「よぉーし、遊ぶぞー!!」
最終予選の雪の日。
拓哉を含む穂乃果達が必死に走って絵里達が待っていた橋。
まったく同じ場所で快晴の朝に穂乃果の声が響いた。
「いきなり日曜日に呼び出してきたから何かと思えば……」
「休養するんじゃなかったん? なあ拓哉君」
「何で俺に聞いてくるんだよ」
「それはそうだけど、気分転換も必要でしょ? 楽しいって気持ちを持ってステージに立った方がいいし!」
雪穂達と話したあの日、穂乃果はある事を決意した。
それと同時に学校に残るメンバーと話した結果、日曜日に3年メンバーを呼び出して遊び尽くそうという結論に至ったわけである。
「そ、そうですよ!」
「今日あったかいし!」
「遊ぶのは精神的な休養だってテレビで言ってたし!」
「そうそう、家に籠ってても仕方ないでしょ!」
「にゃー!」
(取り繕い方があからさますぎて怪しまれるんじゃないかこれ)
穂乃果のフォローに入る1年2年メンバーが鮮やかなテンプレ言動をしたことで内心気が気でない拓哉。
凛に至ってはもはや猫の真似と変わらない。
「何よ、今日はやけに強引ね……」
「ほら、それにμ's結成してからみんな揃って遊んだことないでしょ? 一度くらいいいかなって」
「まあ何だかんだ言っても次の本選で最後なんだ。だったら気を引き締める前に日曜全部使って遊んでも罰は当たらんだろ」
「練習とか用事がない限りインドア主義な拓哉がそんなこと言うなんて……気持ち悪いわね」
「ちょっと誰かバケツ用意してくれー。俺の涙で満タンにするから」
自分もフォローを入れたつもりが、にこのドストレートポイズンによって心がハートブレイクされた平凡高校生岡崎拓哉。
最終予選の日に学ランマフラーのみで吹雪の中を走った彼の鋼精神は塵に消えた。
と言っても基本民主主義やら多数決でどうするのかを決める世の中。
10人がいて過半数が遊ぼうと言った場合、当然呼び出されただけの3年組の意見は無視される。というか満更でもないのが3人の顔を見れば分かるのだが。
「で、遊ぶって何するつもり?」
「遊園地行くにゃー!」
「子供ね。私は美術館」
「えっと、私はまずアイドルショップに!」
「バラバラじゃない!」
仲良し1年組が見事な意見割れを発生させる。
遊園地に美術館、アイドルショップとジャンルは違えど、その全部揃っているのがここ東京である。だからこそ決定的に決めるのが難しかったりするのは多人数あるあるだろう。
「ん~……じゃあ全部!」
「「「はあ!?」」」
「行きたいとこ全部行こう!」
「本気!?」
「うん! みんな行きたいところ一つずつ挙げて、全部遊びに行こう! いいでしょ! もちろんたくちゃんの行きたいとこも!」
それを採用したとしたら、少なくとも遊園地美術館アイドルショップは確定される他、拓哉を含んであと7つはどこか行くことになる。
「何よそれ」
「でもちょっと面白そうやね!」
「しょうがないわね。拓哉もそれでいい?」
「いや、絵里達はともかく俺はμ'sじゃないし別に枠に入れなくても―――、」
「つべこべ言っちゃダメだよたっくん」
ハートブレイクから立ち直ったと思ったら、今度はことりの暗黒微笑でブルーハートに陥るヒーロー(笑)岡崎拓哉。どうやら他のメンバーも拓哉の言葉に聞く耳持たない姿勢らしい。
そして、一応全員の意見がまとまったところでリーダー穂乃果が声を上げた。
「よぉーし、しゅっぱーつ!!」
「ところで10個も行きたいとこ選ぶのはいいけど、交通費やらそこで遊ぶだけの金額をみんなちゃんと持ってんのかこれ」
「もしダメだった場合はたくちゃんよろしく!!」
「いやそれなら真姫の方が絶対持って―――、」
「女の子に出させる気?」
「ぃよーしテメェらー! 今日は思う存分遊びやがれ! 金が足りなくなったら貯まりに貯まった俺のATMが空になるまで散財してやらあああああああああ!!」
