前方を見ると、ホテルの前には海未達がいた。
「みんな……」
元々一人ではぐれてしまって心細かった穂乃果にはそれだけで何かが満たされていくのを感じた。
信号が青になると同時に感極まって走り出す。
「あ、おいっ―――、」
「あの子を支えてあげてね」
駆け出す穂乃果に声をかけた瞬間、背後から女性に声をかけられた。
トンッと軽く背中を押され、まるでそのまま進めと言っているような感覚さえ感じられた。
振り向くとこちらに小さく手だけを振っている女性シンガーが口を小さく開く。
道路の真ん中にいるせいで足は止められず、女性シンガーの言っていることは聞こえなかったが、口の動きだけで何となく予想はできた。
「またね」
足は止められなくても、もう一度声をかけようとしたその時、違う声が耳を刺激した。
「何やっていたんですかッ!!」
「海未ちゃん……」
昨日の昼間の時とは全然違う。本気の怒号だった。
そのせいで拓哉は女性シンガーから意識がそれて穂乃果達に合流する。
海未は瞳から多少の涙が出てきていて、それだけでどれだけ心配していてくれたかよく分かる。
後ろにいる絵里達も困った表情こそしているものの、今は安堵のほうがでかいようだ。
「どれだけ心配したと思ってるんですか……」
怒りもあるはずなのに、それでも海未は穂乃果を抱きしめた。
拓哉と穂乃果は割とすぐに合流できて、女性シンガーという頼もしい道案内と知り合えたから気が楽になってしまっていたが、それは所詮そこにいた自分達だけの気持ちだ。
ずっと離れていて気が気でない海未達の気持ちまでは分かっていなかった。
穂乃果を抱きしめながらすすり泣く海未は、そのまま矛先を拓哉に向ける。
「拓哉君だって何も連絡をよこしてこないから、本当にもうダメかと思ったんですよ……」
「……あ」
そういえば拓哉は海未達と別れる際にホテルへ先に戻ってろと言っていたのを思い出す。
海未からすればそれは穂乃果を見付けたらすぐに連絡すると解釈していたのだろう。
穂乃果の携帯は電源が切れているから仕方ないとはいえ、拓哉の携帯はバリバリ充電も残っている。
なのに連絡し忘れていたのは、途中で出会った女性シンガーとの会話に気を取られていたからというのが大きな一因かもしれない。
「うわーお……」
今更携帯を見てみればチャットアプリで海未からのメッセージが軽く100件以上あった。
電車に入ってからずっとマナーモードにしていたせいで全然気付かなかったのを申し訳なく思うと同時に若干の恐怖を感じるが表には出さないでおく。
「あ、そうだ。実はここまでね……あれ?」
振り向いた先には誰もいなかった。
いるはずの、ここまで一緒に歩いてきたはずの人物が忽然といなくなっていたのだ。
まるで最初から存在すらしていなかったかのように。
だけどそんなの知らない拓哉や穂乃果からすればただただ疑問に思うほかない。
「途中で会った人とここまで来たんだけど……」
「お前がいきなり走り出したからもういいと思って帰ったんじゃねえの?」
「そんな~! まだちゃんとお礼も言えてないのに~! しかもマイク忘れてるし!!」
「あの人お前みたいに抜けてるとこあるよな」
「一言多いって言おうとしたけど一言だけでバカにされてたのに今気付いたよ」
穂乃果が両手で持っているのはマイク。
先ほど女性シンガーが忘れたと思って慌てていた物だ。
あれだけ焦っていたのにも関わらず、今度は本当に忘れていくなんていっそ清々しくてため息も出ない。
今から探しに行こうにも女性シンガーの家も分からないし、本当に詰み状態になってしまうだろう。
「仕方ない。もしまたどこかで会うときがあったらその時に渡せばいいだろ。またって言ってたし、多分」
「そうなの?」
「ちゃんとは聞こえなかったけどな。口の動きで何となくって感じだ」
「そっか……。じゃあ、大事に持っておかなくちゃね」
2人で勝手に話を進めていたからか誰も入れずいたが、ここでようやくことり達が話の輪に入ってきた。
「人……?」
「誰もいなかったにゃ」
「「え」」
ことりと凛の言葉に2人してへんてこな声を出す。
感動的再会という雰囲気が一瞬でガラリと変わり一気に不穏なオーラに包まれた。
「いやいたよ。いたいた!」
「穂乃果に目が行ってて見えなかっただけだろ。現に俺は直前まで一緒にいたし、何より穂乃果がそのマイクを持ってるのが証拠だ」
