無職転生 ~性格改変_エンジニアリング視点での魔術構築~   作:haru-ha

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【設定について】
本作は『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』の二次創作小説です。
pixivに掲載していた小説(完結済)のセルフ転載となります。(所々、追記・修正しています)

以下の独自設定(IF設定)を含みます。
・原作と違って、元々存在していたルーデウスの自我は失われず、そこに「ある男」の記憶だけが継承されたという解釈で執筆しています。
・そのため、原作のルーデウスとは性格や口調、判断基準が異なります。

【注意事項】
・原作のストーリー改変(生存IFなど)が含まれる可能性があります。
・キャラの独自解釈、および設定の捏造が含まれます。
・原作全編のネタバレに配慮しておりません。
なんでも許せる方のみ、お進みください。


エピローグ23:王竜王国との和解、スペルド族の里

Side:ルーデウス

 

第二回世界会議(コンキリウム)の二日目。

 

私の登壇と全体への大発表は初日にすべて完了していたため、二日目と三日目の私の予定は完全にフリーだった。

せっかく各国から多様な文化や出店が集まり、祭り状態となっている王都アルスだ。私はこの二日間を、家族と共に心ゆくまで観光して過ごすことに決めていた。

 

変装の魔術具を使い、私の顔立ちを一般的な人族の青年風に変え、目立つ特徴を消して街へと繰り出す。

 

『雷神』としての顔を脱ぎ捨て、ただの父親として家族と歩ける時間は思っていた以上に貴重だった。

石畳の通りには色とりどりの旗と屋台が並び、様々な国の料理の匂いが入り混じっている。

 

「ガハハハッ!ルーデウス、そっちの屋台の肉串も美味そうだぞ!全部買い占めいっ!」

「サウロス曾祖父様、買い占めたら他の人が食べられなくなっちゃうよ」

 

私とエリスの祖父であるサウロス・ボレアス・グレイラットは、御歳を感じさせない圧倒的な元気さで祭りを引っ張っていた。フィリップとヒルダは世界会議(コンキリウム)の実務と各国王族の接待で手一杯のため、サウロスが張り切って子供たちを引き連れてくれているのだ。

 

「パパ!あの風船みたいな魔術おもちゃほしい!」

「ルーシー、順番。あっちの甘味の屋台も気になる……!」

「俺はあっちの武具の露店が見たい!」

「クリス、転ばないように手をつなごうね」

「パパ、アイス買ってー!」

「リリ、あれ分解しちゃダメだよ!」

 

アルス、ララ、ルーシー、クリスティーナ、ジークハルト、リリ。

子供たちは大はしゃぎで、思い思いに露店や大道芸を楽しんでいる。

 

傍らでは、エリス、ロキシー、シルフィの三人も嬉しそうに微笑みながら、珍しい外国の小物を手に取っていた。

ちなみにオルステッドは、アレク、そしてペルギウスと一緒に別のエリアを楽しんでいるはずだ。アリエルが「龍神様と甲龍王様を絶対に楽しませる!」と意気込んで、特別に組んだ特大のイベントツアーを満喫していることだろう。

 

三人の妻たちが仲良く並んで歩く姿を見ていると、自然と頬が緩む。

かつては遠慮もあった三人だが、今ではすっかり気の置けない友人同士のように、笑い合いながら買い物を楽しんでいた。

 

朝から夕方まで、文字通り街中を歩き倒した。

いくら体力のあるサウロスでもそろそろ疲れるかと思ったが、彼は子供顔負けのタフさで最後まで大笑いしていた。

 

日が傾き、街にオレンジ色の夕空が広がる頃。

 

「ふぁぁ……パパ、ねむい……」

「リリも……あるけない……」

 

流石に遊び疲れたらしいクリスティーナとリリが、ぐったりと私の膝に縋り付いてきた。

私は二人を前と後ろで抱っこし、背中に背負い直す。

 

「よしよし、よく遊んだね。そろそろ帰ろうか」

 

私たちは王都アルスにあるボレアス家の屋敷へと足を進めた。

 

屋敷の玄関前まで辿り着くと、そこには幼いアイリスとルーシュを両腕に抱いたアイシャの姿があった。

何やら豪奢な仕立ての服を着た、王城からの使者とやり取りをしている最中だったようだ。

 

