ユメノトビラ編、ラストです。
時が過ぎるのは意外と早かった。
予選ライブを同じ場所ですると決めてからおよそ2週間。
その当日はこんなにも早く訪れた。
『さあ、いよいよ本日、ラブライブ予選が行われます!!』
場所はUTX学院。
アナウンスがあちこちで流れる中、拓哉、穂乃果、希の3人は屋上から下を眺めていた。
「わあ~!!すごーい!!」
「うちらの学校とは大違いやねえ」
「学校というよりもうビルの屋上と言った方が合ってるんじゃないかこれ」
ここから見ると下にいる人達が米粒のような小ささに見える。そのくらい高い屋上なのだ。音ノ木坂でいつも屋上で練習しているが、それとは比べ物にならないぐらい高い。本当にここは学校なのだろうかと疑問に思うほどだ。
「そりゃ生徒も流れちゃうわけだよね~……」
元々、音ノ木坂学院が廃校になる原因になったのは新入生の流れが全てUTX学院に行ってしまったからだ。実際この学校に入ってみて分かる事がたくさんあった。普通の学校にはないような整いすぎてる設備。不審者が絶対に入れないように施されているセキュリティー等々。
拓哉的には食堂もといカフェスペースが1番魅力的だったが、いずれも音ノ木坂学院より遥かに優れているのは周知の事実。今となっては廃校も回避されたが、改めてその理由を知って納得してしまう。新入生が持って行かれるのも、無理はないのだと。
だけど。
「UTXにはなくて、音ノ木坂にはあるものだってたくさんあるだろ?」
「え?」
だからこそ、UTX学院の事を知って色々と納得できてしまって、違いを、差を、格を、大きさの優劣を見せつけられたから、今一度、改めて音ノ木坂学院の良さを実感できる事もある。
「確かにこの学校は凄い。全てが音ノ木坂学院の上をいってるよ。でもさ、穂乃果。お前ならどう思う? いつもの屋上でグラウンドから聞こえる活気のある生徒達の声を聞きながら、微かに聴こえる吹奏楽部の演奏をBGMに休憩したり、生徒数が少なくても頑張ってる事が嫌でも分かる音ノ木坂と、屋上の風の音しか聞こえないUTXと、どっちがいい?」
聞いて、穂乃果は一瞬だけ目を大きく開けたあと、すぐに笑みを作った。
「そうだね。私達の学校には私達の学校の良さがある! それを守るために今まで頑張ってきたんだもん! 今更思い詰める事もないよね!」
「それでいいんだよ、バーカ」
「バカは余計だよー!」
「ウチをのけ者にせんといてや~」
3人で肩を並べながら戻って行く。
そうだ。別にUTX学院を悪く言うつもりは毛頭ない。ただ当人にとってどちらが好きなのか、たったそれだけの選択でしかないのだ。音ノ木坂には音ノ木坂の良さが、UTXにはUTXの良さがある。
そこに優劣はあれど、好みの話をすればどちらも対等なのだ。10人中10人がUTXを選ぶ事もあれば、10人中10人が今の音ノ木坂を選ぶかもしれない。些細な違い。結局拓哉が言いたかったのは、“本人が好きだと思う方を素直に選べば良い”という事。
いわば控室とメイク室を兼ね備えた部屋にμ'sの面々はいた。
「あっ、可愛いにゃ~!」
「当たり前でしょ! 今日は勝負なんだから……!」
鏡を睨みながら髪をセットしているにこ。2つの団子のような髪はさながら夢的なネズミ的なアレを連想させる。本人はいつになく真剣なのは今日が予選だからという事が大きい。そして、A-RISEと同じ舞台に立つという意味も含めて。
「よーし、やるにゃー!!」
「すでにたくさんの人が見てくれてるみたいだよ!」
「みんな、何も心配ないわ。とにかく集中しましょ」
穂乃果がいない時は基本海未や絵里がこういう時にメンバーの緊張をほぐす係としている。誰かに言われたからでもなく、ただそういう気質なだけなのだが、幼少の頃にバレエの舞台で挫折を味わったと共に、そのおかげで養われた度胸は絵里を今こうしてプラスに働かしている。
「でも、本当に良かったのかな~、A-RISEと一緒で……」
「一緒にライブをやるって決めてから2週間集中して練習ができた。私は正解だったと思う」
絵里の言う通り、ここ2週間は今までにないほどにメンバーが集中していた練習だった。ラブライブへ向けて、A-RISEと同じ舞台で、その2つがμ'sの集中力を上げていたが、それは山合宿に行ったおかげでもある。
