「たくちゃん」
「はい」
「何か言う事は?」
「……黙秘権を行使し―――、」
「殺す」
「せめてもうちょっと慈悲を!!」
UTX学院のカフェスペースにて、何故か床で正座させられている黒一点の少年が1人。
それを囲むように何人かの少女が少年を見降ろしている。
「私達に黙って、よもやあの綺羅ツバサと会っていたなんて聞いてないんですけど? 遠慮はしないわ。痛みを思い切り感じさせながら眠らせてあげる」
「おかしい、俺の予想と全然違う。本来なら穂乃果達の軽い制裁で済むはずなのに何でにこが―――、」
「ほう……?」
ここで岡崎拓哉は発言を誤ってしまう。
今なお囲まれているという状況で、そんな墓穴を掘るような発言は絶対にしてはいけなかった。
「私達のお仕置きは今まで軽かったと……?」
「あ」
「これは考えを改めないとだね。海未ちゃんと穂乃果ちゃんと話し合ってもっとたっくんに分かってもらえるような事をしないといけないかな?」
「お、おお……は、花陽! ヘルプ、ヘルプミーだ! もうお前しか頼れない!! お前なら分かってくれると俺は思ってる! 最後の天使なら俺を救ってくれ!!」
ことりにすら見放された拓哉は最後の砦、花陽にすがろうとする。
花陽ならみんなを宥めてくれるに違いないと、そう信じて。そして、花陽は天使のような微笑みで笑った。
「さよならです、拓哉くん♪」
「おぉふ」
笑顔で地獄に突き落とされた。
もう自分の味方はいない。あまりにも理不尽極まりないがこれは本気で死の覚悟をしなくてはならない、と思った矢先の事だった。
「私から言っておいて何だけど、随分と気に入られているようね。拓哉君」
「そう思うなら助けやがれド畜生!! 誰のせいでこんな敵地で味方に殺されそうにならなきゃいけねえんだ!」
さすがのツバサも少し予想外だったらしい。見ると苦笑いしている。
「そうよみんな、ここはUTX学院。音ノ木坂じゃないの。礼儀と節度は守ってちょうだい。拓哉への罰は帰ってからでもできるでしょ」
「今罰って言ったよね? 完全に罰って言ったよね? 逃げ道ないよね。包囲されてるよね。俺終わったよね」
絵里の言葉にメンバーは一応納得した表情でソファへと戻る。一時的な寿命が長くなったとおぼしき拓哉も恐る恐る穂乃果の隣へと座り込む。
拓哉の顔を見るなりあんじゅが柔らかい笑みを浮かべながら口を開いた。
「結構苦労してそうね」
「ならそのデコ出しリーダーに言ってやってくれ。これ以上変な事吹きこむのは止めろって……」
言葉に力がこもってない拓哉を見ながら笑みを浮かべているあんじゅ。どうやらツバサと一緒で楽しんでいるらしい。非常にタチが悪い。
「ふふっ、まあいいじゃない。今のであなた達の器量や度胸は随分と分かったから」
「……試したってのか」
あくまでツバサの返事はない。ただ不敵に微笑んでいるだけ。それだけで分かる。否定しないという事の意味、沈黙は肯定だと。
「え、え、どういう事?」
先程からずっと座っていた凛が素直にそれを口に出していたので拓哉は説明を始める。
「絵里も言ってたようにここはUTX学院だ。俺達にとって敵地と言ってもいい。しかもラブライブの王者が目の前にいる。そんな状況で、A-RISEがいるってのにそれを気にもせずいつもみたいに騒いでるんだ。そりゃ普通ならできねえって事だよ」
騒いでいたのはほとんど拓哉のせいだが、それでもこんな状況になるのはどこのスクールアイドルを探してもμ'sくらいだろう。王者を前にしていつものようにしているなんて、相当の事がないとできないものなのだ。
「理由や原因はどうあれ、あなた達は私達と同じ空間にいるのにも関わらず自分達の“日常”を繰り広げていた」
「こんな日常があったら俺の命が足りないけどな」
「そして確信したわ。やっぱり私達の目に狂いはなかった」
それがどんな意味を含んでいるのか。穂乃果達は大前提として理解すら追いついていなかった。A-RISEのリーダーからそんな事を言われるなんて思ってもいなかったから。ツバサは穂乃果へと視線を向けて言う。
「下で見かけた時、すぐあなたと分かったわ。映像で見るより本物の方が遥かに魅力的ね」
そのセリフはそのままお返しする、と心の中で言う拓哉。実際本物を目の前にするとこうも違うとはよく言ったものだ。
「人を惹き付ける魅力。カリスマ性とでも言えばいいのだろうか。9人いても、尚輝いている」
「……はぁ」
突然のお褒めの言葉に穂乃果はただそう言う事しかできなかった。
しかし拓哉は素直に驚いていた。あのA-RISEからそういう評価を聞けた事に。
