内容:「よう、若き狩人たちよ。緊急の事態だ。
古の歴史書に「天空山」と記されたあの峻険なる高地にて、大気そのものを揺るがす異常な熱源が観測された。それも、ただの熱ではない。極寒の万年雪をも一瞬で蒸発せしめる、狂気的な熱代謝を宿した「紅蓮滾るバゼルギウス」……それも最悪なことに、強固な縄張りで結ばれたつがいの特殊個体だ。
現在、第四の平舞台は奴らが撒き散らす爆鱗の余熱によって、文字通りの生きた地獄と化している。このまま奴らを野放しにすれば、熱対流の暴走によって高地の氷壁が崩落し、麓の生態系はおろか、我がドンドルマを支える地脈にまで致命的な影響が及びかねん。
極寒の絶対零度と、奴らが放つ過剰な熱量――この相克する二つの理が牙を剥く戦場は、一瞬の油断が五体の破滅を意味する。生半可な覚悟では、剥ぎ取りナイフを握る前に凍てつく白き奈落へ消えるだろう。
だが、ドンドルマの威信、そしてこの世界の均衡を守るため、乾坤一擲の勝負に挑む勇敢な大物食いが今まさに必要なのだ。
腕に覚えのある三人の狩人たちよ、武器をとれ。あの白熱する狂気の番いを冷徹に解剖し、その息の根を止めてみせよ。無事の帰還と、目も眩むような戦果を期待しているぞ。」
骨を噛み砕くような烈風が、峻険なる嶺々を容赦なく削り取っていた。かつて天空山と呼ばれ、神仏の住まう処と畏怖されたその高地は、いまや天を衝く氷壁と底知れぬ万年雪に閉ざされた、白き地獄へ変貌を遂げている。大気は希薄を極め、呼吸を刻むたびに肺腑の奥が爆ぜるように灼けた。吐き出す息は瞬時に凝固し、微細な氷の塵となって乾いた風に霧散する。この極寒のすり鉢の底、古の記録に「第四の平舞台」と記された広大な氷床のただ中に、相克する異形の熱源が二つ、のたうっていた。
爆鱗竜バゼルギウス。それも、全身の体液を沸騰させ、鱗の一枚一枚に狂気的な熱量を蓄えた変異の個体であり、それらが番いとなってこの極寒の地に君臨していた。古より武人が己の限界を試すべく峻険なる嶺へ分け入ったように、いま三人の手練れがこの絶対零度の檻で乾坤一擲の勝負に挑もうとしている。二頭の巨躯が蠢くたび、周囲の雪は刹那の間に水蒸気へと変じ、濃密な白煙の障壁を形成する。首筋から尾の先まで数珠繋ぎになった無数の爆鱗は、青白き光を放ち、皮下の過剰な熱代謝によって内側から外殻を押し広げていた。異様な熱対流が巻き起こり、数百年をかけて固まった氷の床をじりじりと溶かし、漆黒の泥濘を広げている。その光景は、地獄の業火が氷河の底で燃え盛るがごとき、この世の秩序を排した異形の絵巻であった。まさに自然の猛威と、それを凌駕せんとする人間の剥き出しの生存本能が激突する、修羅の戦場そのものである。
「おいおいおい、まーたこのクソマップかよ。モロコシさん、タゲどっちから行く? ワイは左の雄から突っつきたいんだけど」
赤銅の巨鎧「ヴォージャン」を帯び、射線が通る安全な岩塊の高台に足場を固めたのは、クッキーファンであった。その身を包む装束は、火山帯の最深部に棲まう爆炎の獣の皮をなめしたものであり、周囲の絶対零度の冷気と激しく反発し合って、常に陽炎のような揺らぎを身にまとっている。彼の抱える特製の重弩は、凍王龍トア・テスカトラの堅殻を削り出した結晶の銃身を持ち、周囲の水分を吸着しては青白き氷殻を常に張り直していた。熱と冷気、二つの極端な理が、彼の肉体を中心にして奇妙な均衡を保っている。しかしその双眸には、命を火花のように散らす武人の凄愴さと、長丁場の遠征に疲れ果てた男の、人間らしい泥臭い焦燥が奇妙に同居していた。過酷な寒さに、先ほどベースキャンプで腹に詰め込んだ携帯食料の干し肉がひどく不味かったことを、彼はどうでもいい怒りとともに思い出していた。脂の塊が胃の腑の底で凝固し、不快な重さを与えている。