「そうだよ。あれだけ頑張ったんだもん、やれるよ!」
「穂乃果ちゃん……」
部屋に戻ってきた穂乃果と希も話を聞いていたようで入ってきた。
「あら、拓哉はどうしたの?」
「部屋の外だよ。誰か着替えてたら危ないだろって」
「そう、じゃあ穂乃果と希も早めに着替えてあげてちょうだい。予選前だし、ここで少しでもミーティングとかした方がいいでしょ」
納得した穂乃果と希はさっそく着替え始める。
ちなみに部屋の外で待ちぼうけの拓哉はこんな事を考えていた。
(誰も着替えてないならないで、誰か着替えてるなら着替えてるで一言言ってくれって言ったけど一向に穂乃果のヤツ何も言ってこないな~)
着替えも難なく終わらせた穂乃果と希。
絵里に拓哉を部屋に入れるように言われてようやっとある事を思い出す。
「あー!! そういえばたくちゃんに一言言わないといけなかったのに忘れてた!!」
ダッシュで扉を開けに行くと同時に拓哉が勢いよく入ってきた。
「やっぱ忘れてたな穂乃果テメェこのやろう!! 女の子しかいないこの学校で男がたった1人で控室の前で待機してるの中々に地獄なんだからな!! 視線が痛いんだぞちくしょう! 拓哉さんの精神は色んな意味で押しつぶされそうだこのやろう!!」
「お、落ち着いてたくちゃん……ごめんってば~!」
割とマジで涙目の岡崎拓哉だった。
「でも珍しいわね。いつもの拓哉なら穂乃果達とそのまま普通に入ってきそうなのに」
「おい、俺がそんな変態紛いな勘違いされる言い方はやめろ。……まあ、あれだ、また変な時に遭遇して処罰されるのは嫌なんで……」
言うと急に自分の体を抱きながらブルブル震えだした拓哉。
蘇るは2週間前の記憶だった。
あの時、絵里に罰は帰ってからと裁定を下された拓哉は、きっちり帰りに女神達からの処罰を受けたのだが、どうもその時に拓哉にトラウマが植え付けられたらしい。顔が青ざめている。ちなみにどんな罰を受けたかはご想像にお任せする。
「こんにちは。あら、どうした拓哉君? そんな怯えた挙動なんかして」
「気にするな。主に世の理不尽と女の子の恐ろしさに身を震わせてただけだ」
「こんにちは。まあ、ちょっと色々あって……」
たははと笑う穂乃果に明後日の方向を見ている拓哉。それを見てツバサは何があったのか想像もつかないまま本題に入る。一応元凶はツバサなのだが、ライブや予選の事で忘れているようだ。
「そうなの? まあいいわ。いよいよ予選当日ね。今日は同じ場所でライブができて嬉しいわ。予選突破を目指して、互いに高め合えるライブにしましょ」
差し出されたのはツバサの手。
言わなくても意味は伝わる。予選であり、ライバルであり、同じスクールアイドルの仲間であるならば、この手に応えなくてはならない。
「はいっ!」
しっかりと穂乃果も手を差し出しツバサの手を握り締める。リーダー同士のそれを見て他のメンバーも気合いが入るのが窺えた。何となくその様子を見ていた拓哉も気持ちを入れ替えていく。
そんな矢先だった。
「ねえ、拓哉君」
「……んあ?」
挨拶も終わって移動が始まると思って動き出そうとしていたらツバサからいきなり呼び止められた。急な事にマヌケな声が出たが誰も気にしていなかった。何故なら、英玲奈やあんじゅを含め、μ'sのメンバーもツバサが拓哉に声をかけるとは予想していなくてただただ疑問に思っていたのだから。
しかしそこはやはりA-RISEのリーダー。
件のツバサはそれを知ってか知らずか、いたずらっぽい笑みを浮かべながらμ'sメンバーがいつも聞こうにも聞けない事をサラッと言ってのけた。
「私のこの衣装、どうかしら?」
控室にて、精神的な意味で稲妻が落ちる衝撃がμ'sを容赦なく襲った。
英玲奈もあんじゅもツバサの言動に驚いていた。この学校に男子はいない、男性教諭もいない。だから身近こういう意見をもらえるのはありがたいかもしれないが、それでもわざわざここで聞く必要があるのか、それもあんなに楽しそうに、と。
そして、それどころではないμ'sの面々はあの綺羅ツバサの言う事だから変に抗議もできず、ただ拓哉がどう言うかだけをゴクリと息を呑みながら黙っている事しかできなかった。