もはややけくそであった。
◇―――131話『ゼロの答え』―――◆
~アイドルショップ~
「すごーい! これ全部μ'sだよー!」
「あ、ああ……恥ずかしすぎです!」
「伝伝伝ブルーレイ完全予約特典は……!?」
「ねえ、何でアイドルショップのはずなのにμ'sの手伝いである俺の写真が売られてんの? しかも何で1人でマンガ買ってる時の全然関係ない写真なの? 文春か何かなの?」
~ゲームセンター~
「うぅ~負けた~……」
「ふふーん、これで宇宙ナンバーワンダンサーは私よ!」
「前に負けたのが悔しかったんだね」
「それよりも……」
「とぉりゃー!」
「だぁー!!」
「……ちょ、あの、お二人さん? ホッケーに熱くなるのはあだっ、いいんですが、もうちょいあぐっ……手加減というのをしてもらえませんぶぐぉかね……。審判やってる俺の顔に何故か奇跡的に何回も当たるんだけぶぎゅるぅッ!?」
「2人のホッケーのせいでたくや君が吹っ飛ばされたにゃ!」
~動物園~
「ふぁ~可愛い~!!」
「はーい穂乃果とことりもうちょい寄ってくれ~。そしてペンギンの口と手を真似しながら……そう、それをキープだ! やべえ、どうしよう海未!! あの2人ちょっと可愛すぎないか!? エサあげるから俺飼っちゃダメかな!?」
「いいから早く写真撮ってあげなさい。そしてせめて人として見てあげてください」
「さすが片足立ちのプロだね」
「フラミンゴ……侮れないわねっ」
「ラブライブ本選出場者がフラミンゴをライバル視してどうする」
~ボウリング場~
「ほっ」
「「「「「「「「おお~!」」」」」」」」
「やった! ボウリングって楽しいわね~!」
「「「「「「「「ハラショー……」」」」」」」」
「初心者がいきなりストライクか。ふん、よく見てな絵里。これがプロボウラーの投げ方だ!」
「拓哉君……どちらかと言うとガター投げのプロやな」
「素直に下手って言えよちくしょう!!!!」
「8割ガターって……」
~美術館~
「にゃは~ん」
「ぷふっ」
「お静かに!」
「「真姫ちゃんこそ」」
「あっ」
「たくちゃんたくちゃん! モナリザだよ! モナリザ!! ダヴィンチちゃんだよ!!」
「うるせえぞ穂乃果! 美術館では静かにしろバカヤロー! あとダヴィンチちゃんはFGOの中だけであって実際のダヴィンチはオッサンだかごぎゃぶぅ!!」
「あなたが静かになさい……」
~スワンボート~
「「やった~!」」
「穂乃果が右って言うから負けたんです!」
「海未ちゃんが左に行ったからだよー!」
「あいつらチームワーク良いのか悪いのか分かんねえな」
「それが穂乃果ちゃんと海未ちゃんだからね~。あ、たっくん頭のたんこぶ引いてるよ」
「海未に美術館で頭頂部エルボーされた時は走馬灯が見えたよ……」
~浅草寺~
「ふふっ、スピリチュアルやね」
「たくちゃん、こうでいいの? 頭に煙がかかるようにすればいいんだよね?」
「ばっか、お前じゃまだ足んねえよ。もっと頭を煙の中心にぶち込むくらいじゃないとそのバカは直らねえぞ。ほれ、俺みたいにこうするんだよ」
「す、凄い……。頭だけ綺麗に見えないぐらい中に入れてる……!?」
「拓哉って時々バカになるわよね」
「成績は良くても
「ああ! 海未ちゃんと真姫ちゃんのせいでたくちゃんが煙の中で泣いてる!?」
「これはきっと煙が目に染みての涙だから。ちなみにこの煙出なくなるほど泣いたらどうなるか気にならないか?」
「本気だ。これ本気で泣くつもりだよ!?」
~遊園地~
「「「「「「「「「きゃ~!!」」」」」」」」」
「へえ、思ったよりスリルあるな」
「見て見て! スカイツリー見えるにゃー!」
「ホントだ~!」
「……、」
「次は拓哉の番だけど、どこがいい?」
「ホントに俺も言うのか?」
