無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~   作:haru-ha

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【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)

以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。

【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。


エピソード19:国立美術館設立

Side: ルーデウス

 

ラノア王国の王子から依頼され、設立に協力してきた国立美術館。

紆余曲折あったが、着手から一年という短期間で設立できた。今日は初お披露目の日である。

 

朝から胸の奥がそわそわと落ち着かない。

何年経ってもこういう緊張感だけは慣れないものだ。

 

一年は長いようで短かった。

どこかから噂を嗅ぎつけてきたペルギウスに、設計に際して一番に声をかけなかったことを長時間説教された。

どこかから噂を嗅ぎつけてきたアリエルには、なぜアスラ王国でまず作らないのかと粘着された。

結果として設計チームにペルギウスが加入し、ラノア王国のあとでアスラ王国でも国立美術館を設立することが決まった。

 

あの時のペルギウスの拗ねっぷりは、今思い出しても苦笑いが漏れる。

「貴様は我という目利きを差し置いて、あの若造とばかり話を進めていたのだな」と、延々と恨み言を聞かされたものだ。

結局、監修という形で加わってもらうことでようやく機嫌を直してくれたのだが。

 

ずっとこの設計・建築作業に注力できればよかったのだが、忙しかった。

龍神オルステッドからの依頼の仕事もある。

アレクもルードも傭兵団も手伝ってくれるが、時折人神(ヒトガミ)の使徒と思われる存在が発生するのだ。

そうなった場合、オルステッドか私が出張する事態にもなる。

仕事だとラノア魔法大学での授業もあるしな。

 

プライベートでも忙しかった。

結婚式ラッシュだったのだ。

イゾルテとドーガの結婚式から始まり、ザノバとジュリ、ルードとファリアスティアの結婚式もあった。

あとはノルンとルイジェルドの結婚式もだ。

 

ノルンとルイジェルドの式はビヘイリルのスペルド族の里にて行われた。

辺境にも関わらず、多くの人が来た。私の家族は当然だろう、全員で向かった。

パウロはノルンがいなくなることをずっとぐちぐち言っていたが、相手がルイジェルドなら文句の言いようもないらしい。

「さびしい、さびしい」と、酒が入るたびに繰り返していた。

ゼニスがその都度、背中をさすりながら宥めていたのがなんとも微笑ましい光景だった。

 

オルステッドも来た。

ノルンとルイジェルドの子どもは、将来オルステッドの仲間となるらしい。彼にとっても重要な結婚とのことだった。

 

驚いたのはアリエルだ。

前に変装の魔術具の複製を依頼され、多額の報酬と共に請け負ったことがある。

アリエルはその魔術具を使って変装し、王国をこっそりと離れ、侍従が代わりに影武者として王国にいるとのことだった。

 

「そこまでして参加したかったのですか?」

 

そう聞くと、アリエルは涼しい顔で答えた。

 

「ノルンはわたくしの妹のようなものですもの。当然でございましょう?」

 

スペルド族の皆は驚いていた。

誰もが、これが特別な結婚式であることを認識したのだろう。

里の長老たちも、普段は寡黙な人々だが、この日ばかりは終始柔らかな表情を浮かべていた。

ビヘイリル王国からは王子も来ていた。私と目が合うと震えていた。

 

鬼神マルタも来ていたな、大量の酒を持って。

ルイジェルド、マルタ、バーディガーディ、キシリカでよく飲んでいるらしい。

 

多くの人に囲まれ、祝われるルイジェルドとノルン。

二人とも、似たような泣き笑いの表情で、寿ぎの言葉を受け止めていたのが印象的だった。

 

式の最後、ノルンが私のところに駆け寄ってきて、力いっぱい抱きついてきたことを覚えている。

 

「兄さん、ありがとうございました」

 

そう言って、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を、私の胸に押し付けてきた。

あの日の温もりは、きっとこの先も忘れることはないだろう。

 

 

 

