ラブライブ!~奇跡と軌跡の物語~   作:たーぼ

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タイトルがおふざけなのは気にしないで下さいお願いします。
そして今回は完全オリジナルです。


そしてそして、あのツインテール娘とのご対面でもあります。


14.主婦とは一種のモンスターである。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず屋上での練習は別日にするとして、俺は今1人でスーパーに向かっていた。

 

 

 

「ああ、めんどくせえ……」

 

 何でも、屋上で穂乃果達と歌と曲について悪戦苦闘してたら母さんから連絡が来たのだ。

 

 

『悪いけど指定したスーパーで買い物してきてね。タイムセールで玉ねぎとお肉が安くなるらしいの。急いでね。んじゃよろしく~!」

 

 とまあこんな感じだ。買い物してきて“ほしい”ではなく、して“きてね”と言う辺りに悪意を感じる。俺に拒否権はないようだ。やだ、俺の家族内カースト低すぎ……?

 

 急いでと言われたので俺は校門を出たら即走って向かっていた。暑くなるから上の制服は穂乃果に持っておいてもらっている。あとで穂乃果の家に集合なのだ。走って下校しながら買い物行く男子ってどうなのよ。家庭的? うん、間違いではない。

 

 引っ越してくる前は俺がいつも朝飯やら親父の弁当、晩飯も作ってたからな。家事などは得意である。なんなら専業主夫も夢じゃない。

 いくらか走っていると目的地らしいスーパーに辿り着いた。ていうかしんどい、暑いししんどいよ……。

 

 

『はなまるストア』

 

 

 それがこのスーパーの名前だ。え? どうでもいい? そんな事言うなよ。一応説明しておかないとって思っただけだ。え、じゃあ俺はって? 超どうでもいい。

 走った疲労で少しおかしくなってたのか何故か自問自答してしまった。もういいや、さっさと買って帰ろう。そして寝よう。……あ、この後穂乃果達と集合じゃん。俺ってばマジ社畜の才能あるわー。

 

 疲労も少し回復した所で店内へ入る。

 すると、あちらこちらでワイワイガヤガヤと聞こえてくる。これはもうタイムセール始まる前の待機状態なのだろうか。とりあえずは近場の野菜売り場に行くか。まずは玉ねぎの調達だ。売り場を確認し、歩いてるとジリジリジリとアラーム音のような音が聞こえ、それと同時に、

 

 

「それでは只今からタイムセールを開始致しまーす! まずは野菜コーナーでのセールです! それでは始めえ!!」

 

 店員さんらしきメガフォンの声が響くと同時にタイムセールが始まった。俺も急いで野菜コーナーに向かう。

 そこで見たのは――、

 

 

「いやいや、これは無理でしょ。無理無理……」

 

 野菜コーナーに群がる人の軍勢。もはや戦場である。何これ、世のお母様方はタイムセールとなるとこんなにも殺気立つの? 俺は今からあんな死地に向かわないと行けないのか……?

 もう定価でいいじゃん……。変にリスク負う事ないじゃん……。つかこれを見越して俺に行って来いと言いやがったなあの母親。泣くぞ。

 

 かと言ってここまで来て他のスーパーまで行くのはめんどくさい。ていうか買わないと俺が家で痛い目にあう。それに、これには今日の晩飯の有無が掛かってるのだ。俺だって晩飯無しは嫌だ。唯だって晩飯無かったらかわいそう。うん、そうだ。唯のために頑張ろう。唯のためなら戦場だって死地にだって赴こう。母さん? 知らんなあ……。

 

 

「さて、んじゃ行くか……」

 

 深呼吸する。息は整えた。そして先を見据える。あの人の塊をよく観察し、どこか空きのある部分を探し出す。塊だからといって、それはあくまで人の塊だ。球体そのものじゃない。なら必ずどこかに入り込める部分があるはず。

 そこを……見つけた。

 

 自分なりの合図を出し、一気に走る。

 そこだ……っ!

