「珍しいですね。拓哉君も一緒に走るだなんて」
「まあな。外でジッと見てると寒いし、たまにはお前らと一緒に走ろうと思っただけだよ」
ミーティングが終わってからトレーニングに入ったため、時刻はまだそんなに遅くはないが既に太陽は夕陽へと変わっている。
各自ストレッチを済ませた者からランニングを開始するように言ったため、早めに外へ出た絵里達は拓哉がグラウンドに出た時点から走り始めていた。
「そういえば穂乃果、何かあったんですか?」
「え?」
「顔見たら分かるよ」
やはり長年の幼馴染だから気付きやすいこともあるのかもしれない。海未とことりは穂乃果の異変を勘付いていたようだ。それを拓哉はストレッチをしながら黙って見つめている。
「雪穂にね……3年生が卒業したらどうするのって聞かれちゃって」
「そっか……」
「穂乃果はどう思うんですか?」
「スクールアイドルは続けていくよ。歌は好きだし、ライブも続けたい。でも……」
「μ'sのままでいいかってことだよね」
「……うん」
おそらく、誰もがその事を考えているだろう。同じことを考えていて、だけどどうすればいいかよく分かっていない。
故の現状がこれだ。全員が小さなわだかまりを抱えている状態になっている。
「そろそろ俺達も行くぞ。走りながらでも話はできるはずだ」
拓哉が声をかけ穂乃果達も立ち上がる。
花陽達はまだストレッチをしているらしいが、何だか雰囲気が暗く感じるのは多分さっきのせいだろう。絵里達が前にいる状況で走りだす。
「私も同じです。3人が抜けたμ'sを、μ'sと言っていいものなのか」
「そうだよね……」
「……何で卒業なんてあるんだろう」
小さく呟く穂乃果の声が聞こえた。それが当たり前なのは百も承知で、以前ならばそんなこと思いもしなかったはずなのに。今ではそれだけの事がとても重いもののように感じてしまう。
「続けなさいよ」
「にこ……」
話を前から聞いていたのか、にこがペースを落としながら会話に介入してきた。
「メンバーの卒業や脱退があっても、名前は変えずに続けていく。それがアイドルよ」
「アイドル……」
「そっ。そうやって名前を残していってもらう方が、卒業していく私達も嬉しいの。だから―――わぁっぷ! 痛った~!」
「その話はラブライブが終わるまでしない約束よっ」
にこの前方不注意のせいで思いっきり希の豊満な胸へ突入したかと思いきやカウンターされていた。
どうやら希も話を聞いていたらしい。
「分かってるわよ……」
にこが尻もちを付いて動きが止まったことにより、他のメンバーの動きも止まっていく。
そして、やはりみんな同じことを考えているようだった。
「ほんとに、それでいいのかな……」
「花陽?」
「だって、亜里沙ちゃんも雪穂ちゃんも唯ちゃんも、μ'sに入るつもりでいるんでしょ? ちゃんと、答えてあげなくてもいいのかな。もし私が同じ立場なら、辛いと思うから」
自分がアイドル好きだから何となく分かる。亜里沙も好きなんだろうと。だから、はっきり伝えてあげなくてはならないのだと。例えそれがどっちの結論に至っても。
「かよちんはどう思ってるの?」
「え?」
「μ's、続けていきたいの?」
「……それは」
「何遠慮してるのよっ。続けなさいよ。メンバー全員入れ替わるのならともかく、あなた達6人は残るんだから」
「遠慮してるわけじゃないよ。ただ、私にとってのμ'sってこの9人で、1人欠けても違うんじゃないかって」
「私も花陽と同じ。でも、にこちゃんの言うことも分かる。μ'sという名前を消すのは辛い。だったら、続けていく方がいいんじゃないかって」
にこも花陽も同じくらいアイドルが好きだから、そこに込める想いだって計り知れないほど大きい。
だから続けてほしいにこの気持ちも誰もが理解できるし、だからこそ3人のいないμ'sはμ'sでないと思う花陽の気持ちも全員理解できる。どちらが正しいとか間違っているとか、そういう問題じゃないのだ。
「でしょ。それでいいのよ」
「エリチは?」
リーダーではないが、実質海未と一緒にμ'sをまとめてきた絵里へ視線が向けられる。
答えはすぐに零れた。
「私は決められない。それを決めるのは、穂乃果達なんじゃないかって」