「あ、旦那様!お帰りなさい!」

「アイシャ、対応ご苦労様。この方は?」

 

私が尋ねると、使者は恭しく深々と頭を下げた。

 

「『雷神』ルーデウス・ボレアス・グレイラット様。アリエル女王陛下より至急の伝令にございます。今すぐ王城の応接室までお越しいただきたく……」

「今から王城かい?家族で夕食を楽しもうと思っていたんだが……」

 

使者は非常に申し訳なさそうに「陛下から直々のご指名でして……」と汗を拭った。

アリエルからの急な呼び出しとなれば、断るわけにもいかない。

 

「分かった、すぐ向かうよ。……サウロス様、クリスとリリを頼みます」

「任せておけ!ルーデウス、城の食事も美味いだろうが、ボレアス家の酒宴に遅れるな!」

「はい、なるべく早く終わらせて戻ります」

 

私は妻たちと子供たちに別れを告げ、使者の案内で王城へと向かった。

 


 

王城の最深部、厳重な警備が敷かれた最上位の応接室。

 

豪華な飾りが施された重厚な扉の前には、見知った巨漢が仁王立ちしていた。

 

「ドーガ。警護、ご苦労様」

「……ん、ルーデウス。陛下、待ってる。入って」

 

ドーガが木訥と頷き、扉をノックして取次を行ってくれた。

室内からアリエルの「お入りください」という鈴の転がるような声が聞こえ、侍従が扉を開く。

 

「ルーデウス・ボレアス・グレイラット、参上いたしました」

 

部屋に足を踏み入れた私は、そこにいるメンツを見て少し意外に思った。

 

アリエルが座り、その背後にルーク、フィリップ、そしてイゾルテが並んでいるのは当然として。

その向かい側の応接ソファに座っていたのは、王竜王国の現国王であるステルヴィオ・フォン・キングドラゴン陛下と、その息子のカークランド・フォン・キングドラゴン王子だったからだ。

 

ステルヴィオは以前見た時よりも明らかに顔色が白く病的であり、息子のカークランド王子は小さく丸まり、深く項垂れている。

 

さて、どこに座ったものか。

私が一瞬迷っていると、アリエルが自分のすぐ隣のスペースをトントンと手で叩き、微笑みかけてきた。

 

「ルーデウス様、こちらへどうぞ」

「……女王陛下の隣に座ってもよろしいのですか?」

「ええ、もちろんですわ」

 

本人が良いと言うなら遠慮する必要もない。

私がアリエルの隣に腰掛けると、後ろに待機していたフィリップが、すっと私の背後に立ち、無言の圧力を対面へと向けた。

 

私は姿勢を正し、アリエルに尋ねた。

 

「アリエル様。此度はどのようなご用件でしょうか?」

「ええ、前回の世界会議(コンキリウム)における『事故』についての清算ですわ」

 

アリエルがフッと笑みを浮かべた瞬間、対面に座るカークランド王子がビクッと肩を跳ね上がらせ、ステルヴィオ国王が深いため息を漏らした。

 

ああ、そういえばそんなこともあったな。

王竜剣カジャクトの返還を求めて、この王子率いる王竜王国騎士団が私たち家族を力ずくで襲撃し、私が返り討ちにして転移陣で強制送還した件だ。

 

正直なところ、あの一件はもう終わったこととして頭の片隅にすら残っていなかった。

まさかこうして正式に呼び出され、謝罪の場が設けられるとは思っていなかったな。

 

私はカークランドに向き直り、穏やかに声をかけた。

 

「カークランド王子。あの日は無事に本国へ帰り着けましたか?」

「ひっ……!お、おかげさまで……無事に……帰還いたしました……っ」

 

カークランドは怯えきった声で、ガタガタと震えながら答えた。

 

すると、隣に座るステルヴィオが徐に深々と頭を下げた。

それに倣うように、カークランドは勢い余って額を机に叩きつけるほどの勢いで頭を下げた。

 

「……ルーデウス殿、そしてアリエル女王陛下。謝罪が遅くなりましたことを、心よりお詫び申し上げます。我が息子の愚かで、あまりにも下劣な暴走について、王竜王国の王として、そして親として深く謝罪いたします」

「申し訳ありませんでしたぁぁっ!私の身勝手な振る舞い、どんな処分でも受け入れますっ!」

 

