場面は変わり
ブリンガーの攻撃で吹き飛ばされ、橋から落とされた六課とアキラは、加勢に来たヴィクトリア家政と共に押し寄せるブラストスパイダーと白い巨腕を相手していた。
「これで終わりです!」
柳の一閃が白い巨腕を断ち切る。
断末魔のような軋みを響かせながら巨腕は霧散し、辺りを覆っていた圧迫感がふっと消えた。
『ライカンさん! それにみんなも! 助けてくれてありがとう!』
「礼には及びません。当然の勤めを果たしたまでです。」
「積もる話もあるでしょうが、今は――」
柳が言いかけた、その瞬間だった。
近くで不自然に積み上げられていたコンテナが、内側から軋むような音を立て始める。
ドォォン!!
凄まじい衝撃とともにコンテナが四散した。
舞い上がる土煙の中、五つの赤い光が灯る。
やがて姿を現したのは、五体の自立戦術ユニット――『テュポーン・チャレンジャー』。
無機質な赤いセンサーが、一斉にアキラたちを捉えた。
「っ!? なぜここに反乱軍のロボットが……!」
「倒すこと自体はできますけど……確実に時間かかりますよこんなん…」
全員が武器を構える。
テュポーン・チャレンジャーも低い駆動音を響かせながら、一歩ずつ距離を詰めてきた。
[Fairy]:報告。BTからメッセージが届いています。
『BTから? 彼はなんて?』
[Fairy]:『上にお気を付けて』とのことです。
全員が反射的に空を見上げる。
次の瞬間。
巨大な鋼鉄の影が流星のような勢いで降下した。
ドォォォォォン!!
着地と同時に地面が激しく揺れ、衝撃波が瓦礫と砂塵を吹き飛ばす。
ゆっくりと晴れていく土煙の向こう。
そこには、八メートル級の巨体を誇る知能構造体が立っていた。
一機のテュポーン・チャレンジャーが飛びかかるが知能構造体は片腕だけでその攻撃を受け止めると、XO-16を横薙ぎに叩き込む大きく体勢を崩した敵へ、一気に踏み込み装甲を引き裂き胴体内部へ腕をねじ込む。
そのまま制御コードを強引に引き抜くと機体は火花を散らし、その場へ崩れ落ちる。
BTは静かにしゃがみ込み、青く発光するバイザーをアキラたちへ向けた。
[???]:こんばんは、皆さん。
『その声……BT!? き、君なのか!?』
[BT-7274]:はい、私です。
アキラだけは、その巨体の奥にいるのが紛れもなくBTだと理解したが再会を喜ぶ暇はなかった。
[BT -7274]:聞きたいことは数多くあるでしょう。しかし、それは後にしましょう。
BTは立ち上がり、皆を守るように立ちはだかる。
[BT-7274]:ここは私が引き受けます。皆さんは構わず先へ進んでください。
その直後、別のテュポーン・チャレンジャーが突撃する。
BTは最小限の動きで懐へ潜り込み、その腕を掴んだ。
巨体とは思えない流麗な動きで体勢を崩すと、そのまま豪快な背負い投げで地面へ叩きつけると同時に肩部のマルチミサイルポッドが展開され無数の弾頭が一斉に放ち、敵陣で連続爆発を巻き起こした。
[BT-7274]:現在、レイヴントが単独でブリンガーと交戦中、現時点では持ちこたえていますが、敵の力が未知なため長期戦は推奨できません。
「プロキシ様、こちらはヴィクトリア家政とBT様にお任せください。」
『分かった! ここは任せるよ! 行こう、みんな!』
アキラたちはコンテナを伝って、その場を後にする。
「BT様、私たちもお力添えいたしますわ。」
[BT-7274]:了解。戦闘を受諾します。
BTはXO-16を構え直す。
一歩踏み出すたび、アスファルトが軋み、巨体の各部から重々しい駆動音が唸りを上げる。
青いバイザーが敵集団を捉えた。
[BT-7274]:なお、私の射線には入らないようお願いします。
そう告げると同時に、BTは敵陣へ向かって駆け出した。
アキラたちはエレベーターを目指していたが、その行く手は大量のコンテナによって完全に塞がれていた。
「ここは通れませんね。迂回しま――」
「その必要はねぇ!」
直後、轟音が響く。
積み上げられたコンテナが紙切れのように吹き飛び、鋼鉄片が辺りへ激しく降り注ぐ。
さらにもう一つ。
そして、また一つ。
障害物は圧倒的な馬力によって次々と押し退けられ、強引に一本の道が切り開かれていく。
現れたのは、巨大なチェーンソーを装備した重機。
舞い散る火花と土煙の向こう、その機体の上には二人の人影が立っていた。
