無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~ 作:haru-ha
【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)
以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。
【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。
Side: ルーデウス
明日からアスラ王国で
温めてきた構想がようやく形になる。転移魔術の禁忌を一部解いてまで実現させたこの会議には、私自身も並々ならぬ思い入れがあった。
世界各国のトップが腹を探り合うだけでなく、真に手を取り合える場になればいい――そんな願いを込めて、この数か月準備に奔走してきた。
せっかくの機会だ。
四人の妻と子供たち、皆でアスラ王国に遊びに行くことにした。
ルーシュとアイリスにはまだ早いので家に置いてきたが、パウロ、ゼニス、リーリャがいれば問題ないだろう。侍女たちもいる。
館の中ではしゃぐ子供たちと、それを諫める妻たちを眺める。
旅の高揚感からか、いつも以上に賑やかだった。
荷物の片付けもそこそこに、既に明日の祭りの話で盛り上がっている子供たちを見ているとこちらまで自然と頬が緩んでしまう。
昨日までに、重要人物の移動は完了した。
王都アルスはお祭り騒ぎだ。
あちこちで吟遊詩人が歌い、大量の出店が稼ぎ時だと言わんばかりに並んでいる。
「せっかくだし、昼食は出店で食べるか?」
そう聞くと、妻たちが返事する前に子供たちから大きな声が上がった。
「食べる!」
「私も!」
賑やかな声に、思わず苦笑してしまう。
――迷子になると大変だ。
風の兎を一人あたり一匹つけておくことにした。小さな兎の姿がそれぞれの子供の足元を回る様子は、なかなかに微笑ましい光景だった。
私は
表向きはボレアス家の一員としてアリエルにつき従う。実態はアリエルの護衛だ。
様々な人物が国に入ってきている。
転移魔術で送る人物は精査をしているが、国境越えで入ってくる一団も多い。
アリエルの傍にはイゾルテ、ドーガ、シャンドルがいるが、それでも更に護衛が必要だと判断したのだろう。
アリエルの背後で相対する貴族を眺める。
多くの者がちらちらとこちらを恐れた目で見ていた。
特にビヘイリル王国は酷かった。過去に私が王の手を切断したことを、鮮明に覚えているのだろう。
逆に、ミリス神聖国、シーローン共和国、ラノア王国は親しみを込めて声をかけてくれた。
ミリス神聖国からは教皇とクリフが来ていた。エリナリーゼ、クライブ、ザノバも、先んじてアスラ王国に連れてきている。
特にクリフは今日というこの日を楽しみにしていただろう。クライブもだいぶ大きくなったからな。
「久しいな!ルーデウス!」
クリフがわざわざ声をかけてくれる。
「息災そうでなによりだ、クリフ。彼女たちも、君と会えることを待ち望んでいたぞ」
しっかりと握手を交わす。教皇猊下は微笑ましく見守っていた。
会議中は正直言って退屈だった。
新たな魔術や魔道具を想像しつつ、時間を潰す。
シャンドルは、「気持ちは分かるぞ」と目線を合わせてくれた。
同じく会議に参加しているフィリップは苦笑していた。
議題そのものは重要だと分かっている。
だが、各国の代表が言葉を選びながら、腹の内を探り合うようなやり取りを延々と繰り返す様子は正直なところ性に合わなかった。
私であれば、もっと単刀直入に話を進めたいところだ。
もっとも、そういう性急は外交にはあまり向いていないのだろう。
アリエルやフィリップが絶妙な間合いで話を転がしていくのを見ていると、自分にはとても真似できない芸当だと思わされる。
隣に座るシャンドルが、小声で囁いてきた。
「貴殿も、こういう場は苦手か」
「ああ、正直な」
「私もだ。剣を振っている方が、よほど性に合う」
そんな軽口を交わしながら、なんとか長い議論を乗り切っていく。
――今頃、子供と妻たちは街で祭りを楽しんでいるのだろうな。
正直、羨ましい。
