モンスターハンターΔG   作:夏目陽光

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依頼主:ドンドルマ古龍観測所の研究員

内容: 「異変燻る天空山より、見たこともない青い霧が吹き下ろしてきた。触れた者をことごとく爆砕する死の霧だ。ドンドルマの堅牢なる城壁とて、あの熱量には耐えられまい。腕に覚えのある者よ、ただちに発たれよ。」


【狩猟クエスト】一触即発の灰白

長雨はいつしか、山肌を噛み砕くような酷烈たる大雪へと変わっていた。天空山の峻険なる峰々は、ただ白一色の死界に包まれている。古来、この地を踏む者は天の怒りに触れると伝えられるが、いま吹き荒れる地吹雪は、まさに生者から体温と矜持を毟り取る執拗さであった。岩肌を穿つ瀑布さえもが巨大な氷柱の塔と化して沈黙する中、その怪異は前触れもなく、雪煙の彼方より地を震わせて姿を現した。

 

体躯の嵩は優に通常の飛竜を上回る。鼠色の多層皮はさながら古城の石垣の如く、背部には爆炎がそのまま凝固したような歪な外骨格――堅外骨が、腰部から尾に向けて一直線に突起を連ねていた。地面にまで垂れ下がる巨大な頬が、吹雪の中でゆらゆらと不気味に揺れている。

 

後世の記録によれば、この巨獣は体内で生成される爆発性ガスを自ら処理する器官を持たず、それ故に全身の管からこれを排出し続ける宿命にあるという。その頭部や前腕に配置された無数の筒から、青白い霧が絶え間なく噴出され、周囲の白銀を死の色彩で浸食していく様は、まさに一幅の地獄絵図であった。

 

「――来るぞ」

 

男性用の重厚な尾槌竜(ドボルベルク)の具足に身を包んだ女性狩人、ポムポムが、鉄塊の如き兜をわずかに押し上げ、露わになった薄い唇へ怪しげな薬瓶を傾けた。秘薬・鬼人薬の劇烈なる液が喉を灼き、全身の血脈が沸騰する。

彼女が構えるは、氷海に棲まう水竜(ガノトトス)の極光を放つヒレを削り出した大鎚であった。熱を嫌うこの怪異を討つべく、凍てつく水を宿した得物を周到に選んで死地に臨んだものの、己の体躯に合わぬ男物の大鎧はあまりに重い。薬効で辛うじて強引に肉体を駆動させているものの、手汗で滑りそうな柄を握る指先は微かに震えていた。あまりの巨圧に生唾を飲み込み、視線を逸らさぬよう奥歯を噛み締めた。細い呼吸を整える。

 

「ジョン、あれがギルドの言っておった爆霧竜(ボガバドルム)。……仕損じれば、骨も残りませぬな」

 

その視線の先、巨獣の眉間と両腕の結晶体が、内部の圧力上昇を告げるように鮮烈な水色へと変色していく。この排出こそが雪原を灼熱の地獄へと変える予兆であった。

 

「上等よ。あのふてぶてしい面構え、初手から気に食わねえと思っておったところだ」

 

不精髭の浮いた顎を引いたジョンが、毒妖鳥(プケプケ)の盾を構え、雌火竜(リオレイア)の棘を削り出した合奏刃(ごうそうじん)を水平に寝かせる。吐き出す息は白く、極限の緊張がその指先をわずかに震わせていた。

突如、大地が激しく身震いした。巨獣が天を仰ぎ、肉裂き骨軋むごとき超咆哮を放ったのである。耳を圧する震天の叫びは、防壁を以てしても防ぎ切れぬほどの超震動となって雪原を伝い、直後に前方の地殻が一斉に爆砕した。その爆炎は波紋の如く二段階に渡って膨れ上がり、雪を瞬時に霧散させる。

 

「くっ、正面からでは捲られるか……!?」

 

ジョンが盾の裏で辛うじて身を縮めた刹那、巨獣は早くも右の極腕を振りかざし、狂おしい腕振りの連続に打って出た。右、左、そして再び右。二度三度と虚空を裂く腕振りに伴い、火打ち石の如き突起が擦れ合って猛烈な爆霧をまき散らす。その巨体に似合わぬ素早さで放たれる突進を、ジョンは横へ転がって辛うじて躱すが、吹きすさぶ風圧と熱気に毒妖鳥の具足が焼かれ、体に纏わりつく可燃の煤が肌を焦がした。

 

ジョンは雪に顔を突っ込み、口に入った泥混じりの雪をペッと吐き捨てた。肺腑が焼けるように熱い。喉を鳴らして乱れた呼吸を整えようとするが、怪異は待たぬ。盾の表面に並ぶ反応鱗(はんのうりん)が衝撃を微小な爆砕で撥ね返すものの、その度に強烈な震動が腕を痺れさせ、一歩、また一歩と後退を余儀なくされる。このままでは体勢を立て直す隙すら与えられぬまま、なぶり殺しにされるのは明白であった。

畳みかけるように、怪異の錐(きり)の如き尾が地へ突き刺さる。かつての古文書が「二連尾叩きつけ」と恐れたその執拗な連撃は、地割れを伴って背後から迫り、避ける間もなくジョンの足元を爆破した。さらに巨獣は、傷口から吹き出す高圧の血を推進の火薬とし、自らの意志で背の堅外骨から青白い熱線を逆噴射する。その反動を利用した、地を車輪の如く滑る急激な側方への地走り。巨体からは到底想像もつかぬ死角からの猛進が、ジョンの死生観を激しく揺さぶった。