一国の国王と王子が、他国の応接室でここまで見事に頭を下げるなど、歴史上滅多にあることではない。

ましてやアスラ女王であるアリエルの目の前だ。どれほど密室の耳目が遮られた場とはいえ、この行動一つで両国間の政治力は今後十年以上、王竜王国がアスラ王国に絶対の頭が上がらない構造が確定する。

 

フィリップの目が、完全に上位者の目になって光っているのが後ろからでも分かった。

 

私は少し思案した後、静かに告げた。

 

「頭をお上げください、ステルヴィオ陛下。謝罪はお受けいたします。私個人としても、あの件のおかげで妻や子供の前で格好をつけることができましたからね、別に怒ってはいませんよ。双方に死者が出ていないのであれば、それで手打ちといたしましょう」

 

私の言葉に、ステルヴィオとカークランドが恐る恐る頭を上げた。

ステルヴィオは安堵の息を漏らして目を伏せ、カークランドは目元に涙を浮かべながら、再び深く首を傾けた。

 

「……寛大なご処置、心より感謝いたす、ルーデウス殿」

 

その時、私の隣からアリエルの心の声——というか、強い視線の圧力が飛んできた。

 

(……ルーデウス様、少し甘すぎるのではありませんか?ここはもっと王竜王国を締め上げて、鉱山資源や関税の永久優遇などを強請り取れる絶好の機会ですのに……!)

 

目線でそう訴えてくるアリエルとフィリップに対し、私は苦笑いでスルーした。

私個人は政治的な駆け引きで他国を搾り取ることに興味はない。国益にするための強請り行為は、アリエルとフィリップの仕事だ。

 

「まあ、あの程度の襲撃であれば、私にとっては脅威でも何でもありませんでしたからね。次がないのであれば問題ありません」

 

私が何気なく口にした「脅威でも何でもない」という言葉に、ステルヴィオとカークランドは顔を青ざめさせ、底知れぬ実力差を再認識したようだった。

 

ステルヴィオは胸を押さえ、苦しそうに息を吐きながら言った。

 

「……実は、近いうちに王位を退こうと考えていた。しかし……この愚息をこのまま王位に就かせるわけにはいかん。私自身の責任として、死ぬまでに息子の再教育を徹底して行うことを約束しよう」

 

その言葉を聞きながら、私はステルヴィオの顔を凝視した。

竜の眼の受動探知と、顔の細部を観察する。彼の顔色の悪さは、厚化粧によって無理やり隠されたものだ。

 

さらに疑似魔力眼(マナ・サイト)を起動して彼の体内を透過視する。

 

(……身体組織の劣化と、進行性の疾患か。重いな)

 

オルステッドから以前聞いた話が脳裏をよぎる。

ステルヴィオは即位後十年も経たないうちに不治の病に倒れ、若くして王位を譲る運命にある、と。

まさに今、その病魔が彼の命を蝕んでいる最中なのだ。

 

だが……今の私の治癒術と魔術医療の知見をもってすれば。

 

「ステルヴィオ陛下。失礼ですが、重い病を患っておられますね?」

「……バレてしまったか。その通りだ。昔から体が弱くてな……ここ最近は特に酷い」

「重い病ですが……治せないこともないですよ。今、ここで治して差し上げましょうか?」

 

私の軽やかな提案に、応接室の全員が凍りついた。

アリエルもルークもフィリップも目を見開いている。

 

沈黙が数秒流れた。誰も、この提案の意味をすぐには飲み込めなかったのだろう。

 

ステルヴィオ自身、理解が追いつかないというように驚愕の表情を浮かべた。

 

「な……なんだと……!?我が国がルーデウス殿に多大なご迷惑をおかけしたというのに……そのような奇跡まで頼んでよいのか……!?」

「構いませんよ。知らない仲でもありませんし……何より、カークランド王子の再教育を長期間にわたってしっかり行っていただかねば困りますからね」

 

私は微笑むと、右手をすっと突き出し、ステルヴィオの足元に即席魔法陣(アドリブ・サーキット)を展開した。

 

空気中に幾重もの複雑な黄金の魔法陣が浮遊し、多層に重なり合う。

帝級の解毒魔術と、帝級の治癒魔術を組み合わせた同時複合行使だ。

神級治癒のような大規模な触媒は不要。私の無詠唱による精密な魔力制御だけで十分に完結する。

 

