。
「どんな色が良いと思いますか?」
「君の髪の色を引き立てるなら、白や淡い水色が映えると思うよ。もちろん、当日君が着たいと思う色が一番だけどね」
「ふふ、ルディがそう言うなら、少し楽しみになってきました」
そんな会話をしているうちに二人の間に自然と笑みがこぼれていた。長年連れ添っていても、こうした些細なやり取りがいつも新鮮に感じられる。
昼食を食べ終え、職員室にロキシーと戻る。歩いていると、学生の集団に行き当たった。新一年生だろうか。
集団の中から、「パパ!」という声が聞こえる。聞き間違えるはずがない。ルーシーの声だ。
学生集団の真ん中に、ルーシー、アルスがいた。ララはどこかに行っているのだろう。
小さくて見えなかった。彼女たちはこの魔法大学でも最も年若いので仕方ない。
制服を着た子供――学校で会うと、また違った味わいがある。二人の傍に行って頭を撫でる。
「お昼ご飯は食べ終わったかい?」
そう聞くと、二人とも元気に返事した。
「ここのメニューは美味しくて新しいだろう?パパの友達のナナホシという人が、色んなメニューを提案したんだ」
「今度、日替わりランチを食べてみる!」
アルスが元気よくそう言っている。
周りの学生を見る。見ただけでびくっと震えて、少し距離をとられる。恐れられているようだ。隠れて溜息をつく。
一人の女の子が前に出てくる。
「あのっ!すみません!わたくし、ベリンダと申します!」
ルーシーの話に出てきた女の子だ。
「ルーシーから話は聞いているよ。娘と仲良くしてくれてありがとう」
そう言うと、「恐縮です!」と深くお辞儀していた。
「あの、今度家に遊びに行ってもいいですか!?この絵本の作者、ノルンさんにお会いしたいんです!」
「もちろん、構わないよ。日付が分かったらルーシーを経由して教えてくれ。ノルンにも家にいるように伝えておくよ」
そう言うと、ベリンダはまた深く頭を下げて「ありがとうございます!」と言った。
もう一人、学生――だが大人の男性が前に出てくる。
「『闘神』との戦いは、実際に起こったことなのですか?」
ふむ、何と答えるか。
「今君はその事実を疑っているのが現状だろう?それで、私が本当だ、と言えば信じるのか?」
学生は虚を突かれたような顔をし、「それは……」と言い淀む。
「例えば、君が信じるためには私は何を提示すれば良い?力を見せれば良いか?」
そう言って、爪先からバチバチと電気を漏らす。「ヒッ」と声がして、学生たちが二、三歩引く。
隣でロキシーが、小声で言ってくる。
「他の先生から怒られますよ?」
「ノルンが卒業してから、私に勝負を挑む者がほとんどいなくなったからな。正面から挑むというなら受け付けよう」
そう言って、その場を後にした。
ロキシーと一緒に家に帰り着く。賑やかな夕食とお風呂。今日の講義や、先生たちとの会話について、家族に話して聞かせると、アルスとルーシーが目を輝かせながら聞いていた。二人にとっても、学校で父親の様子を垣間見るのはまだ新鮮な出来事らしい。
「パパが電気を出したとき、みんな腰抜かしてたよ!」
アルスがその日一番の見せ場だったとばかりに、興奮気味に話す。ルーシーも、うんうんと頷いていた。食卓の話題はしばらくその一件で持ちきりだった。
お風呂を上がって、寝る前の間、地下のラボで自分の実験をする。
この時間は一日の中でも特に貴重な一時だ。
誰にも邪魔されず、思考をじっくりと巡らせることができる。今日は、新しい魔力回復ポーションの改良案を練っていた。グレープ味の試作に必要な素材を、頭の中でリストアップしていく。
上から降りてくる足音があった。ノルンだった。手にはたくさんの書類を抱えている。
「珍しいね、君がラボに来るなんて。どうかしたのかい?」
「はい、兄さんに相談がありまして……」
ふむ。表情を見る限り、真剣に聞いた方が良さそうだ。席を勧める。飲み物もあった方が良いだろう。
「ココアでも飲むかい?」
異世界から持ってきたココア。いつも地下に隠している。
ロキシー、ララ、リリにばれるとがぶ飲みされるからだ。ノルンは了承した。