そんなμ'sに対して挑戦的な笑みで拓哉を見るツバサ。そして当人はと言えば、ポカンと何秒か思考停止しているような腑抜けた顔になってしばらく、ようやっと意味を理解したのか、一旦俯いてからゆっくりと顔を上げて確かにこう言った。
「ああ、良いんじゃね。似合ってると思うぞ」
聞いて、ムフンと納得したように隠せていない満足顔をしたツバサと、ああやっぱりそうか……と内心、というか思い切り全身を使って項垂れるμ's。
だが、そこはやはり岡崎拓哉、それだけでは終わらない。
でも、と付け加えて、いつもの無自覚たらし少年はこう続けた。
「こいつらも凄く似合ってるし、全員可愛いからな」
言うだけ言って移動するために部屋を出て行った拓哉。
あの表情からしてお世辞を言っているようには見えなかった。つまりは、紛れもなく本音。
「……あらら」
「「「「「「「「「……、」」」」」」」」」
拓哉の言葉を聞いてツバサはそっとμ'sメンバーの方を見ると、差はあれどもれなく全員が顔を赤くしているのが目に見えた。
(うーん、イタズラしておいて何だけど、こうも明確に
自分の衣装スタイルに絶対の自信を持っているわけではないが、多少の自覚はある。なのに彼はいとも簡単に無自覚で差をつけた。少し胸にチクリときたが、彼はμ'sの味方なのだからああして答えるのが自然だ。
だけど。
(なーんか、悔しいなあ)
A-RISEの綺羅ツバサではなく、1人の女の子としての綺羅ツバサの気持ちが一瞬垣間見えた。
―――――――――――――――――――
高坂家にて、3人の少女がPC画面をじっと見ている光景があった。
「あ~、ドキドキする~……! ねえ、お姉ちゃん達大丈夫かな……」
その1人絢瀬亜里沙が不安そうに声を上げた。
「大丈夫だよ、きっと」
答えたのは高坂雪穂。
不安そうな亜里沙を安心させるような声音で諭す。そこから目線をある場所へと向けた。
ハンガーにかけられている服。よくある光景だが、特徴的な「ほ」という字が際立つ。そう、高坂穂乃果がいつも練習で着ている練習服だ。幾度も洗濯されているが、屋上で練習しているせいか所々ほつれたり汚れが落ちきっていない部分がある。
それほど、練習に打ち込んでいたという証。
「それに、もしμ'sに何かあっても、絶対に支えてくれる人がいるしね」
最後の1人、岡崎唯は分かりきった表情で呟いた。
いつだって
「そう、だね……!」
雪穂と唯に言われて気持ちを入れ替える亜里沙。
そう、いつだって前へ進んでいくμ'sや、いつだってそれを支える岡崎拓哉と同じように、3人の少女は、いつだってそれを見守り、時に支える守護者なのだ。
―――――――――――――――――――
言葉が出なかった。
最初に浮かんだ言葉はただ、凄いとしか思えなかった。
拍手をするが、それも力が入らない。呆然と驚愕が同時に襲ってきたかのような感覚になる。映像と見るのと間近で実際に見るのとでは、あまりにも差がありすぎた。
それほど、A-RISEの歌声、曲、パフォーマンスには魅力がありふれていた。
いつも花陽が見ているA-RISEの映像を覗き込んでは何とも思わなかった凛でさえ、以前とはまるっきり意見を変えてしまうほどに。
「直で見るライブ……」
「全然違う……やっぱりA-RISEのライブには、私達……」
「敵わない……っ」
「認めざるを得ません……」
ほとんどの者が意気消沈していた。
元々A-RISEですら素人だと言っていた絵里でさえ、普通のバレエとアイドルがやるような歌って踊る事の難しさは始めてみてやっと分かった。そこで改めて思い知らされたのだ。
バレエとは根本的に違う。
A-RISEは歌声を、踊りを、笑顔を、完璧にして聴いてくれている人々へと向けている。踊りだけを極めるのではなく、他の全てもより極めて努力しているのがA-RISE。今の絵里には彼女達を素人なんて言えるはずもなかった。
いつも陰から支えてきた希も今回ばかりは何も言えなかった。陰からどうこう言える規模を超えている。相手は王者だから、何か1つ言ったところで何かを変えられるとは思えない。
そう、何か言ったところで何かを変えられるとは限らない。