ステルヴィオの身体が、淡い聖なる光の粒子に包まれた。

数千、数万の光の粒が彼の体内を巡り、黒ずんでいた病魔の毒素を徹底的に分解・霧散させていく。

 

数秒後、光が収まった。

 

「……いかがですか、ステルヴィオ陛下?」

 

ステルヴィオは呆然と自分の両手を見つめ、やがてゆっくりとソファから立ち上がった。

 

「な……なんだこれは……!?ここ数年は身体が鉛のように重く、立ち上がることすら一苦労だったというのに……体が軽い……!呼吸がこんなに楽なのは……何年ぶりだ……!?」

 

劇的な回復を果たしたステルヴィオの顔からは、あの病人特有の土色が消え去り、血色の良い健康的な赤みが戻っていた。

 

「無事に効果が出たようで何よりです」

(……ルーデウス様、サービスしすぎですわ!貸しが大きくなりすぎて、王竜王国がどう返せばいいかパニックになりますわよ!)

 

横からアリエルが凄まじい目線の圧を飛ばしてきたが、私は綺麗に無視した。

 

「さて、アリエル様。用件は以上でしょうか?」

「……ええ。急な呼び出しにもかかわらず、何から何まで……本当にありがとうございました、ルーデウス様」

 

アリエルが呆れと感謝の混ざった溜息をつきながら言った。

 

「では、私はボレアス家の酒宴に戻りますので、これで失礼いたします」

 

私が立ち上がって一礼すると、ステルヴィオとカークランドが飛び上がるようにして深く、深く頭を下げた。特にカークランドは、もはや敬意と恐怖と感謝が混ざり合った顔で、王族の威厳など一切投げ打って頭を下げ続けていた。

 

これなら、今後彼らがアスラ王国や我が家に牙を剥くことは二度とないだろう。

 


 

人族の主だった国々への人神(ヒトガミ)打倒の報告は世界会議(コンキリウム)の場で完了したが、それ以外の縁ある人々にはやはり自分の口から直接伝えるべきだろう。

 

まずは、あの決戦の舞台の一つともなったビヘイリル王国。

国王には世界会議の場で報告済みだが、あそこに暮らすルイジェルド、ノルン、そしてバーディガーディには、直接会って報告したい。

 

「ビヘイリルに行く」と家で話したところ、父パウロと母ゼニスが「俺たちも行く!」と言い出した。

二人が行くとなれば、当然お世話役のリーリャも同行が必要だ。世界会議(コンキリウム)の間、彼らには留守番を頼み切りだったから、良い気分転換になるだろう。

さらにアイシャも「ノルン姉の様子が気になるから私も行く!」と立候補した。

 

そしてオルステッドに「ビヘイリルに行ってきます」と伝えたところ、彼も「……俺も行こう」と言い出した。

オルステッドが来るとなれば、アレクも同行決定だ。

 

事務所の留守居はルード、ファリアスティア、そしてリニアとプルセナに任せることにした。ルードとファリアスティアがいれば事務処理も警備も完璧だ。

 

「……思ったより大所帯になったな」

 

転移魔法陣を前に、私は苦笑いを浮かべた。

 


 

ビヘイリル王国の奥深く、スペルド族の里へと繋がる転移門を抜けた。

 

通信石板であらかじめ連絡を入れておいたため、里には既に盛大な歓迎の準備が整っていた。

まさか龍神オルステッド本人までやってくるとは思っていなかったらしく、スペルド族の里はパニックに近い盛り上がりを見せていた。

 

「兄さん!オルステッド様までいらっしゃるなら、もっと早く言ってよ!どうおもてなしすればいいの!?」

 

スペルド族の伝統的な美しい衣装に身を包んだ妹のノルンが、汗をかきながら走ってきた。

 

「ハハハ、ノルン、普通のおもてなしで大丈夫だよ。オルステッドは細かいことは気にされないからね」

 

里の中央広場には、里で採れた新鮮な野菜や肉、ビヘイリル王国から贈られた高級食材、そして隣接する鬼族から届いた豪快な料理がズラリと並べられていた。人間とスペルド族と鬼族が、実に見事に共存できているようで微笑ましい。

 

ノルンとルイジェルドの結婚式以来の訪問だ。

 

