貞操観念逆転ウマ娘世界にTS転生したのにサキュバス(スレ民)でした   作:神龍「どしたん?話だけ聞こっか?」

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土曜日昼更新、今日はちょっと視点変わります。
誤字報告助かります。



おねがいドンナ!

 

 

 「……見ろよ、ジェンティルドンナのトレーナーの二の腕……ピチピチじゃん」

 

 「うわ、本当だ……カッターシャツが張り裂けそう。あんなの目のやり場に困るわね……っ」

 

 「ドンナさんも意地が悪いわよホント…! 自分の男性トレーナーを他のウマ娘に誘惑させるような体つきにしておいて、手を出したら一貫の終わりだもの…!! 我慢してるこっちの身が保たな……あっ。」

 

 「アンタ鼻血出てるよ…気持ちは分かるけど。」

 

 昼下がりのトレセン学園の廊下。

 すれ違いざまにウマ娘達が顔を真っ赤にして尻尾をパタパタと忙しなく揺らした。

 その熱い視線はジェンティルドンナのトレーナーの体に釘付けになっている。

 彼は思わず溜息をつきそうになるがその場ではグッと堪えた。

 

 (彼女達に対してすまないとは思う………でも悪いけど俺はウマ娘を誘惑するために鍛えてるんじゃないんだ………)

 

 彼は幼少期から心の中でそう思っていても、声には出せずにいた。

 

 この貞操観念逆転ウマ娘世界において、男の筋肉は「強さ」ではなく「いやらしさ」の象徴となり得る。

 腹筋が割れていたり、大胸筋が盛り上がっているヒトミミの男は、世間から『色気の塊』、あるいは『ウマ娘を惑わすガードの緩い男』として見られてしまう。

 

 そんなジェントレが毎晩、自宅に帰り自室で鍵をかけ極限まで自分を追い込む筋トレに励んでいるのは、決してそんなハレンチな理由からではない。

 

 ただ彼は子供の頃に読んだ古い歴史小説に出てくる、大切な人を自らの力で守る『強い男』の姿に憧れたから。

 そしていつか運命の女性に出会った時にその人の盾になりたいと願ったからだ。

 

 しかし現実は厳しく、彼の辿ってきた道は茨。

 

 筋肉が増えるにつれやはり周囲の女性から色目で見られまくったり。

 この世界で『男らしい男』はヒョロヒョロと細いか普通でも肌質が柔らかい体型なので、メンズの服はすべて細身に作られて鍛えてると細部に合う服を探すのにも一苦労。

 先輩トレーナーに呼び出されて『特に未成年のトレセン学園生徒に関しては貴方の体はセンシティブ過ぎる』と鍛えた筋肉を(※1度ではなく他の先輩女性トレからも幾度も)注意されてしまった。

 

 本の中で憧れた勇ましい男を目指すという夢を持った時から、彼の日常には多くの『弊害』が生まれていたのだ。

 

 だが『あるウマ娘との出会い』が鬱屈とした彼の人生を一変させる。

 

 『手札の数が物を言う世界において、時に理論や常識を覆す、最も有用で有効な手札カード、それが『パワー』であり最強の手札ジョーカー。けれどそれは理屈や理論を超越できてこそ。生半可な力ではただの道化師ピエロでしかない。』

 『大切なのは何を成し遂げたかではなく、どのように強くあるか………このジェンティルドンナにそう声を掛けられた時点で貴方の中でやるべき事は既に決まっているでしょう?』

 『あら?まだお分かりになられていなくて?今はまだ雛どころか卵のように密かに鍛え秘めた己の筋肉に聞いてくだされば自然と分かる事だと思うのだけれど。』

 

 指導は男性に対するものとは思えぬ程に厳しく、しかし自分を認めてくれたそのウマ娘の期待に応える事は、例え彼女に対する婚約者達を跳ね除ける事も、トリプルティアラを獲らせる事も、ちょっと過保護な父親の圧に動じない事さえも、『真にジェンティルドンナのトレーナーとなる前のその男』にとってはいとも容易い事であった。

 

 しかしそれらを乗り越えてさえ、彼はいまだ変わらず世界から『男』として扱われる。

 