 

 

「うぉらァァァああああああああああああああああ!!」

 

 僅かな隙間に突っ込み、体全体を潜り込ませる。そこから足をしっかりと前へ進ま――、

 

 

「へブゥッッ!?」

 

 どうやらそう簡単には進ませてくれないらしい。てか誰だ今俺の顔に裏拳した奴はあ!? 俺以外全員主婦の方々で、男が俺しかいないからって裏拳はダメでしょうよ!?

 

「ちっくしょあばぅ!? ごぼっ!? ちょ、ま、痛い、痛いからぎゃふんっ!」

 

 おそらくみんな自分の取りたい物に集中しすぎて、周りは見えてないのだろう。だからこんな暴力紛いの事も偶発的に起こりうる。悪気はない。必死なのだ。そして、俺も必死なのだ。ここは戦場。なら俺のやる事も一緒だ。いいぜ、やってやる……。

 

 

「ふんぬらばァァァああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 無数の手がランダムに裏拳となって襲ってくるのを顧みず、両手で強引にかき分けながら進む。痛みはもう無視だ。いつも海未に洗礼を受けてるから多少は打たれ強くもなっている。なんて嫌な洗礼だよ全く。

 

 何て事を考えてる内に野菜が置かれている所まで辿り着けた。

 

 

「いてて……玉ねぎ玉ねぎはっと……よし、まだあった!」

 

 まだ複数個残っていた玉ねぎを5つ程取っておく。そういや何個いるかとかは聞いてなかったな。まあいいか。とりあえず1つ目の目標は達成出来たな。次は肉だけど……と、そこまで考えて思い出す。

 

 

 この騒乱の中をまた戻って行かなきゃならないのか……。

 もう完全に穂乃果達より動いてるぞ俺。タイムセールなんて体に負担掛かりまくりじゃねえか。今すぐ廃止しろ。

 

 何とか来た道から真っ直ぐではないにしろ戻る事が出来た。くそっ、体の節々が痛い……。買い物ってこんなにリスクあったっけ? 後ろではまだ戦争が繰り広げられている。なるほど、どうりで世の母親が強いわけだ。あんなのに巻き込まれたらシャレにならん。もう既に巻き込まれたけど。

 

 だが、まだ肉がある。正直もう帰りたい。穂乃果の家にも行きたくないでござる。でも俺の中の何かがそれを抑止する。脳内で唯が『お兄ちゃん頑張って!』って言ってる気がする。よし、お兄ちゃん頑張っちゃうよ!!

 

 

 

 

 

 

 お肉コーナーに着いた。既に人が群がって主婦の方々がオオカミみたいにグルルルル……と唸っている。何あれ怖い。もはや生肉のまま食べそうな勢いで唸ってるんだけど。僕の決意はもう崩れそうですっ!

 

 

「続いては、皆さんお待ちかねのお肉のタイムセールです! これをメインにここへ来た人が多数いるんじゃないかと思います!」

 

 おいバカ変に煽るなよ。オオカミ女をこれ以上量産させるんじゃない。俺までやられそうだ。

 

 

「ではでは、タイムセール、スタートです!!」

 

 瞬間。

 

 

「「「「ぐぉぉぉぉあああああああ!!!!」」」」

 

 次々と群がっていく主婦のオオカミ女さん達。おいおい、声が人間て感じじゃねえぞ。獲物を狩る何かだぞ。生きて帰れる自信がない。主婦の闇を見た気がする……。

 

 だが引き返すわけにもいかないから、さっきと同じように隙間を探してたら、あの軍勢の数メートル後ろに、何やら主婦とは違う、制服を着たツインテールの女の子がいる。つうかあの制服って音ノ木坂のじゃね? 待て待て、まさか女の子があんな死地に自ら行こうとしてるのか。

 

 いや、行こうとしてもここから見るに中々行けなさそうにしている。一歩進んでは一歩下がる。これの繰り返しだ。そりゃそうだろう、何の躊躇いもなくあそこに入れるのがおかしいってもんだ。俺でさえ躊躇ってるのに……。それでも行こうとしてる辺り、彼女もやはり必要なのだろう。でも中に入ればさっきの俺みたいに無差別に裏拳などが襲ってくる。ケガは免れないだろう。

 

 

 

 

 さて、ここで自分に問いかけてみよう。

 俺と同じく肉が必要な女の子がいる。でもあの死地に入れば確実に女の子はケガをしてしまうだろう。さらに音ノ木坂の生徒ときた。そしてそれを見てしまった俺は、その困っている女の子を放っておいて、自分だけ目標を達成して気分が良くなるのだろうか?