「ノルン!」

「お母さん!お父さん!アイシャ!」

 

パウロ、ゼニス、アイシャがノルンに抱きつき、感動の再会を果たしている。

その横で、私は久々の師に向き直った。

 

「ご無沙汰しています、ルイジェルドさん」

「ああ……息災なようで何よりだ、ルーデウス」

 

ルイジェルドが、力強く、そして温かい笑みを浮かべて私の肩を叩いてくれた。

 

すぐに歓迎の宴が始まった。

広場の最上座にオルステッドが座り、その隣に私、アレク、そして私の家族たちが続く。

 

私は持参した大量の土産の酒をスペルド族の戦士たちに手渡した。

バーディガーディに渡す分も含めているため、巨大な酒樽が幾つも並ぶ。

持参したのは『龍の息吹(ドラゴンブレス)』ではなく、かつて龍神族の秘酒とされた『龍神宝玉酒(エールシュナイル)』の廉価版だ。度数はそれなりに高いが、芳醇な香りと深みがある。

 

「うまい!」「なんだこの酒は!身体の底から力が湧いてくるぞ!」

 

スペルド族の男たちが大喜びで盃を干していくのを見て、私も嬉しくなった。

 

ふと見ると、ノルンは盃に手をつけず、温かいお茶だけを飲んでいる。

パウロが不思議そうに「ノルン、飲まねえのか?」と尋ねると、ノルンは少し頬を赤く染めて、ルイジェルドと顔を見合わせた。

 

「あ……うん。実はね、お父さん……お腹に、赤ちゃんがいるの」

「「な、なんだってぇぇぇっ!?」」

 

パウロとアイシャの大声が重なった。

なんとめでたいことだろう!ノルンが妊娠したのだ!

パウロは「俺がおじいちゃん……!?」と頭を抱えて歓喜の悲鳴を上げ、私が「既にあなたはおじいちゃんでしょう?」と突っ込み、ゼニスは嬉しそうにノルンの手を握りしめている。

 

ルイジェルドは相変わらず無表情に近かったが、その目元だけは、隠しきれないほど柔らかく緩んでいた。

戦士としての厳しさの奥に、これから父になる喜びが確かに滲んでいる。

 

私は立ち上がり、ルイジェルドの前に進み出た。

 

「ルイジェルドさん!本当におめでとうございます!」

「……感謝する、ルーデウス」

 

ルイジェルドは照れくさそうに、しかし至福の笑みを浮かべて頭を下げた。

そして、私をまっすぐに見つめて言った。

 

「ルーデウス。もしよければ……生まれてくる子の名づけを、お前に手伝ってほしいのだ」

「私が……ですか?」

 

私はオルステッドへ視線を向けた。オルステッドは静かに頷いてくれた。

 

「もし女の子だったら『ルイシェリア』、男の子だったら『ルイヴィルド』というのはどうだろう?」

 

ルイジェルドとノルンは、その名前の響きを確かめるように何度か呟いた後、晴れやかな笑顔で声を揃えた。

 

「素晴らしい名前だ。ありがとう、ルーデウス」

「うん!すごく素敵な名前!ありがとう、兄さん!」

 

すると隣で酒を飲んでいたアイシャが、小声で私に突っ込んできた。

 

「……へえ、旦那様にしては、すごくまともで格好いいネーミングだね」

「おいおい、私だって大事な姪か甥の名前くらい、慎重に考えるさ。……事前にオルステッドの知恵も借りたんだから完璧だよ」

 

アイシャは「なーるほどね!」と満足そうに笑った。

かつては何かとわだかまりのあったノルンとアイシャだが、今では本当の親友のように仲が良い姉妹になっているのが、心から微笑ましかった。

 

宴が一段落した頃、ルイジェルドが私に尋ねてきた。

 

「ルーデウス。お前たちがここに来たのは、ただ酒を飲みに来ただけではないのだろう?」

「……ビヘイリル国王からは、何か聞いていますか?」

「ああ。世界会議(コンキリウム)で『何か大きな敵を討ち果たした』と報告があったと聞いたが……具体的にお前たちの口から聞きたい」

 

私とオルステッドは顔を見合わせ、深く頷き合った。

 

オルステッド、アレク、そして私の三人がゆっくりと立ち上がった。

広場の視線が私たちに集まる。

 