書類の隙間から見える窓の外は、すっかり陽が高くなっている。
祭囃子の音が、遠くこの会議場の壁の向こうからもうっすらと聞こえてくるような気がした。
私が動かなければいけないのは、夜――大規模なパーティのときだ。
Side: ビヘイリル王国の王子
世界でも例のない試みである、
本当にこんなことが可能なのか――皆がそう言っていたが、予想に反して会は恙なく進行していた。
ビヘイリル王国は他の国と比べて脆弱だ。
アスラ王国、ミリス神聖国、王竜王国などとは比べ物にならない。
実際、アスラ王国、王都アルスに入っただけでも、その品位の高さに驚かされた。
そのあとで、例の『雷神』を見て、王族らしくなく膝が震え、脂汗が一気に出てきた。
今でもあの冷たい竜の目を思い出すと寒気がする。
我々からすると、これらの国のトップなど雲の上の存在だ。
同じテーブルで対話ができるなど、そんな機会を与えられること自体が有難いことこの上ない。
彼らの言葉ひとつとっても、学ぶことばかりだった。
議場では各国の代表が次々と意見を述べていく。
私は末席に座り、その様子をただただ食い入るように見つめていた。
ミリス神聖国の教皇は、宗教的権威にふさわしい荘厳な語り口で、種族間の融和について語る。
かと思えば、ラノア王国の代表は、もっと実務的に、迷宮監視の予算配分について具体的な数字を並べ立てていた。
同じ議題でも、国によってこうも視点が違うのかと、驚かされることばかりだった。
二日間の濃密な会議を終える。
話し合った内容は多岐にわたった。
迷宮に発生する魔物の脅威をどう国際的に監視・討伐していくか、その体制の整備。人族と魔族、亜人種との権利をどのように保障し、差別的な扱いを是正していくか。
そして、大規模災害が再び起きた際、各国がどう連携し、被災者を支援するか。
この三つが特に長い時間をかけて議論された。
非常に有意義な時間だった。
二日目の夜。
今日はアリエル女王が主催するパーティだ。
豪華絢爛な会場、立ち眩みがしそうなほど眩しい。
父である国王も、よく見れば少し震えていた。
そして、きょろきょろと忙しなく目を動かしている。
王の所作としては失格だろう。恐怖の対象である『雷神』を探しているに違いない。
会場に人が揃うまで、シーローン共和国の王、パックス陛下と談話する。
特に席に決まりはないようだが、国力が大きい国ほど後で入ってくるらしい。
王竜王国、ミリス神聖国が入ってくる。人垣が自然と割れる。
凄まじい威圧感だ。
――私も、彼らのような為政者になれるだろうか。
身が引き締まる思いだった。
そして、最後に一際煌びやかな集団が現れる。
アリエル女王だ。
多くの護衛を引き連れ、堂々たる歩み。
そのあまりの美しさに呆けてしまう。
護衛の威圧感も異常だ。
……幸い、『雷神』はいないようだ。
我が国でも拙いながらも情報収集はしている。
水神イゾルテ、いや、今は水神レイダ・リィア。
そして、北帝ドーガ、剣王ギレーヌ。
そしてそれらを指導するシャンドルという謎の騎士。
帝級、いや、それ以上の騎士。世界最大国の名に恥じぬ戦力だ。
アリエル女王は最も上座の席に座ると思っていた。
だが、直前で立ち止まる。よく見ると、最も上座のテーブルには椅子が三脚しかない。
アリエル女王が、不思議な響きを持ちながらも朗々とした声で告げる。
「本日は、特別なゲストを招待しております」
そして、上座の後ろにある大きなカーテンを侍従たちがスムーズに開く。天井に届くほどの大きな窓、そこには――月夜に輝く城塞が写っていた。
あれは、なんだ。
あまりのスケールに、驚きで動きが止まってしまう。誰かが呟く。
「あれは……空中城塞ケイオス・ブレイカーではないか」
――もしかして、現れるのか。
アリエル女王が即位した事件に現れたという、世界で誰もが知っている伝説の英雄が。
だが、椅子は三脚ある。
荘厳なる空中城塞は畏れすら抱かせる速度でこちらに迫り、そして止まる。
この王城シルバーパレスのすぐ近くだった。
「まさか……本当においでになるのか……」
「……」
「そんな、いや、しかし……」
他の王族たちは緊張を吹き飛ばした興奮の面持ちで、窓の外を見ている。
