六分街のマンション
帰宅するとレイヴントは速攻作業を始める
ガチャガチャ、と作業台の上です工具が動くたびに火花が散り、その中心でレイヴントは黙々と手を動かしていた。彼の視線の先には未完成のベルトが、何度も部品を組み替え、設計を見直しながら、その可能性を探っている。
「――BT、パールマンの居場所はわかったか?」
[BT]:はい。姿は確認出来ておりませんが、バレエツインズのホロウのエリア内にパールマンと思われる生体反応を検出しました。
レイヴントの手がわずかに止まる。
金属部品を握ったまま、彼は静かに目を細めた。
「……そうか」
短く返し、再び工具を手に取る。
「BTが見つけたなら、直にアキラたちも気付くだろう。」
カチリ、と部品がはめ込まれる。
その音は妙に重く響いた。
パールマンの発見は朗報ではある。
だが、それが意味するのは救出作戦。そして、その先に待つ新たな戦闘にレイヴントは頭の中で状況を整理していく。
敵の戦力。ホロウ内部の地形。アキラたちの行動予測。想定される被害。考えるべきことは山ほどあった。
室内には再び金属音だけが響く。
ガチャ――カチッ。
その単調な音の中で、一瞬だけ沈黙が訪れた。レイヴントは手にした工具を強く握りしめる。迫り来る戦いに備えるかのように…
「やっと完成した……」
作業台の上には、長い時間をかけて組み上げたベルトが静かに置かれている。
「上手く作動するといいが……」
達成感とわずかな不安を胸に装置を見つめていたその時、不意にBTの声が室内に響いた。
[BT]:レイヴント、アキラ様のアシスタントAIから救援要請が届きました。
「何だと…? どんな要請だ」
[BT]:ビデオ屋に治安官数人が押し入り、家宅捜査されそうになっているとのことです。
その報告を聞いた瞬間、レイヴントは眉をひそめた。
家宅捜査?なぜ急に?
「まさか、パエトーンなのがバレたのか?だがあいつならそこら辺は徹底してるはず…そう簡単にバレるはずがない。」
だが治安局が動いた以上、何かあったことに間違いなかった。レイヴントは作業台の上のベルトを持って、迷うことなく踵を返した。
「まぁいい。考えるのは後だ…BT、すぐに向かうぞ」
レイヴントはマンションを飛び出した。
ビデオ屋へ到着したレイヴントは、周囲に気付かれないよう建物の陰に身を潜め、透視機能が発動する。壁の向こうには3人の治安官と、リンと思われる人物の姿が映し出されていた。
そんな状況を見て、レイヴントは小さく舌打ちした。
「チッ……迂闊に中へ入れねぇな……」
突入すれば、事態を悪化させる可能性がある
数秒だけ考えた後、彼は偵察特化の超小型ドローンを生成する。意識接続を行うと視界が切り替わり、レイヴントの感覚はドローンへと移る。
僅かに開いていた入口のドアの隙間から店内へ侵入し会話の内容を拾っていく。
「ちょっと動かすならそっとやってよ! コレクターズ・エディションなんだから!」
治安官の一人が、手に取ったパッケージを棚へ戻しながら軽く頭を下げる。
やがて1人の治安官が工房へ続く扉に目をつける
「すみません、こちらの部屋は?」
「こ、ここはただの物置だから! しばらく使ってない私物とか、古い機材を置いとく場所で……」
明らかに不自然な説明。
リン自身もそれを自覚しているのか、声がわずかに上擦っている。
「念のため、開けてみても?」
その一言で、店内の空気が凍りついた。
「こ、こんなとこまで見せなきゃいけないの?見ての通り、ここにはビデオしかないってば!ごく普通のビデオ屋なの!」
ドローン越しに様子を見ていたレイヴントも目を細める。
「そうは言っても、選挙期間中にありふれた決まりでして。すみませんがご理解ください……もし開けないのであれば」
治安官はリンの前に立ち、威圧的に見る
「こちらで開けますよ。」
「ま、待って…!待ってよ――!」
リンは必死に止めようとするが1人の治安官に阻まれ、残りの2人が武器を構えながらドアを開ける。
「…?」
そこにあったのは古びたビデオやダンボールなどが積まれているただの物置部屋だった。
これには思わずリンも固まる。
そこでガチャリとドアが開くと、1人の女性が入ってくる。
「お待ちください」
その一言だけで、重い空気が静まり返る。
黒髪ロングに赤いメッシュの入った女性治安官、朱鳶がいた。朱鳶は手にしていた端末へ軽く目を落とし、改めて全員へ向けて告げた。
「新たな司令です。現在、街頭パトロールに人手が必要となっています」
淡々とした報告だったが、その内容に室内の空気がわずかに変化する。
「六分街の臨検は特務班のほうで引き継ぎます。
皆さん ご苦労さまでした。」
治安官たちは、それ以上追及することはなくすぐ店を後にした。店内を包んでいた重苦しい空気が、ようやく少しだけ和らぐ。
「しゅ、朱鳶さん? これには事情が―「俺だ。」…え?」
その言葉を遮るように返ってきたのは、聞き慣れた低い声だった。
一瞬、思考が止まる。
目の前にいるのは間違いなく朱鳶だ。――どこからどう見ても本人にしか見えない。
それなのに、その口から発せられた声は。
「まさか……レ、レイヴントなの!?」
驚愕の声が店内に響く。
朱鳶――いや、その姿をした人物は小さく肩をすくめると、どこか呆れたようにため息をついた。
「だからそう言っただろ、こうしてお前と会うのは初めてだな。」
その仕草も、声音も、紛れもなくレイヴントそのものだった。
「な、なんで朱鳶さんの姿に……?」
ようやく絞り出した問いに、朱鳶の姿をしたレイヴントは平然と答えた。
「俺はスキャンした相手の姿に変えることができるんだ」
「変えるって……そんなことできるの!?」
リンの驚きはさらに大きくなる。
レイヴントは軽く腕を組み、肩をすくめた。
「まあな、細かい情報が必要になるが…一度スキャンが終われば相手の外見、声、仕草などの特徴まで再現できる。ただ、あまり使う機会がなかったが……」
「じゃ、じゃぁ工房が物置部屋に変わってたのもレイヴントの仕業なの?」
「あぁ、小型ドローンからホログラムで物置部屋を再現したんだ。あのまま進まれてたら普通にバレてたけどな」
「そ、そうなんだ…てかそろそろ戻ったほうga…」
ガチャリ
「店長殿、無事であるか――」
リンにとって聞き慣れた、どこか時代がかった口調が店内に響く。入ってきたのは二人の治安官だった。
一人は鮮やかなツインテールを揺らしながら歩く青衣。そして、その隣には――朱鳶がいた。
しかし。
「……む?」
青衣の視線の先には、リンの隣に立つもう一人の朱鳶。朱鳶とまったく同じ姿をした人物だった。
何もかもが同じ。違う点があるとすれば、リンの隣にいる方が腕を組んで気だるそうな表情を浮かべていることくらいだ。
一方で、本物の朱鳶は目を見開いたまま硬直していた。数秒の沈黙。
「わ、私が……もう一人?」
「あぁ…」
普段は冷静沈着な朱鳶らしからぬ、間の抜けた声だった。レイヴントは面倒くさそうに視線だけを向ける。
「タイミング悪…。」
「な、ななな……!?」
「少し冷静になれ朱鳶よ、まずは状況整理が必要であろう」
そう言う青衣自身も、さすがに目の前の光景には驚きを隠せていなかった
後半はちょっとやってみたかった展開だった。