「私達ね、あなた達の事、ずっと注目していたの」
「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」
誰もが思わず声を上げていた。
拓哉以外は。
「実は前のラブライブでも1番のライバルになるんじゃないかって思っていたのよ」
「そ、そんな……」
「あなたもよ」
絵里が謙遜のような声を上げようとすると、それに食い付くようにツバサや英玲奈。
「絢瀬絵里。ロシアでは常にバレエコンクールの上位だったと聞いている」
「そして西木野真姫は作曲の才能が素晴らしく、園田海未の素直な詞ととてもマッチしている」
ツバサ、あんじゅ、英玲奈、A-RISEの3人の言葉は息の合ったように続いていく。
「星空凛のバネと運動神経は、スクールアイドルとしても全国レベルだし、小泉花陽の歌声は個性が強いメンバーの歌に見事な調和を与えている」
「牽引する穂乃果の対になる存在として、9人を包み込む包容力を持った東條希」
「細部にまでこだわった衣装を作れる秋葉のカリスマメイドさんもいるしね。いや、元と言った方がいいのかしら」
「あ、うぅ……」
ことりが顔を俯かせると同時にツバサは最後、にこの方へと視線を向けた。
「矢澤にこ。グループになくてはならない小悪魔的存在……それに、アイドルへの意識の高さはμ'sの中でもトップクラス」
「にこが……小悪魔……!!」
1人静かに歓喜へ浸っているにことは別に、拓哉の瞳は真剣そのもになっていた。
(どこでそんな情報を、と思いたいところだけど、UTX学院の事だ。他のスクールアイドルを調べる事くらい造作もないかもしれない。……それにしても、よく調べているな。どの情報も間違っていない。むしろ全部当たっている。誰かに調べさせても限界がある。なのにこれほど適格な分析ができるって事は、本人達も調べたって事か)
考え事をしていると、ふと視線を強く感じた。
その元を辿ると、綺羅ツバサも先程とは違う、鋭くも真剣な眼差しでこちらを見ている。
「……そして、9人の女神を陰から支えているもっとも大きい存在。岡崎拓哉」
「あん?」
「さっきも見ていて分かったわ。個性の強いメンバーがいる中、それでも中心にあなたがいる。彼女達のバランスを絶妙に、最適なレベルで保っているのは間違いなくあなたの存在が大きい」
「……俺は別に、特に何もしてな―――、」
「謙遜はいらないわ。あなたの功績は目に見える“モノ”じゃない。もっと深く、精神的なとこ、言ってしまえば絆ってとこかしら? あなたはそれを強く結びつけるような存在。だから何もしてないと言い切れる」
「……、」
「だけど違う。あなた本人はそう思っていなくても、彼女達ならその本質をちゃんと理解してるはずよ。いつもあなたといるμ'sなら、“岡崎拓哉”という存在の重要さがいかに大事な事なのかもね」
自分の存在が無意味だと思った事はない。ただ、そんなに意味のあるものだとも思っていなかった。あくまで手伝いで、時に助言もしたりなんかして、本当の本当に薄い陰から支えているような感覚でしかなかった。
……そう、過去なら断言していただろう。
だが少なくとも今は違う。
今もそんなに自分が意味のあるものだとは思っていないが、μ'sにいなくてはならない存在だと言い切れるほどでもないが、いなくてもいい存在などとはもう思うつもりも言うつもりもない。
以前にそんな出来事があったからそう思える。
それに、今となっては自分自身がμ'sの手伝いとしてこの立ち位置にいたいと思っている。ただ自分がそうしたいから、そんなワガママな理由。それでも、彼女達はそれを許してくれた。喜んでくれた。だからいる。
だけど、どれだけ自分の存在が大きかろうが小さかろうが、メインはあくまで変わりはしない。
「よくそこまで調べたと褒めたいところだけどさ……俺の存在なんてスクールアイドルにとってもA-RISEにとっても、μ'sにとってもちっぽけなもんだ。むしろそれでいいんだよ」
「……へえ」
「論点は変わってしまうけど、所詮どこまでいっても俺は表舞台に立つ事はないしできない。当たり前だ。μ'sの手伝いなんだからな。だったらちっぽけな俺が出来る事はたった1つだろ。アンタらが俺の存在が大きいと思っているなら、俺の存在なんかよりもμ'sの存在をもっと大きくしてやるだけだ」
言い切る。
相手が誰であろうと岡崎拓哉の芯は変わらない。そんな目を見て、ツバサは好奇心ゆえの笑みは浮かべた。