そんなスケジュールの中、美術館の設計と設立があったのである。

睡眠時間が短くなるのも仕方ないだろう。

しょっちゅう空中城塞に行って、ナナホシ、ルード、ペルギウス、ザノバ、ジュリと設計について話し合った。

異世界の美術館のノウハウを詰め込んだのだ。

ペルギウスが絡む以上、一切の油断は許されない。

寝る間も惜しんで設計図に向き合った。

 

さすがのアイシャも、この時期ばかりは「少しは休んでください」と本気で心配してくれていた。

それでも、完成した建物を思い浮かべると疲れよりも高揚感の方が勝ってしまう。我ながら困った性分だと思う。

 

設計が終わった後の建築についてはそれほど苦労しなかった。

魔術を使えば工期はいくらでも縮められる。

縮んだ工期の分、細部の設計に拘った。

途中からは側近を撒いてきたという王子も加わり、共に建築に携わった。だいぶ仲良くなれたと思う。私にとって、新たな友だ。

 

思い返せば、この一年は本当に濃密だった。

結婚式で涙し、設計図で頭を抱え、また結婚式で涙し――その繰り返し。

忙しさの中にも、確かな幸福感があった。

誰かの門出を祝う瞬間と、新しい何かを生み出す瞬間。

その両方にこれほど恵まれる人生を送れているのは、きっと幸運としか言いようがない。

 


 

妻たち、家族たちと一緒に、建てられたばかりの美術館に向かう。

子どもたちは朝から興奮した様子で、馬車の中でもずっと落ち着かない。

今日という日を随分前から楽しみにしていたようだった。

 

途中、ザノバとジュリとルードとエリナリーゼとクライブと合流した。

クライブの教育にちょうど良いとエリナリーゼも相乗りしてきたのだ。ペルギウスとは現地集合にしている。

 

――ナナホシも来れると良かったな。今度目を覚ましたら連れてこよう。

 

件の美術館は『龍の爪』事務所の割と近くに建てられた。

巨大な公園も一緒に建築された、というより、建築した。依頼されたからな。

土魔術を広範に使えば、簡単に設計図通りの公園ができる。

事務所からも歩いて行ける距離にあるおかげで、完成までの日々のちょっとした休憩時間にもふらりと様子を見に行けたのは、地味にありがたかった。

 

公園には馬車を停めておくための馬車溜まりが設けられ、休憩所としてカフェが建築されている途中だ。

カフェについては『龍の爪』食品事業部が大きく関わっている。アイシャが目を輝かせて企画していた。

 

大きな噴水がある、広大な公園だ。

その中心に近い所に、巨大な建物がある。

この世界では珍しい曲線が特徴的な建物だった。

 

ナナホシの両親に会うついでに異世界の各地の美術館を見学してきたのだ。

美術館に関する本も読み込んだ。

 

外壁は緩やかにうねるガラスのカーテンウォールで覆われている。

天井を貫くような大きな吹き抜けの空間があり、光がふんだんに降り注ぐ。

波打つような曲線の壁面は、遠くから見ると巨大な帆船のようにも、あるいは巨大な貝殻のようにも見えた。

直線的な建築ばかりのこの世界では、まず存在しない意匠だ。

全体を見渡すと、まるで建物そのものが一つの彫刻作品であるかのようなそんな印象を受けた。

 

夕暮れ時にはガラス越しの光が館内に長い影を落とし、朝には反対に、柔らかな朝日が吹き抜けの隅々まで満たすように設計してある。

時間帯によって表情を変える建物、というのが、私とペルギウスの間でようやく折り合いのついたコンセプトだった。

あの人は、最後まで「もっと威厳を出すべきだ」と主張していたが。

 

皆が美術館に見入っている。

ザノバとジュリ以外、彼らはこの設計と建築に関わったからな、自慢げな表情をしている。

子どもたちは初めて見る建物の異様さに、口をあんぐりと開けたまましばらく声も出せずにいた。

 