アリエル女王が心地よい声で告げた。
「おいでになりました」
会場中の視線が一斉にアリエル女王の指し示す方向――窓の外に向けられる。
誰も彼もが、息をするのすら忘れているように見えた。
パーティの喧騒が、まるで嘘のように静まり返っている。
この瞬間、この会場にいる誰もが、これから起こることの重大さを、本能的に理解していた。
空中城塞を映す大きな窓の手前――室内にも関わらず、白亜に輝く巨大な『門』がせりあがって現れた。ゴゴゴゴという体が痺れるような轟音と共に。
そして、門が開く。門の中は、何もないような、真っ白な空間だった。
おもむろに、黒い影がその空間から出てくる。
――無数の魔法陣が輝く神威の外套。
纏う衣は闇そのものを縫い合わせたかのように、周囲の光を静かに吸い込んでいる。
その下からのぞく肢体は、竜と人の境界にあるような、異形の均整を保っていた。
腕から僅かに覗く鱗の煌めき。
歩みを進めるたびに、纏う外套の裾がまるで意思を持つかのように揺らめき、周囲の空気そのものを重く沈めていく。
何より恐ろしいのは、その双眸だ。
輝く竜の瞳が一度こちらを捉えただけで、全身の血が凍りつくような錯覚に襲われる。
存在するだけで、世界の理を塗り替えてしまいそうな――そんな圧倒的な「死」の気配を纏っていた。
会議の前で会っているはず……だが、絶対的に覇気が違った。
この覇気を纏われた状態で、間近で会っていたら、気絶してしまったかもしれない。
続けて、大きな影が空間から出てくる。
まず目を引いたのは、その長身だった。
並の人族よりも頭ひとつは優に高い。
纏う外套は、雪のように白い。
白竜の鱗のような、独特の質感が目から伝わってくる。
銀色の髪は、氷の刃を思わせるほど冷たい光沢を纏っていた。
目鼻立ちは整っているはずなのに、そこに宿る表情の欠落がかえって見る者の背筋を凍らせる。
眉ひとつ動かさず、感情の色を一切窺わせない、能面のような静けさだった。
「……『龍神』オルステッド」
その名が口から漏れた瞬間、会場のあちこちで堪えきれなかったような息を呑む音が連鎖していった。
七大列強、第二位。
文字通り、世界の頂点がここに集結している。
こんなことが予想できるわけはないだろう。
私は震える両膝を必死に押さえつけながら、その姿から目を逸らすことができずにいた。
恐怖と、それでいて目撃者にしかなれない者の興奮とが、胸の中でぐちゃぐちゃに入り混じっている。
父である国王が、隣で歯を鳴らしているのが分かった。
王ですら、この場では一人の怯えた人間に過ぎない。
龍神オルステッドと併せてもう一人が出てくる。
次は一体誰だ?
どこかの国の者が、掠れた声で「北神三世」と呟いた。
最後に、大柄な影とそれに付き従う多くの影が現れる。
豊かな銀髪を靡かせ、悠然とした足取りで歩みを進める。
重厚な白亜の鎧。
まるで空間そのものがその足取りに合わせて折り畳まれていくかのような、奇妙な圧迫感を伴っていた。
背筋を伸ばし、顎を僅かに上げたその佇まいには、支配者としての年月の重みが隠しようもなく滲み出ている。
その背後には、十を超える異形の配下たちが恭しく付き従っている。
伝説の中でしか語られなかった存在が、今、目の前に実在していた。
「……甲龍王、ペルギウス、様」
誰かが、消え入りそうな声でその名を口にした。
魔神殺しの英雄の一人。
私は王族であるにもかかわらず、今すぐにでも跪きたい。その衝動を抑えるのが大変だった。
全身の肌が粟立ち、喉の奥が渇いていく。
膝の震えは、もはや自分の意思ではどうにもならないところまで来ていた。
伝説というものは、往々にして誇張されて語られるものだと思っていた。
詩人たちが盛った話に決まっている、そう高を括っていた自分を、今すぐ殴りつけてやりたい気分だった。
だが、目の前のこの存在は、どんな誇張をもってしても語り尽くせないほどの気配を纏っている。
むしろ、これまで聞かされてきた逸話の数々が、あまりにも控えめな表現だったのだと、今になって思い知らされる。
最も上座に座る三人。
甲龍王ペルギウスには多くの配下が付き従い、龍神オルステッドと雷神ルーデウスの間には、北神三世が立つ。