 

 

 

 

 答えは決まった。

 さあ、行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 矢澤(やざわ)にこは困っていた。

 理由としては、今目の前に広がっているこの戦場のような景色に、自分も行かなくてはならないという状況だからである。

 

 

(行こうって思っても、やっぱり、怖いわね……)

 

 にこの身長でこの集団の中に混ざると、確実に無事では済まないだろう。

 その恐怖心が、にこの決心を何度も揺るがしていた。

 

 

(でも、今日はこころ達にハンバーグ作ってあげるって言っちゃったし……いつまでもこのままでいる訳にはいかない。でも……っ)

 

 大人の、それも同じ女性かと疑うレベルの叫び声を上げる集団が、個人の欲求のために群がる姿は、傍から見るとさぞ怖かろう。

 ただし一つ言っておこう。これは決してシリアスではないと!!

 

 

(ああーー!! もう!! どうしろってんのよ!?)

 

 思わず頭を抱え、座り込もうとした瞬間、にこの隣にもう1人の人が来た。ただし、その人物は今のこの状況では異彩を放っていた。何故なら、今ここにいる全員が主婦、つまりは女性である。それなのに、今にこの隣にいるのは茶髪のツンツン頭の男性、いや、少年と言うべきだろうか。

 そして、

 

 

 

 

 

「アンタはどの肉が欲しいんだ?」

 

 

 

 

 

 普通に考えて、こんな事を見知らぬ女性に聞くのはまず有り得ないだろう。普通じゃないにしろ、いきなりそんな事聞いてきたら誰もが不審者扱いされるのがオチだ。

 

 

「……え?」

 

 でも、それを聞いたにこは思わず強く振り向く。

 不審者扱いするでもなく、無視するでもなく、ほんの少しの希望の光を胸に込めて。

 

 

「アンタだよ。目の前のオオカミ女の主婦達の周りには俺とアンタしかいないだろ」

 

 そう言われて周りを見ると、確かに周囲にはにことこの茶髪のツンツン頭の少年しかいない。

 おそらくあの集団の中に混ざってるか、恐怖で諦めて違う所にでも行ったのだろう。

 

 

「で、もう一度聞くけど、アンタはどの肉が欲しいんだ?」

 

 改めて聞いてくるこの少年は、一切にこの方に顔を向けていない。ずっと目の前の集団を見据えていた。まるで、何か突破口を探しているかのように。そして少年の質問の意味を考える。多分、自分の代わりにあの中に入って目的の物を取って来てくれるのかもしれない。

 

 

「……いいの? だって、危ないでしょう? あの中に入るのは……」

 

「アンタが行ってケガするよりかは、男の俺の方がまだマシだろ」

 

 即答で返された。でも今のやり取りで確信に変わった。

 確実にこの少年は自分の代わりに行ってくれるのだろう。

 

 

「だから早く言ってくれ。目的の物が無くなっちまったら意味がないからな」

 

「あ、えと……じゃあ、牛の挽肉で……お願い、します……」

 

 急かされながらもちゃんと目的の物は言えた。

 しかし、少年が年上か年下かは分からず、言い方が少しあやふやになってしまい赤面する。

 

 対して少年は、

 

 

「分かった。……っ」

 

 その一言を言ってから、こちらを一切見ずに集団の中に突撃して行った。少年の入って行った場所は、集団の中で唯一人が入れるくらいの隙間であった。そこへ強引に両手で人を掻き分け、いつしか姿が見えなくなっていた。ずっとこちらを見ていなかったのは、入れる隙間を探していたのだろう。

 

 

(ていうか、何で他人の私の頼みを何の躊躇もなく聞けるわけ……? ……ハッ!? まさかにこの美貌にやられてそれでカッコイイ所を見せようとしてるの!? はあ、私って罪な女……)