ラノア王国の王子が豪華な馬車でやってくる。

皆で膝をついて礼をとった。妻たちが自己紹介する。

王子は満面の笑みだった。美術館が満足がいきすぎるほどの出来だからだろう。

 

「ルーデウス殿!ついに、この日が来ましたね!」

 

そう言って、私の手を両手で包み込むように握ってくる。この一年、共に苦楽を分かち合った仲だ。

彼の興奮も、痛いほどよく分かった。

振り返れば、深夜まで設計図を睨み合い、時には意見がぶつかって声を荒げたこともあった。

それでも、こうして完成した建物を前にするとそのすべてが良い思い出に変わっていく。

 

私が棒状の魔術具に魔力を込める。

ペルギウスの転移用の目印だ。

ほどなくして、ペルギウスがシルヴァリルとアルマンフィを連れ立って現れた。

王子共々、礼をとって挨拶する。

 

ペルギウスはご機嫌だった。美術館の外観を見て、

 

「設計図は見ていた。この世界の既存の常識にまったくとらわれない設計だ。美しさだけではなく、耐久性、耐震性、美術品を守るための空調にまで配慮された合理性――今日は中を見るのが、とても楽しみだ」

 

そう言っていた。

 

王子が先導し、ペルギウス一行、そして私たち一行が続いて中に入る。

 


 

多くの客が混雑なく入れるように、動線を完璧に計算している。

一方通行の順路を基本としながら、要所には広めのホールを配置して人の流れが滞留しないようにしてある。

展示室ごとの間には自然と足を止められる休憩スペースを挟み、疲労が蓄積しないような設計だ。

入口と出口を分離することで、逆流による混雑も起きない。

ベンチの配置一つとっても、大人と子供、それぞれの目線の高さから展示が見えるよう、細かく計算し尽くしてある。

 

団体客と個人客の動線をあえて緩やかに分けたのも拘った点のひとつだ。

人数の多い団体が個人客の鑑賞ペースを乱してしまうことのないよう、それぞれに適した幅の通路を設けている。

案内表示についても、床の色や壁の意匠だけで方向性が直感的に分かるよう工夫を凝らした。

文字が読めない子供や、初めてこの手の施設を訪れる人であっても、迷わず楽しめるようにという配慮だ。

 

照明ひとつとっても、この世界の常識から外れている。

灯火の精霊のスクロールをベースに、新たに開発した照明だ。

展示品には紫外線を含まない、色の再現性に優れた柔らかな光を絞り込んで当て、周囲の壁面はあえて暗めに保つことで、視線が自然と作品に集中するよう計算されている。

照明の色温度も部屋ごとに微妙に調整し、彫像の質感がもっとも美しく見える角度と強さを何度も試作しながら追い込んだ。

 

小型の彫像が並ぶ部屋では、柔らかく均一な光で全体を包み込むように。

一方、目玉となる大型の展示物には、あえて強いコントラストをつけ、影を効果的に使うことで劇的な印象を演出する。

この緩急の付け方こそが、この美術館の照明設計における最大の拘りだった。

 

子どもたちはまたもや開いた口が塞がらないようだ。

妻たちもか。エリスはわくわくした目で、ロキシーは口をあんぐりあけ、シルフィはなぜか私を呆れた目で見ている。凝り性すぎる、と言いたいのだろう。

 

ペルギウスがその合理的な設計を褒め称える。

王子が興奮した様子でその設計のノウハウを説明し、ザノバも興奮しながら説明する。

外観同様、この美術館そのものが一つの彫像のような一体感を持ち、その中に眠る芸術の宝に向かっていく。

私自身こうして完成した空間を実際に歩いてみると、図面の上だけでは分からなかった手応えを感じる。

 

しっかりと動線が制御されたルート通りに進む。

いくつかのルートが作れるように設計したが、今はまだ彫像関連のルートしかない。

ゆくゆくは絵画等のルートも作りたいものだ。いくらでも追加できるよう、設計には余裕を持たせている。

 