(ほら、そういうとこ。本来なら私達を目の前にすると嫌でも緊張してしまう人がたくさんいるのに、拓哉君の言葉のおかげでさっきまで強張っていたμ'sの瞳に平常心が戻ってる。目に見えない“心強さ”が拓哉君の言葉なら、目に見える“心強さ”は拓哉君そのもの。つまりはμ'sの安定剤みたいな感じ。その大きさを理解してないだけよ、拓哉君はっ♪)
どこまでも面白い反応をしてくる拓哉にツバサはつい目線に熱がこもってしまう。それを見た英玲奈が隠れて肘で突いてきたので正気に戻る事ができた。
「でも、何故そこまで……?」
「マネージ……手伝いって言った方がいいのかしら。拓哉君も含めてメンバーも含めて、これだけのメンバーが揃っているチームはそうはいない。だから注目もしていたし、応援もしていた。そして何より……」
言葉の続きが、ツバサと視線が交わり合った穂乃果だけが分かった気がした。
「負けたくないと思っている」
ラブライブ王者、そのリーダーからの発言に戸惑いを隠せなかった。
もちろん拓哉も。
「……ですが、あなた達は全国1位で、私達は―――、」
「それはもう過去の事」
「私達はただ純粋に今この時、1番お客さんを喜ばせる存在でなりたい。ただ、それだけ」
当人達の中ではもうラブライブの王者という認識はあまりないらしい。
過去の栄光に縋るつもりはなく、また次の栄光を掴むための努力をしている。チャンピオンからまた挑戦者へとなる事にまったく躊躇いを感じない。
「μ'sの皆さん、お互い頑張りましょう。そして、私達も負けません」
そう言ってツバサを筆頭に立ち上がり、その場を去ろうとする。
向こうは堂々と言ってみせた。あくまで自分達は王者ではなく挑戦者だと。それに、他でもないμ'sを認めた上でライバルとして見ていた。
であれば。
「待てよ」
少年の声が静かに響く。
立ち去ろうとしていたツバサ達の足は止まった。ふと隣を見ると、穂乃果の手が少し震えているのを確認できた。何となく分かる。怖いとか、恐ろしいとか、そういう意味での震えではない。武者震いのように見えた。
だから迷わず岡崎拓哉も言葉を紡げる。
「言い逃げってのはズルくねえか? まだうちのリーダーは何も言ってないぜ」
穂乃果の頭に手をポンッと軽く置いてやる。
少し目を見開いてこちらを見てきた穂乃果も、拓哉の目を見るとすぐに理解したらしい。拓哉と同じように穂乃果が立つと、他のメンバーも一斉に立ち上がる。
「A-RISEの皆さん」
穂乃果の目は真剣だった。
他のメンバーも、それを分かってか、ツバサも逸らさずに見つめ返す。
「私達も負けません」
「ッ……!」
驚くツバサを見て拓哉は隠さずにニヤリとする。
そうだ、最初は敵わないとまで思っていたあのA-RISEがμ'sに注目していて、尚の事負けたくないとまで言ったのだ。それはつまり、ちゃんとライバルとして見られているという事。
そしてA-RISEも今は第二回ラブライブ優勝を目指している挑戦者だ。確かに1度は制したが、今はもう王者ではないと言った。言ってしまえば立場は対等。ならば、何も遠慮する必要などないのだ。同じ挑戦者として。
あちらが堂々と言ったのなら、こちらも堂々と言えばいい。
その権利が、こちらにはあるのだから。
「……ふふっ、やっぱり拓哉君もあなたも面白いわね」
「え?」
不意にツバサが笑いだす。
まるで面白いものが増えたかのような笑みで。そのままツバサは思わぬ提案をしてきた。
「ねえ、もし歌う場所が決まってないなら、うちの学校でライブやらない?」
「……何だって?」
そういえば歌う場所をまだ決めていなかったのを今更思い出すμ's一同。
「屋上にライブステージを作る予定なの。もし良かったらぜひ。1日考えてみて」
予想外すぎる提案に思わず面食らう一同だったが、拓哉と穂乃果はお互い目を見合わせたあと、笑いながら穂乃果が答えた。
「やります!!」
「「「「「「「「ええ~!?」」」」」」」」
かくして、誰にも予想できない予選ライブが始まろうとしていた。
さて、いかがでしたでしょうか?
珍しく花陽に見放された主人公でした。
ファンのA-RISEに会ったのに黙っていたなんて、許されるはずがない←
相手が相手なので今回は意外と黙って座っていた絵里と真姫。希はまあ、うん。
次回でユメノトビラ編は終わるかと思います。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
新たに高評価(☆10)を入れてくださった、
sinこうのとりさん
1名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
立ち位置は違えど、同じ挑戦者なら対等である。