オルステッドが、朗々とした声で言い放った。

 

「……俺たちは、人神(ヒトガミ)を封印することに成功した」

 

シーン……。

 

広場に完全な静寂が訪れた。

スペルド族の戦士たちも、パウロたちも、頭の上に巨大な『?』を浮かべて固まっている。

 

(……相変わらず口下手すぎるな)

 

私は苦笑しながら一歩前へ出た。

 

「私から補足しよう。かつてこの地に恐ろしい戦火を持ち込み、スペルド族の生命を奪わんとし、世界中を裏から操っていた諸悪の根源……ノルンの絵本にも出てくるあの悪神人神(ヒトガミ)を、私たちが『無の世界』へ殴り込み、二度と出てこられないよう完全に封印したんです」

 

絵本によって人神(ヒトガミ)の存在を熟知している子供たちやスペルド族の面々に、私がかみ砕いて説明すると、ようやく事態の大きさが理解されたようだった。

 

「……封印しただと……!?」

 

ルイジェルドの瞳に、熱いものが溢れ出した。

彼は力強く自分の胸を叩き、持っていた盃を高々と掲げた。

 

「全同胞に告ぐ!今日は、スペルド族に病を齎した宿敵が討たれた、歴史上最大の祝勝の日だ!乾杯せよ!!」

「「「乾杯ぁぁぁぁぁっ!!」」」

 

地鳴りのような歓声がスペルド族の里に響き渡った。

 

そこからの宴は、真の狂乱と化していった。

アレクが身振り手振りを交えて講談師のように決戦の様子をドラマチックに語り、私が時折「アレク、ちょっと盛ってないか?」とツッコミを入れる。

ふと見ると、オルステッドがスペルド族の子供たちに囲まれ、「龍神様!髪触っていい!?」「神刀っていうの見せて!」と質問攻めに遭っていた。

困惑した顔をしながらも、どこかすごく嬉しそうに対応しているオルステッドの姿が印象的だった。

 


 

翌日。

 

私、オルステッド、アレクの三人は、大量の酒樽を魔法で浮遊させながら、ビヘイリル王国の深い森の奥へと進んでいた。

 

奥深き鬼族の領域へ入ると、賑やかな大声と酒の匂いが風に乗って漂ってきた。

 

樹々の合間から差し込む夕日が、酒盛りの喧騒を橙色に染めている。

相変わらず賑やかな連中だと、私は自然と口元が緩むのを感じた。

 

「ガハハハッ!マルタ、まだまだ飲み足らんぞ!」

「……まだまだ飲めるぞ。次、持ってこい」

 

鬼神マルタ、そして魔界大帝キシリカ・キシリスの甲高い声だ。

 

私たちが姿を現すと、巨大な六本の腕を持つ巨漢——魔王バーディガーディが真っ先に気づいて声を張り上げた。

 

「おおっ!?ルーデウスではないか!オルステッドにアレクまで来るとは、何の風の吹き回しだ!?」

「やあ、バーディガーディ。土産の酒を持ってきたよ」

 

私は浮遊させていた『龍の息吹(ドラゴンブレス)』の巨大な酒樽を、ドスンと十樽ほど地面に降ろした。

 

キシリカが「ひぃっ!?龍神オルステッドじゃあぁぁっ!」と悲鳴を上げて隠れようとしたが、酒樽の芳醇な香りを感じ取るや否や、「ぬおっ!?なんだこの極上の酒はぁっ!」と樽に飛びついた。

鬼神マルタも無言で目を輝かせ、嬉しそうに酒樽を引き寄せる。

 

「ぬはははっ!相変わらず気の利く男よ、ルーデウス!感謝するぞ!」

「アレク、飲み過ぎるなよ?昨日スペルド族の里で飲んだ酒とは度数がまるで違うからね」

 

『龍の息吹(ドラゴンブレス)』は私特製の超高濃度蒸留酒だ。

鬼神マルタはこの酒が大のお気に入りで、豪快に盃に注いで一気に煽っている。鬼族の間でも伝説の酒として広まっているらしい。

 

するとキシリカが、酒を口の端から垂らしながら私に詰め寄ってきた。

 