絵画のルートについては既にナナホシと構想を練り始めている。

異世界の名画の模写を展示するのか、それとも、この世界の画家たちの作品を集めるのか――悩ましいところだが、決めるのもまた楽しみのひとつだ。

 

ペルギウスが床材の違いに気が付いた。

展示室ごとに、床材の色調や質感をわずかに変えているのだ。

足音を吸収する仕上げにして展示室内の静けさを保ちつつ、滑りにくい加工も施してある。

通路の色を一段濃くすることで、来場者が無意識のうちに正しい順路を辿れるよう誘導している。

子どもたちは見慣れぬ床を恐る恐る進む。エリスとロキシーもか。

 


 

まずは小型の彫像の部屋。

 

王子の要望もあったので、魔物の彫像が多い。

世界各地の魔物の、等身大の彫像だ。

 

「剥製かと見間違えるほどだ」

 

王子が、そう言って感嘆していた。

私とザノバとジュリが寄贈したものだ。

ザノバとジュリはよく魔物の彫像で練習していたし、私も忙しくても手癖で彫像を作ってしまうので、品数には困らなかった。

 

ペルギウスは一つ一つ舐めるように検分していく。

長い年月を生きてきた彼にとってすら、初めて目にする種類の魔物もあったのだろう。

時折、感心したように小さく唸り声を漏らしていた。

 

「照明も含めて、素晴らしい演出だ」

 

それぞれの彫像には、説明文のプレートが土台に備え付けられている。

どこに生息するか、脅威度は、どんな特性を持つか……子どもたちが興奮して音読していた。

その様子をシルヴァリルが微笑ましく見守っていた。

 

「ねぇ、これって本当にこんな大きさなの?」

 

クリスティーナがジークの手を引きながら聞いてくる。

 

「ああ、実物大だよ。もし森の中で出会ったら、油断しないようにね」

 

そう答えると、クリスティーナは目を丸くして、改めて彫像を見上げていた。

 

ルートを進むと、段々と魔物の大きさが大きくなる。

 

アサルトドッグ。ターミネートボア。ゴブリン。朱凶蜘蛛(タランチュラ・デスロード)。緑葉虎(リーフタイガー)。双尾死蠍(ツイン・デス・スコルピオ)。サキュバス。処刑人(エクスキューショナー)。白牙大蛇(ホワイトファングコブラ)。雨群蜥蜴(レインフォースリザード)。大王陸亀(グレートトータス)。

 

世界各地の魔物を彫像にした。

増していく迫力。

天井の高さも、部屋を進むごとに少しずつ高くなるよう設計してある。

来場者が無意識のうちに「この先に、もっと大きなものが待っている」と感じ取れるよう、空間そのもので緊張感を演出したのだ。

この仕掛けに気づいた王子は、感嘆の声を上げていた。

 

そして、次の部屋、大部屋。この展示の二つの見どころのうちの一つだ。

 

神殿を彷彿とさせる厳かな領域。

その中心に、赤竜の彫像。もちろん、原寸大だ。

 

翼を大きく広げ、今にも咆哮を上げそうな姿勢で固定されたその竜は、天井近くまで届くほどの威容だった。

鱗の一枚一枚まで克明に再現され、爪の先端は今にも獲物を切り裂かんばかりに鋭く尖っている。

半開きの顎の奥には、幾重にも並ぶ牙が覗き、その奥から今にも炎が吹き出しそうな緊張感を纏っていた。

照明が下から緩やかに当てられているせいで、影が長く壁に伸び、実物の何倍もの威圧感を醸し出している。

翼の付け根や関節部分の皮膜の薄さまで再現されており、光にかざせば血管の一本一本まで透けて見えそうなほどの緻密さだった。

 