ミルクをコップに入れる。温めは電子レンジでやるか、これも異世界から持ってきたものだ。ポータブル電源につなごうとする。ああ、そうだ。充電切れだった。まぁ良いか。
テスターを持ち出して、電圧測定モードにする。電子レンジのコンセントプラグとテスターのプローブを、右手の指で挟む。静かに電気を流し、百ボルトぴったりに合わせる。
電源が入った電子レンジを左手で操作する。しばらくして、チン、という音が鳴った。ホットミルクの出来上がりだ。それにココアの粉を加える。
通常ならダマができる加え方だ。風魔術を応用して超音波を与えていく。ココアのダマがなくなり、綺麗で均一なココアの出来上がりだ。それをノルンに渡す。
ノルンは受け取りながらも、「兄さんは相変わらずですね」と呆れたように言っていた。
熱々のココアを冷ましながらすするノルン。
「ノルンの相談の前に、私からも良いか?」
「良いですよ」
「ルーシーの友達のベリンダという女の子が、君の絵本のファンなんだ。遊びに来た時に、ノルンにも会いたいらしい」
ノルンは照れながら、「良いですよ。日程が決まったら教えてください」と言っている。
さて、ノルンの相談の番だ。机に並べられた資料を見て予想はついている。
「婚姻のことだろう?」
そう聞くと、ノルンは「……はい」と答える。資料はお見合いに関するものだった。大別して二種類、ミリシオンのクレアからと、アスラのアリエルからだ。
ノルンが話すのを待つ。ノルンはぽつぽつと話す。
「結婚しなきゃいけないのは分かっているんです。私もいい加減良い歳ですから」
そう話す。
「でもどうしても、気が進まなくって……。うちは貴族ではないですが、兄さんは貴族ですし、いずれこういう話があるんじゃないかとは知り合いからも言われていましたし。それに、兄さんが各国に顔つなぎをしていると聞いた時から、どこかと縁を結ぶために結婚するんじゃないかと思っていました」
「おばあ様もアリエル様も、かなり好条件の婚姻を持ち込んでいるように見える。それなのに気が進まない、ということは……君には誰か好いている人がいるのか?」
ノルンはしばらく沈黙して、顔を赤らめながら「はい」と答えた。まぁ、予想はできていたが。手にしていた資料の端を、指先で意味もなく撫でているのが見て取れた。よほど緊張しているのだろう。
私はあっさり言ってのける。
「ふむ、ではその方との結婚を第一に考えなさい」
ノルンは驚いて、「……良いんですか?婚姻で味方を増やすのが貴族かと……」と言っている。
説明しなければならないが、誤解のないように言うのが難しいな……。
そう考えていると、ノルンは先んじて言った。
「大丈夫です。兄さんがこういうところだけ口下手なのは十分知っていますから」
私は苦笑しながら、「助かる」と答えた。
頭を整理して話す。
「まず第一に、味方づくりにおいて君の婚姻はそこまで大きな要素ではないよ」
「そうなんですか?」
「ミリス神聖国かアスラ王国と縁を深めると言っても……ミリス神聖国に対してはいずれ教皇となるクリフとの仲があるし、エリナリーゼとクライブがミリシオンに行けば仲はさらに深まる。そもそも私は教皇、枢機卿、神子様と仲が良いからね。母さんには悪いけど、別にラトレイア家と縁が深くなろうがなるまいがあまり関係ない」
「枢機卿とも仲良くなっていたんですか?」
「ああ。普段は頭が硬い御方だが、酒が入ると愉快な人だよ」
そう答えると、ノルンはまた呆れていた。
「そして、アスラ王国についても同様だ。既にエリスと私が結婚している時点でボレアス家とのつながりもあるし、アリエル様とも良好な関係を築いている。シルフィもいるし、わざわざ関係強化に動く必要はない。何ならペルギウス様経由の縁もある」
そう説明すると、ノルンは少しずつ肩の力を抜いていくのが分かった。ずっと胸の内に抱え込んでいた重荷がようやく降ろせたのかもしれない。
「ただ、大事なことが二つある。一つは『ノルン自身が幸せだと思う婚姻をすること』。私の優先順位の第一位は、ずっと家族の幸せなんだ。それを疎かにすることはあり得ない」
その言葉に、ノルンは少し目を見開いていた。
「もう一つ、これは私から君へのお願いになる。婚姻しても執筆は続けてほしい。私が転移魔術で原稿を取りに行って、アスラ王国で量産するから」