「……え?」
「私達は必ず卒業するの。スクールアイドルを続けていくことはできない。だから、そのあとの事は言ってはいけない。私はそう思ってる。決めるのは穂乃果達。それが私の考え」
「絵里……」
「そうやね」
誰も何も言うことができなかった。
絵里の言ってることは正論で、卒業する者が残る者の意見を無視して何かを言うのは間違っていると思ったから。
これで話はお終い……になんて簡単になるはずもなく、希はずっと黙っている少年へ言葉を投げた。
「ところでさっきからずっと黙ってるけど、拓哉君はどう思ってるん?」
「……、」
「μ'sの手伝いとしていつも側にいるけど、決してμ'sのメンバーやない拓哉君から見て、何をどうすればいいかは分かってる?」
この場にいる者の中で唯一の男子であり、ずっとμ'sを近くから見守り、けれど傍観者でもある少年。
いつも道を切り開いて導いてくれる。そんなヒーローを冠する少年は、迷う女神達の視線を受けてなお、ハッキリとこう言った。
「俺には分からない」
「……えっ? たっ、くん……?」
ハッキリと言われた言葉に、メンバー全員の表情が変わった。
「いや、正確には俺も絵里と同じなんだ。絵里達は卒業するからどうすべきか言うべきではない。けど、俺なんてもってのほかだよ。μ'sのメンバーですらない俺が解決策を言うのは間違ってると思う。この問題はμ'sの、μ'sに残っている穂乃果達が決めるべきだ」
「それは、そうだけど……」
「……実際、今回に関しては俺も何が正解で何が不正解かなんてのは分かってない。でも、それが“この問題”の核だってのは分かってる。だからさっき言ったラブライブ優勝が最優先ってのは撤回する。少しでも心に迷いがあるなら優勝なんてできるものもできない」
自分が口出ししていいものじゃない。それは充分分かっている。
だけど、直接はダメでも手助け程度ならしてもいいはずだ。これはμ'sの問題であって拓哉が介入するべきではないが、そんなμ'sを支えてやるのも手伝いの仕事だから。
「もう時間も少ない。来週までにμ'sをどうするのか決めなくちゃならないぞ」
それからランニングは滞りなく終わり、帰宅時間となった。
「何か結局、話すことになっちゃったね」
「でも、仕方がなかった気がします。曖昧な気持ちのまま大会に挑むのはよくなかったですから。拓哉君の判断は間違っていなかったでしょう」
長い階段を制服姿で下りていく。
先ほどの話し合いの結果、3年生以外の全員が一緒に下校しているわけである。
「どうするつもり?」
「私達で決めなきゃいけないんだよね」
「難しすぎるよ……」
1年は真姫以外弱気になっている。無理もない。高校1年生とはいえ、メンバーの中では1番年下が揃っているのだ。頼りになるお姉さん的存在の3年がいなくなるのは相当ショックもでかい。
「うん。でも絵里ちゃんやたくちゃんが言うことは正しいと思う。来年学校にいるのは私達なんだもん。私達が決めなきゃ。……そうでしょ、たくちゃん」
「……ああ。俺もできるかは分からないけど助言できるならしてやる。けど最終的に結論を出すのはお前らだ」
その時、穂乃果達は拓哉の言っていることの意味を同時に理解した。
最終的に結論を出すのは穂乃果達。つまり、どんな結論になろうとも、岡崎拓哉は何も言及してこないという事を。
―――――――――――――――――――
「じゃあ」
穂乃果の家の前で別れようとした時、海未の声がかかった。
「穂乃果」
「え?」
「自分に正直に、本心でどうしたいのか考え、ちゃんと話しましょ」
「……うん」
去っていく海未を見ながら自分も帰ろうと拓哉が歩き出そうとすると、袖を掴まれる感触がする。
言うまでもなく穂乃果だった。
「たくちゃん」
「どうした?」
「……ちょっと、上がっていかない?」
いつもの笑顔ではない。何なら拓哉の顔も見ないで少し俯いている。
普段なら早く家に帰ろうとする拓哉だったが、こんなしおらしくなっている穂乃果を見て断るのはさすがに気が引けたのか。
「……少しだけな」
了承すれば顔が少しパァッと明るくなる穂乃果。