英雄と、七大列強第二位、第三位、第七位が揃い踏みしていた。
これほどの顔ぶれがたった一つの部屋に収まっているという事実そのものが、既に現実離れしている。
歴史書の中でしか出会えないはずの存在たちが、今、この呼吸の届く距離にいるのだ。
誰もが畏怖を感じざるを得ない。
会場を満たしていた華やかな空気は、もはや跡形もなかった。
楽団の演奏はいつの間にか止み、給仕係すら動きを止めて壁際に張り付いている。
三人はそんな張り詰めた沈黙の中を、堂々とテーブルに座った。
その所作の一つひとつに、迷いも気負いもない。
まるで、この場が最初から自分たちのために用意されていた玉座であるかのように。
アリエル女王がそのテーブルに近づく。
「本日はおいでいただきまして、ありがとうございました」
女王とは思えないほど、深く礼をしていた。
龍神オルステッド様は、「構わない」とだけ呟いていた。
甲龍王ペルギウス様は、「本日は招待にあずかり、恐悦至極。アリエル・アネモイ・アスラよ。……いや、面白い趣向の演出だった」
アリエル女王は、「『雷神』ルーデウス様の発案ですわ」と笑っている。
雷神は、「『龍門』の魔術の意匠を参考にしました。お二人をお連れするのには、ぴったりでしょう?」と、いたずらが成功した子供のように笑っていた。
アリエル女王は、甲龍王ペルギウス様に聞いた。
「世界の王族に対して、お伝えしたいことはございますか?」
甲龍王ペルギウス様は、「ふむ」と言って立ち上がった。アリエル女王がその言葉を賜るために跪く。
どの国の王族も、それに倣って跪いた。頭上から、威厳のある声が響く。
「面を上げよ。……いや、跪いたままで良い。楽にせよとは言わぬ、これは労いの姿勢ゆえな」
甲龍王ペルギウス様は続ける。
「かつて、ガウニス・フリーアン・アスラという人族がいた。ラプラス戦役の後、アスラ王家でただ一人生き残った男だ。龍族の力も持たない、ただの人族に過ぎぬ」
「戦は、国を骨の髄まで喰い尽くしていた。王家は絶え、貴族は互いの喉笛を狙い合い、いつ内乱が起きてもおかしくなかった。その焼け野原の中に、あの男はたった一人で立っていたのだ」
「我は、その姿を今でも覚えている。……人族とは、脆弱な種族だ。魔力も、寿命も、身体の頑健さも、我らや龍族には遠く及ばぬ。だが、脆弱であることと、弱いということは、同義ではない」
「ガウニスは、己の脆弱さを知りながら、それでも玉座に着いた。剣ひとつで国を守れるわけではない。だが、あの男は決して逃げなんだ。誰もが命を懸けるに値するもの――それこそが、真に守るべきものだと申しておった。その言葉通り、あの男は自らの命を懸けて、この国から二度と戦火を上げさせなんだ」
「貴様らの中にも、そういう者がいるはずだ。……この場に集うた者たちよ、忘れるでない。強さとは、生まれ持った力の話ではない。何を守るために、何を懸けるか。その意志にこそ宿るものだ」
ペルギウス様の声が、会場の隅々にまで染み渡っていく。
その言葉の一つひとつに、長い時を生きてきた者だけが持つ重みがあった。
誰もが息を呑み、跪いたまま身動きひとつしない。
中には、涙ぐんでいる為政者の姿すらあった。
人族にとって、この言葉は何よりの救いになったのかもしれない。
威厳ある声が止む。
会場は、水を打ったように静まり返っていた。誰もが、その言葉の重みを噛み締めているようだった。
アリエル女王が、龍神オルステッドに声をかける。
「何か、お伝えすることはございますか?」
龍神は、ぬらりと立ち上がる。そして、雷神にも声をかけた。
「お前も来い」
雷神は、龍神の右腕であることは間違いないようだ。雷神は苦笑して立ち上がる。
龍神は、恐ろしさをも感じる声で告げた。
「この中に、
そう聞く。龍神は、我々の反応をうかがっている。
ここで怪しい反応をすればどうなるか、分かりきっている。
即、殺される。
その確信があった。
跪いている状態で、大量の汗が床に落ちる。周囲を見渡す余裕もない。
ただ、隣の国の代表がぶるぶると震えているのが、視界の端に映るだけだった。
大丈夫だ。他国から流れてきた絵本でその名前は知っているが、見たことはない。自信を持て。
