「――上空10000mから戦って落ちた。」
その一言で、その場の空気が凍りつく。
誰もが耳を疑った。
上空10000m?
そんな高さから落下して無事な存在など、人間はもちろん、普通の知能構造体ですら考えられない。
ならばなぜ無傷に近いのか。
皆の視線が自然と目の前の機械体へ集まる。
「そ、そんな高さから落ちて大丈夫なの!?」
真っ先に声を上げたのは蒼角だった。
子供(?)さながらの純粋な心配が滲んでいる。
平然としている知能構造体を見て悠真は若干引いていた。
柳は理解できないような顔をしている。
「頑丈だから……」
頑丈で済む話か?誰もがそうツッコミたかった。
だが当の本人は本気で何がおかしいのかわかっていないらしい。
きょとんとした表情は、
――俺、何か変なこと言ったか?
とでも言いたげだった。
「もう驚かないわ。これで驚いてたら心臓がいくつあっても足りないもの……」
呆れたようにニコが額を押さえる。
「―で? 何と戦ったのよ」
「……まぁ、敵と?」
「おいおい、ニコはその敵が何なのか聞いてるんだと思うぞ―って、あんたなんでこっちに近づいて…にゃはぁっ……/// 」
猫又の言葉が途中で途切れる。
知能構造体が無言で顎へ手を伸ばし、優しく撫で始めたからだ。
絶妙な力加減。
的確な場所。
猫又はあっという間に抵抗力を失った。
「にゃぁ〜……/// おまえ、なかなかなでるうまいなぁ……/// 」
目を細め、喉を鳴らしながら完全に骨抜きになっている。
「それで、これからだが―「待て」…なんだ?」
雅が低い声が割り込んだ。周りが重い空気感へと変わる。
「はぐらかすな。お前は先ほど『敵と戦って落ちた』と言ったな」
鋭い視線が向けられる。
「その敵とは何だ。上空10000mともなればホロウの外だ。そこにエーテリアスはいない」
静かだが確信を帯びた言葉だった。
エーテリアスはホロウの外には出られない。
つまり知能構造体が戦った相手は、エーテリアスではない。
「……言えない」
短い返答。
しかし雅は引かなかった。
「何故だ。ここにいる者たちにも話せない事情があるのか?」
しばしの沈黙。
やがて知能構造体は小さく息を吐いた。
「……突然現れた知能構造体と戦った。今はそれで満足してくれ」
その言葉に空気が張り詰める。
「無理だと言ったら?」
「力づくで満足させることになる。」
一瞬。
その場の数度下がったような錯覚が走る。
誰も動かない。
誰も口を開かない。
そんな中――
「わかった。今はそれを信じるよ」
張り詰めていた空気の中、アキラが静かに口を開いた。
その言葉に、場にいた全員が思わず彼へ視線を向ける。
「プロキシ、本当にいいの?」
アンビーが少し眉をひそめる。
「彼が何か隠しているかもしれないのに」
当然の疑問だった。
レイヴントは明らかに何かを知っている。だが語ろうとはしない、アキラもそのことは理解していた。
「確かにそうさ」
彼は苦笑しながら肩をすくめる。
「僕だって本当は知りたいよ」
その答えに柳たちも小さく目を細める。
ならばなぜ追及しないのか。
誰もがそう思った。
「なら―「けどね」…?」
アンビーが何か言いかけたとき、その言葉を遮るようにアキラは続けた。
その一言に、皆の意識が再び彼へ集まった。
アキラは知能構造体へ視線を向ける。
その目には警戒ではなく、どこか信頼に近い色が宿っていた。
「僕たちがこれまで何度も彼を呼び出した時、彼は一度でも事情を聞いたことがなかった。」
誰も答えない。
どれほど無茶な内容であっても、知能構造体は理由を求めなかった。ただ必要だからという理由だけで協力してくれた。
「僕や、ニコ達、星見さんだって彼に助けられた。だったら今度は、僕たちが彼を信じてもいいんじゃないかな」
ひどく穏やかで、静かな言葉だった。だが、その一言は不思議と重みに、知能構造体でさえ固まっていた。
場の緊張が少しだけ和らぐ。
そしてアキラは柔らかな笑みを浮かべた。
「代わりと言ってはなんだけど……君の名前を教えてくれないか?」
「……は?」
知能構造体は本気で理解できなかった。
確かに自分は名乗っていない。
だが、この流れで聞かれるのが名前だとは予想もしていなかった。
「……そんなことでいいのか?」
アキラは頷く。
「あぁ、ずっと『知能構造体』って呼ぶのも変だろう? ちゃんと名前で呼びたいんだ」
知能構造体はしばらく黙り込んだ。
もっと面倒な要求を覚悟していた。
だからこそ拍子抜けした。
「……はぁ」
小さくため息を吐く。
「わかった。教えよう」
「ありがとう、それじゃあ改めて。君の名前は?」
知能構造体は一度だけ皆を見渡した。
そして静かに口を開く。
「俺は――
レイヴント」
しばしの静寂。
やがてアキラが嬉しそうに頷く。
「レイヴント。それが君の名前なんだね?」
「あぁ…」
そこで真っ先に反応したのはビリーだった。
「レイヴントかぁ、かっけぇ名前じゃねぇか!なんで今まで教えてくれなかったんだ?」
「別に隠していたわけじゃない」
レイヴントは肩をすくめる。
「まだ言う機会がなかっただけだ。いずれ話すつもりではあった。それが今になっただけだ」
そう言う彼の声は相変わらず淡々としていた。
その後は一度新エリー都に戻る事になり、各自でパールマンを調べることとなった。
「………」
レイヴントは皆と一緒に帰るという誘いを断った。
別れ際に引き止められはしたが、適当に理由をつけてその場を後にした。
郊外特有のあつい風を切り裂きながら、一人でバイクを走らせる。たまにすれ違うトラックのエンジン音だけが静かな道路に響いていた。しばらく無言の時間が続く。
[BT]:よろしかったのですか?
落ち着いた機械音声が耳に届く。
[BT]:私たちが追っている敵のことを話しても良かったのではないですか?
レイヴントはすぐには答えなかった。
ただ前を見据えたままアクセルを少しだけ緩める。
雲1つない快晴を、ただひたすら見つめた。
「……別にいいさ」
ようやく口を開く、その声はどこか疲れていた。
「これは俺たちの問題だ、あいつらにはやるべきことがある…それなのに別の問題に頭を悩ませるにはいかない。」
短い沈黙。
レイヴントはハンドルを握る手に僅かに力を込めた。
「それに――」
風の音に紛れるように呟く。
「あいつらを、巻き込むわけにはいかない」
[BT]:……
「あいつらは十分すぎるほど危険な場所にいる。それなのに、さらに俺たちの戦いまで背負わせる必要はない」
その言葉には迷いがなかった。
敵の正体。
ずっと追い続けた敵達。
そして今なお続く追跡。
その全てが、レイヴント自身の背負うべきものだった。
少なくとも、彼はそう考えている。
[BT]:しかし、協力を求めれば力になってくれる可能性は高いかと。
「だろうな」
レイヴントは小さく笑う。
「あいつらなら、きっと何も聞かずに手を貸してくれる」
だからこそ、頼れないんだよ
石が……足りねぇ