「うーん、そうなのかなあ?」
「何を言いだすかと思えば、茶化そうとしてこんな雰囲気にしなくていいんだぞことり。お前はただそこにいるだけで天使でその場を癒す女神なんだから」
「天使なのか女神なのかどっちなのよ」
おそらくことりもこちらの気を遣ってくれたのだろう。
心配かけてしまったのは紛れもない事実。そのことに感謝しつつ、いつも通りのボケを真姫がツッコんでくれた。
「まあいいわ。早く部屋に戻って明日に備えましょ」
「あ、穂乃果ちゃんと拓哉君帰ってきた!」
「よかった~」
「遅いわよー!」
玄関から希と花陽、にこが出てきて出迎えてくれた。
そのまま拓哉も絵里達に着いて行こうとしたところで、穂乃果が声を掛けてきて足を止める。
「ねえみんな!」
「どうしたの?」
「ごめんなさい……。私、リーダーなのに……みんなに心配かけちゃった……。たくちゃんにも迷惑かけちゃったし……」
穂乃果なりの誠意を見せたかったのかもしれない。
改めて謝罪を言った穂乃果に誰も咎めようとはしなかった。
心配をかけたのは間違いないが、何もわざとじゃないことくらいはここにいる全員が理解している。
多分、一番不安だったのは拓哉と合流する前までずっと1人だった穂乃果なのも事実だ。そんな心の傷を余計に広げるバカはμ'sに存在しない。
だから。
「もういいわよ」
「そのかわり、明日はあなたが引っ張って最高のパフォーマンスにしてね」
あえて鼓舞をする。
誰も失敗は気にしていない。それでも何か責任を感じることがあるならば、ライブで取り戻せばいい。
「私達の最後のステージなんだから」
「ちょっとでも手を抜いたら承知しないよっ」
3年にとっては最後のライブ。
秋葉ドームの火付け役としてアメリカでライブができるというのは最後の思い出として最高なんだろうと思うと同時に、やはり少し寂しさも感じざるを得ない。
だけど、だからこそ最高の形で終わりを迎えたいという気持ちのほうが遥かに大きいのも確かだ。
それを分かった上で、穂乃果はハッキリと言った。
「うん!!」
力強い返事を聞いて満足したのか、メンバーは揃ってホテルへ入っていく。
一度だけ女性シンガーが忘れていったマイクを見て、自分もホテルに入ろうとしたところで突然頭に手を置かれた。
「たくちゃん?」
「ライブ自体はいつも通りしっかりやればいい。そのマイクだっていつかまた会えたら返せばいい」
「……うん……?」
何となく理解しているようでしていない穂乃果の表情にため息を吐きながら、拓哉は真面目に、だけどそれを悟られないように茶化す形で頭に置いた手をわしゃわしゃしながら言った。
「だーから、お前はあまり気にせず思いっきりライブを楽しめばいいってこと! ……それと、もう絶対はぐれんなよ」
「っ……???」
それだけ言ってホテルに帰っていく拓哉を見て、乱れた髪を押さえながら穂乃果はその行く先を見ているだけだった。
だから気付かなかったのかもしれない。
拓哉の顔が若干ではありながらも赤くなっていたのを。
一方。
1人ホテル内を歩いている少年も自分で言った言動に対して自分で疑問に思っていた。
(何であんなこと言ったんだ俺……?)
いくら考えても答えは出てこない。
ただ、何故か体温が上昇していくのが分かるのみだ。
(だぁー!! 考えるのはやめだ! 無駄に汗かいたし、とっととシャワー浴びようそうしよう)
答えの行き着く先は、まだ誰にも分からない。
さて、いかがでしたでしょうか?
もはや水曜更新が定着しつつあります。
女性シンガーという存在の答え、そして岡崎の気持ちの先がまだ見えない=未解答というサブタイに繋がります。
次回はガールズトーク2回目になるかと!
いつもご感想高評価ありがとうございます!!
では、新たに高評価(☆10)を入れて下さった
銀行型駆逐艦1番艦ゆうちょさん
志渡さん
計2名の方からいただきました。
久々の高評価、とても嬉しいです!そして☆10の合計数がこれを機に100件突破しました。本当にありがとうございます!!
これからもご感想高評価(☆10)お待ちしております!!
高評価(☆10)100件突破記念に高評価に入れて下さった方々のコメントを読み直していたんですが、とても励みになりますねえ。