雷神が龍神に苦言を呈する。
「皆様、恐れていらっしゃるようです」
龍神は雷神を見て、「お前が話せ」と言った。
雷神が声を上げる。見た目は異形だが、年の頃は十三程度に見える。少年らしさの残る、よく響く声だった。
「皆様、頭を上げてください。……この場を借りて、一つお伝えしたいことがあります」
「『
「私たちは、その
「奴に従った先に待っているのは、破滅だけです。既に、その被害を受けた国もあるはずです。奪われたものの大きさを、実感している方も、この中にいらっしゃるでしょう」
アリエル女王とパックス陛下が、わずかに反応する。実害があったらしい。
想像上の存在かとうっすら思っていたが、実在するのか――そんな驚きが、その表情に浮かんでいた。
二人の様子から察するに、それぞれの国で、既に何らかの形で
詳しい話は、後日改めて聞くことになるだろう。
雷神は続けた。
「そして――もし、
跪いている上から、砂袋が体の上に置かれたようなとんでもない重圧がかかる。
周囲から、ぐぅぅ、という声が聞こえた。
何人かは、額を床に擦り付けんばかりに頭を下げていた。
誰一人として、目を合わせようとする者はいない。
また、トラウマが刻まれた。絶対に逆らってはいけない存在。それを実感した夜だった。
話し終えた甲龍王ペルギウス様、龍神オルステッド様、雷神ルーデウス様は、席に戻り、北神を交えて談話しはじめた。
先ほどの雰囲気が、まるでなかったかのように。
一仕事を終えて、
今日は護衛は休みだ。昨日あれだけ脅したので、変なことを考える輩はいないだろう。
妻と子供たちとで祭りに行く。
サウロスもついてきてくれた。既にひ孫たちと仲良くなったようだ。
子供たちにわらわらと群がられて、蕩けたような笑みを浮かべている。
昨日も大変甘やかされていたようだった。
様子を微笑ましく見つつ、エリス、ロキシー、シルフィ、アイシャと歩いた。
精神的に、だいぶリフレッシュできたと思う。
出店で串焼きを昼食に食べる。
サウロスは全く貴族らしくなく、豪快に食べる。
エリスもそっくりだ。
アルスとジークが真似しようとする。服が汚れてしまった。アイシャが慌てる。
苦笑しながら、魔術で洗ってやる。
魔術は改良して生地が傷まないようにしてある。汚れた口で笑う二人の頭を撫でる。
「じいちゃんも、ママも、食べ方が豪快すぎるんだよなぁ」
アルスは満更でもなさそうに、串の最後の一切れを頬張っていた。
サウロスは、それを聞いて豪快に笑い、「男は豪快に食うのが一番だ!」と胸を張っている。
ヒルダがいたら、また溜息をつかれそうな光景だった。
祭りの熱気の中、あちこちの出店から美味しそうな匂いが漂ってくる。
串焼きの他にも、揚げ菓子や果実水を売る店が並び、子供たちの目は忙しなく動いていた。
ルーシーが「あっちも見たい!」と袖を引っ張ってくるのを、宥めながら次の店へと向かう。
こうして家族全員で気ままに歩き回る時間は、普段の慌ただしさを忘れさせてくれる、何よりの贅沢だった。
ララとルーシーは、買ったアクセサリーやら魔術具を満足そうに握りしめている。
リリとクリスティーナは疲れたのか、私に抱っこされていた。
エリスは家族の様子を微笑ましく見ながら、周囲を警戒している。
ロキシーは買った甘い菓子を大事そうに持っていて、シルフィとアイシャは私の両隣で笑っていた。
夜になる。
城では昨日ほどの規模ではないものの、パーティがまた開かれているらしい。ご苦労なことだ。
今日はこっそり城に行こうと思っていた。
だが、ばれてしまった。エリスにアルス、シルフィにジークだ。
「どこに行くの?」
そう聞かれ、正直に答える。
「騎士団の訓練場だ。人と会う約束をしている」
皆はついていきたいと言い出した。まぁ良いだろう。
訓練場近くに転移して歩く。
既にシャンドルの許可は得ているから、堂々と歩く。
アルスとジークは、あちこちきょろきょろしながら歩いていた。
物珍しいのだろう。夜の騎士団施設という、普段は立ち入ることのない場所の空気感に、二人とも興奮を隠しきれない様子だった。
訓練場には、既に目的の人物が来ていた。
『死神』ランドルフ・マリーアン。