「いいですよ、じゃあ雄から引き剥がしましょう。雌が気づいて合流する前に、削れるだけ削っておかないと普通にハゲますわ、これ」
地上のすり鉢底、太腿まで埋まる深雪をかき分けながら、大砲モロコシと呼ばれる巨大な銃槍を構えたのは、ヤンデレスキーであった。彼女の纏う「ヤマガミ」の和装大鎧は、東方の霊峰に嵐を呼ぶ神の素材から造られたものであり、純白の雪原にあって、その藍色の染め抜きが不気味なほど鮮やかに浮き出ている。彼女が携える盾は、銃槍の放つ局所的な熱量を外部へ逃がすため、荒天の仕様を施した耐熱合金の波紋が幾重にも走る特製のものであった。その佇まいは、乾坤一擲の勝負を期す刺客のごとき静謐さを湛えている。だが、極限の寒さに指先の感覚が麻痺しかける中、彼女は密かに、この過酷な労働に見合うだけの戦果を持ち帰らねば割に合わないと、冷徹に計算を巡らせてもいた。
「じゃ、あっしは裏から回って足元やりますわ。いつでも合図くだせえ」
二人の影から滑り出すようにして、あばら骨のように突き出た岩陰の闇へ消えたのはワイナリーである。紫毒姫リオレイアの禍々しい甲殻を削り出した具足は、一歩進むたびに特異な関節音が鳴り、彼が両手に握る二振りの短剣からは、細胞を瞬時に腐蝕させる有機金属の劇毒が滴っていた。毒液が新雪に触れた刹那、ジッと音を立てて雪が黒く変色し、凍りつく。彼は影のように身を潜めながらも、内心では己の得物の切れ味と、この極寒の戦場で毒がどれほど通用するか、命を賭した博打を打つ興奮に胸を昂らせていた。
高台のクッキーファンが重弩のレシーバーを叩き、特製の音響弾を薬室へと滑り込ませた。金属同士が噛み合う冷徹な音が、風の咆哮を切り裂いて響く。だが、極寒の冷気は彼の指先から微細な自由を奪っていた。分厚い防寒手袋越しとはいえ、金属のレバーを操作する瞬間にわずかな引っ掛かりを覚え、彼は心の中で小さく舌打ちをした。狙いは左方に位置する、やや大柄な雄の個体であった。
引き金が引かれた。
銃口から放たれた衝撃波は、目に映らぬ空気の壁を幾重にも伝播し、雄の側頭部、外殻のわずかな隙間にある感覚器官へと正確に炸裂した。
グオオオオオオン――。
地鳴りのごとき咆嘘が盆地に木霊する。雄のバゼルギウスは平衡感覚を乱され、巨頭を激しく左右に振った。その双眸が怒りで血に染まり、高台の上で重弩を構えるクッキーファンの姿を捉える。
数十トンに及ぶ肉塊が、地を蹴った。
その突進は、天災そのものであった。巨躯が雪を踏みしめるたび、積雪は瞬時の圧力融解によって水へと変わり、次の刹那には周囲の絶対零度によってバリバリと凍りつく。そのあまりの質量と速度が引き起こす摩擦により、胸部から剥がれ落ちた爆鱗が、ポロポロと雪原に転がった。肉体という制御から解き放たれ、急激に圧力を減じた爆鱗の内部で、揮発成分が自己発火の臨界を迎える。雄は高台の崖下を激しく体当たりで削り取るように突進していく。
「突進直撃コース! ヤンデレさん、盾おねがい!」
「任せなさいな!」
その直線上へ、ヤンデレスキーが叫び、荒天の大盾を氷床へと深く突き立てた。全体重を鉄塊の裏へと預け、上体を限界まで縮める。肉を断たせて骨を断つ武人の覚悟が、その強固な構えに凝縮されていた。
直後、地表に撒かれた爆鱗が一斉に爆轟を起こした。