「ここまで来てそういうのはなしよ。遠慮なく言っていいんだから」
遊園地の前に戻り、あとは拓哉と穂乃果の行きたいとこだけになった。
全員の視線が集まる中、先ほどみんなが景色に見惚れている時に、拓哉は穂乃果だけがどこか違う景色を見ているような気がしたのを覚えている。
朝から集まったおかげか時間にはまだ余裕があるが、冬なのもあってかもう夕方に近い。
そこで自分がどこに行きたいのかを考えてみる。
色々遊んだ。
様々なところへ行った。
つまりは遊び尽くした。
これには理由がある。
残るメンバーで話し合った結果の末にそうなった。
「……夕陽、かな」
「夕陽?」
自然とそう呟く。
別にどこか行きたいとかあるわけでもないが、見たいものならある。
「夕陽ならどこでも見れるじゃない」
「ああ。だから穂乃果の行きたいところへ行けばいい」
「え?」
「穂乃果、お前の行きたい場所に行って、そこから夕陽が見えるなら俺はどこでもいいよ」
「たくちゃん……」
見ようと思えばどこでも見れる。
ならあとは穂乃果に任せるだけでいい。穂乃果も拓哉の真意にすぐに気付いたようで、すぐに笑顔を取り戻した。
「……うん。じゃあ私は……海に行きたい」
「海?」
「うん。誰もいない海に行って、10人しかいない場所で、10人だけの景色が見たい。そこなら夕陽も見えると思うし。ダメかな?」
「穂乃果……」
他のメンバーもすぐに理解した。おそらく穂乃果はそこで決めるつもりなのだと。
凛も花陽もすぐにフォローを入れてくれた。
「賛成にゃー!」
「何か冒険みたいでワクワクするね!」
「今から行くの?」
「行くだけ行ってみようよ! たくちゃん!」
「はいはい、今電車調べてるとこですよーっと。……もうすぐ来るな。うん、走るぞ」
えっ、と言った3年組の言葉を聞こえない振りして拓哉共々走り出す。
どうにも今日はみんながノリノリで怪しんでいる様子だがそこは多数決。従うしかないのかあとからすぐ絵里達も走って着いて来ていた。
「これです!」
「全員来てるな。乗り込め!」
全員乗り込んだのを確認してから拓哉も電車に乗ると、車内には穂乃果達以外誰もいなかった。
他の車両にいるのか定かではないが、自分達が今から向かう場所を考えると人が少ないのも何となく納得できる。
「ふぅ……」
「穂乃果」
「ん?」
「心の準備、できてる?」
「……うん」
心の準備と聞いて、いよいよなんだと感じる。
それを感じているのは、みんなとは違って息切れもせずに立ったまま外を眺めている少年も同じだった。
――――――――――――――――――――
「「「「「「「「「わぁ~……」」」」」」」」」
駅から降りて少し歩いたところにそこはあった。
普段は釣り人がよく釣りをしている高架下に、μ'sと岡崎拓哉は荷物を置いて海岸を眺めている。
「ちょうど沈むとこにゃー!」
「スピリチュアルパワーのおかげやね!」
「日頃の行いがものを言うのよねえこういうときは」
穂乃果の行きたかった海、拓哉が見たかった夕陽。
その2つが見事な景色を生んでいた。
「お前は行かないのか」
「たくちゃん……」
拓哉と穂乃果を除くメンバー全員が冬なのにも関わらず浅瀬ではしゃいでいる。
高校生とは言ってもそこは女の子。こういうとこに来るとテンションは上がるものらしい。
「少しでもこの目に焼き付けておきたくて……」
「行ってこいよ」
「え?」
「リーダーのお前が行かなくてどうすんだよ。目に焼き付けておくだけなら俺がずっと見ててやる。どうしてもダメなら背中を押してやる」
まるで違うことを言われているような気がした。
だけど、すんなりと拓哉の言葉は心に入ってくる。
「でも、そんな必要ないだろ? 俺よりも、お前のすぐ隣には支えてくれる仲間がいるんだから」
「……うん、そうだね……」
ゆっくりと前へ進む。