 その日の夕方。

 学園内オフィスで残業をしているのはジェントレと、彼へ情報を共有しに来た女性先輩トレーナーの二人だけだった。

 

 「悪いんだけど棚の一番上にある分厚い資料、それ取ってくれない?」

 

 「はい。分かりました。」

 

 彼は席を立ち、壁際の高い棚へと向かい背伸びをしながら両腕をぐっと上に伸ばす。

 

 その瞬間、パツパツだったカッターシャツの背中と肩の生地が彼の意思とは関係なく限界まで張り詰めた。

 

 ぷつん、ぷつん。

 

 「あっ……」

 

 静かなオフィスに、小さな音が響く。

 背中の縫い目が耐えきれずに弾けて、更に腕を伸ばした拍子に胸元のボタンが2つ勢いよく弾け飛んで床を転がった。

 

 はだけたシャツの隙間から、小麦色に引き締まった大胸筋と綺麗に割れた腹筋が露わになる。

 

 「ひゃっ……!?」

 

 後ろで見ていた先輩女トレが短く悲鳴のような声を上げた。

 

 ジェントレは弁明しようと慌てて振り返るが、先輩は両手で顔を覆いながら指の隙間から彼の胸元をガン見していた。

 

 「ご、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃ……! あ、あんまり直視しちゃダメよね、でも、そんな……」

 「なんて破廉恥な……っ」

 

 またやってしまったとばかりに軽く頭を抱えそうになるジェントレ。

 

 そこに。

 

 「ほほほ。随分とお楽しみな様子ね。」

 

 担当ながら、彼の『御主人様ジェンティルドンナ』が不敵な笑みを浮かべいつの間にか現れていた。

 

 「あっ!? ジェンティルドンナ!? こ、これは違うのよ…!」

 

 「分かっておりますわ。それよりも顔が真っ赤ですわね、クールダウンしていらしては?」

 

 「ご、ごめんなさいっ、私ちょっと頭を冷やしてくるわ!」

 

 先に先輩女性トレがドンナへ弁明し、逃げ出すように部屋を飛び出した。

 

 「ドンナ…これは…」

 

 「全くですわね、幾ら貴方の筋肉が日々成長しているとはいえスーツを弾き飛ばしてしまうなんてね。ふふ。」

 

 ドンナは屈み込むと彼のボタンの1つを拾い、もう1つ離れた場所に落ちたボタンへ勢い良く弾き飛ばす。ボタンはボタンへ直撃し、その威力で2つとも部屋内を反射するように弾き飛ばされ、最終的にその2つともドンナの手元に向かって戻って来た。

 

 「一方で弱みを晒すのは悪手ではなくて?虚勢であっても常に気品ある心構えを意識しなさいとご教授してあげたのをもうお忘れになられたのかしら。」

 「自身の成長の伸びを把握出来ずに、日々意識のアップデートが遅れるようでは力は錆びれていくもの。成長の兆しが見えぬ者などをこの私が傍に置いておくとお思いで?」

 

 「……ああ、誰よりもその事は分かっているよ。」

 

 「返事は宜しいようで。でもね…」

 

 ドンナは2つのボタンを渡すと共に、紙切れを1枚差し出した。

 

 「これは…?」

 

 「貴方にはまた息抜きが必要そうですから、当日は己を見つめ直してみなさいな。」

 

 踵を返して退出するドンナを見送ってから彼は紙を開く。

 そこにはファン感謝祭のプログラムについてズラリと記載されていたが、ジェントレはその中の1つが目に留まり『ああ、多分これの事だな』と瞬時に察する。

 

 

【ウマ娘】ファン感謝祭の出し物、決定したけどさぁ…【悲報?朗報?】

 

1:名無しのトレセン在籍者

こマ?

pic

 

2:名無しのトレセン在籍者

今年のメインステージ、ウマ娘達の『マッスルコンテスト』に決定っすか。

嘘だろおい、何考えてんだ

 

3:名無しのトレセン在籍者

 

4:名無しのトレセン在籍者

でも前から開催する気配はあったよ

 

5:名無しのトレセン在籍者

>>4kwsk

 

6:名無しのトレセン在籍者

知ってるwあれのせいよなw

 