ノルンは確認するように、「私は自由に婚姻して良いってことですか?」と聞く。
「ああ、まぁ相手があまりにも信用できなさそうなら、忠言はさせてもらうけどね。それで――君の想い人というのは誰だい?」
ノルンは顔を真っ赤にして答える。
「…………ルイジェルドさんです」
顔を真っ赤にしているところ悪いが、予想通りだ。
「ルイジェルドさんなら、文句の言いようがない。ルイジェルドさんにその気は?」
「……前に、亡くなった奥さんに似ている、とは言ってもらえました」
まぁ十分だろう。
「さっそくだが、今度ビヘイリルに出張するときに同行願えるかい?ルイジェルドさんにも話しに行こう。まぁ彼の様子は私も見ているからね、恐らく断られるとは思わないけど」
「…………分かりました。兄さん、よろしくお願いします」
ノルンは赤い顔のまま、頭を深く下げた。
ビヘイリル行の準備をしつつ、今日はラノア王国での社交パーティだ。
隣には、新しいドレスで美しく着飾ったロキシー。始めは緊張していたようだが、皆から美しいと褒められて、上機嫌だ。私もコーディネートした甲斐があるというものである。
料理を楽しみつつ、貴族たちと話す。途中、ベリンダの両親とも話すことができた。
「『雷神』ルーデウス殿。娘が世話になっているとお聞きしました。ありがとうございます」
「ああ、ベリンダさんのご両親でしたか。こちらこそお礼を言いたいほどです。今後ともよろしくお願いします」
そう答えると、丁寧な礼が返ってきた。
人垣が割れる。ラノア王国の王子が、側近と共にこちらに歩いてくる。名前だけはよく知っている王子だ。今回のパーティの主催者でもある。まだ若く、二十歳になるかならないかといった年頃だが、その立ち居振る舞いには既に王族らしい風格が滲んでいた。
きちんと礼をとりつつ挨拶する。ロキシーはまた緊張していた。
「楽にして良い」
そう言われ、言葉に甘える。
会話に困ることはなかった。
実はこの王子は、言ってみればザノバと同類だ。
彫像の話から始まり、ずっと像の話しかしていない。側近が少し呆れた目で苦笑していることにすら気付いていない。
どうやら、彼は私の彫像のファンのようなのだ。名前をよく知っていたのは、アイシャとザノバがやっている人形販売の購入者リストの常連だから。私の像の中でも、特に魔物を象ったものを好んでいるらしい。
「不思議なものですね。王族の方が魔物と相対することなど、まずないでしょう?」
そう聞くと、
「無いからこそ、ロマンがあるのだ!」
大きな声で王子が答える。その語りは、もはや留まることを知らなかった。竜族の生態から始まり、迷宮に棲む魔物の造形美、さらには古代竜の骨格資料に至るまで、彼の知識量は専門の学者にも劣らないように思えた。
……この王子、いつの間にか私のことを師と言っていないか?王族の弟子は、ザノバで十分なのだが。
王子は更にとんでもないことを言い出す。
「ラノア王国に、彫像を飾った美術館をつくりたいのだ」
そこに私の像やザノバ殿下が作った像を飾りたい、と。できれば、魔物の像をたくさん置きたい、と。熱く語ってくれた。
私もそれなりに忙しいが、美術館というのは心惹かれる。気付けば、「ぜひご協力させてください」と言っていた。
「歴代の魔物の像だけでなく、依頼があれば新作も検討できますよ」
そう付け加えると、王子の目がさらに輝いた。既に頭の中で、展示レイアウトまで組み立て始めているのかもしれない。側近が、困ったような、それでいてどこか微笑ましいものを見るような顔で、二人のやり取りを見守っていた。
若干、ロキシーから呆れた目で見られた。
今日はノルンと一緒に、ビヘイリルのスペルド族の里に来ている。
ノルンはいつもより綺麗めな格好をして、緊張しているようだ。
スペルド族の里へは転移でそのまま行ける。護衛も必要ないだろう。ビヘイリルの王族との接触も避けたい。どうやら、まだかなり恐れられているようだから。
スペルド族の里のルイジェルドの家に向かう。
里の中を歩いていると、道行くスペルド族の人々が、こちらに気付いて軽く頭を下げてくる。里全体に以前よりもずっと穏やかな空気が流れているように感じられた。