王子とザノバは大興奮だった。

その場で五体投地しかねないほどだ。

実際、少し泣いている。泣きながら説明している。

「この鱗の質感は……」「牙の角度が……」と、二人で早口に語り合う様子は、もはや誰にも止められない。

ペルギウスも、設計図では知っていても実際に目にすると迫力に驚いていた。そして、褒め称えていた。子どもたちは大興奮だ。

 

「すごい……すごいよ、パパ!」

 

アルスが興奮気味に叫んでいた。

妻たちはしばらくの間、誰も言葉を発することができなかった。ただ、圧倒的な存在感を前にその場に立ち尽くしている。ロキシーが小さく呟いた。

 

「これほどの迫力を、彫像で表現するとは……論文にしたいくらいです」

 

学者としての本能が疼いたのだろう、既に頭の中で分析を始めているような目つきだった。

 


 

次の部屋に移る。次の展示は人物が中心だ。

 

一応、全て彫像にする許可、展示する許可は得ている。

ラノア王国国王から始まり、この王子の彫像もある。

照れ臭そうに、でも自慢げに王子は説明していた。

像に刻まれた表情まで実物そっくりだと、側近たちが口々に驚いていた。

そして、アスラ王国のアリエル。ミリス神聖国の教皇、神子。そのうち、クリフの像も並ぶのだろうな。

 

王竜王国は、世界会議(コンキリウム)の際に王子から喧嘩を売られたので許可をもらいに行きづらく、残念ながら彫像はない。

ほかにも、パックスとベネディクト。ルイジェルド。アレク。アトーフェ。キシリカ。そして、オルステッドと続く。

 

それぞれの像の前で、家族たちが思い思いの反応を見せていた。

ルイジェルドの像の前では、クリスティーナが「ノルン姉の旦那様だ!」と嬉しそうに声を上げている。

アレクの像を見たジークは、「かっこいい……」と、うっとりした様子で見上げていた。

 

ペルギウスはアトーフェとキシリカの彫像には嫌悪感を示していたが、他の像は褒めてくれた。

 

「……我が像を作って飾っても良いぞ」

 

そう、許可をもらった。

 

「では、特別に一部屋作らねばいけませんね。アトーフェたちと同室はお嫌でしょうから」

 

そう言うと、ペルギウスは満足げに微笑んだ。

 


 

そして、最後の大部屋。

荒野をイメージした、岩石と魔石の部屋。魔石に照らされる、存在感がありすぎる像。

 

等身大の、『闘神バーディガーディ』。

 

これまで通り抜けてきた展示室とは明らかに空気が異なる。

壁も床も、荒々しい岩肌を思わせる質感に仕上げてあり、まるで戦場に足を踏み入れたかのような錯覚を覚える。

 

そのあまりの迫力に、皆が息を呑む。

 

六本の腕には、それぞれ異なる構えを取り、盛り上がった筋肉とそれを覆う鎧が緻密に彫り込まれている。

顔は見えないが、鎧の中も作りこんである。獰猛な笑みが浮かび、獣めいた鋭い牙が覗く顔だ。

神秘的な黄金の輝きまでもが再現され、まるで今この瞬間に咆哮をあげて動き出しそうな臨場感がある。

周囲を照らす魔石の紅い光が、その陰影深く浮かび上がらせ、荒野の戦場そのものを切り取ってきたかのような空気を醸し出していた。

台座に刻まれた説明文には、「かつて魔龍王ラプラスを引き裂いた、武の頂」とだけ、簡潔に記してある。

 

闘神鎧は私が消し去ってしまったから、今や私しか表現できない彫像だ。

バーディガーディの許可はもちろんとった。本人は喜んでいた。見に行きたいと言っていた。

 

「さっさと人神(ヒトガミ)との決着がつけば見に行けるものを」

 

そう、悔しがっていた。

 