 

 全くもって違うのだが、これが彼女のいつもの思考なのだろう。その思考に浸っていると、集団の中から時折少年の声が聞こえてきた。

 

 

「しゃおらぁぁぁああああああああああああああああ!! あ、痛い。やめて、男だからって容赦なく殴るのやめギャフッ! テメェらワザとやってやがブルァァァ!!??」

 

(き、聞こえないフリ聞こえないフリ……)

 

 少年の叫び声かと思ったら悲鳴だった事実に思わず耳を両手で抑え込む。もし自分が行っていたらあの少年のようになっていたのかと思うとゾッとする。それと同時に、自分の代わりに行ってくれたあの少年に少し感謝もしておく。

 

 

(誰だか知らないけど、一応感謝はしないとね……。ていうか無事に帰って来れるのかしら?)

 

 ここは戦場みたいな場所だが、あくまでスーパーだ。

 だから少年が死ぬような事はないだろう。多分。もう一度言っておこう。これはシリアスではないと!

 

 

(うん、大丈夫。きっと大丈夫……のはず……。確信が出来ない辺りが怖いわねこの状況では)

 

 それほど錯覚させる位の迫力と光景が目の前にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして何分思考していたのか自分でも分からなくなった頃、集団の中から追い出されるような形で少年が飛び出て来た。

 

 

 

「ちょ、ちょっと、だいじょう……ぶ……で、すか……?」

 

 相変わらずの敬語かタメ口か分からない喋り方だった。

 

 

「あー、うん、まあ、大丈夫、かな……?」

 

「全くそうは見えないわね……です……」

 

「つうか、敬語じゃなくていいよ。俺はアンタより年下だろうしな」

 

「え、そうなの?」

 

 そう言って立ち上がる少年の姿は中々にボロボロだった。

 ただ安い買い物をするのにこれだけ危険が伴うとは、やはりタイムセール恐るべし……とにこは密かに思った。

 

 

「ほれ、何個かは聞いてなかったからとりあえず5個取っておいたけど、足りるか?」

 

「え、あ、うん、十分よ。それより、本当に大丈夫?」

 

「大丈夫だって。男の丈夫な体ナメんな! これでも修羅場は潜ってきた方だ」

 

「修羅場って何なのよ……。でも大丈夫なら良かったわ。ありがとね」

 

「ああ、んじゃ俺は行くわ。じゃ――」

 

「って待ちなさい。よく見たらほっぺ少し切れちゃってるじゃない」

 

 そのまま行こうとする少年の腕を掴んで強引にこっちへ向けさせる。

 やはり少し切れてるようだ。

 

 

「あー、爪でやられたのかもな。でもそんなに痛くないし気にする事でもないだろ」

 

「アンタが気にしなくても私が気にするの! ほら、私が頼んじゃったし……」

 

 自分が頼んだから少年がケガをした。しなくてもいいケガをしてしまった。その落ち度は完全に自分にあるだろう。

 

 

「あん? それなら余計気にする必要はねえよ。俺も元々肉買うためにここに来たから、こんな事になるのは必然だったってわけ。だからアンタが負い目に感じる事はないさ」

 

 そう言って少年は手に入れたであろう商品を証拠として見せてきて、やんわりと否定する。

 

 でも、

 それでも。

 

 

「そうだとしても、私が頼んだ事は事実でもあるでしょ。なら私が気にするのも普通でしょ?」

 

 なおも食い下がらないにこ。よわったなあ……と言う辺り、この少年はしつこくされるのは苦手なようだ。なら少し強引にいけばいい。それがにこの決断だった。

 

 

「ほら、ちょっと顔近づけなさい。消毒液と絆創膏持ってるから」

 

 そう言ってカバンから取り出す。すると少年が急に嫌そうな顔をしたのが見えた。

 

 

「いやいいって! 俺が勝手にやった事であってこれは自業自得みたいなもんだ。だから余計な事はしなくていい! 傷に染みるの嫌だし!!」

 