こんなことでも幼馴染の気が和らぐならそれも悪くないかと思いつつ、家が近いという理由で今ではほぼ第二の家になりつつある穂乃果の家に遠慮なく入っていく。
「ただいまー」
「おかえり」
「あ、穂乃果さん! 拓哉さんも!」
「おう、亜里沙も唯も来てたのか」
「やっほ、お兄ちゃん」
こたつでぬくぬくとPC画面を見ていた唯と亜里沙は、拓哉と穂乃果を見ると挨拶をする。
そして何かを思い出したように亜里沙は突然立ち上がってこちらにやってきた。
「あの、穂乃果さん。ちょっといいですか!」
「ん? 何々?」
「えっと……」
少しもじもじして珍しく緊張した様子の亜里沙。それを見て怪訝に思った拓哉は先ほど雪穂達が見ていたPC画面の方を見た。そこには、最終予選での歌っていたμ'sが映し出されていた。
(まさか……)
何だか亜里沙には悪いが嫌な予感がした。
時にはもう遅かった。
「μ's! ミュージック~スタート~!」
「ッ」
見慣れている突き出された2本の指を上に上げている亜里沙は、とても明るい笑顔をしていた。
だからこそ、何かがチクッとされたような感覚に襲われた。
「どうですか! 練習したんです!」
「……うん、バッチリだったよっ」
「本当ですか! 嬉しいです!」
そう、亜里沙は何も悪くない。
ただ純粋にμ'sが大好きで、そこに自分が加わりたいと思っているだけの、本当に良い子に過ぎないのだ。
「……私」
ただ今回に限ってはその純粋さが、鋭利な刃物へと変貌してしまうこともある。
誰も何も悪くないという、1つも間違っていない時にこそ、その刃物は致命傷になるほどの破壊力を有してしまうのだ。
「μ'sに入っても、問題ないですか……?」
「……あ、あはは~」
「……、」
穂乃果が完全に愛想笑い状態になっているのを確信して、拓哉は唯にアイコンタクトを取る。
基本以心伝心の兄妹にはこれだけで伝わるものがある。
「亜里沙、穂乃果ちゃんは本番直前なんだからあんまり邪魔しちゃダメだよ」
「あっ」
「ごめんね、ゆっくりしてって! 行こ、たくちゃん」
袖を掴まれ引っ張られるがままに連れていかれる拓哉は、唯にアイコンタクトで礼をしておく。これで一応ここの修羅場は通り抜けたが、ふとここで拓哉は僅かな疑問を抱く。
確かにアイコンタクトをしたが、それにしても唯の反応が
小さな疑問は、階段を上る音と共に消失していった。
「おお、ハラショー! 雪穂、唯、明日はここのところ練習しよ!」
早々にPC画面へ喰い付いてきた亜里沙がそう言う。
「うん……」
「……、」
やはりどこからどう見ても亜里沙はμ'sに入る気満々らしい。
だけど、多分そういうわけにはいかないんだとさっきの穂乃果と拓哉の表情を見て何となく察した。
(きっとμ'sでもあの話題になったんだ。そうじゃないと穂乃果ちゃんがあんな笑い方をするはずないし、お兄ちゃんが私を見て合図してくるはずもない)
拓哉には言っていないが、唯は一足早くにこの問題に勘付いていた。
だから拓哉からのアイコンタクトにもすぐ対応できた。なら、自分のやるべき事は一つ。
(お兄ちゃん達にはお兄ちゃん達の問題がある。今までの問題とは違う。とても大事でこれからの事にも影響する問題が。お兄ちゃん達にはそっちに専念してもらいたい。だったら、こっちの問題はこっちで何とかしないと)
決心は付いた。
「ねえ、亜里沙」
「ん?」
「亜里沙は、μ'sのどこが好きなの?」
「え?」
雪穂も察したようで黙って亜里沙を見ている。
ある意味において残酷な質問かもしれない。意地悪な問いかけなのかもしれない。
それでも、唯は思う。
「何が正解なんだろうね……」
場所は変わって2階。
既に話は始まっていた。
「正解なんて多分ない。でも強いて言うなら、お前らが真剣に考えた末に出た結論が、きっと正解なんだと俺は思う」
部屋の明かりは点けていない。
オレンジから紫へと変わりつつある空が部屋の暗さを証明している。
「たくちゃんは、何も言ってくれないの?」
「言ったろ。今回に関しては俺が口出しするべきじゃないって。これは穂乃果達が決めなきゃ意味がないんだ」
残酷かもしれないが、この問題だけは穂乃果達のみで何とかしなくてはいけない。拓哉が口出しして、それで穂乃果達の意見が揺らいでしまったらすべてご破算になってしまうのだ。見守るということは、こういうことでもある。