7:名無しのトレセン在籍者

一週間前ぐらいに「怪文書(笑)」が学園の掲示板に匿名で貼り出されたのが事の発端なんだけど…

『近年のウマ娘は男ウケばかりを気にして上品な服で着飾ることにうつつを抜かしすぎではないか?我々の本質はターフを駆け抜け愛する者をその腕で抱きとめる強靭な肉体にあるはずだ。今こそ真の筋肉を世に示すべきである!』(要約)

これに触発された生徒達が声を上げ始めたって経緯。

 

8:名無しのトレセン在籍者

やべ、ちょっと効いたかも

 

9:名無しのトレセン在籍者

ウマ娘の筋肉って近年の草食系男性からはウケ悪いからねぇ……本来は愛する男を守るための誠実さと強さの証のハズなんだけど、筋肉の受け取り方は時代に合わせてどうしても形を変えているからこそ刺さる怪文書だわ。

自分も儚い系目指してた節あるから…

 

10:名無しのトレセン在籍者

最近のファン感謝祭は男に媚びてるとまではいかないけど、やっぱそういう風潮考慮したあまあまイベントばかりだったから新鮮

 

11:名無しのトレセン在籍者

ウマ娘たるもの、己の背中で守るべき男達に安心感を与えるべきだ!

ちなみに私はいないけどな! ガハハ!

 

12:名無しのトレセン在籍者

>>11うん、いかにも彼氏いなさそうな下品さ

 

13:名無しのトレセン在籍者

>>12いや、慰めてあげろよww

 

14:名無しのトレセン在籍者

>>12なにトドメ刺しとんねんw

まあガハハは確かにいかにもって感じだが…

 

15:名無しのトレセン在籍者

秋川理事長も日々うつろう学園内の声によう耳傾けてくれとるわ。予算承認お疲れさまです…

 

16:名無しの無頼

チッ……本当に迷惑だ。

これが決まってから生徒会長の奴が生徒会室でダンベル片手に汗だくでプロテインシェイクしながら「ふっ、この広背筋なら、トレーナー君も一瞬でイチコロだな」なんて不敵に笑うばかりだ。

見るに耐えんあまりに直視できない光景だから逃げて来た。余計な事をしてくれたな……

 

17:名無しのトレセン在籍者

 

18:名無しのトレセン在籍者

 

19:名無しのトレセン在籍者

 

20:名無しのトレセン在籍者

>>16ええのん?生徒会の重役がこんなの漏らしちゃって

いや自分的には全然ええけど寧ろもっとやれ

 

21:名無しのトレセン在籍者

>>16ルドルフ壊れちゃった…

 

22:名無しのトレセン在籍者

エアグルーヴさんバチギレしながら声張り上げてるんすけど……

 

23:名無しのトレセン在籍者

このスレ見られてるんか

 

24:名無しのトレセン在籍者

カイチョー不憫やなぁ…w

やはりスーさんとサキュバスインプに脳破壊されたばかりに……

 

25:名無しのトレセン在籍者

ふと思ったんだけどこれサキュバスインプ出現してきたから誰かが焦って怪文書張り出したんじゃね?

 

26:名無しのトレセン在籍者

>>25いうてサキュバスインプ、トレセン在学生の中でもトップクラスにガタイ良いからな?

 

27:名無しのトレセン在籍者

>>25筋肉とはまた違うかもしんないけど真正面からあのムチムチに立ち向かうのはキビいだろ

恐らく怪文書は本当に現状を憂いて張り出されたんだと思う希ガス

 

28:名無しのトレセン在籍者

サキュバスインプめ…一体何を持ち得ないのだ…

 

 

 

 ファン感謝祭当日。

 

 会場となる中央広場の特設ステージには異様な熱気が立ち込めていた。

 客席を埋め尽くすのは推しのウマ娘がどんな素晴らしい肉体を披露してくれるのかと、期待で胸を膨らませている観客達。

 そして『あるウマ娘の出場』に際して集まったウマ娘達。

 更に「守られたい」と願う一般のファンや学園関係の……男性達。彼等のいる場所は護衛ウマ娘達により厳重に守られている。

 

 ジェントレも客席の最前列で緊張しながらステージを見つめていた。

 

 (これはウマ娘達にとって『誰が一番、男を幸せに出来る頼もしい体をしているか』を決める聖なる戦い。)