「最後のが本音でしょ……。どちらにしろ手当てしなきゃならないんだし、黙って私の言う事聞きなさい」

 

「待って、落ち着くんだ。ここはまだ店内だぞ。せめて店出てからにしてくれよ……」

 

「それもそうね」

 

 ここは店内。そんな所で手当てなど、普通に考えれば常識ではないだろう。

 

 

「なら一緒にレジに向かいましょ。……と言いたい所なんだけど」

 

「ん?どうした?」

 

 そこでにこは思い出す。まだ全ての買い物を終えたわけではないのだ。おそらくもう手に入れる事は出来ないとは思うが、それでも確認はしておきたい。

 

 

「私はまだちょっと欲しいものがあるんだけど……。多分もう無いとは思うんだけど、一応見に行くだけ行っていい?」

 

「いいけど、何が欲しいんだ?」

 

「さっきタイムセールしてたんだけど、私はお肉の方を優先で来たから行ってなかったんだけど……玉ねぎが欲しいのよね」

 

 そう言った瞬間、目の前の少年の顔が変わった。

 細かく言えば、表情が変わった。

 

 

「何だ、玉ねぎが欲しかったのか。なら俺が持ってる玉ねぎ二つやるよ」

 

「え?」

 

 少年が隅に置いていた買い物カゴから取り出して来たのは宣言通りの玉ねぎ二つだった。

 

 

「まさか、アンタこれの前に野菜コーナーの方のタイムセールにも行ったの!?」

 

「ええ、親に見事にパシらされた結果がこれですよトホホ……」

 

「見ての通りの惨状よね……ていうか貰えないわよその玉ねぎ」

 

 それを言ったらまた少年の表情が変わった。

 

 

「何でだよ。玉ねぎが欲しいって言うからあげるのに拒む理由なんかないだろ?」

 

「お肉も取って来てもらったのに、これ以上迷惑かけられないって事よ」

 

「なら余計貰ってってくれ。正直玉ねぎ5つもいらねえと思うし。帰りに重いのは嫌だ」

 

「だから最後のが本音でしょ……。いいの? 本当に?」

 

「ああ、持って帰るのが軽い荷物の方がいいしな。それでアンタも玉ねぎが手に入りゃお互いwinwinだろ」

 

「……なら、ありがたく頂くわ。ありがとね」

 

 玉ねぎを受け取ると、少年は満足そうな顔に戻る。

 その顔は無邪気のようで、確かに自分より年下かも、とにこは思った。

 

 

「じゃあ今度こそ一緒にレジに向かいましょ。……言っておくけど、消毒液が嫌だからって途中で逃げない事ね」

 

「うぐっ……そ、ソンナコトナイデスヨー」

 

「バレバレよそんな演技。本当に逃げようとしてたのかアンタ……ほら行くわよ」

 

「ちょ、何で俺の手を握って離さないの? 何でそんなに握る力入れてるの?」

 

「アンタが逃げないためよ」

 

 このまま普通に行けば知らない間に少年は確実に逃げるだろう。

 ならばそれをさせないように、手を握ってやればいい。そんな簡単で単純な行為をしたまでである。

 

 

「え、何? 実はそれは口実で俺に惚れたから逃げないように手を握ってるって?」

 

「消毒液目にかけるわよ」

 

「重傷になりますすいませんごめんなさい」

 

 冗談なのにひどいっ、と後ろでぼやく少年を放っておいてレジに向かう。

 特に何もなく会計を済ませ、2人で店を出た。ここからが本番だ。

 

 

「さあ、ちょっと時間経っちゃったけど、消毒始めるわよ」

 

 仁王立ちする自分に対し、少年は顔を引きつらせていた。

 

 

「もう時間経ったんでやめません? お互い良い思いはしないぞ……」

 

「別に良い思いするしないは関係ないわよ。私の気持ちの問題よ。せめて手当てしないと私の気持ちが収まらないの」

 

「それ思いと気持ちも一緒じゃねえか?」

 

「うるさいわねえ! さっさと観念しなさい! ほら、顔近づけて!」

 