一歩一歩を重く踏みしめるかのように。
「……見ててね。たくちゃん」
「ああ」
後ろには見守ってくれている少年がいる。
そして、隣には手を繋いでくれる幼馴染がいる。
連鎖は繋がって、仲間の手と手が紡がれていく。
夕陽を前に。
「合宿の時も、こうして朝日を見たわね」
「そうやね」
いよいよその時がきた。
「あのね」
たった一言。
それだけでみんなの視線を引き付ける。
だが、中々続きの言葉が出てこない。
「っ」
どうにか穂乃果の元へ駆け寄ってやりたい気持ちを拓哉は抑える。
見守ると決めたのだ。なら、何があっても見守るしかない。
「あのね、私達話したの。あれから集まってこれからどうしていくか」
心配はないと言ったら嘘になる。
でも、その前に穂乃果の手には仲間の手が繋がれている。それだけで、信じるに値する。
「希ちゃんと、にこちゃんと、絵里ちゃんが卒業したら、μ'sをどうするか……」
「穂乃果……」
「一人一人で答えを出した。そしたらね……全員一緒だったっ……。みんな同じ答えだった……。だから、だから決めたの。そうしようって」
あの時、穂乃果は答えを出した。
そのあと学校に集まって話し合ったら、意外にもすぐに結論は出た。
いいや、元から全員分かっていたのだ。どうすればいいかとか、どうすべきなのかとか、そんな一種の逃げの選択の必要なんてどこにも必要なかったのだ。
分かっていたからこそ、答えを出してしまうのに怖さもあった。
でも。
だけど。
本心はどうしても変えられなかった。
「……言うよ。せー……ッ」
言葉が詰まる。
それでも言うしかない。もう、引き戻すことはできないから。
「……ごめん、言うよ……。せーの!」
そして。
そして。
そして。
「「「「「「「「大会が終わったらμ'sは……お終いにします!!」」」」」」」」
岡崎拓哉は、一つの結末を目撃した。
「やっぱり、この9人なんだよ。この9人がμ'sなんだよ……」
「誰かが抜けて、誰かが入って、それが普通なのは分かっています」
「でも、私達はそうじゃない」
「μ'sはこの9人」
「誰かが欠けるなんて考えられない」
「1人でも欠けたら、μ'sじゃないのっ」
これが、穂乃果達6人が導き出した答え。
3年のいない部室で話し合った結果。拓哉はずっと自分の意見も言わずに静観していたが、結末は分かっていた。
だから、受け入れる覚悟が必要だった。
「……そう」
「絵里!?」
「ウチも賛成だよ」
「希……」
「当たり前やんそんなの……。ウチがどんな思いで見てきたか……名前を付けたか……9人しかいないんよ……。ウチにとって、μ'sはこの9人だけっ」
ずっと見てきた。
穂乃果達が結成する前から気にもなっていた。
「そしてそばにはいつも見守っていてくれる拓哉君がいるから、μ'sはずっと走ってこられた……」
神田明神で少年と初めて会った時のことを思い出す。
その時はまだ少し気になるだけの存在だったが、徐々にあの少年が廃校を阻止するために必要なピースだと分かった。
だから陰からずっと支えてきた。
生徒会と対立していた時も、ピンチに陥っていた時も。必ずどうにかしてくれると思って。そして最終的に、それは叶った。
東條希だからこそ、μ'sの名付け親であって、当然思い入れだって強い。
「そんなの……そんなの分かってるわよ! 私だってそう思ってるわよ。でも、でも……だって!」
「にこちゃん……」
人一倍アイドルが大好きで真剣な少女は前に出る。
「私が、どんな思いでスクールアイドルをやってきたか、分かるでしょ? 3年生になって諦めかけてて、穂乃果や拓哉達の言葉を信じて、それがこんな奇跡に巡り合えたのよ! こんな素晴らしいアイドルに……仲間に巡り合えたのよ!?」
一時はもう諦めていた。
もう自分じゃスクールアイドルにはなれないのだと。活動を続けていても誰も見向きもしてくれないのだろうと。