轟然たる爆鳴が、大気を断熱圧縮しながら四方へと炸裂する。周囲の氷が一瞬で気体へと昇華し、凄まじい白煙の壁が視界を完全に遮断した。爆風の巨拳が盾を激しく殴りつける。ヤンデレスキーは、大盾の表面に施された熱反射の構造が、狂気的な運動エネルギーを左右へと受け流していくのを、両腕の骨に伝わる凄まじい震動を通じて体感していた。あまりの衝撃に、彼女は食いしばった歯で自身の口内をわずかに切り、鉄の味が口中に広がるのを不快に感じた。
「カウンター、一発入れます!」
煙の幕を割り、大砲モロコシの太い銃口が突き出された。狙いは、突進の慣性を殺しきれずに前傾姿勢となった雄の、右膝関節の肉の爆ぜた隙間である。
ズドォォォォン――。
推進薬の爆発による指向性エネルギーが、関節を保護する殻を木端微塵に粉砕した。骨を包む筋肉組織が激しく震動し、雄の巨体がたまらず雪原へと頽れる。
「ナイスダウン! ワイナリー、刻め!」
「がってんだ、乱舞いきやす!」
雪煙を蹴立てて飛び出したのは、紫毒姫を纏ったワイナリーであった。
倒れ伏した雄の腹部、最も皮の薄い部位へ、二振りの短剣が電撃的な速度で突き刺さる。超高速の往復運動が、硬い鱗の隙間を容赦なく切り裂いていった。刃の溝から、紫毒姫の劇毒が傷口の奥深くへ直接注ぎ込まれる。――と、刃先が想定より硬い骨組織に弾かれ、ワイナリーの手首に嫌な衝撃が走った。「チッ、肉質硬てぇな!」と彼は小さく吐き捨て、危うく短剣を落としそうになりながらも、強引に刃をねじ込み、肉を切り裂き続けた。
バゼルギウスの異常な体温が、皮下に侵入した毒の分子運動を爆発的に加速させた。五秒で回るはずの劇毒が、一瞬で体内のエネルギー伝達系を焼き切っていく。熱極まれば毒の巡りもまた迅く、一息の間に五臓を腐蝕せしむるのだ。
「グルゥァァァァッ!?」
雄の巨躯が、内側からの激しい悪寒に震えた。熱生産の歯車が狂い、白熱していた爆鱗の光が、急速に鈍い赤へと落ちていく。
「毒入ったわ! クッキーさん、追撃!」
「水冷、通すで!」
高台に陣取ったクッキーファンが、安定した射線から重弩の冷却触媒を仕込んだ弾丸を連射した。
タン,タン,タン、と冷徹な金属性の音が連続する。冷気弾は雄の背肉を貫き、体内で激しく熱を奪いながら突き進む。数千度から一気に零度近くまで急冷された外殻は、熱収縮による内部応力に耐えきれず、パキパキと音を立てて無数のひび割れを走らせた。物理的な破壊が、肉を割る。
だが、安堵の隙は与えられない。
頭上、氷壁の遥か上空から、空間を物理的に圧迫するような金属質の咆哮が降り注いだ。
――ギィィィィャァァァァァァン。
「クソ、雌が飛んできた! 乱入早すぎだろ!」
「上から直接撒いてきますわよ、避けて!」
乱気流を割って現れたのは、もう一頭の変異体――雌個体であった。
その全身の爆鱗は、雄を領袖するほどの青紫、いや、白に近い光を放っている。つがいの危機を察知し、体内の揮発油の圧力が限界を超えているのだ。熱極まればすなわち衰える。赤熱の甲殻は、みずからの生み出す劫火に耐えかねて、あたかも熟しきった果実のごとく脆く、綻びを露呈させつつあったが、その執念はなおも凄まじい。雌は滑空しながら、頭部から尾にいたるまでの爆鱗を、絨毯爆撃のごとく地表へぶち撒けた。
「空中散布はズルだって! 一回引くぞ!」
ワイナリーが叫び、毒で熱代謝が死んで急速に冷却・収縮した雄の、爆鱗が存在しない巨大な翼の裏側へと滑り込んだ。冷え切った肉厚の部位を傘にすることで、周囲の連鎖誘爆から身を縮めて遮蔽する。ヤンデレスキーは大盾を頭上に掲げ、氷の壁に背を押し付けた。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴガァァァァン――。