「むぅ……ルーデウスよ!酒も良いが、あの美味い甘味……ドーナツは持ってきておらんのか!?」

「今日は持ってきていないよ、キシリカ。食べたければシャリーアの街まで来ればいい」

「ふぅぅむ……またお前が作ってくれたあの木箱の中に隠れて、コソコソ行くとしようかのう……」

「ズルいぞキシリカ!我輩も連れて行け!」

 

騒ぐバーディガーディを見て、私は苦笑しながら言った。

 

「バーディガーディも来ればいいじゃないか。シャリーアの街は大歓迎するよ」

「ぬ……しかし我輩には誓いが……」

 

そこでバーディガーディはハッと息を呑み、オルステッドと私の顔を交互に見つめた。

 

「……待て。オルステッドがこうして我輩の前に姿を現し、ルーデウスが我輩を街へ誘うということは……まさか……!?」

「ああ。人神(ヒトガミ)は封印した」

 

オルステッドの短く、力強い返答。

 

バーディガーディは一瞬呆然と口を開けていたが、次の瞬間、六本の腕を天に掲げて大爆笑した!

 

「ぬははははははははっ!!まさか本当に奴を倒してしまうとはっ!見事だオルステッド!見事だルーデウス!よし、今日は無礼講の宴であるぞっ!」

 

バーディガーディの声に呼び寄せられ、鬼族の若者たちやスペルド族の戦士たちまで集まってきて、連日での大宴会がスタートした。

 

宴の目玉となったのは、私と鬼神マルタによる『龍の息吹(ドラゴンブレス)』の飲み比べ勝負だった。

 

私ですら酩酊しかねない超強力な蒸留酒。

木樽から直接ジョッキになみなみと注ぎ、互いに一歩も引かずに煽り合う。

 

一樽……二樽……。

 

そして二樽目を干し切ったその瞬間!

 

「ブっふぉぉぉぉっ!!」

 

鬼神マルタが限界を迎えて酒を豪快に噴き出し、ドシーンッと音を立てて仰向けに倒れ込んだ!

 

「勝者……ルーデウス・ボレアス・グレイラット!!」

 

「「「うおおぉぉぉぉっ!!鬼神様に勝ったぁぁぁっ!!」」」

 

周囲から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。

 

「ふぅ……少し酔った……」

 

私はその場に座り込んだ。流石に視界が少しふらつく。

 

隣にバーディガーディがドスンと腰掛け、私の肩をポンポンと叩いた。

 

「ぬははっ!あの鬼神マルタに酒勝負で勝つとは、真の猛者よなルーデウス!」

「ハハ……そういえば、バーディガーディ。ラノア王国の国立美術館に、君の『闘神バーディガーディ』としての巨大な原寸大彫像を飾ったんだよ」

「なにっ!?我輩の彫像とな!ぬおおっ!それは是非ともこの目で見に行かねばならぬな!ガハハハッ!」

 

すると、横からキシリカが涙目になって割り込んできた。

 

「ぬあああぁぁっ!?ズルいぞバーディガーディ!ルーデウスよ、妾の彫像は!?妾の像は無いのか!?」

「あるぞ。ドーナツのついでに見に来るか?」

「褒めて遣わすっ!バーディ!一緒に見に行くぞ!」

 

はしゃぐキシリカに、私は酔った頭で笑いながら約束した。

 

「わかったわかった。シャリーアに戻ってきたら美術館を案内してやろう」

「約束じゃぞ!破ったらお前のドーナツを全部奪うからな!」

 

満天の星空の下、森に高らかな笑い声と宴の歌がどこまでも響き渡っていた。

 

決戦を終え、報告すべき人々への挨拶も一つ一つ済ませていく。

そのたびに交わされる笑顔と乾杯が、ようやく本当にすべてが終わったのだと、私に実感させてくれるようだった。




王竜王国との和解でした。王の病気が治せるモノ、というのは独自設定です。

また、キシリカの移動についても独自設定です。
原作だと、『呪いと似たような物』によって魔大陸から出られない、となっていました。
誰からかけられた呪いか?ということを考えた時に『海族からかけられた呪い、もしくは渡航拒否』の可能性があるのではないかと思いました。
まぁ過去の戦争で敗北続きだったせいで、色々恨みを買ってそうな感じはします。
この木箱は、『あらゆる観測者から何に居るものを隠ぺいする魔道具』です。結界魔術の応用です。
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