 うぇぇ……と嫌々ながらも顔を近づけてくる少年。

 ペーパーに消毒液を浸してからそっと少年の頬に当てる。すると案の定、

 

 

「おごぉぉぉおおおおおッ!?」

 

「おぅわ!? ちょっと急に動かないでよ!!」

 

「そんな事言ったって染みて痛えんだよ!!」

 

 叫びながら地面にのたうち回る少年。周りの人々に見られているのに、この少年には羞恥心がないのだろうか。

 

 

「だからって痛がり過ぎでしょ! さっさと起きなさい! 後は絆創膏貼るだけだから」

 

「擦り傷だけはもうしない……こんなのはもうたくさんだ……」

 

「どんだけ染みるの嫌なのよ……」

 

「家に帰ったら最愛の妹が彼氏連れて来てるくらい嫌だ」

 

「基準が個人的すぎて分からないわよ……」

 

 もしかしたらこの少年は色々とアブナイのかもしれない。

 そう言いかけて口を閉じる。何故か言ったら長時間その妹について語られそうな予感がしたからだろう。

 

 

「で、ちょっと待ってお嬢さん」

 

「何でお嬢さん呼ばわりなのかは置いといて、何?」

 

「絆創膏って、その絆創膏をわたくしめに貼るのですか?」

 

「そうよ、何当たり前の事を言ってるのかしら? もしかして絆創膏を知らないの? 教えてあげましょうか?」

 

「バカにするな。絆創膏くらい普通に知ってるわ。“中学の時からいつもお世話になってる”っつの。俺が言いたいのは絆創膏の柄についてだよ」

 

 中学の時からいつもの所に少し引っかかったが、それは今関係のない事だ。

 少年の言った通り、絆創膏の柄を見てみる。

 

 

「柄? 別に普通の可愛いうさぎの柄じゃない」

 

「そうだな普通のうさぎの柄だな。でもそうじゃない。男の俺が、そんな女の子がするような可愛い柄の絆創膏を頬に付けるってのがおかしいと思わないか?」

 

 つまり少年はこう言いたいのだろう。女の子が付けるなら分かるが、男が可愛い柄の絆創膏を付けるのはおかしいと。

 それについての回答はシンプルなものだった。

 

 

「全く」

 

「待て待て待て、そう言って普通に付けようとしてくるんじゃありません! 俺がそんな可愛いもの付けられるわけないだろ!? もっとマシなやつはないのか!?」

 

「これしかないんだから我慢しなさい。それに柄はどうあれ、絆創膏としての意味を成せればそれでいいのよ。柄なんて個人の意見に過ぎないわ」

 

「だからその個人の意見を尊重してくれよ!! これで町歩くとか恥ずかしいわ!」

 

「消毒液目にかけるわよ」

 

「分かったから勘弁して下さいすいません」

 

 ようやく無駄なやり取りに終止符が打たれた瞬間であった。

 

 

「はあ……もう家で絆創膏貼り直すしかないか……よし、走って帰ろう……!」

 

 何やら少年が小声でぶつくさ言っていたが聞き取れなかった。

 とりあえず二回も助けられ、このまま少年と呼ぶのも億劫になっていたにこは、

 

 

「そういえばアンタの名前、何ていうの?」

 

 初歩的な事を聞いてみた。少年は少し考える仕草をしてから、

 

 

「まあ、またどこかで会うかもしれないしな、俺は岡崎拓哉だ」

 

「そ、私は矢澤にこよ」

 

「にこ? 漢字でどう書くんだ?」

 

 当たり前のように聞いてきた岡崎の質問に、にこは驚いていた。幼稚園、小学校、中学校、そして今の高校。全て行った上で、こんな事を聞いてきたのはこの少年、岡崎拓哉が初めてだった。今までは自己紹介などで疑問に思われた事は何回かあるが、みんな何となく雰囲気で察していたのだろう。

 

 だから、こんなにも直球的で聞いてきた岡崎には驚いていた。

 

 

「別に、にこには漢字は使わないわ。ひらがなで普通ににこって呼ぶの」

 

「何でひらがななんだ?」

 