 (ウマ娘だからこそ性別は違うけど、今日ばかりは変な目で見ない人達ばかりが集まっている……)

 

 ジェントレは持ち前の敏感さで、此処へ集まった観客達の本質をその瞳から判別した。

 

 「大変お待たせいたしました! これより、トレセン学園春のファン感謝祭メイン行事! 『気高きウマ娘の肉体美コンテスト』を開催いたします!!」

 「尚本日参加予定であったシンボリルドルフは一身上の都合により不参加となりました。」

 

 会場からは落胆の声が上がるものの、華やかなファンファーレが鳴り響くと再び始まりの期待とばかりに切り替えてどよめきが走る。

 ステージの幕が上がり眩いスポットライトの光の中に並び立つのは、普段の勝負服を脱ぎ大会で決められたお揃いのスポーツウェアに身を包んだウマ娘達。

 

 「さあトップバッターの登場です! エントリーナンバー1番、フジキセキ!」

 

 割れんばかりの拍手の中、栗東りっとう寮長フジキセキが前に出た。

 普段はその中性的な顔立ちとスマートな仕草も相俟って『エスコートされたいウマ娘No.1』を誇る彼女だが、まさかの筋肉大会出場表明に学園中で衝撃が走り更に加えて聞きつけた外部のファンからSNSで拡散。こうして多くの観客が集まった要因にもなっている。

 

 「今日は来てくれてありがとうポニーちゃん達!」

 

 引き締まった細マッチョかと思いきや、彼女は後ろ向きになり爽やかな笑顔はそのまま見せる意図なのか顔だけは振り向いて、それから両腕を曲げ美しいラインの力こぶを作る『ダブルバイセップス』のポーズを決めた瞬間、会場から悲鳴が上がった。

 

 「う、うわああ!? まさかフジさんの広背筋を拝む日があぁぁ!?」

 

 「我々を優しく包み込む翼が生えておりゅ……! 目のやり場に困りゅ……!」

 

 普段の落ち着いたファッションの上からは分からなかった圧倒的な背中の広がり。

 その爽やかさと肉体美のギャップに会場が一気にヒートアップする。

 

 「続いてエントリーナンバー2番、ケイエスミラクル! 最近話題の『うすほそ枠』としての登場です!」

 

 ステージ中央に立ったのはどこか儚げで、男達からすら『逆に守ってあげたい』と思われているケイエスミラクルだった。

 

 「ここまで押し上げてくれた皆の為にとは思ってる……でもおれって今日来てくれた皆にとっては場違いのウマ娘じゃないかな……?」

 

 そう言って微かに顔をピンクに染めて顔を傾げる彼女の姿に会場内からどよめきが走る。

 フジキセキが表立って声を出して応援出来るアイドルならば、ケイエスミラクルはガチ恋勘違い勢を生む背徳感を秘めていた。

 

 そのお腹には無駄な脂肪が一切無く綺麗に薄く縦線の入った腹筋が浮き出ていたが、やはり貞操観念逆転世界においてその甘いマスクに惹き寄せられる者は多いだろう。

 

 「……」

 

 「ルビーさんの見込んだ通りですわね。」

 

 会場に来ていたダイイチルビーは無言で拍手を送る。お茶会から同伴していたマックイーンも合わせて拍手を送ったが…

 

 「いやでもケイエスミラクルがうすほそ枠っていうのはちょっと違うかなぁ……確かに実際ウエスト細いしイメージ的にうすほそに入れられるかもしれないけれど、バスト考えたらDカップなんだよなぁ……それに『逆に守ってあげたい』ってのも育成やれば基本暴走するって分かるから相当難しい事だし、色々と解釈違いなんだよなぁ……」

 

 左後ろ斜めで滅茶苦茶面倒くさい風にぶつくさと呟くウマ娘が居たもので、マックイーンは振り向きはしないものの顔を少し顰める。

 

 (な、なんですの。斜めにいる生徒の方がスレみたいな喋りしてますわ。『肩の力抜けよ』ってやつですわ……もしや本当に掲示板にいる方では……)

 

 彼女には心当たりがあったが今はルビーもいる為にここはグッと堪えた。

 