だが、少年の言葉に救われた。本当の笑顔に戻れた。
少女達の頑張りを目の当たりにしたから、自分もまた本気でやろうとやる気を取り戻せた。
そう、矢澤にこにとってそれはまさに奇跡。
ゆえに続けてほしいと願った。それが、μ'sが終わるとなってしまえば、本当に。
「終わっちゃったら、もう、二度と……」
「だからアイドルは続けるわよ!」
いや、終わらない。
μ'sは終わったとしても、アイドルまでは終わらせないと真姫が叫ぶ。
「絶対約束する! 何があっても続けるわよ!」
「真姫……」
「でも、μ'sは私達だけのものにしたい! にこちゃん達のいないμ'sなんて嫌なの! 私が嫌なの!!」
誰かが抜けて新しい誰かが入って、そうやってアイドルは続いていく。
そういうシステムなのは理解している。
でも、だけど、どうしても譲れないものだってある。
だから、アイドルは続けるとしても、『μ's』はこの9人だけで完結させたい。
「かよちん、泣かない約束なのに……凛頑張ってるんだよ。なのに……もう……」
「……、」
いつもなら、拓哉は迷わずここで何かアクションを起こしただろう。
いつも通り彼女達が笑顔になる言葉でも投げかけたんだろう。
でも今日に限っては絶対にそうしてはならない。
そのための今日だから。静観すると決めた。
だから、アクションを起こしたのは拓哉ではなく、高坂穂乃果だった。
「あー!!」
突然の大声にほとんど泣いていたみんなが視線を穂乃果に向ける。
「時間! 早くしないと帰りの電車なくなっちゃう!!」
「穂乃果ちゃん!?」
言うと同時に穂乃果が俯きながら走り出した。
拓哉のすぐ隣をすれ違うかのように走っていくからか、見逃さなかった。
いいや、見逃せなかった。
何より、一番辛かったのは穂乃果のはずだから。
空中に舞う涙が、穂乃果の気持ちを物語っていた。
(……よく頑張ったな、穂乃果)
「はぁ、はぁ……電車は……?」
「まだまだあるわよ……?」
駅に着いて確認すると、電車はまだ全然余裕で走っていた。
もちろん、行きの電車を調べていた拓哉はもちろん知っていたが、黙っていたのだった。
「え?」
「えへへ、ごめん~」
「穂乃果ちゃん……」
「だってみんな、泣いちゃいそうだったから。あのままあそこにいたら、涙止まらなくなりそうだったから」
そう言って舌をちょろっと出す穂乃果。
自分が一番泣きそうだったくせに、とは是が非でも言わない拓哉。もし言ったら何をされるか分からないからである。
「穂乃果に一杯食わされましたね」
「も~本気で走っちゃったじゃない」
「そうよ、体力温存って言ってたのに使っちゃったじゃないの」
「もっと海見てたかったなー」
「まあそう言ってやるなって。穂乃果なりの気遣いなんだから」
一応軽くフォローを入れておく。
おかげでみんなの目には涙もなく笑顔が戻っていた。
「でも良かったです。9人……いや、10人しかいない場所に来られました」
「そうね。今日あの場所で海と夕陽を見たのは、私達10人だけ。この駅で、こうしているのも私達10人だけ」
「何か素敵だったねえ……」
果たして自分があの場所にいたのは正解だったのだろうかと拓哉は思うが、きっとそれを口に出してしまえば全員から怒られそうなのでやめておく。
実際聞かなくても分かるから。
「ねえ、記念に写真撮らない?」
「あ、じゃあ携帯あるよっ」
「そうじゃなくて、ここでみんなで撮ろうよ。記念に!」
小さい駅の隅に、証明写真用の機械があった。
普通なら履歴書などの写真を撮るために使われているが、機械によって普通の写真を撮れるものもあるし、これも同じようなものだろう。
「ちょっと押さないでよ……!」
「いたたた、痛いにゃ!」
「うわあ……」
そう、常識的に考えてこの機械は1人で撮影するものとして作られているため、当然スペースは狭い。