不気味な笑みを浮かべながら、「こんばんは、良い夜ですね」と言い出した。子供たちは少し怯えている。
「見目は怖いかもしれないが、優しいやつだから安心して良い」
そう子供たちに言った。
ランドルフに聞く。
「抜け出して良かったのか?パックス陛下はパーティに参加されているだろう?」
ランドルフは、「大丈夫です。私が手ずから鍛えた者たちを置いてきました」と言っていた。
今日の用事は、ランドルフに渡したいものがあったのだ。鉱神との共同作業で作った試作品の剣。
様々な剣を作ったが、ランドルフにぴったりの剣がひとつあった。艶やかに光る曲剣を渡す。
「鉱神とともに作った。貴殿にぴったりだと思ったから、渡したかったのだ」
ランドルフは受け取り、素振りをする。
「ほほう!これは剣だけでも業物。だが、隠された機能がある」
楽しそうに言う。
「機能は、試しながら探ってみてくれ」
そう言った。アルスとジークは、羨ましそうに見ている。
ランドルフは、剣を鞘にしまい、子供たちに声をかけた。
「ルーデウス殿のお子様ですね?初めまして」
ジークは怯えてシルフィの後ろに行ってしまったが、アルスは少し震えながら、
「アルス・ボレアス・グレイラットだ!」
自己紹介していた。ランドルフは嬉しそうに笑い、「元気な子たちだ」と言っていた。
見た目に反して、子供好きの御仁なのだ。
微笑ましい一幕――それが急に破られる。
十人程度の騎士が、訓練場に入ってくる。
この国の騎士たちは全て要人の護衛に回っている。
守る側である騎士を守る衛兵もここにはいない。
侵入者の鎧を見る。王竜王国の者たちだ。
物々しい足音と共に、訓練場の空気が一変した。
先ほどまでの和やかな雰囲気が嘘のように、鋭い緊張感が満ちる。
ジークが、びくりと身体を震わせて、シルフィの服の裾をぎゅっと握りしめた。
エリスとシルフィが素早く子供を庇う。
エリスは剣を、シルフィは杖を隙なく構えた。
侵入者の中から、豪勢な鎧が現れる。
カークランド・フォン・キングドラゴン。
王竜王国の王子だ。
前に見た時は賢そうに見えたが、今は憔悴しているようだった。
目の下には濃い隈が刻まれ、以前の理知的な佇まいはどこかへ消えてしまっている。
まぁ、原因は知っているが。
カークランドはランドルフに問う。
「ランドルフよ。こんなところにいたのか……お前に話が合ったのだ。――王竜王国に戻るつもりはあるか?」
ランドルフは元々王竜王国の騎士だ。今はシーローン共和国の重鎮となっている。
ランドルフは、王竜王国に恩はあるが、シーローン共和国のパックス陛下には忠義があると答える。
「その忠義が中途半端なままで、王竜王国に帰ることはありません」
そう断言していた。
カークランドは残念そうに「そうか」とだけ言った。
カークランドは私に目を向ける。
「『雷神』ルーデウス殿、王竜剣カジャクトは今は貴方の手にあると聞いたが、本当か?」
「本当です」
そう言って、
カークランドは言う。
「それは、北神の象徴だ。北神流の本拠地がある、王竜王国の国宝としたい。譲って頂くことは可能か?対価を述べよ?」
ふむ、それは困る。
私は答える。
「これは北神三世と戦い、簒奪しました。これが欲しければ、力で奪い取ると良いでしょう」
そもそも騎士で囲んだ時点で、言葉で解決する意図があったのか疑わしい。
――いくら昨日アリエルにこっぴどく振られたからといって、八つ当たりはやめてほしいものだ。
カークランドは戸惑っていたが、周囲の騎士はやる気のようだった。
ランドルフが苦言を呈する。
「子ども連れの所を襲撃するのは、栄えある王竜王国の騎士としてどうなのか。……ルーデウス殿には個人的な友誼もある。こちらに助力しましょう」
そう言って、私がさっき渡した剣を抜いた。
後ろを振り返る。シルフィはジークを守りながら、「任せて!」と頷いている。エリスはアルスを抱きながら、本当は自分が参戦したいのだろう、という顔で見ていた。
どちらともなく、戦いが始まった。
Side: シルフィ
ジークを絶対に守れるように抱きながら、杖を構えて警戒する。伏兵も気を付けないと。
エリスは参戦したそうにしていたけど、諦めたみたい。アルスをしっかり抱きしめてる。