 「エントリーナンバー3番、ヴィルシーナ! 急遽参戦した女王の意図は!? 是非とも美しい肉体美を見せてくれ!!」

 

 彼女は『あるウマ娘』が出場すると聞き、「あの人だけにいい格好なんてさせない!」という対抗心のみでエントリーしたのだ。

 

 「引き立て役には決してならないわ…!」

 

 ヴィルシーナはそうひとりごちながら、女王の振る舞いらしく毅然と『あるウマ娘』との激闘で仕上げられた三頭筋をアピールして血管を浮き出させている。

 その必死な姿から観客達はヴィルシーナのドラマを思い出し、その心を激しく揺さぶる。

 

 「おねーちゃん決まってるー!!」

 

 「ね、姉さんよく出場しようと思ったなぁ……流石だよ……」

 

 「そしてやはり来た! エントリーナンバー4番、メジロライアン! 今大会以外でのボディビル大会で幾つもの優勝を掻っ攫ったトレセン学園筋トレウマ娘の申し子だあぁ!!」

 

 地響きのような大歓声が湧き起こる。

 筋肉の絶対王者、王道マッスルのライアンが満を持してステージのセンターに立つ。

 

 「皆さん! 今日は来てくれてありがとう!」

 

 メジロ家の上品なお嬢様でありながら、その肉体は完璧なバルクアップを遂げている。

 太く逞しい大腿四頭筋、そして一切の妥協がない背筋。

 

 ライアンは一通りポーズを決めてから微笑を消し極めて大真面目な顔つきになると、全身の筋肉を最も強調する渾身の『モストマスキュラー』のポーズを決めた。

 

 そのワイルドな姿からは「何があっても、この肉体で大切な人をぴょいな不審者から守り抜いてくれるだろう」という純粋で気高い意志がひしひしと伝わってくる。

 

 「ラ、ライアンさぁぁぁん!! 抱きしめてぇぇぇ!!」

 

 「安心感が違いすぎる! 一生あなたに守られてぇぇえ!!」

 

 「俺達のりゃいあぁぁぁんんッッ!!」

 

 「流石ですわね、ライアン。」

 

 客席の観客どころか男達もライアンの圧倒的な包容力に魅了されその名前を叫び、マックイーンも静かに拍手を送る。

 優勝候補の登場に会場のボルテージはマックスまで上がるかと思われたが…

 

 突如としてステージの照明が妖艶な紫色のライトへと切り替わった。

 

 (来るか…)

 

 ライアンは気を引き締め、他の出場ウマ娘達も思わず息を呑む。

 

 「……さあ皆様も噂に聞かれているかと思われます。誰がこのようなダークホースの出現を予期していたのか!? エントリーナンバー5番、サキュバスインプ!!」

 

 スモークの向こうから現れたそのウマ娘を見た瞬間、ジェントレは目を見張る。

 

 ステージに上がったサキュバスインプの顔に得意げな表情は一切ない。

 寧ろ無数の男たちの視線を浴びて、完全にガチガチに緊張していた。

 

 (これもドスケベ勝負服披露する前の心構えを作る為…そう、心構えを作る為……!!)

 

 サキュバスインプは早人トレの指導あって、王道の先行脚質を最初に磨き、見事にメイクデビューを2バ身差をもってして快勝する事が出来た。

 このまま駒を進めればいずれG1に当たるだろうと予測したものの、そのお披露目する勝負服があまりにも際どく、お披露目当日には緊張で気がどうにかしてしまいそうだろうと、今の内から慣れを始めておく事に。

 しかし人目に慣れる為とはいえ心の中では悲鳴を上げていた。

 とにかくトレーニング計画に従い、周りのウマ娘たちのような筋肉を身につけようとトレーニング室に通っていただけなのに、やはりサキュバスの血のせいで鍛えれば鍛えるほど筋肉ではなく「ムチムチのわがままボディ」に育ってしまった。

 

 そして「これも一つの肉体美!」と秋川理事長に目をつけられ、上記理由もあり話を承諾して出場。

 その肉体は『ある意味で』これまでのウマ娘たちとは一線を画していた。

 腹筋バキバキのようなキレはない……しかし豊満な胸元、きゅっと引き締まりつつも肉感的なウエスト、そしてスポーツウェアの生地を限界まで押し広げる驚くほど肉付きの良い太ももとヒップ。