そんなところに9人も無理矢理入ってしまえばそら見た事か。見事なぎゅうぎゅう詰めの完成である。これには拓哉も思わず顔が引き攣っている。
「3回撮るからみんなカメラの方見てね! あれ、たくちゃんは?」
「女の子が密集してるとこに俺が入れると思うか。俺はいいから9人で撮っとけ。これでも思い出に残る写真になるんだから」
「そんなー!」
「穂乃果、始まりますよ!」
喋っているあいだにカウントが始まり、9人は何とかカメラ目線で撮影に成功した。
そのまま2回目の撮影に入る。
「傍から見たらシュールでしかないなこれ……」
1人用の機械に9人が入ってもぞもぞしているのを見ると、割とおぞましいと感じるのは何故だろう。
と、思っていると2回目の撮影の音がした。
次が最後。
そう思った時だった。
「よし、今だよにこちゃん!」
「りょーかい!」
「ん? なっ、おわぁ!?」
不意を突かれてにこに思い切り引っ張られて撮影機の中に引きこまれた。
「何すんだにこ!」
「穂乃果からのお達しであり私達の総意よ」
「ああん? どういうことだそりゃ。てかキツいんだが!」
「μ'sの写真はもう2枚撮ったんだし、最後くらいたくちゃんもいる写真も欲しいなって。ほら、私達μ'sのそばには、いつもたくちゃんがいてくれたから……」
「……、」
そう言われると何も言えなくなる。
μ'sは9人。それとは別に手伝い兼希が言っていたμ'sの騎士らしい役割を担う拓哉。
決して9人だけではない。
そこには確かに、あと1人が存在しているのだと証明されているのだ。
「たくちゃん、始まるよ!」
相変わらずぎゅうぎゅう詰めの中、諦めたように、けれど自然な笑みが零れそうになる少年はカメラへ真っ直ぐと視線を向けた。
「ぷふっ、にこちゃん頭切れてる!」
「あはは、真姫ちゃん変な顔にゃ~!」
「凛だってこっちの手しか写ってないでしょ!」
ゆっくりと、駅のホームへ歩きながら撮った写真を見て各々が感想を述べる。
「にこっちこれはないやん~」
「あえてよあえて!」
「これ私の髪!?」
「ぷっ、ふふっ、何ですかこれっ」
「見てこの希、にこの髪がヒゲみたいになってる!」
それはどこから見ても仲睦まじい女子高生達の光景で、微笑ましい姿なんだと思う。
「あははっ! たくちゃん笑ってるのに絵里ちゃんの頭のせいで顔変になってる!」
「控えめに言っていい匂いがした」
「堂々とそういうこと言わないでくれる!?」
ホームに降り立つ。
みんなが笑っていた。9人の笑い声だけが響いていた。今日はずっと楽しかった。噛みしめるような思いで充実した日だった。
だから。
「ははは……っ、ぁ……うっ……ひっく……」
最後の最後で耐えることができなかった。
「かよちん泣いてるにゃ……」
「だって……おかしすぎて涙が……ッ」
「泣かないでよっ……泣いちゃやだよ……。せっかく笑ってたのにッ」
「もう、やめてよ……やめてって、言ってるのに……」
どれだけ今日が楽しい日だったとしても、忘れらない思い出ができたとしてもだ。
あの海で決めたことには、到底勝てないものだったのだろう。
「……なんで、泣いてるの……? もう、変だよ、そんなの……」
「穂乃果ちゃん……ッ」
「う、うぅ……っ」
海未も耐えられなくて絵里に抱かれて泣いている。
それだけで分かる。みんながみんな、『μ's』をどれだけ想っているかを。
「もう、メソメソしないでよ! 何で泣いてるのよ!」
「にこっち……」
「ッ……泣かない……私は泣かないわよ!!」
「にこっちっ!」
「泣かないんだから! やめてよ……こういうの、やめてよ……。っ……く、ぅ……」
とうとうにこの目にも涙が溢れた。
彼女も人一倍μ'sを大事に想っているから、それこそ崩れればもう涙も声も止めることはできない。