子どもたちも、この最後の部屋には特に圧倒されていた。

アルスは拳を握りしめて像を見上げ、ララは珍しく目を見開いたまま固まっている。ルーシーは「かっこいい……」と呟き、クリスティーナはジークの手をぎゅっと握っていた。リリだけは怖がることなく、興味津々といった様子で像の足元まで駆け寄っていた。

 

 

 

これで展示は終了だ。圧倒され続けた皆がため息をつく。明るい廊下に出て、ひと心地をつく。

 

王子は、ペルギウスにどうでしたかと聞く。ペルギウスは満足そうに、

 

「概ね、満足した」

 

そう言っていた。ペルギウスはだが、と続ける。

 

「最後が、バーディガーディとはな」

 

まぁ、ペルギウスは魔族が嫌いだからフィナーレに不満があるのかもしれない。

 

すると、ペルギウスがとんでもないことを言い出した。

 

「ルーデウス、貴様の彫像があった方が良いのではないか?」

「私の彫像など、迫力はないでしょう」

「今の姿ではない。『あの姿』、だ」

 

ペルギウスは、私が闘神バーディガーディとの戦いで変身した多頭竜(ヒュドラ)の姿のことを言っているのだろう。

あれは巨大すぎるし、自分で作るのはちょっと恥ずかしい。

 

そう思っていたが、王子が急に膝をついて私に頼み始めた。側近たちの制止も振り切って。

 

「絵本で見たあの御姿を、一度でいいから見てみたいのです。できれば、形に残したい」

 

なぜかザノバとジュリも頼み始める。

王族たちに跪かれると居心地が悪い。

ペルギウスがやらないのかと見てくるのも気まずい。

子どもたちまでもが、キラキラした目でこちらを見上げてくる始末だった。

 

……仕方ない、やるか。『外側』だけなら消費もほとんどない。

逆混合(リバース・コンタミネーション)も、アレクの魔剣作りの時に大きく効率が改善できている。

 

「どこにしますか?」

 

そう王子に聞く。王子は至極嬉しそうに顔を上げて、

 

「公園の中央に、貴方の姿を示したかったのです」

 

そう言った。

 

美術館の出口から、公園の中央が見える。

誂えられたかのようにスペースが空いている。この展開は狙い通りだった、ということだろう。

 


 

美術館を出て、公園の中央の少し小高い丘に歩く。

わずかに魔力を循環させて、あの魔術の外側を築き、自分の姿を変える。

 

「『神獣化・雷電魔石多頭竜アルテ・デイ・フルメン・マナタイト・ヒュドラ』」

 

私の身体が、白銀に輝く巨大な多頭竜(ヒュドラ)に変わる。美術館の背にも届く大きさだ。

 

その場にいた全員が、息を呑んだ。

子どもたちは怖がるどころか、目を輝かせて歓声を上げている。アルスなど、両手を突き上げて「うおおおお!」と叫んでいた。

エリスは誇らしげな笑みを浮かべ、ロキシーは学者らしく、その巨躯の構造を興味深そうに見つめている。シルフィだけは、いつもの調子で「相変わらず規格外だなぁ」と苦笑していた。

ペルギウスは腕を組んだまま、満足げに頷いている。

 

竜の身体で王子に声をかける。電気のノイズが混ざった声だった。

 

「これで、ご満足いただけましたか?」

 

王子は顔を真っ赤に興奮させて、こくこくと強く頷いた。

言葉にならないほど感激しているらしい。側近たちも、これまでの畏まった態度をかなぐり捨てて、ただただ呆然とこの巨躯を見上げている。

 

背後で、ザノバがぶつぶつと何かを呟いているのが聞こえた。

恐らく、この巨躯をどう彫刻の技法に落とし込むか、既に頭の中で設計を始めているのだろう。彼のこういうところはいつも尊敬に値する。

 

――さて、これを形づくるにはどうするか。

 

そのまま型取りすれば良いか。

屋外に置くのであれば、材質は青銅が良いだろう。長い年月、雨風に晒されても朽ちにくく、時を経るごとに独特の緑青が浮かんで、また違った味わいを見せてくれるはずだ。

 