ルイジェルドの家の前に立ち、声をかけると中に通してくれた。槍を磨いていたところらしい。
「急に申し訳ありません、ルイジェルドさん」
そう言うと、ルイジェルドは「かまわない、お前ならいつでも歓迎だ」と微笑んでくれた。
ルイジェルドと向かい合って座る。こちらの真剣な様子に気付いたのだろう、ルイジェルドも座を正している。
私から切り出す。直截に言った方が、誤解がなくて良いだろう。
「今日はお願いがあってきました。ノルンを、嫁にもらってくれませんか」
ルイジェルドは驚いている。私は続ける。
「私はノルンには幸せな結婚をしてほしいと願っています。ノルンはルイジェルドさんを好いているそうです。だが、結婚とはお互いの気持ちが通じ合うことが必要でしょう。……これは『雷神』としての命令ではなく友人としてのお願いです。貴方にノルンを想う気持ちがないのなら断っても良い。それによって一切の報復行動はしないと約束しましょう」
ここまで述べた。隣でノルンは顔を真っ赤にしている。
ルイジェルドは真剣な表情で答える。
「お前からそんな提案をしてもらえるとは、思っていなかった。味方を増やしているのだろう、人族の貴族は婚姻で同盟を拡張すると聞いていた」
私は答える。
「同盟を増やすのは
そして聞く。
「貴方に、ノルンを想う気持ちはありますか?彼女が死ぬまで愛すると誓えますか?」
ルイジェルドは答える。即答だった。
「ああ、誓おう。…………実は俺も、彼女に懸想をしていた」
ノルンが驚きに顔を上げる。良く見れば涙ぐんでいる。普段の二人の様子を見れば一目瞭然だったが、知らぬのは本人たちだけらしい。
ルイジェルドは続ける。
「いずれ自分は、人族と婚姻すると思っていた。お前のおかげで、スペルド族は復興に向かっている。ビヘイリル王国の民や鬼族は、心地よいほどに我らを受け入れてくれている。いずれ鬼族と同じように、王族か貴族とスペルド族の誰かが血縁を結ぶことになるだろう。そうなれば、まず最初の一人は俺が適任だろうという話はあったのだ」
そして、
「だが、もし俺に選択権があるとするならば……ルーデウス、お前の家とが良くて、更に贅沢を言えばノルンが良いと思っていた」
そう言ってくれた。
その言葉に、隣に座るノルンの肩が小さく震えた。長年、誰にも打ち明けられずにいた想いが、ようやく報われた瞬間だったのだろう。
ルイジェルドに聞く。
「結婚したら、ノルンは違う種族に囲まれて、家族からも離れて大変だと思うのですが……支えてくれますか?」
ルイジェルドは、「当然だ」と答える。その声には、迷いの欠片もなかった。
「里の者たちも、きっとノルンを歓迎するだろう。俺たちは、お前とお前の家族に、返しきれないほどの恩がある。ノルンが不安なことがあれば、里全体で支える」
その言葉にノルンがとうとう堪えきれなくなったように、声を上げて泣き出した。ルイジェルドが、慌てたように、それでいて優しくその肩に手を置く。
ならば、私は何の文句もない。
「妹を、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、ルイジェルドも同じように深く頭を下げ返してきた。武人らしい、不器用ながらも誠実な礼だった。隣では、ノルンが涙を拭いながら、それでも隠しきれない笑みを浮かべていた。
窓の外では、スペルド族の里に夕日が差し込み始めていた。この地に流れる穏やかな時間が、これから始まる新しい縁をそっと祝福しているように思えた。
家に戻ったら、まずはパウロに報告しなければならないだろう。娘の結婚相手が決まったと聞けばきっと大喜びするに違いない。それに、結婚式の準備も進めていかなければならない。里の風習に則った式にするのか、それともミリス教の方式を取り入れるのか――考えることは山のようにあるが、不思議と気は重くなかった。
家族が一人、また一人と幸せを見つけていく。その積み重ねこそが、今の自分にとって、何よりの財産なのだと感じた。
ラノア王国の王子はオリキャラでした。ザノバとは人形、彫像の売買で知り合いで、同志です。