「……、」
ホームには自分達10人しかいないのが幸いだったのか、この声は誰にも聞こえていない。
ただ、岡崎拓哉は少女達の姿を見て黙っているだけだった。
何も思っていないわけじゃない。拓哉にだってもちろんμ'sへの思い入れは充分にある。
だけど、それでもここで声をかけてはいけない気がする。
(こいつらには、μ'sのこいつらにしか分からない感情があって今こうして泣いてるんだ。……なら、俺は何かするべきじゃない)
そう自分に言い聞かせる。
本来なら穂乃果達の泣き顔なんて見たくないのが拓哉の本心だが、これに限っては違う。
穂乃果達が自分で考えて気持ちと向き合った結果。
納得できる答えを出した。ただ、悲しいだけで泣いているんじゃない。それぐらい手伝いでしかない自分にだって分かる。
電車が来る音がした。
少女達の泣き声と電車の音を同時に聞きながら。
少年はただ何もせず、拳を握り締めたまま俯いただけだった。
――――――――――――――――――――
ガチャンと玄関の扉を開ける音がした。
冬哉と春奈は明日の仕事のためにもう寝ている。ということはもう帰ってくる人物は1人しかいないとすぐに理解し、リビングから玄関の方へ移動する。
「おかえり、お兄ちゃん!」
「……ああ」
兄の拓哉が今日どこに誰と何をしに行ったのかは事前に聞いていた。
遊びに行くとか、穂乃果達とかと行くと。
「今日はどうだった? 楽しか―――っと……お兄ちゃん?」
感想を聞く前に拓哉が唯にもたれ掛かるようになって慌てて受け止める。
唯が抱き締める形になりながらも、拓哉の異変をすぐに感じ取った。
「……どうしたの?」
「今日は楽しかった。きっとこれからも忘れらないような思い出になったんだと思う……」
優しく問いかけると、拓哉はそっと呟くように話していく。
表情は見えない。
「けど……」
「けど?」
まるで今にも眠ってしまいそうなほどに声は弱く、雰囲気は静かだった。
そう、唯は聞いていた。
今日拓哉がどこに誰と何をしに行くのかを。
遊びに行くとか、穂乃果達とかと行くと。
そして。
最終的に何を話すかを。
ゆえに、何となく岡崎唯は察している。
「……それ以上に、今日は疲れたよ……」
何も思っていないわけがない。
自分だってずっと最初から穂乃果達を、μ'sを支えてきた。
必死に部員集めやチラシ配りを手伝ったり、ヒデコ達と一緒に機材運びやライブのサポートもしてきた。ピンチに陥った時には同じ思いで乗り越えてきたつもりだ。そうして一緒に成長もしてきた。
そうだ。
岡崎拓哉だって。
μ'sと同じくらい、μ'sを大事に想っているのだから。
「……じゃあ、もう少しこのままでいさせてあげるね……」
そんな当たり前のことを理解しているから。
ただの妹は、ただの兄の頭に優しく手を乗せる。
ここにきて少年は思った。
終わりを決断することは、いつだって悲しいものなのかもしれない。
さて、いかがでしたでしょうか?
二つの問題→一つの帰結→ゼロの答え。
という問題を解決していくと減っていく数字と、最後にμ'sが出した答え、解散=μ'sはなくなる=9が0になるというのを掛けています。
μ'sの一大決心。
当時はショックも大きかったですが、それを含めての感動がありました。
アニメ本編とは別の思いをこの作品に抱いてくれればと思います。
岡崎がいても違和感のないよう書きましたが、ここはやはり出しゃばらない方がいいと思った結果です。
久々に10000字超えちゃいましたが、しっかり書きたいと思ったゆえなので後悔なし!
さあ、次はいよいよ本命『ラブライブ決勝編』。
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
これからもご感想高評価お待ちしております!!
これにて、最終章・序。
終了。