数十の爆鱗が干渉し合い、盆地全体を光の嵐が埋め尽くした。水蒸気爆発が視界を完全に奪う。爆発の中心に向かって、周囲の空気が猛烈な勢いで逆流した。真空に近い空間が生まれ、ハンターたちの肺から強制的に空気を引きずり出そうとする。
「ゲホッ……大気持ってかれた……きっつ……」
クッキーファンが高台の岩にしがみつき、気圧の急変に耐えながら顔を上げた。
水蒸気が薄れた中心部、ヤンデレスキーの大盾は炭化して黒煙を上げていたが、彼女自身は無傷だった。その視線の先で、着地した雌のバゼルギウスが、毒にのたうち回る雄を庇うようにして翼を広げている。
雌は激しく頭部を氷床に擦り付け、皮膚下の分泌腺から新しい爆鱗を急速に生成し始めていた。その速度は、興奮による代謝の亢進で通常の数倍に達している。
「雌のやつ、完全にブチ切れてる。全身の鱗が紫色に変色してんじゃん。あれ、熱がこもりすぎて外殻の結合分子が緩んでるわ」
「一番硬そうに見えて、肉質がガバガバになってる状態ですわね」
「ワイが頭の熱サイクルを叩き割る。ヤンデレさんは懐に潜ってフルバースト。ワイナリーは雄の翼の腱を切って、二度と飛ばさんようにしろ!」
「了解ですわ、肉薄します!」
「がってんだ、旦那にはそのまま寝ててもまりやす!」
三人が同時に地を蹴り、散った。肉を断たせて骨を断つ覚悟が、それぞれの足取りに宿る。
雌のバゼルギウスが、首を大きくのけぞらせる。胸部が異常に膨張し、内部の隔壁が開かれた。その奥に溜まったエネルギーは、プラズマ化の一歩手前まで高まっている。最大の熱放射攻撃の構えだ。
「撃たせるかよぉ!」
高台からのクッキーファンの重弩が、激しい反動とともに火を噴いた。
放たれた特製の氷結弾が、雌の開かれた胸部、その最も高温の部位へと正確に吸い込まれる。
――チュゥゥゥゥウウウウウ。
猛烈な熱対流と、激しい熱応力破壊がその一点で起きた。結合の緩んでいた外殻が、急激な温度差による収縮差に耐えきれず、ガラスが砕けるような音を立てて広範囲に剥がれ落ちる。
「グガァァァァッ!?」
体内で発生した熱エネルギーが逆流し、雌が激しく身悶えした。発熱器官が損壊し、制御を失った熱が彼女自身の肉体を内側から焼き始める。
「今ですわ、全弾持っていきなさい!」
ヤンデレスキーが雪原を滑り込み、ひび割れて赤黒い肉が露出した雌の胸部へ、大砲モロコシの銃口を直接押し付けた。
カチ。信管が作動する。
ドババババババガァァァァン――。
五発の高圧砲弾が、零点一秒の隙間もなく連続して炸裂した。指向性を持たされた衝撃波が胸部の奥深くまで穿ち進み、骨格を砕き、内臓を取り巻く脂肪層を吹き飛ばす。雌の巨体が、その物理的な衝撃力によって数メートル後方へと弾き飛ばされた。
一方、その背後。
「旦那、奥さんがピンチだけど、起き上がるのは禁止な」
ワイナリーの短剣が、雄の左翼の結合関節の上で高速の円運動を刻んでいた。
毒によって運動ニューロンが麻痺し、満足に動けない雄の翼の付け根。巨大な大胸筋と翼骨をつなぐ強靭な腱の走行を、彼は解剖学的に正確に捉えていた。
――ザシュッ。ザシュシュシュッ。
限界を超えた速度で刃が走り、腱が一本ずつ、確実に断裂していく。最後の太い腱が切れた瞬間、雄の左翼は張力を失った操り人形のように、力なく雪原へと垂れ下がった。これで、この雄が再び大空へ舞い上がる確率は物理的にゼロになった。
「グオォォン……」
雄の瞳から光が失われつつあった。体内の毒素濃度は致死量に達し、代謝器官は完全に機能を停止している。