「特に意味はない……わけではないわ。親に聞いたらね、私の笑顔でみんなを笑顔に出来るようにって意味で付けられたって聞いたの」

 

 その言葉をにこは忘れた事は一度もない。

 そうやって、人々を笑顔に出来るような事をしようと今までも頑張ってきた。それは今も変わらず。

 

 

「そっか、良い名前だな。確かにアンタの笑顔なら可愛いだろうし、誰かを笑顔に出来るかもな」

 

「……は、はあ!? 何をそんな分かったような口を聞いてんのよアンタは!! バカじゃないの!?」

 

 こんな事も言われたのは初めてである。

 不意に言われると思っていなかったにこは、赤面しながらも罵詈雑言を浴びせる。

 

 

「わお、まさか褒めたのに罵倒されるとは思わなかったぜ。俺には罵倒されて喜ぶような趣味は持ち合わせてないから気を付けろ」

 

「誰もアンタの趣味嗜好なんか聞いてないわよ!」

 

「それもそうだな。んじゃま、全部の用が済んだ事だし、俺はもう行くわ。この後も予定あるし」

 

 時間を確認してから、岡崎は話を切り上げた。予定があるから早めに帰りたいのだろう。

 

 

「ったく、マイペースかアンタは……。まあいいわ、行きなさい。予定があるんでしょ」

 

「ああ、んじゃな」

 

 そこでふとにこはある事を思い出す。あの少年に二回も助けられた事を。

 

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

「んあ? 何だ、まだ何かあんのか?」

 

「あ、えっと、その……二回も助けてもらったんだし、何かお礼とかいる、でしょ?」

 

「いらん」

 

 即答だった。

 

 

「な、ちょ、そんな即答しなくてもいいでしょうが! 絶対に何かお礼してやるんだから覚悟しなさい!」

 

「何でお礼されるのに覚悟しなきゃならないんだよ……。ん~、お礼ねえ……」

 

 そう言うと、岡崎は少し黙り込んだ。そして数秒してから、

 

 

「なら二回貸しにしとくよ」

 

「はい?」

 

「もしこれからどこかでアンタに会う事があれば、その時に借りを返してくれりゃいい。今は時間が惜しいから決めてる場合でもないんだ」

 

 ここで別れて、この少年とまた会える可能性はあまりない。かと言って絶対な訳でもない。ここに買い物に来ればまた偶然会えるかもしれない。その時に決めさせればいい。少年の今の都合にも合わせないと、お礼にすらならないだろう。

 

 

「分かったわ。じゃあそういう事にしておく」

 

「おう、俺も適当に何か考えとくよ」

 

「ちゃんと考えときなさいよ? それと……今日は、ありがとねっ!」

 

「……、」

 

 急に岡崎が黙り込んだ。

 目を見開いて、一体何があったのだろうか。怪訝な目で見ていると、

 

 

「ははっ、やっぱり笑顔も可愛いじゃねえかアンタ」

 

「な……っ!?」

 

「今の笑顔で貸しの一回分使っても良いレベルだぜそれ。誇って良いよ。アンタはやっぱりそのにこって名前が一番似合ってる。誰かを笑顔に出来るってのは、それだけで凄い才能なんだ。これからも誰かを笑顔にしてやってくれよ。んじゃ、またな!」

 

「な、こらっ、ちょっとお! 言い逃げは許さないわよ!!」

 

 そう言ってる内に、岡崎は曲がり角から見えなくなった。取り残されたにこは俯きながらプルプルと震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何が笑顔が可愛いよっ。そんな事にこが一番分かってるわよ! ……それに“またな”って、完全にまた会うって事前提じゃない!)

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を思っているにこの顔は、思っている事と表情が全くの逆であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程岡崎に見せた顔とは違うが、岡崎のような無邪気な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何故オリジナルを書くとこうも文字数が多くなるのか。
正直に言って、今回はにことの対面を書くための茶番回と自分の遊び心が入った回です。


そして、主人公の容姿につきましては、次回の真姫の誕編の後の本編で描きます。
※過度な期待はしないでください。(みなみけ風)


さて、真姫の誕編書くか……。
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