 

 「あの、その……俺、じゃなくて私、本当はもっと筋肉をつけたかったんですけど……なんかこんな体になっちゃって……すみません……っ」

 

 懺悔もとい、恥ずかしさを誤魔化そうとモジモジと身を縮めるが、それは肉感的な太ももをすり合わせるようにして困り顔を浮かべるものであり……

 

 客席のあちこちがバタリと音を立てる。

 サキュバスインプの魅了により、既にして倒れてしまう者が現れていた。

 

 「なんだあの破壊力……!?」

 

 「あざとすぎね?目の毒だろ」

 

 「いや鼻血出てるよお前」

 

 「でも……でも目が離せないんですけど」

 

 最前列の審査員席近くでサキュバスインプを間近に見てジェントレは戦慄していた。

 

 (男含めた観客達の理性は崩壊しかけている…)

 (やはり圧倒的な色気という概念を前にすれば、純粋な筋肉は淘汰されてしまうのだろうか…)

 

 他の出場ウマ娘達はサキュバスインプの圧倒的肉体美に感心しきり、ライアンはこれはなかなか厳しい勝負だと言わんばかりに困った顔を浮かべている。

 

 (ここまでか…)

 

 ジェントレが顔を下に向けた…が。

 

 (いや、でも……!)

 

 即座に『そのウマ娘』の顔を思い浮かべ顔を上げる。

 

 「そちらの方、今大会において『私の力』を際立たせていただいたこと…心より感謝いたしますわ。」

 

 サキュバスインプの前に地響きのような威圧感を放ちながら、再び一人のウマ娘がセンターへと歩み出てきた。

 

 ジェントレは勿論、会場の観客達も、特にヴィルシーナも彼女に視線を向け直す。

 

 「その殿方を一瞬で骨抜きにしてしまう『不謹慎な肉体』天性とはいえ大したものです……ですがそのような小細工無しに全てを凌駕する純粋な筋肉はこの私が宿らせていますのよ。ほほほ…!」

 

 「しょ、紹介遅れましたッ! 今や誰もが知る『最強生物』!! ファイナルエントリー・ジェンティルドンナの登場だあぁあぁッ!!」

 

 おおおおおおおぉおぁぉああ!!

 

 ドシン、とステージの床が小さく震えたような錯覚を覚えるほどの存在感。

 

 大本命である『究極の淑女にして鬼婦人』ジェンティルドンナの肉体はもはや彫刻の域に達している。

 大胸筋の厚みと淑女としてのバランスが非常に良くまとまっており、美しく浮き出た肩は質の良い大理石のようにスベスベと輝き丸く肥大している。

 何より美しい筋肉を纏いながらサキュバスインプのようなムチムチの肉感さえ彼女は備えていた。

 

 「殿方。これこそがあなたを一生不自由させない、真の淑女の肉体。目の前にいる最強の存在を……しかと刮目してくださいませ!」

 

 ドンナが不敵な笑みを浮かべて美しいバストラインを強調する『サイドチェスト』を決め、本日最も大きな歓声が上がった。

 

 かたや、男の理性を限界まで甘く溶かす至高の天然ムチムチ体型。

 かたや、男の魂を震わせ永遠の安心を約束する究極の純粋筋肉と、女性本来の美を損なわないわがままボディじみた肉つき。

 

 二人のウマ娘が対比されるようにステージに並び立ち、観客達は興奮と羞恥のダブルパンチでもはや全員が酸欠状態だった。

 

 そして、運命の判定の時。

 

 審査員達が、一斉に手元の得点ボードを掲げた。

 

 ステージ背景に掲示されていた、いかにもなデジタル表示の数字が激しく動き、そしてピピッと音を鳴り立てて止まる。

 

 勝者は……

 

 『ジェンティルドンナ――!!! その差、わずかコンマ数点!! 判定ギリギリの超大接戦でした!! 両者の健闘に拍手を!!』

 

 会場に割れんばかりの拍手と歓声とファンの黄色い悲鳴が巻き起こった。

 