だが、胸部を破壊された雌の個体は未だ倒れていなかった。それどころか、彼女の周囲の大気が、さらに異常な純白へと変色し始める。
「あ、これアカンやつ。ヤンデレさん離れて! 雌、生存本能焼き切れてるわ! 体内の全エネルギー逆流させて自爆する気だぞこれ!」
「逃げても無駄ですわ! このすり鉢の底で逝かれたら、エリア全体はおろかクッキーさんの高台まで一瞬で消し飛びます!」
「クッキーさん、頭の核ブチ抜いて止めて!」
「言われんでも……これで仕舞いや!」
クッキーファンは、重弩に最後の「竜撃弾」を装填した。凍王龍の冷気と、ヴォージャンの熱エネルギーの推進力を融合させた、特製の複合弾だ。
銃身が熱と冷気のせめぎ合いで悲鳴を上げ、金属構造が限界まで引っ張られて高周波の音を立てる。
「沈めぇぇぇぇ!」
ドンッ。
放たれた弾丸は、大気を切り裂く衝撃波の円環を纏いながら、一直線に雌の眉間へと突き刺さった。
内部の冷気結晶が脳幹へと侵入し、一瞬にしてその中心温度をマイナス数百度へと引き下げた。分子運動の完全な停止。熱を生成し、爆発を制御していた脳の命令系統が、物理的に凍結された。
一瞬、すべての音が消えた。
雌の全身を包んでいた純白の光が霧散していく。臨界点を超えかけていた熱エネルギーは行き場を失い、伝導の法則に従って周囲の冷気へと急速に拡散していった。
ズゥゥゥゥン……。
二頭の巨体が、万年雪の中に倒れ込む。その衝撃で大量の雪煙が舞い上がり、爆鱗竜の骸を静かに覆い隠していった。
第四の平舞台に、再び元の、凍てつく静寂が戻ってくる。
「ふぅー……終わったわ。グラシアルのバレル完全に歪んだけど。これ修理費いくら吹っ飛ぶんだよ、まじで」
クッキーファンが高台から重弩を肩に担ぎ直し、大きく息を吐きながら下りてきた。
「お疲れ様でした。でも、この物欲センサーの厳しさを乗り越えた先の報酬画面は、きっと美しいですわ」
ヤンデレスキーが息を整えながら、雌の巨躯の前へと歩み寄った。彼女は静かに手袋を脱ぎ、使い込まれた剥ぎ取りナイフを逆手に握る。
肉体の最深部、未だかすかに熱を帯びる発熱器官の境界に、ナイフの刃が滑らかに滑り込んでいった。
手応えがあった。硬い外殻の奥から刃先が引き揚げられた瞬間、薄暗い雪原に、息をのむような美しい閃光が走った。
それは、幾千もの熱対流の中で結晶化し、奇跡的な純度を保った紅蓮の「天鱗」であった。怪異な光を放つその宝玉が、彼女の白い手のひらの上で妖しく、かつ完璧な輝きを放っている。
「あっ、おい待てやヤンデレさん! 一発でそれ引くか!? ワイなんか三週連続でただの爆腺やぞ!」
クッキーファンが目を剥き、声を裏返らせて詰め寄った。
「ええ……!? マジですか、ヤンデレさん。あっしもそれ、新調する双剣にどうしても欲しかったやつでさぁ……。嘘だろ、その一剥ぎで引いちまうなんて、物欲の神様は不公平が過ぎやすぜ」
ワイナリーも剥ぎ取りの手を止め、羨望と絶望の入り混じった顔で宝玉を凝視している。
「あら、日頃の行いですわ。これは私の銃槍の、新しい熱排気筒の芯材にさせていただきますね」
ヤンデレスキーは二人の突き刺さるような視線を涼しい顔で受け流し、至宝をそっと懐へと収めた。
「へへ、あっしはさっさと残りを剥ぎ取りして、ベースキャンプで酒にしたいですわ。冷え切っちまう前に、閃烈な爆腺を頂いちまいましょう」
ワイナリーが恨めしそうにため息をつき、再び雄の骸へとナイフを向けた。
かつて神々の住処と謳われたその高地で、自然の摂理と、それを暴力的に凌駕したハンターたちの足跡が、新たなる雪の下へと、静かに埋もれていくのだった。