 

「あんた、引くな!」

 

ポムポムの裂帛の気合いが地吹雪を割った。衝撃に吹き飛ぶジョンの窮地を救うべく、彼女は死地へと肉薄する。巨獣が放熱のために見せた、わずかな腕の弛み。そこへ向かって、自らの細い腰骨が軋むのも厭わず、水竜大鎚の無骨な質量を遠心力の奔流へと委ねた。男物の重鎧の慣性に引きずられ、凍土の上で足元が一瞬ヌルリと滑る。それでも鬼人薬の力で強引に軸を支え、渾身の力で振り下ろした。水竜の冷気を孕んだ打撃が極腕を直撃し、灼熱の組織に水蒸気爆発を起こさせる。

鈍い肉音が響き、ガスの噴出を物理的に阻害された怪異の巨躯が、不格好に揺らぐ。

 

だが、怪異の執念は狩人の想像を絶していた。ボガバドルムはこれに狂乱し、全身の管から制御を失った霧を噴出しながら這うように後退。その刹那、怪異の巨躯から発せられる凄まじい熱気により、周囲の豪雪が一瞬にして蒸発した。戦場はたちまち真っ白な水蒸気に遮られ、寸先も見えぬ濃霧と化す。お互いの位置すら失った静寂の直後、霧を割ってその巨体が矢の如き速さで前方へと跳ね躍らせた。飛び込み爆破である。広範囲を薙払う熱波がポムポムを襲い、その重厚な具足さえもが雪原へと転がされた。

 

さらに巨獣は狂い狂う。両腕を深く凍土に突き立て、大地そのものを文字通り打ち上げるが如き一撃を放ったのだ。二段階の爆音とともに、ポムポムの身体が木の葉の如く上空へと打ち上げられる。怪異はすかさず天を仰ぎ、真上へと爆霧を吐き出す構えをとった。空中で追撃の爆炎に包まれれば、もはや命はない。

 

その破滅の寸前、怪異が全てのガスを吐き出しきり、一時的に周囲の気宇の密度が極薄となった、ほんの僅かな空白――。受け身の衝撃に喘ぎながらも、ポムポムの指先が尾槌竜の無骨な腰帯に備わる小袋を弾くように開いた。引き抜いたのは、強烈な光を発する光蟲の粘液を封じた硝子玉――閃光玉である。

「おのれ、これでも喰らいなされ!」

渾身の力で投げつけられた硝子玉は、誘爆の危機を免れた絶妙な虚空を貫き、怪異の双眸の間近で猛烈な白光を炸裂させた。雷霆の如き閃光が水蒸気の死界を貫き、怪異の視神経を狂わせる。真上への連撃を遮られた巨獣は、突如として視界を奪われた恐怖に咆哮し、その巨躯を激しく揺らして一瞬、確実な足止めの隙を晒した。

 

打ち上げられたポムポムの視界が、重力を失って歪む。天地が逆転する中、視界の端で、相棒のジョンが凍てつく泥を蹴り、駆ける姿が陽炎のように引き延ばされて見えた。

 

「好機(しお)ぞ、出られよ!」

 

その絶体絶命の窮地、地の底から響くような声とともに、ジョンが地を蹴った。彼の持つ雌火竜の合奏刃が、鋼鉄の牙を剥くように激しく鳴動する。構えた盾の中央へ吸い込まれるように剣が滑り込み、精緻極まる歯車が噛み合う。

 

だが、変形に要するコンマ数秒の不条理なタイムラグが、ジョンの脳裏を「間に合わぬか」という冷たい恐怖で満たした。怪異の顎がまさに上空のポムポムを捉えようと開かれつつある。ギギ、と文字通り肉を削るような音を立てて大斧が開いた。そこへ限界まで溜まった気宇を流し込む。重厚な打撃音とともに、盾の左右が文字通り両翼の如く割れて展開し、大斧の刃へとその姿を変えた。刀身に秘められたる火竜の熱気が、これまで蓄積された高圧の気宇と融和し、赫々と赤き燐光を放って唸りを上げる。

 

ジョンの大腿の筋肉が千切れんばかりに軋み、防具の合切が悲鳴を上げた。彼は一歩、己の死地を定めるように凍てつく泥を強く踏みしめ、天を衝く怪異の眉間へと、己の全生命を投じるごとく跳んだ。

狙うは眉間の青き結晶。

 

上空のポムポムへ向け、すり潰すための牙が剥き出しになるその瞬間、大斧が結晶を真っ二つに叩き割った。

 

内圧の均衡を完全に失った頭部から、制御を失った青白い炎霧が激しく吹き荒れ、巨獣は断末魔の咆哮を上げながら、天空山の雪原にその巨躯を激しく叩きつけた。

 

立ち上る硝煙の中、ポムポムは荒い息を吐きながら大鎚を肩に担ぎ、ジョンは得物を納め、ただ静かに、再び吹雪の白に染まっていく谷間を見下ろしていた。両者の膝は、激戦の疲労で酷く震えていた。

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