身体の動きを意図的に止め、まずは結界魔術を起動する。

私の身体を囲むような円形の結界だ。

そして、土魔術を応用し、結界の中に大量の石膏を流し込んでいく。石膏が自重で崩れないよう、補強しながら。

 

――先日異世界から持ってきた3Dプリンタの技術も使えるか。

3Dプリント自体はシンプルな仕組みだが、あのサポート材を自動設計する仕組みは面白い。樹木のように鉄筋を張り巡らせて、石膏を支える。

 

石膏は中に水分が残ると爆発して危ない。

本来はこれほど巨大な石膏から完全に水分を除くことは難しい。だが、この世界では水魔術と火魔術を応用すれば可能だ。

長く動きを止めているのも大変だから、すぐに乾かす。

周囲で見守る皆には、念のため少し離れてもらった。

万が一にも、破片が飛んで怪我をさせるわけにはいかない。

 

完全に石膏が乾いたら、魔術を解いて元の人型に戻る。

そして、石膏の上に転移した。

石膏に穴を開け、土魔術と火魔術の応用で溶けた青銅を流し込む。

中に空気が残らないよう、風魔術の応用で真空にして注型する。

細部まで隅々まで行き渡るよう、青銅の重さに負けないよう重力魔術で調整する。

ムラなく行き渡ったら冷却だ、ゆっくりと温度を下げる。

急冷すれば内部に歪みが生じ、ひび割れの原因になる。焦らず、丁寧に温度勾配を管理していく。

石膏の型を割った後には、湯口や気泡の跡を研磨で丁寧に均し、表面に酸化被膜を作って独特の風合いを出す仕上げも必要になるだろう。これは人に任せたいな。

 

再び転移して、ペルギウスや王子の前に立つ。最後は土魔術で石膏を除去する。

 

現れた巨大な青銅の像に、皆が驚いた。

鱗の一枚一枚の陰影までもが克明に再現され、太陽の光を受けて鈍く輝いている。

まだ焼き立てのその表面からは、うっすらと熱気すら立ち上っているように見えた。

王子は言葉を失い、ただ像を見上げたまま立ち尽くしていた。

側近の一人は、腰を抜かして地面に座り込んでいる。

ザノバとジュリは、食い入るように細部を観察しながら、興奮のあまり手を震わせていた。

ペルギウスですら、しばらく無言のまま、その巨躯を見上げ続けていた。

 

エリスは腕を組んで、再び誇らしげに胸を張っている。ロキシーは口元を手で覆い、感嘆のあまり声も出ない様子だった。シルフィだけは、いつものように「はぁ……」と長い溜息をついていたが、その目にはやはり驚嘆の色が浮かんでいる。子どもたちに至っては、しばらく像を見上げたまま、誰も言葉を発しなかった。

 

「……貴様は、本当に規格外だな」

 

ペルギウスが、ようやく絞り出すようにそう呟いた。呆れと、感嘆の両方が混じった声だった。

 

「細かな所の仕上げは誰かに任せても良いですか?自分の姿の仕上げをするのは、ちょっと気が進まないのです」

 

ペルギウスは呆れる。

 

「貴様は変な所で恥ずかしがりだな」

 

仕上げはザノバとラノアの王子が元気に手を上げた。

 

「弟子として、恥じない仕上げをしてみせます!」

「ラノア王国の総力を挙げて、専門家を集めましょう!」

 

青空の下、そう宣言していた。

 

その様子を眺めながら、私は密かに肩の力を抜いた。

この一年で味わった苦労も、今この瞬間の光景を見れば、すべて報われたような気がする。

子どもたちの笑い声、妻たちの穏やかな表情、そして誇らしげに胸を張るザノバと王子――これ以上ない、幸せな一日の締めくくりだった。




美術館を建てました。
イメージは新国立美術館です。
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