そして、アルスとジークに言う。
「パパの戦いが見れるわ。よく目に焼き付けておきなさい」
ランドルフさんと、ルディは踊るように戦い始めた。
ルディは片手にカジャクト、片手に雷槍を持っている。
ランドルフさんが目にも止まらぬ動きで相手を翻弄する。
圧倒的な実力差があるのが、ボクですら分かる。
ルディは当然のようにその動きについていっている。
剣戟の音が夜の訓練場に響き渡る。
石畳の上で幾つもの火花が散り、そのたびにジークがびくりと肩を震わせた。
ボクはその小さな体を、少しだけ強く抱きしめる。
怖がらせたくはないけど、これがルディの――お父さんの本当の強さなんだって、ちゃんと分かってほしい気持ちもあった。
ランドルフさんは、「ははは、これは素晴らしい剣だ!私が想像したそのままに幻術が見せられる!それに、切りつけた相手が眠っていく!なんという魔剣だ!」と言って笑いながら戦っている。
ルディも負けていない。カジャクトの重力操作は、使うまでもないのだろう。
次々と騎士をカウンターで倒していく。峰打ちにする余裕すらあるようだ。
ルディは、「ランドルフ殿、貴方の戦い方は合わせやすいな。こんなダンスパートナーがいるとは思わなかった」と笑ってる。
ルディの流派は水神流がベースで北神流の影響も受けている。おそらく、ランドルフさんもそれらの流派なのだろう。
ランドルフさんも笑いながら、「私もです!これだけ心躍る戦いは久しぶりだ!」と言っている。
あっという間に、王子以外が倒れ伏した。
決着かと思ったけど、新たな足音が近づいてくる。ルディはとっくに気付いているだろうけど、
「増援が来るよ!」
と教えた。ルディは「ありがとう」と言って構え直す。
王竜王国の騎士たちの増援だ。
ランドルフさんは
「倒すのは苦はないが、峰打ちで収めるのは面倒ですねぇ……」と呟いている。
ルディは「ここは任せてくれ」と言って前に出た。
雷槍を消して、カジャクトを構える。
――周囲の空気が重くなったのが分かった。
重力魔術。
エリスが子供たちに、「よく見ていなさい。あれが世界最強の剣よ」と言っている。
増援に来た騎士たちと王子は、みな揃って土下座するようにひれ伏している。
ルディが片手でカジャクトを軽く振る。
次は騎士たち、気絶していた人たちも合わせてみんな宙に浮かぶ。
わたわたと情けなく手足を動かしているけど、地面に足が付かない以上どうしようもない。
夜空に何十人もの騎士たちが浮かんでいる光景は、なんだか現実離れしていて、少し笑ってしまいそうになる。
カークランド王子だけは、宙に浮きながらも、まだ何か言いたげな顔でルディを睨みつけていた。
それでも身体が言うことを聞かないのだろう、口をぱくぱくとさせるだけで、言葉にはならない。
ルディは言う。
「大丈夫、子どもの前で殺しはしないさ。ただ、故郷にお帰り頂くだけだ」
ルディが剣を振り下ろす。
『重力破断』、ではない。
王子と騎士たちは、吹き飛ばされながら光に飲み込まれていった。
ルディの言葉を信じると、転移魔術で王竜王国に返したのだろう。
全くルディは。強引なのか、優しいのか分からないね。
アルスとジークは、目の前の最強のお父さんを見て、目を輝かせていた。
ジークは、さっきまでの怯えなんてどこかに消えてしまったみたいに、ぱちぱちと拍手までしている。
エリスも、満足げに頷いていた。多分、内心では自分が戦えなかったことを少し悔しがっているんだろうけど。
ランドルフさんは剣を鞘に収めながら、「いや、実に良い夜でした」と満足げに笑っている。
全く、物騒な夜のはずなのに、この二人は本当に楽しそうにしている。
ボクは苦笑しながら、ジークの頭をそっと撫でた。
今夜のことは、きっとこの子にとっても、忘れられない思い出になるんだろうな。
王竜王国の王子は原作ではアンチ・アスラになるようですが、本作ではそんなことなさそうですね。懸想が絡まなければ優秀な人物です。
ランドルフに渡した魔剣は、火魔術による蜃気楼の発生と、催眠魔術を押し付けることで相手を眠らせる剣です。並みの騎士相手なら一太刀浴びせれば十分、強者相手でも、打ち合うほどに相手の意識を徐々に奪う剣です。