 「まさかこの私に少しだけ危機感を覚えさせるとはね。あなたのその殿方を惑わす肉体の破壊力は一つの力として…素直に認めざるを得ませんわ」

 

 ドンナはふっと息を吐き、額の汗を拭いながらサキュバスインプに手を差し伸べた。

 

 「えっ」

 

 サキュバスインプは戸惑ったようにオロオロとするばかり。

 

 「何かしら?私が認めたというのに淑女に恥をかかせるおつもり?」

 

 「いや、その、絶対そんな事無いです。」

 

 「あら?そうなのかしら」

 

 「ただ…俺、じゃなくて私…」

 「ジェンティルドンナっていうウマ娘がクッソ滅茶苦茶最推しで……なんか夢みてるみたい……スレ内でも貴女推してる人達たくさんいるんで軽く炎上しないかなー…とか色々考えちゃって。」

 

 「ふふっ。なら思う存分嫉妬させておけばいい。」

 「その上から圧倒的な力を貴女がお見せになって頂点に立てば済むだけの事ですわ。」

 

 「っ〜〜〜〜!! ホントにジェンティルドンナだあぁ……!! 握手ッ! おねがいしましゅっ!!」

 

 

 未だに熱狂冷めやらぬステージから降り、舞台裏でドンナはライアンに声を掛ける。

 

 「今回は貴女に乗る形になってしまいましたわね。この借りは今度のお茶会でよろしくて?」

 

 「あっ、いえ全然そんな…! あの怪文書扱いされた貼り出しもあたしが好きでやった事ですし!」

 「ただ、最近筋肉についてあたし自身も周りの視線を気にしちゃって面と向かい合って無かったから…自分に向けた怪文書?でもあるんです。はは。」

 「だからこそあのサキュバスインプに勝っちゃうなんて…流石ドンナさんだなぁ」

 

 「どうやら貴女が勝ちたかった相手に私が横槍を入れる形になってしまったようね。」

 

 「まあ…悔しいです。でもそれを糧にまた頑張れます!」

 

 そのまま談笑を続けるライアンとドンナ。

 後ろからその様子を見て、まだまだ肉体美に関してはあの人のいる場所に近付けていないと感じたヴィルシーナは次のドンナとの勝負に向けて不屈の闘志を燃やしながら、まずは愛する姉妹の元へ戻っていった。

 

 

 「ジェンティル。」

 

 「あら、休息は充実したものになったかしら?」

 

 ファン感謝祭も終わりに差し掛かり人気ひとけのない学園内オフィスで、夕暮れに照らされながら紅茶を楽しむドンナに声を掛けたジェントレ。

 

 手をひらひらさせながらドンナはジェントレの答えを待っていた。

 

 「性別の違いは分かっている。服の下に隠されたこの筋肉を「いやらしい」と怒られる境遇にある事だって……」

 

 「それで?どうなのかしら?ふふっ」

 

 「そんな立ち止まっていた俺に、君のあの筋肉を見せられたら……最高にカッコよくてドキドキしちゃったじゃないか……!」

 「やっぱり俺は俺だ。」

 「この筋肉、もっと高みに近付けたい…いや、頂きに立って君の盾になれる事ぐらいは証明してみせる。」

 

 またしても不敵に笑うドンナ、しかしそこには敵意や企みなどは存在していない。

 

 「それでこそ私のトレーナー。」

 「例えそれが性別であっても、世界であっても、壁に当たったら知恵と知略を駆使してそれらを更に超越した上で純粋な力を持ってして壊してみせなさい。」

 「さて…次は貴方の番だけど、その前に乾坤一擲けんこんいってきの大勝負を終えた淑女に対しての礼儀、忘れてはおりませんわよね?」

 

 ドンナは優雅に脚を組みながら、手の甲をジェントレに向かって差し出した。

 

 ジェンティルドンナというウマ娘に対する礼儀リップは例え貞操観念逆転世界でも、どの世界でも変わらない。

 

 後日、ジェントレは男性のボディビル日本大会にて優勝。主人へ勝利をもたらした。

 

 その報がジェンティル家に舞い込み、ドンナの弟は端ないだのと大層年相応に子供らしく怒ったそうだが、その弟のあたふたとする様子を見ながらドンナ自身は珍しく腹を抱えながら笑っていた。

 





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