「久しぶりだなぁ!手ぇ貸すか?」
白祇重工のベンとクレタだった。
『クレタ、ベンさんも!いいところに!』
「邪魔する連中は、俺たちに任せろ!」
クレタとベンが前へ飛び出し、押し寄せるブラストスパイダーを迎え撃つ。
『ありがとう!』
アキラたちは二人に戦線を託し、先へ駆ける。
進んだ先では、アンドーとグレースが待ち構えていた。アンドーはコンテナを押しのけ、エレベーターへ続く道を切り開いている。
「プロキシ、こっちだ! あんな半端野郎なんかに負けんなよぉ!兄弟もそう言ってるぜ!」
『ああ! 僕たちは絶対に負けない!』
力強い返答に、グレースは満足そうに微笑む。
「ちょうどこの子の電力供給モジュールの修理が終わったところさ。安心して乗ってくれ。」
アキラたちはエレベーターへ駆け寄る。
――その瞬間だった。
轟音とともに天井が砕け散り、瓦礫を突き破って一つの人影が降ってくる。
「っ……いてぇ。」
土煙の中から立ち上がったその人物の顔を覆っていたのは、鋭い目つきを模した狐の面だった。
場が静まり返る。
狐面の人物は肩を軽く回すと、周囲の視線を気にも留めず一言だけ口にした。
「……どうした?」
「まさか……レイヴント? あなたなんですか?」
柳の問いに、狐面の人物はゆっくりと振り向く。
やがてレイヴントは自分の姿を見て、面の奥から小さくため息が漏れた。
「ああ、俺だ。そういえばこの姿のお披露目は初めてだったな。」
「ご無事で何よりです。ですが、その姿は……?」
「ポート・エルピスで話しただろ。万が一に備えて用意していた、俺の強化フォームだ。」
説明を終えるより早く、不意に肩を強く掴まれる。
振り返ると、目を輝かせたグレースが息を荒げながら迫っていた。
「君っ……ちょ、ちょっとだけでいいから! お姉さんにその中身を見せてくれないかな!?」
あまりの勢いにレイヴントが言葉を返す暇もない。
その時、頭上から建物全体を震わせるような轟音が響いた。
「……ブリンガーはまだ生きてる。途中まで俺が押してはいたんだが、予想以上にしぶとい。隙を突かれて吹き飛ばされた。」
『なら、一刻も早く向かわないと! レイヴント、このエレベーターに!』
アンドーがグレースを引き止めているうちに、一同は急いでエレベーターへ乗り込み、上へと向かった。
「――っ!? これは…付近のエーテルが取り込まれている…!」
「どういうこと?ご飯食べてるの?」
先程の場所まで戻ってくるとブリンガーが大量のエーテルを積んだコンテナを吸収している真っ最中だったのだ。
「ゴホッ…ゴホッ…れ、レイくん、あれ気付いてる?」
「あぁ。あれを撃ち抜けば倒せる可能性が高い。」
レイヴントと悠真の瞳に小さな何かが映る。上空に浮かぶエーテルの塊の中に一つだけ混じっている、ガソリンの詰まった赤いドラム缶であった。
「ゴホッ…早く、止めなきゃ……ゴホッ…ゴホッ…」
悠真は弓を構えようとするが発作が激しく、とても構えることすら難しい状態になっていた。
弦を引こうとした瞬間、大きく咳き込み、その場に片膝をついてしまう。
「くっ……!」
「……悠真。ここは俺がやる。お前は休め。」
悠真は苦しそうに息を整えながらも立ち上がり、ゆっくりと首を横に振った。
「……大丈夫。まだ……行けるよ。」
「レイヴント…ここは彼に任せてあげてください。」
「だが……わかった。」
悠真は再度弓を構え、ゆっくりと目を閉じて深呼吸する。
発作が落ち着くと、悠真は目を開き、迷いなく矢を放つ。
放たれた矢は見事にドラム缶に当たり、内部で圧縮されていたエーテルが一気に暴走し、轟音とともに巨大な爆炎が空を覆う。衝撃波が周囲を吹き抜け、吸収を断たれたブリンガーは苦しむように大きくのけ反り、そのまま地面へと叩きつける。
「ハルマサ、凄い!」
皆が安堵の表情を浮かべ、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
しかし――。
レイヴントだけは視線を逸らさなかった。
「……いや、まだだ。」
その視線の先にあったのは、倒れ伏したブリンガーではない。
少し離れた瓦礫の上。
まるで最初から戦いの一部始終を見届けていたかのように、一人の人影が静かにこちらを見つめていた。
その人物は微動だにせず、ただレイヴントと視線を交わす。
次の瞬間、人影の口元がわずかに笑みを浮かべた――。