だからこそ。
「そんな事ない!!」
「「「「「「「「……え?」」」」」」」」
リーダーがいる。
「A-RISEが凄いのは当たり前だよ! せっかくのチャンスを無駄にしないよう、私達も続こう!」
「そうだ。よく言ったぞ穂乃果。ここでお前まで挫けたら本気で説教するとこだった」
支えてくれる者がいる。
「A-RISEはやっぱ凄いよ。こんな凄い人達とライブができるなんて。自分達も、思いっきり頑張ろう!!」
「何もビビる必要はない。いつものお前らでいつものμ'sを出せばいいんだ。A-RISEは凄い。だけど、だからこそ見せてやれ。μ'sの凄さってやつを。俺が、俺達がお前らを支えてやるから」
9人がそれぞれ手を添える。
A-RISEが凄いなんてものは最初から分かりきっていた事なのだ。そんな彼女達と同じ舞台でやるライブをする機会なんてもうないかもしれない。だから、この予選には何か大きな意味があると拓哉は思っている。
ここでμ'sはまた大きく成長していく。何故かそう思えた。なら、そのためには、全力でやれる事をしてやるだけだ。
「それじゃいっくよー! μ's、ミュージック―――、」
「穂乃果ー!!」
途端、いくつもの足音と共に、ヒデコ、フミコ、ミカを中心とした音ノ木坂学院の制服を着た生徒がやってきた。
筆頭のフミコが代表して口を開く。
「遅くなってごめんね。手伝いに来たよ! 穂乃果!!」
「みんな、どうして……、まさか、たくちゃん!?」
驚きを隠せないまま穂乃果が拓哉を見る。
当の拓哉は何の気なしに、しかし不敵に笑いながら言い切った。
「言ったろ。“俺達が”お前らを支えるって」
実は数日前から手伝ってくれないかと相談していたのだ。
いくら男と言えども拓哉1人では限界がある。こんな大事な予選なのだから、全力でμ'sの力を見せてやりたいと。
すると何だ、ヒデコ達はもちろん快諾してくれた。そしてこんなギリギリになるまで他に手伝ってくれる人を集めてきてくれた。本当なら拓哉も手伝いたかったのだが、ミカからはμ'sの側にいてやれと言われたからそうするしかなかった。
「悪いな、こんなギリギリまで頑張ってくれて。そういやここにはすぐに入れたのか?」
「いいって事よ! うん、言ったらすぐ入れてくれたよー」
事前にUTX学院側に他に手伝いが来るからと伝えていて正解だったようだ。人数は十分、A-RISEのライブは終わったばかりだから少し準備の時間が設けられるが、これだけいれば大丈夫だろう。
「さて、これでこっちの準備は万端だ。いいな、穂乃果」
言ってくる拓哉に対し、穂乃果は気合いの入った声でそれに答えた。
「うん! さあ、いこう!! 私達を、μ'sを、お客さんにも、A-RISEにも見てもらおう!!」
Music:ユメノトビラ/μ's
A-RISEと比べればまだ劣っているのかもしれない。
だけど、どこか惹かれるようなパフォーマンスだった。
何故惹かれるのか、何故興味を持ってしまうのか、何故応援したくなってしまうのか。
誰かが抱いた疑問に、岡崎拓哉だけはその答えを知っていた。
だからヒデコ達も呼んだ。
μ'sは、多くの人に支えられて応援されるほど、その魅力を引き出していく。
ライブは、期待以上の出来で終わった。
さて、いかがでしたでしょうか?
これにてユメノトビラ編終了です。
この話では過去にA-RISEを素人だと言っていた絵里の今の心情や、王者のライブを見たあとでのメンバーの心情、そして穂乃果と岡崎の心情、気持ちの切り替えなどをテーマにしました。
伝わっていたら良いなと。
次回からはアニメ2期4話、矢澤家の乱の始まりです。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
新たに高評価(☆10)を入れてくださった、
色々さん
1名の方からいただきました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価たくさんお待ちしております。
ちなみにツバサは岡崎に好意を持っているわけではありません。
あくまでイタズラっぽく攻めてるだけです。
でももしかしたらこの先……?