「……分かんない。分かんないよ。だって、どっちも大好きだもん。絵里ちゃん達がいるμ'sが大好きで、μ's自身も大好きなんだもん。どっちかしか選べないなんて、どうすればいいか、分かんないよ……ッ」
絵里達がいる9人のμ'sが大事。
絵里達がいなくなってしまってもμ'sは大事。
同じようでいて、まったく違う。
μ'sにとって掛け替えのない3人がいなくなるという事は、欠けてしまえばμ'sでなくなるのも同義。
言わば究極の選択に等しいものかもしれない。
「絵里ちゃん達がいるμ'sが私達なんだって分かってる。そうじゃなくなれば私達の思ってるμ'sじゃなくなっちゃうのも分かってる。だけど……だけど……っ」
声が震え、拓哉の胸元へ俯くように額を当てる。
穂乃果の中ではとてつもないほどの葛藤が渦のようになっているのだろう。
どうにかしてやりたい気持ちから、穂乃果の背に手を回そうとする。
が、逡巡ののち、その手を下げる。
こんな時、もし穂乃果にとって特別な人がいて自分と同じ立場ならどうしただろうか。少しでも気持ちを和らげるために抱き締めるのだろうか。優しく頭を撫でて助言でもするのだろうか。そこまで考えて思考をリセットする。
どう考えてもそれは妄想でしかなく、自分は穂乃果の特別な人でもない。
なら、安易に抱き締めるのは間違っている。
そう思っているはずなのに。
穂乃果のこんな姿は見たくないと思ってしまっている。
(…………いいや、そんなことはどうでもいいんだ)
もう一度、思考をリセットさせる。
思い出せ。自分の役割を。
幼い頃にもう誓ったはずだ。
例え自分が特別な人でなくとも、穂乃果達の泣き顔は見たくない。だからあらゆる不安や恐怖から守ってみせると。
履き違えるな。
自分は彼女達のヒーローになると決めたではないか。ならば遂行してみせろ。直接的なきっかけになることは避けて、助言程度に収まる言葉を投げかけてやれ。
「なあ、穂乃果。さっき言ったよな。絵里達がいるμ'sが大好きで、μ's自身も大好きだって」
「……ぅん」
顔を上げようとする穂乃果を頭に手を乗せることで抑える。
もし顔を見てしまったら衝動的に抱き締めてしまいそうだからだ。
決して抱き締めず、けれど優しく頭に手を置き、少年は告げる。
「だったらさ、もうきっと答えは出てんじゃねえかなって思うんだ」
「……え?」
「海未も言ってたじゃねえか。自分に正直に、本心でどうしたいのか考えろって。で、お前の本心はそれなんだろ? なら大丈夫だ」
「……いきなりそんな事言われても、分からないよ」
「ああ、だろうな。だからもっと考えろ。考える時間ならまだある。それまでたくさん考えりゃいいさ。そうすればお前は間違えないから」
一体どうすればそんなことを平然と言えるのだろうかと穂乃果は疑問に思う。
あまりにも無茶で、確証がなくて、不確定要素でしかなくて。
なのに。
この少年が言えば本当にそう思えてくるような温かさがあるのは何故なのか。
「……うん、考える。今はまだ分かんないけど、私が本心でどうしたいのか、みんなと話し合うよ」
「……ああ」
「あれ、雪穂達がいない? どこか行ったのかな」
「雪穂もいないってことは3人で一緒の可能性が高いか。唯も一緒なら安心だろ」
いざ家に帰ろうとすると雪穂達がいないことに気が付いた。
靴もないからその線で間違いないだろう。外は暗いが、まだ時間は早いため心配になることもない。
「んじゃまたな」
「うんっ」
一つの問題が帰結する兆しが見え始める頃。
少年の妹も、もう一つの問題をどうにかしようとしていた。
さて、いかがでしたでしょうか?
μ'sメンバーじゃない岡崎にはほとんど口出しはさせませんが、それだとアニメまんまになるのでスパイス程度に思ってくださいませ。
だけどオリジナル要素も入れていくぅ!
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
今日はハロウィンですが、平日だからいつもと変わらない日常を過ごしております。
穂乃果にイタズラしたい。